ぼくは倉庫でまるで拷問のような目に遭っていた。
「あの……」
「どうしたっすか? あ、あそこを見たいんすね。ちょっと待っててほしいっす。脚立持ってくるんで」
「いや、違っ」
「見つからないっすね、目覚まし時計。生活に使うものっすからこの辺だと思うんすけど」
「えっと……」
「でも、香月さんは下の方を探してほしいっす。脚立は危ないっすし」
めちゃくちゃ世話を焼かれる。
もう勘弁してくれよ! と叫び出したい衝動に駆られながら、必死に声を抑えて説得しようとするのだが全て無駄に終わってしまう。
きっかけは単純だった。3人で目覚まし時計を探しに来たはいいものの上のほうの棚は圧倒的に身長が足りなかったんだ。
これだと思ってジャンプし箱を掴むことは成功したけど、バランスを崩して落ちてきたダンボールに潰されるわ時計じゃなくてストップウォッチだったわと散々な目に遭っているとき、偶然目撃した天海くんに助けられた。
そこまではいいんだ。恥ずかしいところを見られたとか、情けないとかいろいろ思うところはあるけど、そこまではいい。
けど、どうしてそこからこんなに世話を焼かれるんだよ!
ぼく、これでも女子の平均よりは身長高いんだよ?
ダンガンロンパに出てくる女の子はみんな高身長だけど!
天海くんは180近くあってぼくが168だから10㎝くらい身長違うけどさあ!
なにかやろうとするたび遮られて 「俺がやるっすから待っててください」 なんて言われて、居た堪れないというか……
でも親切にしてくれている人に声を荒げるなんてことできるわけがないし、助けを求めて辺りを見渡すが白銀さんは違う場所を探しているので近くにいないんだ。
「どうしたっすか? 大丈夫っすよ。心配しなくても皆がついてますから」
「う、うう……」
もはや泣けてきた。こんな仕打ちってないよ。
ぼくはこんな風にあれやこれやと世話を焼かれたことなんてない。全部自分でやったし、いらない優しさを与えられそうになることはあったがそれからは逃げてた…… 戸惑いしかないからやめてくれ。
なんで天海くんはこんなに世話焼きなんだ? お兄ちゃん属性でも持ってるのか? それは夢野さんにでも向けてくれよ! ぼくには妹属性なんてないんだよ!
「香月さん、目覚まし時計見つけてきたよ。あれ、地味に邪魔しちゃった?」
「白銀さん!」
救世主だった。
彼女の後ろに隠れ、少し高い目線に訴えてみると 「くっ、眩しい!」 と言いながら庇ってくれた。
「天海君、あんまりいじめちゃダメだよ?」
「えっ、いじめてなんかないっすよ」
「ご、ごめん…… あんまり世話を焼かれたことがないから耐性が…… お願いだから普通に接してよ」
「ああ、すみません。あんまりにも不安そうなのでついつい……」
そんなにぼくの顔色は悪いか。
確かにずっとストレスに晒されているようなものだし、そんなにメンタルは強くない。
立ち向かうより逃げ出すことのほうが多い性分をしているから、ネガティヴに考えがちだしうまく飲み込めない。あれこれと後悔して引きずってばかりだ。
だからこそ逃げた先がアロマセラピーだったんだけど…… そうだ、アロマセラピーだ!
