七耀暦千二百四年、七月二十六日、午後三時。ヘイムダル大聖堂の大鐘がなる。
それと同時に体に振動を与える地響きは、帝都民や観光客に様々な反応を起こさせた。
単なる地震と考える観光客。地震など帝都ではそうそう起きないと、帝都庁などの催し物だと興奮を強める帝都市民。子どもなどは強く感じるそれに恐怖を感じる。
だが、ヴァンクール大通りにおいて一人だけ。迅速に、その真実を確信する者がいた。
「……まさか!」
言うが早いか、答え合わせのように大通りの至る場所にあるマンホールから、間欠泉のように水があふれだした。
蓋が高く高く上空へと舞い、そして地へ落ちる。運悪く近くの導力車のフロントガラスに直撃、さらに導力機関部へめり込んで鈍い破壊音。
いよいよもって、その場の人たちも状況を理解し始めたらしい。
シオンは、とうとう走り出す。
(来やがったな……テロリスト!)
慌て始めた人々の流れは、その場から逃げるように小道へと流れていく。対して、当てがあるシオンはその流れに逆らうように前へ、前へ。
避難誘導を行う手も考えたが、それよりもなさなければならない使命があった。恐らく、七組もこの混乱に惑わされずにその場所へ向かっているはず。
突如、けたたましく通信音がシオンの懐から流れる。走りながらARCUSを取り出し、通話ボタンを開けば、つい十分ほど前にも話し合った少年だった。
『シオン准尉!』
「細かい説明は一切いらない! A班とB班のどちらへ、そしてどこへ行けばいい!?」
リィンの返答を待つ。元々七組も作戦会議に参加していたのだ、ある程度の可能性は察知できているはず。
そもそもの敵はテロリスト、彼らが求めるのは往々にして情報誌の一面を飾るような大げさすぎるもの。それを目にする市民の感情を操作することが目的だ。
そして彼らは革新派を敵として認識している。ならば、市民に抱かせたい感情は革新派の支持が失墜するような出来事。そして代表人物の抹殺。
それができるうってつけの場所が、今日この時、帝都にはあった。
『マーテル公園!』
「だな!」
革新派の二番手であるカール・レーグニッツ帝都知事がおり、さらには帝国の至宝であり、革新派が守らなければならないアルフィン皇女殿下がいるのだ。公園内部、クリスタルガーデンに。
通信を切り、急ぎ向かう。その間に作戦本部への通信も行うが、もう一方の候補地である大聖堂と競馬場は、既にB班が向かっていることやあらかじめ憲兵隊が控えていることもあり、極端な混乱はしていないようだった。
逆にマーテル公園などは近衛兵──領邦軍から選出される皇族守護の部隊──が控えてるだけあり、憲兵隊との横の連携がうまくいっていないらしい。その点から見ても、A班に助太刀するのが適切に思えた。
そして、マーテル公園に辿り着く。既に喧騒は極まっていており、逃げ惑う人々、ワニ型の魔獣に向かう近衛兵たちが散見できる。
目についた一角、魔獣が兵士でなく一般市民を襲おうとしている。呼吸を再開する前に手足が動いた。瞬間的に導力銃を構えて発砲、運よくワニの魔獣の眼球に直撃した。
悶絶する魔獣との距離を一息に詰め、体を捻りあげて思いっきり腹部を蹴り上げた。
「ぅおらっ!」
それなりの一撃。しかし自分はたかだか一兵卒だ。達人の武術家ほどうまくはない。魔獣を絶命させるには至らない。
反撃してきた鋭利な鱗持ちの尻尾を避け、かばった市民に向け言い放つ。
「早く逃げるんだ!」
彼らが逃げるのを見届け、ようやく余裕をもって魔獣に対峙。そこでようやく、混乱から持ち直したらしい近衛兵が近づいてきた。
「何をやっている、貴様も早く離れろ!」
それは自分に向けられたもの。不意にきた言葉に、瞬間的に頭が沸騰した。
「おい、何を間抜けなことを言っているんだ!?」
