おやすみ人類   作:トクサン

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女王

 

 慣れてしまえばなんて事は無い、少しばかり出来の良いゲームみたいなものだ。

 操縦はアームリングとフットリングで直感的に行えるし、細かい部分はBTが補ってくれる。自分の体を動かす延長線上、もっと言えば据え置きのゲーム機と何ら変わらない。主観視点で行うロボット操縦、強いて違う点を挙げるのならば少々体が疲れる位か。

 

「思ったより簡単だな……」

 

 紬は手に持ったディフェンスナイフを振るいながら呟く。この武装はハイメルトブレードと違って、基本的に全ての武装が無くなった場合の予備。使う様な事は極力なくせと言うのが静流教官の言だ。

 これの前に連射砲や狙撃銃、ハイメルトブレードと散弾銃、一通りの武器を使ってみたがどれも大して難しくはない。人の身で扱うのではなく、撃つのはあくまで機体。ロックオンカーソルに照準を合わせるだけ、動く敵の場合は予測処理をオンにしていれば偏差射撃を自動で行ってくれる、便利なものだ。

 近接武装だけは全て自身の動きで振るわなければならないが何も難しい事を考える必要はない。ディフェンスナイフはその名の通り守る為の武器、伸ばされた触手を切り飛ばす、弱点に突き刺す、それが出来れば十分なのだ。

 

『良し、動作止め』

 

 通信の声に従って動作を止めれば手の中からディフェンスナイフが消え去る。武装の選択は全て外部に居る堂島教官が行っているようで、先程から指示された武装を使って切り替え使っては切り替えを繰り返している。

 紬はコックピット内で小さく息を吐き出すと静流教官の声に耳を傾けた。

 

『基本的な武装の扱いは憶えましたね? 専用武装はまた次の機会に扱うとして、今日はこれで訓練終了となります』

 

 訓練終了、その言葉に紬は胸を撫で下ろして目を瞑る。何とか今日も乗り切った、正直言うとシミュレーター訓練自体は大した事無いのだが、地味に筋肉痛がキツイのだ。ゲームコントローラーの様に指先だけで操縦できるならば兎も角、バトルドレスは全身の筋肉を使用する。今日は流石に疲れた、部屋に帰って早く休みたい。

 そんな事を思いながら紬がアームリングを外そうとすると静流教官の嫌に冷たい声が耳に届いた。

 

『――その前に、我ら人類の天敵と一戦交えて頂きますが』

「……は?」

 

 間抜けな声、同時に何か恐怖感を煽る様なレッドアラート。機体の中に大音量の警告音声が鳴り響き、『WARNING!』とAIが叫んだ。

 音に急かされる様に振り向けば、そこには堂島教官の座学で学んだばかりのジャガーノートが立っていた。そのシルエットには見覚えがある、忘れもしない、記憶に刻んだ姿。

 

「クイーン……?」

 

 細い声で呟く。

 頭部のない独特のシルエット、腹部に空いた穴、膝まで伸びた腕。そのどれもが堂島教官の言っていた女王種に該当する。確かコイツは、凄まじく強いジャガーノートでは無かったか。

 

『貴方達が高い操縦適正を持っているのは理解しています、故に思ったのではないですか? 存外に簡単なモノだ――と』 

 

 紬がクイーンに目を奪われている間に、地面に次々と武装が落下し始める。狙撃銃、散弾銃、連射砲、ハイメルトブレード、何でもありだ。恐らく堂島教官が用意しているのだろう、これを使って戦えと言う事なのか。

 落下するそれらとクイーンを見比べながら、紬は狼狽した。

 

『その慢心、此処で折らせて頂きます、ジャガーノートの強さをその身で理解しなさい、そして群で動く事の大切さを覚えなさい――機体残機は一、レッドカラーになった部位は大破判定で動作不良を起こします、武装は今用意した分だけ、弾はマガジンひとつ分、各員の健闘を期待します、以上、通信終わり』

「ちょ、待っ、健闘って言ったって……!」

 

 歩行、走行、跳躍、武器の扱い。

 それを学んだだけで、演習も何も体験していないと言うのに。紬は内心で愚痴をぶちまけながら地面に転がったハイメルトブレードと散弾銃に飛び付いた。散弾銃を選んだ理由は単純だ、堂島教官はクイーンを素早いルークと表現していた。

 つまり弾を当てられない可能性がある。

 なら線でなく面で攻撃できる散弾銃の方が多少なりとも着弾の可能性があるだろう、紬はそう考えた。

 

「ッ……!」 

 

