咲-Saki- The disaster case file   作:所在彰

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※ 8月5日 誤字と牌のミスを修正しました。


第三話 『雀荘』

「いらっしゃいませ」

 

 

 嵐は愛想がないものの、礼節を心得た一礼で入店した客を歓迎する。

 

 清澄高校から程近い場所に一件の雀荘がある。

 この田舎には珍しい、全自動卓が10卓ほどある中規模のフリー雀荘。店名は『roof-top』。

 屋上を意味する雀荘は店主だった者の意向なのか、それこそどこかの屋上のような解放感と、高みを目指す向上心を感じ取れる客が散見した。

 そこそこ昔から店を開いている雀荘ではあったが、店内から衰えは感じ取れず、むしろ年輪を重ねた大樹のような活気に溢れていた。

 

 

「ただいまー……っと、嵐さんは先に来とったか」

 

「ああ、おかえり。今日はホームルームも速く終わってな」

 

 

 自らの帰還を知らせる挨拶もそこそこに、一足先に来ていた嵐の姿を確認すると、まこはニッと明るい笑みを見せる。

 

 二人の言葉からも分かるように、『roof-top』は彼女の両親が経営しており、また嵐のアルバイト先でもあった。

 まこの姿を見つけると、客の何人かがおかえりと声をかけ、彼女もまたそれに応える。元来の性格ゆえか、客との仲は良好で、看板娘として店の売り上げに貢献しているようだ。

 

 

「しかし……うんうん、それもよく似おうとる。重畳重畳」

 

「…………そうか、俺は普段の方が良かったんだが。掃除がし易くて」

 

「はは、嵐さんは普段着がラフじゃからな」

 

 

 『roof-top』は普段、店名の入ったTシャツが仕事着であったが、現在は違っている。

 男は執事服を、女はメイド服を身に纏って、接客をするようになっていた。この後、まこもメイド服を着てくるだろう。

 

 麻雀の競技人口が増えたとはいえ、近場の雀荘に通うよりも、環境を整えてネット麻雀をした方が気軽にできる。

 現在、麻雀は賭博としての側面よりも、競技としての側面が大きく取り上げられている。そのため、何年か前に法も整備され、賭博麻雀は厳罰化されてた。

 だが、雀荘で賭博麻雀が横行していたイメージは抜けておらず、人々がネット麻雀へと移行していくのは、人の繋がりが薄くなってきた現代では当然の結果だったかもしれない。

 

 そこで多くの雀荘は生き残りをかけて、それぞれの可能な経営戦略が必要となった。

 大規模な雀荘は、元々の客の多さを利用し、いくらかの参加費を徴収して、上位何名かに賞金と副賞を与える大会を行う。結果的に金銭面で店側は損失するが、大会が前提であるのなら法にも触れず、客にも新たな楽しみを提供できるメリットがある。

 それが不可能な中規模、小規模な雀荘は常連客を確保しつつ、新規客も取り込めるよう、地域密着、店の雰囲気を良くする方向へと走った。

 またそれぞれの雀荘のマスターが横の繋がりを強めることで、客の取り合いをなくし、互いの店を紹介しあうことで閉店の危機を回避していた。

 

 『roof-top』のメイドデーも、そういった経営戦略の一つである。

 

 嵐は燕尾の上着こそ着ていなかったが、長袖の白いシャツに赤いネクタイを締め、黒いスラックスとベストを纏っていた。

 立ち居振る舞いも普段から礼節に気を使っている彼のこと、執事らしいと言えば執事らしい。

 だが、体格の良さと鋭い眼つきのせいで、荘厳な屋敷で働く執事(バトラー)というよりも、酒場(バー)の秩序と客同士の諍いを諌める用心棒(バウンサー)のようだった。

 実際、昼間から酔っぱらった大人や、何処に出しても恥ずかしい帰郷中の大学生にご退店願った過去もあるので、あながち間違いでもない。

 

「そうそう。今日は和と咲が来るからの。承知してくれんさい」

 

「それは構わんが……今日はそこまで忙しくなるとは思わんが」

 

 

 雀荘と言えど、娯楽を提供する施設である以上、客足が増える日は他の店と変わらない。

 金曜の夜から日曜まで。あるいは連休の前日から終わりまでが、この店で客足が最も増える日であることを嵐は経験上知っていた。

 だが、今日は平日だ。仕事を退職して暇を持て余している年配の客、たまたま仕事が休みだった客、ほぼ毎日通っている麻雀好きが来る程度。全ての卓が埋まるかも怪しいところ。

 

 

「まー、何と言えばいいのか…………部長がの」

 

「成程、いつもの悪巧みか」

 

 

 一言で全てを察したわけではなかったが、納得したように頷く嵐。まこは、その様子に苦笑せざるを得ない。

 悪巧み、と称してこそいたが、彼自身も効果は認めているのか、ここにはいない久を責める様子はない。

 

 その“悪巧み”は彼女の意思や主観に基づいているとはいえ、大抵が巻き込まれた人間に利益を与えるものである。

 竹井 久は年齢以上に聡く、賢い少女だ。人は自らの幸せを追い求めることで、結果的により多くの人間まで幸せに出来る生き物であると無意識のうちに理解していた。

 

