七耀暦千二百四年、七月上旬。帝都西郊リーブスに存在する宿酒場バーニーズ。
夜の酒場の丸テーブルの一つにSUTAFE八班の面々が集まっている。
「ほえ……帝都の夏至祭に行くだって?」
店主とその娘が作る料理に舌鼓を打ちつつ、不意に明かされた親友の予定にケイルスは首をかしげた。
「ああ。今度、有休を使ってな。少し急な話だったから取るのには苦労したよ」
シオンは少しばかり疲れた口調で呟く。同じ八班メンバーであるサハド、レイナ、フェイもまたケイルスと同じように、突然の報告に不思議そうな顔つきになる。
六月初めにエラルドとの兵棋対決、その二週間ほど後にクレアとの接触があった。そこから二週間、シオンは氷の乙女との約束を果たすべく自らの勤務調整を行っていた。
『帝都の夏至祭にて活動が活発化されると予想される、反乱分子の摘発に協力してほしいんです』
クレアはそう言っていた。
エレボニア帝国に存在する夏至祭。それは帝国各地で主に六月に行われる精霊信仰などを基にした祭事だ。正確な起源などはややぼやけているものの、いずれも地方ごとの風習に則り風光明媚な雰囲気が楽しめる。しかし帝都の夏至祭のみ、二百五十年前の帝国最大の内紛である《獅子戦役》の終結の祝賀を兼ねて一月遅れの七月に開催されている。
今年の夏至祭は七月二十六日からの数日間。そこにおける謎の反政府勢力の抑止に協力する。それをクレアは求めていた。
シオンの一通りの説明を聞き終えた年長者サハドは、むしろ話の内容よりもシオンの動向に注目する。
「ははぁ。この前の休暇珍しく班長が朝からいないと思ったら、帝都に行っていたとはなぁ。しかもあの氷の乙女との密会と来たもんだ」
シオンはばつが悪そうに料理を口にした。
「別に、トールズの同級生だったってだけですよ。大したことじゃない」
「でも、その割に俺は何も呼ばれなかったけど」
「ケイルス、お前は忘れられてたんだろ」
「ふざけるなシオン、お前クレアちゃんに呼び出されたからってなぁ!」
そのケイルスの道化のような怒り具合に、唯一女性であるレイナや怠け癖のあるフェイも笑わずにはいられなかった。
SUTAFE発足から三か月。新天地リーブスでの勤務にもなれた八班のメンバーは、こうして休暇時に宿酒場で集まることが多くなりつつあった。貴族派である四つの領邦軍から集められたSUTAFEメンバーの中で、幸運にも頭の柔らかい人間がそろった八班は、念長者のサハドと調子のいいケイルスを筆頭に、馬鹿騒ぎの好きなシオンと意外にもそれに楽し気に聞き入るレイナ、さして興味もなく受け入れるフェイと笑い話に花を咲かせることが多かった。
もちろん、真面目な話をするときもある。決して多くはないがシオン班長を中心に日々の業務の反省をすることも、四州を中心とした領邦の時事に注目することも少ないがある。
だからシオンがこうして真面目に話をすることは決しておかしくはなかったのだが、それでも急に休暇を貰って革新派の将校と行動を共にする予定を入れたというのは不思議なことこの上なかった八班メンバーたちだ。
レイナが穏やかに口を開いた。
「まあ、私たちは先に確認したとおり、極端な右派でも左派にもならないことを努力していますから、クレア大尉に協力することを頭ごなしに否定するわけではありませんが……」
フェイがぶっきらぼうに引き継ぐ。
「それでも、もう少しぐらい理由は教えてくれてもいいんじゃない? 一応、信頼できる同僚だと思うけど。少なくとも、隊長たちやローレンスとは違ってね」
ケイルスが加えた。
「ま、あとは独断専行していることについてもな。俺たち八班が協力できることはなかったのか……ってサハドさん別にクレアちゃんに会えないのが悔しいわけはないですからねぇ!」
ケイルスの泣き言はさておき、シオンは改めてクレアとの会話の内容を仲間たちに伝えていく。
夏至祭で協力する。その約束を取り付けた後にも、シオンはクレアとの情報交換にいそしんだ。
四月のケルディックでの出来事。クレアにシオンたち、そしてトールズの少年少女にも邂逅した大市屋台の破壊事件。それ以外にもここ数年の政府にたてつくような妙な事件の数々。
その事件は、どれも平民や革新派の人間に被害を被るようなことばかりで、素人でも少し考えればとある可能性に行きつく。つまり、革新派を嫌う者たちが起こしている行動だということに。
