俺にはインデックスという小さな同居人がいる。
なんでも、とある事件に巻き込まれてそのあと俺が自分の家に住まわせたらしいんだ。
らしい、というのは俺にその時の記憶が無いわけで、正直その事件の事も全く思い出せない。
今でも、嘘なんじゃないか? と思うことさえある。
ただ、それを口に出すとインデックスが泣き出しそうな顔が頭をよぎるから口には出さないんだけど。
なんかおかしな話だよな、記憶が無いのに見たことのないインデックスの泣き顔が頭に浮かぶって言うのは。
さて、これは不幸に見舞われながら懸命に生きる俺――上条当麻には休息の日々などないと思い知らされた日の出来事だ。
舞台は学園都市。何気ない日常が壊れゆくさまをどうかゆっくりと見届けてくれ。
とある土曜日の朝。
寒さに一層拍車がかかり、コートなしでは外を歩くことさえ躊躇われる季節がやってきた。完璧にデータ化された天気に雪だるまのマークを頻繁に見かける。そんな今年の冬。
布団にくるまって眠っていた俺は、いつもの小鳥の囀りとは異なる声を聞いて薄くまぶたを開けると、
「……とうま、起きて」
いつものシスター服姿に着替えているインデックスがいた。
「起きるんだよとうま」
珍しく俺より早く起きていたインデックスが部屋のカーテンを開ける。
朝日が部屋の奥まで入りこみ、一日の始まりだということを実感させた。
「う~ん……」
しかし今日は休日。特に用事がない俺は、陽光を遮るために頭からすっぽりと布団をかぶった。
「いい加減起きるんだよ~」
ユサユサと体を揺すぶられる。
本来なら起こすためのその動作は、非力のせいで更に俺を夢の世界へと沈めていった。
「……あと五分……」
「むぅ~」
インデックスの手が体から離れていく。
昨日は遅くまで勉強してたから眠いんだ。ゆっくりと寝かしてくれ……
「とうまがその気なら私にも考えがあるんだよ」
トトトと足早にインデックスが俺から離れていく。
なんだ? 冷蔵庫の中でも漁る気か?
そうだな。それなら、早く起きて、と言っていたのも納得がいく。朝飯を作って欲しかったのか。
まぁ、俺の朝飯は買ってくればいいし、貴重な睡眠の時間が得られるのならインデックスの行動を気にしなくても……
………………
…………
……
「ゴー、スフィンクスッ!」
カプッ♪
右腕に電撃のような痛み。
「ぎゃああぁぁああっ!! 腕がぁっ! 腕がぁぁっ!!」
痛ぇっ! 歯が食い込んでる!
「やっと起きたんだね」
「そんな事を言う前にコイツをどうにかしろ!」
俺はすぐさま立ち上がり、猫を振り払うように腕を上下に振る。
すると、スフィンクスは俺の腕から牙を離し空中で綺麗に一回転して床へと着地した。
「よくやったんだよスフィンクス」
「待てやコラ」
自分でも語尾が荒くなってるのが分かる。
そんな俺とは対照的に、インデックスはきょとんとすっとぼけたような顔をしてやがる。
こ、この野郎……本気で分かってねぇな。
俺が怒っているのを察したのか、インデックスは頭の中の膨大な知識から俺がなぜ怒っているのかを検索し、もっともらしい答えを口にした。
「噛んだのを褒めくれたと勘違いしちゃうもんね」
「ちげぇっ! 俺の言いたいことはそんな事じゃねぇっ!」
なんとなく、こいつが悪い奴らの実験台に使われたのがわかる気がする。
「ふぅー」
少し大きく深呼吸して俺は目頭をきゅっきゅっともんだ。
冷静になれ上条当麻。いくらむかついたからとはいえ、インデックスはまだ少女だぞ。手をあげるべきではない。
たかが子供のイタズラじゃないか。
猫に噛まれたことぐらい寛容に認めてあげる――べきではないな、うん。
「なぁ、もうちょっと痛みが少ない起こし方はなかったのか?」
とはいえ、休日の朝から険悪なムードを出したくはないのでやんわりと注意する俺。
そんな俺の言葉を聞いて、インデックスは俺をびしっと指さし、
「知識があるからってそれを実践できるとは限んないんだよ」
無い胸を張り自信満々な顔をした。
俺は両肩を落とし、がっくりとうなだれる。なんかもう……怒る気が失せたよ。
「はぁ……で、何か用なのか?」
俺は乱れた寝巻をただし、インデックスの方を向き直る。
すると「そうだった」と胸の前でパンッと柏手を鳴らし、ずいっと体を寄せてきた。
「とうま。今日、何の日か知ってる?」
目をキラキラと輝かせて俺の目を見てくるインデックス。
今日? 今日は土曜日で特別なことはないと思うんだが……記憶を無くす前に何かあったのかな?
