人の生は短く頂きは遠い。
高みを目指し只人は競い合う。
———詰まる所、馬鹿が殺しあうだけの話。
書きたいところだけ書いて画竜点睛を欠くスタイル!
全力の一撃を叩き込むと辺りに砂煙が立ち込める。失策だ。姿を見失った。
それでも不意を打たれまいと警戒を弛めず構えていると、此方から見て右側にその姿がぬるりと現れた。身を絞り、槍を振りかぶり、すでに初速を得ている。左手にもつ盾を無視して此方を殺す積もりのようだ。
回避も防御も間に合いそうにない。
咄嗟に剣を持った右手を跳ね上げる。そこに力はこめなかった。ただひたすらに早さを求めた。
弾かれない程度に緩く握り、剣の腹を肩につける。体をひねり左肩を前に出す。
――そして槍の一撃が此方の剣を叩きつけた。
骨が砕ける音がした。グシャリと肉を裂き、血を撒き散らす湿った音だった。どうやら右肩が壊れたようだ。
支点を失った剣が跳ね回り、脚を軽く抉った。無理に力がかかったようで、肘が不自然な揺れ方をしている。力が入らない。
しかし、即死は防いだ。
剣はもう振るえない。右腕はもう使えないし、盾を捨てて、持ち帰る隙を逃がさない相手ではない。この数瞬で右腕と剣は完全なるデッドウェイトと化した。地面を引きずる剣は大きく此方の動きを妨げる。
剣を握り締める力を抜こうにも、神経がズタズタに引き裂かれ、筋肉が収縮している。この戦闘中に外すのは不可能だろう。
蹴り飛ばして目眩ましにするにも、刃が立たないうえに、その重みで体のバランスが崩れるだろう。弾かれれば尚更のことだ。
いっそのこと腕をどうにかしてもぎ取ったほうが生存率は高まるだろうが、その場合一生右腕が動かないことを覚悟しなければならない。
つまりこれから、自分の剣で傷ついた右足と動かない右腕を庇いながら戦わななければならないようだ。
いざとなれば盾を放り捨て、腰に着けた短剣で殺すことはできるだろう。しかし、一撃で致命傷を与えて
この短剣では、余り深く抉れないだろう。息絶える前に反撃を加えられ、相討つのが目に見える。
余裕はない。
チャンスは一度きり。
失敗すれば死ぬ。
ああ、なんてわりに合わない。部の悪い賭けに頼るしかない己の非力と、そんなふざけた殺しあいで笑みが浮かぶ己の性を恨めしく思う。
そう思考を巡らせていると相手がまた動き出した。お互いに一合によって生じた隙から解放されている。
敵は、その長さを縮めるように手繰りながら、刃を己の背後に隠すように上側に回転させている。
前にしていた左足にかかっている負担をそのまま殺すことなく利用する。先程の一合の負荷が残る膝からわずかに力を抜き、摺り足で右前に歩を進める。
重心は爪先に寄せているため、容易に足先の向きを変えることができる。くるりと踵を翻し、体を右に向ける。
急激な運動で足の傷がつきりと痺れめいた傷みを発する。しかし、耐えきれる範疇だ。動作に淀みなく、全身が連動する。
その首の横にずれたその一撃を盾で受け止める。
もし小手の
しかし、盾はそのどれよりも確実に打撃を受け止めることができる。
その広い面に分散して衝撃を受け、宙に流す。面で受けるため、そのまま絡めとられることは無い。片側にずれて受けたのなら力は傾きを生み、消費され、いとも容易く受け流される。
小型の盾だが、槍の重みを流すには充分だった。上側で受け、腕を捻り、斜めに受けた攻撃を押し上げてかわし、踏み込んだ。
敵は己の打撃が受けられたのを感じるとその勢いを殺さぬように、持ち手を石突側に繰りだしながらそのまま加速させた。増幅された遠心力を利用して、押し上げるように刃をもって刺突している。
真っ直ぐ突き出された刺突よりも斬撃のように角度を持った刺突のほうが受けづらい。それは腰を裂き、あわよくば足をも裂かんとばかりに低く繰り出されており、厄介な手に思える。
常道としては左右に避けることだ。しかし、人は構造上左右に移動する際には、一瞬ながらも動きが停滞し隙が生まれる。
それは体重の移動によるもので前後に移動する際には幾らか削ぎ落とすことができる。武術において近接戦闘でお互いの間合いが同等である場合、回避が斜めに前進するか、後退することで仕切り直しをすることが多いのは、これに由来するものだ。
そして、それはこの場においてこれは大きな問題となる。
剣と槍の間合いのは大きく異なっており、剣は大きく不利である。戦場において間合いの差が拳一つ分あるだけで生死が別れるといわれるのは人の脆弱性によるものが大きい。
間合いが広ければ、有利な立ち位置から一方的に殺すことや、より深く攻撃を通しやすくなる。それだけだが、何よりも致命的なのだ。
人間は簡単に死ぬ。
