黒森峰との接戦の末、勝利することが出来た大洗女子学園。しかし、その喜びは束の間だった。宗谷から「1週間後に大洗を出ていくことになった」と報告を受ける。
宗谷たちは、後1週間で大洗を去ることになるのだった。
時刻は朝9時。格納庫の前では、戦車道科のメンバーが集められていた。ちょっとした連絡事項を伝えるだけならすぐに終わっていたが、今日はまだ終わっていない。
何故なら、宗谷から大事な報告を受けているからだった。1週間後に大洗を去る、と。
「・・・・・宗谷くん・・・・・今の、本当なの?」
かほの一言に宗谷は軽くうなずき、ポケットから紙を一枚取りだし、かほに渡した。その紙には、『旭日機甲旅団 退去指示』と書かれていた。
「決勝戦が始まる3日前にそれが届いたんだ。『試合の勝敗に関係無く、終わったら即刻退去するように』ってな。すぐに帰るのも嫌だったから、1週間引き延ばしてもらったんだ。まぁ、仕方ないよな。俺たち
宗谷たちはあとから入ってきたとは言えど、正式に大洗の生徒と決まってた訳ではない。あくまでも『仮の生徒』なのだ。
「・・・・・という訳だから、最後の1週間を無駄なく過ごすように。それから、あなたたちも旭日から得られるものは確実に得るようにすること。それじゃあ授業を始めようか」
杏はそう言ったが、本当は退去させる気は無かった。しかし、文部省から出された条件を聞かされ、退去させるしかなくなってしまったのだ。
決勝戦前日、宗谷は1人で科長室に来ていた。そして、例の書類を見せたが、杏にはどうして退去させなければならないのか理解出来なかった。
「『退去指示』?どうして?」
「文部省からしてみれば、女子校に男子がいるということ事態おかしな話なんでしょう。『風紀をこれ以上乱す訳にはいかない、本当なら即刻退去してほしいものだ』って言ってましたよ」
「宗谷くんたちがいるから風紀まで乱れるなんて、そんなことないよ。私が話を付ける」
そう言いながら受話器に手を掛けたが、宗谷が止めた。
「やめた方が良いです。『退去を拒むなら、戦車道科の廃科の手続きを進める』って言ってましたから、やるだけ無駄です」
「え!?そんなこと言ってたの!?それじゃ脅しじゃない!」
「いえ、向こうが言うことも分かります。俺たちは正式な手続きを踏んでいませんし、元々こっちが勝手に来て入れて貰っている身です。いずれは去らなければならないとは薄々感じていました」
宗谷自身、大洗を去ることに異論は無い。他のメンバーにも話を付けているから、何も問題は無いと言っている。ここまで言われたら、杏が引き留めることは出来ない。
「・・・・・それで良いんだね?その選択で、後悔しないの?」
「まぁ、仕方ないですよ。撤廃出来たとしても、俺たちのせいで廃科になったら全てが水の泡ですから」
文部省からそんな話があったと言うことはあえて伏せた。いずれは、こうなる運命だと思っていたからだ。
授業が終わったあと、4号のメンバーは穂香と一緒にルノーに来ていた。もうすぐ出ていかなければならない旭日のために、何か出来ることがないか話し合うために集まっている。しかし、既に決定しているため、今回はどうすることも出来ない。
戦車道科を救った旭日は、かほたちからしてみれば英雄だ。それなのに、出て行かなければならない。そんな運命に立たされている旭日に、どう接したら良いのかも分からなかった。
「いくらなんでも、酷すぎるであります。女子で無くても、充分通用してたであります」