となると――
「俺たちが初めて会った日……とか?」
「違うよっ!」
『バカじゃないの!?』そんな蔑んだ目で見てくるインデックス。
「今日はバレンタインデーなんだよ!」
「バレンタインデー?」
壁にかけてあるカレンダーを確認すると、今日は2月14日。
たしかにバレンタインデーだな。
「それと俺が早く起きることに何の関係があるんだ?」
「チョコを貰ってきてほしんだよ」
……そういうことか。食い意地が張っているインデックスらしい。
だけどな。いくら知識があるお前でも日本独自の習慣があるのは知らないらしい。
期待を壊すようで悪いが、ここはきちんと現実を見せてやるとしようか。
「あのなインデックス。お前は知らないのかもしらんが、貰える奴はごく一部のモテル奴だけなんだ」
「知ってるよ」
「へっ? じゃあ、なんでお前は俺に」
「とうまを好きな子は結構いるんだよ」
俺が? 誰に? 全く見当がつかないんだけど。
「……とうへんぼくにも程があるんだよ……」
「あー……俺を褒めてくれる気持ちはありがたいんだけどな。俺には全く見当がつかん。チョコが食いたいんなら買ってきてやるよ」
「そ、そんなのダメなの!」
「うぉぉっ!?」
なんでそこでキレるんですか!? 最近の若者がキレるポイントがわかりません!
「気持ちのこもったチョコじゃなくちゃダメなんだよ!」
「待て! お前はその気持ちのこもったチョコを食べようとしていなかったか!?」
なんともひどい仕打ちだと思う。
「だからね、今からとうまには町に行ってチョコを貰ってきてほしいかも」
「いや、だから貰えないと」
「土下座でも何でもしてもらってくるの!」
「それもうただの物乞いだよな!?」
街中で土下座とか、どんだけシュールな光景なんだよ。
「行くの! 絶対! なにが何でも貰ってくるの!」
母親におもちゃをねだる子供のようにじたばたと暴れるインデックスを見て、俺は少し苦笑した。
チョコを買ってほしいなら、素直に『買って』といえば買ってやるのに。
「ああ、分かった分かった。貰ってくるから、貰ってくればいいんだろ?」
「うん」
笑顔でこくりと頷くインデックス。
まぁ、そんなに食べたいんならデパートに行って買ってくるか。
バレンタインデーに男がチョコを買うのもどうかと思うけど、そんなに食べたいんならしょうがない。
「で、何個ぐらい貰ってくればいいんだ?」
「んっとねー」
と、俺の問いにインデックスは宙を見ながら、指を折ってぶつぶつと何かを呟き始めた。
「……来るのが……だから……」
ああ、とうとう左手の指に移動しましたか……。
俺はインデックスの返答を待たずに、断定的な口調で言葉を発する。
「とりあえず"いっぱい"貰ってくればいいんだな」
「あ……う、うん! そう、いっぱい貰ってきてほしいかも」
しゃーない。お徳用のチョコでも買ってくるか。
今月の生活費が少しばかり苦しくなるけど、少しぐらい節約すればどうにかなるし。
「おっしゃ、じゃあまずは飯にしよう。インデックス、朝飯は何がいい?」
「えっと……それなんだけどね、当麻」
インデックスは言いずらそうに、体をもじもじとさせている。
? なんだ? なにか悪いことでもしたのか?
「すぐにチョコを貰ってきてほしいかも」
「ん? ああ、そんなことか。大丈夫だ。朝飯を食べたらすぐに――」
「
「……はい?」
今なんて言いましたコノ子? いま、すぐに?
