閃の軌跡~翡翠の幻影~   作:迷えるウリボー

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13話 帝国の支配を望む者

 

 学生三人とCと名乗る男の戦闘は、ほとんど時間を要さなかった。

「ハハ、さすがはC」

「私たちのリーダーを務めてるだけはあるわね」

 幹部らしき隻眼の女と筋骨隆々の男が呟くと同時、フィーの双銃剣の片割れがシオンの足元に乾いた音を鳴らして転がった。

 シオンはエリオットとマキアスと共に戦況を見守った。そして、リィンたちの敗北までも見届けた。

「並みの使い手じゃないぞ……《C》」

 加勢できなかった歯がゆさをこらえ、シオンは戦いを分析し続けた。達人ほどの実力が自分にないことは自覚しているが、けれど目の前で繰り広げられる戦闘の中身を理解できないわけではない。

 リィン、ラウラ、フィー。いずれも達人といえるわけではないがただの学生とひとくくりにはできない実力を持っている。自分は正面からの戦いにおいてまず勝てないし、並みの兵士の実力など既に上回っている。それにARCUSを軸にした連携術を持つ彼らは、それだけで並みの正体を上回る実力を持っている。それこそ、帝国で名のしれるような実力者でない限り三人を相手取ることなどできないのだ。

 ならば、自分の目に広がる光景はどういうことか。少年少女がそれぞれ膝をつき、仮面の男――Cだけが悠然と得物である双刃剣を構え続けているこの光景は。

「紛れもない、《達人》だってのかよ」

 シオンの呟きを、リィンの叫びがかき消した。

「お前は……お前たちはいったい!?」

 動けない少年少女の目の前を歩いて、動けない青年の目の前を通り過ぎて。Cは、彼の仲間の下へ近づいた。

「帝国解放戦線──本日よりそう名乗らせてもらおう」

 振り向いたCが、そしてテロリストたちが、笑う。笑顔でなく、意志を携えた笑いだ。

「静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……まあ、そういった集団だ」

「そこまでです!」

 畏怖を抑えられないシオンの体を打ったのは、よく知る女性の声。

「クレアか……」

 十人ほどのTMPを引き連れたクレア大尉、そしてバレスタイン教官。

「どうやら潮時のようだな」

 人質だったアルフィン殿下と侍女はこちら側、さすがに軍の精鋭がこれだけ集まればテロリストたちも逃げるしかないはずだが。

「それでは諸君──また会おう」

 そう言ったCは、手元にある筒を取り出す。

 軍人と、そしてフィーとサラが気付いた。

「スタングレネードだっ!」

 それが音もなくCの手から離れ、地に落ちたと同時、爆音。閃光。

 それが収まるころには、既にテロリストは見えなくなっている。

 驚く間もなく、地響きが発生する。これは恐らく、テロリストが追走を防ぐために用意した爆弾の類だ。墓所らしきこの場が瓦礫で

 捕まえたい気持ちはもちろんある。だが、まずは自分たちの身の安全を確保しなければならない段階に来た。

「崩れるわ、早くこっちへ!」

 囃すバレスタイン教官の声を耳にしつつ、一同は退避する。リィンがアルフィン殿下を、ラウラが侍女を抱えた。

 走ること数十秒。まだ帝都地下道ではあるものの、ようやく揺れのない安全域までやってきた。

「はぁ……はぁ……ずいぶんと疲れたな」

 シオンがぼやいた。SUTAFEに入ってからというものの、ずいぶん神経が摩耗することが多いように感じる。

「けど、そちらさんにとっては予想通りだったのか? 殿下が攫われることも含めて」

 シオンは疲れた顔を隠さずにクレアへ向けた。クレアは、落ち着き払った顔に少しの感情を滲ませて返す。

「さすがにそれはこちらを侮辱していると思いますが。まあ、逃げられる可能性があるのは情報局も分析していました」

「なら当然、逃げた後も対策してるってか……その網にかかる確率は?」

「……難しいでしょう。帝都地下は道の区画が多すぎますから。ある程度で捜索を切り上げて、市内の治安回復に専念する他なさそうです」

「はぁ……そうか」

 溜息をつく。けど、少なくとも誰も深い傷を追わなかったことには女神に感謝だ。その功を収めた学生たちは労わなくてはならない。

 学生たちを見ると、バレスタイン教官が既に彼らに言葉を交わしている。こちらから何かを伝える必要もなさそうだ。よく見れば、ちょうど少女二人も目覚めている。