「確かにそうだけど、問題はそこじゃないよ。そもそも、戦車道は伝統ある
「ですが、彼らは私たちの戦車道科を救ってくれました。それなのに、恩を仇で返すような真似をしろと言うんですか?」
「そうだよ!旭日には、大きな貸しがあるんだよ!そうでしょ!?」
「・・・・・確かに、そうだ。私たち自身も、学んだことは多い。彼ら自身も、まだ戦車道をやりたいと思っていると思うぞ」
次々と抗議の声が上がる中、かほはボーッとティーカップを眺めていた。もうすぐ旭日と別れることになる。旭日と・・・・・
「かほちゃん!聞いてる!?」
「え!?う、うん・・・」
「ちょっと落ち着いて、みんなの気持ちは分かる。だけど、宗谷くんたちは私たちのために出ていくって言っているんだよ。お母さんがぼやいてた、『何で強制退去されないといけないんだ』って。それから、退去しないなら、廃科の撤廃は無しにするって言ってたって」
穂香は全て知っていた。杏は酒が入ると独り言を溢すように秘密を喋ってしまう癖があるため、折角秘密にしていたのに無駄になってしまった。
「そんな!半分脅しじゃない!」
「だったら尚更見過ごせません!」
「同感であります!!」
余計に騒がしくなってしまい、穂香は手が付けられなくなった。しかし、かほは全く動じず落ち着いていた。
「みんな、ここは宗谷くんたちをどんな風に送り出すかを考えた方が良いんじゃないかな?」
「かほちゃん!私たちを助けてくれた旭日を見捨てろって言うの!?」
「そうじゃないよ。私たちの戦車道科の運命が分からなかった時に、『退去しないなら、廃科の手続きを進める』って言われたんだよ?それに、優勝してもしなくても、結果は同じだったはず」
「ッ!確かにそうかもしれないけど、それで良いの!?宗谷くんたちが無慈悲に追い出されるって言うのに!」
「私だって、こんな形で別れるなんて嫌だよ。だけど、私は笑って送り出す。宗谷くんたちに、悲しい顔は見せたくないから」
かほ自身、別れるのは辛いと思っている。だが、宗谷たちが退去することは決まっている。もう何も出来ないのだ。だからこそ、泣きたくなっても、笑顔で送り出そうと決めたのだ。
「・・・・・そうだね。言い合っていても、何も変わらない。笑顔で別れよう、ね?」
穂香は宥めるように、笑顔でかほたちを見た。別れることに反対だった栞たちも、納得したようだ。『笑顔で送り出す』、今出来ることは、これしかないのだ。
一方寮では、ぼつぼつと出発準備が進められていた。もう使わないであろう物は段ボールに詰め込み、少しずつ部屋が広くなっていた。福田と岩山は荷物を詰めながら愚痴を溢している。
「あーぁ、折角戦車道に参加出来たって言うのに、誰かさんの命令で出ていかないといけねぇのか・・・・・」
「全くだな。俺はもっと戦車道をやりたかったぜ。それなのによぉ・・・・・」
「ほらほら、愚痴ばっか言ってねぇで、さっさと纏めるぞ」
宗谷は愚痴1つ言わず、黙々と作業を進めていた。その姿を見た福田が、ぽつりと話をふっかけた。
「なぁ、平気そうにしてるけど・・・・・お前は寂しくねぇのか?杏科長は俺たちを認めてくれたんだ。それなのに・・」
「手を動かせ福田。今日中にはここら辺の荷物纏めるぞ」
話を打ちきり、無言で荷物を纏めていく。福田はそんな宗谷を見て、本当は寂しいのだろうと感じた。「戦車道に参加しよう」と言い出したのは宗谷なのだ。出場を認められ、戦車道に参加出来た時は、誰よりも嬉しかったはず。
