――さーたん視点
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『いる意味ないよお前』
……おぼろげな意識の中で聞こえてきたのは、そんな罵倒だった。どこか見覚えのある感覚。それに襲われたのを感じて、今回は察することができた。ああ、また昔のことだと。
きっと小学生の頃だ。昔から不出来で大層な白痴だったので、同級生なりにこう言われるのは日常茶飯事だった。きっとこれは、その頃の記憶だ。
『お願いだから学校のものに触らないでよ、汚くて使えなくなるじゃん』
これも思い出した。おんなじクラスの女子だ。しかしなんで今になってこんなことを思い出しているんだろうか?
『君ってホントさ……ハァ、いいよもう』
コイツも少しだけ覚えてる。クラスのリーダー的な存在のやつだった。ほとんど話したことはないし、ことごとく無視されてたから、詳しくは知らないけれど。
『どうしてそうなの? みんな君のために頑張ってくれてるのに』
この女の人も微かに知ってる。確か……そう、担任の先生だった。
……今思い返してみると、こんなことを言われてばっかりだったな。ほとんど覚えてないけど、小学生の自分は随分ろくでなしだったらしい。
『ホホウホホ、ホウホホホウホホ、ホホホホウホ』
そうだ、このゴリラも知ってる、このゴリラは…………
いや誰だお前。
知らないぞ俺。絶対知らないぞお前みたいなゴリラ。
え、誰だお前? 誰っていうか何だお前? え?
『ホウホウホホホホホ、ウッホホホウホホ、ウホホウホウホ! ホ? ウホホウウホホウホ!』
すげぇ勢いでこっち来る何アイツ!? いや怖い! 絶対怖い何あれ!?
『ホホホホホウホホホウホホホホウホウホウホウホホホキェーッ! ウホホウホ』
うわウンコ投げてきた! ウンコ投げてきた! 助けて! ゴリラがウンコを投げてくる! 意味わかんねえよ、何がしたいのかさっぱりわかんねえアイツ!
『ウホホ……好きです付き合って下さい』
えぇ……
……えぇ……
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「…きくん……るあきくん」
「んぅむ……ウンコじゃなくてトリュフって無茶言うなや……」
「どういう夢見てんの! 起きなさい!」
「ホアァーア!? ……てあれ?」
朦朧とした意識の中で、突然名前を呼ばれて俺は驚き、目を開いた。そこで認識したのは、何やらキャイキャイと騒がしい喧騒と、そして目の前の清香さんの顔だった。
「……あれ、ここは?」
「もぉ、まだ寝ぼけてるの? 臨海学校のバスだよ」
「え……あ、あー、そういえば来てたんだっけ」
「ぐっすりだったよね、晴明君」
「さーたん、バスに乗った途端寝ちゃうんだもん。つまんな~い」
そういって本音さんとかなりんさんが、後ろの席の方から顔をのぞかせた。
そうだ、俺たちはIS学園行事の1つである、臨海学校の合宿に向かう真っ最中だった。寝起きでボケてたからか。そのことがすっかり頭から外れていた。
楽し気な女の子たちのはしゃぎ声と共に、俺の席の横から「お、起きたか」という言葉が聞こえた。そういや織斑が隣に座ってたんだったな。
「大丈夫かよ晴明? 普段ですらハイライトのない目が日露戦争帰りみたいになってるぞ」
「ゴールデンカムイ読んでるやつにしかわかんない例えやめろ……あー、ちょっと夢見が悪くてな」
「え、どんな夢だよ?」
「ゴリラにウンコ投げられた挙句告白された夢」
「あ、見ろよ晴明! 海だぜ海!」
「お前切り返しめんどくさくなったろ?」
しかし織斑のいう通り、バスは狭まった林から抜けたらしく、一面に青い海が広がっていた。それを見たバスの中も、女子のより一層音量の上がったはしゃぎ声で満ちる。
「騒ぐなお前たち。もうすぐ旅館につく、いつでも降りられるように荷物をまとめておけ」
「「「ハーイ!」」」
織斑先生の声を聞いてなお、バスの中の浮ついた雰囲気はなくならない。まぁ臨海学校とはいえ、IS学園のそれは一等豪勢だと聞く、浮かれるのも無理はないだろう。美味い飯や温泉もあると言うし、来た以上は楽しんでおこう。そう思った。
……それにしても、何だったんだろうか、あの夢?
