セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編10 長野県大会 団体編②

「京さん、捕まえったっす!」

 

 廊下を一人で移動していた京太郎の背後から、声と共に飛びつく人間があった。自分のことを『京さん』と呼ぶのは一人しかいない。振り向くとほとんど同時に、ずるりと自分の周辺で何か動いたような気がしたがあの娘の周りではよくあることだ。とりあえず無視する。

 

 振り向いた先には予想通り桃子の顔があった。首に腕を回して貼り付いている様はおんぶをせがむ子供のようである。淡にしても桃子にしても何かにつけて引っ付きたがっていたので、高校生になった今時分では少しだけ懐かしくもあった。

 

 ちなみに宮永姉妹は逆で引っ付いているモモアワをじーっとみている癖にこちらから踏み込むと距離を取る。欲望よりも羞恥の方が勝つのだろう。犬のようなモモアワに対して宮永姉妹は猫みたいだなと思っている京太郎である。

 

「今、京さんも一緒に消えてるからあまり声を出さないでほしいっす」

 

 まじで、と京太郎は近くの人に軽く手を振ってみるが、そのおじさんは気づかずにすたすたと歩いていってしまった。おーと声に出して感心する。桃子のステルスを実感するのは久しぶりのことだったのだ。

 

 どういう訳だか最初から見えていた京太郎からすると『桃子が見えない』という状況が全く理解できないのだが、咲や淡は少し離れて気を抜くと見えなくなることがあると常々言っている。だから一緒にいる時は手を繋ぐんだもんね! というのは淡の発案でそれは今も続く三人でいる時の慣習なのだがそれはさておき。

 

 問題は咲や淡が桃子を見失わないとしても他人から見ると消えてしまうことがあるという点である。幸いなことに意識的に消えないように消えないようにと気を張っていると、気づかれずに車に跳ね飛ばされるということはないそうなので京太郎が危惧する程の危険はないようだ。そうでないと桃子は今まで百度は死んでいることになる。

 

 逆に言えば、消えるように消えるようにと気を張っていれば、他人からは消えているようにみえ、その特性は他人や周囲の物も巻き込んでしまう。消えようと思ってそれが成功している時の桃子を見つけるのは、霧島神境の巫女さんたちのような本物でないと難しい。

 

 子供のいたずらにでてきそうなまさに無敵の能力であるが万能ではなく、ステルスできるのは人間だけで他の生き物には感づかれる上、カメラなどの機械まではごまかされてくれない。しかも実力者相手には消えるまでに時間がかかるという完全に人間相手の能力であるが、麻雀などの対人ゲームであるとその威力は凄まじい。

 

 実際、咲や淡や照を相手にしてさえ桃子がそれなりの勝率を誇っているのは単純にこの能力が強力であることも一因なのだが、桃子本人はステルスのおかげで勝てているという評価が大層不満なようで、大親友三人の中では一番熱心に座学に励んでいたものだ。

 

 中学時代を懐かしんでいると、京太郎の耳に桃子がわざと息を吹きかけてくる。ぶるりと震える京太郎に桃子はおかしそうに笑った。

 

「実は京さんに紹介したい人がいるっす。でも大会中に他の学校の生徒と仲良くしてると角が立つから、会うならこっそりにした方が良いってアドバイスされたから――」

「モモが態々迎えに来たって訳だな」

「そうっす。先輩は別に急ぎじゃないって言ってたっすけど、こういうことは早い方が良いと思ったっすよ」

 

 ふんすと桃子の鼻息が聞こえたが京太郎は内心で苦笑していた。角が立つと話した上で急ぎでないと言ったのなら、その人は『会うのは構わないが大会が終わってからの方が良い』と遠まわしに言っていたのだと思うのだが、桃子には伝わらなかったようである。

 

 ちゃんと話せば桃子も理解し従ったと思うが、そうしなかったのということはその人も自分と会うことには前向きであるということか。桃子の知り合いならばおそらく女性な訳で、無駄にモテているようで気分も悪くない。

 

 とは言うものの、その人が気にした通り今は大会期間中である。学校としては京太郎のいる清澄も桃子のいる鶴賀も女子は団体にエントリーしておりいわば敵対関係にある。

 

