次々と不良車が出てしまう大洗の戦車たち。整備、修理をしようにも資金がないため、悟子は頭を抱えていた。そんな状況の中、宗谷は自分の祖父が残した財産を使って、戦車の分解整備を実行する。
内緒で進めるつもりでいたが、最後の整備をしているときにみほにバレてしまう。怒られるかと思われたが、みほは感謝の言葉を伝えた。無事に整備は終わり、万全の状態になった戦車たちには、聖グロリアーナ女学院の親善試合が待っていた。
親善試合の3日前。練習の内容は今までと一変して、実戦に近いものをやっていた。走行しながら的を撃ち抜いたり、上手くカモフラージュして敵の目をごまかしたりといった練習をしていた。
試合が近いので、練習もあれもこれもと詰め込んでやっているので試合前は帰りが遅い。そして今日も練習が終わった頃には午後5時になっていた。
「よーしよし、みんな頑張ってるね。それと、試合の相手はこの間も言った通り、聖グロリアーナ女学院とやるからね。去年は4位だったからそこそこ強豪であることは察してね」
聖グロリアーナ女学院はイギリスの戦車を保有している。聖グロリアーナの代表の戦車といえばチャーチルMkⅦやマチルダだろう。
戦車はともかく、聖グロリアーナは侮り難い強敵には違いない。過去にはプラウダと準決勝で当たり接戦を繰り広げたという話があるので油断は出来ない。
さらに、今回はみほたちと激戦を繰り広げたダージリンの娘が参戦すると言われているので緊張感は寄り一層増す。そんなかほたちとは裏腹に宗谷たちは初めての対校試合に心が踊っていた。
この間の練習試合も楽しかったのたが、やっぱり対校試合となればより一層楽しみになる。そんな調子だったので旭日のメンバーは練習にかなり力を入れていた。だが、杏は旭日のメンバーにこう言った。
「あ、それと旭日は今回メンバーに加えていないから今回は見学ね」
「え!?マジで!?」
「マジだよ水谷くん。君たちの実力は充分分かっているけど、経験が全く無いからね。今の状態で試合に出ても、あまり活躍出来そうに無いからね」
「・・・分かりました。しっかり見学して、基本を覚えます」
宗谷は納得したように言ったが、本心は試合に出る気満々でいたので少し残念がっていた。
「じゃあ今日はここまでね、お疲れさーん」
解散したあと、宗谷たちがチリの整備をするために格納庫に入っていった。水谷はため息をついている。
「はぁー、俺たちは見学かー・・・」
「まぁ『経験がものを言う』っていうからな。俺たちはまだ本戦やったことねぇし」
「とにかく、整備するぞ。本戦には出られるんだからそれに向けての整備だと思えば良いだろう?」
「まだ本戦まで時間あるぜ」
そんなことを言いながらも整備を始めた。あと少しで終わりそうな時、かほがひょっこりと顔を出した。
「あの、宗谷くん。ちょっといい?」
「え?良いけど、またみんなでお茶か?」
「いや、あの・・・えっと・・・2人でお茶、とかダメかな・・・?」
かほは頬を赤らめながらそう言った。宗谷はきっとこの間のことだろうと思って一緒に行くことにした。
「分かった、もうすぐ終わるからちょっと待っててくれ」
「宗谷、流石に女子待たせるなんてしたら失礼だろ?あとは俺たちに任せてお茶してこいよ」
福田たちはなぜかニヤニヤしている、宗谷には全く訳が分からないが、そう言われてみれば確かに失礼かもしれいと思い、整備道具をしまって行くことにした。
「じゃあ行ってくるから、整備終わったら帰って良いからな」
「おう、頑張れよー」
そんな一言で送り出され、宗谷はかほと2人でルノーに向かった。福田たちは宗谷とかほをこっそりと見た。
「・・・いやー、宗谷のやつもやるなぁ。告られるとかじゃね?」
「そこまではまだ早いって。でもさ、この間2人でなんか話したらしいしな。もしかして宗谷から告ったとかかもな」
福田たちはそんな話をしながら整備を続け、明日の練習に備えて予習を始めた。
一方、ルノーでは宗谷とかほが向かい合わせで席についていた。何も話さないかほに、宗谷から話し掛けた。
「なぁ、今度の親善試合の相手の聖グロリアーナ女学院ってそんなに強いのか?」
