偵察戦車を増やそうと考えている宗谷に、かほは忘れ去られた偵察戦車『ルクス』を見せた。
乗員がいなくなってしまったために、廃車寸前になっていたのだ。しかし、ルクスは重大な欠点を抱えていた。ところが、その原因は乗員である黒江姉妹たちに戻って来て欲しいと願っているからだった。
宗谷は黒江姉妹に説得を試みるが、結局失敗に終わってしまう。その翌日、突然大洗にアンツィオ高校の生徒が練習試合を持ち掛けてきた。
『こいつは君たちが帰ってくるのを待っているんだぞ。それでも戻る気は無いって言い張るのか?』
琴羽の心にはこの言葉が心の中をずっと横切っていた。そんな時に思い出すのは、1年前に辞表を出しにいった時のことだった。
1年前、『戦車道科を辞めたい』と思ったのは1回戦目が終わった3日目のことだった。あの時は2人揃って転籍届けを出しに行き、普通科への転籍をお願いした。杏は何故辞めたいのか、その理由を聞き出していた。
「えっと、戦車道科を辞めて普通科に転籍したいって事だけど・・・・・どうして辞めたいって思ったのかその理由を聞かせてくれない?」
「・・・・・私たちは西住さんたちのように立ち回ることなんて出来ないので、迷惑を掛けてしまうのがオチです。だから、これ以上迷惑を掛けないためにも、辞めさせていただきます」
「つまり・・・・・実力の差を感じて辞めたいと思った、と言うこと?」
杏からの一言に琴羽は静かにうなずいた。琴音は「姉が辞めるなら自分も」とついていく形で転籍を頼んだ。しかし、杏は「実力に差なんて無いよ」と言い、転籍はしないことを進めたが、琴羽の意思は固かった。
ずっと頑なに転籍したいと言い続ける琴羽に、杏は辞めたいと思ったきっかけを聞いてみた。
「・・・・・穂香から話は聞いたよ。報告に、モールス信号を使ったらしいけど、まさかそれだけで辞めたいって思った訳じゃないよね?」
「モールス信号を使ったのは事実ですが、それとこれと話は別です。さっきも言ったように、迷惑を掛ける前にここを去るだけです」
琴羽は同じことを言い続けていたが、誰も迷惑だなんて思っていなかった。モールス信号を使われて混乱は起きかけたが、かほの冷静な判断でどうにか持ち直せた。
そしてその後の試合でも、ルクスと一緒に大洗チームに貢献していた。試合には負けてしまったが、チームとしては良い動きをしていたのではと杏は思っていた。
そんな時に辞められては、チームとして成り立たなくなる可能性もあった。だからこそ、転籍はしない方向で考えて欲しかったのだが、説得は無駄に終わってしまった。
杏は残念そうにしていたが、琴羽は後悔すらしていない様子だった。今は元戦車道科の指導員たちの娘が戦車道科を引っ張っている。自分達がいなくても戦車道科はやっていける、そう思っていた。
それから半年もしないうちに、戦車道科が廃科になるかもと聞かされた。琴音は戻ることを進めたものの、琴羽は絶対に戻らないと拒否し続けていた。辞めてしまった科目に、もう居場所はないと思っていたから。
そして1年後、普通科の生徒として馴染めていた時に旭日機甲旅団が戦車道科に加わったことを知った。かなりのエリート揃いだと言われていたので、絶対に戻らないという意思はより一層固くなっていった。
そんな時に宗谷が現れ、戦車道科に戻らないかと誘ってきたのだ。当然戻る気など無かったが、試合の時に乗っていたルクスが戻ってくると信じているんだと聞かされ、意思は揺らいだ。
そして次の日から、戦車道に戻るか否かを迷うようになっていた。ルクスが廃車になるかもと聞かされて、ほっとけなかったのは事実だ。ただ今さら戻ったところで戦車道科の生徒たちは受け入れてくれるのだろうか。
そんなことを考えていたら、戻ろうという意思も少しずつ薄くなっていった。
そして大洗女子学園はいつもと変わらない朝、とは言いがたい状況に置かれていた。突然現れたアンツィオ高校の生徒に、翻弄されっぱなしだった。
イタリアの戦車を主に保有しているアンツィオ高校は、1回戦目の聖グロ戦で惨敗してしまったと聞いている。そんな学校が、何故決勝戦前の大洗女学院に来たのか、さっぱり分からない。