 それだけならば良いが地区大会から始まり全国大会で終わる一連の大会には『同じ種目にエントリーしている選手は、その種目の着順が正式に決定するまで公式戦以外での対局を禁止する』という規約がある。

 

 例えば個人にも団体にもエントリーしている咲と桃子は、個人戦の着順が決定するまで対局することができない訳だ。ちなみに咲も桃子も個人戦で勝ち残り、県の代表として選ばれた場合、咲と桃子の間にはこの規約は適用されなくなる。

 

 県大会の着順が決まるまでは違う団体の所属であるが、県大会を勝ち上がった時点で県代表となるため全国的には同じ所属となるからだ。

 

 選手の行動を縛ることになる規約だが難しく考えることはない。禁止されているのは対局だけなので要は対局しなければ良いだけの話である。過去を振り返ってみてもこの規約ができてから罰則を受けた選手はいないのだが、痛くない腹を探られるのも面白くないということで大事を取って大会期間中は他校の選手との接触を禁止としている学校も全国では珍しくない。

 

 特に強豪校ほどその傾向は強く、県内では風越がこの方針を採用している……というか県内では風越くらいのものであり、その風越でさえ絶対という程ではない。長野は全国的に見ると比較的緩い雰囲気なのだった。当然清澄も龍門渕も鶴賀も緩い側である。

 

「ところでその……どうっすか?」

「どうって何が」

「その…………自分としては……………………結構大きくなったと思うんすけど」

 

 蚊のなくような声に京太郎もようやく桃子が何を言いたいのかを悟った。ネット上の交流こそ切れておらず声は毎日と言って良い程聞いているが、直接顔を合わせるのはおよそ三か月ぶりである。

 

 出会った時はお互いに小学生。中学生だった間に中々おもちになった桃子であるが、背中に当たる感触は本人が言うだけあって確かに大きく感じる。少なくとも最後に見た時よりは格段に大きくなっている……気がした。

 

 世の男性たちの例に漏れず須賀京太郎という男子はおもち大好きだが、感触で判断できるほど人生経験を積んでいる訳でもないし、恵のように目視でバストサイズを正確に把握するような特殊能力がある訳でもない。

 

 彼は大学時代執念の末にその能力を習得し、よりによって当時片思いをしていた相手である和ママに最初にそれを披露し、女友達にさえ逆サバを読んで誤魔化していた正確なサイズを看破した挙句閃光のようなビンタをもらい、一か月も口をきいてもらえなかったという。

 

 男四人でとんかつを食べに行った際に披露されたその話は主に界の腹筋を崩壊させるという大惨事を引き起こした。世界が広がりそうなその能力には憧れるものの、恵ほどの執念がないせいなのか、未だにそういう天啓は降りてこない。おもちの分類するのも小さい、普通、大きい、すごく大きいの四種類くらいだ。

 

 同年代に限って言えばおもちと言えば霞を筆頭とした霧島の巫女さんたちの独壇場だったのだが京太郎自身が成長するにつれ周囲の環境も変わってきた。小学校からの関係の美少女らもおもちになる人はおもちになったりならなかったり……。

 

 更には高校に入り原村和というすごいおもちが近くに現れたと思えば、その少し前には小学校以来の再会となる真屋由暉子が大外から凄い速度で割り込んできた。実測できない以上単純な大きさでは比較しがたく、京太郎程度の目では皆すごく大きいという大雑把な分類しかできない。

 

 そういうトップ集団と比べると流石に小さいのだろうが、世間的には十分巨乳の部類に入るだろうし、何より京太郎は自身今とても嬉しかった。どうっすか? と恥ずかし気に問われた所で京太郎としては正直に答えるより他はない。

 

「大きいな。俺としてはとても嬉しいし今すごく幸せだ」

「毎日おっぱいさんのおっぱいに夢中になってるって咲ちゃんも言ってたっす。京さんはやっぱりスケベっす!!」

 

 自分で押し付けておいて何て言いぐさだと思ったが、それで離れられてしまうと寂しいので京太郎は言葉をぐっと飲みこんだ。言っていてエキサイトしていたのか恥ずかしがっている割りに桃子はぐいぐいと身体を押し付けてくる。

