不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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愚人

「これ、は……!!?」

 

 白亜の宮殿に着いたとき、耀たちは愕然とした。十六夜ですら眉を顰めている。ペルセウスの騎士たちが何かに怯えるようにその場で蹲っている。

 掠れた声が静かに響き渡り、辺りには濃厚な血の匂いが漂う。まるで地獄を巡っているようだ。

 

「名亡き、この人たちに何をしたの……!?」

 

 普段の無表情からは考えられないほど、耀は張り詰めた表情で問う。

 

「目と喉を潰した」

 

 対照的に、名亡きはあっけからんに答える。

 

「何で、そこまで……! 気絶させるだけでも良かったはず!」

「彼らが意識を取り戻し、姿を見られたらどうする。そんなリスクを負うべきではないし、この世界にも治癒魔法くらいはあるのだろう? あの程度の傷なら問題なく治せるはずだ」

 

 名亡きの言葉はどこまでも正論だった。人としての情を抜きにするのなら。

 視力を奪われ、助けを求める声すらあげられないペルセウスの騎士たちに耀は目を向ける。

 

「……みんな、ごめん。私はこの人たちを置いていけない」

 

 耀は元の世界で不治の病に罹っていた。父のおかげでこうして生きているが、入院していた頃は死を意識しなかった日はなかった。

 死に近かったからこそ、耀は命の重さをわかっているつもりだ。

 だからこそ、放っておけなかった。こうして倒れているペルセウスの騎士たちに、かつての死に怯えていた自分に重ねてしまっているのだろう。

 

「耀さん、ですが……」

「ああ、別にいいぜ。全員で潰しに行くほどあのドラ息子は大した相手じゃねえよ」

「……ありがとう、十六夜。ルイオスは任せて大丈夫?」

「ああ、任せろ」

 

 耀は立ち止まり、そんな彼女を置いて十六夜たちは歩き出す。

 

「俺はまた、間違えたのか」

 

 道中、名亡きはそう呟いた。

 いつものように感情の色がまるで見えない口調だったが、どこか悲しそうに聞こえた。

 

「お前は間違っていないし、春日部も間違っていないと思うぜ。まあ、当人の価値観の違いだ」

「……ああ」

 

 不死人に身を堕とす前は、自分も彼らと同じだったのだろうか。ふと、名亡きはそう思った。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 白亜の宮殿の最上階。そこはコロセウムを模した円状闘技場になっている。

 観客席の最上部ではルイオスが玉座に座り、そんな彼の横には石像と化したレティシアがいる。

 闘技場の中心で、黒ウサギは心配そうに扉の方に目を向けている。今回のギフトゲームは非常に難易度が高いものだ。十六夜たちが無事辿り着けるか不安に思うのも仕方ない。

 そんな黒ウサギの不安を晴らすかのように、扉がゆっくりと開いた。

 

「み、皆さん!」

 

 扉の向こうには十六夜たちの姿があった。ただ、耀だけの姿がない。

 

「まさか、耀さんは……」

「おいおい、早とちりすんなよ。俺たちは誰1人失格になってねえぜ」

「ならどうしてここに来てないのですか?」

「春日部なら下の階でペルセウスの騎士たちの介抱をしてる。黒ウサギ、お前も手伝いに行った方が良いんじゃねえか?」

「い、いえ。黒ウサギは最後までゲームを見届けなければいけないので…… というか、怪我人ってどういうことです?」

「ペルセウスの騎士全員の目を斬った」

「えっ」

 

 名亡きのしでかした詳細を聞き、黒ウサギはやってしまったという表情を浮かべる。

 確かに殺してはいないが、あまりにも鬼畜な所業だ。ただ、それは黒ウサギの価値観であり、名亡きにとってはそうではない。

 自分がしっかりと名亡きの手綱を握れなかったから起きてしまった結果だ。ペルセウスの騎士たちにも申し訳ない。

 

「1人も失格にできないなんて情けない奴ら。まあでも、名亡きをこの場に連れてきたことだけは褒めてやってもいいかな」

 

 ルイオスは怨嗟の念を込めた目で名亡きを見下ろす。それに気づいた名亡きたちはルイオスに視線を向ける。

 

「名亡き…… お前だけは、この僕自らが絶望を与えてやらないと気が済まない。あの場で僕を殺しかけた罪が清算されたと思ったら大間違いだ!」

 

 名亡きが地獄の苦しみを味わい、その仲間であるノーネームを徹底的に乏しめて、初めて名亡きの罪は清算される。

 今この瞬間が、名亡きを断罪する絶好の機会である。

 ルイオスは玉座から立ち上がり、大袈裟に両腕を広げる。

 

「遠路はるばるようこそ、ノーネーム。ここが君たちにとっての、絶望という名の終着点だ。目覚めろ、アルゴール!」

 