勝負を挑みに来たのは、『アンチョビ』こと
その他にも、今千代子の踏み台にされているP-40重戦車と、セモヴェンテM41と言った自走砲を配備している。みほとの試合の時にも、この3種類の戦車が使われた。
そして科長室では、アンチョビと杏が話し合いをしている最中だった。アンチョビは相変わらず強きだ。
「37年前は負けたけど、今度こそは勝つわよ!・・・・・娘がね」
「フフ、あんたも変わらないねー、チョビ子。でも良いタイミングで来たと思うよ?丁度チリの改造が終わったとこだから
「フン、今のアンツィオ高校を甘く見て貰っては困るな。もうあの頃とは違うことを証明して見せるぞ」
自信に満ち溢れていると言わんばかりに胸を張るアンチョビに、杏は何かあるのではと思った。
「へぇー、新しい戦車でも導入したの?」
「フフフ、もうあの頃のアンツィオ高校ではないのだ!新戦車を5輌程調達して、攻撃体制は万全!もう1回戦目で苦汁をすすることも無くなる!」
「って言うわりには聖グロにボコボコにされたって聞いたけど?」
杏が痛いところをついてきた。折角新戦車を導入したのに1回戦敗退とはかなり情けない結果だと思ったのだろう。
「し、新戦車を導入したのは1回戦が終わったあとだ!ま、まだ本試合では使っていないんだ!」
図星なのかと言わんばかりに動揺している。まぁ本当なのかは定かでは無いので、これ以上の追求はしないことにしよう。と2人は話を戻し、どういった試合形式にするか話し合った。
決勝戦を控えているということもあるので、お互いにボロボロになるまでは戦わせないという方針で『フラッグ戦』で勝敗を決めることになった。
アンツィオ側の出場戦車は、P-40、セモヴェンテM41、そしてCV33、と言った主で使っている物ばかりだった。
新しい戦車も気になるところだが、一先ず纏まったので、早速試合を始めることになった。
一旦集められた大洗チームは、杏から、フラッグ戦であることを伝えられ、試合の準備に取りかかった。宗谷たちはテストを兼ねて、『S特ギア』を着装している。
そして、チリ改を格納庫から出すとき、宗谷の目に悲しげな姿をしているルクスが視界に入った。昨日の説得は失敗、琴羽の戦車道に対する思いは遠ざかってしまったように思える。だが、宗谷は信じていた。必ず戻ってくると。
「諦めろ、どうせ帰って来ねぇよ」
福田がインカムを通して宗谷に通信してきた。福田も昨日の現場に居合わせていたので、状況は良くないと察していた。戦車道に対して、あれほど拒否していたのだ、戻ってこないと考えるのが自然だろう。
杏にも説得に失敗してしまったことを報告したときも、「ああ、やっぱり?」とこうなることを予測しているかのような返事をしていた。
そしてもう一言、「これ以上説得しなくて良いよ。戻ってくるかも分からないし、戻ってきてまたすぐに辞められても困るから」と。
どういった理由であれ、一度辞めたことは事実。またすぐに辞めるのではないかと思っていたのだろう。しかし、宗谷は「あれは本心ではありません、説得は続けるつもりです」と答え、諦めの素振りを全く見せなかった。
福田は呆れていたが、宗谷は真剣だった。諦めないというより、『諦めきれない』と言った方が良いだろうか。かほの時のように、上手く説得出来れば帰ってくると信じていたから。
しかし、今は試合に集中しなければならない。試合が終わったら、また説得に行こう、そう思っていた。
試合は、アンツィオ高校の学園艦で行うことになった。黒森峰の備えとして、慣れてしまった場所でするより慣れない場所でした方が良いだろうと判断したのだ。
山岳地帯は高低差が激しいため、加速がかなり難しい。だが相手の攻撃力はそれほど無いため、後ろに付かれても多少の攻撃なら受け流す事ぐらい容易いだろう。
かほが立てた作戦は他の戦車を無視し、フラッグ車を追い詰めて撃破するというもの。CV33はかなり素早い動きをするため、そう言った戦車を相手にしていたら時間の無駄になる。
と言った点を踏まえて、なるべく速攻で勝負を決めようということらしい。慎重派だったかほが思い付きそうな作戦とは思えなかったが、こう言った作戦にも挑戦したいという意思だった。