「え!?う、うん。お母さんも言ってたけど、2回試合して勝っていないって言ってたよ。それに数年前に3位になってるし、去年もベスト4に入ってたし」
「うーん、やっぱし侮れねぇかぁ。本戦じゃベスト4入りの女学院には確実に当たるなぁ」
「で、でも、宗谷くんたちがいてくれたら心強かったかな。出れなくて残念だったね」
「仕方ないよ、技術はあっても経験ないとどうにもならないからな」
そんな2人の会話に割り込むように川井店長がいつものセットを持ってきた。
「お話し中失礼するよ~、いつもの紅茶セットね。それと、親善試合まであと3日だね。練習はどんな感じ?」
「試合が近いというだけあって練習もかなり本格的になっていますよ」
「やっぱり?この時期は練習も遅くまでやるからねぇ。私の時も大変だったなぁ」
「・・・『私の時も』?てことは川井店長もかつては大洗の生徒だったんですか?」
「あれ?宗谷くん知らなかった?私もかつては大洗戦車道科の生徒だったんだよ」
宗谷は驚いていた、ただの戦車好きかと思っていたら元大洗の生徒、となれば宗谷にとっては先輩にあたる人物になる。
「何年前に卒業されたんですか?」
「確か・・・6年前だったかな。その時は確か4位になったんだ。でね、卒業したは良いけどなんか、この学園艦を離れたくないなぁって思って、この喫茶店を創ったんだ」
宗谷にはその気持ちが分かる気がした、辛いことや嬉しいことが詰まっている場所はそんな簡単には離れられないものだ。
「そんなことより、宗谷くんたちも親善試合に出るんでしょ?」
「あー・・・それなんですけど、今回は見学って言われたんで出れないです」
「え?そうなの?あーそりゃ残念だったね」
「経験不足だからって言われたんで、そこは否めないことですから」
そんな会話をしていたらもう暗くなっていた。店を出てかほが帰ろうとしているところを宗谷が呼び止めた。
「西住、家まで送るぜ」
「ありがとう。でも大丈夫だよ、ここから家までそんなに遠くないし」
「変なやつとかいないだろうけどさ、心配だからな。ほら行くぞ」
宗谷が答えを貰う前に歩き出してしまったのでかほは続くような感じでついていった。夜の町はとても静かだ、普段は人で賑わう場所も暗くなれば静かになる。
そして月の明かりが道を照らしている。宗谷はこんな時が一番好きだった、暗いからこそ見える景色があるからだ。
「宗谷くん、もしかして夜の方が好きなの?」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、ずっと空ばかり見ているんだもん」
「あー、つい見ちまうんだよ。昼間も好きだけど、どちらかと言えば夜かな。星空とか夜景が見れるからな」
「分かるかも、夜景綺麗だもんね」
かほは星空を見た、星は静かに輝いている。
「そういや、2人の関係が治ったときもこんな星空だったな。あれからどうなったんだ?」
「あれ以来すっかり良くなったよ、宗谷くんのおかげでね」
「俺のおかげ?冗談よせよ、俺は何にもしてねぇぜ」
「ううん、そんなことないよ。宗谷くんがいなかったら、私とお母さんの関係はずっとぎすぎすしたままだったかもしれなかったし」
かほはそう言っていたが、宗谷自身は何かしたというような達成感は全くない。最終的に『こうしたい、こうなりたい』と決めたのはかほ自身だから、つまり自分はただアドバイスしただけと思っているからだった。
「それじゃあ、送ってくれてありがとう」
「・・・へ?あ、もう着いたのか」
気がついたらもう着いていた、会話しながら歩いていたら時間はあっという間に過ぎるものだ。
「じゃあ気を付けて帰ってね 。おやすみ」
「おう、じゃあな」
その一言で2人は別れた。宗谷はかほから言われたことを思い返していた。
「『俺のおかげ』か、まぁそうならそうなんだろうけど、関係が良くなっているんならそれで良いか」
そんなことを思いながら寮へ帰っていった、親善試合まであと2日。
親善試合当日、学園艦は大洗町の港に停泊した。その真横には聖グロリアーナ女学院の学園艦も停泊している、艦から降りるときに横の学園艦を覗いてみるとかなり大きかった。