 ルイオスは首に巻いたチョーカーを外し、空高く掲げた。

 ルイオスの言葉に応じるように、チョーカーから不吉な光が放たれる。

 光が収まると、紫色の髪をした女がそこに立っていた。拘束用らしき革のベルトを全身に巻きつけている。

 紅に染まった眼を名亡きたちに向ける。まるで鎖に繋がれた狂犬のように、その表情は狂気に染まっていた。

 

「■■■■■■!!!!」

 

 耳を塞ぎたくなる咆哮。

 纏う空気で名亡きは直感した。こいつは強い。

 

「下がってな、名亡き。今度は俺の番だ」

 

 十六夜が指の関節を鳴らしながら前へと歩み出る。アルゴールの威圧に怯むどころか、新しいオモチャを買ってもらった子供のように目を輝かせていた。

 

「手助けは?」

「必要ないね」

「わかった」

 

 それだけのやり取りで、名亡きは十六夜にアルゴールを任せた。

 何だ、こいつらは。魔王を前にしてるのに、どうしてそんなに余裕でいられる。泣き叫び、赦しを乞うのが普通なはずだ。

 

「ハッ、身の程知らずの金髪のガキが! お前もその生意気な態度が気に食わなかったんだ! そいつから捻り潰せ、アルゴール!」

 

 メッキのような余裕、今すぐ剥がしてやる。

 ルイオスの指示を受け、アルゴールは十六夜に向かって襲いかかる。

 十六夜は不敵な笑顔を浮かべたままその場から動こうとせず、真正面からアルゴールの攻撃を受け止める。

 ただの人間が、腕力で魔王と拮抗している。その事実にルイオスの顔から笑みが消える。

 

「は?」

 

 アルゴールの腕を掴んで強引に振り回し、勢いそのまま床に叩きつける。

 

「……はぁ?」

 

 拳で殴りつけただけで、ことごとくを石化させるはずの光線が相殺される。

 

「…………はあああぁぁぁ!?」

「こんなもんかよ、元魔王様」

 

 元魔王を相手に、ただの人間のはずの十六夜は傷一つ負っていない。

 意味がわからない。どうして石化が効かない。どうして元魔王が人間に力負けする。

 慢心とも言える余裕は消え失せ、滑稽なほど冷静さを欠いている。

 

「き、宮殿の悪魔化を許可する! 奴を殺せ!」

 

 ルイオスの言葉に応じて、アルゴールの不気味な金切り声が響く。

 白亜の宮殿の壁や床が黒く染まり、無数の蛇が這い出してくる。アルゴールは星霊種であり、恩恵を与える側の存在である。宮殿に怪物化の恩恵を与えたのだ。

 その蛇は十六夜だけでなく、名亡きたちも狙っている。ジンと飛鳥を守ろうと、名亡きはブロードソードを手に握る。

 

「こういうときこそ、私の出番よね」

 

 名亡きの隣にいた飛鳥が一歩前に出る。

 

「止まりなさい」

 

 飛鳥の言葉に従い、壁や床から生まれた蛇がピタリと止まる。

 

「あなたやアルゴールには通用しなくても、壁や床から生まれた蛇にまで格が劣っているつもりはないわ」

「やるじゃねえか、お嬢様」

 

 十六夜は間髪入れずにアルゴールを殴り抜き、力任せに吹き飛ばす。

 宮殿の壁に激突して、ようやく止まる。陥没した壁の中、アルゴールは力なく崩壊した瓦礫に身を委ねる。

 誰がどう見ても戦闘不能と判断するくらいズタボロだった。もう、起き上がることはないだろう。

 

「ああ、あああぁぁぁ……!?」

 

 声が震え、額には脂汗が浮かぶ。

 ルイオスが見ているのは、十六夜ではない。その先にいる名亡きの姿だ。

 忌まわしき記憶── 腹部を剣で貫かれた痛みがフラッシュバックする。

 殺し殺され地獄の世界で這い蹲ってきた不死人の殺意は、ルイオスの心を静かに、されど着実に蝕んでいた。

 勝つか負けるかなんてどうでもいい。あるのはただ、このままでは名亡きに殺されるという恐怖だけだった。

 

「く、来るなああぁぁあああぁぁ!!!??」

 

 名亡きがやって来る。死がやって来る。

 そうだ、この恐怖から逃れるためならなんだってしよう──。

 ルイオスの叫び声と共に、彼の首に巻いてあったチョーカーが割れた。

 空から不吉な光が降り注ぎ、アルゴールの姿を呑み込んだ。

 

「!」

 

 反射的に名亡きは動いた。

 懐かしい気配がした── ずっとずっと昔から共に過ごしてきた旧友のような。

 忘れもしない。そう、これは死の気配だ。

 石の大楯を装備して、ジンと飛鳥の前に立つ。

 強烈な衝撃が両腕に走る。やはり攻撃が来た。しかもこの力強さ、かつて戦った英雄や神を想起させる。

 攻撃は少しも緩まない。逸らすこともできず、その場で踏ん張ることしかできない。

 防御が、崩される──!

