決勝戦の備えとして、チリの改造に取り掛かった宗谷たち。中々上手くいかなかったが、無事に改造は終了した。
準備は出来た。しかし大洗には、宗谷たちもまだ知らない戦車が眠っていた。
チリ改への改造が終わった。チリ改に対応するためS特ギアを着用することになり、3式中戦はチリ改に付いていた75ミリ砲に換装され、長砲身型に名前を改められた。
黒森峰対策としては万全のはずだったが、宗谷はまだ万全とは言い切れていなかった。今日も杏に提案を持ち掛けに行ったのだが、断られてしまっていた。
宗谷は授業終わった後、格納庫に置いてある陸王を見ながら考え事をしていた。ジーっと陸王を見ながら。
「宗谷くん、宗谷くん?」
ハッと気が付くとかほが横にいた。ずっと考え事をしていたのでいつ来たのか全く分からなかった。驚いている宗谷にかほの質問が飛んできた。
「さっきから何してたの?ずっと陸王を見てたけど」
「あーっと、その・・・・・『千里眼』が増やせればなぁって思ってたんだよ」
かほは意味が分からず首を傾げた。その姿を見ながら宗谷は笑った。
「そんなに難しく考えるなよ、偵察戦車のことを言ったんだよ」
かほはその一言に納得したようだ。偵察戦車は陸王と同じように、部隊が先の見通せないところまで行き、情報を集めるのが主任務。その偵察戦車を千里眼と例えたのだろう。だが、偵察隊を増やそうとしているのは何故なのだろうか?
「でも、偵察戦車を増やしてどうするの?偵察だけなら陸王だけでも良いんじゃない?」
「偵察だけならな、だけど陸王はサイドカーだ。目の前に敵が出てきたら反撃が出来ないし、流れ弾に当たったら身が危ないだろ?」
宗谷は攻撃力と防御力の無さを気にしているようだ。戦車の大群の中をサイドカーで突っ切るほど危険なものはない。偵察戦車なら多少の反撃は出来るし、直撃で無ければ防御することも出来るはず。
機動力だけで戦場を乗りきるのはかなり厳しい。そこで偵察戦車を増やし、安全に偵察が出来るようにしたいと考えていたのだ。もちろん陸王の安全対策は万全にしているのだが。
先程杏に偵察戦車を増やせないかと提案を持ち掛けていたのだが、注文しても戦車が間に合わないことと、肝心の乗員がいないということで承認してもらえなかったのだ。
宗谷が陸王の前にいたのは、どう改造したら安全性が上がるかと考えていたからだという。
「安全性を上げようと模索してたけど、流石にこれ以上はな。角谷科長にも許可貰えなかったしさ」
宗谷はほぼ諦めていたようだが、かほはニッと笑っている。
「ねぇ、今から時間空いてる?」
「空いてるけど、何で?」
「宗谷くんでもびっくりするものがあるんだけど、見に来ない?」
『びっくりするもの』、そう言われるがままにかほについていったが、着いた場所はかほの家だった。だがかほは家に入らず、横にあったガレージに向かっていった。
車が2台入るぐらいの大きさで、簡単な整備が出来るような感じだった。パッと見だと1年経っていないかぐらいだ。不思議そうにしている宗谷を差し置き、かほはガレージのシャッターを上げた。かほいわく、家族なら誰でも開けられるように合鍵を作っているのだとか。
シャッターがゆっくりと上がり、外の光りが薄暗いガレージの中に差し込む。その光りの先に、宗谷が見たことのない戦車が姿を表した。
「へぇー、こいつは珍しいな。2号戦車L型じゃねぇか」
2号戦車L型、通称ルクス(山猫の意)と呼ばれていたこの戦車は、2号戦車の改良発展型の偵察戦車だ。全てが真新しくなってしまい、元が2号戦車だとは思えない形になっている。
最高速度、ならびに武装に関しては、7,92ミリ機銃から20ミリ砲に、そして最高速度は40キロから60キロへと、元の2号戦車より強化されている。
1942年に試作車が完成し、その1年後に量産が始まった。しかし、ルクスよりも機動力が高い8輪装甲車プーマが量産され始めたことがきっかけで、100輌ほどで生産は打ち切られてしまった。
生産数は少ないが、2号戦車の発展型としては一番多かったと言われている。 宗谷はすっかりルクスに見いっていたが、1つ疑問が浮かんでいた。砲塔には大洗の校章が描かれているのに、学園の格納庫では無く、ここにあるのは何故なのか?