クレアが属する鉄道憲兵隊とも距離の近い組織に、帝国軍情報局というものがある。帝国政府直属の組織であり、国内外あらゆる組織の情報統合を行い工作をする組織だ。
その情報局がこれまでの符号を基にした判断。それは、革新派──特に鉄血宰相を謀殺しようとする怪しげな連中がいるということ。そしてその者たちが公に動く可能性が高いのが、この七月の夏至祭だということだった。
シオンはその怪しげな連中のことについて、嫌な情報を付け加える。
「で、ここからが俺が皆……というかSUTAFEを巻き込みたくない理由なんだけど。革新派を嫌う過激な暴力集団、貴族のお偉方の目にはどう映るよ?」
班長の話を聞く四人は沈黙した。サハドとレイナはシオンが話している最中から、こういう話で勘づくのが遅いケイルスとフェイもさほど時間をかけずに気まずげな顔つきになっていく。
答え合わせをしたのはケイルス。
「体のいい対革新派の戦闘部隊ってとこか。しかもどれだけ過激なことをしても、表向きは貴族派に罪が行くことはない……」
少しばかり悲し気にレイナが言う。
「貴族派の筆頭、カイエン公爵が統括するラマール州では、過去にも猟兵が代理戦争をしていた、ということもありました。供給するものが金銭から兵装の類に変わるだけなら、十分あり得ることだと」
「そうか、レイナはラマール領邦軍からの出向だったな」
サハドは納得した。彼が属していたサザーラント領邦軍の当代統括者であるハイアームズ侯爵は、四大名門の中でも特に清廉な人物なので、最近のサハドにとってはなじみのない感覚なのだろう。上の人間がそのような悪事に手を染めることは。
あまり信じたくないことだ、自分たちの領邦軍の統括者の悪事は。
そしてその信じたくない予想が現実となっていてもおかしくないのが、現在の帝国だ。
「この予想が真実だとして。当然四大名門の手足たる領邦軍は微妙な立場になる。各領邦軍から出向しているSUTAFEもだ。そんな状況でこの八班が騒ぎを起こしてみろ、四月の大市での事件以上に面倒な雰囲気になること安請け合いだ」
シオンが配慮した、大市での事件の犯人の処遇。あれのおかげで多少は大目に見られたが、下っ端の同僚はともかく上層部やエラルドなどの典型的な貴族派からは、早くも八班は異端児として見られつつある。問題児まで悪化していないのは幸いだが。
「その点、俺がただ単に名無しの一般人として動くだけならまだやりやすい。そもそもが、リーヴェルトの非公式な依頼っていう遊撃的な立ち位置だからな」
加えて言えば、夏至祭の数日間は四州では通常業務の日だ。現実的にも八班全員が有休をとるのは困難だった。
一通りの説明を終え、一応は納得してもらえたらしかった。貴族派と革新派に対して、同じ価値観をもつ者同士。暗躍する者たちに対して自分が立ち向かえないのが釈然としないが、領邦軍はほとんどその立場を発揮できない帝都圏での要請なのだから。
観念したのか、ケイルスはシオンのグラスに酒を注ぐ。
「まあいいや。代わりに、事が終わった暁にはちゃんと報告をしろよ?」
「……ま、考えとくよ」
エラルドとの対決の時と同じく、どこか優し気に見送ってくれる親友の言葉に、シオンは頬を掻いて答えた。
一先ず、今後の行動指針は報告し終えたのだ。後は和やかに、食事をとって、世間話に花を咲かせるのみ。
リーブスは帝都近郊だけあってそれなりの人口がある。またSUTAFEの詰め所がリーブス近郊に建てられてからは、この宿酒場にはSUTAFE兵士が訪れることも多かったのだが、偶然にも今はシオンたちのほかに数人の住民しかいない。それ故に気兼ねなく愚痴なども漏らすことができていて、公平な店主とその娘は何も言わずに接客を続けている。
そんななか、世間話や時事のニュースなども話し終えたサハドは、再び下世話な話を繰り出してきた。
「で、話を戻すが、本当に大尉さんとは何もなかったのかい?」
「戻さないでくださいよ、サハドさんも好きですね……」
「それでも、気になるじゃないか。口は軽くても行動はお堅い班長殿が入れ込む大尉さんと、一体どんな関係だったのか」
その顔は調子のいい父親のごとくにやけた顔つき。
「や、別に何でもないですけどぉ」
シオンはどもる。その様子はシオンとの付き合いが短い三人にとっては興味をそそられる様子なのだが、そもそもいつもそれなりに抜け目ないシオンは自分がクレアの話になると慌てていることに気づいてなかった。
