一年以上失踪した作者が帰ってきました。別作品も半年以上サボったのでいい加減更新をば、と。
このどうしようもない作者をお許しください。ノゲノラ ゼロのMADや原作に当たる第6巻を読み直して漸く再開するモチベとインスピが回復致しました。また長い間失踪しないよう細心の注意を払いながら執筆していこうと思います。
それに当たり、まずリハビリとして、旧第五話の修正・文章追加を行いました。旧第五話はツイッターでも告知した通り削除しましたが、一応バックアップもあるので、要望があれば定期報告のページに黒歴史として掲載するつもりです。
それでは、この物語が良きものとして完結に至るように願って—————
空が————蒼い。
あの世界の空は、いつも赤く染まっていた。
結局二人で青い空を見ることも叶わなかったというのに、この世界ではさも当然のように広がっている。
この時点で、どれほどこの世界が比べるまでもなく平和なのかがよく分かる。
向こうでは、ロクでもないカミサマ達がドンパチやりあった末に焼かれた大地の灰燼が天を塞ぎ、精霊回廊に衝突し光を放って赤く染めたというのだから、前提として規模が違いすぎていた。
「——————」
特別、これという言葉は出なかった。
空が蒼くて綺麗だ、などという感想は考えすらしない。
そもそも、あの世界が異常すぎたのだろう。
空からは致死の猛毒が火山灰のように降り注ぎ、猛烈な寒波がほぼ常に到来する。
『霊骸』と呼ばれる猛毒は、素肌に触れるだけで皮膚を焼き、目に入るだけで光を奪う。挙句、口にするだけで内臓を焼くのだから、それが降り注いでいないだけで楽園とすら感じられるぐらいだ。
前世と今世のギャップがあり過ぎた。
明確に〝死んだ〟という実感があるせいか、今の状況は理解し難い。
果たして、蘇ったと考えるべきか、生まれ変わったというべきかすら判断しかねる。
やはり、こういうことはシュヴィと一緒に考えるべきなのだと、北山陸は——
それと同時に——猛烈な孤独感を味わった。
「シュヴィ……………」
会いたい。逢いたい。
その声が聞きたい。その笑顔を見たい。その身体を抱き締めたい。
どうしようもなく勝てない俺を支え続けて欲しい。
もう一度、もう一度、もう一度————!
強欲で、矮小で、有り触れた
シュヴィほどではないが、理屈や道理で冷静にモノを考えるリクでも不思議なことだが、どういう訳かこの場所——国立魔法大学付属第一高校校内にて、
前世において、最も最弱の種族に過ぎなかった自分が、何故〝
この世界に大きな精霊反応を感応する霊針盤は無い。
それどころか、精霊回廊自体が無いという。
見つかっていない可能性も考えられたが、確実におかしい点が一つあった。
それは人間という種族だ。
あの世界とこの世界における人間に外見、内面に違いはない。
大きな違いがあるとすれば〝魔法〟が使える者と使えない者が存在するという点だ。
あの世界において、人間は体内に魔法の源である精霊回廊に接続する回路を持たない。当然使うことも、感知することもできない。
いくら五感が優れていようとも、ここのように人がたくさんいる中で、シュヴィ一人を感じ取るのは不可能だ。
視認している訳ではない。
聞こえている訳でもない。
触れている訳でもない。
この時点で、彼女がここにいると確信するのは
加えて——この世界では、精霊回廊とは別に、魔法を使う術がある。
それも全く異なる方法だ。
この世界の現状から考えるに、いくつか推測は立つ。
その中からめぼしいものを取り挙げる。
一つ目は『大戦』の後、人間が全く異なる技術を開発し、それを以て他種族を壊滅させた可能性。
————有り得なくはない。
けれど、最期に見た『
二つ目は『
勿論、不可能ではない。『
あれは種の創造を行えるレベルの魔法を行使できる存在をたった一人に限定する為の概念装置だ。
