不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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名も亡き薪の王

 

 クラーナの住処の一際開けた場所に、クラーナと十六夜たちの姿があった。

 中心には石の筺が置かれており、クラーナはその石の筺の前で呪文を唱える。十六夜たちは邪魔にならない場所で事の成り行きを見守っていた。

 しばらくすると、クラーナがおもむろに立ち上がった。

 

「できた、種火だ」

 

 石の筺の中には小さな火が揺らいでいた。吹けば飛んでしまいそうな弱々しい火だ。

 クラーナが作ったのは純粋無垢な種火だ。注ぎ込む力によって、どんな種火にでもなれる。

 鍛治師たちはこの種火を用いて、特殊な武器を作るらしい。

 クラーナはこの種火を利用して、はじまりの火を再現しようとしていた。

 

「大王グウィンは雷の力を見出し、この世界の人の祖は闇の力を見出した。長年の研究により、はじまりの火を構成するのは雷の力と人間性だとつきとめた」

「雷の力……」

 

 黒ウサギがぽつりと呟く。御誂え向きに、黒ウサギは雷を操る恩恵を持っていた。

 

「ああ、そうだ。黒ウサギ、お前がいれば雷の力は事足りる。ふっ、まるで運命にはじまりの火を作るのを見透かされていた気分だ。いいか、私が指示するまで雷の力を注げ」

「い、YES! お任せください……!」

 

 予期せぬ大役だったのか、黒ウサギの声色に若干の緊張が見られる。

 

「頑張って、黒ウサギ」

「あなただけが頼りよ、黒ウサギ」

「しくるなよ、黒ウサギ」

「プ、プレッシャーが凄まじいのですが……!?」

 

 三叉の金剛杵の刃先を種火に向ける。クラーナのかけ声と共に蒼雷を奔らせる。

 雷鳴が鳴り響く。今のところ、火種に大きな変化はない。しかし、時間が経つに連れて明るく光るように感じた。

 

「よし、いいぞ」

 

 クラーナの制止が聞こえ、黒ウサギは金剛杵に纏っていた雷を鎮める。

 雷の力を注がれた種火は静かに揺れていた。心なしか、普通の種火よりも明るくなってるように思える。

 

「一先ず成功だ」

「よ、良かった……!」

 

 黒ウサギはほっと胸をなで下ろす。しかし、安心するのはまだ早いとクラーナは首を横に振った。

 

「ここからが問題なんだ。この火種に人間性を注いだ結果、生まれたのが混沌の炎だ。結局、はじまりの火を生み出すには何かが足りなかった」

「何が足りないかわかってるのか?」

「……私は灰の時代から生きてきた。そこは光も闇もない、石と霧だけの世界だった。ただ純粋に、暖かな光がほしいと願った。その願いに応えるように、はじまりの火が生まれたんだ。そんな祈りがなかったから、混沌の炎が生まれてしまったのかもしれない」

「祈り……」

「成功する保証はどこにもない。お前たちはここから離れろ」

 

 そう、結局のところクラーナの推測でしかないのだ。それを裏付ける根拠は何もない。

 クラーナの手は震えていた。失敗すれば、母たちのように混沌の苗床となるだろう。混沌の炎に灼かれる痛みもそうだが、それ以上に妹を1人にして置いてくことが恐ろしかった。

 

「……一つ、頼みがある。もし私が混沌の炎に呑まれてしまったら、私のソウルを妹の元に──」

 

 十六夜たちはクラーナの言葉を遮り、離れるどころか隣に並んだ。

 

「最後まで付き合ってやるぜ。魔王の石化光線や死の風もぶち破れる特別製の体だ。炎避けくらいはやってやるよ」

「私も残らせてもらうわ。祈りを届けるなら1人でも多い方が良いんじゃないかしら?」

「うん、私も精一杯祈るよ」

「こうなってしまったら問題児様方は意地でも離れませんからね。本当に危なったら黒ウサギが4人を抱えてお逃げします」

 

 気づけばクラーナは笑っていた。手の震えだって止まっていた。

 付き合う必要はないというのに一緒に命を賭けてくれるなんて、お人好しにもほどがある。

 

「まったく、名亡きと同じで変わった奴らだよ」

 

 だけど、本当に心強い。そんな部分まで名亡きとそっくりだ。

 

「いくぞ……」

 