圧倒されているかほたちの後ろを宗谷たちもチリに乗って付いてきていた。試合には出ないのだが、折角だからついでにチリと一緒にということだった。
かほたちが大洗町に戻ってきたのは約2ヶ月ぶりなので、ゆっくりと町を見たいところだが、今回の目的は試合なので町の見学は後回しだ。その一方で、杏とみほは数年ぶりにダージリンと再会していた。
「お久しぶりです、角谷さん」
「あの時と全く変わらないねぇ、あれからどんな感じ?」
「指導員として何とかやっていますわ。フフ、まさかお互いに指導員として再開するなんて思ってもいなかったことですわね」
「それより、今回は親善試合の申し立てを受け入れてくれたことには感謝するよ。こっちも全力でいくと思うから成長を見てやって」
「ええ、私たちの後任もあれからさらに腕を上げましたわ。こちらも全力でいきますよ」
軽く挨拶を終えて別れるとき、ダージリンが思い出したかのように聞いてきた。
「あ、そういえば・・・あなたの学園に、新しいメンバーが加わったと聞いていますが」
「え?誰からそれを?」
「それは言えませんが、ちょっと小耳に挟んだので気になっていたんです」
「えーっと、今回は見学にさせているよ。まだ経験が無いから雰囲気だけでも掴んで貰うためにあえてね」
「そうですか、どんな戦車で、どんなメンバーなのか、是非お目にかかりたかったのですけど、仕方ありませんね」
杏には誰がこの事を教えたのか何となく予測出来ていた。この事を知っているのは大洗のメンバー、そして協会長のしほだけだ。
流石にしほが情報を流したとは思えない、となれば直近の誰かだ。まほは知っていてもそんなことはしないはず、だとしたら・・・
「杏さん、そろそろ行きますよ」
「う、うん。じゃあ行こうか」
戦車は全てスタート地点に並んだ、あとは試合の開始を待つだけ。かほたちが待っていると聖グロリアーナの現隊長、ルフナ(ダージリンの娘)が歩いてきた。聖グロの制服を着こなす姿は、若い頃のダージリンを連想させた。
「今日は宜しくお願い致しますわ。あなたたちのようにあの黒森峰と接戦を繰り広げた女子学園と試合が出来ることを、楽しみにしていましたから」
ダージリンの性格を受け継いでいるのだろうか、とても礼儀正しい。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
かほが手を差し出した、ルフナは快く握手を受け入れてくれた。
「・・・でも手加減は致しませんわ。私は中途半端が嫌いなので」
かほは急にゾッとした、何故かルフナの笑顔が怖かった。挨拶は終わり、お互いに戦車に乗り込んだ。
一方、宗谷たちはチリと一緒に山の上にいた。宗谷は状況把握がしやすいように通信機を持って木の上に登っていた。今回のステージは高低差が多い荒野と、大洗町を舞台にした市街地だ。
市街地は見えるが、荒野は全く見えない。という事で、ある手を打つことにしたのだ。
〔おーい宗谷、傍受機の準備出来たぜー〕
「バカ、傍受機って言うな。受信機だよ、受信機」
宗谷が用意したのは、94式1号無線機。総重量1・5トン、通信距離500キロの大型無線機だ。リヤカーの上に載せ、チリで引っ張ってきたのだ。
〔あのな、大洗チームの電波しか受信出来ないからって言っても結論傍受と一緒だぜ〕
「まぁ、そう言うなよ。この会話聞いて作戦立てて裏をかくってわけじゃないんだからさ。」
そうこうしていると試合開始を知らせるアナウンスが響いた。
〔それでは、これより大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院の親善試合を開始する!〕
「お、試合始まるっぽいぞ。受信機のスイッチ入れとけよ」
〔ほいほい、じゃあONにしとくぞ〕
試合が始まり、戦車がお互いに一斉に動き始めた。傍受機には・・・いや受信機にはかほの指示が受信されている。
〔荒野で聖グロリアーナの隊列を探します、回りを警戒してください〕
宗谷はバインダーに挟んだ紙にメモを取っていた。紙にはステージの簡略図が描かれており、各スポットの番号が振られている。