「ところで、何でここにあるんだ?まだ充分に使えそうなのに」
宗谷の質問にかほはルクスに近寄りながら答えた。
「このルクスはね、お母さんが預かってきたの。
かほが言うには、戦車道の1回戦が終わった1週間後にその乗員は辞めてしまったのだと言う。詳しい理由は分からないのだが、『諸事情で辞めることになった』とだけ聞かされたのだという。
そして何故ここにあるのかというと、乗員が戻ってくる可能性が皆無のため、協会側から廃車にするように言われたらしいのだが、みほは戻ってくる可能性も否定は出来ないと言い、ルクスの廃車を食い止めようとしていた。
しかし、使わない戦車を置いておいてもただの鉄の塊。あげくの果てに、学園長からも廃車命令が出てしまい、どうしようも無くなったときに思い付いたのが、『
学園の物ではなく、指導員の私物にすれば廃車にする必要は無い。ただし、必要経費は全てみほの負担となってしまった。しかし、杏を始めとした戦車道指導員のメンバーが手伝ってくれたことでどうにかここまでこれたといったところだろう。
それから1年間、悟子たち整備班がたまにオーバーホールをしたり、エンジンを掛けたりしていつでも走れる状態を保ってくれていた。しかし、乗員が戻ってくることは無かった。
かほからそう聞かされた宗谷は、ルクスが可哀想に見えてきた。誰にも乗られることもなく、戦場に赴くこともなくただただ埃を被ってガレージに閉じ籠っている。宗谷はルクスの乗員に会って、話がしてみたいと思った。
辞めた理由が『諸事情で』というのは説明不足にも程がある。何か別の理由があるのではと思ったのだ。
「なぁ、西住。元2号の乗員だった人の名前は覚えてるか?」
「え?えーっと、確か・・
翌日、宗谷は元ルクスの乗員に会いに行くため、普通科の教室を目指して学園内をうろついていた。乗員の名前は『
双子の姉妹で、車長兼砲手を担当した姉の琴羽と、操縦兼通信手を担当した妹の琴音が2人でコンビを組んで偵察任務を担っていたという。特に琴羽の情報収集には助けられた面が多かったとかほは言っていた。
黒森峰との試合でも簡単に敵の懐に入っていくという、くノ一と言えるほどの行動力を誇っていた。それなら、この間見たビデオにもチラッとしか写っていなかったのも納得がいく。
宗谷は一体どんな人物なのかをずっと考えていた。双子で同じ科目だったのだ、よっぽど仲が良いに違いない。そう思う一方で、どうして辞めてしまったのかという疑問も膨らんでいた。
かほが戦車道科を拒んでいたのは、母であるみほの過去を見たことで、恐怖心が先立っていたからだった。その2人が辞めた理由は未だに分からない。その一方で立てていた仮説は、家庭の事情が大きいのでは?と考えていた。
実弾を撃ち合いながら試合をするなんて、危険度が高い事をさせたくないという理由で、親から
そうでなければ、本当に自分自身の意思で辞めたとしか言いようがない。そして、普通科の教室にたどり着き、早速引き戸を開けた。
「ちょっと失礼するぜ」
宗谷の声が教室に響き、普通科の生徒が『キャーキャー』と歓声を上げ出した。かなり騒がしくなったが、宗谷は声を張り上げて黒江姉妹がいるか聞いた。
「あのー!ここに元戦車道科の黒江琴羽さんか琴音さんはいるか!?」
宗谷の声を聞き、近くにいた生徒が近寄ってきた。
「妹の琴音さんならいるよ。呼んでくるね」
そう言い、早速呼びに行ってくれた。宗谷が教室の外で待っていると、1人の生徒が出てきた。少しおずおずとしていて、控えめそうな雰囲気だった。宗谷が改めて名前を聞く。
