「えーっと、私がまとめてみるね?」
再び席が円状に戻り、赤松さんが発言する。その視線は相変わらずぼくに注がれているが、その瞳に疑いはない。一応もう一回聞いてみる以上の意味はなさそうだ。王馬くんはまだ気まずそうに唇を尖らせているけど。
「部屋が暑くって、ちょっと揮発してるくらいじゃ火事にはならない……ってことだよね。なら、自然発火はしてなくても引火した理由があるかもしれないってことであってる?」
「うん、あってる」
彼女の言葉に頷いて肯定する。
「それじゃあ引火した理由に香月ちゃん以外の誰かの意思でも絡んでないと、結局最原ちゃんを殺したのはキミってことになっちゃうけど、そこはどう思ってる?」
「王馬君」
「いやいや、これは確認以上の意思はないよ? そんなに怒っちゃって天海ちゃんったら王子様みたいでかっこいいねー!」
また揺さぶって情報を引き出そうとしてくる……そんなことをしなくてもちゃんと話すんだけどな。少し心外だ。天海くんは純粋に困った顔をしているのでアレにイラついている感じではないらしい。心が広いな……。
「もちろん引火した理由には見当がついてるよ。今回のトリックも、朧げながら……だけど。探偵の最原くんみたいには鮮やかに謎解きなんてできないけど……」
トリックについてを共有している白銀さんも、天海くんも少しだけ苦い顔をした。黒幕を引き摺り出すためにも今回、『冤罪』を被せられようとしている人について、まず真っ先に犯人指定をしなければならない。そこから冤罪を証明していく必要がある。その過程で、犯人指定されることになる人はとても苦しい思いをするだろうけど……罪悪感で痛む心を押さえつけてでもやらなければならない。
「引火した理由はなに? 早く答えを出して」
「あ、うん」
春川さんの催促により生返事気味に頷いて、震えそうになる声を出した。
「最原くんの部屋には『割れた花瓶』があったよね? あれが引火の原因になったんだと思う。花瓶が割れたぐらいで? って思うかもしれないけど、床も硬い素材でできてるし、当たりようによっては小さい火花が散って引火する……可能性もゼロじゃない」
ゼロじゃないだけでほとんど可能性はあってないようなものだろうけれど。それでも、『ダンガンロンパ』なら一見不可能に思えるトリックや事象が起きる。細い隙間を投球で抜いた初代の超高校級の野球選手のように。無茶なとんでもトリックが成立するのもダンガンロンパという作品の特徴だ。ピタゴラスイッチで自動殺人を入間さんが仕掛けるとかも普通にありえる世界だと思う。彼女は小心者だし、そこまで遠回しな殺人トリックをやるほど気が長くもないと思うけど……。
「信じられねーけど……まあそれらしいのはそんくらいしかなかったのも確かだ。じゃあ、今度はその花瓶が割れた理由でも話したほうがいいのか? でもなあ……」
百田くんが納得がいかなそうに髪をがしがしとかき回している。それでも崩れない不思議な髪型についてもまあまあ気になるけど、そこはダンガンロンパ製作陣による恐らくそういうキャラクターだから、で無理矢理納得をしておいて……議題をそれに定める。
花瓶が割れた理由を好き勝手に予測し始めるみんなのなかでぼくが同意するべきなのは……これだ。
「花瓶はどーして割れたー? どうして〜? どうして〜? 神様はそもそも部屋に花瓶なんかあったっけ? と疑問げになってるけど〜」
「また事故とかじゃないの……」
「床オナならぬ花瓶オナでもしててうっかりぶっ倒しちまったか? 童貞原にはお似合いの事故原因だぜー!! ひゃははは!!」
「は、犯人が割った……とか?」
「ぼくの見立てだと赤松さんに同意かな」
赤松さんが自信なさげに呟いた言葉に力強く同意する。
事故を疑ってうんざりした様子の春川さんも、内容は下品だけど同じように事故……うっかりを推す入間さんもありえる可能性だけど、今回に関してだとはっきりと『犯人が割った』……割ってしまった、と言うべきだ。
「え、でも皆は演奏会にいたよね? どうやって犯人は最原君の部屋の花瓶を割ったんだろう……演奏会の最中か、それより前に火事が起きてないとああはならないんだよね?」
真っ黒焦げになった遺体を思い出したのか、ゴン太くんは痛ましそうに目を伏せる。そうだ、やっぱりネックになるのは事件が起きたのは演奏会の前か、最中かのどちらか。ぼくらはトリックを解いているから最中だと分かるけど、それがまだな皆の視点だと演奏会の前ギリギリに事件を起こした……とかでもないとは言いきれないと思っているはずだ。
自然と、演奏会の前ギリギリになって現れた王馬くんへと視線が集中する。事件が起きたのが演奏会の前だったのなら、それができたのはずっと一人で活動していた人ということになる。王馬くんが疑われるのは当然といえば当然だった。