その一方で、アンツィオチームは士気を高めている最中だった。作戦は試合前からずっと考えていたらしいので、確認は必要ないらしい。またP-40を踏み台にして、千代子がメンバーに激励の言葉を送っている。
「良いか!?我がアンツィオ高校は、聖グロに1回戦敗退という失態を犯してしまった!だがしかし!新たに導入したのだ!もう負けることはないぞ!」
この一言でチームの士気はヒートアップした。全員で揃って、『
試合開始2分前、チリ改の中ではS特ギアのインカムのチェックをしていた。以前のものよりもマイクの位置が口元に少し近づいているので、声は拾いやすくなっているはずだ。
チェックが終わり、試合開始を待っている最中、通信を介して作戦の確認をしていた。そんな時でも、宗谷だけは黒江姉妹をどうやって説得するかを考えていた。
〔宗谷!聞いているのか!〕
桃の怒鳴り声が耳に入ってくる。宗谷は慌ててを返事する。
「えぇ、はい!聞いてました!」
〔全く!ボーッとするんじゃない!相手は手強いんだ!集中しろ!!〕
インカムの電源を一旦切り、小さくため息をついた後にまた入れ直した。
(だめだなぁ、黒江姉妹の事ばかり考えてても仕方ないのに。だけど、絶対に戻ってこないって思いたくもない。
あいつらが一緒に過ごした時間は短かったかもしれないけど、絆はきっと強いものに違いないはずだ。きっとあるさ、そう簡単には切れない、絆がな)
〔それでは!これより、大洗女学院と、アンツィオ高校の親善試合を開始します!一同、礼!!〕
みほの声が会場に響く。一斉に礼を交わし、試合の準備は出来た。そして、空高く信号弾が打ち上げられた。
〔試合、開始!!〕
号令とともに戦車が一斉に動き出す。セモヴェンテやCV33はあっという間に加速し、いち速く山岳地帯に潜り込んでいった。
大洗チームは、山岳地帯に着くまでは行動を共にし、山岳地帯に入りしだい解散することにしていた。ただし、
「みなさん、アンツィオ高校との試合は初めてですが、決して怯まないでください。私たちの結束力を見せつけましょう!!」
〔〔〔〔〔〔〔〔おーー!!!〕〕〕〕〕〕〕〕
大洗女子学園の校舎では、普段通りに授業が進められていた。朝の朝礼で、戦車道科が試合をしているということは聞かされていたので、回りはどういった状況なのかが気になっていた。
授業中にひそひそ話が聞こえている中、琴羽は黙々と授業に打ち込んでいた。気になった時もあったが、今は関係ないと自分に言い聞かせ、授業に集中していた。
試合が始まり、13分が経過した。まだお互いに目立つ動きは見せていない。解散した大洗チームは、各自でマップの確認をし、どういった動きをするか考案していた。初めての相手、初めての戦場で、かなり緊張していた。
その一方で、
今は坂を登っているだけだが、頂上まで行ったら下って敵を探そうと考えていた。油断大敵と言わんばかりに汰恵は双眼鏡を使って回りを見渡していた。
今のところは何もないが、機動力が高いCV33に対しては勝てる自信があった。89中戦も負けず劣らずの機動力を誇っているはずだ。その点を踏まえれば・・・・・
「あ!後ろにつかれたわ!飛ばして!」
汰恵が声を上げた、後ろについたのは噂をしてたCV33だ。高速で接近しているので、一先ず待避することにした。堂々と立ち向かっても勝てそうだが、今はフラッグ車を見つけることが先決だ。
今は敵を倒すよりは逃げた方が良い、そう考えていたので戦いは極力控えた。相手は機関銃しか装備していないので、多少攻撃を喰らっても耐えられるはずだ。
早速攻撃を仕掛けてきたが、豆でも当たっているのかと感じるぐらいの感覚だ。このままなら逃げ切れる、汰恵はそう確信していた。
「汰恵ちゃん!ちょっと跳ねるよ!」
朱里が叫ぶと同時に2輌の戦車が跳ねる。そして、着地と同時に砂ぼこりが立つ。まるでラリーカーのレースを見ているような光景が広がっていた。
始めは登っていたが、今は方向転換して平地を走っていた。機銃の弾が装甲板に当たっていたが汰恵はお構いなしだ。だがこれ以上追いかけられるのは時間の無駄だと判断し、砲塔を180°旋回させて1発攻撃を入れた。