「えっと、君がルクスの乗員だった黒江琴音さん?」
宗谷の質問に、ゆっくりとうなずきながら答えた。
「は、はい・・・・・そうです・・・・・。あの、どんなご用ですか?」
「今は君だけしかいないみたいだから、お姉さんと一緒に放課後屋上に来てくれないかな?用事があるなら断って良いからさ」
琴音から話を聞いても良かったのだが、姉である琴羽と一緒に聞いた方が良いだろうと思い、2人を誘うことを選んだのだ。琴音はこくこくとうなずいた。
「わ、分かりました、伝えておきます・・・・・」
琴音はそっと教室に戻っていった。何となく想像していた通りだった・・・・・いや、想像以上に大人しい。人付き合いが苦手と言うべきか、男子と話すことが苦手なそうな反応をしていた。
そんな状態を見て、人付き合いが上手くいかず、環境に馴染めずに辞める道を選んだのではないかと新に推測を立てた。あくまでも可能性としての話なのだが、
そして放課後、宗谷は整備を早めに切り上げて屋上に来ていた。待ち始めて約17分、来る気配は全く無い。空を見上げ、雲の流れをボーっと見ていた。あと少ししたら帰ろうかと思っていた時、後ろから2人の女子の声がしてきた。
「何で私が行かなきゃいけないのよ、もう関係は無いって言うのに」
「そんなこと言わないでよ、話がしたいってわざわざ来てくれたんだから」
そんな声がする方向に視線を変えると、さっき話をした琴音に続いてもう1人女子生徒がいた。不満そうな顔をして、宗谷をじっと見ている。
この女子生徒が、琴音の姉である琴羽だ。琴羽は小さくため息をついた後、宗谷に質問を吹っ掛けた。
「私たちを呼んだのはあんた?確か、旭日なんちゃらとかいう隊長でしょ?」
「そこまで知ってるとはありがてぇな。改めて紹介するけど、旭日機甲旅団隊長兼、チリ車長の宗谷佳だ」
ビシッと敬礼する宗谷に、琴羽は一息つく間を入れずに質問を続けた。
「で?私たちを呼んだのは何でなの?私これでも忙しいからちゃっちゃと済ませて」
妹の琴音とは正反対で、気が強そうな性格だ。2人の女子校生の顔は瓜二つだった。あまりに似ていたので呆然としてしまったが、早く帰りたそうにしているので前置きなしで話を振った。
「じゃあ単刀直入に、戦車道科に戻ってこないか?」
琴羽は悩んだ様子を見せること無くすぐ質問に答えた。
「お断りよ。戦車道とはもう縁を切ったの、私たちには関係ないわ」
戦車道に対して、縁はないと言い切られてしまった。だが諦めずに説得を続ける。
「そんなこと言わずに頼むよ、君たちが戻って来れれば、本当に助かるんだ」
「あんたたちにはサイドカーがあるでしょ。私たちが乗ってたあんな旧式戦車よりはマシよ」
琴羽はそう言い残すとさっさと行ってしまった。一緒にいた琴音もその後を追うように慌てて去っていった。宗谷はフウっと息を吐いた。
寮に帰った宗谷は、福田と岩山に今日のことを話していた。
「嘘ついてる?その・・・・・黒江琴羽さんが?」
疑問を持っている岩山に、仰向けに寝転がっている宗谷が答えた。
「ああ。縁を切ったって言い切ったくせに、陸王を使っていたことを知ってた。本当に縁を切ってたら試合のことなんて眼中に無いだろ?」
宗谷はそう言うが、試合の状況に関しては全国的に放送される。その時にたまたま知ったのでは?と2人は疑問を抱いた。宗谷は体を起こし、福田の方を向いた。
「福田、明日は西住の家に行くから、お前も付き合え」
「え?俺も!?」