 クラーナは用意していた人間性を種火に注ぎ込む。種火が石の筺の中で大きくうねりを上げ、燃え上がる。その音は種火が悲鳴をあげてるようにも聞こえた。

 暴れ狂う炎を前にして、クラーナは両手を組み合わせてひたすら祈った。どうか世界に新しい光を、そして名亡きに救いを。

 飛鳥たちもクラーナのように祈り続け、十六夜はそんな彼女たちを庇うようにして前に出る。

 

「っ!?」

 

 結論から言えば、クラーナの推測は間違っていなかった。はじまりの火に必要なのは祈る心だ。

 しかし、荒れ狂う火を鎮めるには祈りを捧げる頭数が足りなかった。一旦は鎮静化したものの、再び暴れだす。

 十六夜が迫り来る火を拳圧で吹き飛ばす。しかし、飢えた獣のように何度も襲いかかってくる。

 やはり、駄目なのか。はじまりの火を作るなんて不可能なのか。

 諦めかけたそのとき、黒ウサギ、耀、飛鳥の体から目映い光が溢れ出した。まるで引き合うように光が火へと吸い込まれていく。

 

「光が…… これは、太陽の光……」

 

 白夜の王、白夜叉の力。太陽の神として神格を有する彼女には、幾千幾万もの人々の信仰が備わっている。

 荒れ狂う火に祈りを届けるには十分だった。

 徐々に火が鎮まる。石の筺の中には小さな火が残っていた。

 

「できた、はじまりの火種だ……」

 

 極度の緊張と安堵からクラーナの体が揺れ、地面に倒れる寸前に耀がそっと受け止める。

 

「大丈夫、クラーナ?」

「ああ、すまない。正直、信じられないな…… 母でも成し遂げられなかったことを、私が……」

 

 今更になって成功した実感が湧いた。

 クラーナの雷と人間性の配分が完璧だったのもあるが、成功したのは幾人もの祈りが込められた太陽の光のおかげだろう。

 次は確実に失敗する。こんな奇跡、もう二度と起こらないだろう。

 とはいえ、母たちのような混沌の苗床にならずに済んだ。まだ妹の側にいれる。名亡きのためとはいえ、我ながら随分と危ない橋を渡ったものだ。

 

「……そうだな、そいつはお嬢様が持ちな」

 

 はじまりの種火を持つのは誰でも構わない。しかし、十六夜はその役目は飛鳥が相応しい気がした。

 

「……ええ、わかったわ」

 

 飛鳥は地面に置かれた石の筺を持ち上げた。

 小さくて弱々しいが、飛鳥の手の中にあるのはこの世界を救う火だ。石の筺ではない重さを確かに感じた。

 

「……えっ? こ、この音は!?」

 

 黒ウサギの耳がある音を拾った。

 この音には聞き覚えがある。フラムトが這いずるときの音と酷似している。

 地面を這いずる音が段々大きくなっていく。

 やがて、巨大な蛇が問題児たちの前に現れた。

 

「貴公らが闇の王の盟友か?」

「フ、フラムト……!?」

 

 耀が驚愕の声を漏らす。その蛇の顔はフラムトそのものだった。しかし、彼は名亡きによって首を切り落とされたはずだ。

 フラムトによく似た世界蛇は少し心外そうに目を細めた。

 

「あの世界蛇と一緒くたにするでない。我の名は闇撫でのカアス。闇の王の命により、貴公らを最初の火の炉へ案内する。急げ、あまりゆるりとしてる暇はないぞ」

 

 フラムトより口調が堅いし、比較的口臭はキツくない。少なくとも耀がグロッキーにならないくらいはマシだ。

 双子のように似ているが、どうやら本当に別個体のようだ。

 ふと、カアスがクラーナに目を向けた。

 

「イザリスの魔女…… そうか、やはりはじまりの火を灯したかのは貴公か。望むなら闇の王の謁見を許すが、どうする?」

「いや、遠慮しておこう。それより、早く彼らを名亡きの元へ送ってやれ」

「クラーナさん、あなたたちは大丈夫なの?」

「……ああ、私もすぐに妹を連れて逃げるさ。お前たちは気にせずに行け」

 

 十六夜たちに心配をかけさせないようにと、クラーナは気丈に笑いかけた。

 十六夜だけは何かを言いかけたが、結局言葉には出さなかった。

 

「……わかった。行くぞ、お前ら」

 

 十六夜はクラーナに背を向ける。歩き始めようとしたとき、ふと何かを思い出したように肩越しに振り返った。

 

