ぶっちぎり不幸主人公に相棒をつけたかった話。   作:YK

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出し惜しみするには、どうにも便利すぎる

 コムイは、新しいエクソシストの存在に嘆息した。

 

 

 名前を『ジィジィ』と名乗った。彼は、つい三日前に入団したばかりのエクソシストである。

 

 

 出生は不明。いわゆる孤児であり、ついこの間までストリートチルドレン生活を余儀なくされていた少年だ。

 

 

 自己申告により、10歳以前の記憶はないという。催眠などによるセラピーによって、正式に記憶障害と診断された。それにより、正確な年齢はわからないが、外見からして間違いなく現時点で教団内最年少だろう。

 

 ソファに座って、彼はぼんやりと宙を見ている。目の前に置かれた、彼のために用意したジュース。それに手を付ける素振りも無く、むしろ不思議そうに、『これはなんだろう?』というような様子で。

 彼は、これ以上ないほど寡黙である。返事と言ったらもっぱら首肯のみ。伸びきった黒い髪、そこから上目づかいに窺うように見つめてくる様子は、無人の子供部屋に置き去りにされた人形のよう。

 たまに口を開くと、予想以上に受け答えはしっかりしているものの、過酷な環境に置かれた子供が、その精神状態に異常をきたしていないと否定もできない。

 

 戦線は一進一退も分からない状況である。暗中、最前線に立つエクソシストは数を減らすばかり。今は、一人でも多くの『神の使徒』がほしい。

 

 

 部下は無言だ。

 

 

 しかし、『仕事してほしい』オーラが、やんわりと強くコムイの背を押す。

 

 考えあげたすえに、彼は一つの結論を出した。。

 

 

 

 

「じゃあキミ! この子、よろしくねッ!」

 

 

 

 

 

 ………………………………………

 

 

 

 ※ミランダ視点

 

 

 さて、どうしたものか。

 

 

 隣に立つ女性の、高い位置できつく纏めた薄金の髪には白髪が混じっている。

 

 団子にしたその髪にかぶせた白いナースキャップ、清潔なエプロンドレス、女性にしては高い背で、すっと通った顔立ちからして、昔はかなりの美人だったのかもしれないと思った。老いても本物の白衣の天使である。

 

 対してこちらは、うねる様な、癖のある黒髪、それも色も漆黒には程遠い茶の混じったまだらの黒髪に、生来の不眠症で、くっきりと眼の下に添えられた隈、肌は白いというよりも青白い。やはり無難な、黒や茶などの濃い色の服をどうしても選んでしまうものだから、年寄り臭くて、そう、まるで森に引き篭もって薬を煮詰める魔女のようだ。

 

 此処の人々は総じて一生懸命で厳しく、しかしそれだけ有能で、ああ、自分はイノセンスの適合者でなければこんな所に生涯縁はなかっただろう。確かにここは十字架を掲げる戦士の寝宿だった。

 

 到底自分には不相応だと、ミランダは視線を下げる。

 

 目の前のこの子供に、自分は何もしてやれない。何をすればいいのかすらすらわからない。いや、していいのかすら。

 

 ちらりと見えたこの子供の姿に、思わず手を上げたのは自分なのだが、しかし。

 

 うねる黒髪は長く、顔を半分隠している。少しだけ上目遣いに見つめてきた眼に、隈があった。教団に来て、生活は改善されたのか青白くは無いが、色は抜けるように白い。隈は、環境が変わったからだろうか。それとも前からそうなのだろうか。

 

 ただ自分と違うのは、髪の色がすっと深い夜闇のような黒なのと、ここの優しい人たちにずっと早く逢えたこと。

 

 二十も半ば、普通なら、結婚して子供のひとりくらい居たっておかしくない。それなのに恋どころか、日々の生活すら悲観して過ごしてきたそんな時に舞い込んだ可能性。

 

 このどうしようもない、役立たずを誰かのために使ってもらえる、ただ一人必要としてもらえる、その幸せ。

 

 

「大丈夫よ」

 

 怯えているのではないかと思って取った手は、指先が冷え切っているものの、きちんと体温があった。

 

「大丈夫よ……」

「……うん。わかってるよ。ミランダ」

 この子は喋ると印象が変わることに、すぐにミランダは気が付いた。

 ――――この子は私とは違う。

 自分が置かれた環境に、微塵の動揺も、悲観もない。それでも、心の中には不安がある。不安があるから、警戒しているのだ。

 

