今日も朝が来る、未だ見慣れない天井を見上げながら溜息と共に起床。相変わらずモノの少ない部屋に自身の無趣味さを感じながらベッドを抜け出す。筋肉痛と戦いながら朝のストレッチを済ませ、後は制服を着て食堂へ。そこで杉田、大谷の二人と合流し次いで恋と風香とも合流。
風香と恋は少ない食事に唇を尖らせ、紬と大谷は多すぎる食事にげんなりする。杉田は無言でガツガツと掻っ込むので例外、胃袋の小さい自分では全て食べきるのは困難だった。食事を終えた後は皆で食堂を後にし、教室へ向かう。道中話す事と言えばやはり昨日の操縦訓練について、今日から本格的に訓練が始まるのだ。昨日の訓練内容を踏まえて、期待半分不安半分と言った所。
正直昨日の夜、杏璃の告げた内容が未だに脳裏にこびり付いて離れない。あれは一体何だったのか、彼女が自分の気を惹くためについた嘘だったのか。そんな事を考えてみるものの、紬にはそう思えなかった。杏璃は紬に対してどこまでも真摯であった。そんな下らない嘘を吐くとは到底思えない、それはたった二日という短い間の関係だが、紬の持つ彼女への確かな信頼であった。
彼女の口にする言葉には確かに誠実さがある。
そうであるのならば恐らく、彼女の言っている事は本当なのだろう。自分達が此処に集められたのは偶然などではない、必然――ならば彼らは何故それを隠す?
「紬さん?」
俯き、思考に耽っていた紬は恋の声で意識を取り戻す。見れば既に教室の目の前で、全員教室の中へと入っていく所だった。
「どうしたのですが、ぼうっとして、昨日の疲れがまだ残っているのですか?」
「あぁ、いや……何でもないよ」
恋のどこか探る様な視線に紬は苦笑いを零し、何でも無いと首を横に振る。それから自身の迷いを振り切る様に教室へと踏み込んだ。その背に恋の視線が突き刺さるが気付かないふりをする。
そうだ、杏璃さんも言っていたじゃないか、今はまだ全てを話す事が出来ないと。それはつまり時が来れば話してくれるという事、ならある事無い事を考える必要はない。何よりあるかも分からない陰謀とやらを暴けるほど、紬にも余裕がある訳でも無い。
いつも通りの席に座って溜息を一つ、恋もそんな紬を訝し気な視線で見ながらも自身の席に着く。誰だって教官に怒られたくはない。
「そう言えば大谷、お前使う機体はどうするんだよ?」
「僕はやはりサポートですかね、駄目ならノーマル、昨日使ってみた感じではアサルト以外は何とかなりそうです、アサルトは瞬発力がモノを言いますから、どうにも僕には扱えそうにありません」
「そうか、俺はァ逆にサポートは無理だ、小難しい操作が多すぎて性に合わん、近付いてぶった切る程度が丁度良い」
席では大谷と杉田が訓練で使用する機体について話し合っている。適正に応じて機体は選ばれると言う話ではあるが、念のため各員操縦し触った感覚で自身に合ったと思う機体を挙げよと言われていた。例えば複数の機体に適正が存在した場合、本人の希望がある方へと割り振られるのだ。
「紬はどうだったよ? やっぱりノーマルか?」
「ん……そうだね、俺は」
大谷と杉田が此方に顔を向け、そんな問いかけを口にする。紬は自身の表情を努めて隠し、思考を支配していた杏璃の言葉を外側に追いやった。思考を切り替える、二日前から埋没するこの軍学校の思考に。
「うん……そうだね、やっぱりノーマルかな、サポートでも良いけれど、アサルトは少しリスキーすぎる」
自身の手を見ながら紬は淡々とした口調で告げる、昨日動かしたバトルドレスの感触を思い出しながらそう言うと、大谷は小さく頷いて杉田は肩を竦めた。
「なんだ、二人揃ってアサルトを避けやがって、そんなに扱いにくい機体か?」
「僕は最初から余り候補にしていなかったので大して触っていませんが、装甲分で大分動きが鈍いし、瞬間噴射の揺れが酷くて……実機でやると思うと鳥肌が立ちます、通常回避がまるで天国です」
「動きが鈍いのは否定しねぇよ、だが完全に鈍間って訳じゃねぇ、間合いを潰す背中のバーニアもあるんだ、メリハリのある良い機体じゃねぇか」
「メリハリがありすぎてピーキーなんですよ、僕には無理です」