近衛が廃校になってからの4年間は、戦車道に出るため、準備に明け暮れていた。戦車道のルールを学び、チリの作製を6人でこなしながら過ごした。その甲斐あってか、大洗戦車道科に編入することが出来、戦車道にも参加出来た。
そして無事に勝利し、大洗女子学院戦車道優勝、並びに廃科撤廃という結果を残せた。
それでも、今まで築き上げてきた伝統を崩したこと、そして、女子校に男子がいるということは世間的から見れば理解されがたいこと。目的を達成してしまった旭日には、もうここにいる必要がなくなったのだ。
一方、柳川、水谷、北沢の3人も、部屋を片付けているところだった。近衛の時に使っていた教科書、レポートを持ってきていたのだが、あまり役に立てなかった。ただ、その頃が懐かしく、ついつい思い出に浸ってしまうことが多かった。
「お?見ろよ。チリの設計図が出てきたぜ。こんなの持ってきてたのか」
紙を靡かせる北沢、水谷も一緒に懐かしそうに眺めた。柳川はため息を付き、作業を続けるように促す。
「お前ら、懐かしいのは分かるがさっさと終わらせないと寝れねぇぞ」
「分かってるよ、すぐに掛かる。・・・・・1つ思ったんだけどよ。大分に戻ったら、旭日はどうなるんだ?」
水谷が答えに困る疑問を口に出した。柳川と北沢はすぐに答えが出なかった。
「そりゃぁ・・・・・えっと・・・・・」
「
『解散』、唯一考えられる結論だ。旭日機甲旅団はほぼ無名に近い。大分に戻ったとしても、待遇などあるはずがない。
しかし元近衛の生徒なので、自衛隊に入る場合は希望の部隊に入れるといった形で優遇される。ただ、自衛隊に入隊するときは、自分の地元に近いところか、自分が行きたいある部隊がある駐屯地に行くことになるだろう。
やりたいこともそれぞれだ、いつまでも一緒というわけにはいかない。
「まぁ、それが妥当だよな。でもさ、ずっと出たかった戦車道に参加出来たんだ。思い残すことは何もねぇよ」
北沢が言うように、思い残すことは無い。戦車道に出て、大洗戦車道科を救えた。だが、これで別れたら、もう2度と会えなくなる可能性もある。
思い残すことことはないと思う反面で、本当にこれで良いのだろうかという疑問も浮かんでいた。大洗を発つまで、あと6日。
翌日、午後の戦車道の授業が始まろうとしていた。授業と言っても、この6日間だけは自主練習ということになった。
どんな練習でも、質疑応答でも何でも良いからと。旭日は修理が終わったチリ改の試験をするため、適当に走り回ってみようということになった。乗り込もうとしたとき、あいかが話し掛けてきた。
「あの、北沢さん。ちょっと良いですか?」
「え?俺?」
「はい!通信機の取り扱いについて詳しく知りたいので!早く!」
あいかはそう言うと、手を取ってM3のもとに引っ張って行った。
「・・・あれ?なぁ、M3の車長ってあんなだったっけ?」
あいかが自分から来ることは無かったので、岩山は少し驚いていた。
「あぁ、何でだろうな」
宗谷にも何故なのかは分からなかった。しかし、北沢に限らず、福田も、岩山も、柳川も、水谷も呼ばれて行ってしまった。
福田は七海と藍に呼ばれ、リボルバーショットのコツを教えに、岩山は射撃にあまり自信がない梅に、コーチとして呼ばれていった。
柳川は装填を担当している優香子たちに呼ばれ、水谷は機銃の扱い方を教えに、3突の蘭のもとにいってしまった。
(うーん・・・今になってこの質問の嵐か。それに、俺たちが出ていく前に限って自由行動同然に自主練習。待てよ・・・もしかして、指導員たちの計らいか?)