攻撃はCV33の下部に当たり、その反動でひっくり返ってしまった。撃破(?)出来たので車内は喜びに包まれていたが、そこからほんの数メートルしか走っていないところで、
『ドーン!!』
という轟音とともに、89中戦は横倒しになってしまったではないか!あまりに突然すぎる出来事に、4人は理解が追い付かなかった。汰恵が外を見ると、撃破した犯人が目の前にいた。
それはセモヴェンテM41でもなく、P-40でもなかった。アンチョビが先程から豪語していた、新戦車だ。その戦車は、撃破を確認したのか、さっさと去っていった。
そして、その報告が千代子に入ると大喜びしていた。新戦車の初試合としてはいい走り出しだと思ったのだろう。37年前だったら89式中戦を撃破するなんて不可能に近かっただろう。
そして4号には89中戦から撃破されたと報告が入っていた。撃破されたのは仕方がないが、かほはその報告に疑問を持った。
「・・・・・威力が違った?」
〔そうなの、ただのセモヴェンテとは思えないわ。だってひっくり返っちゃったんだもん。まぁ、それは置いておいて、1発目でリタイアしちゃったけど、後は任せたよ~〕
「分かりました、回収車が来るまでそこで待機しててね」
通信を切り、かほは少し考え込んだ。
(威力が違うってことは、P-40?でもP-40は見つかっていないよね。だけどセモヴェンテM41の砲撃でひっくり返ったりするかな?だとしたら、例の新戦車!?)
〔おい、西住。通信が1分近く無いもんだからやられたのかと思ったけど、大丈夫そうだな?〕
外を見るとチリ改が横についていた。かほはチリ改を見て、1つ頼み事を思い付いた。
「宗谷くん、陸王を出せない?新戦車がどんなものなのかが知りたいの、偵察は
「分かった。福田、操縦を代われ。旭日ライダー
「了ー解」
ライダースーツは無かったので、そのまま陸王の隠し場所に直行していった。そしてチリ改は再び単独行動に戻っていった。
「フッフッフッ、新戦車の調子は良さそうだな。このまま大洗女子学園を追い詰めてやれ!」
千代子はすっかり流れに乗っている、そして次の作戦に入ろうとしていた。
「あんたたち、『マカロニ作戦2』の準備は出来てんの!?」
〔バッチリです、予定の場所に設置完了ですよー〕
マカロニ作戦は過去にアンチョビが考案した作戦だった。張りぼてを使って位置をごまかそうとしようとしたが、数を置き間違えたことが原因でバレてしまった。
しかし、今回はあの時とは少し違うようで、張りぼてに少し細工を施しているようだ。
「我がアンツィオ高校は、絶対に負けんぞー!!待っていろよ、大洗女子学園!!」
陸王に乗り込んだ福田は、チリ改がいるから少し離れた位置を爆走していた。もうエンジン音がどうとかは全く気にしていない。
街道の脇道から入り込み、木々の間をすり抜けるように走っていると、突然目の前に敵戦車4輌の姿が見えた!福田は慌てて急ブレーキを掛ける。
「うぉっ!と、危ねぇー。見つかるとこだった」
〔どうした福田、トラブルか?〕
宗谷から通信が入った、慌てた声が聞こえていたらしい。インカムのマイクを近づけて答える。
「あー、悪い。トラブルじゃないんだけどさ、スポット9の交差点に敵戦4だ」
宗谷はその報告を聞き、それが
〔おい福田、それは
「あー、確か『マカロニ作戦』とか言ってたやつか。待ってろ、確かめてみる」
そういうと早速狙撃銃を取り出し、スコープを取り付けた。狙いを定め、トリガーを引く。弾は『パスッ』という音と共に、的に向かっていく。
『カァーン』
的に当たると共に、金属音が響く。福田は慌てて銃をしまった。
「ヤベ!本物じゃん!」
追い付かれる前にスロットル全開で逃走を図ると同時に、チリ改に向けて通信をする。
「宗谷、すまねぇ。スポット9にいる戦車は本物だ、金属音がしたから間違いねぇ」
〔了解、直ちにその場を離れろ。追い付かれそうなら応援を呼べ、無駄な戦闘はするなよ〕
「あー、心配すんな。言われなくてもそんなことぁしねぇよ・・・・・」
言いかけた瞬間、後ろにCV33が3輌も迫っているではないか!
