セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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61 中学生三年 大阪で生まれた女たち編④

 完璧な幼馴染とは即ち、園城寺怜(わたし)のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔から病弱であった怜は、幼少の頃から床に臥せることが多かった。入院を必要とするそれなりに深刻なものから、自宅で休むという比較的軽いものまで、月に一度くらいの頻度で学校、幼稚園を休んでいた。京太郎もその度に……は行けなかったのだが、怜が心細いとかわいそうだからと、できるだけ時間を作ってはお見舞いに行くようにしていた。

 

 思えばそれが、京太郎が家事全般、特に女子力の高いことに目覚める切っ掛けだった。怜のために料理を覚え、看病の方法を勉強もした。その甲斐あってか、高校入学を前にして京太郎の女子力は並の女性では太刀打できないものとなっていた。

 

 女子よりも女子力高いってどうなのさ……と方々から小言を言われたりもする。女子である以上、男子より女子力が低いと、立つ瀬がないのだ。京太郎本人は自分の女子力をあくまで『女子の標準よりも少し高いくらい』の全くもって大したことないものだと本気で思っているから、周囲の女子とは微妙に話がかみ合わない。

 

 実際、料理を得意としている友人――和食の得意な塞やお菓子作り全般が得意なはやり、コックとして既に腕を振るっている純などと比べると料理の腕は見劣りするから、というのがその理由である。

 

 確かに彼女らは京太郎よりも腕が良い。レパートリーに困った時など、京太郎が頭を下げて教えを請いに行くくらいだが、ある種それが専門と呼べるような面々と比べないと見劣りしない辺り、京太郎の認識の不正確さが伺える。

 

 京太郎の周囲にいる女子はそれがたまに腹立たしくもあるのだが、同時にその恩恵も受けているので正面から文句を言うこともできない。たまにお菓子を作ってきてくれるし、料理に自信がある者は一緒に料理を作ることもできる。女子力という言葉の通り、男女平等が叫ばれる昨今になっても、それらは基本、男子ではなく女子に帰属するという認識である。女子からすれば、合法的に京太郎を誘う口実にもなるのだ。

 

 料理を作ってほしいというお願いも、一緒に作ろうというお誘いも、京太郎は今まで何度受けたかしれない。

 

 だがその女子力高い京太郎も、最初から料理が得意だった訳ではない。料理ができると人に言えるようになったのは小学校の高学年になってからのことで、阿知賀にいたくらいから漸く、他人にも振る舞うようになった。

 

 故に付き合いの長い人間ほど、その恩恵を受けた割合が低いということになる。自分が一番ではないという事実は少々忌々しくはあるが、それで怒るようならば幼馴染など名乗ることはできない。

 

 嫁だろうと彼女だろうと、折り合いが悪ければいつでも頭に『元』が付くようになる。『元』が付けば距離を置くこともあるだろうが、これからどういう風に状況が変わろうとも幼馴染に『元』が付くことは絶対にない。故に幼馴染は永遠で最強である、というのが怜の持論である。

 

 ではその最強の幼馴染が何をしているのかと言えば、ただ何をするでもなく京太郎にひっついてるだけだった。前からくっついてみたり後ろからくっついてみたり臭いをかいでみたり、女子としてそれはどうかと思う行動もあったが、京太郎は怜の好きにさせていた。

 

 気心の知れた幼馴染と言っても、相手は年頃の美少女である。京太郎も最初の方こそどきどきしていたが、息遣いや体温から『これが怜だ』ということを認識すると、段々と緊張も薄れ、麻雀の教本に視線を落とすようになった。

 

 長野から大阪まで見舞いに来たのである。他にすることがあるだろうと普通ならば考えるのだろうが、京太郎の時間の潰し方は大抵、これなのだ。久しぶりに顔を合わせた幼馴染が、自分ではなく本を見ている。普通の恋する乙女であれば小言の一つも言いたくなるものだが、京太郎の周囲の女性の例に漏れず、怜も京太郎が麻雀をやっている時の真剣な横顔を見るのが堪らなく好きだった。

 

 この横顔を、今は一人占めである。きっと京太郎が朝一で来るからと両親やら看護婦さんやら、人払いをしておいた甲斐があったというものだ。

 

 そうしてしばらく髪をいじられながら京太郎を堪能していた怜だったが、一時間が経ち二時間が経つと流石に飽きがやってきた。自己主張をしようと決めた怜は京太郎の顔をがっちりと掴み、強引に自分の方を向かせ、額を重ねた。視線を逸らすこともできない距離で、京太郎の目を見ながら怜は満面の笑みを浮かべる。

