閃の軌跡~翡翠の幻影~   作:迷えるウリボー

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11話 帝国の未来を憂う者

 

 帝都中央駅前の小広場。さすがに一部の物好きを除いては我が家に帰している頃合い、導力灯の明かりだけが頼りの薄闇の時間。

 シオン・アクルクス、クレア・リーヴェルト、そしてトールズ仕官学院特科クラス七組の面々は、帝都夏至祭における応援要請の説明を終えて鉄道憲兵隊の詰め所を辞した所だった。

「特科クラス七組か……随分と前途有望な子たちが集まってるみたいだな」

 シオンは隣を歩くクレアに、自分たちの目の前で親しげに言葉を交わす学生たちを見やる。

「ええ。そもそもの経歴も癖がある子たちばかりですが、それ以上にこの実習での経験や仲間とのぶつかり合いが大きいのだと思います」

「帝国全土を股にかけての特別実習……頼もしい反面、大人としては後追う後輩に問題を先送るのは苦しいと思わないか?」

「……否定はしません」

 学生たちや今は七組の専任教官となっているサラ・バレスタインから聞いた。特科クラス七組とは最新型戦術オーブメントであるARCUSの試験運用と、月に一度帝国各地に赴いて課題を受けつつ現地の生の情報を知る特別実習、この二つを目的としたクラスであるらしい。

 四月のケルディックの一件に先ほど聞いたノルド高原の件も、そして今日帝都にいることも、全て特別実習に起因することのようだ。

 また普段のシオンならば面白がるのだが、難儀なことにクラスの人選に平民貴族の基準は取り払われているとのこと。クレアが言った『経歴に癖がある』とは平民貴族の違いとは別の括りも含みそうだが、それでも彼らには同情を禁じ得ない。

「そういえば、シオンさんが気にかけていたレーグニッツ帝都知事の御子息もいますね」

「まじかよ……謝っとこ」

 このクラスにいることで得る経験には、良くも悪くも大人たちのただならぬ意図があるのだろう。それでも『世の礎たれ』という学院創立者の言葉を信じるなら、彼らには大人たちの勝手な思惑など気にせずに自らの糧としてほしい。

 恋に、部活に、友情に。甘酸っぱい青春を謳歌してほしい。

「さて……大人は大人で、しっかりしなきゃな」

 シオンは軽く頬を叩いた。思考を内から外へ変えると、夏とはいえほんの少し冷える帝都の夜。

 シオンはクレアを見る。

「明日の朝、もう一回作戦本部に顔をだす。バレスタイン教官もいるだろうから、そこで最終確認でいいな?」

「はい。改めてよろしくお願いしますね、シオンさん」

「ああ、そんじゃあな……()()()

「――」

 呆けたような女性将校の顔が見えた気がするが、それよりも先に自分が彼女に背を向けた。

 何アージュか先でこちらを見ている学生たちまで歩き始めて、滑らかな声をかけられる。

「ふふっ。おやすみなさい、シオンさん」

「……おう」

 ブーツが翻る足音。カツッカツッと、やがてそれは小さくなる。聞こえなくなると同時、自分も学生たちの目の前までやって来た。

「やあ。突然の乱入だったけど、歓迎してくれてありがとね」

「いえ。お久しぶりです、シオン准尉」

 こちらの声に反応したのは、まず五人だった。声を返してくれたのは黒髪の剣士リィン、橙髪の優し気なエリオット少年、凛とした佇まいの青髪の少女ラウラ。そして銀髪の幼げな少女に、緑の髪の理知的な眼鏡男子。確か、今日の会議ではA班だった。

 学院規定の入学可能年齢さえ下回っていそうな銀髪の少女もいるあたり、ますますこのクラスのある種の異常性を再認識できる。最もこんな状況でも平然と猫のような目をこすっているあたり、彼女の器も計り知れないが。