「ただの睡眠薬なのが不幸中の幸いだったか……」

「シオンさん……」

「ん?」

 見れば、クレアは瞳を少し揺らしている。

「その傷、大丈夫ですか?」

「ああ……」

 眼鏡の男を攻撃したときにできた傷だ。確かに激痛はあったが、魔法があれば治せる程度のものだったし何よりも状況が状況だけに無視していたものだ。

「それよりも、お前はTMPの指揮官だろ。まずはそっちに集中しろよ」

「ええ……そうですね」

 一か月前に帝都で詰問した時のような珍しい──といっても再会したこと自体が久しぶりだが──弱弱しい表情だった。

 だが、彼女も精鋭部隊の指揮官だ。すぐさま表情を改めると、隊員たちに向かって指揮を飛ばす。

 TMP、そしてトールズ七組は各々動いている。その様子を見つつ、シオンは嘆息した。

 中途半端だった。革新派につくでもなく、未熟な正義に向かって突き進むわけでもなく、どこにも動けない自分が。

 帝国解放戦線──()()()()()()()に怒りの鉄槌を下す彼らが()()()()()()()()()。だからこそテロリストのリーダーはあんな態度を自分にとったのだと、そう直感できた。

 だから自分の行動が自分に、八班に、SUTAFEに波及してしまう可能性を恐れて動けなかった。たかが部隊長とはわけが違う。大貴族の公爵たちに狙われたら、今はひとたまりもないから。

 そんな自分を歯がゆく思う。

「帝国解放戦線か」

 シオンは顔を上に向けてつく。そこには、暗いレンガの天井があるだけだった。

「いよいよもって、きな臭くなってきやがったな……」

 

 

────

 

 

 こうして……夏至祭初日の動乱は収束した。皇族が狙われるという一大事件や夏至祭の最中の事件ということで大きな混乱を招いたが、鉄道憲兵隊の主導によって無事に収束した。

 一時攫われたアルフィン殿下も大事には至らず、彼女をはじめとした後続の要望もあり、二日目以降の夏至祭も変わらずに行われた。テロリストが再び事を荒立てるということもなく、また手傷を負いながらも陣頭指揮を執ったレーグニッツ帝都知事の働きがあれば、夏至祭最終日も滞りなく終了するだろう。

 シオンは二日目の終了を見届けてからリーブスへと戻った。既に有休も終わり、翌日には再びSUTAFEでの軍務に明け暮れる。休みとは言えないような過激な夏至祭だったが、クレアとの約束でもあったのでそれは仕方ないだろう。

 アルフィン殿下救出という栄誉をあげた七組A班だが、じつは彼らだけでなくB班もセドリック皇太子やオリヴァルト皇子殿下の避難誘導に貢献していた。一気に帝国の英雄となった彼らは明日バルフレイム宮に呼ばれるらしい。そこにはレーグニッツ帝都知事の他、鉄血宰相ギリアス・オズボーンもいる筈だが……。

「ぁふ……ねむい」

 シオンにとって有休明けの勤務日。不真面目青年はその眠気を隠すことなく盛大に欠伸をかむ。

「どうした、シオン。帰りが遅かったとはいえ、ずいぶんと寝不足じゃんか」

「ああ……ケイルス。おはようさん」

 朝の会議の時間帯。班長であるシオンを筆頭に、八班はその後に続いている。

「夏至祭のテロリスト騒動は伝聞でだけ聞いたが、ずいぶん濃い時間みたいだったじゃないか、班長殿」

「はい、サハドさん。見りゃ判るでしょうに、この顔を見れば」

「うん、ずいぶんと酷い顔だけど。班長、ちゃんと顔洗ってきた?」

「洗ったさ。それに、その言葉はそのままお返しするぞフェイ」

「そういえば、例の学生さんたちも活躍したみたいですね。シオンさんもお会いしたんですか?」

「ああ。それはまた夜にでもみんなに話すよ。レイナ」

 今日の八班はいつにも増して口数が多い。エラルドをはじめ、取り巻きや周囲の典型的な貴族派信望者はいい顔をしないが、SUTAFEが発足して四か月。そろそろお互いどうでもよくなりつつあった。

 会議は続く。各領邦のことではないが、帝国を騒がせた夏至祭の事件は当然議題に上がった。近衛兵由来の情報を基に事件の経過と顛末、そしてテロリストたちの情報が述べられていく。

 昨日の今日だ。まだシオンはこのことを八班の面々に話していない。だから恐らく、SUTAFE一般兵の中ではシオンが最も確信に近づいているだろう。あるいは頭の切れるエラルドなども予感はしているのかもしれないが。