 

「遊んだってやー京太郎」

「……昔みたいに麻雀でもするか?」

「怜ちゃんかて、いつまでも子供と違うんやで? こんな美少女捕まえてるんや。もっと他にすることあるやろー」

「あるやろー、って言ってもな……」

 

 ストを起こした怜に、京太郎は嘆息し教本を閉じた。二人で時間を潰す方法にはいくつか心当たりがあったが、ここは病院で怜は病人である。深刻な事態は過ぎたと言っても、身体に負担をかけるようなことはできないし、本音を言えば、こうして長いこと起きさせているのも不安なのである。

 

 病院側でもそれは同じだろうが、顔馴染みの特権か彼らは怜の意思を優先して京太郎に面会を許してくれている。この顔合わせは彼らの信頼の上に成り立っているのだ。ここで怜に何かあっては、その信頼を裏切ることになる。遊ぶと言っても、やはりそう無茶なことはできない。

 

「まぁ、京太郎は四人でお楽しみやったみたいやからな。寝てる私を放っておいて」

「いやほら、お前が寝てるのは予定調和って言うか、あの面子に誘われたら俺としては断れないというか」

 

 怜にじと目で見られながら、京太郎は後ろ頭をかいた。寝てる怜を放っておいて、と言われるのも釈然としないが、事実かと言われたらそうである。始末が悪いのは、怜も解ってやっているということだ。京太郎が困っているのを見て、楽しんでいる風である。

 

 責めるような口調ではあるが、本心からのものではない。からかい9、怒り1という所だろう。本気で怒っている訳ではないことは解るのだが、京太郎が感じる限り怒りもゼロではない。だからこそ怜に対する後ろめたさも完全にはなくならないのだった。

 

「せやから今日は、私のためにいちゃコラせなあかんのや」

「いちゃコラって具体的にはどうするんだよ」

「普通に抱き枕にでもなっとき。私も、もうすぐ寝るから」

「まぁそれくらいなら……」

 

 役得でもあるし、とは言わない。気心の知れた幼馴染とは言え、調子に乗られると鬱陶しいのだ。何をしろと言われるよりは、ただくっつかれている方が楽でもある。それに誰か来れば、流石の怜と言えども離れるだろう。

 

 昨日の今日である。竜華の性格ならばお見舞いには来てくれるだろうし、竜華が行くなら他の面々もついてくるだろう。抱き枕になるのは、それまでの辛抱だ。そう考えると、怜にもいつもより更に優しくなれるような気がした。

 

「何か食べるか?」

「あれや、りんご剥いてくれんか?」

「お安い御用だ」

 

 怜を引き離すことができなかったので、怜を背負って病室を横切り、果物のカゴの中からリンゴを二個取り出す。一応臭いをかいで痛んでいないことを確認すると、サイドテーブルの果物ナイフを取って、しゅるしゅると皮をむいていく。

 

 その手つきに淀みはない。途切れることなく床に落ちていくリンゴの皮を、怜はほうほう、と頷きながら眺めている。そうこうしている内に、皮をむき終わったリンゴを丁寧に切り分け、お皿に乗せて楊枝も刺す。お皿を差し出すと、怜はうむ、と偉そうに頷いて見せた。

 

「腕は鈍っとらんみたいやな」

「家事くらいは毎日するからな」

 

 毎日やっていれば、腕が上がることはあっても鈍ることはない。京太郎からすれば、料理が苦手とか家事が苦手とかいうのは信じられないのだが、世にはそういう女子が少なからずいるという。クラスの女子にあわいいと評判のアホの子淡でも、それなりに家事ができるし、料理が全くできない訳ではない。できない、と主張する女子は少なくとも、家事に関して淡以下ということになる。意外に凄いな淡、と心中で地味に感動しつつ、京太郎は脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

『次はうさぎさんで食べたいなぁ』

 

 怜のセリフを予期していた京太郎の言葉は、怜のそれと重なった。顔を見合わせて二人して笑う。付き合いが長いと、こういうこともあるのだ。うさぎさんはリンゴの皮むきの定番である。怜に言われてもう少し凝った飾り切りも習得している京太郎だったが、怜の一番のお気に入りはうさぎさんで、こういう時には必ず頼むことを京太郎は憶えていた。

 

 うさぎさんにしたリンゴを更に並べると、怜はそれをじっと眺めてからリンゴをほおばる。これで二人でリンゴ二個分である。病弱なだけあって、怜は腹の容量がそれ程大きくはない。健康な状態でもそれであるから、病み上がりではそろそろ限界だろう。これで結構良い所のお嬢さんであるから、出されたものは基本的に食べてしまうのだ。怜の体調を考えるなら、食べ物を提供する方が加減したり、助け船を出す必要がある。

