不死人が異世界から来るそうですよ? 作:ふしひとさん
名亡きの首に短刀が突き刺さった。
周囲から溢れる悲鳴を無視して、名亡きは短刀を更に奥へとねじり込む。
首の後ろに刃が飛び出て、赤い花弁が盛大に狂い咲いた。
血を撒き散らしながら、名亡きは糸の切れた人形のように地面に倒れる。
大量の血が地面に流れる。そのまま名亡きを沈めてしまいそうなほど、大きな血溜まりが広がった。
飛鳥と耀は顔を青くしながら名亡きを見る。あまりの凄惨さに、逆に目が離せなかった。こんなに間近で死に行く人を見るのは── 自分から命を絶つ人を見るのは初めてだった。
普通なら痛みでもがき苦しむだろう。だが、名亡きは身じろぎ一つしない。痛みも、死も、まるで愛する我が子のように受け入れてるとすら感じられた。
やがて、心臓が止まった。遥か先の物音まで拾える黒ウサギだからこそ、わかってしまった。
自分のせいで── いやしかし、こんなにあっさり命を捨てるなんて誰が予想できるだろうか。心の中でそう言い訳しながらも、自分のせいだという自責の念からは解放されなかった。今にも泣き出しそうな表情で、黒ウサギはその場にへたりこむ。
ただ十六夜だけが、今起こっている異常を察していた。
「……何だよ、これは」
名亡きの体が粒子となって消えていく。
最初からそこに何もなかったように、名亡きの体は消え去ってしまった。
「篝火には帰れんか。まったく、厄介な場所に呼んでくれたものだ」
ついさっき凄惨な死に方をしたはずの男が、まるで幽霊のように徐々に実体を保って現れた。
全員が状況について行けず、思考が停止する。
最初こそ呆けた表情をしていたが、次第に驚愕のそれに変わっていく。
「ど、どういうことですかぁぁぁぁ!!??」
「あなた、さっき死んだはずじゃ!?」
「……ゆ、幽霊!!!」
「何をそんなに騒いでいるんだ? 少し死んだだけだろう」
「ど、どうして名亡き様が何言ってんだこいつらみたいな口調なんですか!?」
てんやわんやの大騒ぎだ。だが、無理もない。
この箱庭だろうと、死んだらそれっきりだ。普通は生き返れない。それを為すには神の如き能力が必要だ。
「……」
比較的冷静な十六夜は、歴史の教科書に載っているとある人物を連想した。遥か昔、ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、ロンギヌスの槍で貫かれた男のことを。
後世では、その男も3日後に蘇り、天に旅立ったと伝えられている。死の淵から蘇った男を、人々は何と呼んだだろうか。
神を屠ってきた名亡きをそう呼ぶのは、皮肉が効きすぎた話だが。
「それじゃあ、名亡きさんは死んでいない…… というか、生き返ったということね」
女性陣が落ち着いた所で、名亡きへの追求が始まった。
誰も彼も、警戒した目で名亡きを見る。しかし、当人の様子は特に変わらない。
「ああ、そうなるな」
「ま、まさか蘇生系の恩恵だなんて…… 人の身でありながらなんて強力な恩恵を……」
「恩恵…… 不死人の俺に対する嫌味か?」
「えっ!? いえ、そんなつもりは毛頭もございませんヨ!?」
黒ウサギは慌てて弁解する。
口調こそ相変わらず平坦だが、場の空気が少しだけ重くなった。
己の不死性を恩恵と呼んだことに、名亡きは不快感を示した。彼にとって不死は良いものではないと、黒ウサギは脳内にインプットした。
黒ウサギの予想通り、名亡きは不死を呪いとしか考えていない。不死というものは人の心を腐らせて、化物と成り果てさせる毒だ。
「ヤハハ、面白えなお前。不死人っつーことは何をしても死なねえのか?」
「俺のどこが面白い。不死人はその辺に掃いて捨てるほどいるだろ」
「はぁ?」
「ん?」
再び両者の認識にズレが生じた。
十六夜たちの認識では不死の人間がその辺に掃いて捨てるほどいるはずがない。いてたまるか。
逆に、名亡きの認識では不死人を知らないなんて有り得ない。誰もがいつ自分にダークリングが現れるかと怯え、荒みきっているのだ。不死人を知らないなんて、それこそ世界の果てに住む世捨て人だとしてもあり得ない。
ただ、名亡きも十六夜たちも、お互いに相手が意味不明な嘘を吐くとも思えなかった。