「お兄さん、ずいぶんクレア大尉と仲良さそうだったけど」

 シオンののどが詰まる。何かと言い訳をする前に、流れるようにラウラが割り込んだ。

「確かトールズの同窓生と仰っていましたね」

「あ、ああ。だから別にどうってわけでもないが。えっと、君は……」

 すかさずエリオット少年が。

「でも、シオン准尉は領邦軍の人なのに、よくクレア大尉に協力ができますよね」

 そうすると、こちらが説明をする暇もなく眼鏡少年が。

「確かに……SUTAFEでしたか。TMPに対抗するように、帝国の各地で動いていると言われていますが」

「ああ、そういえばパルムでもいたね。緑の軍服の領邦軍兵士が」

「僕とラウラはセントアークでも見かけたよ」

 若者らしく仲睦まじい様子で、帝国各地の情報を語る。まだまださわり程度の内容だが、それでも特科クラスでの日々が彼らを成長させているのだろうか。

「明日は一緒に哨戒をするとも限らないけど、改めてよろしく頼むよ。名前を聞いてもいいかな」

 その言葉は、当然ながら銀髪少女と眼鏡少年へ向けている。二人は順当に答えた。

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

「マキアス・レーグニッツです。よろしく、お願いします」

 フィーはどこかけだるげに。対して、マキアスはやや固い声だった。その理由も彼の姓を聞けば納得だ。

「そうか。君がレーグニッツ帝都知事の」

「え?」

「俺はクロイツェン領邦軍の出身なんだ。五月末の件はSUTAFE経由で聞いている」

 エラルドとの喧嘩の原因となった、マキアス・レーグニッツのバリアハートでの拘束事件。どのような理由があれ現時点で政争とは無関係な少年に手をかけるなど、あってはならないことだ。たまたま帝国のクロイツェン州だったから何事もなく終わっているが、本来は司法の争いに発展する可能性すらある愚行。

「許してくれとは言わない。ただ、身内の愚行を謝らせてくれ」

 少年に向かい、頭を下げた。身勝手な行為だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

 対するマキアスは、怒りだけでない、意志が込められた声で返してくれる。

「……僕は正直、貴族というものを許すことができないでいました」

 シオンは顔を上げて、マキアスを見る。

「けれど、今は違う。貴族の中にもいい人もいる。答えをすぐに出せる訳じゃないけれど……後悔のしない選択ができれば、と思います」

 普通であれば怒りを通り越して恨みを覚えても不思議ではない経験をしたのに、そもそも貴族を目の敵にしてもおかしくはない立場なのに、それでも前を向こうとしている。マキアスからすれば、シオンという人間は貴族派の軍人なのに。

 そしてそんな彼を見る仲間たちは、頼もし気な表情だ。

「……そうか。そう言ってもらえると、先輩としても頼もしいよ」

 これも彼らがわずか四か月にも関わらず特科クラスにいることで手に入れることができた財産なのだろうか。自分もトールズで一部の貴族生徒と友好を交わすことはできたが、それまでには喧嘩にクラス単位での戦争騒動に、部活対抗戦……などなど、仕官学院にあるまじき抗争を起こしたものだ。そうして二年生の半ばごろに、やっと仲間である自覚ができたというもので。

 なお、抗争はシオンとケイルスが焚き付け、楽しむだけ楽しんでから逃げだすということもしていたし、その様子を同じクラスだったクレア含む平民女子生徒に見つかり灸を据えられたこともあった。

 気を取り直し、シオンは残るB班の少年少女にも名前を聞いて回った。やはりケルディックで顔を合わせた金髪の少女アリサは別にして、例のノルド高原からの留学生だというガイウス、クラスの委員長を務めるという才女エマ。やはり一癖も二癖もある人選のようだ。

