最早己の死を待つのみとなった、少女の願いは叶うだろう。
他でもない、万能の願望器が彼女の切なる想いを汲み取った。
これは、人理を救う物語ではない。
これは、歴史を正す物語ではない。

空想神話終章 エリオン――

これは、一つの童話を正しき終焉へと導く語り部たちの物語である。


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A・「オーディン・スフィア」

ダイジェスト版ですが、よろしければどうぞ。




第1話

 ホルン山の頂きが、海に沈む。

 ここが、エリオンの大陸で最後の土地。

 こんな結末を、誰が望んだろうか。

 誰でも良い。誰かがこの冷酷な世界に生き残れると言うのなら、この魂と身とを喜んで天に捧げましょう。

 願いが叶い、誰かが救われて、それが私の愛する人たちであるなら。

 私の最期にとって、この上ない手向けとなるでしょう。

 これでは、余りにむごい幕引き。

 

 最早己の死を待つのみとなった、少女の願いは叶うだろう。

 他でもない、万能の願望器が彼女の切なる想いを汲み取った。

 これは、人理を救う物語ではない。

 これは、歴史を正す物語ではない。

 

 空想神話終章 エリオン――

 

 これは、一つの童話を正しき終焉へと導く語り部たちの物語である。

 

 

 

 

 

 

 切っ掛けは、とある夢見がちな少女のからもたらされたSOSだった。

 

「たいへんだわ! たいへんだわ! たいへんだわ! マスター!」

「あぁ、そんなに急いでは危険です。転んだ拍子に頭を打って、死んでしまうかもしれませんよ」

 

 全体にフリルのあしらわれたゴシックロリータ調のドレスを着る、妖精の如き可憐さを持つ幼い少女が廊下を歩いていた少年へと飛び付く。

 その後ろから現れるのは、褐色の肌に踊り子のようなアラビアンチックな服を着た妙齢の美女。

 

「ナーサリーと、語り部さん?」

 

 少年の名は、藤丸立香。

 彼に抱き締められた少女の名は、ナーサリー・ライム。ナーサリーを追って現れたのは、かつて「不夜城のキャスター」を名乗った語り部。

 立香と少女たちとの関係は、人類最後のマスターとその従者(サーヴァント)である英霊たち。

 此処は、人理継続保障機関。カルデア。

 魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐ為に設立された特務機関だ。

 一般枠のマスター候補として召集された立香に待っていたのは、七つの特異点を巡る人理修復という長く苦しい旅路への片道切符だった。

 グランドオーダー。

 その、奇跡の偉業を成し遂げた世界の救世主は、こうして今日も仲間たちとの日常を存分に謳歌していた。

 

「酷いのだわ、酷いのだわ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。いきなりどうしたの? 語り部さん、ヘルプ!」

「そんな、その振り回している彼女の腕が私の頭部へ当たってしまった場合、脳内出血が起こって死んでしまうかもしれません。そんな危険な場所に、近づく事は出来ません」

「何その天文学的な確率!? 実は関わるのが面倒臭いだけでしょ!」

 

 嘆きに満ちたナーサリーの癇癪に、見捨てられた立香は困惑しながらも幼い少女を抱きかかえ、その頭と背を優しく撫でる事でなだめていく。

 

「きっと、アンデルセンみたいな意地悪な作家の仕業よ。とっても素敵だったはずの童話の内容が、誰かの手で()()()()()()()いるの」

 

 涙目になったナーサリーの手には、一冊の分厚い本がしっかりと握り締められていた。

 灰色をしたその本の表紙部分には、両手で輪を作るほどの大きさをしたくぼみがあった。もしかすると、元々は何かの装飾がはまっていたのかもしれない。

 彼女は童話の化身だ。その彼女が断言するのであれば、間違いはないのだろう。

 

「それは酷い悪戯だね。犯人を捜して懲らしめないと」

 

 基本的に極めて善性な性格である立香は、悲しむ少女の味方となり下手人にきついお灸を据えようと頷く。

 立地と建物面積の都合上、カルデアにおける童話や小説等の娯楽用の書籍類はそのほとんどが電子データとして保管されている。

 閲覧は、職員に支給されるタブレット端末から可能だ。

 別途通常の図書室も用意されているが、こちらに置かれているのは大半が魔道書や貴重な古文書など現品でなければ意味がないものばかりである。

 もっとも、現在は陣地作製のスキルを持った執筆家系サーヴァントたちの暴挙により、図書室よりも三倍以上の規模を誇る書庫が併設されていたりするが、それは余談だろう。

 つまり、ナーサリーの持っている本は恐らく作家陣の砦ではなくその図書館からの持ち出し品であり、きっと目玉が飛び出すほどの金額がするのであろう貴重品を好き勝手に改ざんした犯人は、裁定者の資格を持つジャンヌ・ダルク率いるカルデア裁判所へ直行させなければならないという事だ。

 

「と、言う訳で。ダヴィンチちゃん。犯人捜しを手伝って欲しいんだけど」

「おぉ、かの名探偵ではなく真っ先に私を頼ってくれるとは。うん、うん。例えそれが、付き合いの長さ来る惰性だったとしても大変嬉しく思うよ」

 

 二人を伴い立香が訪ねた工房にて笑うのは、万能の天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 理想の美を追い求め、自分の性別や容姿までもを改造したとんでもない英霊である。

 

「カルデアの貴重な財産に悪戯を仕込むとは、犯人はかなりの不届き者だね。もしくは、庶民や魔術師の価値観や嘆願が通用しない高貴な立場の者かもしれない」

「心当たりがあり過ぎる……」

「はっはっはっ」

 

 立香と契約したサーヴァントたちは、英霊として祭り上げられるほどの偉業を成し遂げた英雄たちの一側面。

 しかも、そんな偉人たちの中には本物の王や神すら名を連ねているのだから、一般的な価値観が通用しないのもある意味当然だと言える。

 しかし、悪戯は悪戯。犯人を捜し、仕出かした責任を取らせ、ナーサリーに謝罪させれば事件は解決するだろうと、立香は楽観していた。

 そう。彼はまだ、この事件の真の意味をまるで理解出来ていなかったのだ。

 そんな読者の意思を無視し、一冊の絵本という()()()を巡る物語が動き出す。

 