そう思っていると、首についているISが、少し振動した気がした。
――
「では、こちらがこれからお世話になる旅館の皆様だ。迷惑をかけないように」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「それでは、各自自室を確認次第、海辺での自由行動とする。部屋割りは各自配布したしおりで見ろ。では解散」
旅館につき一通りの手続きを済ませたのを織斑先生の言葉で伝えられた後、海でどーするだ水着がどーしただ言う女子の喧騒をしり目に、俺は早速部屋に荷物を置きに行くことにした。
「さーって部屋はっと……あら?」
「ん、どうした晴明?」
「織斑、これ」
俺は織斑を手招きして、持ってるしおりを見るように促す。織斑は俺が指した部分を見たことで、何に疑問を持ったのか察したらしく、俺と同じようなきょとんとしたような表情をつくった
「あれ、お前と同室じゃないのか」
「みたいだな。お前は織斑先生とで、俺は山田先生と……なんでなんだ?」
「お前らだけが男子だからだ」
俺たちの話が聞こえていたのか、さっきまで旅館の人に挨拶をしていた織斑先生が話しに加わってきた。男子だからって……
「山田先生、説明を」
「あ、はい。お2人一緒でお部屋にいたら、女の子たちが来てトラブルが起きるかもしれませんから……ということです。先生が同じ部屋にいたら、迂闊に手も出せなくなるでしょうし」
「ああ……まあ確かに、山田先生はともかく、千冬姉はなぁ……」
「あー、山田先生はともかくなあ……」
「はい、私はともかく……てどういうことですか! 私ってそんなに頼りないんですか!」
そうやって可愛らしく憤慨する山田先生を織斑先生は「まあまあ」と抑え、補足するように話を進めた。
「佐丈は性格と目がアレだからな。自然女子は織斑の方に集中するだろうということで、私が織斑を担当することにしたんだ」
「アレってなんすかアレって」
「ていうか、それならちふ……織斑先生が俺たち2人と相部屋になったほうがいいんじゃないんですか?」
「やだ。佐丈と一緒だと絶対部屋のスーファミでボンバーマンやらされる。私絶対やんないからな。もうコイツとボンバーマンやんの二度とヤだからな私」
「毎回詰み技で完封したからってそんなに嫌がらんでも」
「ああ、アレえげつなかったよなぁ……協力した俺も俺だけど」
「3人とも仲良いんですね……こほん。それでは気を取り直して、部屋に行きましょう佐丈君! 私についてきてください!」
頼りないと思われてたのが思いのほか心外だったのか、山田先生は妙に張り切って俺についてくるよう促した。……しょうがない、千冬様は相手してくんないし、今夜は山田先生をハメるか(ボンバーマンで)。
「じゃ、海でな織斑」
「おう、部屋で寝んなよ」
そう言って、俺たちはいったん解散した。
――
青い空、白い雲。そしてそれに絶妙なコントラストを捧げるかのような、青い海と白い砂浜。そしてその海を見て喜び、キラキラとまぶしい笑顔ではしゃぐ水着姿の女の子たち、俺達はそんな中にいた……ところで砂浜の白いのって、魚とかのウンコらしいよ。つまり砂浜とかでかっこつけてるリア充とかはアレ、ウンコの上でかっこつけてんだぜ。ハァーハハハハばーかばーかウンコ!
「晴明、お前なんか北半球で一番くだらないこと考えてないか?」
「最近お前も察する力がついてきたようだな織斑。ならお前は南半球で一番になれ、そうすれば俺たちは世界を掴める」
「晴明、やはり天才ッ……!」
「アンタらってホントそういう会話ばっかりよね……」
俺達の会話を聞いていたらしい凰が、心底呆れたような顔をしてこちらによって来る。混ぜて欲しいのかな?