 

 何も知らない少女をだましているようで聊か罪悪感を覚えるが、それはおもちの感触の前には些細なことだった。

 

「それにしても幸せと言ってくれる割りには平然としてるっす」

「ははは。今更おもち一ついや二つくらいじゃ俺は慌てたり――」

「京さん前!」

 

 前とは言うが視線はずっと前を向けていた。そのはずなのに今京太郎の目の前には壁があり、彼はなす術もなく正面から激突した。背中の感触に意識を集中し過ぎていたせいで歩調もゆっくりになっていたおかげでぶつかったと言っても物理的なダメージはあまりないが、そこはかとなく心にダメージを負っていた。顔を見なくても桃子がいやらしくにやにや笑っているのが気配で解る。

 

「きょーうさんの、すけべー」

「……返す言葉もないな。どうする降りて歩くか?」

「まぁ? 今の私は? 気分が良いっすから? 京さんがどうしてもって言うならもう少し背中を借りてあげても良いっすよ!」

「是非お願いします」

「そこはちょっとくらい躊躇った感じでお願いしたかったっす……」

 

 抱き着く力が少し弱まったことを残念に思いながらも、桃子の案内でえっちらおっちら会場を歩く。学ラン男子が制服姿の美少女をおんぶする様はいくら学生大会の会場と言えども目立つはずだが、周囲の誰も京太郎たちに視線を向けもしなかった。桃子のステルスがちゃんと機能している証拠である。

 

「他の皆にはちょっと席をはずしてもらってるっすよ。かおりん先輩にはちょっと嫌そうな顔されたっすけど……」

「佳織さんのことは後でフォローしておくよ」

 

 大会期間中は時間も取り難いだろう。京太郎自身が所属する清澄が全国に行くにしても、風越、龍門渕の二校や桃子のいる鶴賀が行くにしても、長野から友達が全国に行くのならば応援に行きたい。

 

 清澄や他の二校に比べれば鶴賀の可能性は低かろうが、何が起こるか解らないのが麻雀である。そうなった場合以外、時間を取るのは幾分先のことになるだろうが、今年は盆休みに両親どちらの実家にも泊まりに行くことが決まっているので、佳織とは必然泊まりで顔を合わせることになる。フォローならばその時にすれば良いだろうと従弟の京太郎は軽く考えつつも、ゴキゲン取りに佳織の好きなお菓子でも作ろうとあれこれレシピを決め始める。

 

 ふんわりした見た目の通りに甘いものが好きだからケーキとか喜んでくれるだろう。幸い最近レシピが増えた所であるし、母方の祖父母を含めた妹尾一家相手に腕を振るうのも悪くない。

 

 案内されたのは会場の隅も隅。何のためにあるんだというくらいの小さなロビーに設えられたソファに座っていた少女は、京太郎たちの姿を認めると読んでいた教本を閉じて立ち上がった。

 

 何というか非常に存在感のある人だ。女性としては平均の範疇を出ない身長のはずなのに、見た目よりも大きく見える。男が思い描く『女性にモテそうな女性』という風であるが純とはまた毛色が異なる。京太郎の知り合いの中では菫が――おもちが微妙に残念な所まで含めて――近いだろうか。そのせいか初めて会うのに他人のような気がしない京太郎である。

 

「君が『京さん』か。鶴賀学園三年の加治木ゆみだ。よろしく」

「清澄高校一年の須賀京太郎です。モモがいつもお世話になってます」

「いやなに。私が無理に勧誘した形だからな。団体戦に出られることになって、むしろ助かっているよ」

 

 鋭い風貌なのに随分と柔らかに笑う。まだ少ししかやり取りしていないのに、京太郎はゆみのことが好きになりかけていた。

 

「俺を紹介したいとかモモが言ってたんですけど」

「ああ、モモから君は麻雀が凄く達者だと聞いた。大会中だから後にしようとも思ったんだが好奇心を抑えられなかった」

「加治木先輩、高校から麻雀始めたんすよ」

 

 桃子は無邪気に追従しているがひっそりとゆみは『自分が言い出したこと』と泥を被ってくれている。良い先輩だなぁと密かに感動しつつ、京太郎はゆみの配慮に全く気付かないふりをした。