大谷は苦笑を浮かべて首を横に振る、紬も概ね大谷と同じ意見だった。扱えないとは言わないが、使いにくいと言うのは本当だ。機体の動作が近接攻撃と回避、突進と非常に限定されている。バーニアでの移動も長距離移動には向かず、回避行動を前提とした瞬間加速のものばかり。
故に搭載されているバーニアも継続使用を視野に入れたモノではなく、瞬間加速の為だけに用意された専用機。言っては何だがやれることが少なすぎる、紬的には装甲で受け止める前提の機体と言うのも駄目だ。
一応最終手段として
「風香はどうだ、お前もアサルトは嫌なタチか?」
「ん、私?」
机に座ってぼおっとしていた風香は杉田に突然話を振られた事で目をぱちくりさせる。それから杉田の言葉を数秒ほど吟味し、「いや、私は好きだよ、あの機体?」と大谷と紬とは違う結論を出した。
「確かに動きは鈍いけれど、装甲で大体の攻撃は受け止められるしね、ヤバイ奴だけ避ければ良いし、後私何でか知らないけれど射撃センスが壊滅的でさ、命中率が酷いの何なのって……だから正直近接戦闘の方が良いや、次点でノーマルかなぁ」
「おぉ、何だ、分かってるじゃねぇか」
アサルト賛成派の搭乗に杉田は表情を緩め、大谷は尊敬の視線で風香を見る。自身が扱えないと断じる機体を操れる人物に憧れを抱いたのだろう。しかし射撃センスが壊滅的とは中々珍しい、機体は自動照準だと言うのに。
「恋はどうなんだ、やっぱりノーマルかサポート?」
「……そうですね、第一候補はノーマルです、第二でサポートでしょうか」
先程からじっと此方を見ていた恋に、紬は我慢できず疑問をぶつける。僅かに陰った表情は見せる事無く、しかし恋は未だ紬に疑念の籠った目を向けていた。
「やっぱり癖のないノーマルかぁ、恋らしいねぇ」
「扱い易いというのは良い事です、それだけやれる事が多いのですから、教官も言っていました、ノーマルの強みはあらゆる武装に換装しあらゆる作戦に使用出来る点だと」
「と言ってもなぁ、俺には狙撃や電子戦をやれる器用な手はねぇし、どんな作戦だろうが突っ込んでぶん殴るか叩き切るか、それ位しか出来ねぇ」
杉田はそう言って椅子に体重を預け天井を見上げた。紬は恋の視線から顔を逸らしつつ、確かに何でもそつなくこなせるよりは一つの事柄に抜きんでた能力を発揮できるのは悪くないと思った。
軍は個人で動くものではない、教官に何度も言われていたが軍とは群れで動くもの。自分が出来ないのなら、もっと上手くやれる奴にやって貰えば良い。無論、だから出来なくとも良いという訳ではないが、ある一点に誰にも負けない分野を作るのは正しい、紬は強くそう思った。
「大谷はサポート……って言うと、スナイパーか?」
「いえ、まぁ狙撃手でも構わないのですが、スカイアイの真似事が出来ればと思っています、支援射撃をするとすれば中距離でしょうか、後はトラッパーとか……幸い積載量に余裕はあるとの事で、
「ジャガーノートに罠って効くのかなぁ? ちょっと想像出来ない」
「私の憶測ですが、効くと思いますよ、ただその武装だと防衛戦の類でないと効果が発揮されませんね」
「万が一に備えてって使い方も出来ますよ、敗走するなんて思っていませんが、戦線が崩れた場合はトラップで足止めしつつ全員の退路を確保できればと」
どうやら大谷はかなり自分の戦い方を煮詰めて来たらしい。紬は彼の考えに感嘆の息を零す、たった一度乗っただけだと言うのに彼は自分の役割を完璧に作り上げていた。果たして自分はどうだろうかと考えた時、紬にはそこまで確固たる考えが無かった。精々機動力のある機体であれば良いやとか、その程度だ。
大谷の機体構想を聞いた風香は納得したように頷きながら、全員に大雑把な機体構想を告げた。
「私はやっぱり近接系かなぁ、杉田と同じ、でもハイメルトブレードは何か合わない感じ、多分武装は長物を積むよ」
「風香、ランスでも積むんですか?」
「ん~、第一候補はそれかなぁ、どうにもあの巨体で剣っていうのがしっくりこなくて、長物なら結構振り回すだけでも当たるでしょ? 市街地だとつっかえるかもしれないけど、そういう地形では突き主体で戦おうかなって」