いつも落ち着くために芳香浴してたし、もう研究教室が開いているんだからアロマポット回収して個室で引きこもればいい。
幸い目覚まし時計は白銀さんが見つけてくれたし、夕食までに凶器らしきものを自室で見つけて持っていけばいいよね。
「大丈夫だけど…… やっぱりアロマやってたほうが落ち着くかもしれないし、ぼくはこれで研究教室に行くよ。白銀さん、時計見つけてくれてありがとう。天海くんも、心配してくれてありがとう」
はにかみつつ言ってみると、くっついたままの隣から 「そっか、そうだよね!」 と納得の声が。よしよし。
「私もアロマセラピー興味あるし、ついていってもいいかな?」
「あ、俺も〝 月桂樹 〟ブランド愛用してたんで分けてほしいっす」
嘘だと言ってくれ。
思わず頭を抱えたが、2人は普通について来た。現実が受け入れられないって、こういうことを言うんだろうな。
「わっ、なにこれ…… ?」
「どうしたっすか?」
研究教室に入ると、なんだか違和感があった。
その違和感を辿っていくと、作業台の横にあったバケツに行き当たる。
そこには、みんなとの探索で来たときにはなかった水がなみなみと張っていた。
「さっきはなかったよね……」
「…… もしかして、地味に雨漏りしてるのかな?」
ハッとして天井を見てみると、確かに少し湿っているようだ。
「も、元の場所に戻しておいてよかった……」
蹴飛ばして転んだときに元の場所に戻していなかったら、きっと床がびしょ濡れになっていただろう。
「あの雨漏り、なんとかしたほうがいいっすね」
「うん…… 今日はなにもできないし、天井の修理は今度かな」
そう言ってバケツをよいしょと持ち上げ、流しに捨て…… ようとして横から伸びてきた腕に奪われてしまう。
「俺がやるっすよ」
「これくらいぼくでも持てるよ?」
金属で出来た大きめのバケツなのにたっぷりと水が注がれているということは大分雨漏りするのだろう。
結構重たかったが転んだり、持ち上げるのに苦しむほどではない。
「女の子が重たいもの持ってるときに見てるだけってのは嫌なんすよ」
「そこまで言うなら…… あ、あの、ありがとう天海くん」
「どういたしましてっす」
天海くんも結構細身なのに軽々とバケツを持って、さらに水をこぼすことなく流しへ捨てている。
ぼくだったら少なくとも波打った水で服が濡れていただろう。
ありがたいんだけど、ちょっと複雑だな。
「バケツは元の場所に置いとかないと大変なことになるっすね」
「そうだね…… きっとこれも2、3日待たないと直してくれないだろうし…… その間は毎回水を捨てないと」
1日2回はきちんと研究教室に顔を出さないといけないな。
東条さんにお願いするのは憚られるから、昼と夕食前の散水後寝る前に…… かな。
「香月さんが良かったらっすけど、手伝いますよ」
「ええ…… だからぼく1人でも大丈夫だから。なんでそんなに気にかけてくれるの…… ?」
「妹みたいだからじゃない?」
「妹みたいだからっすね」
ハモった!?
静観していた白銀さんまでなんてこと言うんだよ!
「ぼくひとりっ子なのに……」
「まあ、いいじゃないっすか。俺が勝手にやることなんで」
「天海君って…… 意外と押せ押せなんだね……」
そう思うんだったら止めてほしい。
「多分こういう人は言っても無駄だと思うよ?」
「そっか……」