 

「実は答えのない何切る問題を部室で見つけた」

「随分と不親切なものを見つけたもんですね」

「そう思うだろう? 麻雀雑誌の記事のコピーみたいなんだが、どういう意図か出題のページだけで解答解説の部分が欠落している。一昨日見つけてから調べている所なんだが、何分鶴賀は麻雀関係者が皆無でね。私は問題集は結構手を出したが雑誌企画はからきしで……そうこうしている内に大会期間になってしまった訳だ」

「で、俺に話が回ってきたという訳ですね」

「そういうことだ。モモから麻雀が達者という話は聞いていたし、ついでだから意見を聞いてみたいと思っていた所だったんだ」

 

 ますます大会期間中に直接会って聞く話ではない気がしてきた。これは話は早くまとめた方が良さそうだなと、ゆみからそのコピーを受け取る。白黒のそれはオーソドックスな卓全体を映した何切る問題で、手番の手配だけが開けられた状態である。

 

 一瞬も検討する間もなく京太郎の脳裏には『頭を切って回す』という解答が降りてきていた。あまりに反射的すぎる天啓に戸惑う。麻雀の女神様に嫌われている自覚のある自分にそんな天啓があるものだろうか? 

 

 女神様はツンデレやねんなー、という幼馴染の声を頭の中から追い出し、今度は理屈を持ち出して真剣に検討を始めると、京太郎の隣に立ち問題をのぞき込んでいるゆみが何気ない調子で言った。

 

「そう言えば君は蒲原とは知り合いなんだったか?」

「はい。前に佳織さんと一緒に会ったことがあります」

「そうだったな、妹尾とは従姉弟同士なんだったか……ともかくあのカマボコは手を曲げずに真っすぐ行くと言った。モタモタしている時間はなくツモって裏ドラに期待すると」

 

 カマボコという遠慮のない表現に思わず笑いそうになる。そういう遠慮のない間柄なのだろう。ゆみの言葉には親しみがあったが、それにしても上手いことを言うものだと智美に縁起の良さそうな風貌を思い出す。全体の色合いといいなるほど確かにカマボコだ。

 

「ちなみに私は高めを目指すっすよ」

「理由は?」

「私ならその方が打ちとりやすいっす」

 

 それだけ自分の能力に自信があるのだろう。それはそれで良いことなのだが、オカルト持ちは自分のオカルトを前提にして考える傾向があるため、こういう理論的な問題で思いもしない答えを出してくることがある。

 

 それはそれで攻撃的なオカルトを持っていない京太郎には得難い情報だった。理論に沿って戦う人間は理論に沿った予測が立てられるが、独自の理論なりジンクスなりを持っている打ち手はそうではない。

 

 そしてそういうオカルトを持っている人間は基本的に、関係のない人間には情報を漏らすことがない。そういう連中の対抗策は大会などで切磋琢磨する内に自然と身につくと咏などはよく言うのだが、男子部員一名で他校との練習試合も組めない京太郎の立場ではそれも難しい。

 

 清澄のしかも同年代に和や優希がやってきてくれ、衣たちとも知己を得ることができたのは京太郎にとって生涯の幸運である。

 

 そんな風に良縁に思いを馳せながら牌譜を検討して、漸くこれが過去に見たことのある牌譜だと気づいた。何ならこれが載っている雑誌も所有している。この牌譜は去年のIHの会場で郁乃に見せてもらった物の完成版、そのコピーである。

 

 本来であればこの出題ページ後に解説が数ページに渡って用意されている。冊子みたいにして保存されていなかったのを見るに、問題と解答を別に印刷して用意し、何かの手違いで問題の部分だけが部室に残されたのだろう。

 

「蒲原先輩みたいに真っすぐ行くか、私みたいに高めを目指すかの二択だと思うっすけどね」

「そうか? 俺なら頭を切って手を回すけどな」

 

 一年前に郁乃にやった解説をそのまま桃子にすると、納得がいかないのか桃子は怪訝そうな顔で首を傾げる。

 

