おやすみ人類   作:トクサン

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赤い手紙

 世界は宇宙人に侵略されている――らしい。

 

 2012年夏、東北の片田舎にある寂れた学校で空を見る自分にとっては、宇宙人の侵略なんてのはテレビの向こう側の世界で、未だ実感など欠片も湧きはしない。少なくとも学校の教室から眺める町はいつも通りで、海は綺麗だし山はデカイ。

 相変わらず蝉は煩い位に喚いているし、夕暮れのヒグラシの音は悲壮感を覚える。

 

 教室でわいわい騒いでいる同級生だってきっとそうだ、同じ気持ちを抱いている筈だ。そう思って教室の中を見渡してみれば、皆能天気に誰が誰に告白した、芸能人がどうたらこうたら、新しいゲームが、携帯が、先生が。

 戦争なんて言葉がチラつく暇も無く、皆はいつも通りの生活を送っている。

 

 宇宙人がやって来るのは専らアメリカ大陸やユーラシア大陸で、世界の隅っこに在る極東に彼らがやって来る事は無い。それでも地球外生命体に対して人類は一丸となって戦っており、戦況は勝ったり負けたり――いや、負けているのだろうか? 戦況報告何て言うのは時たまネットに上がる位で、ニュースでも日本は軍の派兵が決まっただとか、どこそこの部隊が帰って来たとか、防衛省がどうのこうのだとか、そんな事ばかりだ。

 

 一度ニュースで何やら四つ足歩行の気持ち悪い生物が、戦車の砲弾で吹き飛んだ映像は見た事があるが、モザイクが酷かった上に極短い間だった。それだけ見れば人類が勝っている様にも思えるが、最近では兵士の不足が声高らかに叫ばれている。宇宙人との戦いで多くの兵士が死亡し、今では一般市民の中から義勇兵を募っている状態だった。自衛隊なんて名前の戦力があった事を人々は忘れかけている。

 

 聞くところによると一部学生を兵士として招集している所もあるらしい。学生を戦争に送り込むとは中々、まるで大昔の戦争だな、なんて思った。もっとも大して熱心にニュースを見ている訳でもない自分にとっては、正に遠い異国の話の様で。

 

「なぁなぁ藤堂、何かアメリカのフロリダ? ってところが宇宙人に占領されたんだってさ」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 放課後。

 帰宅準備を終えた友人の高橋が携帯端末の記事を見せつけて来るけれど、自分は生返事だけをする。何故そんな話題をチョイスしたのかは分からないが、どうせネットを開いて最初に載っていた記事だったとか、そんな理由だろう。

 危機感が無いなぁ、何て彼は言う。だがこの教室を見渡して危機感とやらを抱いている奴は一人も居ない。かく言う自分も、勿論抱いていない。夏の暑さを凌ぐように机へと張り付き、どうでも良さそうに呟く。机は少しだけ冷たくて気持ち良かった。

 

「実際、宇宙人を見た訳でもないし、日本を攻めに来た訳でもない、危機感なんて持てないよ」

「ま、そうだよな、ぶっちゃけ俺、今でもマスメディアの捏造を疑っているし」

「いや、流石にソレはないだろうけどさ……」

 

 高橋が机の上に腰かけたまま伸びをしてそんな事を言うので、流石にこんな大規模な捏造は無いだろうと苦笑を零した。それでも「もしかしたら」なんて思ってしまう程、自分達の危機感は低い。

 今、宇宙人と戦っている大陸は悲惨な状態らしいが、こちらは世界の隅っこ、小さな島国だ。或はこのまま宇宙人に人類が滅ぼされてしまうのかもしれない、もしくは台風や地震のように、いつの間にか過ぎ去って人類が勝利しているか。

 どっちにしろ自分達には関係のない話で。

 

「ま、俺達には関係無いでしょ」

 