「あ!?さっきのか!?悪い、通信切るぞ!」
逃走を図る陸王に、容赦なしに機銃弾が襲う。逃げ道に弾が当たり、土が跳ねる。速度の差はそこまで無いため、全く引き離せていない。
福田はどうやって振り切るかを考えたが、今のところ振り切る確率はほぼ零だった。
一方、普通科は休憩時間中だった。生徒は携帯で試合経過を見ていた。琴羽は無視し続ける、そのつもりだった。それなのに、気になってしまう、どうしてなのか。
「あ!フラッグ車がピンチっぽい!」
その一言にクラスがざわついた。琴羽は動揺している、フラッグ車が、ピンチ・・・・・
そして気が付くと教室を出て、琴音がいる教室に向かっていた。教室に着くと、大声で琴音を呼んだ。いきなり来たので戸惑っていた。
「ちょっ、お姉ちゃんどうしたの?」
「琴音、行くよ!」
琴音の手を引き、走り出した。ルクスがいる、格納に向かって。そしてルクスのもとにたどり着くと、すぐさまエンジンを掛けようと鍵を捻ろうとした、その時だ。
「あらら~?誰かと思えば黒江姉妹じゃない。こんなとこで何やってんのかな?」
声の主は杏だった。何故ここにいるのかは分からなかったが、今はそれどころではないのだ。琴羽が近より、頭を下げて頼んだ。
「お願いします!今日だけで構わないので、戦車道科に戻してください!!」
琴羽は、試合に途中参加させてほしいと頼んだ。科長である杏に認めてもらえば、参加は可能だ。ただし、認めてくれるかはまた別問題だ。
頭を下げ続ける琴羽に対して、杏の一言が刺さる。
「あなたたちは一度辞めているんだよ?それなのに、また戻りたいなんて、そんな都合の言い話は無いよ?」
「・・・・・あの時は、私の才能の無さに悲観していたんです。周りは小学校の頃から始めている人たちばかりで、ついていけてないって思っていたんです。だから、辞めようって思ったのかも知れません」
杏は今、琴羽の本当の意思を聞いた。偽りの無い、真実の意思を。静かに見つめる杏に、琴羽は泣きそうになりながら説得を試みた。
「だけど、宗谷さんに言われて気付けたんです。私たちには、2号戦車っていう相棒がいたことに。このまま何もしないで卒業したら、きっと後悔するって。だからせめて、2号戦車の最後の花舞台として出場させてください!お願いします!!」
深々と頭を下げる琴羽に続き、琴音も頭を下げた。杏はその様子を見て、小さく息を吐いた。
「・・・・・途中参加は、今回だけだからね?」
冷静な声と共に、琴羽はまた頭を下げた。認められるとは思っていなかったので、感謝していた。
「あ、ありがとうございます!!」
「それは良いから、早く行きなさい。試合が終わるわよ」
2人はルクスに乗り込み、出撃準備に入った。照準器、砲を確認し、エンジン始動を試みる。しかし、『キュンキュン』という音がするだけで、始動出来ない。
琴音は焦り、何度も掛け直した。その様子を見て、琴羽は心の中で叫んでいた。何も言わずに立ち去ってしまったこと、そして今までずっと放置していたことに対して。
(お願い!動いてよ!!あなたを置き去りにしたことは謝るから!今大洗チームがピンチなの!!ちゃんと、ちゃんと謝るから・・・!!)