「なっ……」
「この状況を半ば許しているのはお前たち近衛兵だろうが! 使えないプライドなんか捨てて利用すべきものを使えよ!」
こちらだって同じ領邦軍の出身だ。言えることは言ってしまわなければ気が済まない。
それでも一喝した兵士と共に魔獣を倒す。装備の貧弱さゆえか、少し時間がかかった。
それでもまだ兵士たちの喧騒が止まないマーテル公園。見渡すと、クリスタルガーデンに入っていく兵士や、負傷しているために集まりつつ周囲の警戒を続ける兵士がいる。
シオンは結局、一緒に敵を倒した兵士に聞き出した。
「おい、あんた。ここに学生は来なかったか? 紅い制服を着た学生だ」
「あ、ああ……確かにいたぞ。どうしてかクリスタルガーデンに向かったが」
一緒に共闘した兵士も負傷している。領邦軍の精鋭を集めた近衛兵とはいえ、しばらく都市部で護衛を中心にしていたためか、魔獣相手にはうまく立ち回れなかったらしい。同じ身の上とはいえ、まだ問題児などが多いSUTAFEのほうが生きることには貪欲になれそうだ。
その信条のままにシオンは兵士から銃剣を奪い取る。
「あ、ちょっと!」
「悪いな、ちょっと借りるぜ!」
そのまま、シオンはマーテル公園を突き進む。色々近衛兵に問われると面倒なので、絶妙に声がかけられないように遠回りをした。
その時、先ほどテロリストが狼煙を上げた下水道の暴発にも勝る地響きが起きる。
震源は、恐らく地下。
「……嫌な予感」
冷や汗をかきながら、そのままガーデン内部に入る。
内部もまた騒然としているが、魔獣はいなかった。しかしどう見たって注目を集めるのは、市民の憩いの場であるはずのガーデンの一角。草花があるはずのそこは地盤諸共崩れ去っていて、虚空が広がっているのだ。
そして、その近くには兵士──今度は憲兵隊に守られた二人の男がいる。
片膝をついて、それでも落ち着き払っているスーツの男性。その傍には、白い制服を着た学生──トールズの貴族生徒だ。
「レーグニッツ帝都知事!!」
シオンは二人に近づいた。応急処置は済ませているらしい。スーツ姿に眼鏡をかけた優し気な男性は、焦ることなく状況を把握しようと努めている。
「君は?」
「通りすがりの一般人……といっても、信じてはくれませんよね」
片膝のままだが、領邦軍兵士が普段城館に対して行う敬礼を帝都知事に対しても行った。
「自分は領邦軍独立機動部隊所属、シオン・アクルクスであります。鉄道憲兵隊所属、リーヴェルト大尉の要請により遊軍として協力しています」
「……小耳には挟んでいる、大尉が七組諸君以外に、直接協力を取り付けている人物がいると。君のことで間違いないようだな」
「どうか、自分のことは公に明かさないよう願いたいですが」
「ああ、配慮しよう」
立場や志に関係なく、状況を己の目的のために利用できる人間は嫌いじゃない。それが清廉潔白で、しかもリスクを省みずに多少のグレーを認めるのならばなおさらだ。
「それで知事閣下。自分はどこへ向かえば?」
「それは君次第だが、状況はできる限り伝えよう」
元々、このクリスタルガーデンでは園遊会が開かれており、レーグニッツ帝都知事の他にもアルフィン・ライゼ・アルノール皇女殿下が出席していたのだ。
そしてテロは発生した。一目見て明らかなように、地盤沈下はテロを企てた襲撃者によるもの。魔獣の大群もまたそこから現れたらしい。
そしてアルフィン殿下は侍女と共にテロリストたちに攫われた。最悪の中の最善としては、テロリストたちは皇女殿下たちの気を失わせただけで、その御体に傷をつけていないところか。
「十分最悪だけどな……」
「もう一つ。君と同じ立場の七組諸君だが、既にテロリストたちを追って地下へ潜入している」