「宗谷くん。ちょっと良い?」
みほが宗谷を呼び出した。ちょっとした疑問が浮かんでいたので、それを聞きだすには良い機会だと思い、大人しく付いていった。
付いていった先は、格納庫の中だった。中にはカバーを被ったカ号が置かれている。
「何かご用でしょうか」
宗谷の声が響き、みほが振り返る。
「まず、大洗戦車道科を救ってくれてありがとう。それから、あなたたちを大洗から追い出さないといけなくなっちゃってごめんなさい。なんとかしてあげたかったんだけど、文部省も頑固だから聞き入れてもらえないの」
「気にしないで下さい。それに残れたとしても、いつまでも居られません、いつかは去らなければならないんです。俺たちは、そのタイミングが少し早いだけです」
そう言い、福田たちの方を向いた。和気あいあいとしていて、楽しそうな様子が伺えた。
「西住指導員。今回の自主練習は、あなたたちの計らいでしょう?俺たちと西住隊長たちとの、
「確かにそれもあるけど、あそこまで絡んでくるとは思ってなかったよ。かほたちも、別れを惜しんでいるんじゃないかな?」
『別れを惜しんでいる』。そう言われてみれば、そんな気がする。ここに居られたのはたった数ヶ月、その数ヶ月は戦車道科を救うためだけに集中していたこともあり、互いに交流を深めることはならない状態だった。
だからこそだろう。この数日間のうちに、出来ることをやって、互いに思い残すことなく別れる、それが今のかほたちに出来ることなのだ。
その数日間は、とても充実していた。福田たちも、残り少ない日数の中で、少しでも教えられることは教えようと一生懸命だった。
残り2日になったときには、ほとんどが旭日から技術を習得していた。まだ完璧とは言わないが、以前と比べたらだいぶ良くなった。福田たちも、これなら大丈夫だろうと思うようになった。あとは、習ったことに沿って成長していければそれで良い。
出発の前日には宗谷たちのお別れ会が開かれ、とても賑わった良い会になった。
寮の片付けもほとんど終わり、あとはリヤカーに積み込んで出発するだけになった。一段落ついたとき、宗谷が福田をルノーに呼び出した。かほたちに知られないようにしたいから、気づかれないようにと言われ。
ルノーに入ると、宗谷は川井店長がいるカウンターから離れた席に座っていた。軽く挨拶したあと、席に付いてコーヒーを頼み、宗谷に話し掛けた。
「なぁ、大事な用ってなんだよ。しかも西住隊長たちに気づかれないようにこいってさ、そんなに大事な話なのか?」
「・・・誰にも気付かれてないよな?」
宗谷はいつも以上に慎重だった。福田が呆れた顔で用件を聞き出そうとする。
「だから大丈夫だって。さっさと用件を言えよ」
「良いか?今からモールス信号で用件を伝える。ちゃんと解読して、他の連中にしっかりと伝えてくれ」
そう言うとテーブルの上を指で叩いたり、シュっと擦ったりしながら信号を伝え始めた。その信号が以下のものだ。
ー・ー・・、ーー、・・・ー、ーー・ー・・・、・ーー・、ー・・・、ーー・ーー、 ー・ー・ー、・・・・・、ーー・ー・・・、ー・ー・、 ーー・ー・、ー・・ーー、・ーー・、ー・・・・・ーー・、・ーー・、ーーー・ー、ー・ーー・
福田は信号を全て聞き、解読を始めた。
「えーっと・・・・・やっぱりこの『計画』は、実行するのか?」
「良いか?絶対に知られるなよ。それから、確実に伝えろ」
「伝えるのは良いけど、変える気はないのか?」
「変える気はない、この通りにいく。西住たちに何時に出るか聞かれたら、8時30分に出発すると伝えろ」
そう言い残すと店を出ていってしまった。福田は軽くため息を付くと、コーヒーを啜った。
寮に戻ると、岩山たちが出発準備を整えて待っていた。福田を見て岩山が手を振った。
「お、帰ってきたな。どうだ?これでいつでも出発出来るぜ」
