この世界には、預言書たるものが存在する。
それは、その名の通り、今からこの世界で起きること、これから起きる未来をすべて記しているのだそうだ。
そして、それは書き換えられない。起きる未来は絶対であり、いくらこれから先を変えたって必ず起こり得るものなのだから。
ある日、預言書には新しくこう記された。
『空往き者が、魔王を倒しに来るだろう』――と。
◆
俺はふと目が覚めて、ベッドから起床する。
「………」
ここは、自分の部屋—――ではない、宿屋だ。アダマルさんが一人で経営している、辺境にポツンと立つ宿屋だ。いまだかつてこの宿屋を利用しているものは俺以外にほとんど見たことのない宿屋だ。
「さて…と」
俺は背伸びをして荷物をまとめ、アダマルさんのもとへと向かった。
「…あ、おはようございます、キルトさん。よく眠れましたか?」
「ええ。ここの宿屋はやっぱり良いですね。ご飯は美味しいし、ベッドは寝心地がいいし。いったい、何でこんな辺境に建てたんですか?やっぱり、町中とかで経営したらたちまち大繁盛しますよ?」
「…ふふ。実は私、あんまり人が住んでいるところに住みたくないんです」
「え? どうしてですか?」
「うるさくて夜も眠れないのよ」
「ああ…」
朝。
そんな会話をアダマルさんと交わしながら、俺は魔物を退治すべく、外へ出た。
これがドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとかのRPGなら経験値稼ぎとか言うのだろうが、俺の場合は名誉稼ぎみたいなものなのだろうか?いや、まず稼いですらいない。名誉を挽回しているといった方が正しいだろう。
ここで俺の過去をちょっとだけ話しておこう。
俺の名はキルトだ。もともとこの世界の代表的な駆除隊バンガードに属しており、周りからは俺の成績優秀なところを見込まれてダサい異名もつけられたが、まあ一目置かれていた存在ともいえよう。
だが、今なぜこんな辺境の草原で魔物を少しずつ退治しているのかというと、その駆除隊で昔あるトラブルを引き起こしてしまい、駆除隊からは強制脱退、今まで築き上げた名誉や称号などは一瞬で破棄されるという重い仕打ちを食らってしまったのだ。だから、何かまた大きな記録でも打ちあげることが出来れば、元の駆除隊に戻れるだろう—―と、そう考えている。
「しかし、やっぱりここの魔物の動きはニブい。腕が鈍ってしまう」
ここに出てくる魔物は特に名前はついていないが(いちいち魔物に名前を付けてられるか)、青い液体状の魔物、たまに糸を吐いてくる毛虫のような魔物、ドラゴンの赤子などの魔物が主に生息している。とくにドラゴンの赤子はそのまま成長して成体になると無類の強さを発揮してしまうため、見つけたら即急な駆除が推奨されるほど。
だが、こんな魔物――いや雑魚、俺にとっては取るに足らない訳で、やはり何と言えばいいのか、爽快感というものがない。達成感というものがない。飽きる。
レベル100が延々とスライムを倒しているような作業だ。
「……」
昔、この世界は人間と魔物で大戦争を引き起こしたことがある。
結果は引き分けドローで、人間が勝つこともなく魔物が勝つこともなかったのだが。
戦争を引き起こした原因は不明。魔物のせいだとされているが、それには明確な根拠などあるわけなく、そこから人間と魔物は間に完全な亀裂を生じさせた。まあ、もともと仲が良かったわけではないが。
「…誰だ」
一瞬、背後に何か気配のようなものを感じた。
俺は素早く後ろを向いて剣先をそちらに向けた。
そしたら、何かが草陰の中に一瞬で隠れたのが見えた。
魔物か?それとも人間か?
そんなことを考えながらゆっくりとそれに近づき、やがて草むらに完全に近づいたときに…
「おい」
「ひあぁっ!?」
…人がうずくまってびくびくと小刻みに震えているのがわかった。俺が声をかけると、そいつは驚いた声をあげて尻もちをついてしまった。
「…あ、あああすいませんすいません見てただけなんです!」
「……」
「失礼しましたーっ!」
その俺より何歳か若そうな――大体18歳ぐらいだろうか――女性は慌てながら凄い勢いで草原を走って戻っていった――はずだったが、…途中でコケて以来、何か動いてない。
怪我でもしたのだろうか。俺はそそくさと近づいてみた。
「……どうした」
「ぎゃーっ! す、すいません! お金ならあるので殺さないでくだしゃい!!」
「……は?」
「あぁ、え、えと、あ、お望みなら私の貞操も差し上げまぁす!!」
そいつに近づいてみると、足が赤く腫れているのがよく分かった。
どうやら骨折らしかった。転んだだけで折れるとかどんだけ脆いんだよコイツの骨…。俺はどっこいしょ、と彼女を持ち上げて歩き出した。
「へ!?あ、あの、どこに連れてく気ですか!?」
「宿屋」
「え!?や、宿屋で私の貞操を…!?」
……。
一瞬降ろしかけたが、いやいや流石にそれはマズいと思って再び運び始めた。
このまま恐れているようだと話が一向に進みそうにもないので誤解を解いておこう。
「あのなー。俺は別に、悪い奴じゃあないんだ」
「へ? だ、だって……あなた、アレスさんですよね?」
「…そのあだ名は俺は嫌いなんだ。俺はキルトだ」
その名前を聞いて一瞬彼女は凍り付いたが、やがて意識が戻ってくるとさらに慌て始めた。
「いやあああ!! 殺されるーーーー!!」
「あのなあ!?」
「助けて! 誰か助けてくださーい!!」
