「ひゃあああっ!?」
唐突に眩い光が見えた。その中に落下して、尻餅をつく。痛い。
「ここは……?」
小さな和室のようだ。壁にはよく分からない掛け軸や絵がかかっており、畳特有の香りがする。
「っていうかさっきの空間とか能力だとかもうわけわかんないなあ……頭痛くなりそう」
しかし痛くなるのは頭ではなく腰だった。突然宙に開いた空間の裂け目から、何かが落下してきた。僕の体に向かって。
「はぅっ!?」
「あら失礼」
僕の体の上に着地した八雲さんは、全く悪びれる様子もなく立ち上がった。痛いんですが。まさかとは思うが狙ってやったのだろうか。
「さて、説明だったかしら?」
「そうですそうです」
「どちらの説明から行う?」
「どちら、って?」
「私と貴方よ。能力を持っているとはいえ、普通の人間が何処で幻想郷の話を耳にしたのか気になるわ」
言い方は軽かったが、どことなく圧を感じた。或いはそれは、殺気――とも呼ばれる何かだったのかもしれない。
八雲さんの胡散臭い笑みに、爽やかなスマイルで答える。
「まあそれはおいおい……」
「ふうん」
笑顔がむしろ不気味ではあったが、「この人何度見ても美人さんだなー」と思うことで誤魔化すことにした。美人の顔が合法で拝めると思えば、不気味な笑みくらいモナリザみたいなものだ。
「まあいいでしょう」
とりあえず諦めてくれたようで、八雲さんは普通に幻想郷の説明を始めた。
「どのくらい知っているのか知らないから、まるごと説明させてもらうわね。ここは幻想郷、忘れられたものが集う素敵な楽園よ」
「ほうほう」
本当に素敵そうな場所だ。思わず僕の目も輝く。
「外の世界で力を失った妖怪や、持ち主に捨てられ忘れられてしまった物々。世捨て人となった人間などなど、それはそれは多種多様なモノがひしめき合って暮らしているわ」
「それはそれは素敵な楽園ですね」
「それはそれは素敵な話ですわ」
なるほど、聞いていた通りである。その通りであるならば、きっと僕にピッタリの場所ではなかろうか。
「ちなみに、このまま幻想郷にいたい? 帰りたい?」
「見て回ってから決めても?」
「結構よ。ただ、ここから出るなら記憶は全て消させてもらうからそのつもりで」
幻想に綻びが生まれてはいけないものね――と八雲さん。綻び揺らぐから幻想なのではなかろうかと思ったが、余計なことは言わず黙っておいた。
「構いませんよ。えーっと、じゃあちょっと質問させてもらっていいですか?」
「どうぞ」
「基本的に力では人間が妖怪に勝つことは不可能だと思うんですけど、その辺で不公平が生まれてたりしないんですか?」
「人間と妖怪のパワーバランスに関しては、
「はえー、なるほど」
つまりさっきの僕は、堂々と『食べても怒られませんよ!!』ってアピールしてた感じなのか。それは襲われますわ。
八雲さんは話を続ける。
「更に最近、スペルカードルールというものが開発されたのよ」
「スペルカード……ルール……?」
「早くも弾幕ごっこ、なんて俗称が出来てたわね」
「カードゲームなのかシューティングなのかどっちなんですか」
「その二択ならシューティングですわ」
ただし的は相手の心だけれど、と、そんなキザなことを言って八雲さんは笑った。キザってよりは胡散臭いなと考え直した。
「はあ、そうですか」
「信じてなさそうな目ね」
「いえいえ、信じてますよ。対戦ゲームか何かですよね?」
「現代っ子ね」
「二十一世紀生まれなもので」
対戦ゲームでないとすれば何なのだろう。そう思いながら紫さんを見ると、彼女の背後にツー、と見覚えのある空間の裂け目が開いた。そして、そこから色とりどりの光弾が飛び出した。こちらに向かって。
「はあっ!?!? うわあああ!?!?!?」
規則性なく向かってくる光弾を避けるため、咄嗟に仰け反った。視界がスローモーションのようにゆっくりしてきたかと思えば、バランスを崩してそのまま転けて腰を打ってしまった。痛い。けど、見上げる光弾は、自分の身に迫って危ないはずなのに何処か綺麗に見えた。一個、軌道を逸れた光弾が、ぽよんとお腹にぶつかって跳ね返った。
「――と、こんな感じで繰り広げられるのが弾幕ごっこなのよ。ちなみに今のは私の勝ちね」
パチン、と手を叩く音が聞こえたかと思えば、弾幕(?)は空間の裂け目の向こうへと消えていった。一体どういうことなんだ。
「スペルカードルールは各自の弾幕で相手を魅了する勝負。つまり、
なるほど、今のは僕が被弾していたものな。しかもしっかり見蕩れて。そういうことなのか、スペルカードルール。弾幕とかいう不思議物質が出せない僕には、縁がなさそうだけれど。
「スペルカードルールには、もっと細かくて面白いアレコレがあるのだけど、今日はとりあえずこの辺りにして、これからの話をしましょうか」
「これから……? あ、なるほど」
そういえば、もうすっかり夜更けである。まだ宿を決めていないというのに。
「宿の候補が二つあるのだけれど、判断は貴方に委ねるわ」
「聞きましょう」
「オススメなのは妖怪の山にキャンプを張ることね。恐らく、朝を迎えることなく幻想郷の肥やしとなるでしょう」
「いやいやいや絶対却下です!!!!」
「えー」
というか何でそんなものを選択肢に入れているのだろう。実は僕のことがそんなに好きじゃないのだろうか。いや、初対面で好きも嫌いもないか。
「二つ目は、うちに泊まることよ」
「えっ。うちって、ここですか?」
「ええ、そうだけれど。不服かしら?」
「不服っていうか……いいんですか? 僕一応男の子な訳ですが、家に泊めちゃって」
「そうね、男の娘ね」
「なんか変な含みを感じたんですけど」
「いえいえ、含みなんてありませんわ」
八雲さんは紫色の高そうな扇子で口元を隠して言った。表情は窺えなかったが、絶対笑ってると思う。例の何処か胡散臭い感じで。
「私は別に気にしないから大丈夫よ。勿論、貴方が嫌っていうなら別だけれど――」
「いやいや何の問題もないですこんな素敵な家に泊まらせてもらえるなんて最高です!!!!」
二択のもう片方を思い出して、食い気味に言った。わざわざ僕を泊めさせてくれることに親切心だけではない何かを感じないでもないが、まあ、悪い人ではなさそうだし、喜んでお受けしよう。
「そう。なら、今日はひとまず寛いでくださいな。歩き通しで疲れたでしょう?」
「う、言われてみると一気に疲労が……」
今まで意識していなかったが、筋肉痛とか色々すごい。よくよく考えるとあと一歩で死ぬところだったんだよなー、とぼんやり思った。
「お言葉に甘えて寛がせてもらいます。ありがとうございます、八雲さん」
「紫でいいわ。八雲だと紛らわしいし」
「わかりました。改めて、よろしくお願いします――紫さん」
呼び方を変えるだけで距離が近づいたような気がして、少し嬉しくなる僕なのだった。