「ああ、ご苦労だったな。みんな、今から言うことを良く聞いてくれ。大事な話なんだ」
福田は岩山たちに宗谷からの計画を伝えた。全て聞いた岩山たちは驚くことなく、『ああ、やっぱりか』という反応だった。
「はぁ、当初の計画通りってか?」
「妥当だと思うぜ。
「そうだけど、本当に良いのか?俺はやるべきじゃないと思うが」
「言ってただろ。『俺たちはあくまでも後方支援担当で、目立たないように行動する』って。だから、これで良いのさ」
『計画』。それは、大洗に行く前に伝えられていた。しかし、宗谷もこの『計画』は一時保留ということにして、今に至るまでその言葉を口にしてこなかった。
そして今になり、改めてこの『計画』を実行に移すという判断に至った。これが正しいかは分からない。分かっているとは、この『計画』を実行する、それだけだ。
一方、宗谷は1人で海を見ていた。缶コーヒーを片手に、ボーッと眺めていた。月明かりが海を照らし、艦が波を作りながら航行している。
もうすぐこの景色を見ることもなくなるため、見納めに町を巡っていたのだ。
(この景色見れるのも、これが最後か。全く、俺もバカだなぁ。前線に出ないようにしようって決めてたのに、結局最後の最後まで前に出て戦っちまったよ。まぁでも、それはそれで楽しかったけどな)
景色を目に焼きつけ、空缶を捨てて寮に戻っていった。明日は、遂に大洗を発つ日だ。
翌日の早朝、時刻は朝の4時53分。福田たちは女子学院のグラウンドに集合していた。朝日はまだ昇り始めたばかりで、回りは少し薄暗い。チリ改にリヤカーが繋がれ、いつでも出発出来る状態にいた。
岩山がうつらうつらしていると、宗谷が歩いてきた。北沢が肩をバシッと叩き、岩山を起こす。
「・・・全員いるか?」
「とっくに揃ってるよ。て言うかお前は何やってたんだ?隊長が遅刻だなんてだらしねぇぞ」
「悪いな。西住宛に、手紙を渡しに行ってたからな」
宗谷は校舎の前に立ち、福田たちはその後ろに並んだ。
「全員、これまで世話になった校舎に向けて、敬礼」
静かに敬礼をする6人。この時の彼らは、何を思ったのだろう。思い出や今後の進路、旭日の未来など、色々なことを考えているに違いない。
そのあとすぐに格納庫に入り、各車に乗り込んでいった。長居は無用、すぐに立ち去ろうと言うことだろう。宗谷がチリ改の操縦席に座り、福田が陸王に股がった。
「各車、エンジン始動。暖機は無しだ」
指示に従い、チリ改、陸王がエンジンを始動する。カ号は大洗の連絡機として使ってもらおうということで、置いていくことになった。持って帰れたとしても置き場が無いので、こうして使ってもらった方が良い。
格納庫から出ると、福田が扉を閉めた。そして再び乗り込み、ゆっくりと進み始める。エンジン音がいつも以上に響く。ああ、これでさよならか。そう思った時、福田が突然ブレーキを掛けて止まった。
「福田?何かあったのか・・・・・」
宗谷が頭を出すと、校門のあたりに人が5人立っていた。それは、4号の搭乗員である、かほたちだった。何故だ?この情報は、知られていないはずなのに。
「・・・・・西住、何で?」
「川井店長が教えてくれたの。『宗谷くんたちが朝5時に、ここを出ていく』って」
モールス信号で伝えたのに、完全にバレていた。まさか川井店長が信号を解読出来るとは想定外だった。この状態になってしまっては、隠すことは出来ない。現に今、こっそりと出ていこうとしていたのだから。
「宗谷くん、ちょっと良いかな?」
かほが呼び出し、宗谷はチリ改から降りてかほの前に立った。
「その・・・怒ってる、よな?でも早く大洗から出ていこうとって訳じゃなくて・・・えっと・・・・・」
苦しい言い訳をする宗谷に対し、かほは何も言わずにジーっと見つめていた。その目は、怒っていそうでもなく、悲しいそうでもない。その目を見た宗谷は、1つ結論を見いだした。『言い訳せず、素直に謝ろう』、と。
