……果たして、トレーナーを目指そうとしてから何年が経過したのだろうか。
詳細な年月は……もう、覚える事を止めた。あの日、此方の世界で一人の男として生きると決めた時点で。この世界に生きるトレーナーとして、最強の道を進もうと決めた時点で。数えるだけの意味を失った。生きる、という事は拾い上げながら同時に失うという事でもある。
人間は、全てを拾える程器用で万能で、全能な生き物ではない。
或いはアルセウスなら―――創造神であれば話は別なのかもしれない。だけどその造物主でさえ自分の創造物を疑ったのだ正しいのか。そうじゃないのか。アルセウス自身でさえ理解できず、それを問うために試練なんてものを用意し、異界の人間をこの世界に呼び寄せた。全能の神でさえ失敗し、死ぬ事もあり得る。その中でなぜ人間が完璧をこなせると思うのだろうか。
だけどそれは別に悪い事じゃない。辛い事もあればどうにもならない事もある。だけどそれに立ち向かう特権が人間にはあるのだ。そしてそれを重ね、足掻きに足掻き続けた先に未来という奴は訪れる。そうやって自分の未来は開かれたのだ。つまり人生とは足掻く事前提である。
「とはいえ、旦那を置いて早々ロイヤルアベニューで買い物とかちょっと納得いかないんだけど」
『まぁ、自立性の高い人物ですからね、奥方は』
「手紙だけ残して女子だけで出かけたってのを残されると流石にショックだ」
もうちょっと旦那の事を気遣ってもいいんじゃないか? とは思わなくもないが、彼女も自分も、お互いに束縛するようなタイプではない。夫婦関係も好きだとか愛しているとか、一々そんな事を言って構築したのではない。そういう軽い言葉は必要ないし、まぁ、お互いがお互いをどう思っているかなんて今更な話なのだが……それでもちょっとだけ、負けた気分になる。まぁ、彼女も彼女で此方の影響を受けてかまだまだ若々しいから行動力に溢れている。悪い訳じゃない。
ともあれ、
「ここがメレメレ島か。名前はなんというか……割とふざけた感じがするな。文化の違いって奴か」
ゲームとしての話をするのならポケットモンスター内の地方は日本や海外をモデルとしている。ここ、メレメレ島、ハウオリシティ・ポートエリアから見るこのアローラ地方というのは、ハワイやグアムという南国のリゾート地を思い出させる土地だった。なんというか、芸能人とかが休みの為に来そうな場所ではある。周りにいるのは現地民か観光客ばかりで、自分もそうだ。
恰好は赤いアロハにクォーターパンツ、そしてサングラスという恰好だ。トレードマークである帽子やコートは今はなし―――流石にいつもの正装を続けるには少々、熱帯すぎる。故に予選が始まるまではこの観光客ルックのままでいるつもりだった。何せ、正装はメディアへの露出も多く、一瞬で身元がバレかねない。護衛の為に黒尾とスティングを連れてきているが、姿は目立つので二人ともボールの中に居て貰っている。
残りの連中に関してはホテル内で解き放って自由にさせている。ただナタクはどうやら護衛にエヴァについて行ったらしい。まぁ、一応肩書はボディガードなのだから当然と言えば当然なのだが。
ともあれ、
「あー……ククイの所はハウオリの外れか」
となると少し歩かなくてはならないな、とマップを確認しながら呟く。まぁ、既にホテルの方からPWCの申し込みは終わらせたのだ。急いでアローラを歩き回る必要もないし、ゆっくりとククイの所へと向かう事にする。あの男と直接会ったのは2年前が最後だが、それ以降はメールやビデオチャットでちょくちょく連絡を取り合っている。
なにせ、自分の知識にはアローラ地方が存在しない。そしてアローラ地方にはリージョンフォルムと呼ばれる環境。地域に適応したポケモン達が存在するのだ。基本的にはカントーで見るポケモンがベースなのだが、アローラ独特の気候が影響し、他の地方では絶対に見ることがないような変化をもたらしている。
個人的に一番面白く、そして可能性を感じたのはアローラリージョンキュウコンだろうか。通称Rキュウコンとでも呼ぶべきそれはカントーの炎単一とは違い、フェアリー・氷の複合タイプと、まったく別方向の進化をしている。
このように、アローラでは独特の進化を遂げたポケモン、文化に影響を受けたポケモンの姿が見えるのだ。しかもどうやらアローラは基本的に
