宗谷はかほの『戦車道嫌い』の真意を探るため、福田たちに情報収集をさせた。
情報を整理した結果、人付き合いは少し苦手な感じだと言うことが分かったが、それが理由では無かった。かほが川や水辺を避けていることから、38年前の黒森峰とプラウダの決勝戦が原因だと断定する。
かほにその話をした結果、宗谷が断定した結果は正しかった。その話を聞いていたみほは、気づけなかったことをかほに謝り、かほは素直に話せなかったことを謝った。宗谷は親子関係が直せたことにホッとしたのだった。
時刻は朝の4時、眠る町の片隅でM3が走っていた。操縦しているのは1年の
1人で戦車に乗り、射撃の練習場に向かっていた。何故こんなことをしているのかというと、話は1週間ほど前に遡る。
もうすぐ親善試合(練習試合)が始まろうしている最中、整備主任者の悟子は頭を悩ませていた。大洗が使用している戦車は毎日整備をしているのだが、整備では対応出来なくなってきたのだ。
劣化してしまった物は交換するしかないのだが、大洗の戦車で唯一交換出来ているのは、エンジンオイルか潤滑油ぐらいで、サスペンションなどといった車体の部品は交換したくても出来ないのだ。
学園の資金が戦車の整備に回らないので、最低限出来る事しかやっていない。そのため、壊れてしまった部品は応急措置でどうにか動かしている状態だったので、『動きが悪い』、『作動に遅れが生じる』と言った不具合はよくあることだった。
そしてこの日も、不具合が出た戦車の対応に追われてくたびれていた。ポルシェティーガーのエンジンから火が吹き、更には3式の砲搭が回らなくなるというトラブルが発生。練習は一時中止となった。
部品交換がしたい。しかし、交換しなければならない部品をリストアップした結果、合計金額は数百万を越えることが判明した。どうにかしようにも、どうにも出来なかった。
その頃、格納庫では宗谷が火を吹いて止まってしまったポルシェティーガーのエンジンルームを覗いていた。中は真っ黒焦げになり、消火剤がまだ残っている。
見ている箇所は、応急措置を施された箇所と足回りだ。入り口で見張っている福田は早く見終わってほしいと思ってハラハラしていた。
「おい、早くしてくれよ。これが見られたら計画は水の泡だぞ」
「そう焦るなよ、故障箇所は細かく見て調べるのが一番だからな」
「故障箇所って言ってもエンジンルームの中だけだろ?」
「いいや、今回はかなり大掛かりだぜ」
そういうとポルシェティーガーから離れ、メモ帳に何かを書いていた。
その日の夜、パソコンで部品の値段を調べていた。横には置かれたメモ帳には、大洗の全ての戦車の交換部品が書かれている。福田はメモ帳を覗き込んでため息をついた。
「・・・・・ハァ、交換部品多いなぁ。これ全部買ったらかなりの額になるぞ」
「
宗谷には尊敬するおじいちゃんがいた。元陸上自衛官の機甲科で、中隊長を勤めていた。そのおじいちゃんが残してくれた財産を部品代に使おうと考えていたのだ。
「本当に良いのか?別の使い道もあるのに?」
「陸丸じいさんは『誰かのために使ってくれ』って言ってたからさ。これで良いんだよ」
「まあそれで良いなら良いけどさ、どこで買うんだ?」
「俺の知り合いが部品屋をやってるから、その人から買うつもりさ」
翌日、宗谷は部品屋に連絡を取っていた。
「はい、明日の18時に・・・はい、宜しくお願いします」
「どうだった?」
「来るのは明日の18時にしてもらったよ」
「遅いな、何でそんな時間にしたんだ?」
「見られないようにしたかったからさ。ちょっと遅い時間にしてもらったんだよ」
そして翌日の夜、学園艦のヘリポートに大型のヘリが1機着陸した。荷物の数は多く、運び終えるまでに、1時間掛かった。
「親善試合まで時間がない。俺たちは今日からここに泊まり込みで、分解整備、部品交換をするぞ」
「それにしてもさ、多くないか?交換リストには1個ぐらいしかなかったぞ?」
「表向きじゃ何が悪いのかなんて分からなかったから、作業中に別の交換部品が出たらすぐに手が打てるようにしてるだけさ」
全部交換するわけではないらしいが、終わるのかは別問題な気がしてきた。宗谷は夜のうちに、作業を済ませることを計画していた。