「飯も食わずにすぐ行け、と?」
「……(コクコク)」
無言で首を上下に振るインデックス。
ははは……そうですか、そうなんですか、そうなんですよね……
「って、納得できるかボケェッ! なぜ俺が朝っぱらから飯も食わずにチョコを買いに痛っ! すいません! お願いですから噛まないでください!」
「ふぁやく、ひょこふぉもふぁってくるんだよ!」
「は、はぃぃっ!」
俺はインデックスを振り落とし猛ダッシュで外へと走り出した。
☆
「……不幸だ」
今の俺はこの学園都市で一番哀愁が漂っている。そう断言できるほど、今の俺は気分がめいってるんだ。
LEVELで言えば測定不能。LEVEL5なんて目じゃないね。
「まったく、インデックスの奴め」
俺はいまだに痛み(とおそらく歯形)が残る頭を撫でながら、学園都市を彷徨っていた。街を彩るイルミネーションが余計に俺を孤独に感じさせる。
周りを見渡すと、手をつなぎ歩くカップルの姿。……リア充死ね!
「部屋に財布を置いてきちまったしなぁ」
いくら焦っていたとはいえ少し後悔。
この状態で何も持たずに家に帰ったらインデックスさんが怒ることが目に見えていますからね。
「人間って、糖分が無いとキレやすいんだよな」
一人ごちるなんとも哀れな俺。
せめて、献上品が一つでもあれば話は別なんだけど……。
「ん、あれは……」
と、目的も無くぷらぷらと歩いていると、目の前から清掃ロボに座ってメイドさんが近づいてきた。
「おおー、当麻ー」
「舞夏じゃないか」
この年中無休、いつでもどこでもメイドさんな女の子は土御門舞夏。隣人である土御門元春の義妹だ。
「こんなところで何してるんだ?」
「私か、私は学校の実習中なのだぞー」
「えっ?」
休日なのにか?
そんな俺の疑問を感じ取ったのか、舞夏はすこしムスッっとした表情で言葉の続きを話した。
「バレンタインは元々、"贈り物を恋人や親しい人に贈ることがある日"だからなー。メイド学校では特別授業なんだ」
「そんなもんなのか」
まぁ、たしか舞夏の学校は女学校だから彼氏持ちが少ないって聞くし、そこまで嫌じゃないのかもしれないな。
人一倍メイドへの関心が強い舞夏のことだ。おそらく、今日も気合いを入れて回ってるんだろう。
「あ、そうだ」
俺が一人納得していると、舞夏はくるくると回転する清掃ロボの上で器用にポケットから物を取り出した。
「ほら当麻。欲しいかー?」
「すまん舞夏。まずはロボから降りるか、ロボを止めるかしてくれ」
残念だが回転速度が速くて何を取り出したか見えない。
「むぅ、わがままな奴だなー」
言葉尻から察すると、おそらくむくれたな。
すると、舞夏は両太ももで警報が鳴らない程度に清掃ロボの動きを止めた。このあたりは手慣れた動作だと思う。
「これでいいかー」
「……チョコか」
差し出されたチョコはハート形。茶色の包装紙で丁寧にラッピングされピンクのリボンで装飾された片手サイズの大きさ。
確かにねがってもない申し出だけど……
「貰ってもいいのか?」
「言っておくけど、『好き』とかじゃないんだぞー」
「ああ、分かってるよ」
さっきも言ったが俺は記憶を失っている。だから、このチョコが記憶を失う前の自分に向けられてると思うと、なんとなく受け取るのが躊躇われた。
俺に気を使わせないためか、舞夏はにぱぁと満面の笑みを浮かべてこう言った。
「私と当麻は血縁関係なんてないしー」
「すげぇ台詞ぶちこんできやがった!?」
むしろあったほうが困ります。
「まぁ、ありがたく受け取っておくよ」
だけど、だいぶ受け取るのが楽になった。これも舞夏の気遣いだったのかもしれないな。
俺が手を伸ばすと、舞夏は決してロボの上から下りずに体を伸ばして俺にチョコを渡してくる。
「うわっっと」
これは舞夏の台詞。
俺にチョコを渡したせいか、力のバランスが崩れ清掃ロボが動き出した。すぐさま次の場所に向かう清掃ロボ。
「んじゃ、またなー」