ちなみに今かほたちが向かっているのは荒野なので、隅にあるポイント67に印を打っている。宗谷は受信した情報を基にお互いの出方を見ようと思っているのだ。
スタートしたのが何処なのかは分からないが、今の段階では大洗チームが荒野に向かっているということだけしか分からない。聖グロリアーナがここからどう出るかで戦況は大きく変わるだろうと宗谷は思っていた。
一方で4号に乗っているかほは、作戦を決行しようと考えていた。相手が何輌なのかは分からないが、10輌までが限度なのでそれ以上参戦はしていないはずだ。
ここで決行しようと考えている作戦は、安全圏かの長距離射撃で隊長車を撃破するというものだった。
まずは囮を隊列の前に出して、動きを変えてポルシェティーガーの射程範囲に引き付ける。
そして聖グロリアーナの隊列の後ろを取り、追い詰めたあと、ポルシェティーガーの遠距離射撃で隊長車を撃破。そして指揮系統を失った残りの車輌を撃破する、という寸法だ。
ポルシェティーガーは機動力に劣るので、高低差を利用して狙いを定められやすくしている。と言っても射撃距離を1500メートルにしなければ確実に当てることは出来ない。
そこで囮を隊列に送り、動きを変えてポルシェティーガーの射程範囲に入れようとしているのだ。
「まずは私たちアンコウチームが囮になって聖グロリアーナの隊列に向かいます。後の車輌は隠れて、隊列の後ろについてなるべく追い込んでください」
〔オッケー任せて!〕
〔頑張ります!〕
「それでは、『戦車スナイプ作戦』、開始します!」
かほはこの荒野で決着をつけようと考えていたのだが、流石に一筋縄ではいかないと思い、次の手を考え始めた。
宗谷はよくできた作戦だと思っていた。ただスナイプするのはかなり難しい、高い命中精度が求められる。
「スナイプ作戦ねぇ、確かに安全圏から隊長車を仕留めるならそれが1番かもな」
〔あ、いました!聖グロリアーナの隊列です!〕
聞こえてきたのは藍の声だ、別の戦車同士の会話しか受信出来ないはずなのだが。
「あれ?車内通話の電波拾ってんのか?中々精度良いなこの受信機」
〔それじゃあ、予定通りに作戦を決行しよう。五十鈴さん、隊列に向けて1発撃って〕
〔はい・・・目標を捉えました!いきます!〕
〔『ドーン!!!』〕
〔隊列が動きを変えました、皆さん準備してください!〕
どうやら作戦は上手くいっているようだ。ここで隊列の動きを変えて、なんとか挟み撃ち出来れば作戦はほぼ成功したのも同然だろう。
だが油断は出来ない、相手は過去に4位になった女学院だ。もしかしたら次の手を打っているかもしれない、宗谷はそう思った。
その読みは的中していた、ルフナはダージリンからどういう戦い方をしてきたのかを聞いていたので、今目の前で走っている4号は囮だというのは分かりきっていた。
「全車、回りを警戒しなさい。横から砲撃が来るかもしれないから怠らないように」
ルフナの言葉に全車の乗員は警戒を始める、この勘が外れたことはない。そして思っていた通り、後ろから大洗の追っ手が現れ、追い詰めたかのように攻撃をしてくる。砲手のリゼ(オレンジペコの娘)は追っ手に手を出さないことに疑問を持っていた。
「ルフナさん、何故追っ手に止めを指さないんですか」
「あえて作戦に乗せられたフリをして、相手が全車揃ったところを一網打尽にするんですわ。あとで『十字軍』のアールグレイ(ローズヒップの娘)さんに連絡しなければいけませんね」
大洗チームは作戦を逆手に取られているとは知らずにノリノリで聖グロリアーナの隊列を追撃していた。ベスト4を相手にここまで追い詰めているとなればテンションも上がるのは無理もない。
〔よっしゃー!計画通り!!〕
〔このまま追い詰めてベスト4に勝ちましょう!〕
〔勝利は目の前だ!〕
受信機にはこんな会話が入ってくる。宗谷もかなり上手くいっている感じではあると思ってはいたが、1つ疑問なのは相手は何故反撃しないのかということだ。
普通なら囮など無視して反撃するはず、でないと辻褄が合わない。去年ベスト4の女学院がこんなにあっさりと負けを認めるのだろうか?
