織田信奈と正義の味方   作:零〜ゼロ〜

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「投影開始」(トレース・オン)

 

 衛宮士郎の首を撥ねるはずだった鵜殿長照の刃は、突如現れた二刀の剣によって受け止められ、そのまま弾かれた。刀を持たない人間が、突然何もないところから剣を取り出すという不可思議な光景に目を張り、大きなバックステップで距離をとった男は腹の底から笑い声を上げ、じっと士郎の握っている二刀の剣を見つめる。

 とても美しい双剣だった。

 黒と白の対になった二刀の剣。刀身は日本刀と比べると短く、丸みを帯びた刃を持った、見たことのない剣。

 

「ほお、どこにそんな良い剣を隠してたんだ、衛宮」

 

「……思い出したんだ。俺は戦う者ではないってことを」

 

「今まで忘れてたってのか?言ってる意味はよくわからねぇが、双剣使いなんて初めてだ!」

 

 茶化したつもりで聞いたのだが、予想外の回答が返ったことに少し戸惑いつつ、士郎の顔を見た長照は笑みを浮かべる。

 いままで以上に良い顔をしていた。

 

(本当に面白い男だな、お前は)

 

 正体不明の男。人とは思えない弓の腕を持ちながら、日本刀の腕もそこそこ。挙げ句の果てには双剣使いときた。不思議な術を使うのもそうだが、得体が知れない相手は難しい。

 

「油断なんてしねぇよ、見ればわかるさ。俺も全力で行くぞ」

 

 先手は長照。鋭い踏み込みから繰り出される日本刀は、日光に照らされたことにより鈍く銀色に輝き、士郎を斬り裂くべく一筋の線を描く。地面を踏み込み、勢いのついた袈裟斬りは、眼前の相手の双剣によって受けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 相見えていた二人にとって、その時間はあまりにも長く、永遠にも感じられるほど。

 武士道を体現したかのような、一筋の光を生み出す真っ直ぐな剣。

 殺すためではなく、“自身が生き残るため”に戦場で培った城壁の如き剣。

 それまでのような、互いに攻めて斬りつけ合うといった剣戟ではなく、長照が攻め、士郎が守るといったものになっていた。

 互いの得意とする剣で立ち合い、命を賭けて殺し合う。

 美しい太刀筋の長照でさえ、双剣使いの守りの前には為す術がなかった。

 全ての刃を双剣によって弾き、往なし、勢いを殺して躱す。衛宮士郎が双剣を振るってから、長照の太刀が士郎を傷つけることは一度も無い。

 

(この守りを崩すことは出来ない……。少なくとも、今の俺には!)

 

 そう思った刹那。ほんの少しの隙を士郎が見逃す筈も無かった。

 長照の懐に飛び込み、刀の鍔を干将で叩きつけたことで刀を持つ手元が緩む。決定的な隙を見せてしまった男の腹部を蹴り上げたことで、目の前の男は3mほど吹き飛び、刀を完全に手放した。

 

「勝負あった。………長照さんの剣、真っ直ぐな気持ちが込められた真っ直ぐな剣だな」

 

「日本刀のときに攻めきれなかったのが敗因だな。衛宮、お前の守りを突破できる気がしなかったぞ」

 

「何言ってるんだ。俺には長照さんのような剣の才は無いぞ」

 

「それこそ何言ってるんだ。お前の剣は戦場で培ったもんだろ?剣を少しでも習った人間ならわかるはずだが、お前は剣の才は無い代わりに命を賭けて死線を越えてきたんだろうさ。ハッ、俺も毎日刀を振り続けていたんだが甘かったみたいだな」

 

 穏やかに話し続ける姿は古くからの友人のようにさえ見える。不釣り合いな光景と言えば、士郎が柔らかい雰囲気に包まれながらも長照の首に日本刀を突きつけている点であろう。

 

「衛宮。お前、何を怖がってるんだ?」

 

「………………えっ?」

 

 そんな空気を壊したのは、長照だった。

 

「日本刀が震えてるぞ。首にちょくちょく当たってるんだ。斬るなら早く斬れ、何かあるなら今話せ。ちなみに殺さないのは無しだからな」

 