「こんだけ水着の女の子たちに囲まれてんのよ? それに対してなんかないわけ?」
「て言われてもなあ……まあ、鈴の水着は可愛いと思うけど」
「うぇ!? あ、ありがとう……」
織斑に不意打ちをくらって顔を真っ赤にする凰。考えてみれば海に水着姿というシチュエーションは織斑とお近づきになるには絶好のチャンスだろう。俺としても凰にはぜひ頑張ってもらいたいものだ。凰様は勝ち取りたいものもない無欲なバカにはなれないはずなのだから。それで君はいいんだよ。
(……まあ、ライバルも多いみたいだけどな)
そう思いながら俺は周りを見る。周りは織斑の身体を舐めるようにみながら「鍛えてるねー」とか「かっこいい……」とか呟いてる女子がたくさん見受けられる。流石リアルハーレム王だ。身体でも女を満足させられるらしい。
「ご安心くださいアニキ、アニキもいいカラダをしてると思います」
「ホンット君はたまに音もなく後ろにいるな。読心するのもそろそろ怖いからやめてくれ」
いつの間にか俺の背後にはラウラさんがいた。いつもとは違って髪型をツーサイドアップにし、黒いきわどい水着を着ている。白い肌にそのコントラストが良く栄えていた。
「君もよく似合ってるよ。何だか新鮮だ」
「え、あ、ありがとう、ございます……」
俺の言葉が意外だったのか、ラウラさんは少し顔を赤らめて狼狽してしまった。俺みたいなやつにでも褒められてうれしいもんなんだろうか。
「……コホン、まあそれはともかく、一夏の影に隠れがちですが、アニキにもなかなかニッチな需要があるのですよ」
「あー、前になんかそんなこと言われたような……」
「一夏のボディを筋肉質でスタイリッシュとするならアニキのボディはエロス……とてもえっちな体つきをしていると言っていいでしょう」
「すごいな、真面目な顔でそんなこと言う人初めて見た」
「現にあそこにいる相川達はアニキに声をかけるのも忘れてアニキの身体を見てましたよ。
「み、見てないよ! 確かにいい鎖骨だけど……じゃなくて!」
いつからいたのか、いつもの3人が俺の方を見ていた。それぞれ前にショッピングモールで買った水着を着ている……ただ本音さん、本音さんだけは、いつぞや見たピカチュウ寝間着のようなモノを着てた。大丈夫? それ水着なの? 中に水が溜まって溺れたりしない? お母さん心配だよ。
「えへへ~さーたんどう~? かわいいでしょ~」
「ああ、色々ツッコミたいところはあるけど似合ってるよ」
「むぅ、なんかテキトー……」
「私はどうかな?」
そう言って、かなりんさんは気恥ずかしそうに俺を見てくる。かなりんさんのはビキニタイプに短いスカートがついているタイプで、ちょっとだけ大人っぽい印象を受けるものだ。セクシーというよりは素直にキレイだと思って、正直少し緊張してしまった。
「ああ、いいと思うよ……」
「うん、ありがとう」
「あ、うん……」
「ね、ねえ私、私は?」
何故か焦ってるような口調で清香さんは俺に聞いた。清香さんの水着は控えめにフリルがついていて、下はホットパンツをさらに短くしたみたいな形のものだった。
「ど、どうかな?」
「いやどうって言われても……」
そんな風に言われても正直困る。大体なんで3人とも俺に感想を求めるんだろうか。そういうのは織斑の方が気の利いたセリフを言えると思うんだけども。
「まぁ、いいんじゃない? 自分が良いと思ってんなら」
「……」
と、俺のセリフを聞いた途端清香さんはみるみる不機嫌な顔をつくり出した。俺なんか気に障ること言ったかな?