「・・・上手く行き過ぎてるな。妙だぞ」
〔あ?何か言ったか?〕
通信機の電源を切り忘れたのか、福田に今の独り言が筒抜けになっていた。だがそんなことはお構いなしに逆に質問を返した。
「なぁ、福田。敵に後ろ取られたらどう対処する?」
〔? そりゃ、砲塔を真後ろに旋回させて応戦するか、急ブレーキ掛けて、相手が避けて前に出たところを仕留めるか、それしか無いと思うけど?〕
(・・・・・そうだよな。囮で動いているならともかく、挟まれている状態なら反撃してるはずだよな)
〔おい、何かあったのか?〕
「ちょっと気になることがあっただけさ」
宗谷が考えていたことはかほも同じだった。あまりに話が上手すぎる、だが折角攻められているんだからここは作戦を変更せずに予定通りに実行することにした。
そしてポルシェティーガーの射程範囲に入った、あとは何とかスナイプ出来れば成功だ。M3が空に向けて1発砲撃した、ポルシェティーガーに作戦実行を伝える合図だ。しかしポルシェティーガーからのスナイプは無い。
「おいレオポン(ポルシェティーガー)!何やってる!作戦実行だぞ!!」
梅がポルシェティーガーに通信したが何故かすぐに返事が返ってこなかった。しかし、返事が返ってこなかった方がまだ良かったかもしれない・・・
〔・・・ごめんなさい、やられました・・・〕
美優から来た通信は既にやられたという内容だった。
「は!?やられた!?」
〔気が付いたら後ろに別の戦車が回り込んでて対処出来ませんでした・・・多分そっちにも向かっています!警戒してください!〕
その通信の直後、別の方向から戦車が全速力で駆ける音が響いてきた。前を走っている隊列の戦車の音ではない!
「全車警戒しろ!別に戦車がいるぞ!」
梅が通信したがもう遅い、回りは既に聖グロリアーナの手に堕ちていた。
「全車隊列を崩して下さい!纏まっていたら一気に叩かれます!」
かほが慌てて指示を出す、今の状況では隊列を崩してバラバラに動くしかない。今出来ることはそれしかない、もう前の隊列を追っている場合ではないのだ。
勿論宗谷もこの状況になっていることを把握していた、やはりベスト4が考えていることは想像していた以上だった。
「・・・やっぱりこうなったかぁ、でも別に戦車なんてあったっけか?」
〔う、動きが速すぎます!ついていけません!〕
〔回り込まれましたぁー!!助けてぇー!!〕
〔落ち着いて、全車威嚇射撃をしながら後退してください!〕
どうやら一旦下がるらしい、『攻撃がメインだ』と言っていたかほだが、ただ攻撃をするだけでは相手の思うつぼなので、下がるという判断は正しい。
試合会場の観戦席では大型モニターで試合を観戦していた。みほたち指導員は試合の流れを見ていたが、今は完全に相手の流れに乗せられてしまっている。杏がみほに話しかけた。
「あ~あ、逆手に取られたかぁ。どんな作戦考えたのか分かんないけど隊長車の4号を囮に使ったっていうのは昔と一緒だねぇ」
「あの時は隊長車ではなかったですよ。それより、相手の流れに乗せられましたね。かほたちはどうやって切り抜けますかね」
「う~ん、この感じじゃ市街地に移動するんじゃない?穂香も私たちの試合を何度も見てたし、参考程度に動きそうだしさ」
杏はそう予測したが市街地に移動する気配は無く、何とかここで数を減らそうとマチルダに攻撃を仕掛けて1輌撃破した。
ダージリンはこの様子をずっと見ていたが、大洗側には特にこれといって目を見張るような戦いは無かった。
「・・・1輌やられましたか、まぁあれだけの混戦になってしまっては仕方ありませんね」
オレンジペコも一緒に試合を見ていた、特に気になっているのは通称『十字軍』と呼ばれている戦車隊の動きだった。
「やっぱり十字軍の動きは素早いですね。ローズヒップさんはどんな教え方をされていたのでしょうかね。」
「さあ、私はあまり十字軍の練習は見に行かないのでなんとも」
試合はダージリンが言った通り、混戦状態に陥っていた。お互いに照準が合わず、砲弾が飛び交っている。かほはこれでは拉致が明かないと思い、市街地へ移動することにした。