「え?」

「たいへん! マスター!」

「立香君!」

 

 立香の手に持つ絵本が、突如として発光を開始する。

 

「――っ」

 

 何もかもが手遅れだ。だが、それでも三人の中で唯一語り部だけが彼の服を掴めた。

 次の瞬間、立香と語り部の姿は忽然と消失していた。

 

「なんてこと! マスターが時計兎に連れられて、不思議の国へ行ってしまったわ!」

()()()()()()? ナーサリー、この絵本は本当にカルデアの図書館にあったものかい?」

「えぇ、その通りよ。絵本を探そうと図書館に入ったら、入り口から一番近くの机に置かれていたの」

「なるほどしまった。だとすると、私たちはどうやら犯人の目的を達成させてしまったようだ」

 

 心臓の鼓動に似た脈動を奏でる絵本を持ち上げ、ダヴィンチの顔が歪む。

 これはきっと、好奇心旺盛なナーサリーが確実に手に取るようこれみよがしに置かれていたに違いない。

 工房の通信機を操作し、カルデアの管理室へと繋げたダヴィンチがオペレーターの女性へ口早で状況を説明する。

 

「立香君が、特殊な魔道書に取り込まれた。救助方法を含めた状況確認の為に、魔道書に詳しいだろうキャスターのサーヴァントを何名か私の工房へ寄越してくれ」

『は、はい。解りました。呼び出し方法は、館内放送で大丈夫ですか?』

「あぁ。彼の危機を聞き付け暴走する輩も出るだろうが、背に腹は変えられない。急いでくれ」

『はいっ』

 

 突如として慌しくなるカルデア内。

 幾度かの館内放送が流れた後、真っ先に工房へと到着したのはこの組織でマスターと一番最初に契約したデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトだった。

 

「先輩の危機と聞き付け、及ばずながら参上しました!」

「うん、ありがとう。他の面子もすぐに揃うだろうから、お茶の用意を頼めるかな」

「事態は一刻を争います。すぐに救援へ向かうべきではないでしょうか」

「まずは、その方法の模索からだね」

 

 会話をしながら、開かれた絵本を相手に短い詠唱を行ったり何かの薬品を垂らすなど、幾つかの手段を試すダヴィンチ。

 しかし、僅かに明滅を繰り返す魔道書から明確な反応が返される事はない。

 

「土壇場で、語り部のキャスターが滑り込んだ。まぁ、仮にもこれまで数多の特異点を攻略して来た私たちのマスターだ。時間的余裕は、十分にあるはずだよ」

 

 希望的観測も多分に含まれているが、ダヴィンチの言葉が真実である事は彼と共に旅をして来たマシュが一番良く理解している。

 

「先輩……」

 

 しかし、だからといって心優しい後輩の胸の痛みは治まらない。

 世界の救世主を閉じ込めた魔本は、ただ眠り子のように規則的な明滅と鼓動を繰り返す。

 まるで、何かを期待するかのように、何かを祈るかのように。

 ただじっと、己に記された運命の物語が読み解かれるのを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 世界は終焉を向かえ、しかして時を遡る。

 集う英霊は七騎。

 

「ランサー、グウェンドリン。我が槍を、貴方に預けます。どうか、結末を見失ったこの物語に終止符を」

 

 大国の姫君にして、勇敢なるワルキューレ。

 彼女との邂逅を序章とし、物語は真相へ向けて進行していく。

 

「セイバー、コルネリウスと申します。このような身なりでご挨拶を行う非礼をお許し下さい」

 

 呪いによって、プーカと呼ばれる動物へと変質させられた悲劇の王子。

 

「アーチャー、メルセデスよ。妖精の王として、我が国リングフォールドからの退去を命令するわ」

 

 後に、魔弾の射手と呼ばれる事となる年若き妖精の女王。

 

「オズワルドだ。俺が狂戦士(バーサーカー)とは、おあつらえ向きだな。お前と妖精の王女を殺せと命令されている。ここで死ね」

 

 その剣に死と闇の不吉をまとう、駒として生きる黒の魔剣士。

 

「まさか、原初の炎を盗み出そうとは、愚かに過ぎるな。折角このライダー、オニキスが治める国へ訪れたのだ、灰になるまでゆるりとしてゆくが良い!」

 

 焔の乙女たちを侍らせる、災厄にすら届く傲慢なる炎の王。

 

「アサシン、イングヴェイだ。まったく、魔術師よりも暗殺者としての資格の方が上とは、イヤになるな」

 

 悲劇の過去を引き摺り続ける、滅びの予言を下された亡国の王子。

 

「キャスター、ベルベットと申します。世界の終末は、最早目前まで迫っております。どうか、心強くあられますよう」

 

 死と呪いの運命に翻弄される、最後の鍵となるべき姫君。

 

 国と国が争う激動の裏で、全てが終焉へと向けて走り出す。

 始まるは、世界を滅ぼす災禍の宴。

 ここに一つ、予言がある。

 

 絶望の獣は人を食らい、希望を砕く。

 枷の外れた狂乱は、生命の光をもてあそぶ。

 

 現れる災厄は五つ。

 挑みし勇者の数も五つ。

 しかし、破綻した物語はすでに結末へと辿り着く道を見失っていた。

 

『やれやれ、敵ながら天晴れと言う他ない』

 

 画像越しの向こう側で、静かに首を振るダヴィンチ。

 

『現状、()()()()()()()()()()()()バレンタイン王の妨害により滅びの予言から導き出した対戦表は、()()()()()()までしか一致させる事が出来ない。これは、揺るぎない事実だ』

 

 予言を成就させない限り、この物語は終わらない。

 状況は劣悪だ。味方は少なく、敵は強大。

 しかし、この程度の絶望で挫けてはいられない。

 

「でも、まだ終わりじゃない」

 

 彼は、沢山の仲間と共にたった一人で人類を救った英雄にして、それでもなおただの人間として生きる事を求めた者。

 

『出来ないものは仕方がない。ミスキャストへの補填を、我々で請け負おう』

「具体的には?」

『君と契約したサーヴァントたちは、古今東西様々な逸話を持つ伝説の英雄だ。その中には、予言と完全に一致しないまでも代役程度はこなせる役者も居るだろうさ』

 