「晴明君って、女の子に怒られそうね」
「え、まあ……織斑先生にはよく怒られてるけど」
「そういうことじゃなくて……」
「さーたん、知らず知らずにいろんな子傷つけてそうだね。鈴々とか」
「鈴々って言うとアイツ怒るからやめた方がいいぜ?」
そう言うと本音さんとかなりんさんは心底呆れたような目を俺に向けた。まあ言いたいことはわからないでもない。だからこそこういうのは織斑にやったほうがいいと思うんだけどもな。
ちなみに昔、凰のことを鈴々って呼んで笹あげたらめちゃくちゃ蹴られた。後日お詫びにと思って入手出来る限りの高級な笹をあげたら追加ダメージを喰らった。解せない。
「ま、コイツと付き合う奴は苦労するでしょうね」
と、さっきの状態から回復していた凰が俺の背中をバンバン叩きながらそう言う。コイツもだんだん昔の無遠慮さが戻ってきたな。
「晴明、サンオイル塗って。変なとこ触ったら殺すからね」
「あーハイハイ、凰
そう言って凰様は近くのパラソルの下に寝転んで、俺にサンオイルを渡す。一度こういうこと言いだすと聞かないんだよなコイツ……しゃーない、ちゃっちゃと塗って俺も遊びに行くか。
「ち、ちょっと待ってよ! なんで凰さんのサンオイル晴明君が塗らなきゃいけないの!?」
と、何故か突然清香さんが大慌てでサンオイルと塗ろうとした俺の手を止めた。
「なんでって、別に私が誰に塗ってもらおうといいじゃない」
「だ、ダメだよ! そんなの絶対ダメ!」
「俺は別にいいけど。今に始まった話でもなし」
「ダメなの!」
どうやら俺が凰様にサンオイルを塗ることが清香さんには酷く気に入らないらしい。といっても凰様は実際肌弱いし、塗らないわけにもいかんだろう。
「じゃ~私が代わりに塗ってあげるよ~」
「あ、じゃあ私も手伝うわ」
そういって、本音さんとかなりんさんは俺からサンオイルを受け取った、というか取った。なんか2人の目が笑ってなくて恐いんだけど何が彼女たちを変えてしまったのだろうか。俺には何もわからない。
「え!? いや、なんでアンタらにやってもらわなきゃ……アッハハハハ! くすぐ、ちょ、やめ、くすぐったいってば……いやいた、イタタタタタ! 何イタイ! 力つよっ!」
何やらすごい力でオイルを塗りたくられてるらしく、凰様の悲痛な叫びが聞こえてくる。……まぁ、塗ってくれてるみたいだし別にいいか。
「晴明! 晴明!」
「ちょっと一夏さん! まだ塗り終わってませんわよ!」
今度は何だろうか。そう思いながら声のした方を振り返ると、何やら織斑が興奮した様子でこっちに駆け寄ってきた。ああ、なんかさっきから黙ってんなと思ったら、セシリア嬢のサンオイル塗ってたのか。あのハーレムクソ野郎め羨ましい。
「なんだよハーレムクソ野郎」
「突然の罵倒!? いやそれより聞いてくれ晴明、すっげえの見たんだよ!」
「うるせーなー、どうせ妙にでかいヤドカリとかだろ? そんなもんより俺は海に入ってドザエモンごっこをだな」
「トランザム走ってた」
なんだと?
「……マジで?」
「ナイトライダー仕様」
「よっしゃ見に行くぞ織斑! あっちだよな!?」
「ああ! まってろK.I.T.T.オォォォォォ!」
「ちょ、晴明君、ちょっと!?」
「一夏さん! そっち海じゃなくて駐車場ですわよ! 一夏さん!」
「男の子ってどうしてああなんだろうね……」
「彼らは特殊な方だとは思うがな」
俺達がナイト2000を追ったあと、シャルロットさんとそんな話をしていたと、ラウラさんから後で聞いた。
――誰かの視点
「……ホントにこの辺でおっぱじまるんですか?」
『ええ、確かな情報よ。このために何人エージェントが犠牲になったか……』
車の中に2人の男がいた。体格のいい厳めしい、けれど若い少年。もう1人は髪を緩く束ねた美形と呼べるような少年だった。どちらも歳は15、6といった感じだ。いかつい少年が運転をしており、もう1人の少年が電話で女性と思しき声と通話をしていた。
「イラついてますね、スコールさん」
『アナタのちゃらついた声を聞いてると余計にね……ともかく何としても
「おーこわ……まあ、僕らも気持ちいのはともかく、痛いのはやなんでね。やるだけはやりますよ」
「お前と一緒にするな」
髪を結った少年の言葉が不本意だったのか、もう1人の方が運転しながらそんなことを呟いた。
『……ふん、まあ何でもいいわ。後処理はこちらでするから、邪魔するものは気兼ねなく排除しなさい』
『隠れた男性適性者……あなた達の有用性を見せてもらうわよ』
その言葉を最後に、電話は切られた。
ちなみにウンコなのは一部の海域だけで、必ず白い砂浜がウンコまみれとは限りません。