「さて、今日はジャガーノートについて説明する」
午前の授業、静流教官とのHRを終え入れ替わりでやって来た副担任である堂島が教壇に立つ。どうやら今日は人類の敵であるジャガーノートについて学ぶらしい、紬は杏璃に対する疑念を頭の隅に抱えつつ、堂島の話に耳を傾けた。
心なしかクラスメイト達も真剣な表情で黒板を見ている。自分が命懸けで戦う相手の事だ、流石に聞き流す事は出来ないだろう。
「ジャガーノートの歴史に関して今回の授業では割愛する、その辺りを知りたい奴は後で教官室に来ればじっくり教えてやろう、今は連中の特徴と戦い方だけに記憶の容量を使え」
昨日の機甲兵を説明した際にも使用されたプロジェクターが唸り、壁に大きなスクリーンが投影される。そしてスクリーンに六種のシルエットが映し出され、それぞれ下に『キング』、『クイーン』、『ルーク』、『ビショップ』、『ナイト』、『ポーン』と表示されていた。
「チェスを知っているか? 西洋の将棋の様なモノだが、ジャガーノートは大きく分けて六種の個体に分けられる、そこから世界防衛機構であるWDOが付けた名称がコレだ、上から王、女王、戦車、僧正、騎士、歩兵を意味している、まずは最も数が多く弱いポーンから説明しよう」
そう言って一番右端のシルエットが拡大され、そこから幾つかの写真が映る。恐らく戦場で撮影したものだろう、かなり遠目のモノから至近距離のものまで。
形は何と表現すれば良いか、タコ――とでも表現すれば良いのだろうか。
楕円形の頭に幾つにも分かれた触手の様な足、吸盤は無いが形としては非常に似通っている。明らかに違う部分は顔に該当する部分に真っ黒な穴が空いている点だろう。
「コイツがポーン種だ、移動速度が遅くソフトスキンで最も殺しやすい、大きさは二メートル後半から三メートル前後、横幅も結構あるが捕まらなければ正直それ程脅威でもない、歩兵の持つ対人火器でも十二分に対処可能だ」
切り替えられた写真では小銃を持った兵士がポーンを撃ち殺している所だった、マズルフラッシュと共に弾丸が吐き出されポーンの頭部から血が噴出している。どうやら血の色は人間と同じ、赤色らしい。
「だがポーンの強みは個体の強さではない、最も厄介なのはその数だ、ポーンは基本百以上の群体で行動する、つまり一匹見たら百はいると思え、機甲兵なら取り付かれた所で何ともないが、人間ならコイツの口――あぁ、この黒い凹みの部分だが、此処に呑み込まれると磨り潰されてミンチになる」
「……ッ」
次の写真、丁度ポーンが兵士の一人を触手で絡め取り頭部を口に頬張っている写真。かなりショッキングな写真だが、実際にミンチにされている瞬間は撮影されていない。
「ある意味対人用のジャガーノートだな、正直機甲兵を出す程の敵じゃない、装甲車とヘリで十分だ――さて、次はナイトだな」
シルエットが変わり、今度はナイトの文字がスクリーンに踊る。そして再び切り替わる写真、今度は先程の軟体生物に似た姿形ではなく、どこかゴツゴツとした質感の生物。真っ先に思い浮かんだのは昆虫、八本の足に一本角の様な突起物、まるでカブトムシだ。
「これがナイトだ、肉体が硬い外殻に覆われていて対人火器じゃぶち抜けない、戦車の砲撃や航空機の誘導弾頭で有効打、最低でもRPGやLAWが無ければ話にならない、歩兵の携帯可能な火器では外殻を剥がすのが精一杯だろう」
写真に映っている兵士はナイトに向かって筒状の何かを構えている、ソレが堂島教官の言うRPGだかLAWだと言う事が分かった。恐らくロケット砲の様なモノなのだろう、凄まじい爆発と閃光が見えるものの、それでもナイトを確殺するには至らないという。
「機甲兵を出してまで戦うとすればコイツ等からだ、歩兵では撃破が難しく戦車や戦闘機での撃破が望まれる、大きさは四メートル前後、コイツの突進を喰らうと戦車の装甲はベこべこに凹むし吹き飛ぶ、人間は言わなくても分かるな?」
堂島のどこか脅す様な口調に、機甲兵科の生徒は無言で頷く。戦車の装甲ですら耐えられない突進を人間が耐えられる筈もない。食らえば即死、命はないという事だ。
「さて、先程の説明で分かったと思うがナイトは現代の兵器でも手古摺る難敵だ、しかしコイツが走ってぶつかるしか能が無い、つまり空から一方的に攻撃すれば容易い相手となる、無論そんな理屈が罷り通るならば今頃人類は能天気に生きて居られた訳だが……航空戦力でナイトや諸々を一掃できない理由がある、それがコイツだ」