「……違うわ。ここはあなたのホーム。ここでは、誰もあなたを利用したり傷つけたりしない」

 

「……そうかな」

 

 前髪の陰で琥珀色の瞳が煌めく。

 

「ほんとうに、そうなのかな……」

 

 挑みかかるような獰猛な笑顔で、ジィジィは胸の十字架をなぞった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ボクはもともと、普通にストリートチルドレン暮らしを行う『ジィジィ』という名前の子供だった。

 

 ただ普通と違ったのは、『普通』じゃない力があったということだけだ。しかしあの街では、ただひとりにだけ与えられる何か、というものにとても厳しかったから、ひたすらにその力は隠して過ごした。

 

 しかし、出し惜しみしているわけにも行かなくなったのは、そう昔のことじゃない。

 

 まず、一番にお世話になっていた娼婦がいなくなった。

 

 彼女にお世話になっていたのは、時々だ。でもその時々が結構日々の暮らしに重要だった。

 

 彼女は昔娼館に居たのだが、愛する男との間に子供を授かり、借金を踏み倒し、家を捨て、彼と駆け落ちしたのだそうだ。しかし結構な坊ちゃんだった彼は貧困生活に耐えられず流行り病で急死。子供はやっとのことで産み落としたが、一年経つか経たないかで同じ病で死んだ。

 

 ありだちだが、彼女が言うに子供はボクと同じくらいの年頃なのだという。

 ああそう、生きていれば、の話だ。

 

 

 本当に彼女にはお世話になった。

 

 

 月に一週間ほど、共にするだけの関係だったが、美人でまだ若かった。

 収入もそれなりだったはずなのに、アパートメントも借りずあんなボロ屋に住んでいたのは、彼女本人の意思によるものだ。もしかしたらボクのためだったのかもしれない。

『普通』の暮らしをできてさえ居れば、『幸せになるべき人』だった。

 

 

 明け方前の暗い部屋の中、女の形をした骸の前で、『ああ、これはもう、使っていくしかないな』と頭をかいたのはよく覚えている。

 

 最後の手向けに使ってしまった力。『使ってはいけない』とずっと思っていた力。今なら分かる。『使ってはいけない』というあの衝動は、『使ったら戻れなくなる』からだったのだと。

 思っていたよりもずっと良いものをボクは持っていたのだと、直感した。

 

 

 

 

 

 

 これは出し惜しみするにはどうにも便利すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の病は奇しくも、彼女の夫と、息子が死んだ病とと対する様に存在するモノによるものだった。

 

 ああ、大丈夫。ちゃんと彼女の夫と子供にその病を植え付けた『アレ』は壊しておいたから。ついでに、彼女も。

 

 なんで彼女は今になって、そういうことをしてしまう気になったのかはわからない。もしかしたら、ボクが居たからかもしれない。だから寂しくなってしまったのかも。

 

 盗みをした。能力で脅かして、強盗もした。思いつく限りの便利な使い方は網羅したはずだ。

 

『力』を使うようになって少しして、何度か十字架を掲げた人間が怪しげな勧誘をしてくるようになった。

 

 可笑しいったらなかったさ。まさか、こんなボクを『使徒』に選ぶなんて! 神様ってやつは、シェイクスピア並に筋金のエンターテイナーだと思った。つまり、とっても悲劇がお好き。

 

 けれど、結果的に彼に付いて行ったのは、たぶん彼が、彼女のあの日と同じ時間にやってきたからからだ。おんなじような赤毛をしていたからだ。

 ついでに、なかなかに刺激的な登場の仕方だった。きっと生涯忘れられない。

 

 あの日は珍しく、彼女について考えている時だったんだ。悼んでいたいた、とも言うかな。まぁ、『一年経ったなー』くらいの悼み方だったけど。

 

 だって可笑しいだろう?あの人はまだ二十代半ばだったんだ。十代半ばで娼館を出たから―――ほら、『生きていたら』、子供がボクと同じころの筈がない。

 

 

 

 

 だってボクは、今年で16になるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、最後にラビ、言うつもりはないんだけどさ、壁を突き破ってきたのはあんまり怒ってないよ、大丈夫。

 

 だから、そんなに必死こいて会うたび会うたびに奢ってくれなくていいからね。

 

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