「西住・・・すまなかった。ただの我が儘かもしれないけど、俺は笑顔を見たままで別れたか・・・・・」
かほは宗谷に抱きついた。
「・・・・・西住?」
「良かった・・・見送りに間に合って・・・」
かほは全く怒っていなかった。それどころか、泣いていた。
「宗谷くんのことだもん。最初来たときと同じように、ひっそりと去ろうとしたんでしょ?」
「・・・全部、分かってたんだな。やっぱり、お前に秘密は長続きしねぇな」
かほの肩を持ち、すっと引き離す。
「俺たちは、本来ここに居たらいけない存在だ。だからみんなに見送られて去るわけにはいかなかったんだ」
「世間はそう見るかもしれないけど、誰が何と言おうと、旭日は『戦車道科を救った英雄』。それが私たちにとって、真実だよ」
『英雄』、宗谷たちからすれば、勿体ない言葉だった。宗谷は首を横に振った。
「止してくれよ。俺たちは『英雄』何かじゃない、ただの『部外者』さ。それに、戦車道科を救えたのは、みんはの思いがあってこその結果。俺たちはただ手助けをしただけに過ぎない」
「そんなことないよ。宗谷くんはそう思ってるかもしれないけど、みんなは部外者だなんて思ってないから。さぁ行こう、みんな待ってるから」
「・・・みんな?」
学園艦を繋ぐエレベーターの入り口に着くと、戦車道科の生徒が総出で待っていた。既に情報は回っていたようだ。まだ朝の5時を過ぎたばかりだというのに、全員集まっていた。
誰1人として眠そうな素振りを見せず、笑顔で手を振っていた。まずエレベーターに水谷と柳川、そして陸王、リヤカーを載せて下ろした。その間に、かほが話しかけた。
「宗谷くん。申し訳ないんだけど、この学園艦は荷物の積み降ろしために停泊してるから、私たちは降りられないの。だから、ここで本当にお別れになる」
「分かった、ありがとう。それから、こっそりと出ていこうとしてすまなかった」
「良いよ。でも、もうしないでね」
そしてエレベーターが上がってきた。チリ改を載せると、かほたちの方を向いた。岩山がボタンを押し、『ガゴン』と音を立てて下がっていった。宗谷とかほが別れの言葉を交わす。
「さよなら、宗谷くん!元気でね!!」
「おう!そっちもな!!またいつか会おうぜ!」
エレベーターが下がりきると、2人が待っていた。そして、チリ改を載せるために呼んだトレーラーもいた。これからフェリー乗り場がある大阪まで向かうのだ。
荷台にチリ改を載せ、固定出来たことを確認する。その間、宗谷は福田たちに顔が見えないように振る舞っていた。その姿を見て、福田が宗谷に話し掛けた。
「お前、泣いてんのか?」
「・・・・・そんな訳ないだろ。早く乗り込め、出発するぞ」
宗谷はそう言うと、トレーラーに乗り込んでしまった。出港まであまり時間がないため、福田たちもすぐに乗り込み、出発した。メンバーたちは、流れる大洗の景色を静かに眺めた。
それから数時間後、フェリー出港までに間に合った。フェリーに乗るのも、これで最後になるだろう。
別府に着いたのは翌日の朝6時。宗谷たちは真っ直ぐ基地に帰った。数ヶ月ぶりに扉を開けると、うっすらと埃が積もっていた。
「あーぁ、こりゃまずは掃除からだな」
福田がそう言うと、箒を手に取った。それに続き、岩山たちも掃除を始めた。
その日の夜、宗谷たちはこれからの進路を話し合っていた。今日で、旭日機甲旅団は解散するのだ。6人で円を作り、その真ん中にお菓子を置いている。
「福田はどこに行くんだ?」
「そうだなぁ。俺は『北熊本駐屯地』の第8偵察隊に入るかなぁ。岩山と柳川は
「ああ。俺は
「俺か?野戦特科でも良いけど、やっぱ高射特科に入る。福岡にある
「俺は『
「おう。俺は衛生科がある『
「ああ、機甲科があるところに行くよ。陸丸じいちゃんも戦車に乗ってたからな、俺もその意思を継ぐつもりだ」
