おやすみ人類   作:トクサン

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初訓練

 

 教室でさっさと体操着に着替え、体育館に集合。それなりに広い学校なので迷ったらどうしようと思っていたが、教室のコルクボードに校内の見取り図がそれとなく張り付けられていた。

 三人で地図を記憶し、そのまま体育館を目指して早足。教室を出る前に橘さんがゼリー状の栄養補給パックを手渡してくれた。本当なら食堂で給食が支給されるらしいのだが、今日は栄養パックの配給だけらしい。

 給食なんて小学校以来だ。

 パックのゼリーを吸引しながらそんな事を思う。

 

「ふぅ、何とか時間内に到着できましたね」

「本当なら一時半からなんだろう? 何で今日だけ特別カリキュラムなんだか」

「さぁ……俺達子どもには分からない事情があるんだと思うよ」

 

 体育館前に設置されていたゴミ箱にパックを投げ捨て、重い扉をスライドして体育館へと踏み込む。中は通常の体育館よりも一回り程大きく、しかし内装は通常の学校とそれ程変わらない。ただ床には通常の体育館には見られないラインが幾つもペイントされている、これは軍隊特有だろう。

 それらを足で踏み締めながら、入り口付近の壁に寄り掛かって座り込んだ。開始時刻までは十分程度余裕がある。

 

「今更何だけどさ、杉田と大谷は部活とかやってた?」

 

 紬は隣に座った杉田の筋肉をペチペチと叩きながら問いかける、すると大谷は肩を竦めながら「僕の学校は、残念ながら部活動が廃止されていまして」と口にした。杉田も同意する様に頷いて、「俺の学校もだ」と告げる。

 

「それにしては体格良いよな、個人でスポーツでもやっていたのか?」

「いや、実家が道場でよ、毎日親父の修練に付き合っていたらこうなった」

「へぇ、道場ですか、珍しいですね」

 

 どうやら杉田の実家は道場らしい、日常的に修練しているのであれば確かに筋肉質にもなるだろう。叩いてもビクともしない筋肉は男として多少憧れを抱く。

 

「空手? 柔道?」

「残念、剣道だ、と言うか此処で訓練すれば嫌でも筋肉位付くだろうよ」

「ははは、僕としては運動が苦手なので、余りキツイのは勘弁して頂きたいのですが……まぁ無理ですよね」

「無理だろうね」

「無理だな」

 

 大谷の冗談とも本気とも言える言葉に紬と杉田は同じタイミングで否定を口にする。出揃った意見に皆が声を上げて笑い、大谷は「いやいや、でも笑い事じゃないんですって」と自分も笑いながら言った。

 

「僕、自慢じゃないですけど本当に体力も筋力も無いんですよ」

「ん……まぁその体つきを見れば大体分かるけどよ、そんなにヤバイのか?」

「体育の評価、毎回『二』でした」

 

 その言葉に紬と杉田はとても微妙な顔をする、体育の評価が二。大谷の学校がどうやって評価するかは知らないが、決して良くはない。だがまぁ、伸びしろがあると考えれば別段気にする事も無いだろう。それに体育の評価が二の学生なぞ、探せば幾らでも居る。

 

「軍学校って言っても本職の軍人さんみたいに突然ハードなメニューは出されないでしょ、基礎訓練と言うか、体力づくりって言うか、そんな所から始めるんじゃない?」

「多分な、苦手意識持っても仕方ねぇし、地道に体力つけるしかないだろ」

 

 紬としても突然校庭何十周だとか、腕立て百回だとか言われても達成できる気がしない。紬の運動能力は可も無く不可も無く、分類するならば中の上と言ったところか。高校生の平均的な体力より少し上程度、兵士の訓練にすまし顔でついていける程の体力はない。

 

「おっまた~」

「……まだ先生、来てない」

 

 三人で午後の訓練内容に対して議論していると、体操着姿の風香と恋が合流する。「おー」と手を挙げて応える紬、恋と風香は壁に凭れ掛かった三人の前に立つ。二人は髪を運動しても邪魔にならない様縛り上げ、完全に訓練モードに入っていた。

 

「良かった間に合って、更衣室で喋っていたら遅くなっちゃった」

「まだ始まるまで時間あるし大丈夫……なぁ、二人は体力に自信とかあるか?」

 