三度切り替わる映像、今度のシルエットにはビショップの文字。
「クソの様な話だが、コイツは空を飛ぶ、つまり航空戦力であると言う訳だ」
投影された映像には微生物の様な姿をした生物が映し出されている。羽は無いし外殻も無い、ただ体の中心から三つの穴が空いており足が八本、触手の様に唸っている。写真では空中に数体のビショップが浮かび上がって、ビル群の上から歩兵を見下ろしていた。
「どういう原理で連中が空を飛んでいるのか、一説によると圧縮した空気を噴出して浮き上がっていると言われているが詳しい事は不明だ、前面に空いた三つの穴から体液と思われる緑色の液体を噴出し攻撃してくる、この液体は非常に厄介な性質を持っていて空気に触れると約一秒足らずで硬度レベル五にまで硬化する、威力としては対物ライフルに近いな、それを連射して来ると言えばビショップの凶悪さが分かるだろう?」
堂島教官の言う対物ライフルというのがイマイチ分からなくて紬が首を傾げると、隣の席に座る大谷が「戦車の装甲を撃ち抜くためのライフルです、かなり弾が大きくて、条約では人間に向けて撃つ事が禁止されています」と小声で教えてくれた。
大谷のアドバイスに礼を言いつつ、頭の中で考える。戦車の装甲を撃ち抜くためのライフルという事はかなり大きな銃なのだろう、それを連射して来る――控え目に言って頭がおかしいと思った。
「この特性上ビショップと戦車の相性は悪い、戦車は上部からの攻撃に滅法弱いからな、更に言うとコイツを殺すと体液が周囲に飛び散って硬化する、死ぬ前の悪足掻きという訳だ、機甲兵の装甲でもビショップの攻撃は防ぎ切れない、アサルトの増設装甲で何とか防げるレベルだな、もしアサルト以外でビショップと正面切って戦うのであれば、サポートは超遠距離からの狙撃、ノーマルなら片腕に展開装甲を装備しておけ、当たらない自信があるのなら構わないけれどな」
ビショップの隣に並べられた三種の機体、アサルト、ノーマル、サポートの下部にそれぞれ有効な武装が表示された。どうやら通常の機甲兵に備え付けられている装甲では防ぎ切れないらしい。
「さて、次はルークだな、戦車種と呼ばれるルークは非常に厄介な相手だ、キングとクイーンは上位種に分類されているが、下位種の中では最強だ、機甲兵であっても気を抜けば簡単に撃破される」
素早く切り替わったシルエット、新しい写真。そこに映っているのはボールの様な球体、それに六本の足を生やした姿。そして中央に巨大な黒い穴――ビショップやポーンと比較しても穴が大きすぎる。体の半分近くが黒い穴だ、最早生物というよりも悪夢の住人か。
「ルークの名の通り、コイツは戦車だ、全長六メートル前後でこの黒い穴からアホみたいな威力の砲撃を敢行して来る、砲弾は見えないし速い、喰らうと装甲が凹むとか吹っ飛ばされるとか、そういうレベルではなく文字通り『抉れる』」
WDOケイオス、大破した戦車という題の下に映された写真。そこには上部が丸々円型に抉れ、キャタピラだけが不自然に残った戦車が映っている。これがルークの砲撃、紬は背筋が凍る感覚を覚えた。装甲が抜かれたとか、そういう次元の話ではない。まるで何か見えない口に齧られた様な形状。
「アサルトでコイツに遭遇した場合は早急に退け、アサルトでも戦えない事は無いがバーニアでの緊急回避は連続使用が困難だ、連続使用による断熱シールドの融解、燃料の枯渇、後はパイロットへのG負荷、基本的にルークは機動性に富んだノーマルかサポートでの撃破が望まれる、増加装甲でもルークの砲撃は防げない、基本は三次元機動による揺さぶりと回避だ、それだけは憶えておけ」
ルークの砲撃頻度はそれ程でもないものの、どんな防御もぶち抜くと言うのは成程、戦車の名に相応しい。装甲も相応に硬いのかと思っていたが、どうやら防御力そのものは然程ないとの事。対人火器では難しいが、戦車の砲撃ならば撃破も可能であると堂島は告げた。
そして最後はキングとクイーン。
こいつらは基本的に二体一組で出現する為、纏めて説明する。
そんな言葉と共に投影された写真は、今まで見たジャガーノートが吹っ飛んでしまう様な衝撃を秘めていた。教室内から「うっ」という呻き声が響き、全員が顔を顰めてしまう。