 決戦の時は近い。

 

『さて、後は君に任せるとしよう。我らがマスター。我々の手で、この物語を完全無欠のハッピーエンドで締め括ってみせようじゃないか!』

 

 マスターである立香が現地にて使役出来るサーヴァントは、この物語の序章から付き添った語り部のキャスターを外して最大で五騎。

 主の介添えとして、矛を振るい知恵を絞る中間たち。

 それは奇しくも、訪れる災厄の数と一致していた。

 

 

 

 

 

 

 燭々たる六つ眼の獣が駆ける。

 三つ首を持つ強大なる魔獣、ダーコーヴァ。

 元は人間であった彼の名は、最早語る意味さえ失い掛けている。

 人を襲い、食らい尽くし、それでも足りぬと衝動のままに破壊と絶望を振り撒く巨大なる四肢が大地を抉る。

 

「イングヴェイ! お願い止まって、イングヴェイ!」

 

 狂った獣へと必死に語り掛けているのは、かつて人間であった彼と共に国を取り戻した魔弓の女王メルセデス。

 しかし、未だ幼さの残る妖精の健気な言葉は届かない。

 

「無駄だと申したはずですぞ、妖精の女王よ。さぁ、諦めて我が家来の贄となりなさい」

 

 魔獣の背で少女を嘲笑うのは、死者の世界より舞い戻った三賢者の一人、ベルドー。

 プーカの呪いに侵された者は、死後でさえその魂を束縛される。正気を保ったまま冥府をさ迷い続けるのだ。

 皮すら残らぬ骨とボロ布だけとなった、欲深き隠者の末路。しかし、優れた魔術師としての記憶と技術が残された亡者となれば、その脅威は生前となんら変わりない。

 ダーコーヴァの秘術は、人を獣へと変質させる王伝の魔術だ。

 そして、タイタニアの王家よりその秘術の記された書を奪いその獣を操る術を開発した老賢者の手によって、彼は自意識すら奪われ殺戮の兵器へと成り下がっていた。

 

 苦痛を払うるは我が息子。

 

 予言の叙事詩を記したタイタニア王の子孫は、この場には居ない。

 

 絶望の獣は人を喰らう。

 

 例えどれほど格の高い英霊であろうと、人間という器ではこの巨獣に勝利する事が出来ない。

 ならば、答えは簡単だ。()()()()()()()を用意すれば良い。

 

「きゃあぁぁぁっ! あうっ!」

 

 ダーコーヴァの前足によって打ち落とされたメルセデスを受け止めたのは、人間の倍はある体躯を持った巨大な人型だった。

 ボサボサの白髪の横から伸びる、雄々しき雄牛の双角。

 獣と人を混ぜ合わせたかのような、歪な存在。

 王の不義により生まれ落ち、化け物である事を望まれ迷宮へと幽閉された無辜の怪物。

 怪物の名は、ミノタウロス。

 しかし、生前にて非業の死を遂げた彼は、英霊として人類最後のマスターに出会う事で確かな救いを得る。

 雷光――即ち、アステリオスという人としての名を取り戻す。

 

「あ、貴方は……敵、ではないのね」

「うん」

 

 恐る恐るといったメルセデスの問いに、マスターから助力を命じられたアステリオスがしっかりと頷く。

 しかし、妖精の女王を遥かに超える巨躯を持つアステリオスでさえ、ダーコーヴァの規格外な巨大さには敵わない。

 

「邪魔者が増えたか。何をしているイングヴェイ、二人共々一思いに踏み潰せ」

「ガアァァァッ!」

 

 しかし、それがなんだと言うのだろう。

 怯む理由になりはしない。恐れる理由にすら足らない。

 相手は獣、己も獣。そこに、なんの違いがあるというのか。

 片や、予言にて語られる滅びの災禍。

 片や、歴史にて語られる神話の怪物。

 弱肉強食。強きが食い、弱きが食われる獣の道理が今この場の全てとなる。

 

「うあぁぁあぁぁぁぁぁっ!」

 

 雄叫びを上げるアステリオスの両腕が、巨岩に勝るダーコーヴァの鉤爪を受け止める。

 

「な、なんと……っ」

「うそ……」

 

 そのあり得ない光景をまざまざと見せ付けられたベルドーとメルセデスは、敵味方という立場の違いを忘れて呆然としてしまう。

 死霊となった賢者にとって、その一瞬が命取りだ。

 

「うおぉぉぉぉおぁぁぁ!」

 

 今度は横。投げ飛ばすようにして巨獣の腕を捻り、その巨体諸共に全てを真横へと薙ぎ倒す。

 

「ぐがっ――ひっ、ま、待てっ! ごびゃっ!」

 

 外道の制止など、聞く耳を持つ価値はない。

 獣の背より投げ出され無防備となったベルドーへ向けて、全力で投擲されたアステリオスの巨大な戦斧が骨だけの肉体しか持たぬひ弱な亡者を粉微塵に吹き散らす。

 

「わるもの、たおしたぁ! あとはぁ、たすける!」

「えぇ、えぇ! ありがとう、雄牛の勇士! ――待っていてね、イングヴェイっ」

 

 アステリオスがもう一本の戦斧を手に前へ立ち、メルセデスが魔弾の弓を構えてその後ろへと布陣する。

 その結末は、きっと苦痛を伴うだろう。だが、救いの道は確かに示された。

 かつて、化け物として退治された心優しい怪物が、今正に世界へと復讐を行う獣へと猛然と襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 溢れ出る死神とおぞましい死霊たちによって、瞬く間に死の国へと変じた洛陽の大国、タイタニア。

 死者たちを率いる異形の王ガロンを前に、プーカの騎士であるコルネリウスは苦戦を強いられる。

 

「く……っ」

「無駄だ……余の心臓は死者の女王であったオデットの呪いによって決して滅ぶ事はない。そして、そのオデットはすでに滅びた。故に、余を止められる者はこの世には存在しないのだ」

 

 国を守る為に王族に伝わるダーコーヴァの秘術を発動させたかつての賢王は、見る影もない骨と腐った臓腑ばかりの巨体を揺らし惨めなコルネリウスを哀れむ。

 