「ありがとな、クラーナ。お前のおかげで名亡きを止められる」

「……そうだな、イザリスの魔女である私がここまでしたんだ。絶対に名亡きを救えよ」

「ああ、任せろ」

 

 十六夜たちを背に乗せ、カアスは最初の火の炉へ向かう。十六夜を除いた面々は姿が見えなくなるまで、ずっとありがとうと言い続けていた。

 賑やかだった空気が静まり返った。

 妹の待つ洞窟へ戻る。卵だらけの細道を抜けると、いつもと変わらず妹が出迎えてくれた。クラーナが戻ったと気づいたのか、妹の表情が優しく綻ぶ。それを見たクラーナも、気の抜けたように笑いかけた。

 クラーナは一息つくと、妹の隣に座り込んだ。

 十六夜たちに告げた言葉は嘘だ。本当は妹を連れて逃げる手段なんてない。膿を飲み込んだ妹は、その場から動くことができないのだ。

 妹を独りぼっちで死なせはしない。それに、妹を見捨てて生き延びたとしても、家族の隣で死ねる以上の幸せがあるとは思えない。

 そのまま残れば間違いなく死ぬだろう。しかし、その事実を伝えて飛鳥たちに動揺を与える必要はどこにもない。

 ただ1人、十六夜だけは薄っすらとだが勘づいていたのかもしれない。それでも何も言わなかったのは彼なりの優しさだろう。

 

「姉さん、どうしたの?」

 

 また帰ってこれたという安堵。そして、十六夜たちに嘘をついてしまった罪悪感。それらが混ざり合った複雑な心境を察したのか、妹は心配そうに声をかける。

 クラーナの口から笑みが溢れる。そして、妹の白い手をそっと握った。

 

「……嬉しいんだ、またお前と会うことができて」

「うん、私も嬉しいよ」

 

 今でも鮮明に思い出せる。混沌の廃都イザリスから帰ってきた名亡きが、妹のいる場所まで連れてってくれた。

 名亡きは王のソウルを巡る旅で、誰よりも混沌の廃都イザリスの周辺を探索していた。妹のいる隠し通路に気づくのも必然だろう。

 クラーナは名亡きが救われるのを願うと、軽く笑った。十六夜たちなら、きっと名亡きを救うことができるだろう。今回も願いを託すしかなかったが、少しでも彼らの力になれたのではないだろうか。

 いよいよ世界が暗闇で閉ざされる。神族の2人では深淵による侵食に耐えきれないだろう。恐怖はあるが、それ以上に優しい気持ちで溢れていた。

 

「最後までずっと一緒だ、妹よ」

「ありがとう、クラーナ姉さん」

 

 もう二度と離さない。闇に命を溶かされるそのときまで、クラーナは妹の手を固く握った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 十六夜たちは最初の火の炉に足を踏み入れた。石の扉を越え、岩ばかりの殺風景な道を進むとひらけた場所に出た。

 そこは灰色の世界であり、その中心で名亡きは佇んでいた。

 

「名亡き……」

「はじまりの火が生まれるのを感じた。お前たちがやったのか?」

「……いいえ、黒ウサギたちはほんの少し手伝っただけです。ほとんどクラーナ様のおかげで、はじまりの火を生み出せました」

「……そうか、やはり師匠か」

 

 黙祷を捧げるように、名亡きは少しの間だけ押し黙る。

 

「……世界がどれだけ深い闇に包まれようと、いつかこうやって新たな火が芽吹くのだろうな。この世界を終わらせることなど、最初から無理だったのかもしれない」

 

 その手には無銘の剣が握られている。その剣に纏う漆黒の闇は、この灰色の世界ではいっそ美しいと思うほどに映えていた。

 

「それでも俺は止まらない。だからお前たちをここに呼んだ。来い、最後に俺を倒してみせろ」

 

 名亡きは無銘の剣の鋒を十六夜に向けた。最後に戦うべき敵であり、世界を救う英雄として、十六夜を選んだのだ。

 

「最後まで戦うのが意地なんだろ、名亡き。いいぜ、最後まで付き合ってやる。完膚なきまでにぶっ倒してやるよ」

 