まずクイーン。
その形状は限りなく人間に近いが、人間の頭部に該当する部分が存在しない。まるで首から下だけを模倣したような姿、更に腹部に巨大な黒穴。二足歩行という点は同じだが外はまるで出来の悪い怪人の様だ。腕は明後日の方向に折れ曲がり、それでいて両足はきちんと真っ直ぐ地面に立っているのだから気味が悪い。
次にキング。
恐らく形状としてならばコイツが一番『人間』に近い。
形は――赤ん坊だろうか。
まるで人間そのもの、しかし一つだけ異なる点があり、それが生理的悪寒を引き起こす。
脳が異常に大きいのだ。
頭部がまるで風船のように膨れていて、眼球が半ば飛び出ている。口は小さく鼻は無い、小さな体に反して頭部だけが膨張していてアンバランスという他ない。一言で言うならば気持ち悪い、それに尽きる。
「……まず前提として、キングそのものに戦闘能力は存在しない、デカイ頭が邪魔で動けないのか基本的に地面に転がってバタついているだけだ、キングはその名の通り王種――ジャガーノートを率いるトップだ、コイツを殺せばキングの率いている部隊は瓦解する、これはWDOの推測だがキングはジャガーノート間の意思疎通を図る無線機の様なモノで同時にコマンダーなのだと、つまりキングを殺せばその戦闘は勝利となる、無論連中もキングの重要性は承知の上だ、だからこそキングの傍には最強の護衛であるクイーンが常に控えている、クイーンはジャガーノートの中では最も強大な戦闘能力を秘めている個体であり、下手するとコイツ一体で普通大隊が壊滅させられる」
キングとクイーンの写真が拡大され、先にクイーンの写真を堂島は指差す。その黒い穴から足元までなぞり、生徒全員に注意を促した。
「クイーンの特徴は何と言っても、その再生能力、どれだけ弾丸を撃ち込もうが砲撃しようが、肉片から元のサイズまで十秒足らずで復活する、更に腹部からはルークに似た砲撃、空は飛べないが高い機動力、ワイヤーの様に伸びる両腕、言ってしまえば小さく速くなった戦車種か、厄介な事この上ない、幸いルーク程の高威力の砲撃は出来ない様でアサルトの増設装甲なら二発は耐えられると言う報告が上がっている、それでも砲撃頻度は圧倒的にクイーンが上だ、連続被弾は即死に繋がる――機甲兵という兵器が開発されたのはコイツに対抗する為と言っても良い、速い上に硬くて強い、オマケに三次元機動で飛び回る、戦車はビルを登れないし空も飛べない、真上は狙えないし兵装も一つだけだ、ビショップを掃討出来れば航空戦力で叩く事も出来るんだが、過去クイーンが出張って来た戦場で航空戦力がクイーンとキングに辿り着いた例は無い」
コイツが出現したら、仲間が何人か死ぬと思え。
真剣な表情で淡々とそう告げる堂島、紬は思わず唾を呑み込み冷汗を流す。遭遇したら仲間が死ぬと思え、その言葉は脳裏に強く刻まれクイーンの姿が何か悪魔の生まれ変わりの様に見えた。
「クイーンは勿論、ルークやビショップと戦闘する場合は必ずツーマンセル、二機一対として行動しろ、単独での戦闘行動は自分の死、延いては仲間の死を齎す、常に群で動け、忘れるな」
写真が切り替わり、今度は機体の略図と各ジャガーノートの略図が浮かび上がる。ずらりと並んだ機体とジャガーノート、何かの作戦地域を上から見下ろした様な形だ。パッと見は将棋盤の様だが駒の数が尋常ではない。
「先に言っておくが、私達は軍隊であり一人で戦っているのではない、当然ジャガーノートとの戦闘に敗北し撤退する可能性もある」
堂島教官がそう言って端末に触れると、△の形で表示された機甲兵からすっと矢印が伸びていく。同時にジャガーノートからも矢印が伸び、先端に触れた機甲兵に×印が付けられた。
「基本的に限界損耗率という数値によって撤退か否かが判断される、この限界損耗率とは『それ以上の損耗が発生すると、以降の組織的な戦闘が困難になる値』の事だ、基本的に攻撃時と防衛時によって数値は異なるが、攻撃時で十%、防衛時で二十%の被害が出ると我々の敗北だ」
仮にバトルドレスが百機戦線に投入され、攻撃時なら十機、防衛時ならニ十機撃破された時点でその戦闘は敗北した事になる。