「全車、市街地に移動しましょう!」
〔分かりました!〕
〔今はブロックが関の山ですね・・・〕
「行きます!続いて下さい!」
大洗チームは4号に続いて攻撃をしつつ退却していく、絶好の攻撃チャンスなのに、ルフナは『攻撃せよ』とは言わなかった。アールグレイは攻撃をしないことに納得がいかない。
〔ちょっと、何で攻撃しないのよ!〕
「背を向けている相手に攻撃を仕掛けるなんて、そんな卑怯なことはしませんわ。それより、市街地に先回りしょう」
〔全く、呆れて何も言えないわ〕
アールグレイは十字軍を市街地に急行させた。
受信機には市街地へ向かうというという情報が入っていた。双眼鏡で覗く限りではまだ大洗チームは市街地に入っていなかった。
〔おい宗谷、何か進展あったか?〕
「進展どころか追い詰められてる感じしかしねぇよ。まぁ、土壇場で1輌撃破したっぽいけど」
〔んなことより暇だ、ただ山んなかでボーッとすんのは暇で暇でしょうがねぇよ〕
「少し我慢しろよ、俺だって暇だよ・・・ん?大洗が市街地に入ったな」
音がする方向を双眼鏡で覗くと市街地に入ってバラバラに動いていた。各自で攻撃せよということなのだろうか、隊長車である4号も1輌だけで動いている。
市街地は狭い道が多いので個人で動く方が効率が良いのだ。4号たちが市街地でバラけた時、先回りすると言っていた聖グロリアーナは2分ほど遅れて到着した。
土地に慣れていなかったのか、到着が遅れたというべきか、しかしその考えは180°一変した。砲撃音がやたらと響いているがチャーチルやマチルダの砲撃音ではなく、89中戦や3突などの大洗側からの攻撃だった。
受信機の電源は切ったので話の内容は分からないが急に状況が一変していることは明らかだった。
宗谷も必死で戦車を追うが見る方向と違うところから砲撃音が聞こえてきているので何が何だか全く分からない。
「10時の方向か?いや6時から?何処だ?何処にいるんだ?」
双眼鏡をキョロキョロさせているだけで戦車1輌を探すのに苦労していた、ようやく見つけられたのはM3だがよく見ると裏路地の角から射撃していた。そして攻撃が来るとすぐに下がり、遮蔽物を盾にして後退していた。
宗谷はようやく答えが見つかった。
「成る程そういうことか、地元だから何処の道を通れば何処に出るのかが分かっているんだ。裏路地を通って敵の裏を突いているってとこか」
その答えは正解だった。かほが立てた次の作戦は地元である大洗町の裏道を使って裏を突き、殲滅するというもので、まさに地元をよく知っているからこそ出来る戦術だ。
ルフナは突然の反撃に何が起こったのか状況が把握出来ていなかった、やられた車輌は今だに無いがやられるのも時間の問題だろう。そう思っていた矢先、別の戦車から通信が入ってきた。マチルダ3号車からだ。
〔ルフナさん・・・申し訳ありません。やられました〕
「・・・仕方ありません、ご苦労様でした」
静かに通信機を切るルフナを見ているリゼはいつもと違う雰囲気を感じていた。まさかここまで追い詰めらるとは思っていなかったから当然だろう、そう思っていたのだが・・・
「・・・フ、フフフ・・・」
「あの、ルフナさん・・・?」
「ここまでやられるとは・・・少し甘く見ていましたね。でも・・・もうこんな失態は致しませんわ」
車内は突然寒くなった、ずっとそばにいたリゼでさえも今までに感じたことのない恐怖感に襲われた。
「・・・全車、作戦を変更します。裏路地らしき道を中心に探索して、見つけたら囮で釣り上げなさい」
〔〔〔〔は、はいぃ!!!〕〕〕〕
キレている、ほかの戦車の乗員でも分かる程にキレている。
「・・・皆さん?どうかなさいました?」
〔あんたキレてんの?大洗にナメれているからって〕
「キレていませんわ、少し本気を見せないといけないと思っただけですわ」
そう言われたもののアールグレイからしてみればキレているとしか思えない。女子の裏の顔というものは怖いものだ。
ただここで気になるのは『囮で釣り上げる』という言葉だ。ルフナが考えた作戦なのだが、やることは至って単純だ。