かなりハードだがこの6人は整備技術を学んできたことと、チリを造り上げたこともあるので終わらせる自信はあった。
「効率良く作業を進めたいから、時間が掛かりそうなやつから片付けていくぞ」
「となると・・・」
全員が一斉にポルシェティーガーを見た。ポルシェティーガーは変わった機構が施されている戦車で、エンジンで発電して電動モーターで走るという”ガス・エレクトリック方式“を採用している。現在でいうハイブリッド車だ。
火を吹いた理由はエンジン加熱が原因で、このトラブルは試作された時からの悩みの種だった。本来なら動かなくなるのだが悟子たちの技術力で、なんとか動かすことが出来るようになったのだ。
ポルシェティーガーは先進的な機構を備えているが、簡単に火が出るという欠点を持つ。それだけに止まらず、エンジンの出力不足による充電不足にも陥るという問題もあった。ただモーターを変えるだけでは二の舞になってしまう。
「で?どうすんだ?モーター変えるだけで済むほど簡単じゃないだろ?」
「モーターと発電機を換えて、エンジンをちょっと改良する。発電不足になったら話にならないからな」
宗谷が交換するモーターと発電機を見せた。やはり戦車用となるとかなり大きい。交換するだけなら簡単だが、その後の調整はかなり時間が掛かるだろう。だが朝までに間に合わなかったら搭乗員に迷惑がかかる。考えていても仕方がないので、早速作業を始めた。
まずは車体をジャッキアップさせ、砲搭を外した。ここで車体の担当、砲搭の担当、エンジンの担当に分かれ、各自で分解整備を行う。車体担当は水谷と北川、砲搭担当は岩山と柳川、エンジン担当は宗谷と福田だ。
福田は早速モーターの状態を確認し、どうやって取り外すか検討した。
「このままガポッて外れるかな?」
「モーターに繋がっている車軸を取ればいけるだろ。上手く収まれば良いけどなぁ」
大きさはちゃんと収まりそうなのでこのまま作業を続けた。古くなったモーターを外し、新しいモーターに変え、発電機も新しい物に変えた。そしてエンジンの状態を確認することにした。
2基あるV10エンジンは、改良の前に修理が必要そうだ。エンジンを車体から出して2人で分かれてオーバーホールを始めた。
砲搭担当の岩山と柳川は照準器のオーバーホールをしていた。照準器本体は交換しなくても大丈夫だったので分解して部品の清掃をして戻そうとしているのだ。
「レンズが汚れ放題だ、こんな状態で撃ってたなんてなぁ。まぁでも、これで試合に勝てるようになってくれれば本望だな」
「それ整備班側が言うことだぞ」
そんな事を言い合いながら照準器のオーバーホールを終えた。岩山が照準器を覗き込んだ。
「うん、これなら大丈夫だろ。前よりも見やすくなったぜ」
「じゃあ次は砲搭の旋回部を見るか」
車体担当の水谷と北川はサスペンションの交換をしていた。すっかりへたっていたので交換するには丁度良い時期だった。水谷は大きく息をはいた。
「はー、転輪重てぇ。これ組み直すの時間かかるぜ」
「それにしても、サスペンション本体は傷だらけだなぁ。こんな状態ずっと走ってたんだなぁ・・・」
「おい、さっさとバネ換えるぞ。まだ片側しか終わっていないんだから」
作業を開始して4時間、ここまでで終わった作業はサスペンションと転輪の交換、砲搭の全般整備、そして電動モーターと発電機の交換だ。
エンジンのオーバーホールは終わり、単体での始動確認をしたあと出力向上のために少し手を加えた。少なくとも発電不足で走れなくなるというトラブルは避けられそうだ。
全ての作業が完了した時には朝の4時を回っていた。作業が完了したあとは、部品を隠さなければならない。隠した場所は、部室がある建物の裏だ。福田の報告によれば、この場所には滅多に人は来ないらしい。
指導員たちが来るまであと4時間、今からテストをしなければならないが、福田たちはくたびれていた。ぶっつけ本番で走らせたらどうなるか分からない、だが今からテストの判断をまともに出来そうな気がしない。そんな状態を見かねて宗谷が1人でテストをすると言い出した。
「本気か?操縦ならともかく、装填と射撃はどうすんだよ」