「ほぉ、良いと思うぜ? 俺は長物って言うよりデカイ奴だな、昨日アサルト用に出された奴に『特大武装』ってあってよ、デケェメイスみてぇなモンがあったんだ、ソイツにしようかと思っている所だ」
「メイスって……ジャガーノートに打撃は通るのか?」
「生物なら頭部を破壊すれば大体死ぬと思いますよ、それに効かなかったら製造されないと思いますし、ただ――ただですら機体重量に余裕が無いアサルトにそれ程の重武装を積むとなると本当にピーキーな機体になりますね」
「上等、扱い難いからこそ良いンだ、元より万能機なんて求めてねぇよ」
「らしいと言えばらしいですねぇ……ただ、ハイメルトブレード以外の近接武装はビショップには使わない方が良いですね、下手に体液が飛び散ると大惨事になりますから」
ハイメルトブレードなら溶断なので、切断面は焼かれて体液は飛び散りません。紬は大谷の言葉に頷きながら、「ビショップは遠距離、中距離組が始末すれば良いさ」と言う。どうせ連中は空を飛んでいるのだから、近接武器で仕留めるのは中々に骨だろう。
「恋はどんな構成にするの?」
「私は――多分、標準装備」
「弄らねぇのか?」
「まだどんな事が出来るのか把握し切れていませんから、様子見です」
恋は機体構成を問われてもハッキリとした物言いはせず、標準装備のままだと口にした。あまり身体能力に自信のない恋の事だ、射撃主体、或は狙撃辺りを選ぶのではないかと紬は思っていたが、どうやら違うらしい。
「アサルト二人にサポート一人、ノーマルが二人かァ、まぁ順当と言えば順当なのかねぇ?」
「バランスを考えれば決して悪くはない構成だと思いますよ、少々攻撃寄りかもしれませんが」
「四人単位の小隊だとアサルト一、ノーマル二、サポート一が理想的って言っていたし、丁度良いと言えば良いんじゃない?」
全員の搭乗機を聞いた上で出た結論は『存外悪くない』と言うもの。全員が一種の機体に集中する事は避けられたし、良い具合にばらけたのではないだろうか。尤もこれで決定な訳でも無いし、万が一集中しても上層部によってある程度振り分けられたのだろうが。最初の要望が被らないと言うのは大事だ、モチベーション維持としても。
そんな会話をしていると、不意に教室の扉が開かれ教官が顔を覗かせる。全員が教官の存在に気付き、慌てて席を蹴って立ち上がった。未だにこの慣例に慣れはしない、けれどいつか日常として埋没していくのだろう。
今日もまた、戦いが始まる。
☆
『風香機、被弾、右脚部損傷判定、機動力に大幅な制限』
『うっそ!? ごめん、動けなくなったッ!』
『俺が行く! 紬、此処頼んだッ!』
「分かったッ、大谷機フォロー頼む!」
『任せて!』
操縦訓練二日目、午前中の座学と午後の基礎訓練を何とかやり過ごした後、本命とも言える操縦訓練に没頭する操縦科の面々。今日は各自希望する機体に搭乗し小隊として都市戦闘を行うというモノ。勝利条件は敵の殲滅、或は撃退。敗北条件は小隊の全滅、若しくは撤退。
紬はビル群の側面を蹴り飛ばしながらバトルドレスを駆り、ルークの頭上から散弾銃の引き金を引く。眩いマズルフラッシュが視界に瞬き、目の前のルークがズタズタになって地面の上を転がった。
エジェクションポートから空薬莢が排出され、アスファルトの上に跳ねて甲高い音を鳴らす。既にバトルドレスの扱いにもなれたものだ、たった一度しか触れていない操縦桿ではあるが嫌に手足に馴染む。まるで手練れの様な言い草だと教官にどやされそうだ、しかし事実なのだから仕方がない。
バーニアの噴射感覚も大分掴み、紬は大した負荷を機体に掛ける事も無く周囲を飛び回る。どうやら風香機がナイトの突進で右脚部を痛めたらしい、装甲で受けたが脚部が負荷に耐えられなかったと言う所だろう。都市部ではナイトの突進力も殺されて大した脅威にはならないが、直線距離のある国道やハイウェイなどではその限りではない。恐らく注意を怠ったのだろう、しかし脚部だけなのは僥倖だ、完全に撃破された訳では無いのだから。