 それは嵐も認めるところ。そもそも、自分の幸福と他人の幸福を天秤にかけること自体が間違っている。

 ただ気がかりだったのは、そこに利益が生じなかった時だ。そうなった時、巻き込まれた人間には久に良いように操られたという不快感だけが残る。

 が、そこも彼女ならば巧くやるだろうと信じていた。人の上に立つ以上、人の不満を受けた上で納得させらせるよう、説き伏せる力も求められるのだから。

 故に、控えろとは諭してきたが、止めろとだけは口にしていなかった。

 

 

「ふーん、何も言わんのか?」

 

「これと言って、特に。久の気持ちは分からないでもないしな」

 

 

 ここ最近、和と咲は目に見えて仲良くなっていた。それ自体は悪いことではない。

 

 目に付いたのは、気の緩み。

 二人とも全国を目指せる実力である、と嵐自身認めている。しかし、だからこそ他に対する警戒心が薄れていることも確かだった。

 実力があるからこそ、インターミドルでも優勝を納め、そんな相手と渡り合える。一年であれば充分すぎる成果だろう。

 だが、それでは駄目だ。そんな心持ちではどこかで必ず負ける。己が井の中の蛙でしかないことを、咲はまだ知らず、和は忘れかけている。

 

 

「嵐さんと対局でもすれば良かったかもしれんのう」

 

「それもどうかな。俺が勝てるとは限らんだろう?」

 

「相も変わらず、謙虚なもんじゃ」

 

 

 まこは、卑屈とさえ取れる謙虚な物言いに、嘆息しながらも笑みを浮かべた。

 その言葉は確かに負けを見越していながらも、卑屈さとは無縁の響きがあったからだ。

 

 

「しかし、ここのレベルでは原村や宮永に危機感を覚えさせることは難しいだろう。負けても“たまたま”で済ませられるしな」

 

 

 好ましいのは、二人が全く知らない第三者に言い訳しようのない敗北を突きつけられること。

 嵐の知る強者をぶつける手立てもあったが、生憎とその手のコネは東京に置いて来た。

 ましてや、こちらに事情があるとはいえ、相手にとて生活や人生の目的がある。長野の地へと呼びつけるのは憚られた。

 

 

「心配せんでもええ。今日はプロが来る予定じゃからな」

 

「……驚いたな。マスターかお前に、そんな繋がりがあったとは」

 

「嵐さんとは今まで顔を合わせとらんけぇ。藤田さんちゅう人なんじゃが」

 

「……藤田、藤田…………藤田 靖子か? トッププロの一人じゃないか。また凄いコネがあったものだ。いや、誰かからの紹介でもあったか。……まさか、久か?」

 

「ご明察。相変わらずの慧眼、どこまで見通しておるんだか」

 

 

 藤田 靖子。長野をホームとするプロ麻雀チーム、佐久フェレッターズに所属している雀士の一人。

 “まくりの女王(Reversal Queen)”と呼ばれ、その名の通りオーラスでの逆転が得意とされる女子プロである。

 数々の受賞を逃してはいるものの、目覚ましい成績と打ち筋から極めて高い評価と人気を有している。

 

 そんなトッププロが、『roof-top』に繋がりがあるとは考え難い。

 実際、この周辺でプロを招くような大会も、麻雀教室も開かれていない。

 たまたまふらりと立ち寄った雀荘を、たまたま気に入り、たまたまその後も顔を出しているという可能性もあったが、些か以上に話が出来過ぎている。

 プロは麻雀だけでなく、解説やイベント、大会のために日本中を、時には世界にまで足を伸ばさなければならない。

 どう考えたところで、この地域の近辺に住んでいるはずもない。もっと交通の便が良い地域に居を構えているはずだ。

 

 ならば、あとは人の繋がりしかない。

 嵐は久がトッププロと繋がりがあることに少しばかり驚いたが、いつものように“そういうこともあるだろう”と受け入れた。

 

 

「なら、藤――――」

 

「し、失礼します!」

 

 

 その時、嵐の言葉を遮るように、『roof-top』の扉が開いた。

 開いたのは、今し方話題に上がったばかりの和だった。その後ろには咲の姿もある。

 見事、と言えば見事なタイミングである。二人にとって良いタイミングであったかは別として。

 

 雀荘というものは経験がない二人の面持ちは固く、誰の目から見ても緊張しているのは明らかだった。

 だが、嵐の姿を確認すると、目を丸くする。久がどのような口上で送り込んだかは確認する術はないが、彼がいることは聞いていなかったのだろう。

 

 

「おう、来たなお二人さん!」

 

「はぁ、あの、どうして日之輪先輩が……?」

 

「部長には、人手が足りないので手伝ってくるように言われたのですが……」

 

「ここは俺のバイト先の一つだ。金の管理もしなければならないんだ、察してくれ」

 

 

