ぶっちぎり不幸主人公に相棒をつけたかった話。   作:YK

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神様とやらがさらに嫌いになりそうだった。

黒い海は奈落の底の様に深い。

 

揺れる黒い波が月光に照らされ、きらきらと輝いた。

 

その頭上で月を背にして白い帆を張る船は、欄干ぎりぎりに立つジィジィを丁度よく影に隠している。

 

コート型の黒い団服の裾とジィジィの黒い髪が潮風に揺れ、ミランダからは彼自身が影法師のように見えた。

 

「ジィジィ君、もうそろそろ到着ですってよ」

 

 

 

 

 

「よくぞいらっしゃいましたエクソシスト様方」

 

皺の深く刻まれた初老の男が両手を合わせ恭しく頭を下げた。

 

 

 

 

もしかしたらすでに『初老』という年齢ではないのかもしれない。年齢不詳とはこういうことだろうか。ゆったりとした服の上からでも分かるほど、彼は鍛え抜かれた体躯で年を感じさせない修敏な動きである。

 

 

 

 

男が歩き出す。

 

「急でしたので、どうなる事かとも思いましたが」

 

年長のミランダが、初対面の人間にどもりつつも、言葉を返す。

 

本来は来た時の様に、結構な早足で無駄なく歩く人なのだろう。しかし女性であるミランダだけでなく、ジジにも歩幅を合わせるあたり、子供慣れしているように思えた。ジジは(そういえばこの人が支部長の世話係の人か)納得して、その対応に甘える。

 

ウォンは、黙々と足を進める足元の子供に目を細め、黒の教団・アジア支部施設の指令室入り口に立った。

 

 

 

「ミランダ=ロットー様、ジィジィ様、エクソシスト様両名をお連れいたしました」

 

 

 

 

 

「入れ」

 

ややあって、低く返事が返された。

 

ホールの様になった部屋の奥には、ふんぞり返るように痩躯の男が腰を据えている。

 

 

 

「さて、」やけに芝居がかった仕草で、彼は手を組んだ。

 

「ようこそアジア支部へ。私はこのアジア支部長、バク=チャンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現時点での最年少エクソシストとは君のことらしいな」

 

伸びる影は二つ。

 

薄暗い廊下を歩く。広々としたそこは、照明の行き届かないところも多く、音ばかりがよく響いた。

 

「・・・・そうですね」

 

ジィジィは、耳にタコができるほど繰り返し言われた単語に、同行者に隠れて小さく嘆息する。

 

教団はジィジィを9~11程に考えているらしい。

 

対応もそれほどの子供にするもので、何度実年齢を主張しようと思ったかわからない。が、ジィジィ自身が生年月日を言えなかったのだから、当然と言えばそうだ。

 

(別にいいんだけど、)

 

この姿で得したことのほうが多いことは確かだった。年齢を多く見積もられるよりはいいだろう。

 

無駄に体が大きいよりは、弱者に見れるこのほうがましだ。

 

「・・・・・ここか」

 

「何?」「しっ!」

 

バクは唇の前に指を立て、前方を見げる。

 

「この門か・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裸足の足は、床の冷たさも気にならなかった。

 

ただまっすぐに、足が示すまま歩みを進める。

 

頭の奥で小さく囁くように、響き続ける何かがあった。

 

 

 

 

(・・・・・それは何だ?)

 

 

 

 

“歩き続けろ”

 

(マナ)

 

イノセンス

 

(無い)

 

神の左腕

 

(無いんだ)

 

エクソシスト

 

(・・・・無いんだ)

 

 

 

 

“愛してる”

 

(もう、無い・・・・・)

 

 

 

 

ひとりだ

 

 

 

 

こんなに怖いと思わなかった。

 

深淵とは、ああいうことを言うのだと思った。

 

これ以上の恐怖があるだろうか。

 

 

 

 

目の前に立ちふさがる扉があった。見上げるように、大きい扉だ。

 

(本当に、大きい・・・・)

 

包帯で固められた右手を持ち上げる。やけにゆっくりとした動きだった。(変なの)

 

(自分のことじゃないか)

 

 

 

 

「その扉は押しても開かんぞ」

 

誰もいないと思っていたその場に低く言葉が響く。

 

「ここに何か用か?」

 

今度は子供を窘めるように。

 

「・・・・・どうして開かないんですか」

 

「その扉の中にはここの守り神がいて、ボクの曽祖父が内から封印してるんだ。ここに用があったんじゃないのか?」

 

答えはすぐに返ってきた。

 

こちらも返す。

 

「別に・・・・・ただ進んでいただけだから」

 

無言が続きを促す。「この扉、どうにかして開けられないんですか・・・・・・・」

 

無気力な自分の声があたりにやけに大きく響く。

 

(無様だ)

 

「開けられない。戻ったらどうだ?そんなところ進んでどうする」

 

(そんなところ?)

 

「ただ進む」

 

 

 

 

 

(進むことに、意味がある)

 

 

 

 

 

「立ち止りたくないんだ」

 

 

 

「左腕も無いのにか?」

 

(そんなこと、言われなくたって分かってた!)