まあ、そうだよなとシオンは嘆息した。先に向かっていたはずの彼らがここにいないことと、四月のケルディック事件を考えれば簡単に想像がつく。
「ったく、どうして若者が無茶をしなくちゃならないんだか……」
そう一人呟いて、銃と銃剣の様子を確かめる。
「自分は学生たちの援護に向かいます。後で来るリーヴェルト大尉たちに、現状を報告していただけると助かります」
レーグニッツ帝都知事にそう告げ、シオンは一人瓦礫が群がる地下空洞へと向かう。
地下空洞は単なる岩盤の隙間ではなく、れっきとした帝都地下道の一区画だった。クリスタルガーデンから漏れる陽の光を除いては、よくある地下道と変わらない程度の暗闇の具合だ。
一本道であるのも助かった。元々地下道は現在の帝都の前身――歴史の授業で習う暗黒龍が支配する前の姿に近いものなのだが、この規模から察するにここは何か祭儀を行うための場所だと推測できる。
「自国のことながら、まだまだ謎は多いよな。エレボニア帝国は」
今から約五十年前にC・エプスタインという人物が中心となり起こした導力革命。それは前時代的だった生活水準を現在まで跳ね上げた出来事だが、そもそもその理は少なくとも七耀暦以前から存在しているはずなのだ。
そんな数百年前には不可思議極まりなかった謎も、この五十年で少しずつ、ほんの少しづつでも進んでいる。
帝国には、まだまだ謎がある。吸血鬼伝説、巨大な騎士の伝承、劫火に包まれる魔人、そして精霊信仰。
それらが解き明かされる時が、いつか来るのだろうか。
「まあいい、今は目の前のことに集中だ」
シオンは進む。進むほどに地上の光は薄くなり、そして大音声と地響きが大きくなる。
少しばかり不安が残る。今回協力体制を敷くにあたり、七組の大まかな紹介は受けている。A班のリィン、ラウラ、そして意外なことにフィー。この三人は学生としては並々ならない実力を持っていることは知っているが、たかが三人。そしてどちらかといえば戦闘は得意でないというエリオットとマキアスの計五人。その五人が立ち向かう相手が起こしているこの轟音とも思しき地響き。戦っているのがこの間の魔獣グルノージャなど比較にならないほどの存在であるのは明らかだった。どう考えても人間ではない。
襲ってきたのはあくまでテロリストのはずだが、戦っているのは魔獣の類。それはテロリストが逃げているか、あるいは余裕で学生たちの勇士を観察している可能性があることも示唆できる。
そして辿り着いた場所は、シオンにとっても少し予想外な光景が広がっていた。
声を出しかけて、慌ててその息を呑む。
そこは地下の墓所ともいえる空間。しかし大聖堂のような大広間。巨大すぎる天井を支える柱の一つに身を隠し、シオンは潜入工作員さながらの挙動で喧騒の中心を確認した。
目立つのは魔獣だった。しかし全長七アージュに届くかというほどの高さに、人間の百倍は優に超えそうな巨体を思わせるシルエット。龍、とそう形容するのが相応しいその存在の骸──骨格体、龍の亡骸と戦っていた。
(なんだよ……あれは!?)
そんな超上の存在に立ち向かう人間はやはり五人で、リィンを筆頭としたトールズの七組A班。彼らは汗を滴らせ、あるいは女子は自分がスカートをはいていることなどまったく気にもしない勇ましい動きを繰り広げている。
立ち向かう骸骨龍は圧倒的な畏怖をシオンにまで届けるが、それでももっと誓い場所にいる筈の学生たちは負けていなかった。自分にできることを少しづつこなしながら、誰もが心を重ねてただ一つの目的のために骸骨龍と剣戟を続けている。
助けはいるか。当然自分が助力したほうが有利に事は進む。しかし、それはすぐにはできない。シオンとは違う場所で、彼ら七組の激闘を観察している人間を見つけたから。
(あいつら……テロリストか!)