 そして最後、鉄道憲兵隊の作戦会議室で多少問答をした金髪の美少年に名前を問うたところで、それは起こる。

「それで、君の名前は?」

「ユーシス・アルバレアだ」

 シオン、沈黙。その真相を気づいたエリオットやマキアスが「あっ」と声を上げる。

 シオンは、無表情で続けた。

「……うん、ごめん、風が吹いて聞こえなかった。もう一回いいかな?」

 金髪美少年は、めんどくさそうにもう一度。

「……ユーシス・アルバレア」

「すまない、どうかもう一度」

 とうとう苛ついた表情を隠さない美少年は、自らの身分を一語一句漏らさずにご丁寧に述べようとする。

「……クロイツェン州領主アルバレア家の──」

「うわぁー! なんでユーシス様がいるんです!?」

 即座に姿勢を正し、気安い関係を作ろうと保っていた距離を遠ざけた。直立不動となり、自分が私服でいることすら忘れてクロイツェン領邦軍シオン・准尉としての礼を正す。

 対して、アルバレア家次男坊は平然とした様子だ。

「フン……今は実習中の一生徒だ。それに貴様が今所属しているSUTAFEは、クロイツェン領邦軍の括りから外れているのだろう」

「……いや、でもですね」

「そもそも、貴様自身が後顧の憂いを断つために一般人として振る舞っているのだろう」

「まあ、そうですけど……」

「ならばその様に振る舞えばいい。それとも、先ほどレーグニッツに真摯な態度を見せたにも関わらず、やはり領邦軍兵士は柔軟な態度ができないというのか?」

 風当たりが強いが、しかし芯の通った言葉にシオンは目を丸くした。

 妾の子。それがアルバレア家におけるユーシス次男坊の立場だ。クロイツェン領邦軍全員というわけではないが、上層部や一部の兵士であれば知っている事実。現アルバレア家当主ヘルムート・アルバレアの息子への態度は、帝国の社交界で注目を集める嫡男ルーファスと比べてユーシスに風当たりが強いことも聞いている。

  だからこそ、今まで写真でしか見たことのない少年のことをひねくれた性格ではないのかと予想していたが、どうやらその考えは改めたほうがいいらしい。

「判りました、判った。よろしく頼む、ユーシス」

「……フン」

 そのぶっきらぼうな態度にも冷や汗をかくが、この少年が父親たちに自分のことを洩らすというのもしないように思えた。

 それよりも、今のユーシスの発言により小言を放つマキアスを見て戦慄する。

(帝都知事の息子と四大名門の御曹司がいるとか……うわぁ、この組み合わせ考えた人、相当な変態だぞ)

  この時、同じ帝都圏で『変態』と罵られて喜ぶリュート弾きがくしゃみをして妹にたしなめられたのだが、それはまた別の話。

「ま、それじゃあ明日に備えてちゃっちゃか休みましょう」

 そう、纏まりなく世間話を続けていた一同の尻を叩いたのは、サラ・バレスタイン教官だった。

「明日はよろしくお願いするわね? シオン・アクルクスさん」

 後輩たちとの談笑を終え、シオンは身を整える。この数歳年上の達人もなかなか話せる人物ではない。なんせ、一兵卒の自分など十人が束になっても勝てない実力者なのだ。そして遊撃士としてのランクが、彼女の守備範囲が戦闘分野一辺倒では終わらないことを示している。

「ああ、よろしくお願いしますよ、紫電のバレスタイン教官。貴方の学生さんに随分と嫌な思いをさせた領邦軍兵士で悪いですけどね」

「そうと思うのならお仲間やお偉方に釘を刺して頂戴な」

「うーん、善処しましょう」

「ま、個人的にはあっちの女性将校にもっと嫌味を言いたいから大丈夫よ」

 あくまで余裕を崩さず、紫電はクレアが去った詰め所に目を向けた。そういえば、帝国遊撃士の勢いが止まったのにも色々と陰謀劇があったと囁かれているが。

 いずれにせよ、サラはクレアのことをあまりよく思っていないらしい。

「まったく、都合よく利用してくれちゃって。お仲間の情報局みたいに陰気に動いてくれればこっちも叩きがいがあるってのに」

「あのー、バレスタイン教官? 後輩の教育に悪いのでどうかその辺に……」

 彼女の生徒たちを見れば、気にしない者もいれば「またか」と呆れた表情の者もいた。その瞬間シオンは彼女の扱い方を察する。

(要所はともかく、普段はまったく尊敬できない人だこれ)