 紬の問いかけに風香はニヤッと笑うと、「私は偶に走ったりしてるし、多少はあるよ~」と得意げ。ただし腕立て腹筋は勘弁らしい、恋は自分の腕を畳んで力こぶを作り、「これで筋肉、有る様に見えますか……?」と首を傾げる。

 日焼けのしていない白い肌は細く、杉田のソレと比較すると余りにも頼りなかった。

 

「いや、有る様には見えない」

「えぇ、見ての通りです」

「体育の授業で筋トレなんぞしねぇからな」

 

 袖を直した恋は溜息をしながら肩を落とす。

 どうやら多少スタートラインに差はあるものの、大きな差はないらしい。全員似たようなモノ、杉田が一人大きく前に出ている様な気もするが、本人曰く軍隊の訓練についていける程の体力はないそうだ。

 

 そうこうしていると体育館の扉が再び開け放たれ、そこから一人の女性が入って来た。アレは何と言うのだろうが、野戦服? 迷彩服? 詳しい名前は知らないけれど、ピシッとした半袖の迷彩柄の制服に短く切り揃えられた黒髪、顔立ちは凛々しく年齢不詳だ。

 恐らく午後の訓練を担当する先生――この場合は教官と呼んだ方が適切だろうか。兎に角紬達は慌てて立ち上がり、教官の元に駆け寄った。

 教官は体育館の中央に立つと口を開く。

 

「全員集合、列を作りなさい、順番は事前に伝えられた番号通りに」

「は、はい! えっと――」

 

 淡々と告げられた指示に従い紬は列に並ぶ。順番は紬が一番、大谷が二番、杉田が三番、風香が四番、そして五番が恋だ。左から順番に列を作ると、それを見ていた教官が淡々とした口調で「点呼を」と告げる。

 恐らく順に名前が呼ばれるのだろうと思った紬は口を噤んで名前を呼ばれるのを待った、しかし待てども待てども目の前の教官が名を呼ぶ事は無い。その事を不審に思っていると、薄っすらと目を細めた教官が「聞えませんでしたか?」と鋭い声で問いかけた。

 

「え、あ、いや……」

 

 鋭い視線で射抜かれた紬が冷汗を額に滲ませると、ふと何かに気付いた教官が「あぁ……そうですね、訓練時の点呼の取り方を教えていませんでしたか」と小さく頷いた。どうやら教官は自分達が既に此処の流儀を一通りマスターしたものだと考えていたらしい、紬たちは先程此処に連れて来られたばかりなのだ。

 

「通常は入隊式の後などに徹底して教え込むのですが、速成部隊となるとソレすら儘なりませんか――宜しい、では私が『点呼を』と告げたら、左から順に自身の番号を大声で応えなさい、良いですか?」

「は、はい!」

 

 教官の言葉に全員が大声で返事をする。そして満足げに頷いた教官が、「では、点呼を」と告げた。

 

「イチッ!」

「ニッ!」

「サンッ!」

「シッ!」

「ゴッ!」

「だ、第四〇六速成機甲兵部隊総員五名、事故なし、現在員五名、集合終わり!」

 

 紬は午前中の座学時に教わった定型文を思い出し、最後に付け足す。授業開始時には必ず口にする様にと堂島教官は言っていた。どうやら紬の判断は間違っていなかったようで、教官は「良し」とだけ告げる。

 

「訓練の時間と座学の時間では点呼の取り方が異なります、留意する様に、また敬礼に関しては大目に見ますが、十度の敬礼程度は完璧に行えるようにしなさい」

「はい!」

 

 全員で返事をしながら、紬は内心で敬礼という言葉に違和感を覚える。

 これは軍学校に入ってから知った事だが、どうやら室内と室外で敬礼の種類が異なるらしいのだ。一般的にアニメや映画、漫画で見るピシッとした敬礼は挙手の敬礼と言い、帽子を被った状態で行うモノらしい。対し室内で基本的に行われるのは十度の敬礼、つまり頭を下げた敬礼だ、紬からするとただのお辞儀と変わりない。

 教官曰く、十度という角度が大切らしい。

 

「さて、ではこれから午後の訓練を始めます――私は貴方達第四〇六速成機甲兵部隊、この国防軍学校機甲兵科の担任を務める枢木静流一等陸尉です、副担任の堂島とは午前の授業で顔合わせしたと思いますが、これからは堂島と私の二人で貴方達を一端のパイロットに育てます、宜しいですね?」