 疑問を口にする二人であったが、嵐のフォローに一応は納得したようだった。

 少なくとも嘘は言っていない。マスター――まこの父親は客足が芳しくないのを見て、嵐に店を任せて買い出しに出ていた。

 雀荘では飲食物のサービスは当然のもの。食べ物は飲食店からの出前が中心であったが、ドリンクは店で用意している。

 経費削減の一環として、ドリンクはマスターが直接、業務用スーパーまで買いに行くのだが、生憎ともっとも近い所でも遠出となる。帰ってくるのは当分先だった。

 

 

「じゃあ、二人とも服をしかえて貰おうかの」

 

「し、しか……?」

 

「広島弁で着替えて、という意味らしい。臨時とはいえバイトはバイト。速やかに仕事着へ着替えろ」

 

「「は、はい……」」

 

 

 簡潔で冷たい正論に、和と咲は気圧されながらも頷いて応えると、まこに連れられ、奥の更衣室へと消えていく。

 

 

「嵐君、アイスコーヒー、ナシナシで」

 

「はい、かしこまりました」

 

 

 客からの注文に、レジスターの鍵を閉めてカウンターの裏へ移動する。

 

 店で人気のドリンクは、冬場夏場でホット、アイスの差はあるがダントツでコーヒーだった。

 他の既製品とは異なり、店の特性ブレンドである。マスター曰く、ここが雀荘として人気でなければ喫茶店にしていたとのこと。

 アイスは作り置きできるが、ホットの入れ方はコーヒーに興味のない嵐にとって下手な苦行より難しかったというのも、今ではいい思い出となっている。

 

 グラスに氷を目一杯入れ、冷蔵庫から取り出した作り置きのアイスコーヒー注ぐ。そのまま慣れた動作で、客の元へと送り届けた。

 暫く、その客と何を切ればいいのかと相談を受けたり、他の客からの世間話に付き合っていると、ようやく三人が更衣室から現れた。

 

 

「どうじゃ、似合おうとるじゃろ?」

 

「なかなか可愛いですね」

 

「えぇ~……」

 

 

 更衣室からメイド服を着た三人が現れ、店内の視線が一気に集中した。

 

 まこはオーソドックスなロングスカートと白いエプロンがよく映える黒いメイド服。

 地味に映るが如何にも正統派といった趣で、少々野暮ったい眼鏡もアクセントの一つとなっている。

 

 和はピンク、咲は水色の同系統のメイド服であった。ただしスカートは膝上30センチを超え、フリルはまこの五割増し。更には白いオーバーニーソックスと長手袋。

 秋葉原のメイド喫茶でも、ある意味ここまで気合の入ったコスプレを見れるかどうか、といった装飾過剰、属性過多な姿であった。

 

 

「ああ、似合っているんじゃないか?」

 

「反応薄ッ! もうちょっとこう、なんかあるじゃろう……」

 

「そう言われてな。見た目の良し悪しなど、俺には分からん。あえて無理に口にするのなら、毎度毎度、お前たちのスカートは短いものばかりだな。…………心配だ」

 

((…………おとうさん?))

 

 

 重苦しく感想を口にする嵐に、和と咲は同じ感想を抱いたようだった。 

 久やまこを麻雀部の姉や母とするなら、嵐は確かに兄か父と言える。厳格であるが口うるさくはない、それでいて常に見守る立場。

 

 

「全く理解できんが、好きにしろ。……ストッキングの一つでも身に着けてくれるといいが。アレはいい、とても安心する」

 

((……これ、本気で言ってるんだろうなぁ))

 

 

 受け取りようによっては、フェチズムを押し付けているようにしか聞こえないが、実際には万が一の場合、中身が見え難くなるというだけの理由である。

 

 スカートを短くする理由は、やはり見た目が最有力だろう。スカートを短くすることで足を長く見せ、より自分を可愛く演出する。膝下の丈では寸胴体系に見えてしまうとか。

 そういった乙女の意地と心意気は嵐に理解できない。口にした通り、見た目の美醜の基準がよく分からないからだ。

 鼻が低い高い、目が小さい大きい、眉毛が細い太い、顔が整っている、という差異は分かる。分かるには分かるが、それだけ。それ以上の感想を抱かない。

 自分のように、体格も良く、顔も強面という居るだけで他人に威圧感を与えるのならば、相応しい振る舞いをするというのは理解できたが、わざわざ自分の見た目を偽る、というのは率直な彼には理解の外の理屈だ。

 

 

「まあ、嵐さんはこういう人じゃ、気にするな。で、仕事の方じゃが、メンバーとして入ってもらうけえ」

 

「メンバー……?」

 

「そうか、説明が必要か」

 

 

 メンバーとは簡単に言えば、代打ちだ。 

 フリー雀荘は四人でセット卓を予約することもできれば、一人で店に遊びに来ることもできる。

 そのため、卓で一人だけ帰ることもあれば、トイレに立つ場合もある。その時、客に代わって入るのがメンバーだ。

 

 また雀荘は店によってルールが異なる。地域差、客の年齢層、あるいはマスターの趣味など理由は様々である。

 『roof-top』は赤牌アリの競技ルールを採用しており、唯一違うのは30符4翻と60符3判を満貫として扱う切り上げがある程度。雀荘としてはオーソドックスなルールを採用している。

