織田信奈と正義の味方   作:零〜ゼロ〜

10 / 17
ヒーロー

良晴は焦っていた。自分と少女を逃がすため独り戦場に残った青年の安否が心配で、居ても立っても居られずにいる。とは言っても、馬の上に乗せてもらっているが故にモヤモヤとした気分を発散することは叶わない。ただひたすらに己の無力さを痛感しつつ、前を向き続けるしかなかった。

 そんな良晴を乗せているのは佐々成政。良晴はまともに馬に乗った経験は無いので、成政の腰に腕を回してバランスを取っている。隣で馬を走らせているのは柴田勝家で、その後ろには織田信奈が眼を見開いて前を見続けていた。

 勝家は馬を走らせ、信奈を励まし続けながらも悔やみ続ける。

 嫌な予感はあった。

 戦力が均衡していたはずの前線で、突如として今川軍が崩れ、後退していく。そんな織田軍の足軽たちは勝ち戦と判断し、嬉々として相手陣地へと攻め始めていったのだった。

 足軽には農民が多く、敵将や有名な武将を討ち取れば、褒美として多くの金銭を手に入れることができる。大物を殺すことが出来なかったとしても、殺した相手の鎧兜や持ち物を売ることで、ある程度ならお金を稼ぐことが出来るのである。

 敵軍が目の前で撤退し始めたことにより深追いし始めた足軽たちは指示を仰ぐことなく、無断で追い始めたのだが、今川軍の足軽たちには何か策があるように勝家の目には映った。戦場に身を置く優秀な戦士の勘は、時としてよく当たることがあると言う。勝家は自他共に認めるほど思考能力が壊滅的なのだが、戦場においての―――特に悪い方の―――勘はよく当たった。

 とは言うものの、自分が前線から離脱することが策である可能性も十分あるため、勝家自身が独断で離脱するわけにはいかない。嫌な予感が当たらぬことを祈りつつ、勝家は足軽たちを鼓舞し続けた。「姫さまの元にも足軽はいることは軍議でも言ってたよな。きっと大丈夫。」そう思って。

 そんな楽観的な考えはすぐに否定された。

 突如現れた謎の忍者が、「織田軍本陣に今川軍の特攻隊が突撃。至急信にゃさまのきゅうえんへとむかうべし、とのぎょとでごじゃる」と後半噛み噛みになりながら言い放ったことで、戦況の観察に来ていたという佐々成政を無理矢理連れて織田軍本陣へと大急ぎで向かう。その途中で信奈と猿顔の少年、もとい良晴と合流したのであった。

 本陣が突撃されたのに無傷な信奈を見て安心したものの、近くにいた猿顔の少年は鎧すらまともに着こんでいない。そんな少年を怪しいものとして切り落とそうとしたことによって無駄な時間を使ってしまったのは、また別の話である。

 

「六、見えたわよっ!」

 

 後悔の念に駆られていた勝家を現実へと引き戻したのは信奈の声だった。

 そうだ、今後悔しても仕方ない。

 勝家は信奈が焦っているのを感じつつ、無心で馬を走らせた。

 姫さまを救けてくれた男が無事であるよう信じて。

 

 

 

 

 信奈たち四人がたどり着いたのと、長照の刀が振り落とされたのはほぼ同時だった。

 

「嘘……でしょ。まだお礼も言えてないのに……!」

 

「何も出来なかった…。謝っても償えないのはわかってる。でも、すまねぇ…」

 

 良晴と信奈は二人は思わず目を背ける。

 間に合わなかった。あと一歩の所で。もう少し早く着ければ救けられたのかもしれない。その想いが二人の心を蝕んでいき、心をへし折ろうと襲い掛かる。

 

 

 その時だった。

 

「なっ!?」

 

 手を伸ばしても救えない、信奈を庇って死を選んだ青年。せめて救えないのなら、その死に際だけでも見届けよう。そう考えていた勝家と成政は、予想していない事態へと発展していく立ち合いに驚きと戸惑いを露にした。

 戦場に慣れている二人にとって、姫さまを護って死んでいく人間を偲びこそすれ、その人の死を引きずることなど在りはしない。戦場は死で溢れ、その世の中を終わらすために戦う。青年の死を覚悟していた二人にとって、突如現れたソレは驚愕に値するものだった。それも仕方の無いことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 青年の首が切り落とされた。そう誰もが確信していた戦場にはそぐわない、鈍い金属音が響き渡る。

 咄嗟に眼を背けていた信奈と良晴が恐る恐る前を向くと、さっきまでは存在していなかったはずの短刀二本を握る青年が立っていた。

 

「双剣?モンハンとかでは見たことあるけど、戦国時代にも存在なんてするのか…?」

 

 自分の隣に立っている成政へと話しかける良晴。青年が死んでいなかったことに興奮しているのか、妙に鼻息が荒く、成政は表情を歪ませて

 

「鼻息がうるさいですぅ。本当に猿みたいですね、良晴どのは。」

 

と言い放った。まぁ、本人は一切聞いていないのだが。

 

「まぁいいですよ。双剣自体は中国より古くから伝わってます。双剣は『二刀』という性質から、使いこなすことが出来たのなら山の如き守りを発揮するんですよ。あくまでも、『使いこなせれば』ですけどね」

 

「ん?つまりどういう事なんだ?」

 

「ではここで一つ問題ですぅ。両腕で振るう日本刀と、片腕で両方ずつ振るう双剣。どっちの方が力を込めやすいでしょうか?」

 

「そりゃあ両腕の方が力が入るんじゃないのか、成政さん」

 