 紫電もとい!可哀想な年上のお姉さんの苦言は続く。

「それになによ、《氷の乙女》とか。どうせ男性経験もないんじゃないの?」

 それは……彼女のことを知らない領邦軍兵士からも聞かれる野次だ。

「あー、うん、そうだな……」

 あまり多くを語るのも恥ずかしい気がしたので相槌のみの返答。しかしそれは悪手だったようで。

「なによその返事」

「え、あー、まぁ……」

 濁していると、生徒たちの中から助け船が

「サラよりもクレア大尉が経験豊富なの知ってて気まずいんじゃない?」

 銀髪猫目なフィーの言葉。さらにユーシス次男坊の追撃。

「経験がないなどと、教官殿が言えるかも怪しいものだな」

 おいおいこの坊っちゃん意外と面白いぞ、などと思うがそれよりも。

「あ、アンタたちねぇ! 学院に帰ったらしこたま訓練させるわよ!?」

 既に頼れるお姉さん像は崩壊している。フィーたちの言葉でなんとなくその理由を察したが、こういう時経験のない若者は恐らく容赦ない。同じ大人として、フォローを入れるべきだと思った。

「えーっと、バレスタイン教官。今度飲みに行きましょう」

「アンタが言うなっ!」

 どうやら、もう遅いらしかった。

 

 

 

────

 

 

 

 その日、シオンは帝都にある手ごろな値段のホテルに泊まりこんだ。夏至祭開催の前日であり、帝都入りを決めたのも比較的最近であることから条件のいい宿泊施設は軒並み予約済みだったが、元々観光目的できたわけでもないのでそこは我慢する。

 そして、夏至祭一日目はやってきた。

 早朝に宿を後にし、一通りの荷物をもって鉄道憲兵隊の本部へ。既に隊員たちに自分の顔は知られているらしく、全員が歓迎してくれるわけではなかったが、それでもクレア率いる舞台らしく無用な騒ぎは起こさないという様子が見て取れた。

 作戦会議室には、クレアやバレスタイン教官、さらに補佐役らしいエンゲルス中尉の姿もいた。七組の学生たちの姿はなく、彼らはすでに市街で東西に分かれ哨戒をしているようだ。

 今日の作戦の最終確認を行い、サラとクレアの間に微妙な空気が流れているが、それはエンゲルス中尉と男二人で諫めた。

「それじゃ、TMP(鉄道憲兵隊)HMP(帝都憲兵隊)が情報局の推測を基に重要視した場所と皇族が訪れる場所を、七組が東西の穴をカバーする。対して俺は観光客に紛れて皇族のルートと、さらに七組をカバーする。これでいいな?」

 シオンは自分の純粋な戦闘力はさほど高くないと自覚している。軍の武将やバレスタイン教官のような達人には遠く及ぶはずもない。一兵卒の中ではそれなりに実力もあるし隊の中で兵装の扱いに長けるという自負はあるが、裏を返せばそれは器用貧乏ということで特別並外れた能力があるわけでもない。例えば、ケルディックで共に戦ったラウラには面と向かった戦闘では恐らく勝てないし、リィンには今は今はともかく近いうちに勝てなくなるだろう。

 そんな大した実力のない人間が一人いたところで、本来は作戦や戦況に響くはずもない。なにせ、この戦いはいつもと変わらない日常を望む大規模な兵隊と、何かぶっ飛んだ手柄が欲しい暴力主義者の攻防戦だ。比較すれば目的も人数も手段も勝利条件も何もかもが違う。加えて、こちらを作戦参謀は導力演算器並みの頭脳を持つという氷の乙女。自分というイレギュラーを使うには理由が少ないようにも見える。

 だがまだ見ぬテロリストはずいぶんな切れ者がいるようで、クレアや情報局もやや後手に回っているらしい。そのための漏れを防ぐために当てられたのがトールズの特科クラス七組で、その若者に対してバレスタイン教官の親心やクレアの配慮が回ったのがシオンだ。

 シオンの確認に対し、バレスタイン教官が同意した。

「ええ……あの子たち、何かと騒動に縁があるから。私は今回、連絡役として迂闊に動けないし、何かあったら助けてほしいのよ」

 騒動に縁があるとは、実際に特別実習に向かうたびに何か面倒ごとにぶち当たってなおかつ突っ込むのだという。ケルディックでは言わずもがなで、バリアハートはマキアス少年の騒動があり、ノルドでは昨日伝えられた謎の男との遭遇。さらにパルムでは導力車の事故に合いセントアークでの貴族同士の何某かの邂逅を目撃し、ブリオニア島では唐突なサバイバルに挑む羽目になったとか。