幾つかのルーク、ナイトを直上から強襲しつつ杉田の穴を埋める、そして弾切れの為一時避難し弾倉を交換していると、隣に恋のノーマルが着地し接触回線を開いた。
『すみません、恋機弾薬切れです、近接武装もケーブルが切断されました』
「了解――予備弾倉、補給車両にまだあったか?」
『いえ、バレルが熱で湾曲しました、銃器そのものかバレルの換装が必要です』
「なら……」
一度補給に下がれ――そう言おうとした瞬間、コックピットにアナウンスが入る。《操縦訓練進行度七十八%――フェイズ移行》、その言葉を聞いた紬は空かさず大谷に向かって叫んだ。
「大谷!」
『えぇ、聞こえました! 敵ジャガーノート反転、都市部から離脱――追撃戦です、動ける方は!?』
追撃戦が始まった、敵の三割か四割を削ったのだ。連中は形勢不利と見るや否や背を向けて走り出す、追撃戦は最も安全かつ簡単にジャガーノートを撃破出来る機会、これを見逃す訳にはいかない。
『風香の機体は駄目だ、右脚部がレッドカラー、俺が回収する!』
無線越しに聞こえる杉田の声、どうやら杉田機と風香機は追撃戦参加が難しいとの事。紬は僅かな間逡巡し、弾倉の換装を終えた散弾銃を恋のバトルドレスに突き出した。突然武装を突き出された恋は暫くの間面食らい、それから突き出された散弾銃を受け取る。次いで腰部横に装着していた予備弾倉をパージし、それも恋に手渡した。
「恋ちゃん、使ってくれ、俺は近接武装で戦うから」
『……大丈夫なんですか?』
「速度重視の機体だ、喰らわなければ問題無いよ」
そう恋に力強く言い放ち、紬は腰部後に装着していた筒状のカバーを外し中から細長い棒を取り出した。中央に存在するグリップを握ると棒の中央から何重にも外装が展開し横へと伸びる、展開式の軽量槍だ。展開式の特性上耐久性に難があるのが悲しい所だが、上手く使えば敵リーチ外から一方的に攻勢を仕掛けられるのが槍の良い所である。アウトレンジから安全に戦いたい紬からすればもってこいの武器だった。
「紬、恋機が追撃に出る! 大谷はアウトラインで支援を頼む!」
紬はそう言うや否や、槍を収納していた筒状のケースを腰部からパージしバーニアを吹かせて飛び上がる。追撃戦は速度が命だ、槍を回転させ脇に挟むと続いて恋機が散弾銃を手に続く。
「突貫するッ!」
飛び上がった先には背を向け撤退していくビショップ、その胴体目掛けて紬は槍を引き絞る。バーニアを吹かせ加速した紬は、その背に槍を思い切り突き刺した。矛先が簡単に埋まり胴体を貫く、槍をグリップの部分まで突き入れた紬は空中で体を捻って一回転。そのまま槍を抜き放つと振り向きざまにビショップを蹴り飛ばし、ビルの屋上へと着地した。ズンッ、と背後から轟音。ビショップが建物に突っ込み息絶えている、穿った点は一つなので体液が飛び散る事も無い。
『流石ですね、紬さん』
恋は後退していくナイトを頭上から散弾銃で狙い撃ちしつつ、紬の腕前を褒める。丁寧にビル群の屋上を跳躍し着地した後照準、そのままトリガーという最も堅実な戦い方だ。紬の様にビルの壁を蹴って宙がえりしつつ射撃、などという荒業は行わない。
尤も彼女から言わせれば『出来ない』というのが本当の所なのだが。操縦科の中でも紬の操縦慣れは頭一つ抜きんでていた。
「俺は奥の方から狩る、後列を任せても良いかな?」
『はい、残弾は十分にありますから』
恋は受け取った散弾銃を掲げながら答え、それを聞いた紬は槍の先端に付着した体液を払い、槍を振り回しながら再度跳躍する。恋はそんな紬の背を眺めながら内心で感嘆の息を吐いた。恐らく操縦科の中でこうまでバーニアを多用し飛び回るのは恋と紬だけだろう。瞬間的な回避のみにバーニアを使用する杉田と風香はさておき、大谷もそこまで頻繁に跳躍を行う事は無い。ましてやビル群を飛び回るなどこの二人だけだ。
その恋からしても、紬の跳躍は非常に美しいものだった。
まだ操縦訓練は二日目、本格的にバトルドレス操縦を始めて二度目だというのに一体どういう感覚をしているのか。バトルドレスを操縦する為だけに集められた自分達、その招集基準が紬であるのならばどれ程自信を無くすことか。しかし他の面々を見る限り、やはり紬の操縦技術が抜きんでているだけで彼がスタンダードという訳でも無い。