気にしないことにしよう。そうしよう。
「ん、んんっ…… で、本題なんだけど」
わざとらしい話題転換をしてから人差し指を立てる。
「2人はなにかほしい効果とか、あるかな?」
「効果っすか?」
「ほら、えっと…… ストレスとか不安を和らげたいとか、集中したいとか、不眠気味だから安眠したいとか、元気を出したいとか……」
「温泉みたいに効能があるんだよね、確か」
「そうだよ。だから、効能から選んだほうがいいと思ってさ」
右奥に連なった椅子を3脚出し、まだまっさらな作業台の近くに置く。どうせついてきちゃったのだから、ハーブティーも振舞ってみようか。専門じゃないから美味しく淹れられるか不安は残るけれど、精油になる植物とハーブティーになる植物が同一の場合がある。
ハーブ系の精油は独特だが効果的な物が多いし、よく扱うから慣れている。
「うーん、なら安眠かな。昨日は緊張で地味に寝つき辛かったし……」
「部屋で使うのなら、初心者でも扱いやすいものがいいっすね」
2人の意見も聞けたので少し考える…… そしてぼくは 「2人とも、キクとかブタクサにアレルギー持ってたりはしない?」 と訊いた。
「俺の知る限りだとアレルギーはないっすよ」
「同じくかな」
「なら、分かりやすくカモミールにしてみようか。ハーブティーにもなるし、ここで体験してみる?」
ジャーマン・カモミールはストレスや不安、怒りなんかの負の感情を和らげる効果と、安眠のサポートとして人気な精油だ。
主要な有効成分のカズマレンで精油の色も綺麗な濃い青色をしている。カモミール・ブルーやアズレンブルーなんて呼ばれたりもする。
スキンケアにも有効だから、ぼくならこれを配合してシャンプーにすることもできるはずだ。気に入ってくれたら打診してみようと思う。
「じゃあ、その間少しお喋りでもするっすか」
「そうだね」
「なんの話する?あ、天海君好きな漫画とかある?」
「にわかで申し訳ないっすけど、話題になったものとかを風の噂で耳にするくらいっすね。あんまり日本にいないんで、それくらいしか見れないんすよ」
「なん…… だと…… !?」
2人が会話している中で、ドライハーブを用意する。
ティーポットがあるからどこかに必ずあるとは思っていたが、やはりちゃんとあった。ジャーマン・カモミールもあったのでそれを適量茶こしに入れておき、先ずはガラスのポットに少量お湯を注ぐ。
くるくると中のお湯を移動させてポットを温めると、中に入れていたお湯を捨てる。
今回は初心者が相手なのでハーブの量は気持ち少なめにしてある。
室温程度まで温めたポットに茶こしをセットし、沸騰してから少し経った熱いお湯を注ぐ。
素早くティーポットに蓋をして、先ほど白銀さんが見つけてきてくれた時計をタイマーで4分にセット。
熱いお湯の中で花が開くように踊る茶葉を楽しみながら蒸らすことになる。
その間に棚に並んだ精油からジャーマン・カモミールを選び、アロマポットに2滴垂らす。ポット内の水に直接垂らすわけではなく、水蒸気が出てくる場所に垂らしておくので、ポット自体を隅に置いていても部屋全体に香りが広がるようになっているわけだ。
ポットを起動して時計のアラームが鳴るのを見届ける。
アラームを止めてティーポットを軽く揺らして内部の濃度を均一になるようにし、それぞれ少しずつお茶を注いでいく。