「実戦じゃないんだから1人でなんとかするさ。射撃も装填も出来るから心配いらないよ」
「でも、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、それよりしっかり休んでろ。4時間しかないけど」
宗谷はポルシェティーガーに乗り込むとエンジンをかけて出発した。夜明け前の町に電動モーターの音が響く、エンジン音が対して出ないので轟音は気にする必要はない。
「・・・音は戦車らしくないな。でもこんな時には丁度良いよな」
射撃の練習場に着くとテストを始めた。このテストで重要なのは射撃の反動で砲が壊れないこと、照準器がきちんと見れること、そしてちゃんと当てられるとこだ。
装填し、的に照準を合わせる。ここまでは問題ない、あとは射撃して問題がなければテストはクリアだ。的に向けて1発射撃をする。
『ドーン!』
火薬を控えめにしているので音はかなり小さく、
的に弾は届かなかったが満載の状態であれば確実に命中する、そう思った。その後の走行テストも問題なく終わった。高負荷を掛けなければ、エンジンが火を吹くことはないだろう。2時間ほどでテストは終わり、格納庫に戻ってきた。そして履帯に付いた泥を落として宗谷も仮眠を取った。
練習の時間になると格納庫から戦車が一斉に出てきた、福田たちはその後のテストがどうなったのかが気になっていたのだが宗谷は『見たらわかる、絶対に大丈夫だから』の一点張りだったので詳しく聞いていないのだ。
福田たちがハラハラしながらポルシェティーガーを見ている。美優は車長なのであまり感じなかったが操縦を担当している
「お?ねぇ中嶋さん、今日調子良くない?」
「え?そう?いつも通りな気がするけど」
「ううん、いつもと違うよ。今日すっごく調子が良いよ!」
ハルが急加速をした、今までなら火を吹いていたのだが今回は全く火が出なかった。美優は驚いている。
「え!?なんで、なんで!?火が出ないよ!?」
「だから言ったじゃない、今日すっごく調子が良いだよ!」
ポルシェティーガーは流れるように走っている、全く問題はなさそうだったので福田たちはやっと安心出来た。
「あ~~、良かった~~。火吹いたらどうしようかと思ったよ」
「だから大丈夫だって言ったろ?」
「そう言われてもさ、初めていじった戦車だから、心配で仕方なかったんだよ」
その日、ポルシェティーガーは1日中快調だった。悟子は一体何が起こっているのか不思議でしかなかった。昨日まですぐに火を吹いて止まっていたのに今日は見違えるようになっている。
急に調子が良くなるなんて普通はない、悟子はそう思いポルシェティーガーのエンジンルームを覗いた。特に変わった様子もないし、焦げた後はいまだに残っている。部品も全く変わっていない。悟子は不思議そうにしていた。
そして、時刻は夜の8時。指導員が全員帰ったことを確認した後、宗谷たちは工具箱を持ってこっそりと格納庫に入っていく。今日作業する戦車はM3と3式中戦だ。
M3は、特に異常があるとは聞いていないが3式中戦は砲搭の動きが悪いと聞いていたので作業のメインは3式中戦の砲搭の修理だろう。今日は2輌同時に作業をして時間短縮を図るつもりでいるので、3人ずつで分かれる。3式中戦の担当は宗谷、岩山、柳川、M3は福田、水谷、北川に分かれて作業を開始した。
まず、3式中戦は砲搭を外して旋回部にあるターレットリング確認してみた。グリスがほぼ無い状態で、焼き付いてしまった後が残っている。こればかりはターレットリングを交換するしかないため、新しい物に入れ替え、グリスアップを施した。
宗谷は変速機のオーバーホールを済ませ、作動を確認した後に元通りに組つけ直した。砲搭の旋回にも異常ないことが確認できたので、後はエンジンだけだ。
M3に関しては変速機の作動の遅れ、砲搭の仰角が上手く調整出来ないことだった。砲身を外し、潤滑系統を清掃し、グリスアップを施す。装置本体には何も問題がないため、これで様子見するしかない。
そして、昨日と同じ時間で作業は終わった。2輌を同時に作業してほぼ同じタイミングで終われた。と言っても悟子たちの整備の腕が良かったからあまり作業をしなくて済んだのだ。早速テストに行こうとしている宗谷に、福田が声をかけた。