ともあれ、そんなアローラのメレメレ島には生態や技の研究を行っているククイが住んでいる。アローラのポケモンに関してはおそらく彼が一番詳しい。何せ、ククイはずっとアローラに住んで研究しているのだ。同じく、ポケモンの技や生態の分野を研究している身としては非常に気になるし、お互いに情報交換を行う意味でも遠くから連絡を取っていた。
つまり、ククイとは普通に研究者としての友人なのだ。アローラに来たら挨拶しに行くと事前に伝えているし、此方の日程も伝えてある為、訪問しようという魂胆だった。
「それにしても熱いな……」
片手を頭へと持って行きながら燦々と注がれる日差しを前に軽くアロハシャツを揺らして風を自分へと送り込むが、それでも焼け石に水だった―――いや、こっちではブーバーにみずでっぽう、とでも言うべきか。
この暑さから逃れるためにもさっさと日陰の少ないポートエリアから歩いて出て行く。
「それにしても観光客が多いな」
『メレメレ島にも大型リゾートが幾つかありますから』
ポートエリアの出口を目指しながら歩きつつ、周辺へと視線を向ける。そこには自分の様に肌が日に焼けていない他地方出身の観光客たちの姿が多数見え、カメラなどを片手に歩き回っているのが見える。だがその中には一部、腰のベルトにモンスターボールを装着している姿が見える。
まぁ、観光客もトレーナーも、どちらも目的は明らかにPWCだ―――それに対してそこまで興味を持たないのはやはり、アローラ民だけだろう。歩きながら見る姿はどこか、面倒がっているようにも感じる。まぁ、そこに住んでいる人間からすれば大体こういうもんだよな……という気持ちは解らなくもない。
とはいえ、企業の人間の目線からすれば、アローラ地方はあまりにも小さすぎる。リゾート化などの開発が進んでいるがそれは僅かな陸地を消費しての行いだ。やがて、開発に行き詰って外部からの力や資源に頼らなくてはならない時が来るだろう。その時、アローラの人間は排他的な態度を続けるようであれば、
「……いや、休みの時にまで何を考えてるんだか」
軽く頭の中を空っぽにするように考えを忘れて、太陽の光を受けながら歩き続ける。今のこの環境ならカイオーガでさえ歓迎できそうなぐらい熱かった。ポートエリアから出た先には警察署が存在し、メレメレ島に入り込んだ人達を見ている。そこから視線を外して、歩き出せばポートから続く道路に出る。どうやらここら辺は流石に開発されているらしく、見慣れた都会の景色が見えてくる。
「なんだったか……ヒートアイランド現象とかってのを前、やってた気がするなぁ」
日本や東京と比べれば高層建築がないのが幸いか。だけど鉄のパイプやフェンスが太陽の光や熱を反射している様な気がして、地味に暑苦しかった。これなら氷花を連れてくりゃあ良かった、と軽く後悔しつつハウオリシティを歩く。今まで見てきた街の設計としては割と珍しく、町中に小型のポケモン、原生種が暮らす為の少し高い草むらが伸びているのが見えた。足を止めてフェンスの向こう側、草むらの中へと視線を向ければ、黒い姿が走り回っているのが見えた。見た事のあるネズミの姿だが、黒いその体毛は、
「黒いコラッタ……Rコラッタか」
トレーナーに適応した固有種というのは近年、比較的に多く観測され、報告されている。だが地域をベースとして完全な変質したポケモンというのは割と珍しい。ただ新しいポケモンを見た時、見つけた時の喜びは何歳になっても変わらないな、というのを苦笑しながら感じた。
「そう考えるとある意味僥倖だったのかもしれないな」
自分がこの地方に関する知識を持たないというのは―――純粋に、新しいポケモンを楽しみ、そして育成を探すことが出来る。それは悪くない事だった。
車の無遠慮なクラクションを聞きつつ、視線を草むらから外し、歩き出す。田舎だけど普通に車が通っているなぁ―――と思うのはやはり失礼なんだろうか? そんな事を考えながらハウオリシティを進んでいけば、段々とだが高級店がずらりと並ぶ通りが見えてくる。それを横目に眺めつつ、根本的に観光客などを目的とした街になっているな、というのを感じ取る。
まぁ、観光収入がおそらく今のアローラの経済を支えているのだろうから、間違いではないのだが。