けど、それは違う。
「事件は演奏会の前か最中か……肝心な犯行時刻が分からないとなると、王馬君も入間さんも犯人候補ではあるんだよね……」
「俺様もぉ!?」
「あの、こういうときにボクは候補に入らないのでしょうか……」
「ああ、キー坊も一台で行動してたんだっけ! まあ、キミの場合は犯人候補じゃなくて犯ロボ候補だから、どっちにしても犯人候補は二人なんだよね〜! ごめんね!」
「ロボット差別ですよ!」
「ずっと喋らないほうが悪いんじゃん」
「そもそも犯人候補に上がっていてなぜ笑っているのですか! 内なる声も今はキミが怪しいと睨んでいるんですからね!」
わちゃわちゃとしだした王馬くんとキーボくんを眺めながら、天海くんが微笑ましげにしつつ声をあげる。ちょっと遠慮した感じだったけど、話が進まないとあの二人は王馬くんが飽きるまでずっと漫才を続けてそうだし……本題に戻さないとね。
「もし、花瓶がひとりでに割れたんだとしたら……どうっすか?」
ただ、言葉選びはこの場合……若干ミスだったんじゃないかなあ……なんて思う。
「ゆ、ゆゆ、幽霊の仕業だとでも言うつもりか〜!?」
まさかパニックになりそうなほど大袈裟に驚く人がいないとも限らなかったからだ。……今の百田くんみたいに。
「幽霊みたいなのはフィクションの存在なんだよ〜? 花瓶を落とすのは無理じゃないかと神様も言ってるよ〜」
「非現実的存在筆頭がそんなこと言ってるんですか!?」
「キー坊も大概でしょ」
「失礼な! ボクはここに存在しています! 目に見えない幽霊と一緒にしないでください!」
「いや〜、まあ、転子も幽霊とか……そういうのはちょっと信じられないんですよね。香月さんが言うならともかく、男死の言うことですし」
そういう変なところでブレない茶柱さんも困り顔だ。これに慌てたのは天海くんのほうだった。白銀さんまで困り顔をしているけど、白銀さんのはどちらかというと「言葉選びだけでこうなっちゃうんだ〜」みたいなことを言いたげな表情だと思う。
「ちょ、ちょちょ、待つっす! 俺が言いたいのは、そういうんじゃなくて……トリックがあるってことっすよ。遠隔で、演奏会の真っ最中に花瓶を割る。そんなトリックがあるんじゃないかって言ってるんす」
彼の言葉に、ぽつりと茶柱さんが呟いた。
「そんな、魔法みたいなこと……」
そして青ざめる。誰を思い出したのかは明白だった。心の傷もまだ癒えていないのに、連想してしまうのはとても苦しいことだろう。
「夢野さん……? でもそれだとやっぱり幽霊ってことになっちゃうんじゃ」
小声で呟くゴン太くんの声は恐らく、なんの悪意もなく素直に出てきただけの言葉だった。けれど、さらに茶柱さんは青ざめる。
「幽霊の仕業じゃないよ。言ったでしょ、トリックだって」
だから、なるべくぼくは柔らかい言葉になるように口を開いた。
今から話す内容も、あまり良いとは言えないことだったけれど。
「一箇所だけ、最原くんの部屋と同じようにものが割れている部屋があったんだ。でも、その場所は普段開かれているはずがない部屋だった……けど、捜査のときに見て回ったときには開かれていたんだよ。これって、捜査のために必要だから開けてあったってことだよね?」
開かれているはずがないのに、開かれていたのは――超高校級のマジシャンの研究教室。
「夢野さんの研究教室では、ガラスの水槽が床に落ちて割れてたんだ。これって偶然だとはとても思えないよね?」
本来、死者の研究教室には入れないはずだ。捜査していたときは必死で失念してたけど、東条さんの部屋だって、他の死者の研究教室にだって普段は施錠されていて入れないようになっていた。なのに、捜査のときだけいきなり解放されているだなんて、おかしすぎる。
「モノクマ、どう? 捜査に必要な場所は公平な捜査のためとか言って開けてるってことでいいのかな?」
「事件に関係のあるところはロックが解除されてる場合があるのは本当だよ? 犯人にとっても、捜査するオマエラにとっても公平になるようにゲームメイクするのがボクのお役目だからね!」
「でも、今まで入れなかったところが入れるようになったなんてアナウンスはなかったっすよね。それはどうしてっすか?」
「聞かれたら答えるくらいがちょうどいい難易度だからだね! ゲームのバランス調整も大事ですし!」
……結構ペラペラ喋ってくれているという印象がある。