「こいつは少し会話をする必要がありそうだな」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「そう、か。ここはそういう世界か」
箱庭世界。十六夜たちのいた世界とも、名亡きのいた世界とも違う、様々な種族や修羅神仏が集う異世界だ。
これまで絵の世界や過去の世界に飛ばされた経験のある名亡きだが、世界観がまるで違う場所に飛ばされたのは初めての経験だ。ちなみに、絵の世界と過去の世界はキッチリと絶望と苦痛に満ち溢れていた。
名亡きのいた世界にも様々な種族、そして神と崇められた存在がいた。名亡きが殺し尽くしてきたのだが。
ただ、似てる点はそこだけだ。名亡きのいた世界と、箱庭世界はまるで違う。
箱庭世界では、ギフトゲームというルールに則った遊戯で競い合う。そこが決定的に違う。名亡きのいた世界では殺し合いが全てだ。本能のままに襲ってくるのだから、そこに意味なんてない。
そして、この世界では神や精霊、悪魔から授けられた力── 恩恵が存在する。只者ではないと思っていたが、十六夜たちにも何らかの恩恵を所有しているようだ。
だから黒ウサギは、右手の甲に浮かんでいるであろうダークリングを恩恵と言ったのか。
誰かが自分にこの力を授けたなんて、考えもしなかった。もしそんな存在がいたとすれば、どうせロクデモナイ奴だろう。いつか八つ裂きにしてやりたい。
「名亡きさん、あなたの世界は……」
飛鳥は言葉を若干濁しながら聞く。
名亡きの異常な行動から、精神性から、彼のいた世界がどんな場所なのか想像できてしまった。
しかし、名亡きのいた世界の悲惨さは、飛鳥の想像の遥かに上だ。
「……正気を失い、人を襲うようになった不死身の人間が跋扈する世界だ。すまないが、あまり詳しくは語りたくない」
幸せな記憶があったのかもしれない。ただ、それらは既に忘却の彼方に消え去った。
血と苦痛、掛け値無しの絶望の連続だった。元の世界には辛い記憶しかない。そして、そんな記憶を誰かに話すつもりはない。
しかし、名亡きの空虚な言葉から、どれだけ悲惨な世界かが十六夜たちに伝わった。
「……そんな世界に、帰りたいの?」
「ああ。そんな世界だからこそ、帰らなければいけない。俺にしかできないことがあるんだ」
耀の言葉に即答する。
彼らには名亡きの目的──
「おい、黒ウサギだったか?」
「は、はい!」
「お前が俺たちに隠してること、全部話した方がいいんじゃねえの?」
「っ!? な、何故それを……」
「強いて言うなら勘だ。だがその反応、やっぱり訳ありのようだな。名亡きみてーに元の世界に大した未練はないけどよ、それでも俺たちは生まれ育った世界を捨てて来たんだ。そっちも腹を割って話すくらいの覚悟は見せやがれ」
十六夜は鋭い眼光で黒ウサギを睨む。
名亡きの覚悟に絆された訳ではない。だが、それだけの覚悟を持ってここにいる彼を尊重したいという気持ちがあった。
そして、それは黒ウサギも同じだった。
同意も得ず、この世界に呼んでしまった。ならばせめて、嘘偽りなく全てを説明するのが義務だ。
「……わかりました、全て話します。ただ、ここでは何ですし、場所を変えてしっかりとお話ししましょう」
▲▽▲▽▲▽▲
落ち着いた場所ということで、名亡きたちは最寄りの都市に向かうことになった。
その都市に黒ウサギのコミュニティの仲間がいるらしい。
先導する黒ウサギの足取りはどこか重いものだった。それほど重大な秘密を隠しているのだろう。
しばらく街道を進むと、大きな城壁が見えてきた。その門の前には緑色の髪をした少年がいた。
「黒ウサギ!」
「ジン坊ちゃん!」
ジンと呼ばれた少年が名亡きたちに気づくと、安堵の顔を見せた。
どうやら彼がコミュニティの仲間のようだ。
名亡きはこの少年の目を知っている。絶望の中に救いを見出した目だ。
おそらく、黒ウサギが隠していた秘密に関係があるのだろう。
「もしかしてその方たちが……」
「YES、この方たちが──」
振り返った黒ウサギがビシリと固まる。
そこにいたのは名亡き、飛鳥、耀の3人。十六夜の姿がない。
「い、十六夜さんはどこです!?」
「ちょっと世界の果てを見てくるって」
「ええっ!?」
ぶっちゃけ黒ウサギの話より、世界の果ての方が面白そうだ。
