おやすみ人類   作:トクサン

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恋という級友

 

 

 午前の座学終了後、昼食を食べた後に昨日と同じ『軽め』の基礎訓練をサッと流す。これを軽めと呼ぶ事を紬個人としては断固反対なのだが、担当教官である静流が満面の笑みで「これは準備運動の様なモノです」と告げるので、引き攣った笑みを浮かべ頷く他なかった。

 昨日の筋肉痛は健在、最早走るどころか歩く事さえ痛みを伴うと言うのに強行軍は続く。背後から静流教官の怒声が響き連続歩調の掛け声に合わせ前進、前進、前進。

 杉田は時折顔を顰めながらも懸命に走り、風香も同じ。紬と大谷、恋の三人は最早命が風前の灯火、お蔭で鏑木さんに対する疑問や覚えたばかりのジャガーノート知識が一遍に吹き飛んでしまった。

 

「ッ、あぁ、痛ッ」

 

 訓練終了後、休憩を挟みつつとは言え授業中は殆ど走りっぱなし。真夏の太陽に肌を焼かれ汗が滝の様に流れるのもそうだが、筋肉痛の両足を更に酷使する羽目になって鈍い痛みが続いている。

 この後はお待ちかねの操縦訓練、シミュレーターが待っている訳だが。

 こんな痛みが続く中で果たして集中できるのかと言う疑念がある。

 

「お、お疲れ様……です」

 

 静流教官に対し内心で愚痴をこぼしていると、背後から女性の声が聞こえた。水道に手を掛けたまま振り向けば覚束ない足取りで歩く恋の姿が。その額は汗に塗れ、表情は苦悶。顔色は最悪で足などプルプル震えていた。

 

「大丈夫――には見えないな」

「……ちょ、っと、これはマズイ、です」

 

 生まれたての小鹿、そう表現しても違和感がない程度には酷い状態。そのままヨタヨタと歩いて水道に縋りつき、軽く蛇口を捻って水を口に含む恋。それを横目に見ながらその場に座り込み、「大谷はどうしたんだ?」と問いかけた。

 今日の訓練は一着風香、二着杉田、三着が自分。

 杉田は最初こそ大谷を気にしながら走っていたが、昨日の疲れを引き摺った状態では他人に気を配る余裕も無く、同時に大谷本人が自分に気にせず走ってくれと口にした為自分のペースで最終的にゴールした。

 最後に残っていたのは恋と大谷の二人だけだ。

 

「んッ、ん……ぷはっ……はぁ、えっと、大谷さんは、ちょくちょく休憩を挟みつつ静流教官と走っていますよ、一応最後まで走るみたいです」

「ん、そっか」

 

 大谷は努力家だ、まだ出会って二日目だがそれだけは分かる。努力も才能の一つ、これは気を抜けば自分などあっと言う間に追いつかれるだろう。自分もうかうかしていられないと紬は独り気合を入れ直した。

 まぁ気合を入れ直した所で両足の筋肉痛は如何ともしがたいのだが。

 恋は水道で顔を洗って汗を流し、そのままストンとその場に屈むと紬の隣に腰かけた。

 

「……ッは、もう無理です、限界です、足がパンパンです」

「軍隊式って奴だな、いやはや恐ろしい、凄まじい体育会系だ」

「……私、そういう所とは無縁の場所で育ったので」

「まぁ、そうだろうな、恋ちゃんは体育会系に見えないよ」

「紬さんも見えませんよ」

「そりゃそうだ」

 

 現に恋と同じ、紬も体育会系とは縁のない場所で育ったのだから。突然スパルタ教育とも言える環境にブチ込まれれば、こうなるのは火を見るよりも明らか。そして何が恐ろしいって、これが基礎訓練と呼ばれている事だ。

 もっと日にちが経過したら更に厳しい訓練を課されるのだろうか、正直余り考えたくない。

 

「陸兵の仕事は走る事、武装を背負って何十キロと走破する必要があります、機甲兵の操縦にも体力が必要ですが、何より万が一撃破され脱出した際に作戦区域(ホットゾーン)から離脱する為に体力が要ります――だっけ、静流教官が言っていた言葉」

 紬が今日の訓練開始前に静流教官が告げた言葉を声色を似せて複唱すればクスリと恋が笑って口元を覆った。

 

「はい、声真似、結構似ていました」

「そう? 俺には物真似の才能があったりして」

「そこまでじゃないです」

「……手厳しいな」

 