動き出す清掃ロボに逆らいもせずその場から去っていく舞夏。ロボは通行人を避けるために様々な方に動くが、舞夏はそれに動じず俺の方を向いていて、俺はそんな舞夏が見えなくなるまで手を振っていた。
「さて、と……」
舞夏が見えなくなって一息。
なにはともあれ、チョコは手に入れる事ができた。これで家に帰ってもインデックスに噛まれる心配はないな。
俺はチョコを大事にポケットにしまって、踵を返し――
「カミやん」
「うぉっ!?」
魚が腐ったような目をした男と対峙した。
「な、なんだ土御門か。どうしたんだよ」
「どうしたんだよ、じゃないにゃ」
体の中まで響き渡る冷たい声が俺の額から嫌な汗を流す。
両足が根を張ったように地面にへばり付き、土御門がやけに大きく見える。
と、いうか……土御門のうしろにも何か見える……
「今、何をやっていたのか説明してもらえるか」
「土御門、なんで口調が真面目になっているんだ?」
だめだ。足に触っても何の反応もしない。魔術の類ではないみたいだ。
「カミやん」
「な、なんだ」
「俺の目がおかしくなければ、さっき舞夏から何か貰ってなかったか?」
「あ、ああ、チョコを貰った」
プチン
あ、何か嫌な音。
「――場ヲ区切ル事。紙ノ吹雪ヲ用イ現世ノ穢レヲ祓エ清メ禊ヲ通シ場ヲ制定
(それではみなさん。タネもシカケもあるマジックをごたんのうあれ)」
たちまち始まる土御門の詠唱。
「 ――界ヲ結ブ事。四方ヲ固メ四封ヲ配シ至宝ヲ得ン
(ほんじつのステージはこちら。まずはメンドクセエしたごしらえから)
――折紙ヲ重ネ降リ神トシ式ノ寄ル辺ト為ス
(それではわがマジックいちざのナカマをごしょうかい)
――四獣ニ命ヲ。北ノ黒式、西ノ白式、南ノ赤式、東ノ青式
(はたらけバカども。げんぶ、びゃっこ、すざく、せいりゅう)」
「止めろ土御門!」
この詠唱は確か海で聞いた気がする!!
「――式打ツ場ヲ進呈。凶ツ式ヲ招キ喚ビ場ヲ安置
(ピストルはかんせいした。つづいてダンガンをそうてんする)
――丑ノ刻ニテ釘打ツ凶巫女、其ニ使役スル類ノ式ヲ
(ダンガンにはとびっきりきょうぼうな、ふざけたぐらいのものを)
――人形ニ代ワリテ此ノ界ヲ
(ピストルにはけっかいを)」
「だめだ、あの野郎止める気がねぇっ!」
というか、俺の声が耳に届いているのか!?
「 ――釘ニ代ワリテ式神ヲ打チ
(ダンガンにはシキガミを)
――鎚ニ代ワリテ我ノ拳ヲ打タン
(トリガーにはテメエのてを)」
詠唱が終わると周りの事などおかまいなしにグォォッと巨大な火が俺に向かってくる。
「っざっけんなぁぁぁああっ!!」
それに向かって俺は右腕を出し――
パァン
――その火を消滅させた。
「止めろ土御門! 死ぬぞ!」
術を使ったためか、それとも単なる俺への憎悪のためか土御門の体の血管が破れ、服が赤く染まっていく。
それでも、目の前の男は不敵な笑みを浮かべてこう言った
「男には死んでも倒さなくちゃいけない相手がいるんだぜい」
「……どうしても引かないみたいだな」
足は――よし、動く。これなら満足に戦えそうだ。
「いいぜ! こいよ!」
その言葉に触発されたのか、土御門は内ポケットに手を伸ばす。
ふん! たとえどんな魔術がこようともこの右腕に備わる
「カミヤんを殺して俺も死ぬ!」
……拳銃?
「それ死ぬの俺だけだよな!?」
「喰らえ!」
「どぁっ!?」
俺は冷たいアスファルトを転がりながら放たれた銃弾を避ける。
風に乗ってくる硝煙の匂い。パシュパシュと響く軽い音。
さてはサイレンサーを付けてやがるな! そのおかげで俺が地面を転がるイタイ人に見られてるじゃねぇか!
「舞夏の夫に相応しいのは、俺を倒した奴だけなのにゃ!」
だあぁっ! 何を言っていやがるんだこのロリ好きシスコン野郎は!!
「ええいっ! まずは――そのふざけた妄想をぶち殺す!」
☆
「……危なかった」
風通しが良くなった服を見ながら一人呟く。
はぁ、と吐いた息が空中で白く染まる。かじかむ手に息を吹きかけ、俺は家にも帰らずぷらぷらと歩いていた。
え、なんで家に帰らないのか、って?