「諦めろ、コルネリウス。仮に貴様がタイタニアの王族が抱える「王は王家の血族によって殺される」という宿命を持ち出したとしても、不滅である余の肉体の前には虚しき響きしか持たぬ」

 

 オデットの残した不滅の呪いと、王族の持つ呪いにも近しい宿命。その二つの要素により、死の国より這い出た怪物は決して消し去る事の出来ない存在となった。

 

 漆黒を脅かすは、時に亡き彼の主の影。

 

 死者の国を総べていたオデットの呪いに対抗出来るのは、すでに滅び去ってしまった女王本人のみ。

 かの女王の力の残された魔剣は、此処にはない。

 しかし、王族の宿命を背負ったコルネリウスが此処に居る。

 よって、求められる者は冥府の女王に届く呪術の使い手。

 

「出ませい! 出ませい!」

 

 振るわれる杖と号令に従い、石畳の地面に生まれた巨大な闇の円より大量のマミーたちが出現し、ガロンの率いる死霊たちへと襲い掛かる。

 

「おい出ませ!」

 

 追い討ちとして顕現するのは、術者の背後にて起立する真白の布で全身を隠す巨大にて偉大なる神の御姿。

 布に描かれた両目より解き放たれた光線が、一帯の死神たちを焼き尽くす。

 

「愚かな。具体的に何処がと言われれば困りますが、愚かな」

 

 死者と死者が食らい合う地獄絵図の中で、手に持つ杖でコツコツと地面を叩きながら死者の王を見据える褐色肌の女性。

 こうして世界を滅ぼす災厄の一つとして、祖国を蹂躙するガロンは間違いなく罪人であろう。

 しかし、強大なる侵略者を撃退する為護国の鬼となるべくダーコーヴァの秘術を用いたこの男の末路は、余りに哀れと言わざるを得ない。

 故に、彼女はガロンを愚かと評した。

 

「おぉ……おぉぉ……なんとも不快な気配がすると思えば、卑しいあの女と同じ匂いを撒き散らすか。余を捕らえ、苦しめ続けた死の力を」

 

 空洞となったガロンの六つ目が妖しく光る。

 滅びを克服した地獄の新王が、恐れているのだ。

 己の命をおびやかすに足る、かの女王に等しい冥府の影を感じて。

 

「私もまた、かつて復讐の道を歩んだ者。不敬には罰を、悪逆には死を。民を導く王として、冥界の神の化身として――そして、世を照らす偉大なるファラオとして、このニトクリスが貴方の罪をここで濯ぎましょう」

「おぉ……オデット、恐ろしい。唯一残る心臓さえも畏怖させる、その影をまとうお前も」

 

 腐った巨獣というおぞましい姿となったガロンを前にしながら、ニトクリスからは嫌悪や忌避といった悪感情は感じられない。

 

「冥界の主、オデット。いたずらに貴方の眠りを妨げていた彼女は、もう居ません。冥府の底にて、貴方は今度こそ永遠の安息を得る事が出来るのです」

 

 彼女もまた、過去の歴史において国の頂点に君臨した王の一人。

 死してなお辱められ続けた哀れな罪人に差し伸べられる彼女の手は、何処までも深い慈しみに満ちている。

 

「小さき勇者よ――本当に小さいですね。ん゛、ん゛。我が同盟者(マスター)との盟約により、此度の聖戦に馳せ参じました。共に彼の王を討つ事を許します、光栄に思いなさい」

「はいっ! 助太刀、感謝いたします」

「うんうん、良い心掛けです。マスターにも、その素直さと愛くるしさを分けて……いえ、ダメですね。プーカのように愛くるしいマスターなんて、そんなあざとい存在――ふ、不敬! 不敬です!」

「ま、魔道士殿!? 如何されたのですか!?」

 

 折角の見せ場なので、気合を入れてファラオらしい態度を取っていたニトクリスだったが、所詮は付け焼刃。

 プーカ化したマスターの姿でも想像したのか、顔を真っ赤にして懊悩する少女をコルネリウスが真面目に心配している。

 

「大丈夫ですか? 周囲の瘴気が濃い。心を強く持たれて下さい」

「本気で心配しないで下さい。その一言一言に、我が身の未熟を突き付けられているようです――こほんっ。それでは気を取り直しまして、苦しみもがく非業なるガロン王の御魂をお鎮めいたしましょう」

「えぇ! ガロン王よ、我が剣を持って必ずや貴方をお救いいたします!」

 

 小さな体躯には似合わぬほどの大きな長剣を自在に振り回し、襲い来る死霊の首を断つコルネリウスが誓いを掲げる。

 

「そーれ。可愛い死霊がざざーん、ざざーん」

 

 その背後にて杖を振るニトクリスの命を受け、闇より出でしマミーたちがガロンへと挑むコルネリウスの周囲に出現し、隊列を組みながらその進撃を補佐する。

 ガロンの肉体で唯一まともに残されているのは、心臓のみ。オデットの呪いも、狂い続ける王の魂も、等しく同じ場所に封じられている。

 ニトクリスの呪術は、かの怪物の心臓に届くだろう。例えどれほど堅牢な守りを敷こうと、迫り来る「死」から逃れられる者は居ない。

 しかし、それでは一手足りない。

 偉大なるファラオが呪いを解き、タイタニアの王子が不死の怪物の魂を刈り取る。

 どちらが欠けても、勝利はない。

 哀れな怪物を永遠の眠りへと付かせる為、獣の剣士と太陽の末席が亡者の群れとその王を挫くべく互いの武器を閃かせた。

 

 

 

 

 

 

 森を焦がし、灼熱が来たる。

 

 沈み始めた大地により、まず最初にその国土を海中へ没そうとしていたのは、火山の国であるボルケネルンだった。

 炎の国が水の底へと沈む。それは、誰が見ても明白な滅亡であった。

 王であるオニキスは、その滅びの運命を受け入れられず地上の全てを灰塵に帰した上で新たなる王国を築くべく侵略を開始する。

 その傲慢なる略奪者へと立ち塞がったのは、黒の剣士にしてオニキスと同じ女を愛した男、オズワルド。

 