ポットの茶こしは目が細かいもののため、茶葉が混ざることなく綺麗にお茶が入った。
鮮やかな黄褐色のお茶からはほのかにリンゴのような甘い香りがしている。
「どうぞ、最初は香りを楽しんでみて」
「え、ハーブ…… なんだよね。リンゴみたいな匂いがするんだね……」
「いい香りっすね」
「熱いと思うから気をつけて飲んでね」
90℃以上でお茶を淹れているから猫舌泣かせだ。
でもこのくらいが1番強く香りが出るから、特別美味しく飲めるのもこのときが1番だ。ぼく、猫舌だけどね。
「本当にリンゴみたいっすね」
「カモミールの語源は〝 大地のリンゴ 〟なんだよ。花からリンゴのような香りがすることから来ているね。入浴剤なんかでも使えるし、薬効があるからスキンケアにもなるよ。ただ、キク科アレルギーがあるとアナフィラキシーを起こす可能性があるから、そこだけは気をつけないとね…… まさかぼくたちの中にアレルギーの人がいたりするのかな」
普段は凶器でなくとも、条件が揃えば凶器になるっていうパターンももしかしたらあるかもしれない。
2人には口頭だけで確認したけど、今度からはハーブティーを淹れるときちゃんとアレルギーのパッチテストをしてもらおう。
じゃないと不安だ。
「キク科っすか…… わりと珍しいと思いますけど、条件が揃ったらっていうのはあるかもしれないっすね」
「でも、そんな地味に回りくどいことするかなあ」
するだろうなあ、モノクマなら。
「アナフィラキシーショックは怖いし…… それで大事になったらモノクマの思うツボだよね。安全確認はやりすぎて悪いことじゃないから、やっぱり気をつけるよ」
「そういう細かいところは香月さんしか分からないっすからね。俺たちが利用したいときは確認してもらえばいいっすね」
「うん、それなら安全だよね」
ハーブティーが2人によってどんどん消費され、残り少なくなった頃…… ぼくは天海くんの言葉を思い出した。
「あ…… そういえば、天海くんって〝 月桂樹 〟使ってくれてるんだっけ…… どれを使ってるの?」
〝 月桂樹 〟というぼくが作ったらしいブランドにどれだけの種類があるか分からないが、参考までに訊いておかないとね。
どんなものを使っていたか分かれば、元が分からなくてもより彼に合った物として似た物を作ってしまえばいい。
「ライムっすね。肌がそんなに強くないんで希釈された弱いやつっす」
「そっか、ライムね…… 分かった」
ライムは刺激が強めなので普通は希釈して使ったほうがいい。
この口振りだと肌が弱い人用と普通のやつ2種類あったのかもしれない。
1日あればオリジナルのシャンプーとリンスを作ることができるけど、取り急ぎサンプルとして渡しておいたほうがいいよね。
部屋の中を探し回って、ぼくのブランドと思しきボトルがたくさん入った場所を発見した。天海くんの言った通りライム単品の商品らしく、ラベルにはライムとだけ書かれている。
この段階ならあと少し手を加えることもできるだろうし、ちょっとアレンジして完成させてしまおう。
…… ということで、ライム単体では香り付けくらいでしか活躍できないからローズマリーを加えて配合する。
ローズマリーも刺激が強めだけど、髪に対しての効能がキチンとある植物だ。フケ防止とか、白髪防止とか、あと育毛促進もある。頭皮の不調に有効なため、市販のシャンプーなんかにもあるんじゃないかな?