「今日は俺も一緒に行くぜ。流石に2輌同時にテストは無理だろ?」
「そうだな、じゃあ一緒に行くか」
そして宗谷がM3に乗り、福田が3式中戦に乗り込み、射撃練習場に向かっていった。ここで話は一番最初に戻るが、今までの流れはこんな感じだ。
昨日と違ってエンジン音が響くのでなるべく音は絞っている、だが出てくる人は全くいなかった。常に戦車が走っているから慣れたのだろうか。射撃のテストを終えて軽く走行テストをしたあと、すぐに戻り履帯に付いた泥を落とした。泥を落としながら福田は宗谷に話しかける。
「思ったんだけどさ、何でこそこそとやらないといけないんだよ。整備担当の指導員に、一言言えば良かったんじゃなかったのか?流石にダメとは言わねぇだろ?」
「どうだろうなぁ。俺たちが仮の生徒じゃなければ、任せてくれたかもな」
宗谷たちは大洗のメンバーに加わることは出来たが、正式な生徒ではなく『仮生徒』として入っている。試験を受けて入学したわけではないので、あくまで仮なのだ。
宗谷は、立場上こんな大掛かりなことを任せてくれるはずがない、そう思ってこの作業を計画したのだ。このまま気付かれることがなければ作戦は成功だ。ただ福田は、少し心配になっていた。ま「無断で整備をしていた」と言ったら、何て言われるか・・・宗谷が不安そうにしている福田を励ます。
「大丈夫だって、心配することは何もないよ。戦車分解して部品盗んでいるとかじゃないんだからさ」
宗谷は励ましたつもりだが福田はより一層不安になった。整備が残っている戦車は後3輌、無事に終わるのだろうか、そう思った。
戦車道の時間になり、戦車が一斉に射撃練習場に向かっていく。M3はギアチェンジする度に違和感があったのだが、今回は全くない。
「あれ?調子が良くなってる!」
M3のメンバーは梨恵がギアチェンジしにくいと嘆いていたことを知っていたのでまさかと思っていた。
「そんな訳ないじゃん、急に調子良くなるなんてそんな都合の良い話なんてないよ」
「本当なんだって!いつもと全然違うんだよ!」
操縦をしないメンバーからしてみたら良くなったなんて言われても今一実感がない。しかし、射撃をする時に仰角調整時に違和感が全くなかった。梨恵が言った通り今日は調子が良かった。
実感していたのは3式中戦の3人も同じだった。いつも砲搭を回すのに苦労していたのにすんなりと回った。なにか新しい部品を付けたわけではないのだがそんな感じがしてならなかった。
「砲搭が回しやすくなってる、やってみてよ」
「本当だ!スムーズに動いてる!」
「確かに動きが良いね」
3式中戦がずーっと砲搭をぐるぐる回していたところを見ていた宗谷は、ニッと笑っていた。岩山がやや引き気味に話しかけた。
「なに笑ってんだよ、3式中戦になんか面白いものでも付いてたか?」
「あ、いや、すまん、すまん。砲搭の調子が良いって言ってたからついな」
笑っている宗谷を見て福田たちもつい貰い笑いをしてしまった。そしてチリも射撃の練習をやって今日の練習は終わった。今日整備する戦車はヘッツァーと3突だ。
その日の夜、学園の会議室で中島を含める4人の整備担当のメンバーが集まって話し合いをしていた。内容は今まで戦車の調子が急に良くなっていることだった。当然なことだが自然に調子が良くなるなんて事はない、絶対に誰かが修理、整備をしていることは間違いない。
だがこの4人には思い当たる節がない。一瞬美優たちがやっているのではと思ったが、勝手に整備をしているとは思えない。整備は出来るが、3日間で一気に5輌整備出来るほどの腕はないし、仮に交換部品を買おうと思っても高すぎて手が届かないはず。
帳簿を見る限り、大きな資金が動いたという情報はなかった。だからこそ疑問は深まっていく。
「どうしてなんだろうなぁ、誰がやってくれているんだろ?て言うか本当に皆じゃないんだよね?」
「違うよー、ただでさえこんなに厳しい状態なのに部品交換なんて出来ないよ」
「そうだよねぇ・・・やっぱ気のせいなのかなぁ。実はエンジンルーム覗いてみたりしたけど部品が交換されたような感じじゃないんだよね」
「じゃあやっぱり気のせいだよ。生き物じゃないんだから勝手に直ったりしないよ」