 店によっては大車輪などのローカル役満を採用していたり、四暗刻単騎、国士13面、純正九蓮をダブル役満として扱う場合もある。

 

 

「おーい、ここ抜けでー」

 

「っと、もう時間か。こっちも抜けで!」

 

「ちょうど空いたな。では、二人とも頼む」

 

「え? 日之輪先輩が入らないんですか……?」

 

「お前たちは接客の経験がないだろう? 慣れているところから熟していけ」

 

 

 確かに、和と咲には接客どころかアルバイトの経験すらない。

 慣れている所、得意な分野を生かせ、という言葉に疑問を差し挟む余地はなく、二人は恐る恐るといった様子で空いた卓に入っていった。見事、上級生たちの思惑に乗せられたなど、夢にも思っていまい。

 

 ようやった、とばかりに視線を向けるまこに、それほどでも、と嵐は同じく視線で返す。

 そして、まこは今日の売り上げの確認を、嵐は接客をメインに、言葉を交わすことなく、それぞれの仕事に就いた。

 

 結果として、久の思惑とは別として、新顔二人の存在は店にとっては良い方向へと転んだ。

 咲は小動物を思わせる愛くるしさで、和は人目を引く容姿で、客の心を掴んでいた。

 

 『roof-top』のメイン層は、30代以上の男性が中心で、殆どが家庭を持っている。

 女性関係を新たに構築できる歳でも立ち場でもなかったが、子供――特に娘を持つ者には、二人の存在は眩しく映ったのだろう。

 

 年配の客は、既に家を離れた子供たちと二人の姿を重ね。

 二人と同年代の子供を持つ客は、自分を邪険に扱わない二人に癒され。

 まだまだ幼い子供を持つ客は二人に、これからの成長を幻視する。

 

 嵐の想像通り、和と咲は連勝を重ねてはいたが、店の雰囲気や客の機嫌を損ねなかったのは、そういった理由だったのだろう。

 

 それから数時間、半荘何回かを終え、何人かの客が入れ替わった時――――

 

 

「………………」

 

「……――ッ!」

 

 

 ――――カラン、と新たな存在を告げる鈴が鳴る。

 

 店内に足を踏み入れたのは女性であった。

 外にはねる癖のある黒髪、化粧で引き締まった顔、170を超えているであろう長身、肩とヘソを大胆に露出させたキャミソールとタイトスカート、手首と中指のリングを繋いだベルト。

 中々お目に掛かれないパンクファッションは目を引くが、それ以上に威風堂々とした振る舞いは、さながら民草を睥睨する女王のよう。

 

 客は誰も彼女の存在を気にも留めない。まこだけが笑顔を浮かべ、女性を迎え入れていた。

 ただ、言葉で説明することのできない“何か”を感じ取っている者はいた。

 

 “何か”に気圧され、怯え震える咲。 

 

 “何か”を見据え、なお静かな態度を崩さない嵐。

 

 

「いつもの出前、特盛で」

 

「カツ丼ですねー、ちょっと待ってて下さい。……席は、此処で」

 

「はいよ」

 

 

 まこが案内したのは、恰幅の良い中年と咲と和が座っている卓だった。

 

 

「よろしく」

 

 

 短く告げ、女性が席に着く。

 たったそれだけの動作にも拘らず、虎に目をつけられた兎のように、咲は身体を震わせていた。

 和もまた冷や汗を掻いていた。普段の態度とは異なる咲の怯えように、女性に対して警戒心を強めているようではあったが、その理由が分からない以上、口を開くことはない。

 

 彼女こそ藤田 靖子。

 数々の凄まじい天才ひしめく世界に足を踏み入れ、轡を並べるトッププロ。

 咲が怯えているのは、彼女の実力を感じ取り、自身が蛇に睨まれた蛙でしかないことを無意識に悟っていたからか。

 

 

「おーおー、咲は怯えとるようじゃのう」

 

「…………まこ、お前は最近、久に似てきたな。性格の悪さなど、特に」

 

「――んなっ?!」

 

「今の笑い方、悪待ちで出和了った時のアイツにソックリだった」

 

 

 やや顔を俯かせて表情を隠しながらも、吊り上った口元は悪魔そのもののような笑み。

 

 そこを指摘され、まこは愕然と嵐を見る。

 自分が聖人君子のように性格の良い人間などと思ってはいなかったし、久のことを尊敬し、好いてもいたが、流石に心外だったらしい。

 というよりも、面と向かって性格が悪いなどと言われれば、誰とて戸惑うものだろう。

 

 

「……はあ、容赦ないのう。まあ、ええわ。出前の電話を」

 

「いや、もうしておいた。だからこうしてダラダラと無駄口を叩いているわけだ」

 

「はは、仕事が早いのう。で、どうじゃ?」

 

 

 まこの問いに嵐は暫く考え込み、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「店の伝票を整理していた時に見た大量のカツ丼の領収書は、彼女のものだったのだな」

 

「いや、なんでそうなる……!」

 

「ん? 麻雀の方か? それは語るまでもないことだと思うが」

 