福田も誘われたものの、何で一緒に行かなければならないのかが分からなかった。理由を聞いたものの、明日になれば分かると言われただけだった。
そして翌日の放課後、宗谷と福田はかほの家を訪ねた。かほがガレージの扉を開け、宗谷はルクスに近寄って操縦席のハッチを開けた。
「福田、操縦席につけ。軽く一回りするぞ」
宗谷はルクスを走らせてあげようと思い、福田を連れてきたのだ。だが福田は唐突に操縦をやることになり戸惑った。
「・・・・・俺ドイツの戦車なんて操縦したこと無いぞ」
「昔は装甲車操縦してたんだろ?戦車を操縦するんじゃなくて、装甲車を操縦すると思えば良いのさ」
宗谷がルクスに乗り込み、鍵を福田に投げ渡した。福田は浮かない顔をしていたが、内心はとても楽しみにしていた。外国の戦車に乗ったことが無かったため、どんな構造なのかがずっと気になっていた。
外国でも日本でも構造は似たようなものだ、操縦出来ないことはないだろう。福田が操縦席に座り、エンジンを始動しようと鍵を捻った、が・・・
『キュンキュンキュン・・・・・』
「・・・・・あれ?掛からないぞ?」
何度もキーを捻ったがエンジンは掛からなかった。常に整備をしてきたと聞いたので掛からないはずはない。やり直し続けている福田を見かね、宗谷が操縦席に座った。
「エンジンが掛からないなんてあるわけ無いだろ?掛け方が悪いんだろ・・・・・」
と言いつつ鍵を捻ったが、宗谷でもエンジンは掛からなかった。
「あれ?本当に掛からないな」
燃料計を見たが満タンになっている。何故掛からないのか模索していると、かほが近寄ってきた。
「その・・・・・今さら言うのもあれなんだけど、
「動かなくなった?」
「うん。中島さんたちがちゃんと見てくれているんだけど、全然ダメなの」
かほはそう言っていたが、宗谷は掛け方にコツがあるのではと思い、また明日琴音に聞いてみることにした。
翌日、宗谷は琴音にエンジンを掛けるコツを聞きに行った。しかし、特にコツらしいことは何1つ無かった。やっぱりエンジントラブルだろうか、そう思い直した。
そしてまたかほの家を訪れ、点検させてほしいとせがんだ。そんなことはしなくて良いと言われたのだが、どうしても気になっていたこともあるため、しつこく頼み続け、かほに『うん』と言わせたのだった。
福田たちには遅くなるとだけ伝え、1人で点検を始めた。黙々と分解していき、燃料系統、電気系統を確認したものの、異常は見られなかった。詰まりも無ければ配線の切れ1つ無いのだ。それでもエンジンが掛からないのは不思議で仕方なかった。
分解した箇所を元通りに戻し、再度始動を試みたが、エンジンは掛からなかった。そこで思いついたことは、外では無く、中に異常があるのではと思った。
確証は無いが、他に思い付く節はない。今日はここで引き上げ、また明日本格的なオーバーホールを実施することにしたのだった。
翌日の夕方、今度は水谷と北沢を引き連れてルクスのオーバーホールを学園の格納庫で実施していた。みほには事前に断っておいたので、何のためらい無しにオーバーホールが出来る。
ただ水谷と北沢はオーバーホールの経験がほぼ無いため、宗谷の指示のもと、手探りでオーバーホールをしていた。エンジンを下ろし、プラグや配線等を外し、ピストンをシリンダーから取り出した。
そして1つ1つじっくりと点検していったが、結局問題は無かった。これだけ点検しても異常は無いのにエンジンは掛からない。一体どういうことなのだろうか?