 シオンは思った。どこぞの物語の主人公だと。

 今までは騒動は必然にしても遭遇は偶発的なものだった。しかし今回は、詳細はぼやけていながらも大枠はテロリストと判明しており、どんな危険か判らないという程度には危険なのが判る。ならば未来ある学生たち、適度に旅をさせながらも保険はかけておくことに越したことはない。

 よってシオンの役目は仮にテロリストの襲撃が起こってしまうと仮定したとき、騒動前には鉄道憲兵隊とも学生たちとも違う一般人の場所から軍人の観点で各地を周ること、そして騒動後には七組に合流して彼らに万一がないように努めること。七組という枠組みを踏み荒らしているようで多少気後れもするが、そこは割り切る。自分にとっても、こんな形で革新派の事情に首を突っ込めるのは渡りに船だ。

「はい。なのでシオンさんにはできる限り迅速にフォローに回れるよう、哨戒する場所を東西中央付近んに限定しています」

「へいへい。学生と大人とはいえ、ずいぶんと俺一人の負担も重いような気もするが」

「シオンさんなら大丈夫ですよね?」

「あー……」

「大丈夫、ですよね?」

「……へい」

 無言の圧力。将校の背後には氷というか、絶対零度が見える美しい微笑に、シオンの背筋が凍る。シオンばかりでなく、普段は彼女に文句を垂れる側のバレスタイン教官もだ。

 最終確認を終えて、出口まではバレスタイン教官が同伴してくれる。作戦会議室の扉を閉めて通路を歩く傍ら、女性教官がどこか疲れた顔になる。

「なに、あれ? 将校さん、知り合い相手だとあんなに前衛的な態度になるの?」

「知り合いというか、俺たちトールズの同窓生相手に、というか」

 貴族生徒と騒動を起こすたびに最後にはクレアに止められてケイルスや男子生徒ともども正座させられ女子生徒に処刑させられたのは今ではいい思い出だが。

「はぁー、やっぱり《トールズ》はそうなのねぇ、良くも悪くも」

 ケルディックの時は少しばかり丁寧さが目立つ態度だったが、その抑制も今日は外れていた。自分が彼女の呼び方を昔のように戻したからなのだろうか。

「ま、いいわ。ともかく、可愛い教え子たちをよろしく頼むわ」

「ええ。俺としても可愛い後輩です。できる限り頑張りますよ」

 なおシオンの連絡手段としては、クレアから先ほどARCUS──七組も使う最新型戦術オーブメントを受け取った。

 そしてシオンは、一人帝都の街並みへ溶け込む。身なりは軽装な一般人のそれ、しかし懐には拳銃一丁。万一問われれば怪しいが、クレアとも話はつけてあるし問題はないだろう。

 途中七組たちと連絡を取る。初めての者は他人行儀の者も多いが、ケルディックであった四人や猫目少女などは割合話しやすく、率先して状況を伝えてもくれた。

 ゼムリア大陸でも最大の国力を誇る帝国の、さらに中心の帝都の夏至祭。七耀教会の総本山でもあるアルテリア法国など、宗教的な権威の場所などを除けば、誇張でもなく正真正銘最大級の祭りだろう。

 その人並みは多く、もとからある商店の他にも屋台などが通りに連ねる。それらを一通り堪能しつつ、哨戒を続ける。地の利を生かした情報収集は本隊や、既に二日間も実習をしている七組には勝てないだろう。これは、どちらかと言えば自分のための情報収集だ。

 情報は、というよりも言葉はそれを放つ者の立場で受け取り方も変わる。貴族派の手足である領邦軍に名を連ねていれば、どうしたって情報は貴族寄りのものや革新派憎しの印象がついた情報となっていしまう。意識して感想でなく事実のみを抜き取ろうと努力はしているつもりだが、無意識の浸食はどうしても避けられない。だからこそ──逆に革新派寄りの言葉は多いが──いつもと違う立場から放たれる情報というのはシオンにとってもありがたかった。