と、歩いていると大型モールを見つけた。そこに置いてある看板を見ればどうやら高級ブティックが中にあるらしい。まぁ、今度暇な時にエヴァを連れて―――来なくても勝手に女子たちと一緒に行くだろうと諦めて、その横を通り過ぎて行く。
ハウオリシティはそれなりに広く、ポートから街の端まで歩くのにはそれなりに時間が必要だった。おそらくはバイクでもレンタルしたほうが早いし賢いのだろうが、観光を兼ねた散歩でもあったのでゆっくり端から端まで歩く事に決めていた。
『……楽しまれているようですね?』
「まあな」
ポケットモンスターの個人的な楽しみ方の一つには新しい街を探索する、という部分があると思っている。
「最初に触れたのは赤バージョンだったな」
『……?』
「あの頃は何をしても楽しかったな。草むらを越えてトキワシティに向かって、そこからポケモンリーグゲートへと向かおうとしたら突然バトルを挑まれて……あぁ、最初はトキワの森にビビったりもしたなぁ……んでそれを抜けてニビシティに到着したら全力で走り回ったもんだ」
マップ! マップを見たい! という感じに全力で新しいマップを隅から隅まで探索したものだ。あの頃の感動は忘れられない。そしてあの頃と同じ感動を今、自分はきっと味わっているんだと思う。初めて見た土地、聞いたことのないポケモンの足跡がこの地には存在する。あのころ、マップを開拓し、新しいポケモンを見る事に一喜一憂をしていた時代を思い出す。
こうやって歩いているのはあの頃の気持ちを忘れていないからだろうと思っている。
やっぱり、ポケモンが好きだ。ポケットモンスターという世界が好きだ。そしてこの世界に来られたこと、この世界で一人の人間として生きている事が心の底から嬉しく、誇らしい。
「楽しいな」
歩くだけでここまで楽しいのは久しぶりだった。初心を思い出す、とはこのことかもしれない。そう思っていると肩に軽い接触を感じ、少しだけよろける。肩を軽く払いながら、
「すまないな」
と、声をかけるがその直後、肩を思いっきり掴まれた。無理やり振り替えせられると、肩を一気に押し、距離を開けてから詰め寄ってくる。その姿は口元を髑髏マークのバンダナで隠しており、町のチンピラというイメージを形にしたような姿をしていた。その姿を見ておぉ、もぉ、と心の中で呟いてしまった。どこからどう見てもチンピラだが、
『ボスに喧嘩を売るとは……死に急ぐか……』
スティングの発言が中々物騒だった。というかボールの中から磨き上げられた殺気を感じる。ははーん、お前こいつを殺す気だな? と思いつつ、
「YO、YO、YO、へーいへいへいへい、ちょっと人にぶつかっておいてその態度いひぃぃぃ―――!?」
異能を部分的に解放し、統率されたスティングの殺意を軽く差し向けてやった。途端、言葉を失って子犬の様に体を震わせ始めた。その頭を掴み、サングラスを軽くズラしてからその瞳を覗き込んだ。
「―――小僧、何か言ったか?」
頭を全力で横へと振る姿を見てニコリ、と笑みを浮かべてから頭を解放し、背を向けて再びハウオリシティの外れへと向かって足を進める。背後で人の倒れる音がするが、精神的なダメージだけで済ませた分、結構優しかったと思う。まぁ、自分もだいぶ甘くなったもんだ、とは思わなくもない。
道中、そんなトラブルを迎えながらも段々とハウオリシティの外れへと近づく。
どうやら外れの方にはトレーナーズスクールがあるらしく、その校舎が見えて来た。カントー等では出来ない贅沢に土地を使った大きなプレイグラウンドを持った学校の姿が見えた。
「ヤングースこっちこっちー!」
「負けるなコラッタ!」
「《ばけのかわ》がある分球ミミッキュで安定するけど、それだとテンプレ通りだからやっぱりレッドカード持たせて多重に積んでくる相手に対して素交代で吹き飛ばし、そこをおいうちで狙うスタイルとかロマンあっていいよなぁー……」
……学生たちが楽しく遊んでいるなぁ、と思ったらどこかガチ勢が混ざっていた。ミミッキュ、ククイに教えて貰ったアローラ産のポケモンの一つだ。《ばけのかわ》という恐ろしいほどに強い特性でどんな攻撃であろうと絶対に1回耐えることが出来る、耐久とはなんだったのか……という疑問を生み出しかねないポケモンだ。