爪を爪やすりでカリカリ整えはじめてつまらなそうにしているあたり、モノクマはモノクマでなにやら不満かなにかがありそうだ。モノクマーズ達は機嫌の悪い親に怯える子供のように……萎縮して黙っている。まるで見たことのある胸糞悪い光景で気分も悪くなる。自分のトラウマも抉られる気がして目を逸らした。
「でも、水槽と花瓶ってだいぶ違うんじゃないですか?」
青ざめたまま茶柱さんが言う。まあ、見た目はかなり違うからな。一見して共通点なんてないように思えるだろう。
「見た目はともかくとして、偶然じゃねーってなると……どうなんだ?」
「分かってて話し始めたんじゃないなら黙ってなよ」
百田くんに春川さんが呆れて口を出し、彼も疑問符を浮かべながら黙り込む。
そして、ぼくがそっと『ある人』を伺い見れば……その人の顔は誰よりも真っ青になっていた。
裁判の最初には怒りで赤く色づいていた頬の血の気が完全に引いている。それはきっと、ぼくらが言った花瓶と研究教室の水槽の件で、その共通点に察しがついてしまったからだったんじゃないかと思う。
だってそれこそが……花瓶が割れたトリックそのものだったから。
これは冤罪だ。最悪な、冤罪だ。よりにもよって、最原くん殺しの冤罪を、この人にふっかけるだなんて、最悪も最悪だった。きっとこれを思いついた人は……とんでもなく性格が悪い。そう罵ってやりたいほどに、最悪だった。
「……キーボくん、演奏会のリハーサルで夢野さんの研究教室にピアノの演奏を流したんだよね。そのときも、本番と同じ曲目だった?」
「え? ああ、はい。そのはずです。スピーカーを誰もいない研究教室に繋いで、外からちゃんと音が聞こえるかどうかを観測してスピーカーがちゃんと動くかどうかを試しました」
「そのとき、部屋の中でなにか割れるような音がしなかった?」
確認のために尋ねる。静かな声だった。見守る皆の息遣いだけがその場にある。可哀想なくらい青ざめている彼女を、今すぐにでも「冤罪だから心配しないで!」なんて慰める言葉を投げかけてあげたいが、残念ながら一回トリックを全て明かしてから冤罪を紐解いていかないと話が飛躍しすぎてしまう。
そもそも『彼女』にとって、冤罪をふっかけてきた裏側にいるのが『彼』であるという予測自体も相当最悪だ。どちらにせよ地獄のような空気になることは目に見えている。だって、どう見てもお似合いの……青春を送っているように見えていたから。
「ああ、ありましたね。そういえば」
「記憶メモリーを確認するだけなのに読み込み遅すぎでしょ〜。本当に大丈夫なの?」
「ロボット差別はやめてくださいと言っているでしょう! ボクは普通の人間と同じように忘れることだってできるんですよ!」
「ロボとしての利点を捨ててやがる……が、そういうこだわりは認めるぜ。検便の記録をいつまでも覚えていられてても困るしな!」
「そ、そういうのはもう勘弁してください……」
「おえ……さすがにそれはないよ入間ちゃん……吐きそう」
別の意味で地獄みたいな空気になってしまったけど、あそこの三人が絡むと地獄みたいに下品な話になるのはもう仕方ないことだと割り切るとして……。
「やっぱり、そうだよね」
「ええ、そうっすね。最原君の部屋と夢野さんの研究教室に共通する点は……」
「演奏が響いていたこと、だよね」
ぼくの言葉を引き継いで天海くんと白銀さんが頷く。そもそも捜査時間にここまでは辿り着いていた。問題は……理屈では説明できるけど、再現性がないのでこの場で証明しづらい……ってことくらいかな。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
声をあげたのはゴン太くん。
「演奏ってことは音楽だよね? 音楽でテーブルの上にある花瓶や水槽が落ちて割れることなんて、本当にあるの? 納得できないよ! ちゃんと説明をしてほしい!」
「その話も今からするところだったっすよ」
その言葉で説明を受け持つことになったのは天海くんだった。
さっきから俯いてしまっている赤松さんを置いて議論は進行していく。
残りの懸念は犯人指定で即座にタイムアップにされてしまわないかどうかだけど……大丈夫、だよね?
不安になってモノクマを見てみるが、あいつは考えの読めない黒豆みたいな瞳でじっとぼくらの議論の流れを見つめているだけだった。
……フラグになっちゃったかも。
万が一、なにかあったら……疑われること覚悟で、誤魔化されることも覚悟で自分の意見を声高に主張するしかない。
緊張のせいで、心臓の鼓動が嫌に早くなってくる気がした。
以前からの文章より矛盾や違和感のある箇所がございましたら遠慮なくご指摘ください。なるべく気をつけ、読み返しながら書いておりますが、見落としが存在する可能性がございます。
ダンガンロンパ、14周年おめでとう!!!!!!