結局ぼくができることなんてものすごく限られてくるんだ。
臆病で、自分の保身にばかり走るぼくではとても勇気が足りない。
ぼくには苗木くんみたいな、ほんの少しだけの前向きさだってないし。
ぼくには日向くんのように、未来は創ってしまうものだと言い切れない。
歴代の彼らのように、なにかとくべつなひとつを持っているわけでもない。
臆病で、前に進むことすら誰かに背中を押されないとできなくて、みんなの足ばっかり引っ張って、それでも手を取って隣を歩いてくれた人達がいた。
ぼくは自分のためになにかを成し遂げるわけじゃない。
ぼくは、ここまで手を引っ張って、見捨てないでくれた天海くんと白銀さんのために動く。まさか自分が全員を救えるはずだなんて無謀なことは思っていない。ぼくにできるのは、手が伸ばせる範囲の人と手を繋いで一緒に歩くことだけ。
なにがあっても、その手を離したりしてはいけない。
そうやって心に決めるけど、どうしても不安に囚われる。
「ねえ、白銀さん……大丈夫だよね?」
「うん、不安だよね。確か、学級裁判で今回のトリックを全部見破ってから、黒幕の話をするんだったよね。そこまで持って行くのに地味に苦労しそうだよ。みんな自由だし……上手く行くといいんだけど」
「ぼくだと話に流されちゃいそう……」
容易に想像できてしまう。ぼくだけじゃ多分黒幕を追い詰めるなんて無理だ。
「あれ、王馬くんに……入間さん?」
「ひっ、な、なんだテメーらかよ」
「あ、香月ちゃんに白銀ちゃんだ。今から行くところ?」
植物園の前で入間さんと、彼女と一緒に歩いている王馬くんと出会った。
入間さんはなにやらさっと後ろに腕を回しているように見えたんだけど……なにかあるのかな?
捜査中見かけなかったことといい、もしかしたら研究教室にいたのかもしれない。だからといってなにをしていたのかは分からないけど。
「あれ、天海ちゃんは?」
「後から来るって」
「ふうん、遅れたら殺されちゃうかもしれないのによくやるよね」
「テメーがそれを言うんじゃねぇよ!」
「え?」
「んんんん、そんな蔑むような目で見ないでぇ……!」
なにやってるんだこの二人。
ちょっと心労を感じつつ植物園の中を歩き、中央の鳥籠のような場所へ入る。
そこには天海くんとぼくら以外の全員が揃っていた。
「もうオマエラさあ。少しは急がないの? ほらほら駆け足!」
呆れたようにモノクマが言うけど、別に従う必要は特にないわけで。
「ムキー! 走れったら走れっての!」
怒るモノクマを無視して皆と合流する。
「すげー、お父ちゃんのことガン無視だ!」
「お父ちゃん、落ち込まないで! アタイたちがいるわ!」
「ワイらが慰めたところで火に油や」
「オウッ、どんどん注ぎ込めェ!」
「ダメダヨ、怒ラセチャ」
……こちらもモノクマーズ全員揃っているようで。
少しだけ視線を向けて、それから皆の輪に入った。天海くんはまだ来ない。
「もう、オマエラ注意すら聞けないの? 先生はとても悲しいです。生徒が不良ばっかりで学級崩壊寸前ですよ」
「だー! さっきからうるせぇな! なにが言いてえんだ!」
焦れた百田くんが叫ぶと、モノクマはやれやれと首を振って彼を見つめた。黒豆みたいなあのぬいぐるみの瞳が向けられるところを想像して、ちょっとゾッとした。百田くんはよくあんなのに立ち向かえるなあ。
……これからぼくらも立ち向かうことになるとはいえ、やっぱり少し怖いや。
モノクマはその場で「シャキン」と爪を出してシャドーボクシングをし始める。なにがしたいのかと思ったら、その状態で「イライラしています!」と全力でアピールをし始めた。あ、うん。そっか。
「ボクはイライラしています。具体的には天海クンが遅すぎてイライラしています。野生を解放してクマらしく襲ってやろうかなとちょっと検討中です」
「男死のことを庇うつもりはないですが、それをされると白銀さんと香月さんが悲しむでしょうから、やるなら止めますよ。この、転子が」
「それならゴン太だって! もう誰かいなくなるのは嫌だよ!」
「アー、ハイハイ。これだから希望って奴は嫌なんだよ。運営の大変さを少しは労ってほしいよね」
いやそんなこと言われても。そもそもこんなデスゲーム開かなきゃいいだけだし。ぼくらとしては飽きたならさっさと放り出して去ってほしいくらいだよ。
「……っと、すみません。遅れたっす」
「謝罪で済むなら学級裁判はいらないんだよー!」
「モノクマはなにをイライラしてんすか」
「オマエのせいだオマエの!」
飄々とした様子で言葉を流す天海くん。
うん、彼ならモノクマとも言論できるし、黒幕を突き止めるためにも彼の協力は必須だ。ぼくのこの考えを彼と白銀さんに伝えておいてよかった。
きっとぼくだけでは流されて、罪悪感を抱いたままこのコロシアイ新学期を続行させられていただろう。
今回で、終わらせるんだ。
そうなるように、頑張るんだ。
心を奮い立たせるように言い聞かせる。
「それで、モノクマ。はじめるんだよね」
「はいはい、それじゃあオマエラ。学級裁判場で待ってるよ!」
モノクマと、ついでに口々に捨て台詞を吐きながらモノクマーズ達がその場から消える。そして中央の噴水にあるムキムキなモノクマの像が動き、赤い扉が現れた。
これを見るのはこれで三回目。さすがに慣れた。
けれど、これ以上慣れてたまるもんか。
ぼくらはそうして、最初の頃よりも随分と減った人数でエレベーターに乗り込む。それから沈黙のまま裁判場へ。
一言も喋ることなく、鋭い視線で裁判場を睨む赤松さんは怒りに燃えていた。
他にも喋らずに静観していたり、別のところで話している子達はいるけど、皆表情は硬い。
そしてそれぞれが慣れたように席につく。
立ちっぱなしでこれから何時間も話し合いをすることとなる。正直疲労が半端ないだろうし、今回で黒幕を晒しあげないといけない分、さらに長時間立ちっぱなしになるだろうな。それでも、やるしかないんだ。
「えー、ではでは! 最初に学級裁判の簡単な説明をしておきましょう」
モノクマはいつも通りに。と言ってもこれもやはり三回目の説明をはじめた。
「学級裁判では〝 誰が犯人か? 〟を議論し、その結果はオマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきですが、もし間違った人物をクロとしてしまった場合は…… クロ以外の全員がおしおきされ、生き残ったクロだけが才囚学園から卒業できます! ちなみに、誰かに必ず投票してくださいね。投票しない人には…… 死が与えられちゃうんだからね…… というわけで、クレイジーマックスな学級裁判の開幕でーす!」
カンッ、カンッと開始の合図のように木槌が鳴らされる。
これでぼくらにとってはラストの学級裁判のはずだ。いや、必ずこれでラストにしなくちゃいけないんだ。
やってやる。大丈夫、ぼくは強い子だから。
怯える心に、ひとつ嘘をついて勇気を絞り出す。
さあ、全部終わりにしよう。