結局、答えは出ずに会議は終わった。もう夜も遅いので帰ることにした。4人は格納庫の前を通りすぎた、特に変わったことはなかった。4人が学園を出ていった後、格納庫の扉の前に立っていた北川が合図を送った。
「大丈夫だ、もう誰もいないぜ」
「ふぅ、こんな状態で整備するなんて危なすぎだぜ。絶対にバレると思った」
「終わり良ければすべて良しさ、ほらさっさと片付けるぞ」
3突とヘッツァーは分解状態だった。こんな状態で入られたらごまかしようがない。作業はヘッツァーの履帯の交換、エンジンのオーバーホール、そして照準器のオーバーホール。3突も同じ感じで作業する。
照準器はオーバーホールだけで済んだが、エンジンはオーバーホールと同時に換えなければならない部品がちらほらあった。そして※シリンダーブロックは煤だらけだったので、研磨して鏡面仕上げをして煤の付着を抑えることにした。
履帯は標準のものを付け直し、古いものは処分ではなく予備として取っておくことにした。まだ使える感じだったので応急措置の時には役立てるはずだ。
今日の作業も順調に進み、終わったのは朝の4時だった。そして昨日と同じように宗谷と福田のペアで行こうとしていると後の4人も一緒に行くと言い出した。
「行くのは良いけど休まなくて良いのか?特に今日の作業は重整備ばっかしだったから」
「確かに疲れているけど、だからって肝心なテストを2人だけに任せて寝るわけにはいかないって思ってさ。それに人数は多い方が楽だろ?」
「寝不足になっても知らねぇぞ」
「もう3日前から寝不足だよ」
それぞれ戦車に搭乗した後、エンジンを掛けて格納庫を出発していった。テストは今まで通りに実行し、無事に終了した。エンジンの吹け上がりがとても良くなったので高速走行でも申し分ないほど威力が発揮出来るはずだ。テストはすぐに終わり、格納庫に戻って履帯の泥を落としてすぐに仮眠を取った。ただ1人、宗谷を除いて。
宗谷はコンビニに行き、コーヒーを買っていた。目覚ましというわけではなく、なんとなくコーヒーが飲みたくなったのだ。宗谷はコーヒーを買うと海が見える展望台のベンチに座って一息ついていた。海は暗く、波の音が小さく聞こえている。まさに漆黒の闇と言える光景を、宗谷はただただぼーっと眺めていた。
この一言には宗谷の本当の目的が隠されていた。表向きは大洗女子学園のメンバーと一緒に戦車道を勝ち抜くために来たと言っているがあくまでも試合に出るための口実にすぎない。
(今の大洗戦車道科は、危機的状況に立たされている・・・勝ち上がらないと、今まで築き上げてきたものを失うことになるんだ。あの時の俺たちのように、な・・・・・)
ハッと我に返ると、朝日が上っていた。
「・・・・・しまった、仮眠取りそびれた・・・・・」
宗谷は格納庫へ戻っていった、日の光を浴びながら。そしてまたコーヒーを買った、今度は目覚ましのために。
「あれ?今日調子良いね。気のせいかな?」
「気のせいじゃないかも、エンジンが良い音出してるし」
「照準器も綺麗です」
ヘッツァーの3人は異変に気付いていた。エンジンの調子が急に良くなっているのだ。気のせいかと思っていたが気のせいではない。
異変に気付いているのは3突のメンバーも同じだった。昨日までの調子とは一変している。
「何故だ・・・?調子が良いぞ」
「うむ、昨日と全く違うな。身をもって感じているぞ」
宗谷はヘッツァーと3突を見て・・・いや、寝ていた。
「おい!起きろ、宗谷!指示くれよ!」
「ん?・・・・・あ、悪い。結局寝てないんだよ」
「寝てねぇのかよ、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ・・・後退」
「今から隊列作るんだから前進だよ。本当に大丈夫なのか?」
少し寝ぼけている宗谷を心配しつつも、練習はきっちりと終えた。
生徒が帰っていくなか、戦車道の指導員全員が集まって会議をしていた。内容は戦車の調子が急に良くなっていったこと。
最初はポルシェティーガーのみで、その後M3、3式中戦と続いて、今日はヘッツァーと3突が直っていた。この流れでいけば、後は残っているB1bisと89中戦、そして4号だろう。誰もが気になっているのは、誰が、いつやっているのかということ。