まぁまぁ、慌てなさんな。それを説明するから。
あの後、リミッターが解除された土御門に追い詰められた。「もう駄目か」、俺は死を覚悟したね。
と、そこで服に何か違和感。そう、事の原因である舞夏のチョコレートだ。
それを土御門に差し出すことで何とか命を繋ぐ事ができたけど、
「舞夏も兄貴に渡しておいてやれよ」
おかげで俺が命を狙われたじゃないか。
なんですか? ホワイトデーのお返しは『命』ですか?
「まったく……それにしても今からどうしようか……」
結局、チョコは土御門の手に渡っちゃったし。
舞夏意外に貰える可能性があるっていうと……五和か風斬ぐらいかな?
あいつらなら優しいから義理チョコぐらいくれるかもしれん。
「せめて学校がやっていればなぁ」
小萌先生なら確実にくれただろう。いつも教卓の中にチョコ入ってるし。
ふむ、たられば、を口にすべきじゃないな。ここは脳をフル回転させてチョコをくれる人を探すべきだ。
(ぐぅ~)
「……頭が回らん」
そりゃそうか、朝から何も食わないで(一方的な)銃撃戦をやったんだから腹が減るのも当たり前か。
「よし、行くところは決まった」
デパートに行って試食品で腹を膨らませるとしよう。卑屈だけど仕方ない。家に帰るためだ。
俺は近くにあるデパートに足を向ける。
デパートに向かう途中、右を見ても左を見ても、辺りは活気づく店舗ばかり。その例に漏れず、いつも使っているデパートも今日に限っては遠目からでも客で溢れ返っているのが分かった。
デパートの前に着き自動ドアが開くと、生温かい空気が俺の頬を撫でる。
「やっぱりバレンタイン一色なんだな」
店内にはいつもはない「バレンタインデー」と書かれた横断幕があり、店の客も女性が多いように思える。
男の俺としてはなんとも居づらい空気だけど。
「と、いけないいけない」
俺は当初来た目的を思い出し、惣菜品売り場へと足を向ける。
ここの惣菜品売り場は奥にあるから、どうしてもチョコ陳列されている棚の場所を通り抜けねばいけないんだが、
「ビリビリじゃねぇか」
俺はそこで俺の天敵、ビリビリこと御坂美琴の姿を視界に捕らえた。とりあえず、網目状に並べられている陳列棚の間に身を隠し、俺は思考を張り巡らす。
「これは困った」
当たり前だが試食品というのは売るためにやるのだから、お客の多い時間帯でしかやられない。ここのデパートの場合は残りあと30分くらいで試食タイムが終了してしまう。もしかしたら、今日はもっと早いかもしれん。
つまりビリビリに絡まれた瞬間に今日の昼飯はパァってわけだ。
さて、どうするべきだろう。
①ビリビリに見つからないように通り過ぎる
ムリだな。見つからない、という時点で諦めた方がいい。とゆうか、俺の不幸スキルなら確実に見つかる自信がある。
普段だってそうだ。まるで、待ち伏せでもされているかのようにばったりと出くわすもんな。
いつもなら逃げられる相手だけど、腹ペコな状態では逃げ切れる相手じゃない。
という訳でこの案は却下。
②ビリビリに事情を説明して通らしてもらう
止めた方がいい。どうやって説明するつもりだ上条当麻。
「試食品の時間が終ってしまうから通らしてくれ」とでも言うつもりか?
バカか。そんな事をやったらこの店に来にくくなってしまう。
それに、そんな説得をして「分かったわ」なんて言う奴だったらここまで苦手意識を抱くことは無い。
という訳でこの案も却下。
③ビリビリが帰るを待つ
……妥当だな。別にデパートを出なくてもあそこから動いてくれればいいんだ。さすがに30分以上はいないだろう。
よし決定。これでいこう。
そうとなるとビリビリが動くまで待ってるわけだが、
「あいつなにやってんだ?」
ひょい。陳列棚の上から首だけ出してビリビリの動きを確認。
ビリビリは、左手には普通の板チョコ、右手には蛙の形のチョコを持って、しきりに首を左右に振り、どちらにするか悩んでいるようだ。
ふ~ん。あいつにも好きな奴がいるのか。
まぁ、性格はちょっとアレだけど、顔は可愛いから彼氏がいてもおかしくないけど、
「それなら俺なんかに構ってちゃダメだろ」
彼氏をもっと大切にしてやれよ。俺が彼氏だったら泣くぜ、多分。
『アイツならどっちを貰ったら嬉しいかしら』
そんな事を思っていると、ビリビリはチョコを棚に置き、その場にしゃがみこんで肩まで伸びた茶色の髪の毛を両手でクシャクシャとかいた。
俺なら貰えるだけで嬉しいと思うが、女性としてはそこは重要なポイントなんだろう。
それにしても蛙の形のチョコって……だいぶ子供趣味の彼氏だな。
「どうでもいいから早くどいてくれないかな」
正直、他人のノロケを見せつけられるのには腹が立つ。
お前お嬢様なんだから、ケチケチしないで二つとも買っちゃえば――
『あっ!!』
「っ!」
しまった! 見つかった!!