 

 突出した才能を武器に、恐れなく自らの夢に邁進してきた人間が弱いはずがない。

 今も勝利と敗北を繰り返し、常に上を目指し続けている。いずれ才能の限界に到達するだろうが、それでも足を止めることのないであろう人種。

 嵐にとって、麻雀そのものの才能よりも、その諦めの悪さ、粘り強さこそが恐ろしい。人にとって最も恵まれた才能は、根気であると信じているから。

 

 

「あー、こういうのも何じゃが、見のおてええんか?」

 

「あのな、俺は仕事に来ているんだぞ。そこで私用を優先するわけにはいかないだろう」

 

「ワシも、オトンも何も言わんぞ」

 

「それは関係がない。俺は俺の考えに沿って行動しているだけだ」

 

 

 いくら雇い主の許可があったとしても、優先すべきは仕事と断じる。

 

 確かに嵐にとって麻雀は、夢を、人生をかけるに足るほど面白く、楽しみに満ちたものである。

 しかし、どれほど才能に恵まれようと、どれだけ努力していようとも、プロではない以上、所詮は趣味、部活動の範囲は出ない。

 今ある責任を放棄してまで趣味に走ることは、己にとって恥ずべきことであり、他者に対しても失礼だと本気で思っている。

 

 まこも一年の付き合いで分かっていたが、嵐の己に対する厳しさには、もはや諦めて笑う他なかった。

 

 

「じゃあ、掃除を頼もうかの。わしは金の計算をしとくけぇ」

 

「承知した」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「――――っと、失礼」 

 

 

 藤田の入った卓で半荘二回が終わり、東三局に差し掛かった頃。男性客の携帯が鳴った。

 折角の面白い対局を邪魔された、と不機嫌そうな顔だったが、携帯の画面に表示された件名を目にすると表情が一気に引き締まった。

 

 

「三人とも済まないね、ちょっと外させて貰うよ。……嵐君、代走を頼めるかい?」

 

「ええ、構いませんが。どうかしましたか?」

 

「いや、ちょっと会社からね。緊急の用だと困るから、取り合えず任せるよ」

 

「分かりました」

 

 

 静かな豹変は、麻雀好きの親父から仕事に携わる男の顔への変化だったらしい。

 そのまま男性客は皆の邪魔にならぬよう、あるいは会話を聞かれないように奥のトイレへと消えていった。

 

 その姿を見送り、嵐も三人の卓へとつく。

 

 

「日之輪です。よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 

 名を名乗り、きっちりと頭を下げるも、返ってきたのは藤田のさして興味のないような返事だけだった。

 

 

(……しかし、酷い負け面だな)

 

 

 己がプロの眼中に入っていないことは気にも留めず、嵐は両脇の和と咲に視線を向ける。

 和は悔しげに表情を歪め、咲は半荘二回が終わってもなお震えていた。

 

 半荘二回を終え、スコアは藤田の一人浮き、残りの三人はマイナス。嵐も二人の気持ちは分からないでもなかったが、理解できなかった。

 

 敗北は辛く、悔しく、惨めなもの。

 そんなことは、何かを続けていれば当然のように体験し、あるいは生まれる以前から知っていることだ。

 

 彼女たちの心には驕りがあった。自信は物事を円滑に進める潤滑油のようなものだが、行き過ぎれば破滅を呼び込むガソリンと大差はない。

 二人は強い。それは誰の目からも明らかだ。嵐も認めざるを得ない。しかし、上には上がいることも、また事実。

 

 

(敗北を素直に受け入れてこそ、先に進めると思うが……)

 

 

 敗北は酷く悔しいものだが、恥ずべきことではない。

 ただ一度の敗北も、ただ一度の勝利も結果に過ぎず、これからも同じ道を歩み続けるのならば、ともに等しく価値のあるもののはず。

 なればこそ、真摯に受け止めるべきだ。自らの驕りも粗も認めた上で、一歩を踏み出してこそ、何よりも当人にとっての力になる。

 

 しかし、そういった考えを口にせず、嵐は自らの仕事に徹することに決めた。

 

 

 

 東家 藤田   28900

 

 南家 和    23800  

 

 西家 代走・嵐 20000 

 

 北家 咲    27300

 

 

 

 点数自体はそれほど離れていないが、前局、前々局と藤田の安手での連続で和了っている。

 東1局、2局は和と咲がそれぞれ一度和了っており、代走に入った嵐はヤキトリ状態だった。

 

 自分の負けではないからか、それともまだ東場が終了したわけではないからか、嵐の表情に変化はなく、牌を取る動作に陰りもない。

 

 

(ん? ……へぇ、見事なものだ)

 

 

 嵐は配牌を取ると手の中で重ねられた4つの牌を広げ、自身の目の前に持ってきていた。

 かなりの時間、牌に触れていなければ出来ぬ芸当。失敗すれば、見せ牌になりかねない。それは牌の扱いに関しては、自信がある証拠だろう。

 

 

(何より、静かで動作に淀みがないどころか、美しさすら感じるな。……ふ、このネット麻雀全盛期の時代に、面白い坊やだ)