「グウェンドリンは息災か? 丁度良い。ここで貴様の首を挙げ、新たなる我が王国の門出としてあの女を我が妻へと迎え入れる事にしよう」

「好きなだけ言っていろ、今度は生かしておくような過ちは犯さない」

 

 人には抗えぬ炎の奔流は、いずれ世界樹に阻まれ消える。

 

 すでに全ての木々が燃え尽きたこの森には、世界樹どころか雑草の一つさえも存在しない。

 しかも、予言の通りであるならば今のオニキスにはただの人間は勝ち目がない。

 

 荒れ狂う紅蓮の進軍が、玉座の周りを焼き払う。

 

 周りを焼けども、玉座は焼かない。王座に座る資格を持つ者のみが、焔の王との対峙を許されるのだ。

 王であり、世界が誇る霊樹を縁に持つ英霊となれば、彼以外には存在しない。

 

「ローーーマッ!」

 

 気合一閃。

 遥か上空からの急降下にてオニキスの脳天へと槍を振り下ろすのは、建国の祖にして半人半神の王、ロムルス。

 

「ちぃっ、余計な邪魔立てを」

 

 間一髪でロムルスからの攻撃を回避したオニキスは、一度大きく後退し乱入者を睨む。

 

「何者かは知らんが、邪魔だ。疾く失せよ」

「予言は違えた。故に(ローマ)が此処に来た」

「ほう、ならば貴様こそが炎を阻む世界樹だとでも言うのか?」

「左様。輝ける玉体、偉大なる槍、天を衝く大樹。それは正しく、(ローマ)である」

 

 ロムルスの見地は独特だ。

 全ての道はローマへと続く。彼の中で、この言葉は嘘偽りなく真実なのだ。

 あらゆる人々の営みが、やがて国家(ローマ)という概念へと至る。

 人として人を愛する心。人間的なるもの、その全ての象徴として、彼はローマであり続ける。

 

「痴れ者が。良かろう、黒の剣士共々闖入者を屠るなど今の俺にはなんの労にもならん」

 

 苛立ちを吐き捨てるように振るったオニキスの左腕に、焔が灯る。

 

「あの時のようにはいかんぞ、オズワルド。炎の国を離れる際、最も熱い溶岩を、この五体に詰め込めるだけ詰め込んだ――『オォぉアぁァァああぁァァァッ!』

 

 炎の王の全身が、内より溢れる紅の奔流により肥大化する。

 完成したのは、大いなる火山の具現。自然の驚異を体現する、原初にして最古たる創生と破壊の権化。

 霊基さえ変質させ、世界への復讐者(アヴェンジャー)と成り果てた災いの火が天へとその猛りを轟かす。

 

『来るが良い。滅びの予言など、ボケた爺共の繰言よ! 我が覇道を持って、それを証明してやる!』

 

 声高に予言を否定しながら、その実オニキスこそが最も予言を恐れていた。

 炎の王とて必死なのだ。己の滅びを突き付けられ、平静で居られる者はまれであろう。

 なまじ、力による支配しか知らないが故に、運命への反逆もまた己の持ちうる全ての力を注ぎ込む事で成し遂げようとしている。

 その抵抗を、無意味と断ずる事は出来ない。

 彼は、生きとし生ける者であれば、誰もが持つ当然の権利を得ようとしているに過ぎない。

 しかし、それでも、彼の結末はこの時すでに定まっているのだ。

 

「貴様は、マスターとやらの差し金か。余計な真似を」

「闇に愛されし人の騎士よ。勝利を得る為に剣を抜く事は必定。しかし、その先を見よ」

「なんの話だ」

「言ったはずだ、「予言は違えた」と。故にこの場は、すでに炎の王ではなく汝の死地へと変じている」

 

 本来、オニキスと相対するはずだった世界樹は、ヴァレンタイン王の策略により別の災厄へとあてがわれてしまった。

 代役としてロムルスが派遣されたとはいえ、予言を違えている時点でオズワルドが敗北する確率は非常に高まった状態にある。

 

「知った事か。一度は奴の膝を折った、今度は首と共に命を断つ。それだけだ」

「……仕方あるまい。このような非(ローマ)的な行為はしたくなかったが……暴力に訴えねばならぬ時もある。今がその時だ、オズワルドよ」

「? 何をするつもりだ」

 

 オニキス同様、何処までも頑ななオズワルドの態度にロムルスが取った行動は意外過ぎて誰もの予想を遥かに超えるものだった。

 

「問おう、オズワルドよ。グウェンドリンを好きと言えぇぇぇぇぇぇい!」

「なっ!?」

 

 突然の妄言とも言えるロムルスの言葉に、激しく動揺するオズワルド。

 問うているのに答えを強要している辺り、確かに暴力的な選択肢である。

 

『ガあぁァァァぁぁぁァアああっ!』

「くっ」

 

 オニキスから繰り出される灼熱の豪腕を辛うじてかわし、返す刃で赤熱する腹へと一太刀を浴びせたオズワルドが慌てて両者から距離を離す。

 

「貴様、なんのつもりだっ。戦場で何を言い出している!?」

「貴様の訴えは却下である! オズワルドよ、グウェンドリンを好きと言えぇぇぇぇぇぇい!」

「――っ」

 

 話にならない。

 歯噛みする剣士を見据え、浪漫(ローマ)の象徴は大真面目に彼へと言葉を続ける。

 

「解らぬか、人の子よ。ならば(ローマ)を信じよ。その声で、その心で、愛しき者への愛を叫ぶのだ」

「――グウェンドリン、好きだ」

 

 ロムルスの気迫に押され、渋々といった様子でオズワルドが恋する妻へと愛を語る。

 しかし、ローマはそんな小声でお茶を濁す事を許すほど寛大ではない。

 

「弱い! お前の愛はその程度か!」

「す、好きだ! 愛している! グウェンドリン!」

「繰り返せ! その愛を! その熱を! (ローマ)が許す、己の心に従い吠え立てよ!」

「グウェンドリン、好きだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 戦場にて、剣士が吠える。

 そして、ようやく彼は理解する。

 

「――あぁ、そうか。俺は、死んではいけないのか」

 