そこでケイルスが一言言った。
完全に唐突な言葉だった。
「入れ込むのも仕方ないですよ。こいつとクレアちゃん、学生の時は恋人関係だったし」
即座にシオンはケイルスの鳩尾に拳を叩き込んだ。動きにくい椅子の上では考えられない、達人のような身のこなしだった。
声も出ずに倒れるケイルスを視界の端にとらえ、シオンはサハド、レイナ、フェイの三人をちらりと見た。
「……」
三人とも沈黙していた。
「……」
そして、次の瞬間。
『うぉぉおおええええ!?』
その日、リーブスにいた人間は魂が震えるような絶叫を聞いたという。
────
そして、時間は流れる。七耀暦千二百四年、七月二十五日、夜。
「あー……疲れた」
リーブス駅で乗り込んだ夜の導力列車、人気のない車内でシオンは、ため息をつきながら大仰に席に座りこんだ。
本日の訓練をを普段の半分の労力で乗り切り、訓練後の雑務を普段の二倍の速度で終え、ついでに八班の面子にもいくつかの業務を頼むというハードスケジュールだ。なかなか疲れるものがあってしかりだった。
「けどまあ、これからの数日間はさらに疲れるんだよなぁ」
シオンを乗せた列車は大陸横断鉄道。しかし降りるのはクロスベル州でなければ共和国方面でもなく、目と鼻の先の帝都だ。
その原因は言うまでもなく、クレア・リーヴェルトの要請によるもの。
だがそれも、好都合だった。革新派と貴族派、両派閥による闘争の行きつく先を見届けるには。
シオンは気持ちを切り替え、列車の中から見える夜の草原を見る。リーブスから帝都までは三十分弱。考え事をするには少しばかり物足りないので、気疲れをとる程度で十分だろう。
やがて三十分が経つと列車は緩やかに止まった。シオンは数日分の簡易な旅装とミラなどを詰めた鞄を持ち、帝都中央駅へ降り立つ。ちなみに武装は護身用の拳銃一つだ。許可もない一般人が人ごみの中で剣を携えるのはやりづらいため、銃だけで我慢した。
合流場所に指定されたのは帝都駅前広場なので、迷うことはない。学生時代は何度か帝都に繰り出したこともある。
そして駅前広場に出る。時間帯は夜だが、しかし場所は帝国どころかゼムリア大陸でも最大級の人口を擁する帝都で、さらに人が集まる夏至祭の前日。それなりに人は多かった。
「失礼ですが、シオン・アクルクス殿でお間違いないでしょうか」
「ん?」
目立たぬよう広場の端で待っていると、正面から声をかけられた。
聞こえた精悍な声に違わぬ男性は、優し気な風貌のくせしてかなり鍛えられた体つきで、灰色の軍服を纏っている。その時点でTMP隊員だとわかり、自分の名を呼んだことからも誰の差し金できたかは容易に理解できた。
「ああ、そうだ。そういうアンタは?」
「失礼……鉄道憲兵隊所属、エンゲルス中尉であります。リーヴェルト大尉の命により、アクルクス殿の案内役として参りました」
見本的な敬礼と共に、互いの関係性を考えるとずいぶんと和やかな態度。シオンはいたずら心が働いて、悪魔のような笑みを浮かべながら言い放った。
「へぇ、そりゃどうも。シオン・アクルクスだ。アンタらの商売敵、SUTAFE八班リーダーだ。よろしく頼むよ」
「存じております。しかしこの一件に関しては協力者同士……どうか部下の前では、言葉を選んでいただけると」
シオンは手をひらひらと振る。試すような態度で悪かったと、降参の意思伝達。
「こりゃ失礼。……いや、領邦軍のお偉方とは違って冷静なんだな。立場がどうあれ、いい付き合いができそうだ。よろしくお願いするよ」
二人は互いに右手を差し出した。そして握手を交わす。
「ええ、こちらこそ。それでは、ご案内させていただきます」
そう言って、エンゲルス中尉は歩き始めた。
「ここから移動するのか。……つっても帝都中央駅がそもそもTMPの本拠地だったな」
「ええ。作戦会議室までご案内させていただきますので。先客もいますが、それほど遅れはしないでしょう」
「先客?」
建物の中に入ると、そこにはエンゲルス中尉と同じく灰色の軍服を着た隊員がちらほらといる。彼らは職務に忠実な様子だが、さすがに私服の男がいきなり中尉と歩いているのは珍しいのか多少は視線をぶつけられる。
狭い通路や、途中にすれ違う傍から見ても優秀な隊員たち。それらの様子を記憶しつつ、さほど時間をかけずに目的の場所までやってきた。