 

 

 そこでようやく嵐の存在を認識したかのように薄く笑った。だが――

 

 

(隣の小さい方ほどじゃないな。あの天江 衣のような圧倒的な気配を感じ取れやしない。まあ、アレほどの才能、見つける方が難しいが……)

 

 

 ――さして興味を抱いた様子は見受けられなかった。

 

 

 

 東3局2本場 親・藤田 ドラ{八}

 

 嵐・手牌

 {一一二三八②249南西北発}

 

 

 今までヤキトリだった席に座った影響なのか、嵐の配牌は5向聴。

 役は123、234の三色か、さもなければチャンタが見える程度。鳴いて仕掛けるにしても、面前でリーチをかけるにしても、和了りまでの道のりは長いことは明らかだった。

 

 しかし、ボロボロの手牌に内心で悪態を吐くこともなく、自らのすべきことを考える。

 

 

(普段なら役を狙ってもいいが……)

 

 

 万が一、三色、チャンタが成就しても困る。

 満貫を上がっても対局の趨勢を決することはないが、勢いが傾く可能性があったからだ。

 今は点数に差のない平たい場。こういった場の醍醐味は、誰が一番初めに突出する和了りを成就させるかにある。

 代走として、客の見せ場を奪うわけにはいかないだろう。

 

 

(ベストは安手での親落とし、ベターは両脇を鳴かせてアシストか。……しかし、)

 

 

 そこまで考えた時、藤田の第一打が決定する。

 最初に河へ捨てられたのは翻牌の{中}。続く和の打牌は同じく翻牌{発}。

 

 

(やれやれ。どちらも手が早いのか、高いのか)

 

 

 親の第一打の翻牌切りと信仰にも似た強い信念を持ったデジタル派の翻牌切り。

 どう考えたところで、どちらも鳴かれたところで問題ない手牌が入っている、と見るべきだろう。

 

 困ったことになったな、と思いつつも、嵐にとって楽しさを感じずにはいられない展開だった。どうやら、少なくとも麻雀において、窮地を楽しめるタイプらしい。

 

 嵐はツモ{九}から打{発}。

 南家の和、北家の咲から鳴きを警戒しつつ、様子見を兼ての打牌。自風の西が重なる可能性がある以上、それ程度しか選択肢は存在していなかった。

 

 だが、その後のツモは凄まじかった。

 嵐の生まれ持った強運か、それぞれの思惑が牌の並びを決めたのか。

 

 

 嵐・手牌

 {一一二三八九②249南西北} {九}(ツモ) 打{北}

 

 {一一二三八九九②249南西} {8}(ツモ) 打{西}

 

 {一一二三八九九②2489南} {3}(ツモ) 打{南}

 

 {一一二三八九九②23489} {7}(ツモ) 打{八}

 

 

 藤田と和が何度かの入れ替えとツモ切りを続けている間、嵐は急速に手牌を1向聴にまで進化させた。

 

 

(流石の強運。嵐さんの怖いところの一つじゃな。そして、早めのドラ切り。威嚇のつもり……だけじゃないか)

 

 

 接客をしつつも、四人の対局を見守っていたまこは嵐のツモに舌を巻く。

 ドラの{八}切りは受け入れの広さ、周囲への威嚇の意味もそうだが、万が一{一①1}を掴み、チャンタに向かった場合に捨て牌から匂いを消すための一打だった。

 

 しかし、次順、嵐が掴んだのは{七}。

 

 

(結果だけ見れば、{九}切りしてりゃ、打{②}でテンパイじゃった。普通の打ち手なら仕方がないで済むが…………らしくないのう)

 

 

 もし、まこが日之輪 嵐の雀士として凄まじいところは何処か、と問われても言い淀むことだろう。

 

 例えば、彼女自身であれば、過去に見た牌譜を人の顔のように覚えており、そこから現在の卓上の捨て牌と照らし合わせることができる、と答える。

 例えば、和であれば、数千局を見越した徹底的なデジタル打ちが真似できん、と答える。

 例えば、咲であれば、毎局±0を叩き出す点数調整の能力と、異常なまでの嶺上開花で和了りがありえん、と答える。

 例えば、優希であれば、東場での速攻は東風戦ではとても追いつけん、と答える。

 例えば、久であれば、悪待ちでの引きの良さと、それを利用した心理戦が恐ろしい、と答える。

 

 だが、嵐に関しては別だ。

 強運、直感、心理戦、動揺を見せぬ精神、異形の発想力、自分とは異なる世界を見ているとしか思えない眼力。

 彼の麻雀は、どこを切っても極めて高い性能で纏まっている。相手がどのような打ち筋であったとしても、対応してみせるだろう。

 確かに、恐ろしい。恐ろしいが――――

 

 

(それ以上に、底が見えんのが一番怖いところじゃな)

 

 

 だからこそ訝しい。だからこそ疑問に思う。このようなミスは、日之輪 嵐に相応しくない、と。

 

 

(そうこうしている間に……)

 

 

 9順目、聴牌に一番乗りしたのは、意外なことに咲だった。

 他の三人が手を高めようと、あるいは手を進めることに四苦八苦している間に、静かに、確実に手を進めていた。

 

 

 9順目 咲・手牌

 {⑧⑧⑧三四四赤五六六七七八6} {7}(ツモ) 打{三}

 

 

(次に日之輪先輩がツモる{⑧}は、多分止まらない。そしたら槓して嶺上牌の{5}で和了る……!)