『才能って怖いですね……』
そんな言葉を零し、恋は逃げ去るルークの背を撃ち抜く。
恋の呟きを聞かなかった紬は、自身の嫌に馴染む操縦感覚について考えていた。昨日の杏璃さんと交わした言葉、彼女の言っている事が思い返される。
紬はビルの壁を蹴り飛ばして方向を変え何の迷いも無くビルの屋上に着地した。人間の頃に不可能だった動きでさえ、紬はバトルドレスでは実現する事が可能だった。生身でバク転をしろと言われれば紬は首を横に振るが、バトルドレスであれば容易に実現できる。
恐らく昨日までの紬だったらこの事実に優越感の一つでも覚え、此処に招集された意義をコレに見出しただろう。或は日常の中で何一つ成し得る事無く果てるのならば、こうして才を生かし人類の為に貢献できるのならば――と。
己の尊い自己犠牲に心酔し一軍人として死にゆく未来を選べたかもしれない。
彼女の話を聞いた今でさえ、自身ですら知らなかった才能に驚愕し高鳴る胸を抑えていると言うのに、杏璃の言葉が無ければその未来は高い確率で実現しただろう。
しかし彼女の言葉を聞いた後では素直に喜ぶ事も出来ない、この才能でさえ何か意図された……それこそ誰かの手のひらの上で感情さえも弄ばれている様な気がして。
無論全てを鵜呑みにしたわけではない、けれど彼女の『此処の連中を信頼する自分を見るのは嫌』という旨の発言が紬には引っ掛かった。
軍は何か、自分達に重要な事を隠している。
「ッ!」
考え事をしていた紬の前に連中の背が映り込む。ルークとナイトの群れ、ざっと十体は居る。まるで動物の大移動の様に撤退していく様はシミュレーションだと忘れそうになる。紬はアームリングを掴んで槍の感触を確かめると、大きくバーニアを吹かせてナイトの背後から強襲を仕掛けた。
「おぉォッ!」
上から振り下ろす様な一撃、ナイトの硬い外殻を穿って尚肉に届く鋭さを持つ槍。ズン! と鋼鉄の矛先が降下する勢いとバトルドレスの怪力によってナイトの肉体を貫き、そのままもんどりうって転倒する。槍を力任せに引き抜くと、赤い血が周囲に飛び散ってナイトの体が大きく痙攣した。
『敵半数がホットゾーン離脱! すみません、そろそろ弾薬が切れます!』
「分かった、此処の連中は俺が狩る!」
大谷の通信に応えながら、紬は屍となったナイトを足場に跳躍。仲間の死に目もくれないルークに飛び乗る。突然バトルドレスに圧し掛かられたルークは硬直し、紬は問答無用で槍を突き立てた。流石にタフな戦車の名を冠するルークは一撃で行動不能になる事は無く、両手で槍を掴んだ紬は回転させながら引き抜き、そのまま何度も穿つ。ナイトの外殻に比べればルークのソレは脆い、四度目の刺突でルークは力なく四肢を折り地面に伏した。
「二匹目……!」
赤く染まった槍を引き抜き、紬は呟く。正面を見れば僅かに遠くなったルークの背、しかしそれを追おうと動き出した紬のコックピットにアラートが鳴り響く。反射的に振り向けば直ぐ脇にナイトが迫っていた。
「バーニ…ッ、いや、遅いかッ!」
瞬時にバーニアを吹かせ機体を上に持ち上げた紬だが、このままでは脚部にナイトの突進が直撃すると判断。中途半端に体を持ち上げたままナイトの正面で待ち受ける形になった機体、紬はフットリングを蹴り飛ばすと無理矢理機体の脚部を前方に向けた。
そして衝突。
両脚部をクッションに全力でバーニアを吹かせた紬の機体は闘牛にカチ上げられた人間宜しく宙を舞う。しかし直前で槍を構えて突進を待ち受けた紬の判断が功を成し、ナイトの正面には半ばから折れた槍が突き刺さっていた。
「流石に脆い……!」
宙に打ち上げられながらも姿勢を何とか戻し、半ばから折れた槍を投げ捨て呟く。ナイトは力尽きたルークを踏み潰しながら建物に衝突し、そのまま動かなくなった。地面に着地した紬は予備のディフェンスナイフを腕部から射出し左手で掴む。だが既に敵の群れはその殆どが都市部を抜けてホットゾーンを離脱していた。
最早その背に追いつく事は叶うまい。
「――作戦終了だな」