 冥府の女王の力を付与された魔剣を使い、育ての親から命じられるまま無数の屍を築き上げて来たオズワルドにとって、己の死もまた恐れの外にあった。

 オデットの滅びにより、冥界への道は閉ざされた。つまり、オズワルドの死は彼が愛を誓ったあの大切なワルキューレを永遠に置き去りにする行為だという事。

 敗北は許されない、相打つ事さえ認められない。必要なのは、猛り狂った災厄と化した炎の王を相手に「生きて勝つ」という最も困難な結果のみ。

 

「助かった。悪いが、援護を頼む」

「それで良い、それで良いのだ。人の子よ。その魂は未だ熱を帯びている。冥府へと旅立つには未だ至らず。即ち、それもまたローマである」

 

 改めて、ロムルスとオズワルドが武器を構える。

 魔剣に込められた冥王の力は強大だ。しかし、その解放は反動として使用者を浸食し、やがて記憶や姿さえ失った「影」へと変じさせてしまう。

 今のオニキスを打倒するのに、魔剣の解放は必ず必要になるだろう。だが、多用すれば使い手は死よりもむごい結末を迎える事になる。

 だからこその援軍、だからこその共闘。

 

『茶番は済んだか、ならば死ねぃ!』

「今のが茶番に見えるのであれば、お前の語る愛はその程度だという事だ、オニキス。俺は、本当の愛を知ったぞ」

 

 魔剣の力を温存しながら、溶岩の投擲を弾くオズワルド。

 迷いはない。死ぬつもりもない。

 愛とは偉大である。生きる意志を得た魔剣使いに、最早敗北とは最も遠い言葉となった。

 その魔剣使いに匹敵する、建国の槍を持ちし英霊が黒の剣士を必ずや勝利へと導く。

 焦土と化した赤々と燃え盛る大地の中で、愛を知った男と愛を失った男の最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 魔法の大釜、コルドロン。

 強欲なる者たちの手によってその処遇を争われ続けたこの巨大炉の元々の所有者は、魔道の大国バレンタインの王であった。

 プーカの呪いのおぞましさ。肉体の生を失った先でさえ安寧を得る事を許されず、冥界にてひたすらに苦しみもがく事を強要される究極にして最悪の秘術。

 世を呪い、人を呪い、全ての滅びを望む骨だけとなったかつての主が戻り、巨大なる魔力炉は歓喜に震えながらその大口で大地の魔素を食らい尽くしてゆく。

 

 絶望を吐き出す大釜に、大陸の古き血が煮えたぎる。

 

 釜の中にて眠るのは、最後の災厄にして全てを食らう蛇の王。レヴァンタン。

 国の名であり、王の名を持つ冥府よりの帰還者バレンタイン王が、竜の巣より盗み出した卵にて己の全てを懸けて育て上げようとしている世界の破壊を司る終焉の大顎。

 

 鏃と刃で底打てど、たぎりは溢れん。

 ただ歩をば戒めるのみ。

 

 災厄の一つとなった大釜に、剣や矢を用いてはいけない。

 戒める為の道具で挑まねば、終焉は止まらない。

 

「お爺様! もうお止め下さい!」

 

 玉座とした巨大な魔力炉の上に鎮座する己の祖父へ、悲痛な想いを込めて叫ぶベルベット。彼女の持つ魔石の武器の形は、鎖。

 剣でも矢でもない、相手を拘束し戒める為の形だ。

 

「下がれ。心配せずとも、皆共に連れて行くぞ――終焉へ」

 

 バレンタインに、もう孫娘の言葉は届かない。

 

「コルドロンはワシのものじゃ。最早何人も命令は出来んぞ。命ずれば、そのものはたちどころに後悔する事になる。ワシが炉に掛けた呪いでな」

「そんな……」

 

 コルドロンに命令する事が出来るのは、持ち主であるバレンタインか、炉の鍵である「ティトレルの指輪」の所持者だけ。

 バレンタイン王は、すでにプーカの呪いに侵されている。

 そして、これより先は指輪の所持者もまた、大釜に何を命ずれば永劫の獣と化してしまうのだ。

 

「えぇい。どうして余の前に出て来る。アレと同じ姿で……惨めなこの姿、虚ろな眼下からは涙を漏らす事さえ出来ぬ……」

 

 運命の巡りにより最愛の娘を手に掛け、民も、国も、全てを失った絶望は如何ほどのものか。

 それこそ、その憎悪と憤怒は世界を滅ぼすに足るほどの激情と化しても不思議はない。

 

「残念じゃったな、ベルベット。コルドロンの仕事は終わりじゃ。さぁ、出て来いレヴァンタン。目覚めの時は来た、その揺り篭から急いで這い出せ」

 

 蛇の王が残りを喰らい尽くす。

 混沌と炎から生じ、母の手で眠る。

 

 世界中の魔力を溜め込み続ける大釜の底にて、深いまどろみの中に居た邪悪なる蛇が目を覚ます。

 その身は天をおおい、口より吐き出されし獄炎は山一つすら砕き散らす。

 

「お爺様!」

「終焉だ。この業苦しか生まぬ大地を消し去れ!」

 

 飛び出す「何か」の背に乗り、バレンタイン王は空の彼方へと飛び去ってしまう。

 

「あ、あぁ……」

 

 その巨大過ぎる体躯故に、長く、長く続いた竜の旅立ちが終わる。

 同時に、ベルベットの膝が折れる。

 止められなかった。終焉の最後を飾るに足る災厄は解き放たれ、世界は最早滅びを待つ他ない。

 しかし、それに抗う者たちが居る。

 まだ、絶望には早い。

 

「んー、やっぱり解らないな。生き物は」

 

 気楽とも言える歩みで、一人の青年がサクサクと砂地を歩く。

 

「貴方は……誰?」

「壊れ掛けた神の武器――今は、ただエルキドゥと呼ばれるだけのサーヴァントさ」

 

 呆然とするベルベットの前に立ったのは、真白の貫頭衣を着込んだ、長い緑髪の美男子だった。

 その美しさは、この世の物とは思えないほどの芸術性すら感じさせる。

 

「救いの御手の導き手――君の兄、イングヴェイからの伝言を伝えに来た」

「え!?」

「「最後の結晶で導く」。コルドロンの炉を逆回転させれば、溜め込んだ魔素を外へと放出出来るらしいね。それが、終焉を回避する手段じゃないかと言っていたよ」

「兄は、イングヴェイは無事なの!?」

「無事ではないよ。死ぬか生きるかは彼次第だけど、案外生き残るんじゃないかな」

 