『待ちなさい!』
たまに思う、俺たちの前世はネズミと猫なんじゃないかって。
「待てと言われて待つ上条さんではありません!!」
「逃・げ・ん・なぁっ!!」
陳列棚の間に隠れた俺の頭上を電撃がかすめる。って、おいおい!それはやっちゃダメだろ!
「御坂さん!? それはさすがにいけないと思いますよ」
言いながら中腰の格好でその場から全速力で離脱を試みる。
「覗き見していたアンタに言われたくないわよ!」
近づいてくる足音と声。至近距離をかすめる電撃。
ちぃっ! この距離だと逃げ切るのは難しいか。せめて腹が満腹なら人ごみに紛れながら逃げれるんだが。
いかんせん、今の状態じゃ人を押しのける力が足りん。
となると、残された手段は――
『アイツ、どこに行った?』
息を殺し、気配を絶ち、存在を消す。
俺はすぐさま棚の間、正確には陳列されている商品をどかしてそのスペースに隠れてたんだが、
『この近くにいるはずなのよね』
あろうことか、ビリビリはこの近くで俺を探してくれやがります。
幸いなことにビリビリの背じゃ、背伸びしても棚の上から他の場所を覗けないらしい。だから、アイツは一列一列見回っている。
「絶対に下は見ないでくれよ」
ぼそり。絶対に聞こえない超小声で呟く。
現在の格好は土下座のポーズに近い。違いがあるとすれば、顔を上げているか上げていないかだけだ。
後ろは見えないし、すぐに走りだせもしない。見つかったら捕まるのは逃れられん。
「もうどこかに逃げたのかな」
俺のすぐ目の前で立ち止まり、諦めかけてそうなビリビリ。
そうだそうだ。もう上条さんはどこかに走り去ってしまったんだ。だからお前も早くどこかに行って、上条さんを試食品売り場に向かわ――
(ぐぅ~)
今ほど自分の不幸を呪ったことは無い。
「見ぃつけた」
「ひぃっ!?」
ビリビリは俺を見下ろす形で、世にも不気味な笑顔を俺に向けてくる。
にぃ、と釣り上がった頬がとても怖い。
「見た?」
俺の目の前でしゃがみ込み、ニコニコと
げっ!? この格好はマズイ! 何がマズイって? アイツは気付いてないようだけど、地面に這いつくばってる上条さんの前でしゃがみ込むとスカートの中身が見えてしまうことがマズイ!
「な、何を?」
とはいえ相手は中学生。俺はそれを見ないようにビリビリの方から目をそらす。
け、決して、ビリビリが怖いとかそういう訳じゃないんだからね!
「とぼけんじゃないわよ!!」
ぐぃっ。俺を陳列棚から引きづり出し、首元を掴み強制的にエビぞリにさせるビリビリ。
「ぐぇっ!? く、首が絞まる」
「さっさと白状なさい! 見たでしょ!? 見たんでしょ!!」
ぎゅう。締め付ける力が更に上昇する。まさに天井知らずって話だ。正直、だんだん目の前が暗くなってきている。手足にも力が入らない。
ここで白状すれば殴られるぐらいで終わりだろう。偶然とはいえ、俺が見たのはたしかだし。
でも……だからってそんなこと言えっかよ!!
「み、見てない! クマなんて見てない!」
「クマ? 私が選んでたのはゲコ太だからカエ……クマ?」
「「………………」」
俺を地面に下ろし、ちょっと離れてから後ろを向いて何かを確認しているビリビリ。
……あれ? なんか地雷踏んだ?