一方、4号と3突のチームは、新戦車に苦戦を強いられていた。新戦車は『セモヴェンテM41M』という、自走砲だった。従来のタイプなら戦闘室はむき出しなのだが、安全性考慮のために壁を増設している。
武装は90ミリ砲が1門のみだが、その90ミリがかほたちを困らせていた。山岳地帯でも長射程を活かした戦い方をしていたと言われ、ドイツにも供与された。
先程89中戦が飛ばされたのも、この90ミリ砲がほぼ零距離で炸裂したことが原因だ。さらにこのM41Mが4輌もいるのだ、対応がかなり難しいのも無理はない。
そして今は、見えない敵の攻撃を受けながら反撃をしていた。相手は恐らく高台の上から撃ち下ろす形で攻撃していると思われる。距離を取られた上に、見えない位置からの攻撃、これでは
相手の位置が分かれば難しいことはない、だが偵察に出たM3はセモヴェンテに追われ対応中、そして陸王はいまだに振り切れていなかった。慣れない山岳地帯で逃げるのは苦労しているらしい。
つまり、今この状況で偵察の任に付いている戦車は1輌もない、ということになる。2輌の戦車は最大仰角で撃ち上げ、敵の位置を把握しようとしていたが、それだけで位置を知るのはかなり難儀だ。
さらに悪いことに、砲撃音が響いていたので逆に位置が知られてしまっていた。そこにM41が迫っていた。あと少しで射程圏内に入られるところだったその時だ!
〔4号!4時の方向から敵戦車接近中!直ちに待避せよ!!〕
突然入ってきた通信、その主が誰なのかは分からないがすぐ言われた通りに動き、事なきを得た。そして、すぐにその場を離れた。ここに敵戦車がいたとなれば、情報は伝わっているに違いない。
M41は逃げる2輌を追いかけようとするが、別方向から攻撃が来ていたので下手に動けない。木々の間をすり抜けるような攻撃に、待避するしかなかった。
「一体何なの!?何処からの攻撃なのよ!」
車長が辺りを見渡したが、結局それらしいものは何1つ見つからなかった。今のは、何だったのだろうか?
場所は変わり、スポット17。そこでは陸王とCV33のカーチェイス(?)が行われている真っ最中だった。陸王の武装は前方固定なので後ろへの攻撃が不可能な状態だった。
「くっそー!振り切れねぇ!誰か手を貸してくれーー!!」
思わず叫んだ福田のもとに、助け船が現れた!それはチリ改ではなく、4号でもなく、ルクスだった。
「は?え!?な、何で
混乱する福田に、ルクスからの通信が入る。
〔ここは私たちが食い止める、あなたは早くフラッグ車のもとに急いで!〕
「わ、分かった!頼むぞ!」
福田には、黒江姉妹が乗っていることにすぐに気づいた。そしてチリ改に、ルクスが参加していることを伝える。宗谷はフッと笑った。「やっぱり帰ってきたか」、そう言っているかのように。
琴羽は久しぶりの攻撃に苦戦気味だったが、少しずつ勘を取り戻していた。CV33は砲搭が旋回出来ないため、小回りが効くルクスが有利だ。琴音も操縦手としての勘を取り戻し、あの時と同じように操縦していた。
「お姉ちゃん!敵の後ろを取るよ!!」
「オッケー、そのまま行っちゃって!!」
車内は弾んだ声が響き渡っている、あの時とは比べ物にならないほどに生き生きとしていた。戦車道の楽しさを思い出しているかのように。
装填から射撃までを担当する琴羽、そして操縦と通信を担当する琴音の息はぴったりだった。CV33の乗員は、この素早さに付いていくのに精一杯で、攻撃をする暇すらない。
それでもどうにか反撃を続け、ルクスを窮地に追い込もうとする。しかし、ルクスは全く怯まなかった。攻撃力の差はかなりあるものの、機動力の差は差ほどない。
琴羽は一気に畳み掛けようと、トリガーを引く!