しかもつるぎのまいにかげうち、じゃれつくを習得する事から天然のドラゴンキラーでもある。お前の種族ピカチュウじゃなくてドラゴンに殺されたのかよと一言申したくなるスペック。
「オーロラベールを筆頭とした此方で生まれた技は気になるんだよなぁ……」
そこらへん、ククイに見せて貰う予定でもある。天候に条件が付くが、《リフレクター》と《ひかりのかべ》を同時に貼るのと同じ効果がある技というのは非常に強い。あまり自分が使うタイプの技ではないが、それでも気になってくる。
「頭の中、ポケモンだらけだな……」
『トレーナーとしては正しいのでは?』
それはそうなのだが―――こう、一つ一つをポケモンに繋げて考えるのはちょっと、ポケモン馬鹿という感じがして格好悪くないだろうか? いや、それも今更な話か。そこに苦笑しながら学校の前を通り過ぎ、そのまま更にハウオリの外れへと進んで行く。段々と舗装された道路から、踏み固められた道へと変わって行く。完全に島全体が開拓されている訳ではなく、部分的な開拓が進んでいるだけなようだった。
ハウオリの外れに到着すれば、ビーチへと繋がる下り坂が見える。
そこからはメレメレ島近海を目撃することが出来、サメハダーやラプラスなどに騎乗して海の上をスイスイと進むトレーナーや観光客たちの姿が見える。それらのポケモンも、このアローラ地方で専門の訓練を受けた、移動用のポケモン達のように見える。
そんなビーチの手前に、少しだけぼろい掘っ立て小屋が見えた。
「アレがククイ研究所か」
『……あまり言いたくはないのですが、騙されていませんか?』
「一応地上部分は寝泊りする為で、施設としての本質は地下にあるらしいぞ」
まぁ、しかし、確かにビーチ近くの小さな家を見たら本当に研究所なのか? と疑いたくなるのも事実だろう。実際、マサラタウン等で本物の研究施設を目撃している分疑問は強い。
……それともポケモン研究を行っているククイはこんなところへと押し出されているのだろうか?
どちらにしろくだらない考えだ。友人に会いに来たのであれば考える必要もない。軽く段差を飛び降りながら歩いてククイ研究所へと向かう。この下り坂にはそれなりに草むらとポケモンの気配がするが、ボール内の二体の気配が強すぎる影響か、まるで近寄ってくる様子はない為、ゴールドスプレー要らずの状態だった。昔はもうちょい襲われたんだけどなぁ、と懐かしみながら段差を降りて進めば、
あっさりとククイ研究所まで到着してしまった。あまりにあっけないが―――ゲームの様な時代は終わったのだ、これが普通だ。扉の前に立って軽くノックする。木製の扉が向こう側に音を響かす。
「ククイ、いるか? 約束通り遊びに来てやったぞ」
軽く響かせるように声を放つと、向こう側から何かが倒れる音と、衝撃音と、そして吹き飛ぶ様な音が聞こえた。また同時に少女のキャー、という声が聞こえ、続けて、
「あー……オニキスかな? うん、ちょっと待っててくれるかい? 今、見られるのは少し恥ずかしいというか―――」
「良し、入って良さそうだな」
「流石躊躇しないなぁ君は!」
迷う事無くククイ研究所の扉を開けてその向こう側へと抜ければ、外のボロさからは考えづらいほどに整え、清潔にしてある木造の建築があった。どうやら疑似的な二階建ての構造をしており、はしごで登れるようにしてあるのがポイントが高い。それ以外には地下への階段、そして巨大な水槽、休むためのスペースがあるように見えるが―――今、そこにはククイが衝突しており、本棚から落ちた本の山に埋まっていた。
「あ、あわ。あわわ……」
「ウォンウォン!!」
金髪に白い帽子の少女が震えており、子犬のポケモンが本に埋まっているククイに向かって吠えている。その姿を見てからククイへと視線を向け、溜息を吐く。
「何やってんだ……」
「いやぁ、あはは……」
本の山に下敷きにされたまま、ククイが笑った。
「アローラ、オニキス」
「アローラ、ククイ……手伝うか?」
「……うん」
それはどこか抜けた再会だった。
たぶん、次回はバトルで黒尾&スティング公開になるかな。それに伴いデータの種別、纏め方、バトルの表記とか色々と今期で使う部分を表示させるかなぁ、って所で。
リーリエ……なんでカントー行ってまうん……?