「死になさい!」
「ぬぁっ!?」
ビリビリが振り向きざまに電撃を放ってきた。俺は右腕を突き出しなんとかそれを防ぐ。
「そういえば、アンタには電撃が効かないんだったわね」
「なにしやがる!」
あ、危なかったぁ。両目を狙われたから眩しくてしょうがなかったぜ。
幻想殺しにもそんな弱点があったとは。
「それはこっちの台詞よ! アンタこそあんな場所で何をやってのよ!」
あんな場所、というのはおそらくビリビリがどっかに行くのを待っていた場所だろう。
「飯を食べようとしてたんだ」
嘘は言ってない、嘘は。
「そういえば、さっきお腹が鳴ってたわよね」
「ああ、だからできれば見逃してほしい」
言いながらじりじりと後ろに下がる。やけに殊勝な態度でも警戒は解かない。新手の作戦かもしれないからな。
「なら、私の質問に答えてくれたら考えてあげてもいいわよ」
サングラスの場所はどこか探していると、目の前にいるビリビリがそんな事を口にした。
なんか、いつもと違うよな。病気か?
ビリビリは俺の返事をまたずに口を開く。
「あ、アンタはさ……」
「おう」
こりゃ完全に熱があるな。態度が借りてきた猫のように大人しい。
「甘いのと苦いの……どっちが好き?」
……えっ? 質問から考えるとこれは――
「チョコくれるのか?」
「ち、ちがっ! は、腹が減っては戦ができぬと言うでしょ!!」
「まだ戦うつもりですか!?」
「そ、そうよ! 万全じゃないアンタを倒しても凄くも何ともないじゃない!」
いや、別に万全の俺を倒しても凄くもなんともないんだけど。
「で、どっちなのよ!」
だんっと力強く一歩踏み出し、顔を赤くしたビリビリが俺に訪ねてくる。
確かに、これは願ってもない申し出だ。
でも、だからと言ってビリビリの言うことを素直に聞くわけにもかんだろ。
結果だけ見れば、女子中学生に奢られる男子高校生ってわけだし。
しかし、チョコを手に入れられれば家に帰れる。そのチャンスを潰すのも惜しい。
『ああ、なんで素直に……』
ビリビリの方をみると何かを後悔しているようだ。
と、そこで俺はあることに気付く。ビリビリのポケットにもチョコらしき物体が入ってないか?
「なぁ、そっちのポケットに入ってるのはなんだ」
「ふぇっ!?」
ゆでダコもびっくりするぐらい顔が赤くなるビリビリ。
「いや、これは……その……失敗したやつというか………ちょっと不格好というか……」
するとビリビリは、チョコが入っているポケットを押さえ二・三歩俺から距離をとった。
言葉尻が良く聞こえないが、どうやらあまり必要な物ではないらしい。
「なら、それを貰ってもいいか?」
「えっ?」
うん、失敗した奴なら奢らせる訳じゃないし、気兼ねなく貰える。
「これでいいの? ところどころ焦げてるし味も悪いわよ?」
「それでいいよ」
綺麗に作られているチョコよりか、失敗作を貰った方が彼氏にも気を遣わなくて済む。
「そっか……そっかぁ……」
「? くれるなら早くくれよ」
「ありがたく受け取んなさいよね」
ふぃっとそっぽを向きながら渡されたチョコは、なんとも不格好でかろうじてハートだと分かるぐらいでラッピングも雑だ。コイツもお嬢様だからな初めて挑戦したのかもしれないよな。
「ありがとな。じゃ」
俺は片手をあげその場から離れようとする。
「ちょっと、食べなさいよ」
すると俺の後ろからそんな声が聞こえてきた。
「なんでどこか行こうとするのよ」
「できれば後で食いたいなぁなんて」
そうしないとインデックスにあげることができないし。
「いま、食べなさい」
「ここで?」
「ここで」
コクッ。ビリビリは頷いて、期待と不安が入り混じったような瞳で俺を見てきた。
ん~、やっぱり味が気になるのかねぇ。
なら、インデックス用のは他の人からもらうとして、これは俺が食べるとしますか。
こんなに歪な形のチョコなら売り物なんて思われないだろう。
「じゃあ、頂きます」
俺はラッピングを外し、チョコを口へと近づけた。
あーん(口を開く俺)
パシッ(手から奪われるチョコ)
ガキン(思いっきり歯を打ちつける俺)
「歯がっ! 歯がぁぁっ!!」
なんだ!? チョコがいきなり消えたぞ!?