「はい!」

「良い返事です、では早速訓練を行います……と言っても元々普通学校出身の貴方達にいきなり高負荷な訓練を行うつもりはありません、一月程度は基礎体力の底上げを目的とした自重トレーニング、ランニングに励みます」

 

 その言葉を聞いて紬達はほっと胸を撫で下ろす、突然本職の軍人に負けず劣らずなメニューを提示されたら泣き喚いて脱柵する所だった。基礎訓練という位ならばまだ本職の軍人と比べてマシな方だろう。

 

「初めに皆で軽くマラソンを行いましょう、体育館を出て校内を走ります、まずは軽く三十周から」

「はい――えっ?」

 

 淡々と述べられた言葉に、紬は思わず肯定した後に疑問の声を上げた。今、この教官は何と言った。

 三十、三十周?

 このクソ広い学校を?

 

「走るペースは各々に任せますが、最後尾を私がゆっくりと走りますので追い抜かれない様に、また水分補給は小まめに行って下さい、ただそれを口実にサボタージュした場合はペナルティです、無論私に追い抜かれた場合も――各自十分にストレッチを行い訓練を開始しなさい、では解散」

「………」

 

 誰も動けない。

 綺麗に並んだまま紬達は教官の前で硬直し、阿保面を晒していた。そんな機甲兵科の面々を見て静流教官は目を細め、「どうしました、私は解散と言いましたよ?」と問いかける。

 

「あ、の……すみません」

「ん、何でしょう、質問ですか?」

 

 紬が恐る恐る手を挙げ口を開く。周囲の仲間達から視線が注がれ、言ってやれと言う熱いパトスを感じた。教官は特に表情を変える事無く紬を見る。

 

「聞き間違えだと思うのですが、えっと……今、何周と」

「三十周です」

「………」

 

 本気だ、この人本気で言っている。

 紬の目に映る静流教官の瞳は、冗談を言っている色など欠片も無く。ただ淡々と腹の底から真実だけを喋っている。つまりこの人は普通学校から出て来たばかりの、軍人の「ぐ」の字さえ知らないこの肉体に、クソ広いこの学校を三十周も走れと。

 真面目にそう言っているのだ。

 

 恐る恐る隣の大谷と杉田に目を向ければ、二人は顔色を青くし絶句している。大谷に至っては青を通り越して最早白い。口から泡を噴いて倒れていてもおかしくない色だった。

 

「ま、マジか、マジなのか」

「……ぼ、僕には無理です、無理です無理無理」

 

 しかし現実は無情かな、静流教官は笑顔で何でもない様に、「無理ではありません、やるのです」と体育館の出入り口を指差した。さっさと行けというジェスチャー、心なしか教官の背後に阿修羅像が見え隠れする。

 このままこの場に突っ立っていても蹴り飛ばされそうで、紬は震える足で体育館を後にする。その背後からゾンビの様な足取りでクラスメイトが続き、ギラリと夏の太陽が紬達を照らした。

 その日光に顔を引き攣らせて紬は零す。

 

「これ死ぬんじゃないかな、死ぬよね? 死ぬわ」

「諦めるんじゃねぇ……万が一がある」

「僕には万が一どころか億に一つもないよ……ははは」

 

 男達は顔色悪く、走る前から敗北宣言。しかし女性組から声が聞こえないと紬が背後を見れば、恋と風香の二人の表情は特に変わりなかった。これから地獄のマラソンが始まると言うのに、まさか体力に自信があるのだろうか。

 そう思って紬は二人に、「余裕そうだね……」と羨望の視線を向ける。

 

「あはは、まっさか~、多分私途中で倒れると思うよ」

「……私はきっと、十周行かない内にリタイアです」

 

 風香はケラケラと笑いながらそう言って、恋は飄々として気だるげだ。言葉は男達と同じ類のモノだが表情が違う、逆境には女性の方が強いというが本当かもしれない。

 

「無駄口はそこまでです、さぁ訓練は開始されていますよ、さっさと走りなさい」

 

 体育館内からゆっくりとした足取りで静流教官が顔を出す、その声に背を押され紬と男子チームは渋々走り出した。その足取りは限りなく重い。

 

「取り敢えず水分補給だ、上手い具合に水を飲みつつ休憩して、三十周走り切る……!」

「おう……それしかなさそうだ、日光は強いし無茶すんじゃねぇぞ、特に大谷」

「う、うん……取り敢えず、頑張れるだけ頑張るよ」

 