 紬が肩を竦めると、恋は笑いながら両手で自分の足を解し始める。更衣室に向かう様子は無い、どうやら立つ事も儘ならないらしい、紬も見よう見まねで自分の足を解し始めた。どうせ次の訓練まで多少時間の余裕がある、今のうちに回復を図った方が良いだろう。

 後は今後共に戦う仲間としてコミュニケーションを図りたいと言う気持ちもあった。

 

「恋ちゃんはさ、徴兵される時……その、迷ったりしなかった?」

「? 迷うと言うのは、一体どういう」

「あぁ、えっと、このまま逃げ出してしまおうとか、バックレてやろうとか」

「……そうですね――余りそういう事は考えませんでした」

 

 多分逃げ出しても、掴まって連れていかれてしまうと思いますし。

 どこか淡々とそう告げた恋に、「そっか」と紬は頷く。結局考える所はそこだ、逃げ出したとしても子ども一人で何が出来る。紬も同じ考えに至って、粛々と故郷から連れ出される日を待っていたのだ。

 

「恋ちゃんは強いね」

「リアリストなだけです、前もそう言ったじゃないですか」

 

 紬の方を見て小さく微笑む恋、その表情を見て紬は、逃げ出さなかった理由が他にもある様な気がした。尤もそれは紬の勘であり確信ではなかった、故に口に出す事は無かったけれど。

 

「そういう紬さんはどうなんですか?」

「俺? 俺はなぁ……」

 

 ふと切り返された質問、何故徴兵から逃げ出さなかったのか。足を解しながら空に視線を向けて、当時の感情を掘り起こす。

 恋と同じ逃げ出した所で連れ戻されると言う確信もそうだが、一番は家族に迷惑が掛かるからだ。自分が逃げ出して家族が罪に問われる様な事があれば、きっと紬は後悔する。自分の足が軍隊から遠ざからなかったのは、それが根本的な理由だ。

 

「家族に迷惑を掛けたくなかったから……かな、あとはまぁ、人類の為に多少なりとも力になれればって気持ちが少しだけ、尤もそんな崇高な感情、此処に入ってからはすっかり消えてしまったけれどね」

 

 何処かの誰かがやってくれる、自分がやらなくても世界は回る。

 どれだけ無意味に時を過ごしても世界は恙なく、滞りなく、進んでいく。学生の頃から抱いていたこの世の真理、それが破られた今でさえ――紬は未だ心の隅で思っている。

 軍隊に入っても、きっと誰かがジャガーノートを倒してくれるって。

 当事者意識なんてものは微塵もない。

 いや、無い事を自覚しているだけマシか。

 

「家族想いなんですね」

「誰だって家族は大切さ、家族じゃなくても、親しい人を裏切りたいとは思わないだろう?」

「そう、ですね」

 

 紬の言葉に目を落として、呟くように答える恋。その反応が彼女の秘密を如実に語っている様な気がして、思わず何かを言いかける。

 けれど紬が口を開くより早く、恋は立ち上がって言った。 

 

「……そろそろ、シミュレーター室に行かないと」

「もう? まだ少し時間に余裕はあると思うけれど」

「遅刻はしたくありませんし、少し早い位が丁度良いですよ」

 

 解した足を数度動かし、そのまま歩き出す恋。僅かばかり両足が震えているものの先程と比べれば大分マシだ。紬は恋の言葉に「それもそうか」と返し、立ち上がるとその背を追って駆けた。

 横に並んだ紬を見て、彼女はぼそりと呟く。

 

「紬さんは、不思議な人ですね」

「うん? 不思議って、そうかな」

「えぇ、とても」

 

 掴みどころが無くて、飄々としていて、でも隣に居ると安心する。そう続けた後、微笑んだ彼女は紬と同じ感想を抱く。

 

「私が今まで逢った事が無い様なタイプの人です」

「……それは、俺もさ」

 

 此方を見ながらそう口にする恋に、紬は頬を掻きながら答えた。機甲兵科だけかもしれないが自分のクラスメイト達は中々どうして個性的な面子が揃っているような気がする。

 恋だってそうだ、風香も。

 大谷と杉田だって個性が強い、まるで重複しない様に選ばれたかのようだと思った。

 

「……もしかしたら、『そういう連中』だからこそ適正があったのかもしれないな」

「個性的だから、操縦の才があると?」

「まぁ、もしかしたらって話だよ」

 