首が1cm抉れれば失血や窒息で死ぬ。
左胸を拳一つ分も抉れれば失血で死ぬ。
それは鎧で全身を覆おうとも変わらない。
例えば、金属鎧なら極端な温度で殺せるし、特定の部位を打撃し歪ませれば、気管を圧迫し呼吸困難を生んで、鎧が装着者の首を締めるようになる。
そうでなくとも打撃は表面を流れ、軋みにより打ち消されようとも、致死には簡単に届かせることができる。
鎧を転ばせてしまえば起き上がることは難しく、ただの肉塊になるまで潰し続けることも、刺突剣により刺し殺すことも容易となる。
そもそも鎧の無いときを狙い奇襲を仕掛けたり、水や毒ガスなどで装甲を無視して殺せばいい。
いくらでも殺しようはある。
それを防ぐのが、装着者の腕。即ち戦士の技量と経験だ。
それをすり抜けて殺す現実的な方法は一つ。
精神と体力を磨耗させることだ。
警戒は神経を磨り減らす。
――ならば集中を強いる戦闘を休むことなく続けさせればいい。
運動は生命力を奪い取る。
――ならば常に物理的緊張を強いる戦闘を休むことなく続けさせればいい。
これだけは対策の施しようがない。
消耗を抑えることはできても無くすことはできない。しかし、自分は消耗し過ぎた。怪我を負い過ぎたのだ。
流血は思考力も生命力も等しく削ぎ落とす。同時に訪れる傷みは集中力を著しく乱し、対応力を奪う。
右腕の傷みはまだ良い。
しかし、右足の傷は良くない。傷が小さいため、傷みは断続的で、覚悟せずとも戦闘の興奮で誤魔化せる程度だ。ただ、足の負傷は戦闘において致命的だ。
何をするにしても足腰には大きく負担がかかり、傷は悪化し続ける。経験則から使い物にならなくなるまでの猶予は何となくわかる。
それでも、力を込めれば込めるほど不規則的に強くなる傷みは精神と肉体に大きな負担を強いる。どうしても本能的に庇ってしまうからだ。
もし、親しい人が突然毒を盛り、寝首を掻きに来たとしても、眉一つしかめず殺しにかかれるほどの修羅染みた
さて、話しを戻そう。
ここまでの話しで重要なことは、回避の道はは左右の斜め前か、後退であるということ。
そして、負傷により、長期戦は不利になる一方であるということ。
必然的に斜め前に回避するのが当然で、《《相手がその状況を作っている》》ということ。つまりは罠を仕掛けているに違いないこと。
左右二択の可能性と両方に対応できる可能性。まさしく部の悪い賭けを強いられている。
第三の道を作るような無茶はできない。片腕は動かず、剣がへばりついている。片足も負傷し、無理をすればその上から叩き潰されるのは目に見えている。
だから、天命に身を任せ右前方に跳んだ。傷ついた右半身を庇い、盾を敵に向けるという常道に敢えて乗った。
常道には常道たる由縁が存在する。
どれにしろ賭けになるならと、即死しにくい選択を選んだのだ。
敵はその膝を崩し、槍の軌道を強引に変えた。穂先を左側へ逃げようとする敵手を上から打つように斬撃した。
振り下ろされた刃を盾で防ぐ。衝撃が全身を伝わり、右腕の、右足の傷を刺激し、赤色を撒き散らしたが、死にはしなかった。体勢も充分補整がきくレベルでしか崩れていない。
しかし、命を賭けた一撃にしては弱い。肩を砕いた一撃から察するに、これは余力を込めた一撃であると予測し、事実としてそうであった。
刃は重みを伝えず、此方の体が生み出す抗力に従いその勢いを反転させた。
敵はその槍を己の背に回し、石突側を此方の右側、すなわち、死角となる角度から打ち込んだ。
石突は、大地に突き刺し、支点とするため、先が尖っている。それは何度も土を貫いたために、その鋭さは鋭利などとは言えないものの、自重と速度があれば人体を穿つ程度には鋭い。
その切先を此方の喉を貫くように、速度を緩めず大きく振り、突きだした。横から串刺しにするような形。此方の間合いの僅かに内側。
先の一撃で崩れた体勢は大方立て直したが、ここから詰めに行くには
対して敵は未だ無傷。疲労の色も薄く、得物の間合いも彼方が上。力量にも大きな差は無い。幾らか此方が上回っているものの、得物の違いにより、この刃を通すのは難しい。
ならば、どうするか。
ここで殺す。
それ以外にない。
結論は変わりはしない。
ここで逃げれば此方の術理を、呼吸を、詰まる所の癖を覚えられて解析されるだろう。此方も同じことはするが、彼方の優位が圧倒的に多い。
逃げはあり得ない。ここで殺さねばならない。
膝から力を抜き、地に這いつくばるように身を屈める。
敵の刺突は僅かに下向きに繰り出されているために、
衝撃で少しでもぶれるように期待して、殴りつけるように盾を槍に叩きつけた。