「なぁ、これ本当にエンジントラブルなのか?」
水谷に指摘され、宗谷もただ単にエンジントラブルだとは言い切れなくなった。部品に異常は無い、それなのに掛からない。そしてまた組み直した後、もう一度掛けてみようとしたが掛からなかった。
燃料もバッテリーも最良の物にして再度試してみたが結果は同じ、宗谷はすっかり頭を抱えてしまった。
「何だか、エンジン掛けられるのを嫌がっているみたいだな」
北沢の一言に、宗谷はある結論を見いだした。『ルクスが、あの2人を待っているんだ』、と。宗谷がそうポツリと呟いたが、2人は全く信じる気は無いらしい。
「おいおい、
「そんなおとぎ話みてぇなこと、信じられないよ」
2人はそう言うが、宗谷は1つの考えとしては捨てがたいものだろうと思っていた。『物にも心はある』、と。
翌日の昼、宗谷はまた琴羽を説得しに向かっていた。相変わらず断られ続けていた。
「何っ回も言うけど、私は戦車道科に戻る気は無いの!!」
「そんなこと言って、本当は戻りたいんだろ?戦車道科に」
その一言に一瞬動揺したが、すぐに平常心を取り戻した。
「どんなに説得しても私は戻る気は無いの!!もう来ないで!!!」
琴羽はそう捨て台詞を残して去っていった。
「あっちゃ~、嫌われちまったみたいだなぁ」
頭を掻きながら早足で去っていく琴羽を見つめた。
「そこにいるんだろ?琴音さん」
ポツリと呟いた後、廊下の角から琴音が出てきた。話がしたかったので呼んでいたのだ。
「ごめんなさい、お姉ちゃんがあんな風な対応しちゃって」
「いや、気にすることはねぇよ。あ、それより戦車道科に戻らない?」
戦車道科に誘うことだけは忘れていなかった。だが、丁重に断られた。
「あ、あの・・・・・お姉ちゃんが戻らないなら私も戻る気は、無いです」
「やっぱり?じゃあ姉さんを説得するしかねぇか」
冗談ぽく言う宗谷に、琴音は苦笑いだった。その後に、宗谷が質問をする。
「なぁ、何であんなに頑なに断るのか教えてくれよ。君は妹だから、何か知ってるだろ?」
そう聞かれ、琴音は答えるかどうするか迷う素振りを見せたが、聞いたことを内緒にすることを約束した後に答えてくれた。
「実はあの時、お姉ちゃんが報告をするときにミスをしてしまったんです。もしかしたら、それを気にして戻りたくないって言っているんじゃないかと」
その理由を聞き、宗谷は少し呆れた表情を見せた。確かにミスをしてしまえば誰でも気にするものだが、それだけであそこまで拒否するとなると呆れて物も言えない。その表情を読み取ったのか、琴音は慌てて訂正した。
「その、戦車の位置を読み間違えたとかじゃないんです。報告の仕方に問題があって・・・・・」
「報告の仕方に問題があったってどういう意味なんだ?普通に通信機を通して話せば問題ないだろ?」
イマイチ理解出来ていない宗谷に、琴音は携帯を出して、録音していた音を宗谷に聞かせた。声は無く、『トトトー、トトトー』と言った音しかしなかった。流石の琴音でさえも分からないらしいが、宗谷は何処かで聞いたことがあるような音だった。
琴音の携帯の音を録音したのち、一先ずここで退散ということにした。ルクスのことが気になっていたこともあるので早足で帰っていった。
寮に帰宅し、就寝前にもう一度例の音を聞いていた。どっかで聞いた音だなぁと何度も思いながら聞いていたが、全く思い出せなかった。
「さっきからヘッドホン付けて何やってんだ?」
福田が覗き込むように声をかけてきた。
「ああ、琴音さんの携帯に録音されてた音を聞いてたんだよ」
そう言うと福田にも音を聞かせた。そしてすぐに音の正体を突き止めた。
「これ『※モールス信号』じゃねぇか。今どき使う奴とかいるんだな」