 掴んだ散弾銃を構え安全装置を弾きすかさずトリガー、アームリングがグリップを掴んだ形で固定され、紬は人差し指を引き絞るだけで良い。そうすると反動も何も無く、目前でマズルフラッシュが瞬き先端の尖った何かが飛び出し、数十メートル先のクイーンが穴だけになった。

 ボッ! という音と共に無数の黒色がクイーンの体を貫通する、避けもしないし防ぎもしない。存外呆気なく射撃はクイーンに直撃した。

 

「……やった?」

 

 いや、そんな筈はない。

 紬は呟いた言葉に反してトリガーを連続で引き絞る、一射、二射、三射。マズルフラッシュと銃声がコックピット内に瞬き、その度にクイーンの体に穴が増える。そして遂にはクイーンの上半身が吹き飛び、下半身だけが突っ立って殆ど肉塊と言って良い状況にまで持っていった。

 殺した、これは殺しただろう。

 調整不足? 或はまだスタートしていなかった?

 余りにも呆気なく死んだ女王種のデータに紬は眉を顰める、機体情報のウィンドを開いて残弾を確認し、残り二発の表示を確認した瞬間。

 

 女王の上半身が、生えた。

 

「ッ――再生!?」

 

 まるで出来の悪いB級映画を見ている気分だった、巻き戻しの様に元に戻るクイーンの肉体。

 やはり、そう簡単には終わらない。脳裏を過ったのは堂島の言葉、女王種の持つ圧倒的な再生能力。つまり上半身が吹き飛んだのは単なる『サービス』、殺してやったと浮かれさせるための行動。

 堂島教官、良い趣味しているよ……!

 そう内心で教官を貶しながら、紬は再度散弾銃の引き金を引き絞った。

 

 視界に瞬くマズルフラッシュ、しかし今度は弾丸がその体を貫く前にクイーンの姿が掻き消える。余りの速さに一瞬姿を見失うモノの、ジャガーノート探知機能がイエローアラートで位置を知らせた。

 バトルドレス側面、奴は横に飛んでいた。

 

「速い……ッ」

 

 紬はエジェクションポートから飛び出した空薬莢を振り払いながらクイーンに銃口を向ける。しかし照準が重なる前にクイーンはビル群に紛れた、その両腕を伸ばしビルを掴んで高速移動しているのだ。

 放った一撃はビルに直撃し、その外壁を大きく凹ませるだけに留まる。ガラスが粉砕され破片が光を反射しキラキラと光る。紬は残弾が無くなった散弾銃を投げ捨てハイメルトブレードを両手で掴んだ。

 ヴン、とハイメルトブレードに電力が通り刀身が赤く染まる。

 

「遠距離戦は駄目だ、砲撃、ルークと同じ奴ッ、あれだけは喰らえない……!」

 

 紬は写真の戦車を思い出す、上半身が抉れてスクラップになった写真。あんな攻撃を受ければ一溜りも無い、逆に言えば連中の最強の攻撃は砲撃のみ。それ以外は何とかなるのだ、なら勝てない事はない。

 紬は自分が予想以上に冷静である事に気付いた、クイーンの姿を見ても冷静だしシミュレーターとは言え戦闘を行っている。

 死なないと理解しているから? 或は単純にゲームだと思っている?

 

 恐らくどちらも正解だ、これはシミュレーターだから最悪撃破されても死なない。紬は内心そう思っているし、ゲーム感覚で操縦もしている。気負うモノがない、そもそも訓練初回でクイーンを嗾けて来る辺り『負けて当然』という空気がある。

 そもそも勝たせる為の訓練じゃないのだ、これは。

 バトルドレスを動かせて天狗になっている自分達の鼻を折る為の戦闘、所謂負け戦。

 

 しかし、だからと言って簡単に負けてやるつもりもない。

 

 その自信は何処から来るのか、紬自身分からなかった。

 機体後方からイエローアラート、ビル群を縫って背後に回ったのか。紬はバーニアを駆使して急旋回、後方に回ったクイーンを見た。瞬間、視界に映ったのは腹部を肥大化させたクイーン。一目でわかる、砲撃を行う前兆。

 

 喰らったら一撃で沈む。

 紬はフットリングとアームリングを我武者羅に動かし、同時にBT装置を通じてバーニアを全開にして噴射させた。機体を一瞬で沈ませ半ば地面に這い蹲るような姿勢を取る。回避行動を取った次の瞬間、クイーンの膨張した腹部が一気に縮小し黒い穴から何かが放たれた。