「こちらになります」
目の前には作戦会議室の扉。中から雑多な足音や椅子を引く音が聞こえてくる。どうやら中にいるのはクレアだけでなく、他にも何人か会議に参加する『先客』がいるようだった。
「ああ、案内ありがとう。中尉はこれで?」
「ええ、私はあくまで案内役にすぎませんので」
「そっかー。同じ下っ端、気が向いたら飲みにでも行こうぜ」
「ははは、考えておきます。……では」
エンゲルス中尉が離れる。近くには誰もいないので、会議室の向こうの人間たちを除き、シオン一人となった。
「……ま、行くか」
少しばかり頬を掻き、一泊深呼吸を入れてから扉をノック、返事を待たずに煩雑に開けた。
扉を開いた瞬間、感じたとおりの少なくない人数からの視線。シオンの視界に入ったのは、
「……お?」
妙齢の女性二人はホワイトボードの前に経っており、シオンの存在を確認した後こちらに声をかけてくる。
「あら」
「来てくれましたか、シオンさん」
会議室の中に入り、ああ、と相槌を打とうとして、二人以外の若者が席に着いていることに気が付いた。
その夏使用の白シャツという制服には見覚えしかない、何しろ母校のそれと全く同じなのだ。
さらに、若者九人の中には記憶に新しい四人がいるのも気づいて、驚いた。
「あれ、君たち……」
「貴方は、ケルディックの……」
「シオン准尉ですか!?」
金髪美少女アリサが勘づき、そして黒髪のリーダー格であるリィン少年が驚く。ラウラにエリオットも同様だ。
逆に、見覚えのない少年少女もいた。背恰好が対照的な二人の少女に褐色肌の偉丈夫、緑の髪の理知的な眼鏡少年に金髪の美少年──
「んん?」
シオンは訝し気に、目に留まった金髪美少年を見る。
「なんだ?」
「いや、君……どこかで出会ったことない?」
「は?」
沈黙。いや、自分はこの少年を知っている気がするのだが。しかも、色々嫌な予感がするのはなんでだ。
少しばかり顎に手を当て沈黙するが、すぐに後ろに控えているクレアが咳払いをしてきた。シオンは気を取り直し、言う。
「いや、失礼……まずは自己紹介しとこう。もう知っている人もいるだろうが、シオン・アクルクス、領邦軍・四州連合機動部隊に所属している」
どの道、クレアがここにリィンたち七組を読んでいるということは、彼らも道程は違えど自分と同じ立場なのだろう。なら、どうせ後で話し合う機会はある。
「君たちのことは、後で聞かせてくれ。トールズ仕官学院、特科クラスの後輩君たち」
そういって、変わらず金髪の美少年に謎の圧迫感を感じながらも、シオンは手ごろな壁際に置かれた椅子を出して座った。
その様子に、シオンを知る四人は驚きつつも受け入れており、知らない五人は私服姿の自称軍人に物珍しさを覚えながらも、それでも他の人の様子から一先ずは女性将校の話を聞くべきだと、視線を直す。
「予定した全員が集まりましたね」
全員の素性を知るクレアは唐突に生じた帝国由来の主従関係故の態度と、頭で気づいてないのに体が反応しているシオンの様子に妙な懐かしさを覚えて、そして少しだけ溜息をついてから語りだした。
「ではこれより、夏至祭初日における対テロリストを想定した哨戒・遊撃活動の要請につて、ご説明させていただきます」
その言葉に、最初に緑髪の少年が驚いた。
「テ、テロリスト!?」
その様子にシオンはおや何も聞かされてないのかと感じたが、考えてみればまだまだ学生だということも思い出した。
クレアは続ける。
「ええ、そういった名前で呼称せざるを得ないでしょう。ですが目的も、所属メンバーも、規模と背景すらも不明……名称すら確定していない組織です」
そこから話されたのは、先日クレアがシオンに説明したものと概ね同じであり、学生を対象としてもう少しかみ砕いて説明したものだった。
実際は情報局の推論からもう少し目的等の予想は立っているのだろうが、今は秘匿性も考えて不明、不明、不明の連続らしい。しかし少なからず判明しているものから、クレアは鉄道憲兵隊大尉として要請する。リィンたち特科クラス七組の二班──どうやらA班、B班の二班に分かれているらしい──、そしてシオンに、夏至祭の目まぐるしさ故に鉄道憲兵隊と帝都憲兵隊でカバーしきれない穴を埋める遊軍としての役割を。
途中、シオンとしては助かる情報をリィンたちが漏らすこともあった。
「ノルド高原において紛争を引き起こそうとしたあの男ですね」