 いつも通りの楽観主義、日常がいつまでも続くと信じている。この戦争もきっと人生にあるイベントの一つ程度。

 自分が存在しなくても世界は回るのだ、きっと恙なく、問題無く、世界は明日も続いて行く。いつかの大予言の様に、破滅だ滅亡だと騒いでも、きっと世界の誰かが何とかしてくれるのだ。

 そう思ってそんな事を口走った。

 

「そういうモンかねぇ……まぁ良いや、そんな事よりよ、駅前の店、今日閉まるんだってよ、最後に一緒見に行かねぇ?」

「お、良いね、行く行く」

「うし、じゃあ行くべ行くべ」

 

 そうして今日も何事も無く終わる。

 気楽な学校生活、碌に教材も入っていない軽量の鞄を背負って教室を出る。時刻は放課後、既に下校するか否かは自由。何故皆が教室に留まっているかと言えば他にやる事も無いから、部活動何て言うのは既にどこの学校にも存在しない。数年前までは確かにあったのだけれど、どうも日本も色々と節制する段階までやって来たそうで。

 これも戦争のせいだと一時期騒がれていたけれど、じゃあ子どもの未来を守るために徴兵をと言われれば皆ダンマリだ。誰だって死にたくないし、殺したくない。

 

「駅前、随分寂しくなったよなぁ、前はもっと色々あったのによ」

「仕方ないさ、元々田舎で過疎化が進んでいたのもあったけど、都心の方が国防軍の駐屯地とか近いし」

 

 この自分が愛する故郷も、年々人が減り続けている。

 宇宙人がいつ攻めて来るかも分からない、そんな理由で防備の厚い都心に引っ越す人が増えているのだ。お蔭で昔はそれなりに見れた駅前の商店街もシャッター街に早変わり、電車の本数も随分と減った。

 否応なしに宇宙人の存在はこの街を蝕んでいる。

 けれど見たことも、触れた事も無い幽霊の様な奴らが攻めてきていると言われても。

 どうにも実感が湧かなかった。

 

「そう言えば、転校する奴も増えたよな、三組無くなっちまったし」

「一学年二クラス、一クラス三十人前後だとして……全校生徒百八十人位? うっわ、少ないねぇ」

「最初はもっと居たんだけどな、いやはや寂しいもんだぜ」

 

 高橋の言葉に頷いて同意を示す。

 人数の都合で二桁を切った三組が解体されたのは記憶に新しい、数人ずつ一組と二組に組み込まれ新しい友人が出来た。それでも生徒数がじわじわと減っているのも本当で、このまま行くと来年度は何人入学するのだろうかと心配になる。最悪自分の一個下の世代で学校が閉鎖――なんて事もあり得た。それ程にこの街から人が消えている、寂しい限りだ。

 

「存外能天気なのは俺達みたいな学生だけで、大人は皆ヤバイヤバイって慌ててんじゃねぇの?」

「俺の家はそんな感じないけれどね、父さんも母さんもいつも通りだし、引っ越しとかの話も出て無いし、家族内でも宇宙人の話なんてしないよ」

「ウチも同じ、学校でも、そんな話先生から聞かねぇしな」

 

 大人も子どもも、大して認識は変わらない。

 どこか遠い国で宇宙人と軍隊が戦っていて、人も減って物価も少し高くなったけれど。

 結局このままずるずる日常を過ごしていればいつの間にか終わっていて、十年後くらいに「あぁ、そう言えばそんな事あったな」とか笑って話せる事柄になっている。

 紬はそう信じていた。

 

「つってもなぁ、実際遊べるところが少なくなるのは問題――」

 

 高橋が何かを言いかけて、頭上から軽快な電子音が鳴り響いた。放送が行われる前に鳴り響く電子音だ、二人の会話が途切れて高橋が口を噤む。誰も居ない廊下に放送部の声が響いた。

 

『生徒の呼び出しを行います――二年二組 藤堂紬君、藤堂紬君、高田先生がお呼びです』

 

 放送が終わると再び近くの教室から音が溢れ、隣の高橋が自分を見る。藤堂紬、聞き間違いでなければ自分の名前だ。首を傾げながら、「お前何かしたん?」と問いかけて来た。

 残念ながら覚えがない、課題の出し忘れだろうか?