 

({⑧}の槓材残して、この捨て牌か。全く理解できんが、掴んだら止められるかどうかじゃな)

 

(まだ死んでいなかったか。……やっぱり、最終局(オーラス)のまくりじゃなきゃ、調子でないかな)

 

 

 咲の考えは、まず発想自体があり得ない、伏せられた牌山を見透かすような考えだった。

 咲の打牌に僅かな違和感を読み取ったのか、藤田の視線が動く。だが、恐れた様子はなく、そのまま{南}をツモ切り、今度は和に視線を送る。

 

 

 10順目 和・手牌

 {四赤五六4566②③④④⑤赤⑤} {6}(ツモ) 打{②} 

 

 

({③⑥}のどちらをツモっても跳満確定。ここは押します……!)

 

(こっちも聴牌か。ヤバそうなところを掴んだら、降りるか)

 

 

 ふう、とまくりの女王が溜息をつく。

 だが、彼女の嘆息など比較にならない危機が、嵐に迫っていた。 

 

 

 10順目 嵐・手牌

 {一一二三九九②234789} {⑧}(ツモ)

 

 

 咲の読み通り、嵐は{⑧}を掴んだが、次の瞬間、三人の捨て牌に鋭い視線を飛ばしていた。

 

 

 藤田・捨て牌

 {中東北南95}

 {六東八南}

 

 和・捨て牌

 {発1①⑨西9}

 {白三西②}

 

 咲・捨て牌

 {中東24⑨⑦}

 {⑥九三}

 

 

(取り敢えず、{②}は通る。だが、まずは……)

 

 

 嵐の選択は打{二}。

 咲の思惑から外れていたが、彼女にとっては想定内だったのか、それとも切られるのは時間の問題と踏んだのか。驚きの表情はなかった。

 

 

(ありえん。降りるにしても、まずは{②}{三}{九}辺りが先じゃろう。一体、何の意図で……?)

 

 

 後ろで見ていたまこも首を傾げる。

 彼女の疑問も尤もだった。降りる手順としても、まずは捨て牌にある牌から切っていくのが普通だ。

 攻めて行くにしても、わざわざ面子を外す必要もない。

 

 わざわざ面子を崩す意図に最も早く気づいたのは――――

 

 

 11順目 藤田・手牌

 {①①②③③④赤⑤⑤123一三} {②}(ツモ)打{①}

 

 

(一順前に当たり牌を処理された、か。…………まさか)

 

 

 

 藤田は和を警戒し、一盃口の形は崩す{①}切りから嵌{二}の待ち聴牌しながらも、睨みつけるように嵐を見た。その視線に、彼は自らの成功を確信する。 

 

 嵐が藤田の捨て牌から違和感を感じ取ったのは6順目の{5}ツモ切り、一順離してはいるが{六八}嵌張搭子の外し。

 そこから彼女の手牌は中に寄っているのではなく、1234辺りに集中していると見ていた。

 更に5順目の{9}が出てきたのは、彼女から見て左から五番目。以後、その間に牌を入れることはなく、嵌張搭子は左端から順に切られた。

 つまり、その時点で彼女の手牌には二枚の萬子が残っていた可能性が高く、その後の咲と和の{三}切りに、僅かな反応しか示さないのを見て、手牌に{三}があると踏んだ。

 ともすれば、危険なのは{二三}の{一}-{四}待ちか、{三四}の{二}-{五}待ち。もしくは嵌{二}しかなく、聴牌が入っていないと読んでの、打{二}だった。

 

 この読みが功を奏したのか、数順後――

 

 

「ツモのみ。二本場は6本9本です」

 

 

 嵐・手牌

 {一一一九九⑥⑧234789} {⑦}(ツモ)

 

 

 両脇の当たり牌と槓材を止めての和了りに、三人の視線が集中する。

 和も、咲も、自分の当たり牌を止められたことに驚いてはいたが、そう珍しくもなく、落胆するほどのことでもない。でもないが――――

 

 

(私の当たり牌を1順前に切った挙句、両隣の聴牌を躱しての和了りだと。コイツ……!)