 そんな話、ある訳もないのだけれど。紬は自身の妄想に笑いつつ、「恋ちゃんはさ、操縦に自信とかある?」と問いかけた。恋との共通の話題となると軍学校の事ばかりで色気もへったくれも無いが、こうして話せるだけマシだろう。

 

「まだ機甲兵に触ってもいませんし、なんとも……」

「現状だとやっぱり判断出来ないか、個人的にはゲームみたいなものだと思ってるんだけど」

「ゲームですか……人類を守る兵器をゲーム扱いなんて、紬さんは凄いですね」

「気持ちの持ち様さ、戦場に行く覚悟も度胸も無いんだ、ならいっそ遊戯だと思って学んだ方が気が楽だと思って」

 

 おどけた様にそう言って肩を竦める紬。

 これがもし国対国の人間を殺す訓練であったなら遊戯気分で学ぶ事など許されないだろう。けれど相手は人類外、自分達に害悪を齎す生物だ。ならばその引き金は比較的軽いと言える、連中を殺す事に喜びを感じる訳ではないが罪悪感を覚える事も無い。

 

「今じゃもうどこにも無いけれど、ひと昔前はゲームセンターに大きなアーケードゲームがあっただろう? あの、コックピットみたいな奴、存外アレと大差ないんじゃないかって思ってる」

「ゲームセンター、ですか?」

「そうゲーセン、知らない?」

 

 紬の問いかけに恋は、「名前から大体察しはつきますが、足を運んだことは一度も」と首を横に振った。それは勿体ないと紬は大袈裟に驚く、今はもう日本の何処にもなくなってしまっただろうゲームセンター、小学校の頃ならばギリギリ営業していただろうか。兎も角ゲームセンターを知らないならまずそこから説明しなければならない。

 紬は幼い頃に友人と入り浸った地元の小さなゲームセンターを思い出し、ゆっくりと語って聞かせた。

 

「ゲームセンターって言うのはさ、色んなゲームが屋内にズラーって並んでいて、お金を入れると遊べる施設なんだ、ガンシューティングからユーフォ―キャッチャー、コインゲームにリズムゲームまで何でもあった」

「ゲームって言うと、こう、ピコピコやるイメージしか無いのですが」

 

 そう言って恋は両手で何かを掴む動作をし、親指をくるくる回して見せる。恐らく携帯ゲームをプレイしている様に見せているのだろう、どうやら彼女はアーケードゲームという奴を知らないらしい。

 

「ゲームセンターのゲーム機はデカイんだよ、それこそシミュレーターの訓練機コックピット並みにデカイ」

「……そんなモノが民間で、それも遊具として?」

「そうだよ、お金を入れれば誰だって遊べる」

 

 紬が大袈裟に腕を広げて大きさを表現すると恋は驚きに目を見開いて疑問を口にした。それに紬は何度も頷いて見せる、誰でも遊べるからゲームセンターなのだと、小学生だって遊べる位なのだ、恋にだって余裕だろう。

 軍のシミュレーター機に限りなく近いゲーム機がある事に恋は驚愕を隠せず、少しして先の紬の発言に納得したかのような表情を見せた。

 

「それなら、確かにゲームみたいなモノかもしれませんね」

「だろう? まぁでも実際ゲームセンターと軍隊の訓練用シミュレーターはまた別物だと思うし、心の底から訓練をゲームだと思い込むのは難しいけどね、これから先俺達が命を預ける兵器なんだ、気楽にやろうって言い聞かせても、必ずどこかに緊張が残る」

 

 そう言って真剣な表情を覗かせる紬。

 何だかんだ言って先の軽口も自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。紬は自分が高揚している事に気付く、同時に同じ位緊張している事にも。軽口は緊張の裏返し、そんな事でしか気分を紛らわす事が出来ない矮小な自分。

 恋は真剣な面持ちとなった紬を見つめ、それから不意に表情を崩す。

 

「紬さんは、根が真面目なんですね」

「恋ちゃん程じゃないさ」

「まさか」

 

 紬の切り返しに恋は首を振り、私程不真面目な人間も、早々いませんよ。

 恋は、どこか冗談交じりにそう告げた。

 

 

 





 短いけれど二話連続投稿という事で見逃してくだされ……!
 
 ハバロフスクのローカル番組で『文化交流祭』みたいなタイトル、尚且つ青い和服着て白目ダブルピースしながら「ヤンデレのお嫁さんを探しに来ました!」って真顔で言っている日本人が居たら多分自分です(大嘘)
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