「寄生型はイノセンス自体が体内に宿って対アクマ武器となるだろう?だが装備型は適合者とイノセンスに身体的な繋がりはない」
はい、と相槌を返しながら僕は隣の彼を見た。背筋を伸ばして座る僕とは対照的に、足を投げ出してボーと何処かを見ている。
ふらふらと彷徨う視線は何かを辿っているようで、(いやまぁ前髪で眼は見えないけれど)、薄暗い広場の中、見えない何かを見ているんじゃないかと錯覚する。少し――――いいや、かなり不気味だ。
第一印象の勘違いではなく、この彼、このジィジィという男の子はちょっと……いや、かなりおかし……いや、変人なのだろう。僕に啖呵を切ったあの時は、何故か大きく見えた背中は笑ってしまうほど小さい。
「その分装備型はイノセンスを制御するのが難しいんだ。シンクロが出来ても、あの強力なイノセンスの力を巧く抑えられない。だから我々はイノセンスを対アクマ武器に改良するんだよ」
布団を挟んだ向こう側では高速でウォンさんが林檎の皮を回し剥いている。
気づけば彼もその手元に視線がロックオンされていた。うわ凄い見てる。ガン見だ。
気配を感じたのか、ウォンさんがチラッとこちらを見た。ウォンさんはサッと顔色が青くなって視線を外す。
「武器化はイノセンスの力を拘束し、適合者とのシンクロをより容易にするためのもの。そうして造られた武器に装備型は自分をシンクロさせて発動するのだ」
ジィジィがのっそりと立ち上がった。
「だが寄生型は、改良していないイノセンスの原石とシンクロを行う」
(「……ねぇ、それウサギ?」「……一個食べますか?」「うん」)
林檎をじっと見て手の中で回し、色んな角度から見る。「これどこから食べるの?」「お好きなように」「……」あ、頭からいった。
早送りのように口の中に消えるウサギ。彼自身のそれが、小動物の咀嚼シーンのようだった。
閑話休業。
「こう言うと失礼かもしれないが、寄生型の適合者はその体自体がイノセンスの力を拘束する武器の様なもの」
存在自体が対アクマ武器なんだ。
思いがけず、その言葉が僕の中に溶けた。
「……僕が武器……?」二匹目を咥えながら、ジィジィもこちらを向く。
「分かりやすく言うとだ。キミは、いやキミ達は確かに人間なんだが……」
三匹目を手に、二匹目を食べながらジィジィが元の、僕の隣に戻ってきた。「我々がイノセンスを対アクマ武器にする時はまずそのイノセンスを知ることから始める。
その能力に最も合った形状・性質・機能性……『スタイル』を導き出すんだ」
僕の左腕。
ジィジィの聖母の抱擁。
リナリーの黒い靴。
神田の六幻。
ラビの槌。
「キミはまだ、自分のイノセンスをよく知れていないのではないのかな。
キミがイノセンスの能力に合わせた『スタイル』になっていないことが、発動できない原因ではないかとボクは考えたんだが」
言うと同時にバクさんは激しくせき込んだ。「バク様しっかり!」
どうしてだろう。
「僕が……イノセンスを知れてない……か」
思えばずっと、一緒のものだった。それこそ物心ついたときからずっと、体の一部だったはずのものなのに。
今は、なんて途方もなく……遠く感じるんだろう。
「だが今、のんびり知っていく時間もキミには惜しいんだろ」
のそりとバクさんは起き上がる。
「ジィジィ、キミは行けると思うか?」
「無理!!」三匹目を食し終わったジィジィが即答した。
「ええ!!?ちょっ……」
「だってボク、もともと自己流だし。そもそもここにも、リナリーやミランダと一緒に日本に行くつもりで来たんだもん。急にボクだけ予定変更でさ、粉々のイノセンスを見せられてもね。とりあえず思いつく出来ることしてみたけどもうネタ切れ! 開店休業状態だね」
「そうか……」
すっぱりと、いっそ清々しく彼は言いきった。
(いやそうかってバクさんも!)