 こうしてギラギラと輝く太陽の下。国防軍学校に入校してからの、記念すべき第一回地獄の訓練が始まった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 軍隊を舐めていた、舐め腐っていた。

 普通学校出身の民間人だし、まだ候補生という立場だし、軍学校と言ってもある程度手心を加えてくれるだろうと、そう決めつけて能天気に構えていた。

 しかし現実はどうか、少なくとも余裕で走れる限度を超えた訓練。まだ民間人から脱していない一介の高校生に校内三十周を指示する。キロに換算すれば一体幾らだ? 十キロか二十キロか、いや、恐らく三十キロ以上だ。

 

「ッ、ハ、ぅ、は、ぁ」

 

 紬は荒い息を繰り返しながらのろのろと走る、そして体育館前に辿り着いた瞬間その場に倒れ込んだ。ジャスト三十周、何とか走り切った。

 水分補給を名目にちょびちょび休憩も挟んでいたが、体は限界で足はガクガク、もう立ち上がれそうにもない。全身から滝の様に汗が流れだし、体が酸素を求めている。

 

「っは、ハ、あぁ、くそ」

 

 悪態を吐きながらコンクリートの上を転がって仰向けになる。体育館前には屋根があるので太陽光は届かない、影が少しだけ涼しい。

 

「ふぅ、お疲れ~藤堂、大丈夫?」

「はぁ、はッ、あ、あぁ、佐々木、ふっ、フゥ、お前っ、早いな」

 

 呼吸を何とか落ち着かせようとしながら、自分を上から覗き込んで来た風香を見る。彼女も僅かに息が乱れ、頬には汗が流れている。しかし自分より先にゴールしていた様だ、日常的に走り込んでいると言うのは本当らしい。

 グロッキー状態の自分と比較しても、彼女には多少余裕があった。

 

「ははは、まぁ走るだけならね……顔色悪いけど大丈夫?」

「いや、はッ、ハァ、こんだけ、走れば、ゼッ、こうなるだろ、ッ」

「あー…えっと、タオル要る?」

 

 かなりグロッキーな紬を心配して差し出されたタオル、どうやら風香の私物らしい。人のタオルを借りる事に抵抗があったが、汗が目に入って染みるので一言断ってから受け取った。そのまま顔に被せて乱雑に汗を拭きとれば、ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽る。

 どうやら風香の匂いらしい、元々早鐘を打っていた心臓が別の意味で高鳴る。

 

「ッ、ハァ、ふぅ――悪い、後で洗って返す」

「ううん、気にしないでいいよ、宿舎で纏めて洗おうと思ってたし」

 

 紬の汗を拭ったタオルを回収し、風香は何でもない様に笑って額を拭う。彼女は余りこういう行為を嫌がらない人種なのだろうか、女性としては珍しい気がする。

 

「でも凄いね、体力そんなに無いって言ってた癖に、皆と周回差じゃん」

「はぁ、悠々と一位を取って何を言っているんだか、佐々木には敵わないよ」

「風香でいいよ」

 

 転がったまま返事をする紬に、風香はそんな言葉を口にする。大して親しくも無い女性を下の名前で呼ぶ事に若干の抵抗があったが、「佐々木って有り触れた苗字でしょ? だから名前で呼んで」と言われ、ゆっくりと頷く。

 そういう理由なら従うべきだろう。

 

「風香は偶に走るって言っていたよな、どれくらいの頻度で走っているんだ?」

「ん~……出来る限り毎日、でも大体は二日に一回とか、天気によってマチマチかな、凄く暑い日だったり、雨の日はランニングする気分にならないし」

「あぁ、成程、それもそうだな」

 

 特に早朝、阿保みたいに暑い日は外に出る気力すら無くなる。

 

「藤堂は? 大谷程じゃないけれど体引き締まっているし、何かやってたの?」

「あー……スポーツ系は何も、ただ俺の街は田舎で何も無かったから、自然と運動位しかやる事なくてさ」

「ふぅん、そういうもの?」

「うん、そういうもの」

 

 頷きながら紬は体を起こして体育館の壁に背を預ける。大分呼吸も整って来て、普通に話せるだけの余裕が出て来た。風香も少しだけ間を空けて紬の隣に座り、そのまま足を伸ばす。

