…ハーメルン自体放置していた期間、何と5か月。
すみません。
朝。ベッドから起床すると既にユウはいなかった。すでに玄関に向かっていると判断して身支度をして部屋から出る。
「おはようございます、アダマルさん」
「あらおはよう。今日で遠くへ旅立つんですって?」
「まあ……そうですね。いつまでもここに長居している訳にも行きませんし」
玄関に向かって、恒例で今回で最後となる女将との会話を行う。嗚呼、やはりここの宿屋を去るのは寂しい。俺がいつまでこの宿屋にお世話になった事なのか。
「ユウさんは朝早く起きて魔物退治へと向かいました。まだ遠くに行って無いと思うので、手助けをされてはいかがです? 朝飯はその後に食べましょう」
「ん、ああ。じゃあお言葉に甘えて」
言って俺は宿屋を出る。そしてこの平坦な草原からユウが少し遠くで魔物と戦っている事は容易く確認できた。
俺はそこに向かう。
「おはようございますキルトさん……! 私は…この魔物と死闘の寸劇を……繰り広げているところなのでっ、邪魔をしないでもらえますかっ!」
そんな事を言っておいて戦っていたのはスライムみたいな青いぷるぷるとした魔物だった。まだぴんぴんしているので俺はそばにあった太い木の枝で力強くその魔物に一撃を叩き込む。スライムは倒れはし無いものの、かなり弱くなった感じがする。
「嘘!? そんな木の枝でっ…!? やはりキルトさん、その強さはお墨付きですねっ!」
「そもそもお前はその杖で戦わずに魔法とか唱えられないのか?」
「無理ですっ。私が覚えている呪文はもっぱらサポート系なので」
「よく単騎で戦おうって考えたな」
しかし杖で戦っているユウの姿もお世辞に逞しいとは言えない。スライムの攻撃を受けるたびに薬草を食っているその姿から一目瞭然だ。
しかし邪魔をするなと言われたからにはそれを黙って見守るしか無い。……一応俺も回復呪文などは少しは覚えているのだが。
「てやぁっ!」
ユウがそんな掛け声とともにスライムに渾身の一撃を与えると、スライムはそのまま動かなくなった。
「やりましたキルトさん! キルトさんの手助けなしで私どうなっていた事か!」
「お前レベル3ぐらいだろ」
「なぜ分かったんです!?」
「その戦いぶりから普通に分かるから」
「……ぐうの音も出ませんね。まあ私はこの通り戦いには向いていないので、そこは勘弁してください」
………空往き者だからって仲間に加えるのはやめておくべきだったか? いくら何でもこんなに弱々しくては……それとも、普通に子犬みたいで愛くるしいと考えるべきか。
別の空往き者が仲間に加わったらこいつは見捨てていいだろうか。
「……もっと強くならないとダメですねぇ…これじゃああなたの仲間として世間から認めてもらえません」
「世間から認められなく無いよ、俺は…」
ただでさえ汚名だけが広がる一途を辿っているというのに。
「さて、そろそろ朝飯を食いに戻りましょう。私はお腹一杯ですけど」
「薬草食いすぎなんだよお前は」
「少食なのもあるんですよね。結構胃袋が小さい気がします」
「…その体質は冒険者に向いていないのでは?」
「まあ、キルトさんに出会ったからにはちゃんと食べなくてはいけませんし、戻してでも食いますから」
「プレッシャーがかかるからもう戻すまで食うのは止めてくれ」
こんなやり取りをまだ続けながら、俺とユウはアダマルさんの宿屋へと戻った。……最後の朝飯を食べるために。
「あらー、おかえりなさい。どうでしたか? 魔物はちゃんと倒せましたか?」
「はいっ!!」
「スライム一匹だけ」
ユウが自慢げに返事するのを傍目に、俺は具体的な戦績を告げた。
「…ええ。それしか倒せなかったんですか?」
「はいっ!!」
さっきの自慢げな返事とは違い、今の返事は少しやけ気味であった。笑顔もひきつっている。
「……今日のご飯は、シンプルにしましてトーストに卵を乗せたものとなっております。キルトさんにとって最後の食事になるので、変に豪華にもせずシンプルイズベストとしました。どうぞ、お召し上がりください」
「おおー、これは助かる…俺は派手なものはそこまで好きではありませんからね…」
「へぇー、昨日食べたご飯もおいしかったけどこれはこれで…少食の私も食えるかも」
「昨日のだってお前吐いてなかったか?」
直後、アダマルさんの目が丸くなる。…ちょっと誤解を招きそうだったので、補足しておこうか。
「えーとですね、こいつ何でか知りませんけど急に栄養のあるもの取ったからなのか飯食った後に戻したみたいで…」
「すすすすみません! あの私、貧乏生活がゆえに今まで美味しいものを食べたことがなくて……」
「…へえ、そうなんですかー。それじゃあ仕方がありませんね」
アダマルさんはすぐに笑顔を戻して穏やかな口調で言った。ふう、お世話になったある意味恩人なのに、こうも後味が悪くなってたら締まるものも締まらない。
「……あ、おいしい! え、なにこれ、トーストなのに!?」
「…おお。これはトーストの素朴な味と卵のまろやかさが絶妙かつ見事にマッチしてて…美味いな」
「でしょーう? 最後のご飯だし、素材を厳選してみました」
アダマルさんは得意げな顔でへへんと鼻に手を当てる……成程。別れは惜しいものな。アダマルさんだって全く悲しくない訳ではないだろう。最後の最後までアダマルさんにとって普通の食材だったら普通の別れになってただろう。少しでも最後まで喜ぶ顔が見たい。そんなアダマルさんの母性が働いたのかもしれない。
さて。朝ごはんをペロッと平らげたところで、そろそろ別れの準備に取り掛かるとするか。
「アダマルさん。今までありがとうございました。人殺しという卑劣な罪を犯した俺を、ここまで世話してくれるなんて、感謝の言葉も出ません」
「いいのよそんなこと。私にとって、罪を犯したとか関係ないわ。例え宿泊客がいくら極悪人でも、私の宿に泊まってくれるんだったら、それだけで私は普通の客と変わらず食事を提供し、寝床も提供し、最高のおもてなしをする心がけでいるのよ」
「本当のところは?」
「…ちょっと極悪人の宿泊は勘弁していただきたいわね」
「こら、ユウ。何言わせてるんだ」
ユウの頭を軽く拳骨。
「…改めて、本当にありがとうございます。アダマルさんとの別れは惜しいですが、これからはコイツと、自分の目標を達成すべく二人で邁進していきます。今までお世話になりました」
「あらそう。…ふふっ」
…? なんでちょっと笑ったんだ? 照れ隠しかな?
と思ってたら、このアダマルさん、驚くべき発言をしたのだった。
「…まあ、あなたが、私の宿の最初で最後の顧客なんだけどね」
「…………へ?」
「実は――」
と言いながら、キッチンの奥の方に行って、すぐ戻ってきた。
…背中に、中くらいの大きさのパックパックを背負いながら。
「私も、あなたと冒険をすることにしまーす!」
「え」
長い沈黙。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」
戦神とかつて言われたその男は、プライドとか誇りとか、その他いろいろかなぐり捨てて、情けない叫び声を上げるのだった。