誰がやっているのかと言われても、戦車の整備が出来るのは悟子たち元自動車部のメンバーとその娘たちだけ。それに交換部品が山ほどあるのに、部品代には手が届かない。そして、いくらなんでも数日で5輌を完璧に直せる訳がない。と、ここまでの情報を整理し、浮かんできたのは・・・
「旭日のメンバーしかいないんじゃない?」
杏がそう言った。大半はまさかと思ったがそれしか当てはまるものはない、それに杏が近衛のことを調べたときに『1年の時に戦車の全般整備を学ばせていた』ということが書かれていたそうだ。
ここまでくればもう旭日しかない、部品のことはともかく、次はいつやっているのかという疑問が出てくる。さすがに昼間から出来るはずがないので、時間帯は・・・
すっかり暗くなったグラウンドの真ん中にみほと悟子、そして優香里がいた。あとのメンバーは残業がある、用事があると言われ、集まれたのはこの3人だけだった。
とは言っても泥棒を捕まえるためではないのでこの少人数で良かった。格納庫の前に着くと、優香里が心配そうに話しかける。
「大丈夫でしょうか・・・もし泥棒だったら対処出来ませんよ・・・」
「大丈夫だって、泥棒対策にスパナ持ってきたから」
「意味あるんですか!?」
「じゃあ、行くよ」
みほが扉の取っ手に手をかけた、そして一気に扉を開けた!
『ガラガラガラ!』
扉を開けて中を見ると戦車が3輌分解状態になっていた!宗谷たちは突然の出来事に一瞬固まり、状況がようやく判断出来たらしく慌てだした。
「え・・・?え!?は!?なんで!?なんでバレた!?」
「ああああの、これは、えっとそのいろいろな事情があって、えっと・・・」
みほはなにも言わずに下に転がっている部品を見た。そして悟子に見せた。
「悟子さん。これ、古くなった部品だよね?」
みほに渡され、悟子は部品をじっと見た。
「・・・・・確かに古くなった部品だね」
「宗谷殿、どうしてこんな時間に修理をやっていたでありますか?」
「・・・・・すみません・・・全てお話します」
宗谷はこの作戦の意図を包み隠さず全て説明した。今まで戦車の調子が急に良くなっていったことは全部自分達の仕業であったこと、部品代は全部自分で出したこと、そして整備が終わった戦車はきっちりテストをして問題がなかったこと。
「君たち凄いね、夜の内に不具合を全部直すなんて」
「恐れ入ります、でも中島整備主任には負けますよ」
「でもなんでこんな時間に頑張っていたの?言ってくれたら私たちも力を貸したのに」
「・・・私たち仮生徒ですから、こんな重整備を任せてくれるとは思わなかったんです。でも、この作戦は良くなかったですね・・・」
すっかりしょげてしまった宗谷をみほがやさしい言葉で慰めた。
「確かに、黙ってやったことは良くないよね。でもあなたたちはやると決めたことをきちんとやってくれていたからね。感謝しているよ、ありがとう」
急にお礼を言われて宗谷は思わず戸惑ってしまった。
「そんな、勿体ないお言葉ですよ」
「じゃあ、そろそろ私たちは帰るよ。これ以上作業の邪魔したら悪いからね」
「宗谷殿、頑張って下さいね。でもちゃんと休んでくださいよ」
「じゃあ、作業頑張ってね。ちゃんと動けるようにしてよ?」
3人は格納庫を出ていった、宗谷たちはなにも音沙汰が無かったことが信じられず呆然としていた。絶対に大目玉を喰らうことになると思っていたので状況判断が追い付いていない。
「・・・えーっと、『頑張ってね』って言われたよな?」
「ああ、そう言われたと思うぞ・・・」
「・・・よし、作業を再開するぞ。西住指導員から『ちゃんと動けるように直してね』って言われたからには絶対に間に合わせるぞ」
宗谷の一言で作業は再開した。今日は3輌の戦車を2人1組で整備していた、対したトラブルがないので全分解だけは1輌ずつ全員で行い、部品の交換後の組み付けなどは2人ずつで行う作戦でやっていた。みほたちは宗谷たちのことを話ながら帰路に着いていた。
「なんか、私が思っていたのと違ったよ。まさか戦車のことを考えて整備していてくれていたなんて。それに、折角お爺さんが残してくれた財産を部品代に使ってまでやってくれたなんてね」