「何だと!?新手が参加している!?」
千代子には、ルクスが突然現れたという報告が入っていた。どうしているのか理由は分からないが、今は
暫く茂みの中で待機していたが、そろそろ動く頃合いだろうと見切った。ルクスの情報収集力の高さは聞いていたので、見つかる前にここを去ろうということだ。
しかし、その判断は間違いだったようだ。去ろうとするP-40に向けて砲弾がかすった。偶然にも目の前に4号がいたのだ。1発目は外してしまったが、今度はそうはいかない。
その横から今度は3突の攻撃がP-40に向かって攻撃を仕掛ける。しかし木に弾が当たってしまい、命中とはならなかった。逃げるP-40、そして後を追う2輌の戦車。
お互いに木々の間をすり抜けながら攻防を繰り広げていた。車体が右に左に揺れ、照準がブレる。流石の五十鈴でも狙うのは厳しそうだ。五十鈴がうなり声を上げている。
「う~~、全然狙いが定まりません。この揺れどうにか出来ませんか?」
そんなことを言われても木々の間を通り抜けているのだから出来るわけがない。撃ってみるものの、やはり当たりはしない。
そこにチリ改も加わり、88ミリ砲がP-40に襲いかかる!他の戦車は対応に追われて駆け付けられそうに無いので、この3輌が勝負を決めなければならない。
そのまま追いかけ続け、P-40が旋回した先には、さっき福田が見つけた4輌の戦車が待ち構えているではないか!
「ッ!全車減速!!」
「いや、このまま突っ込め!!」
宗谷は反対の指示を出した!目の前に戦車がいるというのに、突っ込むなんてもっての他だ!4号、3突は減速したが、チリ改はそのまま進み、副砲を1発斉射した!
そして副砲弾は、敵戦車に命中したが、その戦車は『ガィーン!!』と音を立てて横倒しになってしまった。福田が見つけた戦車は、本物ではなく精巧に作られた張りぼてだったのだ。
また戦車の位置を誤魔化そうとしたのだろう、しかし引っ掛かったのはサイドカーに乗っていた福田だけ。ちなみに宗谷がどうして見分けられたのかというと、接近しているのにも関わらず、反撃の様子が全く見られなかったからだという。
そして張りぼては木工製だったのに対し、今回は金属製で出来ている。狙撃銃で撃ったので判別出来なかったのだ。そして千代子は、セットした生徒に話をしている最中だった。
「私たちの逃げ道に置くなってあれほど言っただろう!お陰で敵にバレたぞ!!」
〔すんませーん、まさかそこが逃走ルートだとは思って無かったんです〕
「まぁ、良いわ。とにかくすぐに応援に来て!敵に追いかけ回されているの!」
〔了解です!すぐに駆け付けますよ!〕
通信を受け取ったM41Mが救援に向かう!しかし、救援は間に合わなさそうだ。逃走を続けるP-40の目の前に、ルクスが現れた!
先程のCV33は既に撃破していた。ギリギリの勝負だったが、見事に制したのだ。目の前に立ち塞がり、何をするのかと思っているとP-40に突進して動きを止めた!
「西住!早く!!」
琴羽の声がかほに伝わる。そして、『撃て!!』の一言でP-40のエンジンルームに向けて砲弾が炸裂する!『バガァーン!!』と轟音を立て、フラッグ車を撃破した!
〔アンツィオ高校フラッグ車、走行不能!よって、大洗女子学園の勝利!!〕
会場は歓声に包まれ、親善試合は幕を閉じた。
撃破された戦車の回収も終わり、後はそれぞれの学園艦に戻るだけになった。かほたちは無事に勝利出来たことを喜んでいた。そんなところに、千代子が手を叩きながら歩いてきた。
「いやー、完敗だったよ。さすが、黒森峰とほぼ互角の戦い方をしただけあるね。この勢いで、決勝戦も勝ってよ」
千代子から激励の言葉を貰い、かほは「絶対に勝ちます!」と元気に答えた。そこへ今度は千代美がやって来た。聞く限りだと、試合の終わりには必ずやる恒例行事らしい。
会場に戻ると、屋台が出回り、大量の椅子と机が並べられていた。試合に関わった生徒、スタッフに対しての感謝の気持ちとして、毎回やっていることらしい。そして、楽しい宴が始まった。
アンツィオ高校の生徒が振る舞うイタリア料理を食べながら、笑い声を響かせる。旭日の6人も、この宴を楽しんでいた。
しかし、黒江姉妹はここにはいなかった。2人はルクスのもとに、別れの言葉を告げに行ったのだ。
2人は傷だらけになってしまったルクスの前に立ち、1人ずつ別れの言葉を送った。まずは、琴羽から。