 ここから先は名亡きと十六夜だけの世界だ。飛鳥たちはできるだけ遠くに離れる。

 空気が張り詰める。

 そして、灰が舞い上がった。

 尽くを粉砕する拳、そして闇を纏いし無銘の剣が空を切る。

 音すらも置き去りにする十六夜の動きに、名亡きは卓越した技術と経験で食らいつく。針の先のように細い糸を渡るようなものだ。

 しかし、名亡きの身体は少しずつだが消耗していた。はじまりの火が灯った今、名亡き── いや、不死人の不死性は再び不完全なものとなった。

 最初からわかっていたことだ。マトモに殺し合えば名亡きに勝ち目はない。しかし、名亡きはそんな戦いを何度も経験してきた。そして、どんな手を使おうとも勝ち筋を作ってきた。

 名亡きはこの戦いの中で手に掴んだ灰を、十六夜の目に向かって投げつける。

 灰の目潰し。幼稚な手ではあるが、効果は十分だった。

 視界を塞がれ、十六夜の動きは一瞬だけだが硬直する。名亡きは冷徹にその隙を突き、無銘の剣を振り下ろす。

 

「ッ!!」

 

 剣が振り下ろされるであろう場所を感じ取り、十六夜は両腕を交差させて無銘の剣を受け止める。

 限界まで緊張させた筋肉は、無銘の剣の刃を受け止めた。しかし、十六夜の腕に確かに食い込み、闇が体内へと侵入する。

 体の奥底に眠る力がドクリと跳ねた。常人ならとっくに発狂してるであろう、意識を手放したくなる痛みが襲う。

 

「っ、おおおおおおお!!!!」

 

 しかし、十六夜は倒れない。その強靭な精神力で、暴走しかけている力の手綱を握る。

 制御された光は、人間性を跡形も残さずに消し去った。そして、無銘の剣を根元からへし折った。

 驚愕する名亡き。その隙をつき、十六夜は名亡きの横っ腹に蹴りを叩き込む。名亡きは水切り石が水面を走るように吹き飛ばされる。

 名亡きの身体が止まったとき、頭の真横に十六夜の足が振り下ろされた。轟音が響き、地面が粉砕される。

 十六夜がその気なら、そのまま名亡きの頭を踏み潰すことができた。しかし、そうしなかった。当然だ。仲間の頭を潰す必要がどこにある。

 

「俺の勝ちだ」

「……ああ、そうだな。何度やっても、きっと結果は変わらない。俺の負けだ」

 

 殺し合いはどちらかが死ぬまで続く。それを信条にしてる名亡きだが、仲間の心情を汲めないほど壊れてはいない。

 名亡きはゆっくりと立ち上がり、飛鳥に向かって歩き始めた。

 十六夜は動かない。名亡きならもう大丈夫だと信じているのだろう。そして、それは飛鳥たちも同じだった。

 

「久遠飛鳥、火を渡してくれ」

 

 飛鳥は頷き、名亡きにはじまりの火種を差し出した。名亡きははじまりの火種を、まるで脆いガラス細工のようにゆっくりと受け取る。

 

「俺は、薪になる」

 

 薪の王とはつまり、世界のために己の全てを火に捧げることだ。

 飛鳥たちにとってその言葉は、名亡きの口から最も聞きたくないものだった。

 

「俺は、間違えてしまった。薪の王になろうとも、闇の王になろうとも、人のために最後まで足掻くべきだったんだ。箱庭に戻り、世界を救う道を探す生き方もあるのだろう。だが、進み続けるには少し疲れてしまった。人として生きるには、あまりにも長過ぎた。人を導く役目は、後世の誰かに任せたい」

「……名亡き」

「俺を止めるか?」

 

 飛鳥は哀しそうに微笑みながら、首を横に振った。彼らはもう決めていた。名亡きが何を選ぼうが、それを受け入れると。

 

「ううん、止めないわ。だって、名亡きさんがずっと望んでいたことなんでしょう?」

「そうだな、俺がずっと望んできたことだ。そのために今まで戦ってきた」

 

 本当は止めてあげたい。世界のために犠牲になることなんてないと言ってあげたい。一緒に箱庭へ帰りたい。この場にいる全員、その想いは同じだ。

 しかし、飛鳥たちは名亡きの世界をほんの短い時間だが過ごしてきた。この世界が理不尽で、救いも何もないのは嫌なほど味わった。

 名亡きはたった1人で、記憶が摩耗するほどの永い時間、この世界で戦ってきたのだ。これ以上頑張れとは、とてもじゃないが言えなかった。

 誰も何も言わず、岩の道を進む。一歩一歩進むごとに、共に過ごし、戦った日々を思い出していた。

 やがて、飛鳥たちは巨大な石の扉を越える。振り返れば、名亡きだけが門の内側で立ち止まっている。

 