出現条件からしても、精霊回廊と密接に繋がっている。
————しかし、やはり、妙な違和感がある。
三つ目はこの世界はあの世界とは全く異なる別の世界だということ。
————正直、かなり頭のおかしな考えだ。
とはいえ、一理ある。リク自身が異端とも言えたせいか、完全に否定し切れなかった。ことの全てを『ゲーム』と断じる彼だからこそ。
いくら考えても、やはり一人では限界があった。
それを思考する間にも、リクの身体は近くに感じるシュヴィの存在に吸い寄せられるように動いていた。
向かう先は、講堂。あの世界よりも身長が低く感じるせいか、或いは先程の痛みが負担になっていたのか。
重い身体をシュヴィに会いたい一心で動かすだけしか出来なかった。
そうして一歩を踏み出す。早鐘を打つ心臓を押さえ、焦りと共に。
そこで——脳裏に覚えのない声が響いた。
『まあ待てよ、リク・ドーラ。慌てても良いことは起こらないぜ?』
誰とも知れない声だ。リクが知る者の声ではない。
けれど、不思議と親しい仲の者を想起させる声だった。
それでも警戒は解かない。何かの罠ではないかと思考したからだ。
『おいおい、警戒しなさんなって。少なくともお前の味方だよ』
「……誰だ、テメェ」
小さな声で問いつつ周囲を警戒し、人目につかない位置に移動する。
幸い何者かは何か大事を起こすことはなく、静かに移動を待った。
そうして、誰にも気にせずやっと話せると思ったのか口を開く。
『初めましてだな、リク・ドーラ。俺の名はゼーレン。お前に解りやすく説明するなら——そうだな、輪廻転生の神ってところか』
苦笑混じりにそう告げる声がする。
どうにも胡散臭い。最初にリクが思ったのはそれだった。
輪廻転生の神? なんだそれ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
突然何を言い出すのや……ら……?
そこで思考が加速する。
今コイツはなんと言った? 輪廻転生の神?
魂を意味する名前を持つ存在だと? 思い当たることがあった。
そういえば、かつてシュヴィに聞いたことがある。
あの『大戦』最初期に消滅した『神霊種』に、輪廻転生の理を司る存在があったこと。それはたった一柱しか存在しなかったという。
あの地獄をさらに混沌に染め上げ、ある意味では救った存在。
死という最期を以て、地獄に再び生まれ落ちる災難を阻止した者。
そのカミサマがコイツだと仮定したら——疑問がほぼ解決する。
まず一つ目は、どうして俺とシュヴィがこうして生きていること。
確実にリクはあの時に死んだと確信している。シュヴィもそうだ。
彼女はあの時死んだのだ。歪んだ指輪だけを残して死んでしまった。
だというのに、彼女の存在を間近に感じることができる。
死んだ存在が再び命を手にし、心臓の鼓動を感じられる。
何よりも失った身体機能が元通りということは、本来あり得ない。
俺は敗者だ。『
敗れ去った者にこんな奇跡を与えられるのはひとつだけだ。
もうひとつは、全く見知らぬ世界にいるということ。
これもまた普通のことではない。夢でも見ているような気分だ。
けれど、この世界で生きてきた記憶がある。これは間違いではない。
となれば、この世界は夢ではない。紛れもなく現実なのだ。
だとすれば、あの世界からこの世界に生まれ直したことになる。
そんなことが出来るのもひとつだけしかない。
胡散臭いことに変わりはないが、この2つで疑問は解消可能だ。
今完全に信用するのは危険すぎるが、一先ず理解するしかない。
今こうして語りかけてくる存在は、特別な力を持ってきるのだと。
「……で、自称輪廻転生のカミサマは俺に何の用だ」
『自称ってお前……まあいいか。ちょっと冷静じゃなかったから声をかけただけだ。感情的になったところで心が不安定になるだけだぜ?
