「もうやめて……もうやめてよ……最原くん」
ポツリと涙が落ちる。
悲痛な声を震わせて、赤松さんが叫んでいた。
「私と一緒に、頑張ってた探偵の最原くんは……嘘だったの……? ずっと、ずっと君を信じてきた。私を励ましてくれたのも、一緒に過ごして楽しかったことも、全部」
「ううん、嘘なんかじゃないよ赤松さん。僕は君のピアノが大好きだ。君と過ごした時間は、僕にとってもかけがえのない時間だったよ。きっと、記憶をなくしてもまた君のことを好きになるだろうって分かるくらい楽しくて、大切な時間だった」
最原くんの優しい声色はまるで毒のように赤松さんを侵す。
本気でそう言っているんだろう。ぼくたちを「推し」と……「キャラクター」としてしか見ていなかったと言ったくせに、その口で愛を紡ぐんだ。そんなのズルすぎるだろう。
「……」
いろんな思い出が彼女の頭の中を駆け巡ったのだろうか。
ポロポロと流れ続ける涙を拭いもせずに、赤松さんは最原くんを見つめている。何度もはくはくと口を開いて、そして閉じるのを繰り返す。きっと、彼女の「ならどうして」という言葉がそこから溢れ出ることはない。溢れてしまったら、もっと残酷な答えが返ってくるのだろうと予想がつくから。
「もう、このコロシアイを終わらせることはできないの? どうしても続けないといけないの? ねえ最原くん。このまま続けたら、だって」
その言葉が途切れて、代わりに続きを言ったのは天海くんだった。
「このままだと、この裁判のクロは最原君ってことになるっすね。そうしたら、全員が君に投票して終わりになるだけっす。それでもいいんすか?」
この裁判の趣旨は、東条さんだと判明したあの遺体を殺したクロを見つけることだ。最原くんが死んでいると最初は思われていたけど、その真実は暴かれてもうクロが判明している。だからこの裁判のクロを指定するとなると最原くんに票が集まることになる。
それが正解なのだから、黒幕を処刑してコロシアイも終了ということになるだろう。
あるいはモノクマが残るのなら、黒幕を処刑しても終わらない場合もあるかもしれない。でも、彼はぼくらのファンだ。目の前でぼくらの活躍の続きを見ることなく退場していくとは考えにくい。
「そ、そうだそうだ! オレ様はもう投票するからな! い、いいよな!? もう決まりでいいんだよなあ!? オレ様はこれからも外でやらなくちゃいけねーことがいっぱいあるんだ。こんなとこでいつまでも閉じ込められてるわけにはいかねーんだ!」
「うぐぐ、赤松さんを苦しめた罪はこの場で償ってもらうことになりますよ。た、たとえ残酷なおしおきだとしても……こんなことをした男死にはお似合いでしょう! 夢野さんの……仇です」
震える手で投票ボタンを今にも押しそうな入間さんに、青ざめながらも最原くんのおしおきを求める茶柱さん。
それぞれがそれぞれの理由でボタンに手をかけたまま最原くんを見る。
勢い余って押す人が出なかったのはきっと奇跡だった。
「今……すごくモーツァルトの『涙の日』を弾きたい気分だよ、最原くん」
涙を流しながらもボタンを手にした赤松さんが、すっと最原くんを指差す。
強い瞳だった。情を残したままに覚悟を決めた瞳だった。
真実を暴いてこういう流れにしたのは、ぼくだ。
ぼくもまた、最原くんを睨んでボタンを掲げる。
「終わりだよ、最原くん」
全員一致の覚悟。
僕らの視線を一心に受けた彼は、それでも笑っていた。
「残念だけど、まだ裁判を終わらせるわけにはいかないんだ。ごめんね、みんな」
「なに言ってんの。この裁判はあの死体の犯人を当てることでしょ」
春川さんが鋭く彼の言葉を切り捨てるけど、最原くんは余裕そうに笑ったまま指を一本立てて話しだす。
「このコロシアイの中にはね、僕以上の大嘘つきが一人だけ紛れ込んでるんだ。僕がおしおきされたとしても、このコロシアイに望んで参加したその裏切り者がいる限りコロシアイは続行されるだろうね。最初に望んだ通りにさ」
青天の
全てが終わる。そう思っていたときに『裏切り者』がぼくたちの中にいるだなんて言われたらとんでもない。
確かに裏切り者が紛れているっていうのはダンガンロンパのセオリーだ。たまにいないときもあるし、今回みたいに『???』枠がないときもある。でもこんな大事なときに思いつきのように『裏切り者』がいるだなんて言われても信じられるわけがない。
だけど……わずかな可能性がある限り、みんなは疑い続けてしまう。一番に信頼していた、探偵としての最原くんが黒幕だった以上……もしかしたら、と思ってしまってもおかしくない。
ぼくだって信じられない。信じたくない。