 遠くに目を向ければ大谷と恋、杉田が一緒になって走っている。背後からは教官が殆ど早歩きに近い状態で檄を飛ばしており、「連続歩調~!」という声が此方まで聞こえて来た。大谷と恋は先程の紬と同じ位にグロッキー状態で、杉田は比較的余裕そうに走って時折二人を心配そうに見ている。

 どうやら杉田は二人が心配な様で、ペースを合わせているらしい。見た目に反してかなり優しい奴だ。

 

「あっはは、私も一緒になって走れば良かったかなぁ……?」

「いや、あれ以上太陽の下に居たら俺は倒れていたよ、逆に迷惑掛けてたと思う」

「ん~、そっか、私もペース崩しちゃうと直ぐ息切れしちゃうから……皆には、ちょっと悪いけどね」

 

 そう言ってゆっくりと走る皆を眺める紬と風香。走っている時は何も感じていなかったが、こうして影に腰を下ろして休んでいると時折吹く風が気持ち良い。汗に濡れた首元や頬が涼しく、疲労と相まって多少の眠気を誘った。

 

「ちょっと、信じられないよね」

「……うん?」

 

 ぼうっと遠くを眺めていた紬に、風香は呟く様な声で言った。

 

「昨日まではさ、何処にでもいる様なお気楽学生だったのに、今日はこうやって軍学校とか言う場所に居て同じ境遇の仲間と走ってる、パイロット適正とか良く分からないモノに恵まれて此処に連れて来られたけど、実際問題、戦争に行く実感なんて欠片も無いし」

 

 伸ばした足を折り畳み、膝を抱えて体を揺らす。抑揚無く淡々と告げられた言葉だが、風香の声色は僅かに悲壮感を孕んでいた。彼女の目はどこか遠くに向けられていて、紬も釣られる様に向こう側の空を見た。

 

「私もさ、戦争の事とか日本の事とか、ニュースとかネットで色々知ってはいたけどさ、実際何が出来る訳じゃないし、大変だ大変だって口では言っても心の何処かで『誰かが何とかしてくれる』って思ってた、私がワタワタしている内に勝手に終わって、そのまま特に何事も無く生活は続いてく――みたいな」

「……誰だってそうだ、皆同じ事を考えているよ」

 

 実際、こんな一介の学生に出来る事なんて何もない。

 出来る事と出来ない事がある。あの頃の自分に許されたのは、精々情報を集めて危機感を抱くか、或は戦争という現実を見ながら斜めに構える事だけ。

 銃を持って参戦する事も、軍属になる事も、当時は考えてもいなかった。

 

「大体、今でもパイロット適正とか言う奴を疑ってる、本当にそんなものあるのかよって」

「だよねぇ……そんなの、目に見えないし」

 

 凄く頭が良いとか、運動が出来るとかじゃなくて、パイロット適正とか言う日常では全く実感できない才能。気分としては宝くじに当たった感じか、無論良い宝くじではない。空を眺めながらボヤけば、風香が小さく頷いて同意した。

 

「ま、こんな事言っていても仕方ないし、精々ポジティブに生きなきゃ」

「はは、凄いな、メンタルが強い」

 

 頬を軽く叩いて笑う風香、その笑みに彼女の強さを垣間見た気がして素直に尊敬の言葉を零す。すると彼女はニッと紬に清々しい笑みを見せつけた。

 

「これは空元気、でもその内本当に元気になるかもしれないし、何事も前向きにってね」

「男には無い強さだ」

「男とか女とか、そんなの関係ない、心の持ち様なんて一人一人違うんだから」

「……ごもっとも」

 

 風香の言葉に紬は肩を竦める。何と言うか、芯のある人だと思った。第一印象はどこか軽薄な人間だと、そう思っていたが話してみると成程、自分などより数段立派な人間だ。

 やっぱり彼女も――或は、彼等も。

 選ばれるべくして選ばれたのかもしれないと、そう紬は感じる。

 そして自分は何と後ろ向きな事かと、少しだけ自己嫌悪。

 

「俺も頑張らないとな」

 

 呟いて、風香の言う様に前向きに生きようと決める。まだ軍学校初日なのだ、全てを決めつけるには早過ぎる。

 遠くから教官とクラスメイトの声が響き、紬は小さく息を零した。

 

 





 今日は投稿終わりと言いましたが、どうせ回線不安定なら一気に投稿してしまえという事で。
 今度こそ、今度こそ今日分の投稿は終わりです。
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