6人全員は、それぞれの道に進むようだ。宗谷は機甲科、福田は偵察科、岩山は野戦特科、柳川は高射特科、水谷はヘリコプター隊、北沢は衛生科。
初めは全員で機甲科に入ろうかと考えていた宗谷だったが、それぞれでやりたいことがあるのなら止める権利はない。ここまで頑張ってきたのだ、きっとどこに行っても大丈夫なはずだ。
「そういやよ、チリ改はどうすんだ?」
岩山がチリ改の今後を聞いてきた。今まで一緒に戦ってきたチリ改、流石に解体するわけにはいかない。だが、使われなければ意味がない。
「そうだな。持って帰ってきちまったけど、大洗に寄贈してもいいかもな。というより、そっちの方がいいだろ」
宗谷はチリ改を大洗に寄贈するつもりのようだ。確かにそっちの方が良いだろう。使われるかどうかは分からないが、みほたちなら絶対大事にしてくれるはずだ。その日の夜は、互いの健闘を祈り、賑やかな夜になった。
翌日の朝6時。福田たち5人が、チリ改の前に立っていた。宗谷は早朝のランニングに出ていていなかった。
「よし、行くか」
福田の一言に、岩山たちがチリ改に別れを告げながら外に出た。宗谷がいない間に、それぞれの故郷に帰るのだ。
「良いのか?こんな形でさよならなんて」
柳川は少し疑問に思っていたようだが、福田は首を縦に振った。
「これで良いのさ。置き手紙も置いてきたし、宗谷もこの方が良いって思ってるさ。行くぞ、奴が帰ってきてからじゃ気まずいからな」
そう言うと、駅に向かって歩き出した。岩山たちも福田に続き、振り向かずに歩き始めた。その時、宗谷がこっそりと陰から現れた。こうするだろうと、予想していたのだろう。
(ありがとう、みんなも元気でな)
〔4番乗り場の列車は、7時14分発。普通列車・・・〕
別府駅に着くと、ホームに上がり、 電車が来るのを待つ。これから大分駅乗車し、それぞれ別の路線で帰るのだ。この時間帯は通勤や通学で使う人が多いためか、ホームはかなり混んでいた。
すぐに電車がホームに入り、人の流れに乗りながら電車に乗り込んだ。それから15分程度で大分駅に着いた。ここで、この5人もついにお別れだ。
「それじゃあ、ここまでだな。俺は
「ああ、ついにお別れか。寂しくなるな」
「まぁ、今のところ全員九州に留まれそうだし、教育期間中だったら会えるだろ」
「いつでもって訳じゃないけどな。それにみんな遠いんだぜ?そう簡単には会えなくないか?」
「そんなことないだろ。まあ簡単とはいかないけど」
そんなことを言い合っていると、それぞれ出発の時間が迫ってきた。特急券を買い、別れ際に声を掛け合ったあと、それぞれのホームに向かっていった。
こうして、旭日機甲旅団は解散となった。昨日は今後のことを話し合っていたものの、本心は『まだ戦車道を続けたい』と思っていた。宗谷、福田、岩山、柳川、水谷、北沢全員が同じ気持ちだった。
しかしその思いは届かず、解散という形になってしまった。もう再結成することも、ないのだろう・・・・・
旭日機甲旅団解散から1週間後。朝5時30分にもかかわらず、機甲旅団基地を訪ねる者たちがいた。
「宗谷佳!いますか!?黒森峰の者です!西住協会長の使いで来ました!いるなら開けてください!」
※解説
野戦特科
自走式の榴弾砲を使って、後方火力支援を担当する部隊のこと。ちなみに高射特科は、対空ミサイルなどで基地周辺の防空を担当する部隊のこと。
今回も読んで頂き、ありがとうございました。
遂に解散してしまった旭日機甲旅団。これからどうなっていくのでしょう。次回、最終章です。
ちなみに、宗谷が福田に送ったモールス信号は、あえて字幕無しで書いています。気になった人は、是非解読してみてください。
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