「お姉さまのチョコは渡しませんわ!」
「黒子!?」
どうやらチョコは奪われたらしい。
チョコを奪ったであろう女の子を見る。
ウェーブがかった栗色の髪を両サイドで縛ってツインテールに纏めている女の子。ビリビリと同じく、常盤台中学の制服に身を包んでいる。確かビリビリの部屋に行ったときにも会ったような……。
「なんでアンタがここにいるのよ」
「お姉さまの事なら何でも知ってますの」
黒子と呼ばれた女の子は一瞬でビリビリから離れ、チョコを大事そうに胸に抱え込んだ。
「愛しの殿方にあげる為に朝4時から作ったのはいいけど、うまくできなくてチョコを買いに来た事を知るぐらい朝飯前ですわ」
「それ以上言うなぁっ!!」
ビリビリが放つ電撃を黒子と呼ばれた女の子は空中に飛んで回避する。おそらく能力なんだろう。
それにしても、その愛しの殿方って奴は愛されてるんだなぁ。
「チョコを返せっ!」
「これは後で私がおいしく頂きますの」
幾度と放たれるビリビリの電撃を女の子は、その都度空間を移動し回避する。
って、見てる場合じゃねぇ!
「俺のチョコを返せっ!」
☆
「もう……限界だ」
だめだ。これ以上動く気力が無い。
結局チョコを奪い返すどころか、ビリビリにも追いつけなかったし、試食品売り場は終わってるし、ほんと災難だったぜ。腹も減りすぎて鳴り止んだし。
「もう怒られてもいい。早く家に帰って何か食べなければ」
俺は気力で体を引きずり、自宅のあるマンションへとたどり着く。
見慣れた階段を上り、部屋の前に来ると朝にはなかったとある異変に気付いた。
「……甘い」
ドアの隙間から甘い匂いが漂ってくる。鼻の奥を良い香りがくすぐる。腹がぐぅとなり、口の中から涎が出始める。
『スフィンクス、それは舐めちゃダメなんだよ!』
部屋の中から聞こえてくるインデックスの叫び声。
なんだ? なんか作ってんのか?
耳を澄ますと部屋の中からコトコトと火を使う音が聞こえてくる。
俺はふらふらと誘いこまれるように自宅の玄関に手をかけた。
「ただいま。何をやってるんだ?」
「えっ!? とうま!?」
キッチンの方に視線を向けると、エプロンを付け、腕まくりをしているインデックスの姿。
そして、そのまま視線を移すと――
「……チョコ?」
ボウルに湯せんされている板チョコがあった。
「ううぅ~、あともう少し遅く帰って来て欲しかったかも」
インデックスはと言うとどこからか踏み台を持ってきて、包丁でチョコを切っている。
さすがに絆創膏はしてないみたいだが、あとで包丁の握り方を教えてやるか。あれじゃ切りにくいと思う。
「なんだ。チョコを作るぐらい別に許してやるのに」
「……別にそういうわけじゃないんだよ」
困惑の表情に、失望の色が混じったように見えたのは、気のせいだろう。
「内緒で作って渡したかったんだよ」
「俺に?」
「……うん」
頬を赤らめて頷くインデックス。
あの殻潰しのインデックスさんがこんなに成長するなんて、上条さん大感激!
「一人で作ってんのか?」
「ううん。氷華と一緒に作ってるんだよ」
「風斬はどこにいるんだ?」
「材料を買いに行って貰ってるの」
「ふ~ん。そうか……」
あれ? なんか妙な違和感。
「なぁインデックス。こんなに大量のチョコ、どこから手に入れたんだ?」
「近所のスーパーの開店に合わせて氷華と行ったんだよ」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて」
俺は質問の内容を良く吟味しながらもう一度聞く。
「この大量のチョコはどうやって手に入れたんだ?」
確か家の冷蔵庫にチョコは入ってなかったはずだ。
「とうまのへそくりを使って買ったんだよ?」
「俺のへそくり?」
おかしい。そんな事をしている覚えはない。
確かに財布は置きっぱなしにしたけど、それをへそくりとは言わないよな。
疑問に思う俺を見て、インデックスは言葉を付け加える。
「タンスの棚に隠してある封筒に入ったお金の事なんだよ。日本ではそこに隠すって言うのが相場なんだよ、ってどうしてのとうま、目からポロポロ涙なんか流したりして」
「……インデックス」
「なに?」
「それ……今月の生活費」
「え゛っ!?」
「不幸だああぁぁああ!!」