「何切る問題っすよ。手を回して良いんすか?」

「何を切るかの問題なんだから進退は問わないだろう。戦略的撤退って奴だよ」

「……それで勝てるんすか?」

「麻雀で一番大事なことってなんだと思う?」

「アガることっす」

「そうだな。でもそれは手段の一つだ。オーラスが終わった時に他の三人よりも多く点棒を持っていることが一位になるほぼ絶対的な条件な訳で、それまでのやり取りは全部それを目指すための手段に過ぎない。極論、一度も上がらなかったとしてもトップを取れることはある訳だしな」

「でもアガるに越したことはないっすよね?」

「もちろんだ。でも俺はこの局面、アガりを目指して前に出ると振り込むと確信した。振ったらそこで試合終了だ。トップにはなれない。ここで大事なのは勝つ前に負けないことだ。回せば少なくともここで負けたりはしないだろ? どんな不利な状況でも勝つための手段は尽くすべきで、ここで前に出るのはそうじゃないと俺は思った。だから回す。それだけのことだよ」

「京さんがそこまで言うなら信じるっすけど、それが正解だとしたらこれは相当に意地悪な問題っす……」

「そこは同意だな」

 

 この手の問題はいかに前に進むか、その方法論を学ぶためのものであることが多く、降り方を問うことなどめったにない。実際、頭を切って降りるのが正しいを正解にしたこの問題には批判も寄せられたそうだが、その選択をするに至るまでの理屈の積み重ねは郁乃が書いただけあって完成度が高く、また智美や桃子が挙げた手の合理性にまで言及していることから、問題としての完成度は高く評価された……らしい。

 

 その情報はそこはかとない喜びと共に郁乃からメールで知らされ、その後咏からの怒りの電話で愚痴を二時間聞いた時に、業界人には大評判という情報ももらった。ライバルに自分が遅れを取った時の牌譜でそのライバルが高評価を得ているのなら、そりゃあ虫の居所も悪かろうと納得した京太郎は、後で一緒に遊びに行く約束をして師匠を宥めたものである。

 

「とまあ俺の意見としては攻めずに降りるって感じですかね。これの載ってる雑誌は持ってるんで良ければコピーを取ってお譲りしますが――」

「そうか、降りても良いのか!!」

 

 興奮した様子のゆみに手を取られ京太郎は目を丸くした。桃子も目を丸くしている。興奮している様子は後輩二人にぽかんとされていることに気づくこともなく力強く京太郎の手をぶんぶん振り出した。

 

「実は私も同じ意見だったんだ。ここで前に出るのは得策ではないと思ったんだが、私が手に取る範囲にある本はどれも前に出ることばかりを話す。モモや蒲原もそう言うものだから私は違う意見だとは言い難くてな……本当、目から鱗が落ちたような気分だよ」

「お役に立てたのなら嬉しいです」

「モモが勧めるだけのことはあった。状況が許すなら君から教えを請いたい所だったんだが……」

「それは流石に大会が終わってからにしましょう。一応俺らはライバル校同士なんで」

「それもそうだな。大会が終わったらよろしく頼むよ、先生」

「何だかこそばゆいですね……終わってからということは、高校を卒業しても麻雀を続けるつもりですか?」

「そのつもりだ。何故もっと早く始めなかったんだと考えないでもないが、そんなつまらないことに時間を使うくらいなら、もっと研鑽をしたいんだ」

 

 桃子は教室に通わず先生にもついたことはない割りに筋が良かった。その桃子が年上とは言え高校から麻雀を始めた人間に黙って教えを乞うているのだから、その事実だけでもゆみの実力が窺える。

 

 話してみた限り打ち回しは自分に近いように思えた。これまでも色々な人と麻雀を打ったが対戦相手本人までリアルタイムで細かく観察するような打ち手は稀で、プロな人たちを除くと菫か美穂子くらいしか周囲にはいない。

 

 清澄ではむしろ京太郎が打ち方について教える側になっている。

 

 咲はオカルトパワーで知覚できることが極端であり視野もその方面に偏っている。優希は単純に視野が狭い。和は場況こそ良く見ているが判断材料にしているのはネット麻雀と同じ程度のもの――ツモ切りか手出しか、後は精々ツモに至るまでの時間くらいのものだ。極端な話顔を卓から全くあげなくても和は麻雀が打てる。

 

