「この裁判場で検証することはできないけど……音で物が動くことはあるよ」
ゆっくりぼくの口から説明を始めた。
緊張で握った拳に汗が滲んでいる気がする。でも、こればかりはぼく自身の言葉でトリックを説明しないといけない。気が付いたのがぼくだからだ。探偵役を天海くんにばかり任せて自分は影に徹して逃げることなんて、許されないんだ。
「音で物が動くことってあるの?」
ゴン太くんが首を傾げる。そっか、もしかしてあんまりそういうの見たことないのかな。
「うん、ほら……コンサートホールとかで大音量で音楽を聴くと振動を感じるよね? 音の波は振動となって空気を伝わっていく。音で近くにある音叉が振動したり、振動している音叉を近づけるだけで他の音叉も振動しだすように、音による『共鳴振動現象』が発生するんだ。たまにポルターガイストと間違われたりするけど……音で振動した物が、カツカツと少しずつ震えて棚から落ちる……とか、そういうことも起こり得る」
にわかには信じられない。そもそも、『彼女』の演奏はそこまで低音がずっと響くような曲目でもなかった。それでもトリックとして話すのは、これしか方法がないからだ。最原くんの部屋にあった花瓶や、夢野さんの研究教室にあった水槽を落とすなんてことをするのは、無理矢理漕ぎ着けるとしてもこの方法しか思いつかない。検証なんてしてないから確証があるかと言ったら、ない。けれど、これは学級裁判。皆に納得してもらえさえすればいい。
「共鳴振動で物が落ちて、その際に摩擦で火花が散って……最原くんの部屋で揮発していたフランキンセンスの精油に着火しちゃった……ってことだよね」
まとめるように白銀さんが話して、ぼくは頷く。
分かっている。全てを察した皆が青ざめたことも、ある人がこれ以上ないくらいに震え始めたのも。
「花瓶と、水槽。二つの物が落ちた部屋に共通してるのは……演奏が響いていたことなんだ。だから、あの部屋が火事になったのは」
ぼく自身の顔色もきっと悪くなっている。だって、これを言うのにはかなり勇気がいるから。探偵っていつもこんなにも胃が捻じ切れそうなほどのことをしてるのか、なんて吐き気が込み上げてくる自分の口元を押さえて唾液を飲み込む。
「私の、せいなんだね」
でも、ぼくが言う前にある人が呟いた。
絶望してしまった、静かな声で。
「……赤松さん」
涙さえ出ないような真っ白な顔で、彼女は目を見開いたままぼくを静かに見つめる。そうだ。火事になったのは彼女の演奏がきっかけだろう。けれど、それでもそんな顔は見たくなかった。赤松さんのせいなんかじゃないから。赤松さんを追い詰めたいわけではないから。やってることは明確に彼女を追い詰めるトリックの説明なのは違いないけれど、違う。だって、ぼくの仮説が正しいのなら、彼女は犯人なんかじゃない。だから、少し待っていて。すぐにでもきみが悪くないことを証明してみせるから。涙が滲んで視界が曇る。ダメだ、ぼくが泣いてどうするんだよ。泣きたいのは赤松さんのほうなのに。歯をぐっと噛み締めて続きを言おうとする。けれど、それを天海くんが引き継いでで話し出した。
「そうっす。最原君の部屋が火事になったのは、演奏で花瓶が落ちたからっす。あの花瓶は元々超高校級のピアニストの研究教室にあったものだそうじゃないですか。つまり」
「一見、研究教室特有の凶器がないように見えてたけど、赤松ちゃんの研究教室の凶器はあの花瓶だったってことだよね?」
「およよ〜、さすがにそれは予想外だったって神様もびっくりだよ〜」
王馬くんが静かに答えて、アンジーさんが驚いている。
そうだ。他の皆の研究教室には分かりやすく凶器があったけれど、赤松さんのところは不明だった。その不明だった凶器が、一見して……いや、そういう目的で見なければごく普通の花瓶だった。それだけのこと。恐らくいくつかトリガーとなる、共鳴振動が起こりやすい楽曲の楽譜が紛れていたんだろう。凶器の使いかたさえ分かっていれば正しく使えるが、普通の人には絶対に予測がつかない凶器の使いかた。
実際にできるかどうかはともかくとして、自信満々に理屈ではできると言い切っておかないとトリックとして成立しない。だってこれは『ダンガンロンパ』だから。無理のあるトリックでも成立させる。できるゲーム。たとえそれがリアルフィクションだとしても、成立させてくる。どうやってなのかは分からないけれど。だから、可能性があるならこうだと言うしかない。
「じゃ、じゃあ偶然が重なって、最原さんは死んだっていうんですか……!?」
「……っ、そんなの、ありかよ……!」
絶望の声をあげる茶柱さんと、百田くん。なんだかんだ、男死がどうのと言いつつも茶柱さんは最原くんの推理に関しては信用していたように思う。彼の人間性に皆が惹かれていた。優しい探偵、その顔に。百田くんだって彼をかなり信頼していただろう。
だからこそ、ぼくは残念でならない。
「そう、火事になったのは赤松さんの演奏がきっかけだった。皆が演奏会で演奏を聴いている間に、あの部屋は火に包まれた。でも」
焦って早口になる。
けれど、肝心なことを言う前にこの場に似合わない明るい声が響き渡った。