自分と比べ、比較的堂々としている眼鏡の男に、そして二人のメットを見に着けた戦闘員。その二人は、それぞれ昏睡している様子の少女を抱きかかえている。
アルフィン殿下とお付きの侍女だ。腸が煮えくり返るが、辛うじてシオンは理性を保った。
落ち着け。うまくいけば、リィンたちを陽動にして自分が彼らの隙をつける。
シオンは轟音が響き続ける地下墓所を慎重に移動した。柱の物陰や瓦礫に身を隠しつつ。時には骸骨龍が生み出した土煙に紛れて。どうやら骸骨龍が敵と認識しているのはリィンたち五人だけのようで、自分に攻撃が向かないのは僥倖だった。
戦闘中という時間を考えれば十分に長い時間をかけて、シオンはテロリストたちまで十アージュといった距離まで詰める。
その時、戦闘の音は止んだ。巨大な骨と骨が絡み合って乾いた爆音と共に崩れる音。それはリィンたちの勝利を告げる
「ば、馬鹿な!?」
狼狽えるテロリストたち。骸骨龍に蹂躙される少年少女を想像していたのだろう、逃げることがやつらにとっての最善であるはずなのに動かず、手をこまねいているのみ。
大きな疲労をものともせず、リィンが確かな声で号令をかける。その声を行動の起爆剤にしたのは二人の少女。導力を思わせる固い青線で結ばれたラウラとフィーは、互いの眼をちらりと見ただけで走り出した。
ラウラはその身の丈もある大剣で骸骨龍の頭部を根本から吹き飛ばした。ルナリア自然公園で見たときよりも破壊力が上がっている。
無惨に飛ぶ頭蓋は一直線にテロリストたちの近くの壁に激突。驚いたテロリストたちのその隙を、フィーが双銃剣の全弾掃射で打ち砕いた。彼女もまた、その幼げな容姿からはかけ離れた戦闘技術を駆使している。
完全に崩れた陣形の中を、リィンが突っ込む。狙いは眼鏡の男が強く握りしめているもの。
(あれはっ)
シオンの疑問を置き去りにして放たれた太刀は、寸分の狂いなく鈍色に輝く笛を両断した。落ちた笛から紫色の濃い気が走馬灯のようにあふれでて、そして消える。
瞬間的に、骸骨龍を操っているものだと理解できた。
「ぐぅ……降魔の笛が!?」
男の慌てようを見ても、形勢が逆転したのは明らかだ。未だアルフィン殿下と侍女は敵中にいる、だがそれは敵の逃げ足を鈍らせることに他ならない。
「同志G! どうすれば……!?」
メットの戦闘員はそれほど修羅場を経験していないらしい、学生たちに負けかけている状況に平静を保てていない。
対して、烈火のごとき怒りを相貌に宿した眼鏡の男。
「かくなるうえは、恐れながら玉体に傷をつけてでも!」
男が、マチェットを取り出して切っ先をアルフィン殿下に向けた。
シオン、そして七組問わず。誰もが帝国で最悪の蛮行に怒りを滲ませる。
男が叫んだ。
「既に死は覚悟の身……だが、今回の作戦だけは屍すら残すわけにはいかん!」
最悪を避けるために動けない七組。もはや何をしでかすか判らない男。状況に流されるしかないメットとうら若き少女二人。
唯一、自分はその場の誰にも存在を悟られていない。
(今しかない!)