 

(藤田さんの顔、相当驚いておるようじゃの)

 

 

 ――全体を見通してみれば、嵐が唯一、和了可能な手順を踏んだことは明らかだった。

 気づいたのは後ろで見ていたまこ、そして突出した実力を有する藤田だけ。

 

 

「あれ? 嵐君、この3人相手に和了れたのかい? 流石にやるなぁ」

 

「普段通り打って、たまたま和了れただけです。それより仕事の方は?」

 

「ああ、大丈夫だったよ。部下の一人がミスらしくてね。まあ、いくらでも取り返せるミスでよかったよ。説教だけは済ませたがね」

 

「それは重畳。では、どうぞ」

 

 

 椅子から立ち上がると、そのまま戻ってきた客を座らせ、別の仕事に就こうとする。

 

 

「ちょっと待て、お前、名前は?」

 

 

 それを止めたのは、他ならぬ藤田だった。

 どうしても気になったのだろう。咲が藤田に“何か”を感じ取ったように、彼女も咲に“何か”を感じ取っていた。

 だが、嵐からは何一つ感じ取れるものはなかった。にも拘らず、この和了り。興味を抱くのも無理はない。

 

 

「いえ、名前なら初めに名乗りましたが」

 

「う……す、すまん、聞いてなかった」

 

「そうですか。日之輪、日之輪 嵐です」

 

 

 では、とだけ告げ、卓を離れていく。

 藤田というプロや和と咲相手に一局とはいえ念願の対局を果たしておきながら、礼儀は失っていないが素気ない態度だった。

 

 

(普段通りに打って、ですか……、私は本当に普段通りに打てていた?)

 

 

 何気ない嵐の言葉に、和は自問自答した。

 藤田への予想外の放銃。その後も、相手を意識し過ぎて、自分の打ち筋を通せていなかった。

 頭に浮かぶのは、らしくない明らかなミスの数々。

 

 

(駄目ですね。自分のスタイルを守っていれば、相手が誰かなんて関係ない。それを口にしておきながら実行できていなかった)

 

 

 ふぅ、と大きく息を吐き、張っていた肩肘をストンと落とす。

 それだけで思考の熱は引いていき、視界は鮮明(クリア)に。

 

 インターミドルで優勝した時よりも、自宅でネット麻雀を打っている状態に近づいていく。

 

 

(さて、何があったか分からんが雰囲気が変わった。こりゃ、ちょっとは善戦できるか。咲の方は、相変わらずか)

 

 

 必要以上の緊張がなくなった和に安堵を覚えつつも、まだ怯えた様子のどうしたものか、とまこは頭を悩ませた。

 目的は既に達成しているが、必要以上に今日の負けを引き摺られても困る。

 フォローをいれるかも考えたが、嵐が言葉にしなかった以上、その判断に従うことにした。

 

「見事な和了りじゃったの、少しは嬉しそうな顔をしてもええんじゃないんか?」

 

「そうは言われてもな。所詮、一局だけの和了りだ。それだけで優劣は競えないだろう」

 

「それもそうじゃがのぉ……」

 

 

 まこが嵐を高く評価しているのは、実力もさることながら、その打ち筋が印象に残るものだからだ。

 プロ雀士も玉石混交だが、トッププロは勝ったとしても、負けたとしても人々の印象に残る。

 そういった意味では、嵐も決してトッププロにも劣っていない。少なくとも彼女はそう信じていた。

 

 

「それで、{⑧}を止めた理由は?」

 

「あぁも露骨ではな、流石に分かる」

 

 

 {⑨}から{⑦}{⑥}と続いた宮永の打牌。その隣には常に三枚の牌が鎮座して動かなかった。つまり{⑧}を槓材として残している可能性が高い。

 和に関して言えば、残っていた{三}{②}ともに安牌であり、{⑥}は{⑧}が切れない以上、残しておくしかなかった。

 

 

「そんなところか」

 

「運も読みも、大したもんじゃよ」

 

「………………」

 

 

 離れていく背中を見送りつつ、藤田はようやく一つの記憶に辿り着いた。

 それは久が清澄に入学したばかりの頃、興奮した様子で凄腕の雀士に出会ったと語っていた。

 彼女もそれほど高校生――殊更、男子について詳しくはなかったが、女子のレベルに比べるとどうしても見劣りしているのは明らかだった。

 男子のレベルが低い、というよりも、女子のレベルが異常に高まっているというのが正しい。

 もし、全国レベルの学生雀士が同卓した場合、女子に太刀打ちできると断言できるのは、僅か二名。

 

 

 ――女子の頂点と双璧を成し、インターハイ個人戦で二連覇を果たし、今年も三連覇を目指している彼か。

 

 ――性格故になのか、成績にムラこそあったが、ある一点において凄まじい和了りを連発する彼か。

 

 

(もし男子個人戦に出るのなら台風の目になるかもな。………………しかし、日之輪か。何処かで聞いたことがあるような、久ではないと思うんだが) 

 

 

 日之輪という名に、どこか引っ掛かりを覚えながらも、目の前の対局に集中するため、思考を中断する。

 嵐の和了りで対面の客は勢いづくだろうし、次は雰囲気の変わった和の親番、咲も油断の許される相手ではない。余計な思考を持ち込んで、容易く勝ちを拾える相手ではなかった。

 

 

(まあいいさ。この雀荘で、このレベルの相手と戦えるなんて、私にとっては幸運だ……!)

 

 




やたら難産でした。闘牌シーンは頭の中ではできていたけど、実際に書いてみると難しい。
というわけで、主人公の地味な活躍回でした。
分類としてはガイトさんやキャプテン、かじゅに近い雀士のイメージで。ただ、牌の偏りないままにやたら強運ですが。

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