「ここで、お別れだ」

 

 名亡きの想いに呼応するように、石の扉がゆっくりと動く。

 扉の向こうで切ない表情を浮かべる飛鳥たち。この素晴らしき友人たちにどんな言葉を遺すかを、名亡きはずっと考えていた。

 

「黒ウサギ、箱庭に呼んでくれてありがとう。ずっと考えていた。どうして箱庭に召喚されたのか。きっと俺は、薪になる前に幸せな記憶を作りたかったんだと思う。勝手にコミュニティを抜けた俺が言える義理ではないかもしれないが、あそこで暮らした日々は幸せだった」

「名亡き、様…… お礼を言うのは、黒ウサギの方こそです。ノーネームを助けていただき、本当にありがとうございました」

「春日部耀、お前は誰かのために苦痛に耐えることができる、強い忍耐力を持っている。だからこそ、己を磨り減らすようなことはするな。周りに頼らず、自分だけで抱えこめば、俺のような末路を辿ることになる。もっと周りに頼れ。そうすれば、お前はもっと強くなれるし、たくさんの人を救うことができる」

「…………うん、約束するよ」

「逆廻十六夜、お前は強い力と心を持っている。俺と違って、本当の意味で世界を救える男だ。それに、お前には心強い仲間たちがいる。何も恐れることはない。存分にその力を振るい、世界を救えよ」

「……言われるまでもねえよ。それに、お前だって今まで出会ってきた奴の中で一番強かったぜ。あんなにヒリヒリした戦いは初めてだ」

「最後に、久遠飛鳥。君の優しさに、俺はきっと救われたんだと思う。これから君は広い世界に羽ばたき、様々なことを見聞きするのだろう。中には目を覆いたくなったり、耳を塞いでしまいたくなる真実があるのかもしれない。それでも、自分を信じて突き進んでくれ。最後まで俺が好きだった久遠飛鳥でいてほしい」

「っ、名亡きさん!!」

 

 名亡きの姿が扉で塗り潰されていく。残された時間はあと僅かだ。

 

「……ありがとう」

 

 扉が閉まる寸前、名亡きの声が聞こえた。母と言葉を交わす幼子の声のような、そんな安らかさに満ち溢れていた。兜で表情は窺えないはずなのに、名亡きの笑っている顔が見えた。

 扉の閉まる重々しい音が余韻を掻き消す。

 飛鳥はその場に崩れ落ちた。もう立っていられなかった。

 名亡きは「救われた」と言っていた。それは本心から出た言葉であり、名亡きにとっては確かに救われたのだろう。それでも、飛鳥は溢れる涙を止めることはできなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 無骨な岩だらけの道を進む。その足取りは、今までにないくらい軽く感じた。

 やがて、薪の王グウィンと戦った場所に行き着いた。灰だらけの粛然とした場所だ。

 その場所の中心まで足を進め、灰の上に腰を下ろす。

 ふと、ぱちぱちと火の焚ける音がした。か弱いはじまりの火が、俺という薪を燃やす。

 まもなく、俺の全身が火に包まれる。

 全身に焼ける痛みが疾るが、少しも辛いとは思わなかった。こんな痛み、今まで味わってきたものと比べたら何でもない。むしろ、俺の心は幸福感で満ちていた。強がりなんかじゃない、本当に幸せだ。

 全身を炎で包まれる感覚を覚えながら、箱庭で暮らした日々を思い返す。

 記憶に残る人生の中の、ほんの一瞬。それでも一番幸せな時間だったと断言できる。帰る場所があった。そして、俺にはもったいないくらいの素晴らしき仲間ができた。

 彼らは俺が薪となることに涙を流し、悼んでくれた。俺という存在は、きっと彼らの記憶の中に留まり続ける。

 それだけで十分だ。誰かに悼まれ、そして幸せな想いを抱きながら死んでいける。この救いのない世界で、どれだけ崇高で、これ以上ない幸福な最期だろうか。苦難に満ちた旅が、ようやく報われた。