遂に盾が歪み、体捌きを鈍らせるデッドウェイトを生む。大きく歪んだことにより生まれた空気抵抗や、重心の歪みをもって、さらに此方を追い詰めるだろう。
———しかし、そもそも最早盾は不用である。
石突が此方の伏せた後頭部を抉ったが、浅い。
命を奪われるほどではなく、頭蓋骨にすら届かなかった。
そして、此処からが剣の間合いだ。
盾を放り捨てて、腰の短剣を引き抜く。片刃の、斬撃の鋭さを重視した作りの小さな剣。
戦闘には余り適さないが、この場はこれで充分だ。
槍を避けるように右に寄り、その内側に入る。
屈めた体を起こし、手にした刃を頭上へと走らせる。向かう先は意趣返しも含め、喉になっている。
敵はデッドウェイトと成り果てた槍を手放し、身を反り返らせて刃を
その傷は反撃の狼煙だ。無傷を打ち破った印だ。次は命を奪うという宣告だ。最早逃がしはしないという殺意の証明だ。
敵は此方と同じく短剣を抜いた。
両刃の短剣。刺突力を求めたオーソドックスなタイプのものだ。
しかし、刃は此方のもつ物よりも拳一つ分ほど短い。慣れない剣を振るうのに、わざわざ間合いを伸ばし、取回しを悪化させ、大振りにさせるのを嫌ったのだろう。
柄を見るに重めに作られているようだが、これは刃筋を立てるためだろう。槍の扱いが容易と呼ばれる由縁である。
槍で刺すには、ただ槍を水平に保ったまま前に放り出せばいい。そうするたけで穂先の重み、柄のしなりが相手の強度も突破する斬撃を生み出す。槍術を習うなら重みを振り回し、突き、払い、絡めるという基礎を習熟しなければならない。
そして見た目は同じであろうとも、刃の当て方から運び方まで、大きく変わるのが武術と言うものだ。
相手は慣れない装備、此方は馴れた装備。いや、ここはこう称するのが正しいだろう。
親しんだか、否か。
戦士である異常多くの武器に触れ、扱ってきた筈だ。
知らなければ対策を練ることさえ出来ないのだから。
敵が抜剣した直後、刃を倒した横向き斬撃で左胸を抉りに行く。敵は短剣を逆手に構え、此方の剣を受け止める。そのまま絡めとろうとする動きと共に踏み込みながら、空いている左手を伸ばして此方の腕をとろうとしている。
もし両腕が健在なら、喜んでやり合ったのだが、流石に片腕で勝てる気がしない。重心操作は相手に得手があるのだ。お互いに無傷なら、数秒稼いで膝なり何なり入れて殺す自信はあるが、詮無き事である。
絡める向きは内側の上向き、躱そうとすれば左腕に捕まるだろう。無理に抗えば剣を弾かれるのだから、あえて距離を取った。
もう時間に大きな縛りは無い。
最早有利不利は逆転し、息を整えるメリットがデメリットを上回った。無理をするより着実に磨り潰せばいいのだから。
短剣を逆手に持ち直し踏み込む。
敵が弾くために刃を重ねてくるが、鍔迫り合いは一瞬で終わらせる。左手への警戒を忘れてはいけない。何度かそのまま間合いの内外の行き来しながら打ち合う。逆手にもっているためお互いの間合いはほぼ同じとなる。あとはいつも通り呼吸を読み、盗むだけだ。
更に半歩深く踏み込みながら、右に構えた刃を首を狙い突き刺しに行く。
敵は左手でこちらの腕を止めるが、角度を変え、強引に腕を突き刺すように変える。血が噴き出すが離さない。当然だ、こちらが誘ったとはいえようやく
敵は刃をこちらの首を狙った。のけぞって躱すと、向きを変え、腕に突き刺し両腕を封じようとしている。
だから、踏み込んで左肩で受ける。そのまま抉られて潰される前にその胸を打撃し肺腑から息を抜く。動きが止まるのを確認したと同時に、短剣を順手に持ち替えて血濡れの左肩で打撃し、刃を強引に押し込む。そして刃を抜きながら横にスライドさせて傷口を広げる。
僅かに硬い慣れ親しんだ感覚と共に、一際大きく血飛沫が散る。心臓を裂いたのだ。
敵は今際の際に、純粋な体重移動と肉体構造からなる刃筋の整った斬撃を繰り出していた。
相打ち狙いの攻撃。だがそこに意識はこもっていない。ならば恐れる必要はない。今までで最高の鋭さを持っていてもそこに駆け引きはないのだ。
振るわれた刃を後退しながら軽く打った。それだけで歪み、届かなかった。
しかし、倒れる前に再び踏み込む。順手に構えたままに心臓を狙い突き刺す。自重もあいまって深く突き刺さった。一瞬押し込んでから引き抜き、倒れていく体を追うように逆手に持ち直し左胸に刺しなおす。
何かの仕掛けで心臓の感覚を再現していないとは言い切れないうえ、臓器の位置は人それぞれ異なる。念には念を入れ計三度胸を貫いた。心臓でなくとも必死である。
しかし、油断することなく二歩三歩距離を取り倒れた敵の屍を見る。動く気配はない。
辺りに人の気配がないことを認識し、剣を納め、一息ついた。