「少し荒療治だが……」
適合者の寄生型と装備型の違い、なんてものを聴きました。
鬼!悪魔!と罵られたことも、まぁ少なくはない。こんな元詐欺師のボクなりに、思ったことがありました。
「あれ?どうしたんですかこんなところで」
目の前にひょっこりと現れた三つ編みが揺れた。「……えーと、エクソシストの子……ですよね?」
彼女はオロオロと視線を彷徨わせ、周囲にジィジィ以外誰も居ないことを理解するとサッと青くなる。
「迷子ですか!?」
「散歩」
なおも、「帰り道はわかりますか」と聞いてくる彼女に、ジィジィは溜息を吐いた。
(散歩だっていったじゃないか……)
「あの少年エクソシストに付いてきたんだろ?別行動して大丈夫なのか?」
「ボクはもうお役御免になったから」
さらに言えば、アレンに付いて来たわけではなく、いわば彼のリハビリのために急遽行き先変更になってここに来たのだが、めんどくさくなってジィジィは説明するのをやめた。
柔らかいブーツの底が石畳を踏んでいく。彼の両脇と後ろを固めるように、新米科学班メンバーが歩いていた。まさか揃いも揃ってまだ迷子だと思っているのかと盛大に眉をひそめたが、前髪が邪魔してその表情は読み取られなかった。この髪型はこういうところが不便だとジィジィは考える。
(……目元が見えないから、余計に無表情に見えるんだよね)
表情が少ないのは自覚しているが、嫌悪は人一倍だと自負している。そもそも『笑う』という動作ほど疲れる表情もないと思っているのでその分、浮かべる感情に負の表情が多くなるだけである。
そしてその負の表情というものは基本、『眉をひそめて』、『眉間にしわを寄せる』といったものだ。目元、特に眉というものは、感情を表すのに大切だとジィジィは身を持って常日頃感じていた。
だからと言ってこのスタイルを崩す気はないのだが。
「これから俺たち、例の少年エクソシストとフォーさんの観に行くんだけどよ、お前もこねぇか?」
「……行かない」
むしろ、進んで行きたくない。
あの守護神のこと。何を言われるかわかったものではない。そう例えば、『お前も混ざれ!』とか。
(よそのイノセンス充満してるところで発動したくない)
彼らは笑って、人通りの多いらしい道まで来ると去って行った。まさかではなく、迷子を送り届けたつもりだったらしい。それにもジィジィは嘆息する。
(周りをだませるのにはいいのにな)
しかし基本的にこの姿は好きではないのだ。
そっと、弱い照明に赤く鈍く反射する粒子がジジの周囲を包むように現れ形を作る。
ファントムは変幻自在の怪人詐欺師。
粒子の配置を調整すれば、身なりも容貌も声も、簡単に変えられた。
別に、金が欲しかったわけではない。詐欺師家業は、このイノセンスを使うための、いわば訓練。
生活は楽になったし、一石二鳥だった。いや、教団という良い宿を見つけられたから一石三鳥である。
この場所に腐るほどいる黒髪黒目の青年に姿を変え、ジィジィは広間ではなく、より人の少ない暗い場所のありそうな方へと足を向けた。
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「っああくそ!」
ぐるぐるぐるぐる
まわる、まわる、まわる
まわって、その先に―――――
つと、ジィジィは顔を上げた。
誰かに名前を呼ばれた気がする。(きっと、気がしただけだ)
うん、と一人で完結してジィジィは足をさらに進めた。重ねて説明するに、今の彼の姿はアジア系男性のものである。
いつのまにか、そこには明りも何もない真っ暗闇が広がっている。
足元では時折水音。工事途中の道に入ってしまったのか。それなら深場に出ないうちに引き返した方がいいだろうと、ジィジィは靴が踵まで濡れたあたりできびすを返そうとした。
(……灯り?)
ふと、その暗闇を小さな光源が照らす。
よく耳を澄ませば、話し声らしきものも聞こえた。アレンだ。
灯りは辺りを少しだけ見せた。どうやら、ジィジィが進もうとしていたその先は本格的な水場だったらしい。
対岸、その先。欄干に、アレンの目立つ白が見えた。隣の小柄な影はよく見えないが、声からして少女だ。
ふと、一つ影が増える。
すると先ほどの一つが欄干から飛び降り消えた。そのあとからまた一つ二つ影が増える。
(体格からして、あの見習い三人か)
一気に騒がしくなった対岸を、彼はじっと見ていた。
まわる、まわるまわるまわる――――
(―――ジィジィ!)
――――― リ ン
鈴の音と共に世界が変わった。