 最初の火の炉が火で満たされていく。

 火の時代が、またやって来る。闇が晴れ、世界に光が戻るだろう。深淵に呑まれていた人々も解放され、不死人はいなくなる。

 だけどいずれ、火は消えかける。俺のような薪の王が生まれるか、人を導く闇の王が生まれるのだろう。どちらにせよ、俺のような愚かな行為に手を染めないのを願うばかりだ。

 俺という薪はどれだけ保つのだろうか。できるだけ永く燃え続け、火の時代が続いてほしい。仮初めの平和。そこにはきっと意味がなくても、価値はあると信じて。

 ……ああ、考えるのも少し、疲れてきた。火で焼き尽くされていく意識の中、俺は祈った。せめてこの想いが、彼らに届くようにと。

 

 

 

 

 

「──どうか、彼らの行く末に火の加護があらんことを」

 

 

 

 

 

 

 

DARK SOULS

 

 

 

 

 












【注意】ここからは後書きです。読み飛ばしてもらって構いません。





 くぅつか! 後書きまで読んでくれてありがとうございます!
 この小説は某元素騎士に影響を受けたのと、某Yなまさんのダクソ実況でダクソ熱が湧き上がったのをキッカケに書き始めました。書きだめとか一切なしの無計画さでしたが、どうにか最終話まで持っていけました。やはり白い死神で完結させる快感を味わったのが大きかったですね。実はこの話も最終話を最初から考えていました。やはり書きたい最終話を考えるのがエタらない秘訣でしょうか。
 今回の反省点として、やはり問題児側の設定の把握不足ですね。アニメを見てここを舞台にして書きたいと思ったのですが、Wikiを見たとき愕然としました。あまりの設定の綿密さと膨大さに啓蒙が高まりました。本当に竜ノ湖さんは偉大なお方やで……。ダクソの設定だけは完璧と言いたいところですが、やっぱりちょくちょくミスがありました。次に新作を書くときは世界観の把握を第一にしたいです。でも、両作品への愛は忘れないようにしていました。ダクソも問題児も最高や! これから問題児の原作を読みに書店へダッシュしてきます。とりま緑花草食べときます。
 それとあれですね、十六夜がチート過ぎるのが苦労しました。ぶっちゃけ原作準拠なら名亡きとかワンパンですよ。ワンパンマンですよ。指一本で殺されるんじゃないですかね。アニメから入ったのでまさかこんなチートとは思ってませんでした。箱庭は懐が広いですが魔境ですね、間違いない。
 あと、白い死神も読んでくださった方なら知ってると思いますが、誤字の多さも反省ですね。もう誤字りたくないとは何だったのか。竜のカネキ君状態です。頼む、だれかどうにかしてくれぇ!! 誤字報告してくれた方々、本当にありがとうございました。
 この小説を投稿して思ったのですが、名亡きが聖人扱いされてるのが草でした。感想欄では「なんだこのキチガイ……」「頭のお薬はよ」って感想が溢れかえってるはずだったんですけどね。まあでも、私としてもマジキチの面と騎士のように誠実な面のある二面性の人物になるよう意識して書いてました。聖人、原作主人公負かす、ぼくがかんがえたと三拍子揃ったオリ主でしたが、名亡きが読者の皆様に愛されていたようで安心しました。本当に良かった……。
 どの話も書いてて楽しかったですが、やっぱり一番は後書きですかね! 個人的にはダクソのジャンプ三箇条が一番いい出来だったかなと思います。みなさんはどの後書きが好きなんでしょうか? どれか一つでもクスリとしてくれたら嬉しいです。
 ここまで書き切ることができたのも最終話から考えていたおかげとかほざいてましたが、やはり一番の要因はみなさんが感想とかくれて、次の話を心待ちしてくれたおかげだと思います。啓蒙と人間性が高い読者の皆様で私も楽しめました。運営さん、あんまりガツガツ感想を運対するのはどうかと思いますぞ!! こう、Badをしこたま食らった感想だけ消すとかですね、もうちょっと温情のある措置を……。
 次の作品を書くかはまだ未定です。ですが、書くとしたら今度はナチュラルキチガイを書きたいと思います。アリマさんは自ら狂うことを選んだ狂人。名亡きは世界に狂わされてしまった狂人。となると次は生まれながらにしてナチュラル狂人を書くしかねえ! 狂人キャラは動かしやすくて本当に面白いです。
 最後に、後書きまで読んでくれて本当にありがとうございました。皆さんが感想という注ぎ火をしてくれたおかげでここまで書けました。もう一度言います、本当にありがとうございました!


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