89中戦が単独で動いていると目の前にマチルダが止まっていた。これはチャンスだと思い、マチルダに近づいていった。
「よっしゃー!チャンスチャンス!」
「アタック、アタック!」
マチルダに近づいて行くと角から姿を消したので加速して追い掛けようとした。
『ドーン!!』
突然砲撃音が響き、気が付くとやられていた。
「・・・え、うそ。後ろ!?」
汰恵が慌てて後ろを見ると別のマチルダが砲を構えていた。『囮で釣り上げる』というのはこのことで、敵の目の前に囮を配置して反対側に別の味方を配置する。
そして敵が近付いたら離れ、敵が囮の方向に向いた瞬間『ドン』と言うわけだ。
市街地では有効な作戦ではあるが黒森峰やプラウダには全く効かなかった。本気で行くと言ってはいたがあまりに単純過ぎる、しかし敵を減らすことを先決に考えたのなら当然だろう。そしてかほにはやられたと言う報告が入ってきていた。
〔ごめーん、アヒルチームやられたー〕
〔カモチーム(B1bis)もやられました、すみません〕
「分かりました。ご苦労様です」
かほは次の一手を考えていた。その時、M3のあいかから救援を求める通信が入った。
〔誰か助けて下さい!敵に追いかけられて振り切れません!〕
「ウサギさんチーム?今何処にいるの?」
〔今大通りを走って裏道に入ります!〕
「分かった、すぐに行くから持ち堪えて!」
かほはM3の救援のため、まずは大通りに繋がる裏道を走るように指示した。その途中でM3と合流した!4号の姿が目に入ったので安心したのか、あいかは思わず砲塔から上半身を出した。
「西住さーん!」
「もう大丈夫だよ、このまま裏道を走り続けて!」
M3を先頭に4号も続いていく、かほは裏道で振り切ろうと考えていたが逆に追い詰められていることに気付き、大通りに向かうように作戦を変更した。速度はこっちがやや有利なので直線で振り切ろうとしたのだ。
何とか大通りに出て直線で振り切ろうとした矢先、別方向からの攻撃が来たのでM3と4号は思わず止まってしまった。かほは次の攻撃が来ると思ったが何故かこなかった。
チャーチルを見るとルフナが険しい目で見ていた、かほが砲塔から上半身を出すとルフナが話し掛けた。
「・・・正直、ここまでやられるとは思っていませんでしたわ。こんな言葉を知っています?イギリス人は、恋と戦争は、手段を選ばない」
チャーチルとマチルダが砲を向ける、かほは逃げるように言ったがM3はエンストしてしまい中々エンジンがかからない。
あいかが逃げてと言ったがかほは見捨てる訳にはいかない。ルフナが『撃て』と言おうとしたその時だ。
突然地鳴りがしてきた。ルフナが一番最初に気付き、その後にかほが気付いた。この地鳴りからすると中戦車ほどだ、かほは3式中戦かと思ったが近くには大洗側の戦車はいない。お互いに試合そっちのけで回りを見始めた、ルフナがアールグレイに通信する。
「アールグレイさん、ほかに戦車が通りませんでした?」
〔ほかに?いないわ・・・あ!何か戦車が通っていったわ!そっちに行ってるわよ!〕
地鳴りが大きくなっていく、近づいてきた。2人が角に視線を変えるとチリがドリフトで角を曲がって走ってきた!
ルフナは突然謎の戦車が出てきたので驚いたが、それ以上に驚いたのはかほだった。
「なっ!?」
「ち、チリ!?何で!?」
チリが全速で走っている、宗谷が状況を判断して指示を出す。
「チャーチル、マチルダに威嚇射撃!!」
「どうなっても知らねぇからな!!」
岩山はほぼやけくそでトリガーを引き、2輌の間を狙って1発射撃をする。砲弾は2輌の間の地面に当たった。
そしてチリはドリフトしつつ4号とM3をかばうように停車した。そして宗谷がチリから出て、砲塔の上に乗った。
「あ、あなた!何者ですか!?」
「旭日機甲旅団隊長兼チリ車長、宗谷佳だ!」
今回も読んでいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていて下さい。感想、評価、お待ちしています。