ちょっと腰を据えてよーく考えてみろよ。
俺は輪廻転生のカミサマなんだぜ? じゃあ確認を取れば良いじゃねえか——シュヴィ・ドーラもお前が転生させたのか、ってな』
「……ああ、それもそうだな。で、実際どうなんだ?」
『お前と同じで俺が転生させた。そこに嘘偽りはない。
記憶の方だが——』
頼むよ、お願いだ。
かつてリクはとあるカミサマに願った。
〝
それを今こうしてまた祈ることになろうとしている。
そして、その祈りは——
『お前がかつての自分を取り戻したように、彼女も同様だ。
良かったな、リク・ドーラ。シュヴィ・ドーラも全部覚えてる』
その言葉に泣きたくなった。心から安心してしまった。
ああ、また一緒にいられるのか。離してしまった手を繋ぐことができるのかと。
もう一度——今度はシュヴィとふたりで、生きることができるんだと安堵した。
目尻に涙が溜まって景色が滲む。ここに移動していてよかった。流石に恥ずかしい。
入学式早々、涙を流しているなんて有名になりたくないからだ。原因は神様だが。
それでも、嬉しくて仕方がなかった。安心したからか気が抜ける。
「はぁ〜よかったぁぁぁぁぁッ!! これで俺のこと覚えてないとか言われたら思わず死にたくなるところだったじゃねえか! 心臓に悪い間の取り方してんじゃねえよカミサマ!」
『安心するや否や物騒なこと言うのやめろや。せっかく転生させたのにテトに申しわけが立たなくなるだろうが』
「元はといえばテメェのせいだろうが! いやもうこの際気にしねえことにするわ。はぁぁぁぁよかったぁぁぁぁぁッ!」
思わずガッツポーズを取るほどリクは喜ぶ。
大声出してひとりで歓喜する姿は、変人そのものである。
しかし、今そんなことを気にしている暇などないが故に。
リク・ドーラはひたすらに歓喜に打ち震えた。
『とまあ、このままだとSAN値ピンチになりそうな英雄様を安心させてやることにした訳だ。感謝の言葉ひとつくらい出してもいいんだぜ?』
「あー、うん、まあ。感謝してるよカミサマ。
で、テトっていうのはあいつのことか?」
『感謝が雑じゃねえかなぁ……いやいいか。
お察しの通りだ。お前達の諍いは無駄じゃなかったよ』
「なら、俺はもう大丈夫だ。
あとはシュヴィ迎えに行って、人生を楽しんでくるよ」
久しぶりにリクは微笑む。
ああ、やっと北山陸としての人生が始まったのだ。
これからシュヴィを迎えに行って漸く始められる。
あの時終わってしまった
『おう、存分に楽しんで来い。そんでいつかこっち戻って来い。
そん時はゲームで全てを決められる最ッ高の世界が待ってるぜ?』
その言葉を最後に、カミサマ——ゼーレンの気配が消える。
恐らくあのカミサマの元に戻ったのだろう。今頃どうしているのか。
存外ニート生活を謳歌しているのかもしれないと、不思議と思う。
清々しいほどの笑顔を浮かべているに違いない。リクはそう考えた。
「さあて。さっさと行かないとな。
時間はどうなってる……あっ」
時刻を確認すると、かなりの時間が経過していた。
現在リクが置かれている状態に対する長考と、ゼーレンとの会話は思った以上だったらしい。
「流石に遅刻はまずいな。さっさと行かねえと」
そうしてリク・ドーラ——北山陸は急ぎ向かったのだ。
―――*―――*―――
リクが辿り着いた頃には、既に入学式は始まっていた。席はほぼ埋まってしまっていて、今更手前に座るというのは返って目立つだろう。
そう判断するや否や、彼は座ることなく最後列の席よりも後ろ、最早出入り口に等しい場所で壁に背を預けた。
ここまで移動して、そこでふと彼は自分の身体に目を向けた。
齢16の肉体はやはり、というか当然と言うべきか。
身長は縮んでいるし、体格は平均的。生きるためにあの手この手と動き続けていた頃と比べれば、貧弱と考えても間違いではない。
反面、見た目はどうやら以前と変わらないようだった。日本人——というらしい、自身の人種とは普通は似つかない白髪だ。
一刻ほど前の北山陸であった頃の自分の記憶を探ってみるが、白髪は物心ついた頃からのようだった。
どういう訳か病気やアルビノ………でもないらしい。
それはそれとして
「(シュヴィの気配はこの中だな。どっかに座ってると思うんだが、何処にいるんだ?)」