「少しビターな感じだけれど果物特有の甘いシトラスの香りがあるライムと、ローズマリーの爽やかな香りをブレンドしたよ…… えっと、ライムの香りがまず鼻をくすぐって、そのあと爽やかにすっと通っていくような感じになると思う…… ライム&ローズマリーの香りは天海くんにピッタリだと思うよ」
香りには揮発性によって〝 ノート 〟と呼ばれる分類がある。
早く揮発して香りが先に現れるのがトップノート。中くらいなのがミドルノート。揮発に時間がかかるけど強い香りを出すのがベースノート。
ライムはトップノートで、ローズマリーはミドルノートなのでまず先にライムの香りがくるはずだ。僅かな差だけれど、重要な部分。
シャンプーやリンスにしたとしてもそれは変わらないから、きっと明日の天海くんは甘くて爽やかな香りを漂わせているだろうね。
「注意するべき点は、ライムに光毒性があることかな…… 肌に使ってすぐ紫外線に当たると良くないから、シャワーを浴びるのは夜にしたほうがいいよ」
このボトルに使われていたライムの精油は水蒸気蒸留法じゃなくて圧搾法で作られているので光毒性が出てしまう。
光毒性のあるものは総じて紫外線エネルギーを溜める成分があるので、つけた部分の肌が急速に日焼けする。強い日焼けは火傷と同じだから、度合いによってはシミが残ったり皮膚組織が破壊されたりするので危険だ。
もう少し時間があったら害のないやつを作れたんだろうけど、取り急ぎ渡しておきたいからね。
最も光毒性の強いベルガモットは、高濃度で使用した化粧品が皮膚障害を起こすなんて事例も昔はあったらしい。
今では皮膚障害を起こす成分を除いたベルガモットFCFという、アレルゲンフリーみたいなものがあるのでそういう事例はなくなっている。
ベルガモットで1番酷い事例はこれの油を塗ってサンベッドに入ってしまった話だ。ある程度皮膚に浸透した状態でこれをしてしまったために1週間以上入院するほどの火傷を負ったらしい。
皮膚に浸透していたこともあり、火傷は肌の深部にまで達してたとか…… と、まあわりと危険だから先に話をしておかないとね。
ライムは低濃度で使っているとはいえ、気をつけておいたほうがいい。
そんな説明を短くすると、天海くんは笑いながら了承してくれた。
「朝シャンはしないんで問題ないっすね…… ありがとうございます。わざわざブレンドまでしてくれて嬉しいっすよ」
「白銀さんも使ってみる?」
「え、いいの?」
ぼくが彼女にも目を向けると、キョトンとして自分自身を指差す。
嫌がられては…… いないかな。
「うん…… 白銀さんと天海くんが良ければ。あくまでサンプルだから、気に入った香りがあったらまた作らせてもらうよ」
「俺は同じでも別に気にしないっすよ。ライムが気に入ってますしね」
「ならお願いしようかな。備え付けのシャンプーはあまり好きじゃなくて…… ホテルとか、銭湯とかに置いてある地味に見たことない商品みたいな感じで、使用感がね」
ああ、あるよね。備え付けで置いてあるやつってなんとなくパサついたり納得いかない仕上がりになったりするよ。
「それじゃあお土産も持ったし、個室に行くっすか」
「そうだね…… はあ、本当に凶器なんてあるのかな…… 地味に嫌っていうか……」
「探してみるしか、ないよね。また研究教室みたいに分かりにくいものかもしれないけど」
3人連れ立って、ぼくたちは学生寮となっている建物へ向かった。
2人はシャンプーなどのボトルを持って、ぼくは個室に置くためのアロマポットを持ってだ。
ボトルと一緒に持つのは難しいため、白銀さんは明日また取りに来るとのことで、明日も1人になれないことが決定した。嘘だろ。
2人と別れて部屋に入ると、強烈な違和感がぼくを襲う。
そう、例えば目の前にいる白黒のクマとか……
「って、なんでいるんだよモノクマ!」
「あ、お邪魔してまーす」
「邪魔するなら帰れ!」
「いやー、ボクって天邪鬼だから」
「それで〝 ずっといろ 〟って言ったらどうせ居座るんだろ? 知ってるよ」
「オマエは物分かりが良いね〜」
モノクマがいじっていたのはベッドの下。
一体なにを隠したんだ?もしかして、それが凶器なのか……
「古今東西ベッドの下に隠すものって言ったらアレでしょ……」
「は?」
「あれ?なに真っ赤になってるの? ベッドの下って言ったら梅干し漬けて隠すでしょ?」
「……」
この野郎……
「曖昧な言葉でエロいこと考えるほうがエロいんだよー! やーいムッツリー!」
「馬鹿なこと言ってないで、早く帰れよ」
「はいはいっと、まったく世知辛いね」
どこがだよ、と言うより早くモノクマは扉から出て行った。
ああ、もう…… こいつのせいで嫌なこと思い出した。最悪だよ。
思わず左手で肩を抱いていたことに気づき、頭を振る。
急に気になり出したタイトスカートをぐいっと伸ばし、もう少し丈が長くならないだろうかと無駄な努力をしたが虚しくなるだけだった。
ズボンがほしい。研究教室にあった作業服もなぜかズボンじゃなかったし…… まったく、ままならないものだな。
「まさか本当に梅干しなわけないしな……」
そう言いながらベッドの下を覗くと、いくつか並べられたガラス瓶が目に入った。
ひとつ取り出し、明るい場所に置くとその中にあるのが黒っぽいブルーベリーのようなものであることが分かる。と、同時にそれがブルーベリーによく似た猛毒の実であることも察してしまった。
これは恐らくベラドンナの実だ。
非常に毒が強く、ブルーベリーと誤認して死亡する例もある立派な凶器だ。ただし、毒性を知らなければ…… だが。
これに毒性があることはぼくがみんなに説明するので、誰かが誤認することはないはずだ。そのために凶器を一箇所に集めるんだろうし。
並べられたビンを3つ持って部屋を出る。
そこには既に天海くんがいた。
「え、あの、天海くん…… ?」
こちらに近づき、頭に手が乗せられる。
そんなに乗せやすい位置にあるかな…… ?