 それは紬の頭上を通過し後方へと流れる。

 目視は出来なかったが確かに『ナニカが飛んできた』、頭上を通過する際にヴヴヴという独特な音が耳に届いた。耳でなら捉えられる、それにきちんとした予備動作だって。

 

 そんな事を思った紬の目に再度腹部を膨張させたクイーンの姿が映った。そうだ、コイツは砲撃を連射出来るんだ。

 紬はフットリングを蹴飛ばす勢いで動かすと、機体を這い蹲った姿勢から走行姿勢へ、そのままバーニアを吹かせ高跳びの要領で第二射を躱し距離を詰めた。その際脚部の外装甲に砲撃掠った様で被弾判定。

 しかし装甲表面が数ミリ抉れた程度で済んだ。火花も何も起きやしない、まるで本当に齧られた様だ。

 

 着地と同時にバーニアを活用した高速移動、彼我の距離は二十メートルを切った。そこまで接近するとクイーンも砲撃を取り止め、両腕を動かし迎撃姿勢に入る。まるでゴムの様に伸びた腕が紬の機体に向かって飛来し、その手は開かれていた。

 捕まえて身動きを取れなくするつもりだろう。

 何処かしらを掴まれて十全に回避行動のとれない状態では砲撃を躱す事も出来ない、そうなれば詰みだ。

 

 ――ブレード過熱、設定九十五%固定。

 

 紬はハイメルトブレードの熱量設定を最大まで引き上げ、その状態で自身の目前に構えた。振るう必要はない、ただ自分に向かって来る腕に対しブレードを置くだけで良かった。なにせ溶断する為に作られたブレードだ、触れるだけで対象を斬る。

 バーニアを吹かせて勢い良く突っ込めば勝手に伸ばされた腕がハイメルトブレードと接触し溶断される。上手い具合に重なったブレードに触れたクイーンの腕はドロドロになって弾けた。

 

 やった、斬り飛ばしてやった。

 

 内心でそう叫びながらアームリングを操作し、そのまま残滓を振り払って一歩踏み込む。彼我の距離は数メートルまで迫った、既にクイーンはブレードの射程圏内。

 

 やれる。

 

 そう思って突貫した紬は、視界に飛び込んで来る影を見て思わず体を硬直させた。

 それは足だった、人間と同じ五本指の足。それがグンッと伸びて紬の一番機顔面を蹴り飛ばした。思わず漏れてしまう悲鳴、嘘だろうと叫びたくなる衝動を抑える。

 そうだ、体があれだけ膨張して手も伸びるなら、足だって伸びてもおかしくない。

 

 気付いた時には既に遅く、凄まじい勢いで飛んできた蹴りは一番機の体勢を大きく崩した。頭部が吹き飛ばなかったのは僥倖だろう、メキリと軋む頭部の外部装甲、弾ける火花。機体情報ではイエローカラー、所謂中破状態。バラバラと上から損害報告が流れて来る。

 衝撃こそ仮想空間故にないものの、上へ流れる視界は機体が転倒しかけている事を示していた。機体バランス崩壊を知らせるアラートが視界上部に表示される。

 

「ッ、バーニアを……!」

 

 倒れるのはマズイ、敵の眼前で転倒するなんて自殺と同じだ。

 紬は仰向けに傾いた機体をバーニア全開で立て直し、何とか背中から転倒する事だけは阻止する。それでも勢いは大分削られ、クイーンの真正面で後手に回る事となった。

 機体の体勢立て直しで大分時間を取られた紬に対し、クイーンは無慈悲にも残った腕を振りかぶる。肩部と腰部のバーニアを吹かし、地面に脚部が接地した瞬間攻撃された。

 辛うじて受けの姿勢と整えた紬は飛来したクイーンの拳を何とか装甲で受け止める。しかしどうにも目測が甘かったらしい、最も装甲の厚い手甲で受けようと思っていたつもりが、拳が打ったのは左腕の上腕部だった。

 

 メキリと拳が装甲を凹ませ、衝撃に上体が傾く。そのまま凄まじい怪力で殴り飛ばされ、大きく後方に下がった。あんな細腕のどこにこんな力が――!