 二人の会話中も、未だコルドロンは稼動を続けている。

 その上、主の退去を理解し己の身を防衛するべく、外殻のいたる所から様々な武装を展開し始めていた。

 

「コルドロンを破壊せず、無力化しろと言うのね」

 

 ベルベットの瞳に、力が戻る。

 終焉を回避する(すべ)を伝えたという事は、まだこの世界の終わりは決定していない。

 抗える時間と手段があるのであれば、どんなに小さな抵抗であろうと必ず意味があるはずだ。

 怯える心を奮い立たせ、亡国の姫は己の武器である鎖を強く握り締める。

 

「そうなるんだろうね。僕は早々使い減りしないから、気にせず使ってくれて構わないからね」

「……まるで、自分を道具のように言うのね」

「僕もこの子と同じさ。そして、壊れ掛けているからこそ僕は僕自身の在り方を再定義した。人と共に歩み、人に使われる物になろうとね」

「……」

 

 作り物めいた容姿と、己を作り物として語る在り方。

 会話の中で、ベルベットはこの青年は正しく土塊から作られた人形なのだと理解させられる。

 だが、だからこそ言っておかねばならない事が出来た。

 

「貴方のマスターは、貴方の在り方をきっと寂しがっていると思うわ」

「そう、なのかな」

「えぇ、きっと」

 

 兵器故に、彼は知らないのだろう。

 人の愛を、人の情を。

 知っていたとしても、自分に与えられるものではないと、自分が与えるものではないと切り捨てているのかもしれない。

 それは、とても悲しい事だ。

 人の形を持ち、人の為に動くのであれば、人からの感謝を受け取り、また、人に感謝する資格は確かにある。

 それらを知る事は、この人形にとってきっと幸福な未来に繋がるに違いない。

 

「動力部だけを残して、末端機関を無力化するわ。力を貸してちょうだい」

「勿論さ。僕は、その為に此処に来たんだからね」

 

 神造兵器の呼び掛けによって、周囲の砂漠が脈動し砂金と魔力を練り合わせた大量の鎖が蠢き溢れる。

 一斉に迫る鎖たちを、大釜は全身から取り出した武器にて迎撃し、頂点の瞳より放たれた熱線がその射線の一帯を吹き飛ばす。

 エルキドゥとベルベットもまた、底から生やした多脚にて移動を開始したコルドロンを制止するべく火花散る戦場へと駆け込んで行く。

 

「――さぁ、何処を切り落とそうか」

 

 道具は道具であり、それ以上の意味はない。

 しかし、道具とは元より使われる事こそが本懐。

 未来を取り戻そうとする救世主に使われ、世界の滅亡を防ぐ為に己を振るう神の遺物。

 終焉を望む主に使われ、食らい尽くした膨大な魔力により最後の災厄を育み終えた人の遺物。

 使い手が変われば使い方も変わり、価値も変わる。

 災厄の一つとして己の役目を終えた大釜が、今度は恵みの母として大地を癒せるか。

 その結末を知る予言の叙事詩は、鎖を振るう少女へとすでに答えを示していた。

 

 

 

 

 

 

 煌々と輝く極光が、無造作に大地へと振るわれる。

 その度に、山が、陸が、まるで砂糖菓子のように溶け崩れていくのが見える。

 竜の背に乗るグウェンドリンが眺める光景は、正しくこの世の終焉そのものであった。

 竜の背は長大だ。天の全てをおおってさえなお余りあるその体躯を、計る事など出来はしない。

 終焉を求める愚者の願いにて顕現した、世界を飲み込む蛇の王。

 

 『王冠を打ち据えなさい』

 

 グウェンドリンの姉は、末期の時に彼女へとそう告げていた。

 確かに、強大な竜となったレヴァンタンの角には、バレンタイン王が授けた魔法の王冠が巻き付いている。

 切り落とすには、竜の首は余りに太過ぎる。

 心の臓を穿つには、竜の体躯は余りに巨大過ぎる。

 だが、王冠を打ち据え、角を折った所で一体なんになるというのだろう。

 

「どうあっても余の邪魔をするか。忌々しい()()め……っ」

 

 しゃがれ声で怨嗟を語るバレンタインの言葉通り、この場に居るのはグウェンドリンだけではなかった。

 

「何故余の邪魔をする。何故余の願いを聞き届けん。お主たちにとって、この世界の終焉などまるで関わりのない出来事であろう」

「そんなの決まってる」

 

 暗く虚ろな空洞に正面から視線を合わせ、人類最後のマスターにしてこの物語の導き手が答える。

 

「女の子が泣いていた。世界を救う理由は、それだけで十分だ」

「愚かな。その下らぬ正義感と僅かな英雄願望だけで、己のみならず付き従う従者たちまでもを死地へと送り出したというのか」

「幾ら聖杯の力で予言から道を外そうと、俺たちは貴方には負けないよ。バレンタイン王。世界の終焉へは、貴方一人で行くべきだ」

 

 真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。正しい事を、正しいと口にする。

 人間として誰もが持ち得る勇気を使い、人間として誰もが知る正しさを語る。

 決意を胸に、決して目を逸らさずに。

 

「やめろっ、余の娘のような目で見るな。余を、これ以上狂わせるな……っ」

 

 恐れと怒りを込めて、ボロ布をまとった骸骨が立香から視線を逸らしながら吐き捨てる。

 その当たり前の正しさが、その偽らない美しさが、醜く歪んだ王の失った臓腑を焼いているのだ。

 

「グウェンドリン、時間が惜しい。王様は俺と語り部さんが相手をするから、彼と一緒にレヴァンタンを倒して欲しいんだ」

「……解りました。ご武運を」

「ジークフリート、彼女をお願い。武勇伝の追加だね」

「あぁ。竜殺しの名に恥じぬよう、彼女の道を切り開こう」

 