間違いなく、この場所にシュヴィの存在を感じた。
だが、当然のように人が多すぎる。
ここからでは、後ろ姿どころか後頭部しか見えない。
一番奥にある演台にこそ照明が当てられているが、やはりそこ以外の照明は暗転している。
これでは、後ろから探すことは不可能に近い。
しかし、それでもリクは焦ったりしない。
シュヴィは覚えている。その事実さえあれば、心は前へ進めるから。
視野を広く持ち、まずは長く綺麗な黒髪らしきものを探していく。
その上で小さな身長の少女から順番に探す。まずはそこからだった。
「(……ん? あれは……)」
ふいに目に入った人物へ視線を集中させる。見覚えのある後頭部。
間違いない、あれは——
「(北山雫、俺の妹じゃねえか。そういや、俺にも妹が——って。
いやいや、今はシュヴィが第一だろ。目的を間違えるなリク)」
自分に言い聞かせながら視線を外す。
嗚呼、それでもここでの実の妹——雫が『一科生』としてここに入学していることは兄として喜ばしくあった。リク・ドーラとしても同様。
義姉はいたが、実妹はいなかった。だからこそ、不思議な気持ちだ。
なるほど、これが実妹を持つ兄としての感慨かと興味深く感じて——
「(さあて。シュヴィは何処に座ってるのかねっと。
出来れば早々に見つけておきたいところなんだが……)」
確認再開。シュヴィらしき人物を探し出す為に意識を集中させる。
あの列にシュヴィはいない。あの列にもシュヴィはいなかった。
『一科生』と『二科生』に分かれている為か、お蔭で探しやすい。
優秀なシュヴィが『二科生』だとは考えづらかったからだ。
そうして、探し続けること十数分。
登壇していく関係者などの話など聞きもせずに探し続けた。
しかし、一向にそれらしい姿は見つからないまま。
見落とした可能性を考慮したが、シュヴィを間違える理由がない。
そこだけは間違いないと断言できた。なにせ俺は夫なのだからと。
「(なかなか見つからないな……まさか姿見が違うのか……?)」
そういえば前世のシュヴィは
転生させたとあのカミサマは言った。となると人間の可能性は高い。
なにせ機械仕掛けの人型など注目しか集めないからだ。
そんな初歩的なミスをわざわざ犯すとは到底思えなかった。
上手く誤魔化している可能性もないが、流石にそれは甘いだろう。
「(だぁーもう! 先に容姿を確認しておけよリク! 初手やらかしはあっちで何度かやらかしただろうが!)」
頭を抱えたくなるような思いを何とか抑え込む。
流石に後ろの席とはいえ、暴れている者の存在は迷惑極まる。
注目も集めるし、後々が面倒なのは重々承知していた。
が、それはそれ。見つけられないモヤモヤはなかなか晴れない。
どうしたものかと悩みに悩んでいると
「(……ん? 次は首席の入学挨拶か)」
そういえばそっちは確認できていなかった。
そう思い、視線をそちらへ向けて——リクは数秒思考を停止させた。
新たに登壇した人物は、誰しもが驚愕するに値する人物だった。
齢は十六の少女。この時点では、変な点などない。
けれど、最も異質さを感じさせたのはそこではなくその容姿だった。
艶やかな黒い長髪に、少しばかり大きいディスクのような髪飾り。
透き通るような真っ赤な瞳は、明らかに日本人とは異なるが、彼女の姓が日本人であることを断言している。
とはいえ、ここまででもおかしな点など一つもない。瞳に関してもカラーコンタクトという一世代前近くに生まれたモノがある。
他にもいくつか理由として当て嵌まる事象があり、何らおかしくない。
そう、何らおかしくないのだ。
ただ一つ、
ここに入学する以上、年齢は十六歳以上だというのは確定している。
それは間違いないことであり、疑う必要のないことだ。
しかし、そこに立つということは、入学生全員の中で最も優れた人物であることが条件である。
つまるところ、彼女は誰よりも優秀であるということ。
数少ない名門の出である子息子女をも組み敷くように、最優たる少女がそこに立っている。
見た目の幼さに驚く一同だったが、直前に耳にしたアナウンスによって、それは次第に薄れていく。
何故なら彼女が、かの『四葉』だから—————。
出来ることなら、あまり近づきたくない存在の一つである一門。
そこの子女であることは、その姓から読み取れる。