 

 《左腕部被弾確認、自己診断開始――内部装甲三層確認、損傷無し》

 

 殴られた体勢のままアスファルトを削りながら停止、損害を確認しながらフットリングを前に蹴飛ばす。機体情報によれば左腕部は未だ健在、グリーンカラーだ。殴ると言うよりも押し付けると言う感じ、恐らくクイーンからすれば突き飛ばしと同じ行為なのだろう。

 バトルドレスを片腕一本で押し退けるとは恐れ入る。

 

 それでも腕一本無い状態なら勝ち目もある筈。

 紬はアームリングを伝って感じるグリップの感覚を確かめながら、強くそう思った。

 

 蹴飛ばしたフットリングが機体の足を進ませ、次いで両肩のバーニアが火を噴く。勢い良く加速した一番機、足裏を地面に擦りながらスライドする様にアスファルトの上を滑った。

 クイーンは迫る紬を前に、残った一本の腕を再度迎撃に飛ばす。紬は飛来した腕を脊髄ユニットを使って掻い潜り、低い姿勢のままクイーンに肉薄した。

 そして掻い潜った腕の先、再び目前に迫る足裏。本当にいつ伸ばしたかも分からない、凄まじい加速性。先程はこれで頭部を蹴り飛ばされた。

 

「二度も喰らうかッ……!」

 

 しかし足が伸びると事前に分かっているのなら反応出来る。掻い潜った先に置かれた足をハイメルトブレードで溶断し、足裏は中央から真っ二つに斬り裂かれた。そのまま竹割の様に足を溶断しながら直進、ブレードと足が火花を散らして外装甲に跳ねる。

 

「――ッ!」

 

 キルゾーンに踏み込んだ紬機、真ん中から溶断していた足を斬り飛ばし、そのままハイメルトブレードを振りかぶる。中央から真っ二つに斬り裂き、例え再生しても再生した傍から溶断してやる。

 そう意気込んで飛び出したクイーンの目前、紬は視界に肥大化するクイーンの腹部を見た。

 

 腹部の肥大化、即ち砲撃の前兆。

 

「あ」

 

 ヴヴヴ、と空気が振動する音を聞いた。

 そのまま紬のハイメルトブレードがクイーンの首元に入刀、同時に腹部から直線に放たれた砲撃が一番機を直撃。腰部から下を全て吹き飛ばし、一番機の下半身が丸々消え去った。コックピットに居る紬は何も感じない、仮想現実なのだから当然だ。或は現実であっても、こんな風に静かに壊されるものなのだろうか。

 

 《損害報告》

 

 静寂は一瞬、一秒経てばアラートの嵐。

 視界に洪水の如く流れる損害報告、全て纏めて下半身の消失を訴えている。一番機は下半身を失った事により自重を支える柱が無くなった、その為クイーンにハイメルトブレードを突き刺したまま落下し始める。

 

「ん、のッ」

 

 紬が反射的にアームリングを動かし両手でブレードを掴んだ事により、ハイメルトブレードは首元から股先までクイーンを斬り裂いた。ジュッ! と極短い音。クイーンを両断した紬はしかし、次の瞬間アスファルトに叩きつけられる。胸部と頭部を強く打ち、機体情報が真っ赤に染まった。

 下半身は丸々レッドカラー、頭部も強打により損傷、カメラが破損し視界はブラックアウト。右腕関節がイエローカラーでフットリングはガチガチに固定されて動かなくなっている。撃墜判定を喰らってもおかしくない損害。

 

「っ、カメラが見えなくなったら、えっと、サブカメラ……!」

 

 堂島教官に習った被弾時の対処、紬はBT装置に指示を出し慌ててメインカメラからサブカメラへと視界を切り替える。サブカメラは胸部のコックピット前に設置された低解像度のもの、見えるだけで他の補助機能は殆ど期待出来ない。

 カメラを切り替えて最初に視界へと移ったのは真っ暗な世界、それがアスファルトである事を紬は転がって体勢を変える事で理解した。下半身が無い為、立ち上がる事は愚か移動する事も儘ならない。転がって仰向けになった機体は、真ん中を斬り裂かれたクイーンを見た。

 そして見上げたクイーンは既に再生を始めている、徐々に結合する右半身と左半身。ミチミチと唸る肉体はいつ見ても気持ちが悪い。

 

「あぁ――いや、こりゃあ、無理だろう」

 

 サブカメラに映った光景、肥大化し再生しかけた腹部がバトルドレスを向いている。自分を覗く黒い穴、砲撃の予兆。

 最後の悪足掻きでスラスターを起動させようとして、燃料漏れの情報が視界に流れた。転倒した際に痛めたのか。

 そして意味も無く突き出した両腕を貫通した見えない砲弾は、紬の搭乗しているコックピットを抉り――不快な轟音と共に紬は死亡判定を受けた。

 

 

 《模擬戦闘終了、一番機大破、訓練難度A+――評価 Bマイナス》

 

 

 





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