 マスターの指示に従い、ワルキューレと竜殺しが蛇の背を走り抜けて行く。

 バレンタイン王は、それを止めない。

 解っているのだ。叙事詩に謳われる予言を違えたとしても、もう世界の終焉は起こり得ないと。

 かつてかの王が聖杯に求めたものは、己の望む未来への行き筋。終焉へと至る最適解。

 その答えに辿り着けないのであれば、世の終わりへ辿り着ける道理はない。

 彼の願いは叶わない。

 その願いを邪魔した最も憎き相手が、こうして目の前に居るのだから。

 

「良かろう。余の願いの全てを打ち砕いた、外より来たりし我が災厄よ。褒美として、貴様は余が直々にその細首を捻り切ってくれる」

 

 すでに己の全てをレヴァンタンへと引き渡したとはいえ、彼はかつて最盛を誇った魔道の王国バレンタインの頂点だった男だ。

 戦闘能力のない立香は元より、語り部のキャスターでさえ油断の出来る相手ではない。

 

「語り部さん。ここまで巻き込んで、ごめんね」

「えぇ、本当に。常々、(わたくし)は死にたくないとお伝えしていますのに……」

 

 語り部の表情は暗い。普段もそれほど明るくないが、最終局面にて強敵と対峙している今の状況を、本気で嘆いているのだろう。

 負ければ死ぬ。

 竜に食われれば死ぬ。

 竜の背から落ちれば死ぬ。

 マスターが死ねば、自分も死ぬ。

 今この場において、死は道端の石ころのようにそこらじゅうに転がっている。

 

「それでは、失礼いたします」

「うわっ」

 

 何を思ったのか、突然語り部が立香の身体を抱きかかえた。

 服越しに触れる褐色の肌と、肉感溢れる艶やかな肢体。鼻腔をくすぐる香水は、微かな甘さを含んでいる。

 

「か、語り部さん!?」

 

 彼の声が上擦ってしまうのも、仕方のない事だ。

 健全で純情な青少年である立香には、語り部の肉体はいささか刺激が強過ぎる。そんなデンジャラスな凶器を押し付けられて、動揺しない方がおかしい。

 

「お静かに」

「ひゅぃぃっ」

 

 耳元で聞こえる舐めるような甘ったるい語り口に、思わず立香の全身を謎の震えが駆け抜けて行く。

 

「竜の背は十分に広いですが、それでも落ちれば死んでしまいます」

「な、何を――」

「貴方を守りながら戦うには、この姿勢が一番だと判断したまでです」

 

 嘘だ。サーヴァントの肉体は人より遥かに優れているとはいえ、両手が塞がった状態が最善であるはずがない。

 語り部の右手に自身の右手を重ねた瞬間、立香はようやく理解する。

 彼女は震えていた。顔色は蒼白であり、ガタガタと音が聞こえてきそうなほどに身体を痙攣させているではないか。

 彼女は死にたくないのだ。

 だが、それでも戦おうとしている。

 その矛盾への恐怖を紛らわせる為に人肌を求めたとて、誰にも責める権利はない。

 立香の手が、語り部のキャスターの手を掴む。

 

「マスター?」

「勝とう、キャスター。勝って、カルデアに皆で帰ろう」

 

 この世界へのレイシフトが強引だった事が原因か、拠点を作り他のサーヴァントたちを召喚・帰還出来るようになっても、語り部のキャスターだけはどうしても帰還させる事が出来なかった。

 だからこそ、彼女と共に帰還する為にこの物語の修復は必然となった。

 そして、語り部の淑女は望まぬままにこの決戦へと連れて来られたのだ。

 死にたくない――当然だ、彼女は戦士ではない。

 戦いたくない――当然だ、彼女は英雄ではない。

 それでも、不甲斐無いマスターを護る為に奮起しようとしてくれている。

 精一杯の謝罪と感謝を込めて、語り部の手を握る。この心が、せめて少しでも彼女に伝わるようにと。

 

「マスター、ありがとうございます」

 

 握り返された彼女の手は、ほんの少しだけ震えが収まっていた。

 

「お耳汚しを、バレンタイン王。貴方に一つ、物語を披露させていただきます」

「ほう。命乞いのつもりか? ここまで来て、一体何を語るというのだ」

「これは、死を恐れるサーヴァントと、それを優しく包んでくれたマスター()のお話」

 

 語り部の手から、巻物がこぼれる。それは意思を持つかのように動き、その全身をおおい隠していく。

 彼女を守る巻物より出現するのは、小人の盗賊、青肌の精霊、黒壇の馬。それらは全て、実体を持って語り部の周囲へと布陣する。

 

「ふふふっ。寝てしまっても、構いませんよ」

 

 妖しく笑う彼女が語る度に、使い魔の数は増加していく。

 

「下らぬ。屑を幾百積み重ねようと、余の一点の曇りなき怒りと嘆きの前には塵芥の価値すらないものと知れ」

 

 バレンタイン王の指に、尋常ではない魔力が収束する。

 守勢に徹する語り部の生み出す数々の守りを前に、バレンタイン王はただひたすら魔力による矢雨を降らせその防壁を打ち崩さんと猛攻を仕掛ける。

 

「山場です」

 

 起こし、受け、転じ、結ぶ。起承転結が物語りの基本であれば、(いくさ)の流れもまた語り部の手中に他ならない。

 マスターが語り部の熱を感じているように、語り部もまた、マスターの体温と鼓動を感じている。

 一人より二人で。二人より皆で。

 守るべき愛しき人を胸に抱き、語り部は尽きる事のない御伽噺を紡ぐ。

 これは、一人の女性の言の葉が紡いだ、終わりなき願いの物語。

 

 

 

 

 

 

 今宵はここまで。

 この物語の結末と英雄たちの後日譚は、いずれ語る事になるだろう。

 次はもっと面白い話に――なるかどうかは、次の語り手に委ねるとしよう。

 マスターの元へと更なる英傑たちが集い、明日へと向けて今日を過ごす。

 此処は、人理継続保障機関。カルデア。

 魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐ為に設立された特務機関。

 彼らの物語もまた、まだまだ先へと続いているのだから。




配布鯖は、きっと星3イングヴェイ

FGOの世界で
グウェンドリン×オズワルド
ベルベット×コルネリウス
メルセデス×イングヴェイ
という甘々なカップリング話を、ひたすら書き続けたい(願望)


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