「宗谷殿も、私と同じような戦車バカでありますかね?」
「きっとそうだよ、私たち以上にね」
「でもさ、戦車バカだけどちょっと頼れるかもね。なんだかんだで全車直してるしさ」
翌日、戦車道の練習時間。杏が今後の予定を説明していた。
「もうすぐ親善試合が始まるから、練習も実戦に近いものにしていくから頑張ってね」
もうすぐ親善試合が始まるという知らせだった。どの学校と試合をするのかまでは教えられなかったが、練習も今までとは違ってかなり本格的になってくるだろうと、誰もが思った。
「よーし、じゃあ行ってこーい」
杏の合図で全員が一斉に戦車に搭乗し始める、今までとなにも変わらない風景だ、戦車に乗り込むまでは。かほが乗り込むと栞たちがどこかいつもと違うところに気付いていた。
「ねぇかほちゃん、通信中にノイズが無いの気のせいかな?」
「え?あ、そういえば」
「照準器も綺麗ですし、仰角調整も楽に出来るようなってますよ」
「・・・エンジンのかかりも悪くない、吹けも良いぞ・・・」
「※
4号にもいろいろと不具合箇所はあったのだが全部直っていた。4号だけでなく、89中戦とB1bisも同じだった。エンジンの調子が良くなっていたり、砲搭旋回が容易になったなどの部分が多々あった。
かほにはこの謎に見当がある程度ついていたが確証が無く、断定までに至っていなかった。かほほみほに通信で聞いた。
「ねぇお母さん、戦車の調子が良くなっていったの、もしかして・・」
〔かほ、多分あなたが思っていることは私が思っている事と一緒かもしれないけど、内緒だからね〕
その一言でかほは確信した、やっぱり旭日のみんながやってくれたんだ、と。かほはそのままチリに通信を繋げた。
「ねぇ、宗谷くん。聞こえる?」
〔んー・・・?聞こえるぞー・・・。どうしたぁ・・・?〕
寝ぼけている宗谷の声が聞こえてきた、そしてかほはまわりに聞こえないように一言言った。
「そんなに寝不足なのは、私たちの戦車を直してくれたんでしょ?ありがとう」
〔・・・気のせいだろ?それに俺たちが寝不足なのと、戦車の整備は全く関係ないぜ?じゃあ指示出さないといけないから通信切るぜ〕
宗谷ほ通信を切り、かほはクスッと笑っていた。
「フフ、宗谷くんも嘘つくの下手だね。誰も
そんな調子で宗谷たちはまた練習場へ向かっていくのだった。
その間に杏は親善試合の相手に電話をしていた。
〔いやー、親善試合をOKしてくれてありがとね〕
「構いませんわ。私たちの生徒たちの練習の成果を見たかったので、丁度良かったです」
〔分かっているとは思うけど、手加減無しで頼むわよ?あの子たちのためにならないからね〕
「分かっていますわ、こちらも本気で行くように言い聞かせておきますから」
〔じゃあ1週間後ね、宜しくね〕
「こちらこそ、宜しくお願い致しますわ」
杏が電話を切ると、相手は紅茶をゆっくりと飲み出した。
「ダージリンさん、今のお相手は大洗の角谷さんですか?」
「あら、察しが良いのね。オレンジペコさん」
「もうすぐ親善試合が始まるんですもの、お相手さんも把握しておかないと失礼でしょ?」
場所は
いや、正確に言えば休憩中の合間にお茶を飲んでいる、と言った感じだろうか。この2人も大学に進学したあとに教員免許を取得してここに戻ってきたのだ。勿論、後任を育てるために。
「それに、今回の親善試合はいつもと違うものになるかもしれませんよ」
「どういうことです?」
「今大洗に新しい戦車とメンバーが入ったって噂になっているんです。まぁ、デマかも知れませんけどね」
「でも新しいメンバーがどんな人たちなのかは気になりますね」
「そうですわね。でも、手加減は一切致しませんわよ」
ダージリンは紅茶を一口飲み、オレンジペコと一緒に授業に戻っていった。
※解説
シリンダブロック
エンジンなどの内燃機関の主要部分にあたる部品のこと。ピストンと一緒に燃焼室を形成している。
尾栓
戦車砲の最後部に付いている部品のこと。砲弾装填のためにはこの尾栓を開けて装填する。
今回も読んで頂きありがとうございます。次回は聖グロリアーナとの親善試合です。感想、評価、お待ちしています。