 考えれば当たり前のことだ。バットを両腕でスイングするのと片腕でスイングするのとでは負担が何倍も違う。刀とバットでは比較にはならないかもしれないが、自分は竹刀すらまともに握ったことがないので比較対象がバットしか無い。

 

「正解です。普段両腕でやってる行動を片腕でやってみると、思っている以上に難しいっていうアレですね。片腕で刀を振るうので、身体への負担は大きいんですよ。相手の力が込められた一撃を片腕で受けるのは至難の技。というか無理です。二刀で受けるか、弾いて躱すしかないんですよ。おまけに刀身が短い分、相手の懐に潜らないと刃が届かないので、どうしても防戦一方になってしまいます」

 

「つまり、あまり戦場には向かないのか?」

 

「少なくとも、本物の“双剣使い”は見たことないですね。」

 

 淡々と告げる成政の目は真剣そのもの。目の前の青年がどう戦うのか意識しているようで、自分の意識も双剣に持っていかれるのがわかった。

 

 

 

 

どうやって刀を出したかはわからないものの、自分を救けてくれた青年は死んでいない。この事実に安堵した信奈は、青年のもとへ駆けつけようと走り出した

 

―――のだが。その瞬間、目の前に立ちはだかる者が一人。

 

「ちょっと!?退きなさいよ六!救けてくれたあの人を救けなきゃ!」

 

「いけません、姫さま。例え姫さまのご命令があっても、それだけは従えません」

 

「なんでよ!」

 

 立ちふさがったのは柴田勝家である。勝家は肩を震わせながらも腕を広げ、信奈を前に進ませようとはしない。

 

「アイツらは誇りをもって立ち合いをしてます。他人の介入は望んでいません。あたしらが参戦することは許されず、どちらかが死ぬまで見続けるのみ、です」

 

 言葉に詰まった。二人を見てみると、何やら話しているようで、それは今から殺し合うとは到底見えない。お互いに覚悟を決め、他人の介入を望んでいないのは明白。確かにその通りだ。……でも………。

 

「大丈夫だよ、お姫さま」

 

 すっ、と誰かの手が肩に置かれ、震えている肩に人の温もりが伝わる。………温かい。それはまるで、わたしの心を優しく包み込んでくれるような。父親が死んでから一度も感じたことのできなかった、心の暖まる優しい温もり。

 

「あの人は、俺と君を逃がすためにやってきてくれた正義の味方。ヒーローだよ、大丈夫だ」

 

 彼の言葉は、自然とわたしの心の不安をかき消してくれた。途中『秀朗?』とか言う訳のわからない言葉を使っていたけど、なんとなくで伝わる。彼から伝わる温かい感情が心に染み渡っていく。

 

「そうね、サルの言葉を真に受けるのは癪だけど。………わたしは信じる」

 

 ときどきよくわからないサル語を使い、織田家当主である「織田信奈」にもタメ口を使う男。

 そうか、と笑顔で頷く少年によって自分の心が少し動いているのを知るのは、まだ先の話である。

 

 

 

 

 

 決着はそこまで時間のかかるものではなかった。時間にすれぱ、およそ十分ほどであろうか。

 だが、目の前で起きた剣戟により四人とも言葉を発することはなく、永遠とも思える時を経験した。

 勝者は、良晴が「正義の味方(ヒーロー)」と呼んだ青年。

 相手の少しの隙を見逃さず、一瞬で刀を奪い、突如現れた日本刀を相手の首に突き付け、何か会話をしている。さっきまで使っていた双剣は、すでにもう無い。

 

「……ゲームみたいだな」

 

 そんな小並感、もとい現実味のない感想を抱くのは良晴。元々戦争や争い事など、命を賭ける環境とは無縁の少年なので、無理もない。ましてや「双剣使いなんて滅多にいない」だなんて言われたばかりなので、ついつい言った感想が小学生並みの感想となってしまった。

 素直に『凄い』と感じたのは勝家と成政。武に関わる人間なら誰でもわかるだろうが、目の前の青年には才能を感じられない。その文字の如く「血の滲むような努力」をしたことで身に付けた剣術なのだろう。一人の武人として、素直に尊敬に値するものがあった。成政には剣の才能はなく、槍働きを苦手としている節があるので、特に印象強いだろう。

 一方、ただ一人だけ表情が曇ったままの信奈。彼女の心中には、得体の知れない「不安」を感じていた。この気持ちはわからない。気のせいだと信じたい。それでも、何の感情も読み取ることができない青年の姿に、どうしようもない不安が信奈を襲った。

 

 

 

 

 そんな時間は唐突に終わる。

 話したいことを話し終えたのであろうか、鵜殿長照が膝を地につけ、頭をつきだして首をさらした。

 誰もが咄嗟に理解しただろう。「男が殺される」と。そして感じただろう。「何一つ後悔をしていないように見える」と。

 終始辛そうな顔をしていた青年は、精一杯の笑顔を作り、刀を握り返す。その笑顔は無理をしているようにしか見えない。

 青年は震えの止まった腕で刀を振るい、長照の首を撥ね飛ばした。




どうも、零です。今回は良晴・信奈中心の話となりますね。
ついにお気に入り数が500を突破しました!本当にありがとうございます。
更新頻度につきましては申し訳ありません。大学受験が終わって一段落がついてから、ということにしておいてください()
まぁ、一話ごとの文字数が多くなってきてるし許してくれるよ………ね?
あ、人物紹介はあと三話後あたりに書きます。あと三話で清洲城に帰ってこれる(はず)ッ!
勉強の励みにもなりますので是非ともコメント・高評価をお願いしますね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。