 ヴァンクール大通りを中心に、東西の一部を周る。情報収集は進む。先日帝都に向かった時クレアにはああ言い放ったが、少なくとも帝都民にとって革新派と鉄血宰相の政策というのは素敵なものに映るようで人気だというのも頷ける。シオンにとっては、その行きつく先が軍拡であることに溜息をつかずにはいられなかったが。

 正午。哨戒中であるために手ごろな屋台で軽食を摘まみ、小休止を挟んだところで再び動き出す。七組は特に目立った事件などはないが、ところどころに違和感を感じた噂話が聞けているという。さらには手配魔獣討伐のために探索した帝都地下道から警備中のマーテル公園に誤って侵入してしまい、むしろそれが警備する近衛兵の助けになるというささやかな功績をあげていた。

 さらに時間は過ぎていく。

「なるほど……一先ず、君たちは今ドライケルス広場にいるんだな?」

『はい。シオン准尉は今……』

「俺もそこから近い。まあタイミングが合えば会おうじゃないか、リィン後輩」

 ARCUSでの連絡は便利なもので、当然通信網を構築している範囲であれば大抵は通信が届く。半刻おきに連絡をしている。

「そうそう、君たちの話を聞いて俺のほうも注目してみたけど。確かにここ数日で姿をくらました人がいるみたいだ」

『そうですか……シオン准尉の哨戒範囲でも』

 お互いの進捗を確認。先ほどB班リーダーのアリサ嬢にも連絡を入れたが、あちらは哨戒範囲が観光客向けの場所だけに、住民が失踪したというような噂はほとんど聞けなかったらしい。

「繰り返すけど、戦闘行為が予想される場合には俺を呼べな。実習中じゃ各々の判断で動いてるらしいけど、今回は君たちの教官命令だ」

『はい。……あの、一つ伺いたいことがあるのですが』

「ん?」

『俺たち七組は、領邦軍の行動に関して一つの予想……のようなものを立てているんです』

「ああ、それは?」

『ケルディックで領邦軍に敵対した行動をとったシオン准尉が、こうしてクレア大尉に協力している意味……』

 リィンたち七組との邂逅の場所は、ケルディックだ。そこでシオンは、領邦軍の愚行を止めるべく動いていた。そしてその姿勢は、一見してシオンを領邦軍の兵士として見る者には衝撃的に映るだろう。数回の接触を経てシオンの表面上の性格を知り、さらに特別実習を経て見聞を広めたことで、その可能性に行きついたのだろう。

「ははは……いい推理だ。と言っても、俺も正解は判らないけどな」

 シオンは、先日SUTAFE八班にも話した推論を語る。

「確信はない。そんな噂も聞いたことがない。だが革新派にたてつくテロリスト……貴族派にとっては都合のいい存在だとは思わないか?」

『……はい』

 苦々しく答えるリィン。若者には少し信じたくはない現実か。いや、七組であればそんなものにも負けはしないとは思うが。

「俺が今回この作戦に参加したのは、あくまでクレアとのよしみがあったからだ。けど、君たちと同じその推論に達したのも確かだ」

『判りました。俺たちのほうでも、その可能性を頭に入れつつ哨戒にあたります』

「今は、頑張るとしようぜ。甘い理想が現実だと願いながら」

『……はいっ』

 シオンとリィンは、通信を切る。前途有望な後輩との奇妙な談議を語ったのち、再び哨戒を始めた。

 そして、午後三時。ドライケルス広場にほど近い、ヴァンクール大通り。

 帝都北西、サンクト地区のヘイムダル大聖堂の大鐘が響き渡り──

(……何だ?)

 重苦しい、地響きのような振動。感じるそれが激しくなるにつれて、一般人ではなく作戦中のシオンにとっては最悪の可能性となって予想される。

「……まさか!」

 瞬間、ヴァンクール大通りの至る場所にあるマンホールから水があふれだし、間欠泉のような飛沫をあげて蓋を上空に吹き飛ばした。

 テロが、始まる。

 

 

 

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