 士郎自身、自分の腕が震えていることを指摘されるまでは一切気がついていなかったのだが、長照が言う通り、聞かなくてはいけないことがある。

 

「長照さんは俺と斬り合う前に、『自分なりの正義がある』って言っていたよな。あれって―――」

 

「あぁ、その事か。俺の中の『正義』は『大切な人を守ること』だけだ。衛宮士郎。お前も知っているだろうが、織田家と今川家の領地の境目は長いこと戦が続いてるんだよ。俺は三河の大高城城主の息子でな、ここは境目から近いことで長く争いが続き、生活が苦しくなる村の人たちを放っておけなかった。」

 

「…………」

 

 士郎は何も言えなかった。士郎は目の前の少女と少年が死ぬことが間違っていると感じたから戦った。長照は自分の守りたい人がいたから戦った。

 目の前の男は、何か悪いことをした訳ではない。

 そんな男を、俺は殺す。その思いは拭いきれない。

 

「おっと、同情なんてすんなよ。正義は人によって違う。お前は目の前の少年少女を死なせたくなかったんだろ?俺は、村の人たちを苦しめたくなかった。ただそれだけだ。そういった意味で、本当の『正義の味方』なんて奴は居ねぇ。どちらか一方に加担すれば、加担しなかった方にとっては『悪』になりうる」

 

 諭すように語る長照の話を、士郎は聞き続ける。この話の中に“答え”がある気がした。

 

「どっちみち、人を殺してる時点で『悪』だがな。皮肉なことに、誰かを守るために人を殺し続ける武士は皆『悪』を背負わなくちゃならねぇ。」

 

 長照は一番伝えたいことを伝えるべく、一旦話を区切る。士郎の目は真っ直ぐと長照を捉え、話を黙って聞き続けていた。

 

(本当に変わった奴だな。数えきれないほどの死線を潜り抜けてきた筈なのに、なんでこんなことに気づかないんだよ)

 

 俺が死ぬことを、彼に背負わせることが無いように。長照は言葉を紡ぐ。

 

「でも、だ。人を殺し続ける負の連鎖は誰かが止めなくちゃならねぇ。それは我が主・今川義元様ではなく、大局を見定め続ける織田信奈かもしれない。」

 

 話を聞く限り、織田信奈はただのうつけでないとは思っていたのだが、実際に会話をしてみて推測から確信に変わった。織田信奈はうつけではない。あまりにも先を見定め過ぎている(・・・・・・・・・・)。あいつならあるいは、泰平の世を築き上げることが出来るかもしれない。

 

「織田信奈は天才だ。でも、奴の行動を許容出来る人がいても、理解できるような頭を持った奴は殆ど居ない。理解者が居ないままじゃ、精神が擦り潰れるか、人ではなくなるかだろうさ。それを支えてやれ」

 

 そう、だからこそ。

 

「泰平の世を生み出すために、何百何千と沢山の人を殺すことになるだろうさ。お前らのことを恨み、憎み、蔑む奴等も出てくる。それでも、こんな腐った世の中を変えろ。俺を殺すことを『罪』として受けとるのなら、それを償いにしればいいさ。人を殺すという『悪』は衛宮士郎で終わらせろ。そうすれば、俺の守りたかった人も笑顔になれるはずだからな。」

 

 人の死を後ろ向きに捉えるな。俺が死んだとしても、自分が守りたかった人さえ幸せな世に繋がるのなら構わない。

 

「………わかったよ、長照さん。俺が『悪』を絶つ。」

 

 暫く沈黙し続けていた衛宮士郎は大きく頷き、眼から強い意志が秘められているのを感じる。

 

(どうやら伝わったみてぇだな。正義に拘らず、自分の道を進んだ方が楽だろうに。本当に変わった奴だ)

 

 自分の死を背負うな。そう伝えたかったのだが、衛宮士郎には無駄だろう。だから自身の願いを告げた。それに対して衛宮は、叶えてくれると言い放ったのだ。笑うことなどできやしない。その道は茨の道だ。

 

「そうか、ありがとう。」

 

 否定しようとした口から出たのは、感謝の言葉。

 俺は、衛宮士郎に過酷なものを押し付けてしまった。

 ならばどうか――――――

 