果たして、お家が圧力をかけたからそこに立っているのか、それとも実力か。
一同が抱く考えは半々に分かれた。中には妬み嫉みもあるだろう。
人間が抱く感情としては当然だが、あまりにもそれは愚かだった。
そこに立つ少女が纏う気迫、覇気というものが、段違いであることを数多くの人が感じ取れないからだ。
反面、一握りではあるが、それを感じ取る者達がいた。
彼らは一同に理解する。恐らく、彼女は遥か高みに到達していると。
そうして、思考する間に、壇上に立った少女が呼吸を整えていた。
緊張しているのか? ——否、それは自己暗示だった。
生憎、少女の言葉はたどたどしいものだ。
新入生代表として立っていて何だが、答辞にはあまり向いていない。
そもそも、一人称がアナウンスで挙げられた名前ですらないのだから、その異質さは極まっているだろう。
入学早々にそんな様を見せるのは、不都合。
そう断じた少女は、かつて愛しき夫がやっていたように、一刻ほど前の自分を演じることにした。
自らがシュヴィ・ドーラであると思い出す前の、四葉黒亜として————
同時に———大きな期待も込めていた。
それは、彼ならきっと分かってくれるという信頼であった。
少女もまた、この場の何処かに彼が存在することを感じ取っていた。だからこそ、拒むことなくこの場に立ったのだ。
そうして———有り触れた答辞が始まった。
「————————」
声が出なかった。びっくりするほどその姿見は一緒だった。
精緻で緻密な造りをしていた機械の身体ではないが、その容姿は最早一種の最上級の造形品にも思えた。
遠目からでも明らかなその酷似具合は、記憶の中にある彼女と何一つおかしな点はない。生き写しにすら感じるほどだ。それだけではない。
感じ取っていたシュヴィの存在は、間違いなくあの登壇者から発せられていた。間違いない、彼女はシュヴィ・ドーラ————俺の妻だ。
あまりの美しさに、リクは息を呑んだ。そして、笑みを零す。
「(——ああ、流石だなシュヴィ。やっぱりお前はすごいよ)」
新入生の頂点、主席合格。既に優秀な魔法師という立場。
魔法の才能を持つ者の中で、より優れた才覚を既に発揮している。
シュヴィはもうその領域に入っているのだと、自慢したくなった。
「(前にも言ったが、バカな俺には出来すぎた嫁だなぁほんと)」
愛する妻の晴れ姿にリクは嬉しくて仕方がなかった。
ずっと惚れているが、改めて褒め直したと言っても過言ではない。
シュヴィはやっぱりすごいなと。俺も負けていられないなと。
答辞を耳にしながらリクは強く思った。
「……きっと、わたしが……首席だと、言うことに……納得が、できな、い人がいると……思う。だから、みんなに……わたしの、魔法……見せ、る」
それからのことだ。
壇上に上がった黒髪の少女———四葉黒亜が、粗方の答辞を終えた後、突如としてそんなことを言い始めた。
誰もが驚愕し、瞠目する。無論、それはリクも同様。
ついには舞台裏にまで広がった動揺が、控えていた生徒会や風紀委員にまで広がりながらも、そこは一番冷静たれと対応に追われ始める。
果たして使わせてもいいのか、いけないのか。
その疑問は当然あった。本来ならば前者が取られることだろう。
例え壇上に上がった者がそこで恥を掻いても、勝手に『魔法』を使ったのだから止められて然るべきだと胸を張って言えることだろう。
しかし、彼女はあの『四葉』の者だった。
一番敵に回したくない存在、その中でもこうして実、力、で、首席を取ってみせた優秀を体現した少女を邪魔していいはずもないと、風紀委員の一同は無意識にメリットとデメリットを天秤に掛けてしまう。
その結果、致命的な隙が生まれ、その間に彼女の『魔法』は完璧に、完全に、何処の誰が見ても失敗の一欠片などありもしない程に発動した。
「『
とても穏やかな、優しい声がハッキリと紡がれた。
同時に講堂の天井より少し下の辺りに、とてつもなく大きな半透明の遊戯盤が形を成して現れ、それを中心に無数の駒が姿を見せる。
それは『王』であったり、『王妃』であったり、『騎士』であったり———つまるところは、四葉の才女が呟いた『チェス』という言葉の通りのものが完成する。