危険すぎる状況、けれど千載一遇のチャンス。今殿下の御身を救えずして、帝国臣民は名乗れない。
精一杯の隠行を保ちながら、シオンは殿下と男の間に割り込んだ。
驚く男たち。反射的にマチェットがシオンに迫る。
肩先一リジュを引き裂かれた代償に、シオンは男を力の限り突き飛ばした。
「ぐぅ!?」
苦悶の声と同時、リィンとラウラがさらに詰め、太刀の峰と大剣の平でメット二人を牽制、大きく引き剥がす。
殿下と侍女を取り返す事に成功した。
「よくやった!」
快哉を上げるシオンに、学生たちは口々に漏らす。
「驚きました……けど、ご助力感謝します!」
「ちょっとは合図が欲しかったけど。ARCUSもないし」
「まったくです! 心臓が止まるかと思いましたよ!?」
リィン、フィー、マキアス。ことがことだけに怒りの反応も理解できるが、今回は後回しだ。
「終わりよければなんとやらってな。自分を誉めていいぞ、これは帝国史に残り得る救出劇だ」
「き、貴様ァ……!」
狼狽える男にとっても、自分の存在は予想外だったはずだ。七組とは因縁があるらしいが、自分のことなど知れる訳がない。
自分一人が警備に加勢して何が変わるかも判らなかったが、蓋をあければクレアの戦略勝ちだ。
「シオン・アクルクス、て言っても一兵卒のことなんて知らないだろうし、知る必要もない」
「っ……」
「問題は、今からお前の身柄を拘束するってことだ」
そして、アルフィン殿下救出の一歩先も叶うかもしれない。
「行くぞフィー!」
「ラジャ!」
残る四人に殿下と侍女の護衛を任せ、フィーと共に男へ迫る。メットの戦闘員はたとえ拘束しても大した情報は得られないだろう、選択肢はリーダーと思しき眼鏡の男一択だ。
それほど腕に覚えがないなら、自分と戦闘慣れした少女の特攻を防げるわけがない。そう思ってのこの行動は、このままいけば成功間違いなしだった。
テロリストに対する自分がそうであるように、誰も感知できない存在がいなければ。
「フフ、このあたりが潮時でしょうね」
一直線に駆けていた少女の横を、曲線の閃きが踊った。驚く間もなくフィーが双銃剣を十字にして防ぐも、目論見は外れ眼鏡の男から大きく遠ざかる。
さらに、自分が持つ銃剣を優に上回る威力の弾丸が完全に彼女の勢いを削いだ。
「な、フィー!?」
「シオン、後ろ!」
フィーの呼び方など気にもしていられない。言われたとおりに後ろを振り向くと、眼前にあったのは巨大な刃。
咄嗟に自分の得物でもない銃剣の腹で受け止める。
下手をすれば得物ごと切り裂かれない重い一撃。その向こうには、黒ずくめの外套に赤黒く光る仮面。その向こうは自分の苦悶の表情が見えるのみ。
「ぐぅぉ……」
なんだ。こいつはいったい何者だ。
そんな感想を抱き、しかしそれ以上に到底勝てない実力差があることを直感した。シオンは剣を弾きながら後退せざるを得ない。結果として眼鏡の男の拘束という、せっかくのチャンスを見逃す羽目になる。
リィンをはじめ七組は驚きのあまり口を閉じられないままだ。
かたや、乱入者たちは余裕の表情。
「すばしっこい子猫ちゃんね。フフ、あたし好みだわ」と、フィーにその剣で襲い掛かった隻眼の女。
「さすがはシルフィード……いい反応だぜ」と、ガトリング砲を持った筋骨隆々の大男。
そして、黒ずくめの男もまた。
「貴兄もまた、一筋縄ではいかない面白い存在のようだ」
「っ……」
新たな三人の刺客は、強者であると簡単に判る。一度は奪い返した優位を再び明け渡してしまうほどの。
「テ、テロリストの仲間……」
おそらく最も戦闘が不得手なエリオットが呻いた。状況は改善したというのに、、むしろ納得がいかないという声色の眼鏡の男。