 

「別に文句をつけるつもりは無い。好奇心から訊いてるだけだ」

 

 

 

 

(・・・・・嫌な人。わざわざそんな言い方しなくてもいいのにさ)

 

きっと彼に、自分は見えていないんだろう。自分の体はこの神経の細すぎる兎のような男の影にでも、隠れるほど小さいのだ。

 

『咎落ち』と『ノア』とやらのダブルコンボに遭遇してしまった不幸なアレン=ウォーカーは、コムイやミランダから聞くに『英国紳士』の『いい人』らしいから、もっと身なりが良くて、お人よしな金持ちのオジサマな感じを考えていたのだけれど。

 

(根っから幸薄いんだ、あの少年)

 

プラス、義父の呪いも受けてるっていうし。

 

ラビのような微妙に報われない不憫キャラは嫌だなぁ、と、ジィジィは両膝を抱えてさらに体を小さくした。

 

(あれだ、昔大変な目にあって今はお人よしになっちゃった人。逆に捻くれちゃったのはボクの場合だけど)

 

そうしているうちにも話は進む。

 

「別の道を探すんだ。エクソシスト以外にも黒の教団にはたくさん役職がある。何か出来ることがあるだろう」

 

コレが決定打。

 

 

 

 

「そうすれば神もキミを咎めたりはしない」

 

 

 

 

 

「神?そんなのどうだっていい」

 

 

 

 

彼はどこに行くつもりだったんだろう。

 

無感情にジィジィは目を閉じてそれに聞き耳を立てる。

 

「僕は僕の意思で誓いを立てた」

 

彼はもう止まらない。

 

 

 

 

「アクマを壊すことを自分に・・・・っ!

 

共に闘うことを仲間に、救うことをこの世界に、死ぬまで歩き続けることを父に、誓ったんだ!!」

 

 

 

 

扉は固く閉じたまま。

 

「開けよ・・・・ちくしょぉ・・・っ」

 

ずるりと扉に縋りつく。先は見えない。

 

(・・・・それはとても怖いことじゃないのか)

 

“神?”

 

“そんなのどうだっていい”

 

(同感だ。神なんて、人が創り出した疲れたときに凭れかかるための柱だ)

 

努力しないものは救わない、なんて。

 

(子供の誤魔化し方じゃないんだから)

 

目隠しを取ってでも、見えない先を見なければならない。

 

(みんな嫌がるそれを自分からするなんて、ただの馬鹿か、それか・・・・)

 

 

 

 

「僕が生きていられるのは、この道だけなんだ」

 

 

 

「何勝手に病室抜け出してやがる!!」

 

怪我人のアレン少年の変わりに守護神の華麗な飛び蹴りの餌食になった支部長は、ジィジィの見解として、『ただの格好つけのヘタレ(オッサン)』である。

 

 

 

 

 

 

(飛び蹴りして仁王立ちする女の子って初めて見た)

 

しかし勇ましい。

 

お嫁さんにするならああいう子の方が存外長持ちするんではないだろうか。何があっても家庭を守ってくれそうである。(なにせ守護神だし)

 

その間にも、ジィジィはこそこそと さらに物陰に潜んでいく。

(あのノリの中に放り込まれるのは、何か嫌だ)

 

性分じゃない。ので、気配を希薄にして陰に身を落とす。

 

精神的な面での死活問題なので、外に出ないながら結構に必死だ。淡水魚がいきなり海に放り出される様なものだと思う。

 

ジィジィは気配を消す事だけは抜群に巧かった。

 

 

 

 

「……あの、」

 

……筈だったが、しかし幾つもの死線を掻い潜ってきた薄幸の、されど雑草根性の野生的本能を隠し持つ少年には通用しない。彼以外の標準的な誰かなら、違っただろうと思うのだが。

 

 

 

「あの変な子、何ですか」

 

 

 

 

バクが半眼でジィジィを見下ろす。

 

 

「……何をしているんだ」

 

「より良い精神安定のための逃避行へ」

 

 

 

やけにはっきりとした声。ジィジィは踵を返して姿を消す。

石畳の上を滑るように消える背中を、少年の視線が追いかけて来るのを感じた。

 

(・・・・何だろう?)

 

未知の生き物だ。

 

(考えられる馬鹿?)

 

少なくとも、彼は『努力』している。血反吐を吐き、文字通り死ぬような思いで、イノセンスを取り戻そうとしている。戦いに戻ろうとしている。

ジィジィには分からない感覚。一生、知らないままで死ぬだろう情熱。

 

(あれが本当の『神の使徒』か……)

 

かつて、ジィジィは、神の意志をエンターティナーと例えた。これが物語なら、彼こそがスタンダート。

 

(……きっと、あいつはすぐ死ぬな)

 

生き残るのは、いつだって生き汚い自分のような輩だと決まっている。

でももし、彼のほうが生き残るなら。

 

(神の御座から見た主人公……ってとこかな)

 

(犠牲には報酬をとは言わない。世の中は理不尽だから)

 

 

 

(でも、苦難には成果が与えられるべきだ。神がエンターティナーを気取るなら)

 

 

 

ここで彼を見捨てるのなら、元よりあまり好きではないけれど、『かみさま』とやらがもっと嫌いになりそうだった。

 

 

 

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