それに関する計三十二の駒が恐ろしいまでの細かさを伴って再現され、辺り一面に広がった遊戯盤の上に一つ一つ並べられていった。
講堂に集う者達全てに見えるようチェス盤は反転し、そこからは互いの駒が最善手を出し合い、互いの数を減らしていく。
最後に残ったのは、片方の『王』とたった一つの『歩兵』で———そして、それはゆっくりと縮小を始め、ミニチュアサイズにまで小さくなる頃には彼女の左の手のひらに収まっていた。
転がすように『王』と『歩兵』がその位置を変えながら、最後に———
「———————、——」
明らかに日本語とは違う、全く別の言語を言霊に乗せて———講堂の天井へと飛んでいき、弾けた。
何らかの文字がそこに残り、ゆっくりと溶けるように消えていく。
本来ならばこの場の誰もがその言葉を理解することはないだろう。
そもそも聞いたことがないのだから読み取ることもできまい。
全てはこの後生まれる賞賛と喝采の嵐の中に何でもないこととして溶けて消えていくだけ。
だが、この場にこの世界でたった一人だけ。その言葉が何なのか、何を伝えたかったのか、理解できる者がいた。
そのたった一人は目を見開いた。口はぽかーんと開いてしまい、言葉など出やしない。目を何度も瞬きさせながら、今の現状を理解せんと脳をフル回転させるばかり。
それからゆっくりと、困惑しながらも、それでも———それが自分に向けられたものだと理解して、思わず苦笑が洩れた。額に手をやる。
相変わらず、ほとんどシュヴィの方が何事も上手だなと小さく呟く。
シュヴィは今こう伝えてきたのだ——「屋上で待ってて、リク」と。
待ち合わせ場所の指定すらこの場でやってみせたのだ。
これには流石に俺も度肝を抜かれたなと、リクは楽しげに笑った。
当然、男としてこれ以上このまま頼ってばかりではいられない。
流石にこの場で返事する方法はない。あまりに目立ちすぎるからだ。
そうなると、リクが出来ることはただひとつ。
「(先に場を整えて待っておこう。その方がシュヴィも困らないはずだ)」
今から出来る、為すべきことを纏め上げる。
最低限ここで過ごす為に必要なIDカードの作成だけ済ませるべく、なるべく早くに列へと並ぶこと。それが済み次第、屋上へと向かう。
恐らく屋上にはまだ鍵が掛かっているだろうが——
「(その程度のことなら問題ないな)」
使える魔法の
CADはここに来る前にしっかりと調整してある。不具合はない。
使い勝手も良く反応も微弱極まることは我ながら断言できるものだ。
直接発動を確認されなければ誰からも咎められることはないだろう。
考えを巡らせ終えると答辞も既に終了し、シュヴィは壇上にいない。
今頃何か言われてそうだなぁと思うものの、如何にも合理的な理由で正面から捻じ伏せて責任を誤魔化すことだろう。
そうして、入学式が終わると、リクは早々に飛び出し、早めに列へ並んで個人認証を済ませてIDカードを作成する。
クラスの確認を本来ならするべきだが、今は全く気にならなかった。
早くシュヴィに会いたいという気持ちがあったからだ。
既に叩き込んでおいた地図を頼りに、無人の校内を駆け回り、階段を駆け上がり、屋上への扉を見つけ出す。
ドアに手をかけるが、当然の如くロックが掛けられている。
「やっぱりか。まーそれでも関係ないな」
軽くロックに触れる。すると、頑丈そうなロックは容易く外れる。
予めCADを起動しておいたのもあるが、その速さは圧倒的だった。
個別情報体事象干渉魔法——魔法名『細工』
あまりにも地味な名前だが、その力は意外にも絶大だ。
例えば、こちらへ拳銃が向けられ発砲されようとしている。
それをこの魔法を起動中に視認すると、物体へ即座に干渉開始。
発砲する頃には既に干渉が完了しており、任意の結果を生む。
この場合で言えば、その銃を意図的にジャムらせることが可能。
そういった小手先の技を可能にするのが、この魔法の強みであった。
相手が振るダイスを勝手にすり替え、意のままに操ってきたかつての自分のやり方がまさか魔法として使えるなどリクは思いもしなかった。
とはいえ、こうして好き放題できるのはかなりありがたい話である。
早々にロックを突破すると、リクはドアを開けて外へと出ていく。
屋上からの景色はなかなかに良いもので、待ち合わせにはぴったりであった。以前から訪れていたのだろう。流石はシュヴィだと感心する。