でも、まさか……とは思ってしまう。
「今回のコロシアイは僕が先にバレちゃったけど、本来のセオリーは学園全体の謎を解いてからって決まってるし……順番が逆になっちゃったけど、そっちもちゃんと謎解きしてもらわないといけないんだよね。ね? モノクマ」
「そうだねえ……普通は学園の謎を全部解いていくうちに黒幕を暴く流れだからね! あ、裏切り者もホントだよ!」
「そもそも、僕が死んでもモノクマは動くからさ。最初のオーダー通りに進められるんだ。自動的にね」
「……オーダー?」
「おっと、これ以上は学園の謎を解いてからにしようか!」
無理矢理の軌道修正に王馬くんが疑問の声をあげたけど、彼らにそれを説明するつもりはないようだ。本当に学園の謎を解くまで終わらないつもりらしい。
「黒幕らしくみんなにチャンスをあげようと思う。赤松さんも悲しんでるし……僕も心苦しいんだ。だから、二つ選択肢を用意しておく」
どの口でそんなことを……とは思ったが、黙って話を聞く。
他のみんなもわりと意見を言い合ったりしてるが、彼にとってそれは雑音セリフでしかないらしい。つらつらと彼の口から出てきた選択肢は、あまりにも『ダンガンロンパのオタク』らしいものだった。
「この学園の謎を全て解いて、みんなにはこのメンバーの中で一番の大嘘つきが誰かを指名投票してもらう」
一瞬、というか絶対みんなの視線が一人に集中した。こういうときばかりはその一人もバツが悪そうに頬を掻いているだけだ。嘘つきの自覚はちゃんとあるらしい。
「王馬クンじゃなくてですか?」
言った!
「ねえ、キー坊。ロボって話の腰を折るのが得意なわけ?」
「あっ、すみません、つい」
完全に話の邪魔をした形になった彼らのことも、最原くんは微笑ましく見守っている。さすがにちょっと気味が悪いかも。
「……話を続けるね? 大嘘つきの裏切り者が分かっても、その人が僕よりも嘘つきじゃないと思ったのなら僕に投票すればいい。全員一致で僕に票が入ったなら、僕のおしおきでコロシアイをちゃんとおしまいにしてあげるよ。
でも、誰か一人でも票がブレたら……そうだね、全員おしおきだ。
おしおきの内容は……コロシアイのやり直し。
なにもかもを最初に戻してあげる。死者だって蘇らせてあげられるかもしれないね? もう一度初めから学園生活を送れば、今度こそ全員生還してコロシアイを終わらせることができるかもしれない。
あ、でも違う投票をした一人のおしおきだけはちゃんとした、いつもの派手で苦しいやつをやるよ! それで退場。次のゲームにも参加はできない。これでどう?」
それは、無印ダンガンロンパのオマージュのような提案だった。
苗木誠が希望を伝染させて、意見を全員一致にさせることで江ノ島盾子をおしおきし、外の世界に出ることになったあの場面のきっかけ。
江ノ島盾子は、一人でも投票が自分からブレたら全員が学園でゆっくりと老衰するまで平穏に過ごしていくおしおきにすると言い、その場合苗木誠だけは派手なおしおきをして退場してもらうと話したのだ。
最原くんはどこまでもダンガンロンパのオタクなんだろう。こんなオマージュじみた提案をしてくるだなんて。
しかも、承認欲求を抑えきれなかったときと同じようにガッツリ情報漏れが起きている。みんなは気づけないだろうが、ぼくは知っている。
コロシアイですでに犠牲が出ているのに蘇らせられるということはつまり……この世界が、電脳世界であることを示しているだろうから。
「最原クンさあ……余計なことを言い過ぎなんですけど!」
「え!? あ、ごめん……ま、でもこのルールでいいよね?」
さすがにモノクマからも苦言が出てきた。いちいち締まらない黒幕さんだなあ。
「いいけどね! 言っちゃダメなことのフライングカミングアウトが多すぎるんだよね。アドリブにしても、もうちょい出していい情報とダメな情報を分けてセリフを考えてくれないと〜」
「ごめんごめん……しまらないけど、こういうことだから。いいよね? みんな」
モノクマも大概言っちゃダメなこと言ってないか? と思っで口には出さない。ぼくのこの記憶はあまりにも特異すぎるから、またある程度の答えを予想してから逆算をして学園の謎を解いていくことになるのだろう。
「夢野さんと……また、会えるかもしれないんですか?」
「神様の奇跡でもそんなこと無理だって言ってるけどー?」
「生き返る……え? 本当に……? 土にかえった生き物はみんな、虫さんや菌類に分解されて自然にかえるんじゃないの……?」
「星くん……東条さん……」
ぼくも思わず呟いてしまう。
二人とも、ぼくが原因で殺したようなものだったから。