「人を殺すことに慣れるなよ。慣れてしまった時点で、お前は人では無くなる」

 

 ――――――報われますように。

 長照はそう願いながら、両膝を地に着いた。

 

 

 出会ったばかりではあるが、殺しあい、お互いの想いを共有した。互いに「こんな出合いでなければ」と。「共に戦場を駆けることが出来たのなら」と。そう思わずにはいられない。運命とは可笑しく、かつ残酷なものだ。

 だから、最後は笑顔で。

 無言で両膝を地面に着き、首を差し出した長照の首元へ、投影した刀を構える。

 手の震えは嘘のように止まり、真っ直ぐと振り下ろされる刀は戦友の首を撥ねた。

 飛び散る返り血を全身に浴びていることに動じず、今まで動き、話していたはずの肉塊を見つめる。

 死に慣れるな、か。

 

「ごめんよ、長照さん。アンタの望みはきっと叶える。でも、忠告に関しては無理みたいだ」

 

 もうすでに、体が慣れてしまっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、これが走馬灯って奴か。今までの記憶が蘇るってのは、なんともまあ不思議な感覚だな」

 

 思い返すことで、今まで思い出せなかったような懐かしい記憶が映像のように流れ、しみじみと口にした。

 死力を尽くした斬り合いで衛宮士郎には勝てなかったが、斬り合いに関しては後悔していない。仮に剣の才能は上でも、死線を越えてきた場数も努力も衛宮の方が上だった。それだけである。

 

「結局護れなかった、か。誰かの命を奪ってでも護る。女子供相手でも容赦なく殺すつもりだったんだがな」

 

 結局、覚悟が足りなかった。

 

「……懐かしいな。よく城を抜け出して、村まで遊びに行ったっけ」

 

「最初は村の人も『城主の息子』ってことで怖がってたみたいだけどな、日に日に皆受け入れてくれて、本当に嬉しかった」

 

「成長しても、村の人と城の皆は家族みたいなもんだった。俺にとって、大切な家族そのものだった」

 

「皆でやった花見、楽しかったな。桜が満開になれば、毎年武士や農民関係なく盛り上がったもんだ。俺の結婚したときや、赤ん坊が産まれたときでさえ、皆祝福してくれた。それが本当に嬉しかった」

 

「そんな日々は長くは続かなかった。大高城は織田領と今川領の境目近くにある城。度重なる戦で、村人や武士は徐々に疲労していった」

 

「織田との戦を終わらすなら、大将を討ち取ればいい。織田が消えれば、境目に位置するこの村が被害を受けることはほぼ無くなる。そう考え、策を練った」

 

「策は上手く決まったんだけどな。人払いに成功し、後は殺すのみだったはずなんだが。織田信奈は何か“持ってる”んだろうな。化け物みたいな精度の弓兵でかつ双剣使い。黒装束の少年。不測の事態が重なりすぎた」

 

 衛宮士郎の前に立ち向かってきた少年も、良い眼をしていた。きっとアイツなら、織田信奈が人の道から逸れることなどないだろう。

 衛宮士郎は俺だけではなく、これから殺す全ての人の命を背負うことになるだろう。そんな生き方は間違っている。それでも、彼は歩みを止めない。

 

 そう思った刹那、首元に強い衝撃が走った。痛みは感じない。ふつふつと、死が近づく感覚。

 

 薄れゆく意識のなか、彼は笑い続ける。

 

「最後に妻と息子たちを一目見れないってのも武士の定めってか」

 

 死の直前、一番会いたい人のことを想いながら。鵜殿長照は意識を手放した。




 お久しぶりです。

「鵜殿長照」は今川家に遣える史実の武将です。史実とは物語の都合上変えている部分もありますのであしからず。

 衛宮士郎にとっての最初の壁にさせてもらいました。記憶を無くしたとは言え、魔術無いと展開的にキツいですし、記憶を失ったことで一つの「答え」がいると思ったんです。

 そのうち人物紹介も纏めるのでよろしくお願いいたします。

 では、また次回をお楽しみに。高評価貰えると嬉しいです。疑問等はコメントにてどうぞ。

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