 先輩二人は同級生三人に比べると打ち回しがかなり特殊だ。まこの麻雀は膨大な経験に裏打ちされたものであり、和が重んじるような牌の効率ではなく実体験に基づいた場況を出し入れして対応する。こういう状況にどうする、という返答は概ね教科書通りのものが返ってくるのだが、煮詰まった状況になればなるほど、返答が他人が聞くと理解に時間がかかる難解なものに変わっていってしまう。

 

 久は清澄の中で……というより、京太郎が出会った中でも一二を争うくらい狙い撃ちが上手いが、何度か打って確かめた所、あれは他人の弱気とその運が下降するタイミングを嗅ぎ分ける天才的な嗅覚に依存する所が大きいことが解った。

 

 後から牌譜を見ても久の打ち回しを後ろから見ていても、何故そこで待てて更に打ち取れるのか全く理解できない局面が多々あった。本人に聞いても『これで当たると思ったから』という漠然とした答えしか返ってこない。

 

 まこも久もその判断に至る『過程』は当然存在するはずなのだが、簡単にはそれを言語化できないのだ。自分でその能力を扱う分には『なんとなく』程度の理解で十分な訳で、そもそも他人に対して自分はこういう打ち回しができると細かく解説することなどそうあることではない。まこが入部してから和と優希が続くまで、久と二人しかいなかったことを考えればそれも無理からぬことである。

 

 特殊な打ち回しをするからと言って基礎が疎かになっている訳でもない。点数計算さえ怪しかった優希とは異なり、久もまこも基礎はちゃんとできている。自分と共通する部分がない訳ではないのだが、やはりここぞという時に特殊な判断が顔を出す。和以外の四人は全員、世間にある体系だった理論と自分の感性が喧嘩した場合、迷わず感性を選べる打ち手である。

 

 京太郎としてはこれはこれで相対した時の参考になるが、たまには同じ目線に立って話をしてくれる人がほしいというのが正直な所だった。普通に強い人が周囲にはいないのだ。

 

 その点、菫や美穂子はシンプルだ。打ち回しに共通するものが多々あることから、感想戦でも話が弾む。ゆみもそうなってくれると嬉しいのだが、さてどうなるものか。

 

 ゆみは連絡先を手早く交換すると、その場で京太郎たちを見送った。帰りもまた桃子をおんぶしての道程である。おもちのやり取りがあった後だから桃子も京太郎の背中に乗るのを一瞬ためらったが意を決してその背に飛びついた。腕もしっかり首に回されてちゃんとおもちであるが、背中からはこれでもかと熱が伝わってくる。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

 

「ゆみさん良い人だったな。麻雀好きだしかっこいいし」

 

 時間があればいつまでも話していたい相手だったが、今は状況が許さない。大会日程が終われば夏休みだ。いつかのように奈良だ鹿児島だと引っ張り回されなければ、ゆみのためにいくらか時間も取れるだろう。

 

「ゆみさん進学組だよな?」

「とってもお勉強ができて内申点も高いとかで、推薦で国立合格は確実だろうって蒲原先輩が言ってたっすよ」

「うちの県の?」

「そのはずっす」

「なら卒業しても会えるな」

 

 県外の方が遥かに友達の多い京太郎は、友達に会いに行くのも一苦労だ。今の時代直接顔を合わせなくてもやり取りをする方法はいくらでもあるが、たまには会いたいと思うのが友達というものでもある。

 

「ゆみさんが良ければその内三人で遊びに行くか? 勉強会とか。鶴賀の人たちに俺が混ざるような感じでも良いし」

「最初は三人が良いっす!」

 

 思いがけない食いつきっぷりに京太郎も少し引いてしまうが、桃子にも咲や淡以外の頼れる人ができたのだと安心した。そんな桃子の頼みであるから京太郎も二つ返事で夏休み中に予定を組むことに同意する。

 

 推薦組だとしても受験生だ。本格的に予定を組むのは全国大会が終わってからになるだろうと、先の予定を楽しみにする京太郎を他所に桃子は心中で喝采を挙げていた。

 

(右手に京さん、左手に加治木先輩……私の時代が来たっすよ!!)

 

 

 

 かつて他人との交流を諦めていた少女は、自分の今に燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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