「さて、あとはシュヴィが来るまで待つとするか」
ちょうど良さそうな場所に腰を下ろし、のんびりと青空でも眺める。
本当にこの世界の空は蒼いんだなと常々思いながら、ふいに思った。
俺は一体シュヴィが来るまでどれくらいこの空を眺めているのかと。
「……やっぱなんかこの世界のことを知る為に本でも買っとけばよかったか……」
散々今は必要ないものだと思っていたが、その報いが訪れたようだ。
思い出す前の自分の記憶である程度の違いは理解しているが、やはりそれはそれ。その時までのリクが何処まで解っているかは別問題だ。
この世界は向こうと違い、人類が地上を跋扈している。
その為、国がどうだとかの国際情勢だとかが存在する訳で。
北山陸が父親に頼りにされて実業への関心があれど、そこまでは別世界のことだと思っていてもおかしくはなかった。実際大雑把である。
「暫くは知識の詰め込み作業だな……知らないことが多すぎる」
はぁ……と大きめに溜息を吐いて空を仰ぐ。結局争いは何処も共通。
化け物同士の大戦が、人間同士のものへと代替されるだけである。
向こうほど理不尽すぎる奪われ方をしないだけ圧倒的にマシだが。
それでも無警告に全てが消し炭となる目には流石に遭わないだろう。
「コロンたち元気にしてっかなぁ……」
ふいにひとり遺してしまった姉のことを、仲間たちを思い出す。
幽霊たちの中で恐らく死んだのは俺とシュヴィの2人だろう。
結果的にそうなったが、元々は全員が生き残るよう練り上げた。
シュヴィを喪い、さらには自身も死んでしまったが、リクとしては少なくともきっと生きていると信じたいところであったのだ。
「まー大丈夫だろ——姉さんなら」
だってそうだろう? 彼女なら仲間たちを任せられると信じた。
人類の未来を安心して任せたのだから信じてやるのが弟なのだ。
そう、姉不孝者の弟なりに信じる。大丈夫だ、姉さんならと。
その時だった。
突如としてリクの見上げていた空が僅かにブレた。
目の錯覚だろうかと目の周りを擦る——が、直後視界が暗くなる。
突然空に何かが現れ、何かがリク目掛けて落ちてきたのだ。
「…………は?」
あまりにも非現実的な光景を目の前にし、リクは下敷きとなった。
まさかこんなことで死んだのかと瞬間的に頭が真っ白になる。
悪い、シュヴィ。それとカミサマ。また死んじまった。
そう土下座で済まない謝罪と後悔を胸にしたところで——
それがとても柔らかなものであると、皮膚感覚が知覚したのだ。
「もがっ!?」
柔らかい何かの下敷きとなったリクは強かに頭を打つ。
じんわりと嫌な鈍痛が走る後頭部。本来なら苦い顔をするだろう。
しかし、今はそれを上回るものがあるせいか気にはならなかった。
兎にも角にもそれが何なのか、リクは理解しようとして目を開ける。
すると、そこにはまず白い制服と緑色の羽織が映る。学生だろうか。
いやそれでも、突然出現するようなことがあるのだろうかと考え——
「(……まさか)」
脳裏に過ぎったものは向こうで何度か見た現象と伝聞。
空間を破壊して無理やり飛ぶ荒技と、目的地へと飛ぶ匠の技。
突然任意の場所に出現するなど、そんな神技くらいだけだろう。
となれば、そんなことができる者が誰かなど答えは必然で。
「……おまたせ……リクぅ……」
今にも泣きそうな声で名前を呼んでくれる、聞き慣れた声。
ずっと聞きたかった懐かしい声が、降りかかるようにやってくる。
その声に、リクもまた泣きたくなった。体をゆっくり起こす。
それから無意識にそっと抱き締め、その温もりを感じ取る。
心臓が動いている、その生身の体を抱き寄せて。
視界がとうとう馬乗りになってる、涙の浮かんだ彼女の顔を捉えた。
「——ああ」
声が震える。視界が涙で歪む。それでも誰か間違えたりはしない。
喉が変な音を奏でそうだと思いながらも、必死に言葉にして笑う。
「……おかえり、シュヴィ」
「……うんっ……ただ、いま……リク……」
一度の死を経て生まれ直した幽霊夫婦が、再び巡りあう。
これは、ハッピーエンドに至る最高の物語——
前半 旧第五話に僅かに文章追加、文章改訂。
後半 文章の大多数を修正・改訂。展開変更、シュヴィ、リクの主な魔法の効果を一部開示。