 今日の分は全部提出した筈なのだけれど。

 

「分からない、けどまぁ、取り敢えず職員室に行ってみるよ、悪い、下駄箱で待っててくれ、十五分待って来なかったら先に行っていて良いからさ」

「うい、了解」

 

 そう方向転換、一人下駄箱とは違う方向に歩き出す。課題の出し忘れだとすれば多分数学だろうな、何て考えながら。何分、数学は苦手なのだ。課題の出し忘れだとしても大して時間は取られないだろう、最悪明日出せば良いのだから。

 

 

 

 職員室に顔を出すと、妙に余所余所しい先生方に応接間に行くようにと指示された。どうやら担任の高田先生が待っているらしい、応接間で会話するなどかなり大事では無いだろうか。

 

 これは課題の提出忘れのレベルじゃないぞ、そう感じて少し顔を青くする。自分としては何かをやらかした覚えが全くないのだけれど、こうして呼び出しを受けている以上何かはやってしまったのだろう。

 念のため高橋には何やら面倒事らしいと連絡し、先に行って貰った。この雰囲気は数分で終わらない、そんな予感がある。

 

 応接間へと向かう足取りは重く、昨日、一昨日の行動が頭の中をグルグルと回っていた。何か法に障る事をやらかしてしまったのだろうか、しかし全く身に覚えは無い。言動だって普通の男子高校生基準だし、そもそも紬は人並みの良識と倫理観を持っていると自負している。犯罪は勿論、面談される様な事は決して行っていない。

 

 そう何度も脳内で繰り返すが現実は変わらず結局行かねば終わらない、のろのろと歩いた所で目的地には辿り着いてしまう。一階のフリースペース脇、少しだけ高級感あふれる両開きの扉の前に立った紬は溜息を零して手を添える。

 そうして何度か深呼吸し、ゆっくりと扉をノックした。

 

「二年二組の藤堂紬です、失礼します」

 

 そう声高らかに告げて入室する、気分は戦地に赴く戦士のソレ、というのは少々大袈裟だが、何かあると分かっているからこそ気が重い。そうして恐る恐る部屋に足を踏み入れた紬は、ソファに深く座って項垂れる自身の担任を見つけた。

 両足の膝に肘を乗せて両手で顔を覆っている。肩から滲み出る悲壮感、まるで人生の終わりだと言わんばかりに落ち込んでいる担任。まさか自分はそれ程までにとんでもない事をしでかしてしまったのかと戦慄すると同時――先生の様子がおかしい事に紬は気付いた。

 

「……先生?」

 

 紬が問いかけるが、先生が応える事は無い。

 その体は微妙に震えていて、見れば喉が引き攣って音を鳴らしていた。

 

 先生は一人、嗚咽を零して泣いていたのだ。

 

 担任である高田先生は体育教師で、熱く厳しく、同時に生徒を深く思う今時珍しい教師然とした先生だった。そんな彼が涙を流して泣いている姿など、一度目にした事が無かった。これはただ事ではない、紬は直感した。

 

「せ、先生、どうしたんですか? な、何かあったんですか?」

 

 先生の状態に思わず混乱して、慌てて先生に駆け寄った。「俺、何かしちゃいましたか?」と何度も問いかけるが、紬は非行に走った覚えは無いし、犯罪を犯した覚えもない。先生を泣かせる様な事はしていない筈だと言い聞かせるが、目の前の事実が嫌に胸を締め付けた。

 

 そうしていると先生は手を突き出して、「大丈夫だ、何でもない、何でもない」と口にする。明らかに大丈夫には見えない、しかしそれ以上踏み込むのは躊躇われて結局紬は口を噤んだ。椅子に座ったまま先生は目元を拭って、しかし溢れ出る涙が止まる事は無く――震える手で一枚の紙を紬に差し出した。

 それは先生が強く握り締めていたのか皺くちゃで、涙の痕が薄っすらと見える。

 