十六夜はそう言って、黒ウサギにバレないように走り去った。まるで風のようだった。その速さも、十六夜の性格も。
「う、嘘ですよね!? さっきまであんな真面目なこと言っていたのに、いざとなったらドタキャンなんて!? 結構シリアスな空気でしたよね!?」
「残念だけどこれが現実」
「後で個人的に聞かせてくれって言ってたわよ」
「と、止めてくれても良かったんじゃないですかお三方!?」
「止めてくれるなと言ってたから」
「同じく」
「面倒だっただけですよねぇ!?」
黒ウサギは真っ白になり、その場でうなだれた。
名亡きは別に面倒だと思ったわけではないが、十六夜が人の言葉を素直に聞くとは思えなかった。それなら、さっさと気の済むまでやらせる方がいい。
「止めなければまずかったのか?」
ただ、黒ウサギが少し焦っているようにも感じた。名亡きの疑問に黒ウサギが勢い良く首を縦に振る。
「世界の果ての付近には、強力なギフトを持った幻獣がいて危険なんです! 十六夜さんが幻獣と出くわしたら、どんな事態になってしまうのか……」
「ああ、そういえば彼は不死でないのか。堅苦しいな、この世界は」
不死人の間では、ダンジョンやモンスターの攻撃パターンは死んで覚えるのがセオリーだ。
そう考えると、センの古城や結晶洞窟は本当に酷かった。今でも思い出しただけでウンザリする。何度墜落死したのか数えれたものじゃない。軽く3桁は超えるはずだ。
死んでも大丈夫という精神だからこそ、トライアンドエラーで踏破できた。死んだら終わりの常人なら、それこそ100年懸けても攻略できないのではないだろうか。
「ふ、不死……?」
不死という言葉に、ジンが不思議そうに首をかしげる。だが、彼がこの言葉の意味を理解するのはもう少し先のことだ。
「ジン坊ちゃん、このお三方を頼みます。黒ウサギは少し、舐めてかかっている超問題児を連れ戻してきます」
十六夜の単独行動がよっぽどトサカにきたのか、ワナワナと震える黒ウサギ。彼女の激情に応じるように髪が青色から緋色に変わる。
「黒ウサギをコケにしたこと、後悔させてやるのですよー!!」
そう言い残し、猛スピードで来た道を引き返した。
名亡きはその速さに感心しながら黒ウサギを見送った。これならいずれ十六夜にも追いつけるだろう。
装備を全て外し、スタミナを瞬時に回復させる緑花草を食べれば、あるいは自分も彼女に並走できるだろうか。
「行っちゃったわね」
「うん」
もにょった空気を、ジンが咳払いをして仕切り直す。
「申し遅れました。僕はコミュニティのリーダーを務めさせてもらっているジン=ラッセルです。齢11の若輩者ですが、どうかよろしくお願いします」
ジンが深々と頭を下げる。
名亡きはジンを見ながら、普通の子供と出会ったのは久しぶりだと心の中で呟いた。
亡者と化した子供ならロードランにウヨウヨいたし、北の不死院にも少なくない数が収容されていた。
ただ、普通の子供となると本当に珍しい。ただでさえ弱肉強食というより、強きも弱きも平等に絶望を振りまくような世界だ。そんな世界で子供が亡者とならずに不死人として渡り歩くのは不可能に近い。
「私は久遠飛鳥よ。こっちの猫を抱いているのが」
「春日部耀」
「そして甲冑の彼が」
「名亡きだ」
「飛鳥さんに、耀さんに、名亡きさんですね。では黒ウサギに代わりまして、僕が箱庭をご案内いたします」
名亡きたちは門を潜り、箱庭の都市へと足を踏み入れる。
このとき、黒ウサギは一つのミスを犯した。
十六夜たちを問題児とするならば、名亡きからは優等生だろうか。物静かなのもあるだろうが、騎士然とした振る舞いがそう感じさせる。
事実、名亡きは騎士と称するに相応しい人格の持ち主だ。不死となった身でも、終ぞ誰かを思いやる心は忘れなかった。
しかし、それでも彼は不死人だ。苦痛と絶望に満ちた世界で這い蹲ってきたのだ。その精神はマトモとは言えない。監視をするなら、断然十六夜よりも名亡きの方だ。
黒ウサギがそう痛感するのは、もう少し後の話である。
(いつかどちらかが亡者となり、殺し合う定めにある)友情!
(死にたくない一心で、いかに敵を効率的に殺すかを突き詰めた)努力!
(何度も死の苦痛を味わい、ようやく掴み取れたのはさらなる絶望の始まりと虚しさしかない)勝利!
ダークソウルは少年ジャンプってはっきりわかんだね。