 

「そろそろ寝たらどうだ?」

「抱き枕、忘れてへんやろな」

「俺は良いけどさ……その、怜の方こそ大丈夫なのか? 誰か来た時に困ったりしないか?」

「京太郎が大丈夫なら、私は何も気にせんよ」

 

 にこー、と怜は笑う。本心からの言葉だろう。こういう時、男よりも女の方が肝が据わっているものだ。怜に少しでも躊躇があればそれに乗っかるつもりだったのだが、その気配は微塵もない。怜の笑顔を見て、京太郎は全ての感情を飲みこんで、抱き枕になることに決めた。

 

 最初に、ベッドに怜が潜りこむ。一度、頭から布団を被って、枕元からひょっこり顔を出す。視線が合うと、怜は目を細めて笑う。それから、布団を少しだけまくりあげて、ちょいちょいと手招きをした。抱き枕になると既に決めているのである。ここまでは予定調和のはずだが、どうしてだろう死ぬ程恥ずかしい。

 

 これはちょっと早まったのではと遅まきながら気づいた京太郎だったが、期待に満ちた怜の瞳を裏切ることはできなかった。のそのそとベッドに近づくと、怜の腕が伸び、京太郎をベッドに引きずり込む。

 

 倒れ込むようにしてベッドに入ると、すぐに怜の腕が回された。首元で、怜のあぁ、という小さい声が聞こえる。今が至福、というその声音と共に、怜の匂いが届いた。普通はこういう時、もう少し恥じらうものだと思うのだが、怜は今の自分のことなど気にしないとばかりに、身体を押し付けてくる。

 

 役得ではあるが、やはり羞恥心の方が強い。顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくても良く解る。ここを誰かに見られたら、とも思った京太郎だが、今ここで見られるのが一番ダメージが少ないようにも思う。ここで誰かくれば、怜の機嫌は急降下するだろうが、抱き枕にならないでは済む。

 

 流石に誰かいる前では、抱き枕続行とはいかないだろう。千里山のメンバーであれば、その可能性は更に高まる。来るならさっさと来てほしいと思った京太郎だったが、こういう自分の期待が絡む勝負事は、いつも必ず裏切られることを、京太郎自身が良く解っていた。勝負事に壊滅的に弱いというのは、霧島の神々のお墨付きである。

 

 羞恥心と戦っている内に、怜はあっさりと眠りに落ちていた。間近に怜の寝顔がある。出会ったのは十年以上も前の話。あの頃から怜は間違いなく美少女だったが、その美しさにはより磨きがかかっていた。

 

健やかに過ごしてくれれば、というのが京太郎の願いである。昔に比べれば健康になった方ではあるが、最近目覚めたオカルトが怜の時計の針を昔に戻してしまうような気がしてならない。

 

 使うなといったし、いらないとも言ったが、必要に迫られれば怜は使うだろう。先天的、後天的に関わらずオカルトは制限をかけて使わないほうが、身体に不具合を起こすとは霧島の巫女さんの弁である。

 

 真に理想であるのは制御する方法を学ぶことであるが、それには資質が必要だし、誰もが本職の巫女さんのように力の習得に時間をかけられる訳ではない。酷くならないようにし、自分の一部として付き合いを学ぶというのが一番賢い生き方だ。

 

 身体に負担をかけると解っていても力を使う。怜のその気持ちが、京太郎には痛い程理解できた。怜がやるというのならば応援してあげたいのだが……幼馴染としては複雑である。

 

 怜の目が覚めたら、もう一度くらい言って聞かせてみようと思う。怜は三年生。次の夏が最後の全国大会で、初めて掴んだ一軍のレギュラーだ。これで力が入らない訳がない。焼石に水だということは解っていたが、それでも怜の身を案じずにはいられない。逆の立場であったとしても、怜は自分に同じことを言っただろうと確信が持てる。

 

 怜が幼馴染で良かった。そう思った京太郎にも、眠気が襲ってきた。強く抱いたら折れてしまいそうな細い身体にそっと力を籠めると、京太郎も静かに眠りに落ちた。




リアルで色々あり投稿が遅れました。申し訳ありません。
気持ちの切り替えって大事ですね……アロマでもやってみようか。


さて、これで大阪編は終了となります。

次が五人揃った宮守編、その次がどうにか形になりそうな有珠山編。
その後に一話は二話中学卒業編をやって、ようやく現代編に入ります。

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