「あのなあ、あのなあ!?」
さすがにここで誘拐未遂の罪を着せられるのもマズい。もう名誉挽回が不可能になってしまう。俺は彼女の叫び声と同等の強さの大声を上げて、何とか黙らせた。
「…お願いだから、叫ぶな。いいか、俺はただ、お前の足が怪我してるみたいだから助けようとしているだけであって、決して不純なことをしようとか、そんなことは毛頭考えていない。分かったか。分かったら動くな。傷が悪化する」
「…え、あ、本当に?」
「これがもし嘘だったらお前は俺を殺せ」
「……」
「さ、着いたぞ」
適当に会話を交わしていると、俺がいつも利用している宿屋――アダマルズ・ホームへと到着した。その宿屋はあまりにも規模が小さく、精々泊まれて最大二人ぐらいだが、まあ別に俺ら以外に利用する奴はいないだろう。
「ああ、そういえばお前の名前を聞いていなかったな。名前は何だ?」
「…ユウ、です」
なんか少年っぽい名前だなと偏見をつぶやこうとしたのだが、それだと名付け親に失礼極まりないので一旦飲み込む俺であった。
ユウは足を骨折させているので、中に入ってもまだ運び続けている。
「…あら、キルトさん、おかえり――って、今日は大きな獲物を捕まえてきたわね…何かしら、人間に見えるけど――」
「違います紛れもない人間です純度100%です」
「あら、足が腫れてるじゃないですか。ナニコレ骨折?」
「その通りです。というわけでこいつは俺が一晩中看護しているのでアダマルさんは何か栄養のある料理を作ってください」
「分かりました」
言って、アダマルさんは笑顔になって奥の部屋へと向かっていった。俺は部屋に続く通路を行き自分の部屋(本来は違うけど、俺はいつもこの部屋を利用しているので実質それに近い)に行き、ユウをベッドへと降ろす。
「…な、なあんだ。キルトさん、案外いい人じゃないですか。あとありがとうございます」
「ふん。まだ俺の事を悪人と勘違いしている奴がいるとはな」
「あわわ、違います! …あ、いえ、その…過去に、あれをやらかしたと聞いてから…」
「その話はするな。俺にとっての人生の汚点だ。一生後悔しているし反省しているから、もう蒸し返されたくない」
「…す、すいません」
ユウが気弱そうに頭をペコリ、と下げた。
というか気弱だ。
「ところであんた、なぜこんな所にいるんだ? ここには弱い魔物しかいないけど」
「それをこっちのセリフですよ。なんで戦神と謳われたキルトさんがここに居るんですか」
「居ちゃ悪いか?」
「いえいえ別にそんなことはないんです! しかし、どうみても場違いですよね? ここ。絶対もっと強いところありますよ。名誉を挽回しようとしていると聞きましたが、他のところで魔物を倒している方が効率がよさそうです」
……。
「チッ」
露骨に舌打ちをしてしまった。
強いところに行くと他の冒険者にばったり会ってしまう可能性があるから…と言おうとしたのだが、俺のプライドがそれを阻止させてしまった。
どうしてこんなところで見栄を張っているんだ、俺は。女の子一人しかいないところで、何故見栄を張る必要があるのか。やっぱり小心者なのか、俺は。
「え!? 今の言葉、何か気分を害しましたか!? すいません自害しまーす!」
「気が早いんだよアンタは!?」
「え? 自害しなくてもいいんですか?」
「当たり前だよな!?」
「あ、そうなんですか」
「どういう思考回路してるんだ…」
というか、……俺を恐れているのか? だとすればショックだ。人一人殺しただけなのにこんなに悪人のイメージを押し付けられるとは。
いつになったら払拭できるんだろう。
「あ、そうだ!」
ユウが何か思いついたようだ。頭の上に電球でも出てきそうである。
「キルトさん、私と一緒に旅しませんか?」
「………」
何を言っているんだコイツ、と一瞬言いかけてしまった。
「ここで会ったのも何かの縁です。キルトさんが悪人と思われている誤解も解きたいし。だから、一緒に旅をしましょうよ!いえ、しましょう!」
「……………」
はっきり言って面倒臭い。一匹狼を演じるつもりはないが、俺は一人で旅をしたい。そうすれば、他人を気遣う必要が無くなり、戦闘に対するストレスの負担が減るからだ。
「キルトさん、目標はなんですか? どうやったら一気に名誉を回復できると考えてますか?」
「そんなの考えるまでもない。天空世界に居る邪神を倒せばいいんだろう?」
「まあ、知ってて当然ですよね。そこでですね。今私を仲間にすれば、何と天空世界に行けちゃうんです」
「マジか!?」
ユウは自慢げに胸をポンとたたき、そして天井を指さした。
そんな動作に特に意味はないのだろう、と俺は思う。
「驚いたでしょう? ふっふっふ」
言い方に少し腹立つものがあったが、そんなこと関係ない。長らく俺は空を往く者を探していたんだ。天空世界に行く限りは、空を往く者は絶対に必要だし、出会えればいいなー程度には考えていた。
まさかこんな形で出会えるとは。これも一期一会なのだろうし、このチャンスは掴まないと損してしまうかもしれない。
「……うーむ、それなら仕方がない…。本当は嫌だったが、お前が空を往く者だと聞いて気が変わった。一緒に旅をしてやろう」
「本当ですか!?」
俺は首を縦に振って肯定した。断る理由なんてない。
「やったー! これでついに旅の仲間が出来た!」
……なんか、ちょっとコイツ小動物みたいでかわいく見えてきたんだけど…。