「……先生、これは?」

 

 紬は疑問符を浮かべ紙を受け取るが、先生は何も答えない。その事に一抹の不安を抱きながら、紬は渡されたソレをじっくり観察した。紙自体はそれほど珍しいモノでもない、二つ折りの……強いて言うのなら僅かに厚みのある紙だ。授業のプリント? いや、こんな状況でそんなモノを渡す筈が無い。

 紬は覚悟を決めると二つに折られた紙をゆっくりと開く。

 目に飛び込んで来た紙の色は――赤色だった。

 

 

 徴兵令状。

 

 

「藤堂紬、第十三期国防軍速成学校への入校を命ず、所属は機甲兵操縦科、尚徴兵拒否は認められない、期限は……三日後、七月、十一日―――」

 

 長々と色々な言葉が並べられ、栄誉だとか国防義務だとか、操縦適正だとか稀有な人材だとか、今の紬には理解出来ない類のモノがズラリと並んでいた。恐らくその半分も理解出来ていない。

 しかし、一番上に書かれた題を見れば分かる。

 嫌でも、分かる。

 

「徴兵――?」

 

 紬は手の中に収まったソレを見て呟いた。

 己の手に握られたそれは見間違い様もない、宇宙人が攻めて来てから作られたと言う国防軍への招待状。

 噂は何度も聞いた、今の日本は一部の学生たちを速成学校に入学させ兵士としていると。けれどそれは所詮噂で、眉唾物だって。噂を流していた本人達でさえ真に受けず、冗談半分で流布していたと言うのに。

 そのチケットが今、他ならぬ己の手にある。

 

 それは突然の事だった。

 まるで能天気に暮らしていた罰だと言わんばかりに、現実と言う名の怪物が紬を奈落に引き摺り込んだ。その証明がこの紙、赤紙だ。準備などさせて貰えない、覚悟なんてものも出来ていない。徴兵拒否は認められない、その言葉が全てを物語っていた。

 この瞬間、藤堂紬という男の運命は決したのだ。

 

「すまない……すまない……ッ!」

 

 先生が自分を見て、涙を流しながら頭を下げる。

 これは先生が決めた事じゃないだろうに、そう思うけれど、実際言葉が口から出て来る事は無かった。ただ馬鹿みたいに口をぱくぱくと開閉させ、胸内に渦巻く様々な感情を抑えるのに必死だった。

 

 徴兵? 誰が――俺が?

 

 これからもきっと可もなく不可も無く、平々凡々で凹凸の無い日々が続いて行くのだと信じていた。戦争なんてものも人生のスパイスみたいなもので、イベントの一つだって。

 紬がどんな目に遭おうとも、世界は絶えず回っている。開け放たれた窓からは蝉の声が響いており、まるで自分を嘲笑っている様だと思った。

 世界は絶えず回る、何があっても、何をしても。

 

 ただ一つ変わった事があるとすれば、それは。

 戦争は、きっと誰かが何とかしてくれる、ではなく。

 

 自分が何とかする番が回って来たのだと――言ってしまえば、それだけの事だった。

 

 

 





 ハバロフスクの大学寮にはWi-Fiが無かった。
 学生寮自体はそこそこ快適です、ただお風呂が鉄臭い。
 PCも無くネット環境何て望めず、ならばSIMカードを買ってやると奮起。初めて知ったのですがロシアではSIMカード買うのにパスポートが必要でした。寮に置いたまま外出していたので隣の部屋のリー君に代わりに買って貰いました、中国人優しい。

 最近余り小説を書いていなかったのでリハビリがてら投稿しました、続くかどうか分かりませんが温かい目で見守って下さい。
 ちなみにこの話はハバロフスクの大学で一緒に授業を受けたアレキサンドルが一年間徴兵されたという話を聞いて思いつきました。ロシアは二十七歳まで徴兵義務があるそうです。
 こわい。
 
 ロシアにはヤンデレが居そうです(希望に満ちた瞳)
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