「あの時とは何も言わずに置き去りにしちゃってごめんね。あなたが廃車にならなくて、本当に良かったと思ってるよ。だけど、角谷科長との約束なの・・・・・私たちはこれでお別れよ」
「きっと、すぐに良い乗員が見つかるよ。私たちよりも、ずっと良い乗員がね」
「それじゃあ、もう拗ねたりしないでね。さようなら、行くよ、琴音」
『さようなら』、この言葉が悲しく響く。そして2人は、学園艦に戻るために歩き出した。
「何処に行くんだ?折角試合に参加出来たって言うのに、また出ていくつもりか?」
目の前に宗谷が立っていた。琴羽は、何処かすっきりとした表情で答えた。
「もう良いのよ、私たちの戦車道は終わったわ。それに、ちゃんと別れるって言ったから、もう大丈夫よ」
「だったら、何故君は泣いているんだ?」
宗谷に指摘されるまでは気がつかなかったが、琴羽は涙を流していた。泣くつもりなんてなかった、それなのに、何故涙が溢れるのか・・・・・
「さっきの試合で、戦車道の楽しさを思い出せたんじゃないのか?仲間と一緒に戦って、勝利する。その楽しさを思い出せたんじゃないのか?」
「・・・・・そうよ。あなたが言ったこと、全部当たってる・・・・・。だけど・・・・・だけど私たちはもう戦車道科には戻れない、角谷科長には今回だけっていう約束だから・・・・・」
ポロポロと涙を流す琴羽、そして慰める琴音に、宗谷は何も言うことは無かった。
「・・・・・今こんな気持ちになるんなら、辞めなければ良かった・・・・・」
「じゃあ戦車道科に戻ってくる?」
声の主は杏だった。さっきは「参加は今回はだけ」と言っていたのに、「戻ってくる?」とはどういう事なのか?
「だ、だけど・・・・・参加は今回だけだって・・・・・それに、あの時に転籍届けを出して、受理したはずじゃ・・・・・」
「私は
その一言に、琴羽はヘナヘナと腰を落とした。そして、杏の陰からかほが出てきた。
「あなたたちが情報をくれたから私たちは撃破されなくて済んだんだよ?それに、次の試合相手は黒森峰だから、情報収集が得意なあなたたちが戻ってくれたら本当に助かるんだけど」
「・・・・・こんな私で良いの?一度辞めた、この私で・・・・・」
「戻ってくるって言う意思があるなら、辞めたとかは関係ないよ。だって、あなたたちは最初から今まで、戦車道科の一員でしょ?」
かほが手を差し出した。琴羽はその手を取り、また涙を流した。待っていたのは、ルクスだけではなかった。戻ってくることを願っていたのは、かほも同じだった。
「あなたたちの担任には私から話を付けとくから、戦車道科に戻っておいで」
琴羽はこくこくとうなずいた。もう戻らないなんて言わない、もう辞めるなんて言わない。最後の最後まで、戦車道科の生徒としてやっていくことを固く誓った。もちろん、琴音も。
会場に戻る琴羽たちを見ながら、杏がポケットの中から受け取った辞表を出した。まだ手の中にあったのだが、もうこれは必要ない。半分に破り、ゴミ箱の中にこっそりと捨てたのだった。
翌日、格納庫前で新入生の歓迎を行っていた。いや、新入と言えるのだろうか。
「今日からまた、戦車道科に戻って戦車道をやります!よろしくお願いします!」
「操縦手として、恥じない行動を取らせていただきます!」
張り切った声と共に拍手が響く。そして練習に入る前に、福田が宗谷に話をしていた。
「忘れてたよ、お前には人を見る力があるってことをな。旭日を結成するときも、何だかんだありながら、呼び込んだやつ全員来たからな」
「そう言うことさ。さぁ、練習に行くぞ!次は黒森峰だ!!」
場所は変わり、西住邸。しほとまほ、そして夏海が居間で話をしている。
「夏海、あなたは唯一真の西住流を受け継いだ者、相手が何であろうと絶対に手を抜かないように」
「はい、お婆様。相手が男であっても、元近衛であったとしても、絶対に手は抜きません。無論、決勝は我が手の物にして見せます」
『真の西住流』で挑む夏海、そして『もう1つの西住流』で挑もうとするかほ。6日後に、再び2つの流派が激突することとなるのだった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回からは黒森峰戦に突入します。『真の西住流』、『もう1つの西住流』、勝つのはどっちなのでしょうか?
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