そう言って再び堂島が端末に触れれば、ジャガーノートから幾つもの矢印が伸び次々と機甲兵が撃破されていく。そして右端の二割に×印が付いた時点で『敗北』の文字がスクリーンに踊った。聞けば仮にジャガーノートを全滅させたとしても、こちらの損害が大きければ殆ど負けに等しいとの事。
「一度の戦闘でそれだけの被害を出すと後々響いて来る、ジャガーノート相手に無茶を言っているのは承知の上だが、出来得る限り無傷、最悪でも生きて帰る事が望ましい、自身の死は人類の敗北に繋がると強く意識しろ、最悪機体は作り直せば何とかるが、パイロットはそうもいかない、適正が無ければ動かす事すら困難な兵器だ、無論機体製造に多大なコストが必要なのも事実――故に、機体も体も無事に帰還しろ、それが貴様等騎兵に望む唯一の事だ」
説明の最後にチャイムが鳴り響き、堂島は一限目終了の合図を出す。スクリーンを投影していたプロジェクターが停止し写真は掻き消えた。今日の号令担当である大谷の声に合わせ起立、敬礼を行い堂島は「次の時間は機甲兵の戦術について話そう」と告げ、静かに教室を後にした。
教官の消えた教室でクラスメイト達は肩の力を抜き、紬も大きく伸びをする。集中して聞いていた為か随分と肩が凝った。
「――ジャガーノートの事、此処に来る前も少しは齧った気でいたが……全く、ネットの情報なんて鵜呑みにするモンじゃねぇな」
隣に座っていた杉田が机に頬杖を着きながら、そんな事を言う。どうやら彼も国防軍学校に入校する前にジャガーノートについて自分なりに調べていたらしい。紬自身も数日間だけとは言えネットの海を漁っていた同志、その知識の粗に少なからず羞恥の念を抱いていた。
「俺も、少しは分かった気でいたけれど全然駄目だ、調べていた内容と食い違うし、これなら下手に知識詰め込まなかった方が良かったかもしれない」
「……仕方ありませんよ、ジャガーノートに関しての情報は大分厳しく取り締まられていますし、国民を不安にさせない為とは言え、ネットや書籍で拾える情報には限りがあります」
大谷は書き込んでいた手を止めると小さなメモ帳を閉じ、ボールペンを机の上に置く。ノートは取らなくて良いと言われていたが、大谷は重要な部分だけをチョイスし小さなメモ帳に書き留めていた。どうにも書かないと覚えられない性質らしい、予め堂島教官へは許しを得ていると言っていた。
「それに何の為に敵を知るのか……逃げる為に知識を得るのではなく、戦うために知識を得るのです、学ぶと言う行為一つ取っても意識の差は大きい、此処で教えられるのは戦うために必要な知識、差異があって当然でしょう」
「……何だ、やけに饒舌じゃねぇか大谷」
「訓練では駄目駄目でしたからね、座学の時間位、皆の役に立たないと」
恥ずかしそうに俯いて頬を掻く大谷。そんな事を考えていたなんて思ってもいなくて、紬は「大谷、そんな事気にしていたのか」と言葉を零した。杉田も同じ感想を抱いたのか、目を瞬かせている。
「軍では団体行動が基本、仲間の足は引っ張りたくありません……座学でつり合いが取れるかどうかは分かりませんが」
「おいおい、何言ってんだよ、人間向き不向きが有るのは当然だ、それにまだ二日目だぞ? そんな硬い事考える必要はねぇだろ」
「俺もそう思うよ、それに仲間なら貸し借り無し、手を差し伸べるなら当然だ」
何を馬鹿言っているのだと、杉田と二人で大谷に詰め寄る。それでも彼は苦笑いを浮かべ、「そう言ってくれるのは凄く嬉しいです、けれどコレは僕の性分の様なものでして」と呟く。どうやら考えを変えるつもりは無いらしい、杉田と二人顔合わせ肩を竦める。何とも難儀な性分じゃないか。
「前の学校じゃ、そんな事微塵も考えなかったけどなぁ……」
「俺も、困っている奴が居たら助ける、当たり前の事じゃねぇか」
「ははは、世界が二人みたいな人間ばかりであれば良かったのですが、ともあれ先の言葉は有り難く頂戴します、ただそれを理由に努力を止めてしまうのは嫌ですから、僕なりに頑張りますよ」
ふん、と鼻息荒く力こぶなどを見せつけて来る大谷。ただ彼の白く細い腕では大した力こぶが出来る筈も無く、その姿が何となく可笑しくて三人で小さく笑った。授業後の雑談、それは前の学校と然して変わらない。
時折、此処が軍学校である事を忘れそうになる。
場所さえ違えば、自分達はただの高校生なのだと。
ルーター買おう。
今月中に買おう……(切望)