「はい、タイムアーップ! 投票の時間だよ、オマエラ!」
そして、恐れていた事態が起きてしまったことにぼくはますます青ざめた。言おうとしていた言葉が口の中でこんがらがって、ぼくの言葉を遮ってきたモノクマを睨みつける。
「ま、待って! モノクマ! まだぼくの推理は続いてる!」
いつもは怯えてしまうモノクマ相手に口答えをする。
それだけ焦っていた。だって、この流れでは赤松さんに投票の矛先が向くだろうから。でも、それじゃあいけないんだ。モノクマは赤松さんがクロとして正解を発表するだろう。それではダメだ。それじゃあダメなんだ。
だって、これは黒幕が仕掛けた冤罪事件なのだから。
「なあに? 赤松さんの演奏だけじゃ最原クンは死ななかった〜とか、そういうことを言うつもり? でもそっちのほうが残酷じゃない? うぷぷぷ。そうだよね? 放送をオンにしたのも、暖房をつけたのも、精油をプレゼントしたのも、花瓶を運んだのも、全員違うことをひとつずつした結果、演奏で火事になったんだもんね! でも、この裁判だと実行犯がクロになるからさ……分かってるよね?」
嫌味だ。皆がそれぞれやったことがパズルのピースのようになって、殺人トリックになってしまった。そんな指摘をして罪悪感を煽り、殺伐とした雰囲気にさせるのがこいつの目的なのだろう。
モノクマは赤松さんを処刑したがっている。彼女をクロとして処理してこのゲームを続行しようとしている。でも、それは違うそれは違うんだ。
だって、あの死体は最原くんじゃないとぼくは知っている!
逆らうのは、怖い。
モノクマに逆らうなんて怖いに決まっている。けれどやるしかない。このままでは本当に赤松さんが殺されてしまう。好きな男の子を自分が殺した、なんて罪悪感に押し潰されたまま、真実を知らずに殺されてしまう。それはダメだ。たとえそう思い込んだまま死ぬよりひどいことだとしても、ぼくは赤松さんに死んでほしくない。
震える体を叱咤して、ぼくは叫ぶ。
「それは違うよ!」
モノクマに逆らい、なにが起こるのかも予測はつかない。
「ぼくはこれが冤罪だって知ってるぞモノクマ!」
ルール違反で殺されるかもしれない。
「あの死体は最原くんじゃなかったって知ってるんだ!」
そんな恐怖に押し潰されそうになりながらも、やるしかないんだ。
「死んだふりをして赤松さんに冤罪を被せようとしているのは、最原くん自身だろ!」
ぼくが、やらなくちゃいけない。叫ぶしかない。
「このゲームの黒幕が、最原くんだからだ!」
たとえ殺されようとも、真実を伝えるんだ。
決意を胸に、今まで以上に大声でヤケクソになって叫ぶ。投票タイムが完了してしまったら赤松さんは死んでしまう。だから、その前にモノクマになんとか訴えるしかない。これは賭けだった。下手したら裁判の妨害の罪かなんかで処理される恐れだってある。
ぼくの叫び声が響いたあと、裁判場には痛いほどの沈黙が落ちる。
モノクマの無機質な瞳がぼくを貫いて、沈黙するのがこれほど恐ろしいものはない。ごくりと唾液を飲み込む。
「へ〜オマエは死者を愚弄するような悪い生徒だったんだ!」
楽しそうに話し出したモノクマに汗をだらだらと流す。
綱渡りでしかない言動をしているのはこちら側だ。だから、念押しのためにまっすぐとモノクマを見返して言葉を付け加える。
「た、たとえ裁判妨害のルール違反とかなんかで殺されてもいい。でも、ぼくの推理はちゃんと最後まで聴いてほしい! そのほうが、その、おもしろい、だろ?」
「そんな真っ青な顔で言われても迫力ないよね〜! でも」
モノクマが意味深にキーボくんを見つめた。
けれど、当のキーボくんは頭の上にハテナを浮かべて「え、いえ、これは推理を聴くべきではないでしょうか?」なんて言っているし、他の皆だってそうだ。王馬くんはなにやら神妙な顔で考え込んでいるけれど、結構好き勝手に皆はざわついている。ぼくの言ったことが急だったのもあるだろう。
我ながら、とんでもトリックの披露から犯人判明。そしてその覆しかたが突発的すぎるし、早すぎたと思っている。けれど、そうでもしないと伝えられないと思った。もたもたしていたら赤松さんが殺されてしまうから。
彼女も困惑している。そもそも、赤松さんは自分がクロになるか、それとも好きな人がデスゲームの黒幕だったかのどちらかの選択肢しか残っていないから気が気じゃないだろう。どちらが真実でも彼女にとっては残酷だ。
「でも、なに?」
「……」
モノクマが沈黙してなにやら考えている様子を見せる。
春川さんが痺れを切らしたように尋ねるけど、モノクマはぼくを見つめたまま動きを静止させている。
まさか、このパターンは初代で見たことがあるぞ。
でも、そんなまさか。
嫌な汗が背中に流れる。
文句を言い出す入間さんや静かに見守る天海くん達。それぞれにその長い沈黙を何事かとざわつく。
キュイーンと、どこかでなにかを読み込む音が聞こえた気がした。
第四章
『フキノトウは芽吹かない』
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