「あれ? 誰も真宮寺ちゃんのことは惜しんであげないのー?」
「あ、あいつがいると女はみんな殺されるかもしれねーんだぞ!? んなの蘇ってたまるか!」
「入間ちゃんは殺されないだろうけどね〜! オレだって知り合いの友達に入間ちゃんを選んだりしないし!」
「そ、それはそれで傷つくから事実を言うのはやめろぉ!!」
「自分でも……分かってはいるんだね」
王馬くんと入間さんのやり取りにそっと突っ込みながら、白銀さんは首を傾げる。
「蘇りができるって話も謎だし、謎がいっぱいではあるんだよね」
「でも黒幕の提案に乗るのってどうなの?」
「ちょっとでも可能性があるんなら、やるべきじゃねーか? 広大な宇宙の中で地球が生まれてくるようなちっせえ可能性が実現してんだ。それよりもよっぽど実現しそうだろ!」
「話が宇宙規模まで飛んでどうするの。本当に宇宙バカすぎる」
「いいだろ! 思っているより大きな可能性があるってこった!」
「死人が蘇るなんて、普通はないんだよ」
みんな言いたいことはいっぱいあるんだろう。反対意見も、賛成意見もある。でも、真っ二つというほどではない。
そもそも、最原くんはどれだけ反対意見が出たとしてもやるだろう。
ストーリーを提供している彼がそう言うなら、その流れに沿って行動するしかぼくたちには許されないのだろうから。
「議論スクラム技術を使うまでもないよね」
「え〜、あれ結構頑張ったからガンガン使って欲しいんだけどなあ」
「モノクマ、それより僕はみんなの、僕がいない謎解きを見たいな。香月さんは本当に見事だったし、やっぱり最終章の捜査と推理は
彼の言葉を聞いて、そういえば最原くんはモノモノマシーンのことも醍醐味だなんだと言っていたなと思い出す。あのときからすでに、隠す気なんてあるんだろうかってレベルで口を滑らせていたのかもしれない。
「しょうがないな〜」
結果的にモノクマの側が折れて、最原くんの意見が通った。
「それじゃあ、僕からのお題は二つ。学園の謎を全て解き明かしてくること。それから、裏切り者を見つけること。見つからなくても、自分が裏切り者かもって思ったら……うん、言ってもいいし、言わなくてもいい。最低限、学園の謎を解けるようにはしておいてほしい。
制限時間は特にないけど、サボってるなと思ったら勝手に切り上げちゃうかもしれないから捜査は真面目にしてね。
真面目に捜査してくれてるなら勝手にタイムアップになんてしないから安心してほしい。その場合、捜査できることが全て終わったと思ったタイミングで招集をもう一度かけるよ。
学園の部屋は全て開けておくから思う存分に捜査していい。分かったかな?」
説明して早々に、最原くんはモノクマが座っていた裁判長の席に向かってモノクマを抱き上げて座った。
「それじゃあ行ってらっしゃい。裁判中断をここに宣言させてもらうよ」
この中に『裏切り者』がいる。最原くんとは違い、いろいろ知っているぼくでも分からないほど、尻尾を掴めない誰かがいる。それはかなりの恐怖だった。
記憶消去のミスかなんかでアドバンテージを持っているからこそ、ぼくは最原くんに対して強気に黒幕だろうと突きつけることができたんだ。いまだに手がかりのない『裏切り者』については不安でしかない。
それでも、もうやるしかない。
……でも、不思議だな。『裏切り者』が暴かれていないと最原くんに票が集中して結局彼がおしおきされることになるのに、『裏切り者』を全員が暴くのを必須にしないだなんて。
浮かんだ疑問はこちらにやってくる天海くんと白銀さんを見ていったん置いておくことにした。
二人と合流していつものグループを作ってから話し合う。
まずは……どこから捜査しようか。
赤松さんと最原くんのくだりはモーツァルトのレクイエム『涙の日』を聴きながら書いてました。月の光もいいけど、悲しい気持ちのときは涙の日もしんみりできて好きです。
そもそも月の光は本編最赤のハイライトなので……(過激派オタク)
紅鮭団は何が見たい?
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全員記憶なし
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全員記憶あり
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香月のみ記憶あり
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香月、天海、白銀、最原に記憶復活あり