「やれやれ、今回は任せてもらうと言っていたはずだが。だが、正直助かったぞ」
そういう眼鏡の男に、乱入者たちは口々に助けに来た、などと声をかけた。到底理解はしたくはないが、あちらにも仲間意識というものがあるようだ。
「同志C、まさか君まで来るとは。私の立てた今回の作戦、それほど頼りなく見えたか?」
「いや、ほぼ完璧に見えた。しかし作戦というものは常に不確定の要素が入り込む。そこの彼らのようにな。しかし本作戦の目的はすでに達している。このうえ、仲間の命を無駄に散らせるつもりはない」
同志Cと呼ばれた仮面の男は、悠然と控えている。
「七組諸君、そしてシオン・アクルクス殿。皇族を手にかけんとした愚行は詫びよう。ここは互いに無駄な争いをせずに引くのが最善だと思うが……異存はないかな?」
男の言うとおり、戦力差を考えてもこちらに勝ち目はない。それは七組も判ってはいるだろう。少なくとも皇族の安全は確保しかけているのだから、相手の提案に乗るのも悪くはない。
だが。
『あるに決まっているだろう』
リィン、シオンが怒りを露ほども隠さずに前へ出る。
皇族、加えて帝国の至宝とも言われる殿下を攫い、さらには薬で眠らせたことは、帝国人としても人としても許せるはずがない。
学生たちは、恐怖を超えて悪を叩こうとしている。ケルディックの実習でも思ったことだが、戦闘力以上に心意気において粒ぞろいの才能を持っている。
シオンもそれに同調する。学生の身を考えるにしても、こればかりはさずがに見逃すわけにはいかないのだ。
仮面の男が、学生と一兵卒の愚行を笑いもせずに前に出た。
「ならば、ここは私が出るのが筋だろうな」
つまり、大局には影響を及ぼさない蛇足の戦い。その余裕ぶりにも怒りを禁じえないが、シオンは上等だと一歩を踏み出す。
リィンはエリオットとマキアスに少女二人の護衛を任せる。そしてリィン含めた前衛組が、シオンの隣へ。
だが、予想外の言葉が響く。
「申し訳ないが……アクルクス殿には、申し訳ないが、遠慮してもらうのがいいだろう」
「なに……? 四対一になるのをビビっているのか?」
「フフ……それでもかまわないが、本心では判っているのではないかね? 領邦軍・四州連合機動部隊の班長殿」
シオンは驚いた。今、この男は確かに自分の所属を言い当てた。たかだか一兵卒の自分の所属を。
「……それはどういう」
「学生たちはいいだろう。どの立場にも縛られぬ身だ。その怒りのままに刃を向けるのは当然だろう」
「立場ってんなら、こっちは一帝国臣民だ。お前に刃を向けるのは当然だと思うが」
「フフ……本当にそう思うかな? 貴族派と革新派の天秤を取り持とうとする行動に反さないと?」
「……チッ」
悔しいが、こいつの言葉は無視できない。自分の周囲を取り巻く今までの流れを鑑みると、そうしてもリーヴスで八班の面々に伝えた最悪の予想の現実味を考えてしまう。
「シオン准尉……」
「悪い、俺は協力できそうにない……」
改めて苦々しさをかみしめる。若者と比べた自分の、なんて立場の危ういことかを。
「フフ、ただの余興だ。そう落ち込むものでもないだろう」
そうして今。テロリストには、リィン、ラウラ、フィーの三人が対峙する。
「TMPが来るまでの一時までだ。戦えぬ准尉殿の分まで、その怒りをぶつけてみることだな」
皇族が攫われたままという最悪は回避できたが、それでも大勢を変えるには至らなかったシオンの加勢。それでも、まだ激動は終わらない。
「我が名はC。それだけ覚えておくがいい。仕官学院七組の力──見せてもらおうか!」
帝都の地下墓所で、因縁の対決が幕を上げた。
ちょいと単調ですが、物語は進む。