「モールス信号・・・・・?あ!そうか!近衛の時に覚えさせられたんだ!」
今さらになってようやく思い出せた。近衛時代の1年生の時に覚えさせられたのだ。通信はモールス信号で行うことが絶対条件だと言われていたから。
しかし、この信号を使ってしまったことがミスの原因とはどういうことなのかと思ったが、この信号を読み取ったことで全て解決した。
どうやら敵戦車の位置把握のために送ったもののようだ。そして、その信号を訳したものがこれだ。
『サンジノホウコウ、ジュウセンシャセッキン』
つまり、報告をこのモールス信号を介してしていたことで混乱が起きたのではと宗谷は睨んだ。この信号を知らない人からしたら理解出来ないのも当然だろう。
確証は無かったが、それしか思い当たる節はない。明日はまた聞き込みから始めなければならないだろう。
翌日、かほから聞いてみると、モールス信号が理解出来ずに混乱が起きかけたらしいのだが、モールス信号を使ったのは1回だけらしい。
たった1回使っただけでミスしたと思ってはいないだろう、かほのように別の理由があるのではと宗谷は思っていた。
そして問題のルクスに関しては、いまだにエンジンは掛からないままだ。30年以上戦車の整備を担当してきた悟子たちでさえも動かせないのだ、宗谷の言っていたことがただのおとぎ話とは思えなくなってきた。
宗谷が言うように、『物にも心はある』ということだろう。だとしたら、ルクスはこのまま一生動くこと無く生涯を終えることになってしまう。琴羽のように、ルクスも頑固者なのだろう。
だがそうこうしていたら廃車にされてしまうかもしれない。協会側から言われていたのだから、そう言った最悪の結果になってしまうことも可能性の1つと考えるのが自然だろう。
しかし黒江姉妹は戻る気はないと言っている、どうしたら良いのだろうか?悩んだ末、1つ作戦が浮かんだ。
そして放課後、また琴羽の説得に向かっていた。相変わらず断られている。
「しつっこいわね!これ以上は関わらないで!!戻らないって決めたんだから!!!」
「あーそう。まぁ、戻ってくる、こないは個人の自由だけどさ、このままだと君たちの相棒、廃車になるかもな」
宗谷は諦めたように言い残すと、そそくさと去った。聞き捨てならない一言を残して。
(な、何よ。
琴羽には聞き捨てられなかった。戦車道科とはもう縁を切った、そのつもりだった。そのつもりなのに、この寂しい気持ちは何なのだろうか。
『君たちの相棒、廃車になるかもな』
この一言が心に引っ掛かる。どうなっても関係無いはずなのに・・・・・
そして授業が終わり、帰宅しようと校門から出ようとした。しかし気がつくと、格納庫の方に向かって走っていた。廃車にしてほしくない!その一心で。
慌てて格納庫に駆け込み、回りを見渡した。しかし、ルクスの姿は何処にも無かった。宗谷が言ったように、廃車になってしまったのか・・・・・琴羽は膝から崩れ、うなだれてしまった。
その直後、琴音も慌てて駆け込んできた。宗谷から同じ事を言われ、居ても立ってもいられなくなったのだ。息を切らせながら、回りを見渡した。
「お姉ちゃん?あの2号戦車は?」
「・・・・・無かったわ、きっと廃車になったのよ・・・・・」
「そ、そんな・・・・・」
琴音も同じように膝から崩れ、涙を流した。縁は確かに切れていたかもしれない、だが戦車との絆はそう簡単に切れるものではなかったのだろう。
泣く琴音に、琴羽は悔しそうに握りこぶしを作った。もうルクスはいない、そう思いながら。
「やーっぱし来たか、そうだろうと思っていたけど」
声がする方向に視線を変えると、宗谷が入り口に立っていた。何故かニッと笑っている。