「そなたたちがノルドの地で出くわしたという男か」
言葉の端々から察するに、リィンと数名が帝国北東にある共和国との係争地ノルド高原に赴き、テロリストという判断に値する所業を起こした男と遭遇したようだ。国外での時事の詳細はSUTAFEでは得られにくいので、『共和国と一触即発となった六月の件にテロリストが存在している』ということを知れるのは助かるが、シオンは察しながら誇らしいような呆れるような心地になる。
(軍人でもない学生に何首を突っ込ませてんだよ……そういう馬鹿は嫌いじゃないけど)
トールズのカリキュラムはただでさえ忙しい、在学中に旅行で行けるわけないだろうから、この間のケルディックと同じく独自のカリキュラムで動いているのだろうが、これは今度世話になったヴァンダイク学院長にも挨拶せねばならないようだ。
ともかく、件のテロリストが動く可能性が高いのが、明日の夏至祭初日。テロリストという存在についてさも当然のように語る銀髪の少女にも驚いた。さらに、クレアの隣に立つピンク髪の女性の素性にも。
(はー、かの
サラ・バレスタイン。支える籠手の紋章を掲げて、護衛や魔獣対峙など様々な依頼を請け負う民間団体、遊撃士協会。その帝国支部に所属し名を馳せていた女性だ。若くして協会トップクラスの称号を得て、その洗練された独自の戦闘力を駆使して帝国を駆け回った。帝国の武について精通しているわけではないが、割と有名なので名前と彼女の名と通り名は知っていた。
だが、遊撃士という存在自体が一年ほど前から聞かなくなったので、今この場にいたから何がある、というわけでもないが。どちらかと言えば彼女がネチネチとクレアに恨み言を言うのを見て、学生の前で大人げないことすんなよとシオンは嘆息する。
サラが発言したとおり、今帝国の遊撃士の活動は完全な下火な状態。そんな便利屋が活動していない以上、その代わりを誰かが担うのは半ば必然だったわけで。
「七組A班、テロリスト対策に協力させていただきます」
「同じくB班、協力したいと思います」
リィンとアリサが──それぞれの班のリーダーらしい──順当に言った。テロリストという言葉にも同時ない、頼もしい少年少女たちだ。ケルディックとノルド高原の他にも、それなりの修羅場をくぐっているのだろう。
「ありがとうございます、皆さん」
クレアは目を瞑り、そしてシオンを見据えてきた。
何かを言う前に先に口を開く。
「俺は前に話した通りだよ。一人だけだが、どうぞこき使ってくれ」
「……判りました。協力、感謝します」
今更協力することに迷いはない。この一見に首を突っ込むことで、貴族派と革新派の諍いという予感に何かの答えを得ることができるのなら。
「では早速、担当していただく巡回ルートについての説明を──」
クレアの言葉に耳を傾ける。
その傍ら、シオンはいつの間にかリーブスを出たころの疲労感が消し飛んでいることに気づく。
一言で語れないことがあったとはいえ学生時代を共に過ごした同期と、そして後輩たちの精力的な活動を見られて、自分も若さを刺激されたのだろう。
唐突に反芻される、親友の言葉。
『シオン、お前何でクレアちゃんをリーヴェルト呼びなんだよ?』
一度は付き合ったことのある相手。思い出すのも億劫な気まずいこともあったのだが、あの頃の自分は今の現実的な考え以外に、希望的な若者らしい気力もあった。
今も昔も、自分の行動指針は変わっていない。それでも、今はたまたまSUTAFEに異動したことで能動的に動けるようになったが、一時期は領邦軍の空気になじんでいたのも事実だった。そのまま二大派閥の闘争が行きつくとこまで行きついた時に、自分がどんな行動をとれるか判らない程度には。
いつも世の中を変えるのは、馬鹿者とそして若者だ。堅実的な人間から見れば馬鹿者だと言われる自信はあるが、若者と言われる生気は少々減ってしまったようにも感じる。
(……戻すか、『クレア呼び』に)
彼女の性格を考えれば、別段呼び方を変えて不機嫌になるということもないだろう。
ならまず、自分を少しだけ変えてみよう。ささやかな自分の目的のために、世を変えるような予感を持つ
(また何かをしたくて戻すわけじゃないからな、ケイルス)
心の中で親友に向かって毒を吐く。それが言い訳だと認めるのには、もう少し時間がかかりそうだった。
サクサク進んでいきます