 凄まじい重量を誇り、護を司る古い魔力を帯びているはずの大楯が弾かれる。

 極限まで圧縮した意識の中、名亡きが見たのは己の腹部に向かって伸びる一匹の蛇だった。腕くらいの細さだというのに、どこにそんな力があるというのか。

 

「ごふっ」

 

 躱す術はない。腹部に牙を突き立てれる。鋭い牙は鎧すら貫通し、確実に肉に抉り込まれる。

 蛇の勢いは少しも衰えず、名亡きに喰らいついたまま天に向かって登っていく。

 ある高さでピタリと止まったかと思うと、名亡きを下にしてそのまま急降下する。

 轟音。石畳が砕け散り、土埃が舞い上がる。

 地面に叩きつけられた名亡きの両手両足は、関節を無視した方向に曲がっていた。それでも死んでいないのは、数多のソウルをその身に宿してきた頑丈さ故か。

 蛇の根元を伝っていくと、その先には絹のような紫の髪を靡かせる女がいた。肘から先が蛇に変わり、名亡きに向かって伸びている。

 両目が蝋のような何かで固められているが、それでも絶世の美女だとわかる── そのはずなのに、心臓を締め付けられるような恐怖が止まらない。

 理性を失い、手綱を握られていた怪物はそこにいない。彼女こそが魔王アルゴール。その真の姿である。

 

「フフッ」

 

 女が妖艶に嗤う。

 次の瞬間、その毛髪が無数の蛇と化し、一斉に名亡きに襲いかかった。

 

「名亡きさん!!!??」

 

 飛鳥の叫び声も虚しく、名亡きは無数の蛇によって喰い散らされた。

 誰もが呆然と見ることしかできなかった。あんなに強かった名亡きが、手も足も出ずに殺された。

 

「魔王、アルゴール……!!」

 

 恐怖に染まった声で、黒ウサギは目の前の天災の名を呼んだ。

 アルゴールは蝋に塗られた目を黒ウサギに向ける。次の瞬間、彼女の額の前に高密度のエネルギーが集約する。

 光が弾ける。全てを石にする禍々しい光線が放たれた。

 

「ちぃ!」

 

 十六夜はいち早く反応し、手近にいた飛鳥とジンを腕で抱えて光線から逃げる。

 これまでの光線とは比べるのも烏滸がましい。回避の一択、粉砕は無理だ。手近にいた飛鳥とジンを助けるので精一杯だった。

 光線が止んだのを確認して、飛鳥とジンを地面に下ろす。

 

「おい、無事か!?」

「ええ、どうにか……」

「っ…… ぼ、僕も大丈夫です! だけど黒ウサギが……!」

 

 ジンの視線の先には、石化してしまっている黒ウサギがいた。このゲームにおいて黒ウサギの審判権限に頼れない。

 

「……はっ、はは」

 

 圧倒的な力。あれほど恐ろしかった名亡きも虫ケラのように殺した。

 今のアルゴールはルイオスの制御から離れてしまっているが、この力を取り戻せば──。

 アルゴールが肩越しに振り返り、ルイオスに目を向ける。彼女の顔には酷薄な笑みが浮かんでいた。今まで隷属させられた屈辱を晴らす好機に笑っているのか。それとも、かつて自分の首を刎ねたペルセウスの姿と重ねているのか。

 アルゴールを再び制御するという甘い考えはあっさりと霧散する。

 

「ひっ!?」

 

 地にへたり込んだままのルイオスは、情けない悲鳴をあげる。

 もうダメだ、僕の命はここで終わる。

 死を覚悟した、そのとき。

 

「──シッ!!」

 

 アルゴールの姿が消える。代わりにそこにいたのは、身の丈以上ある十字槍を構えた名亡きだった。

 彼の構える槍の名は竜狩り槍。アノールロンドの四騎士の1人、竜狩りオーンスタインが愛用した槍だ。繰り出される突きは竜の岩のような鱗を貫き、刃に迸った雷の魔力が肉を灼き焦がす。その一撃は人くらいなら容易く吹き飛ばせる。名亡きも身を以てその威力を味わってきた。

 その威力は箱庭でも恐れられる魔王ですら例外ではなく。名亡きの刺突がアルゴールを吹き飛ばしたのだ。

 アルゴールは空中で体勢を立て直し、足から地面に着地する。直前で防がれたのか、ダメージを負った様子はない。酷薄の笑みはそのままに、しかしどこか嬉しそうな表情で笑う。

 神話の如き戦いが今、火蓋を切ろうとしていた。

 

 




灰の人「俺のかぼたんに比べたらダクソ無印の女ってブサイクだよなw」
名亡き「いやいやキアランやアナスタシア、レアだって普通に可愛いし、ジークリンネちゃんは天然系、暗月の女騎士はくっ殺系、混沌の娘だってアラクネ系で愛くるしいルックスしてる。ていうか、プリシラの豚鼻やウーラシールの宵闇のガニ股だって実際に見たら愛嬌があって可愛いよ。クラーナ先生とクラーグなんか大人の色気ムンムンだし、人喰いミルドレッドも肉断ち包丁が強い」

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