「何が可笑しいのよ・・・・・フン、戦車道に戻らなかった結果だって笑うんでしょ?私たちの戦車は、廃車になったって」
「おいおい、『
その一言に、2人は宗谷に駆け寄った。
「じゃあ、私たちの戦車は何処にあるのよ!!」
迫る琴羽に、宗谷は何も言わずに指を指した。その方向を向くと、日の光で埃が目立っているルクスが停まっていた。動かないのでチリ改を使って牽引してきたのだ。その光景を見て安心したのか、琴音はヘナヘナと座り込んでしまった。
「な?言ったろ?廃車になるかもなって言ったけど、廃車にはなって無かっただろ?」
笑っている宗谷に、琴羽が怒りをあらわにしながら思いっきり掴みかかった。
「どういうことよ!!私たちを騙したの!?」
宗谷は激怒する琴羽の手を払い、冷静に事の発端を説明した。
「落ち着けよ、俺は
もし、本当に縁を切ったのなら戦車が廃車になってもどうとも思わないだろうと思って立てた作戦なのだ。駆け付けてきたということは、まだ戦車道に対しての未練が残っていると言うことになる。宗谷の説明を聞き、琴羽はより一層怒ってしまった。
「ふざけないで!!こんなことで私たちが戦車道科に戻るとでも思った!?もう帰るわ!!」
琴羽は琴音の腕を掴み、早足で去ろうとした。
「
その一言に足が止まった。
「待っているなんて、そんなハチ公みたいな事あるわけ無いじゃない」
琴羽は信じていない様子だったので、これが証拠だと言わんばかりに鍵を回した。案の定、エンジンは掛からない。
「それが何よ、ただのエンジントラブルでしょ?」
「いいや、ただのエンジントラブルじゃないんだよ。いくらオーバーホールしても、最良の燃料を使っても動かないんだよ。今は
「はっ・・・・・そんなこと、信じれるわけ無いじゃない」
琴羽は振り向く事無く歩き出した、宗谷は引き留めるように言った。
「このまま別れを告げずに去っちまったら、こいつは一生悲しむぞ。それに、君もいつかはきっと後悔するぜ」
宗谷はそう言ったが、琴羽は振り向かず、何も言わずに琴音を連れて去っていった。その様子を見ている宗谷に、ルクスの陰に隠れていた福田が姿を現した。
「あーあ、結局失敗じゃねぇか。何でそこまでして説得するだよ、もう戻ってこないだろ?」
「・・・・・あの時の西住と同じ目をしているんだよ。本心を伝えられない、悲しそうな目をな」
宗谷がルクスを見ると、何処か寂しそうに見えた。福田が言うように、もう戻ってくることはないかもしれない。だが宗谷は絶対に戻ってくると。
(あ、そう言えば。何で辞めたのか、その理由を聞きそびれちまったなぁ・・・・・)
そして、決勝戦まで残り1週間。大洗にはいつもと変わらない朝日が昇っていた。宗谷たちはいつものように学園に向かったが、校門前まで来ると何故か騒がしくなっていた。
早足で近づくと、1輌の戦車とその上に女子生徒が1人乗っていた。戦車は学園の物じゃないし、生徒も見たことがない。
「大洗女子学園!親善試合を挑みに来たわ!さぁ、我が『アンツィオ高校』と勝負しなさい!!」
いきなり親善試合を申し込んできた。どうやら別の高校で、試合をしに来たようだ。宗谷たちは戸惑いを隠せなかった。
※解説
モールス信号
『
ちなみに『ハーメルン』をモールス信号に変えると、『
今回も読んでいただきありがとうございました。
戦車道科に戻る気は無い黒江姉妹、そんな時にアンツィオ高校からの唐突な親善試合の申し込み。
取り残されてしまったルクスの運命はどうなってしまうのでしょうか?
感想、評価お待ちしています。
余談になりますが、章で出てきた『サンジノホウコウ、ジュウセンシャセッキン』をモールス信号にすると、
『
となります。