「なにかありました?」
「え……」
そう言われて、モノクマの姿と思い出してしまった嫌なことが脳裏に過る。
「……」
でも、弱音は…… 言わない。
だって、そんなこと言ってたらまた王馬くんに見咎められるかもしれない。
あれはただの揺さぶりだったんだろうとは思うが、それでもぼくは責められるのが怖い。
「だ、大丈夫だよ…… モノクマが部屋にいてびっくりしただけだから」
だから、弱音は言っちゃいけないんだと飲み込んだ。
「…… キミがそれでいいんなら、いいんすけどね。あんまり無理してると体に毒っすよ」
遠慮するように乗せられた手が移動し、降ろされる。
慣れないがために毎回手を乗せられるたびに目を瞑ってしまうし、そうされるのはあまり好きじゃないはずなんだけど…… なんだろうか、このお兄ちゃん属性。
彼の手はあんまり怖くない、かもしれない。
詳しい理由を聞かないでくれているのがとてもありがたいし、近すぎるようで実は近くない距離感がちょうどいい。
「あ、ありがとう……」
尻すぼみになりつつ告げると、またもや 「どういたしましてっす」 と爽やかに答えられてしまった。
「あ、天海くんは…… きょうだいとか、いるの?」
「妹がたくさんいるっす。だからっすかね」
「そっか…… ぼくはきょうだいがいないからよく分からないけど、いつもこんな感じなの?」
ぼくの言葉に少し詰まったように、彼は口を閉じたがすぐに取り繕うように笑った。
「そうかもしれないっすね」
曖昧な返事。
壁を作られたような、この感じ…… 天海くんもなにか事情があるのかもしれない。
「ごめん、家にいる人の話なんて踏み込んだことだったね」
「いいっすよ、そんなのお互いさまっす」
〝 家族 〟とは決して言わないぼくに思うところがあったのか、彼は苦笑した。
お互い、家庭でいろいろあるらしい。
「…… あれ?」
「ごめん、待たせちゃったかな…… 地味に分かりづらくて…… ってどうしたの2人とも?」
モノパッドがなんとなく震えたような気がしたのだけれど、白銀さんの声に釣られてそれを頭の隅に追いやる。
喧嘩はしていないが、お互い少し踏み込み過ぎて気まずくなった感じがある。その空気を敏感に感じ取ったのか白銀さんが訳知り顔で頷いた。
「ねえ、よかったら毎日午後にお茶しない? 私も植物園の探索手伝いたいから、香月さんが良ければだけど」
「ああ、いいっすね。探索は1人より3人でやったほうが進みますし、キリが良ければおやつの時間にでも集まりたいっす」
笑顔で告げた彼女の言葉に天海くんがそれきたと言わんばかりに乗っかる形になった。
あとはぼくの了承次第だけど…… 2人とも真剣にこちらを見つめてくるので、このぼくが断りきれるわけがない。
「…… きみたちなら、構わないよ」
「やった! やったね天海君!」
「これだけお願いしといてあれなんすけど、無理してないっすよね?」
「…… うん」
これは本当だ。天海くんと白銀さんなら、嫌じゃない。
「明日からよろしくっす。そろそろ夕飯の時間ですし…… 俺たちも移動しましょうか」
「あ、もうそんな時間かあ…… 結局私たち同士でも見つけたもの言ってないよね?」
「…… 結局食堂で見るんだし、後でもいいんじゃないかな?」
歩きながら凶器について話していたけれど、いつしかそれはただの雑談に変わっていく。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、気に入っているもの…… それは初対面のクラスメイト同士でやるような、ごくありふれた内容のおしゃべりで、ぼくにとってはすごくあたたかかった。
もつれそうになる舌を一生懸命動かして、ぼくもなるべく積極的におしゃべりに参加する。
気が合ったり、仲良くなろうとしていなければ苦痛な行為。でも不思議とそんなことはなくて、いつの間にか自分の悩みや嫌な出来事も忘れて夢中になっているぼくがいた。
なぜ?
そんなの、ひとつしかない。
天海くんや白銀さんのこと、好きになりたいと思ったから。
友達になりたいって、思えたから。
初めて〝 知らないことを知っている不安 〟から逃れることができた。
2人といるときは、そんな幸せな時間だった。
〝 ツウシンボ 〟に白銀つむぎの情報を追記致しました
〝 ツウシンボ 〟に天海蘭太郎の情報を追記致しました
【白銀つむぎ】
*2 なにかと取り持ってくれることが多いけど、案外ぐいぐいくる性格をしているらしい。さりげなく誘導されるのでついつい頼りたくなってしまう。お姉さんがいたらこんな感じなんだろうか。
【天海蘭太郎】
*2 妹っぽい妹っぽいと散々言われたけど、いざ兄妹の話題となると曖昧な表現を使うらしい。ぼくも人のことは言えないので互いに隠し事があるみたいだけど、隠し事をしない人のほうが信用ならないからかえって安心できるかも。
・
・*2
絆のカケラ2つ目という意味。本当は花びらを再現してひとつずつやりたいものの、AAは見る端末によってズレそうなので却下。