 テロリストは、貴族派にとっては体のいい戦闘部隊に他ならない。だから領邦軍の人間がテロリストを嫌悪するのはできる限り避けたほうが言い訳で。

 会議の進行役を務めていた副長が、わざとらしくせき込む。

「以上が夏至祭の事件の顛末だが……今日はそれとは別で重要な案件がある」

(そらきた。適当に忙しくさせてテロリストのことなんて頭の隅に追いやるつもりだぞ)

 しばらくは無駄に忙しい日々が続くのだろう。一先ずシオンとしては八班の面々に夏至祭の顛末を伝えることと、あまり自分からは動けないだろうが、テロリストたちへの対策などもしておきたいところだ。表立って革新派を狙えるようになった貴族派が次にどんな手を打つかも考えておきたい。

 と、そこまで考えたシオンの思考は副長の言葉で遮られる。

「ラマール領邦軍から緊急の要請だ。対象はSUTAFEの全隊員。優先度の低い要請は切り上げていいから、二小隊ずつ順々に、定期的にジュノー海上要塞で演習を行ってもらう」

 兵士たちはにわかにざわついた。今までも時々戦闘訓練の要請はあったが、精々が二から三班単位での小規模な要請だった。中隊の半数が一度に移動する要請などなかった。

(それ以上に、エラルドの野郎と一緒だってのが堪えるな……不安だ)

 これまでエラルドと同行することもなかった。喧嘩騒ぎもリーブス内での騒動だけだったから、特に上層部にもシオンの行動は目立たなかったはずだ。だが、この先はそう悠長にも言っていられないらしい。

(それに……)

 シオンは考える。

 今までSUTAFEは曲がりなりにも当初の目的である四大領邦軍の補佐と、狡猾な真意である鉄道憲兵隊の牽制を果たしてきた。つまり全体としては領邦軍や貴族派の使いとして、裏方に回っていたということだ。

 しかし、この要請の対象はSUTAFE全体。たかだか百人の中隊規模とはいえ、まるで自分たちが主役ないし四大領邦軍と肩を張るような配置にも見える。

 そしてシオンが気になるのは、タイミング。今までSUTAFEと()()()裏で暗躍していた帝国解放戦線が、急に表舞台で名乗りを上げたこのタイミングでの要請という意味。

 シオンとしては、どうしても勘ぐってしまう。

 嫌な予感しかしないのだ。

 

 

────

 

 

 そして、夏至祭の騒動から一週間後。

 ジュノー海上要塞は、帝国西部、ラマール州のさらに西の海岸線沿いにある四大領邦軍でも最大規模の要塞だ。近代的な改修を行った巨大な城塞。ラマール州の州都オルディスにも近く、数年分の物資を詰め込み数万人の兵士が籠城でき、ガレリア要塞など近代に作られた要塞を除いては間違いなく正規軍・領邦軍問わず最大最強最堅牢の軍事施設。

 そのジュノー海上要塞の頂上に、SUTAFE所有の軍事飛行艇四隻が着陸した。SUTAFEの行動は十中八九帝国情報局や鉄道憲兵隊も警戒している。五十人もの兵士が一斉に鉄道を使うのは得策ではないという判断だ。

(つっても、それだけのために四隻とも時間と第一予定地を変えて向かったのはずいぶん手がかかってるとは思うが)

 時刻は朝の十時。天気は女神の気まぐれか、シオンの気分に反して晴天。夏の焼けつくような陽光を、シオンは嫌そうに手で遮って即席の帽子とした。

 ある意味よそ者でもある自分たちSUTAFEの兵士たちは、順々に飛行艇から降りていく。その様子を特に動揺もなさそうに待っているのは、十人ほどの白い制服のラマール領邦軍兵士たち。

「今年から新たに新設された、近衛兵とは違う領邦軍の精鋭たちか……」

 そんな中、若々しくも勇猛な男性の声が響く。八班の面々の中では、特にサハドが目を見開いた。

「ふむ、中々に不可思議な組織のようだ」

 その声の主はラマール州兵とは、またSUTAFE兵の翡翠の平服とも違う青緑の軍服。さらには、帝国では珍しい褐色の肌。

「サザーラント領邦軍を統括している。ウォレス・バルディアスだ。今日の演習に際し、案内役として同行させていただこう」

 感じる違和感は、もはやシオンのものだけではなくなっていた。

 なぜ、ラマール領邦軍の最大拠点にサザーラント領邦軍の将軍がいる? なぜ、このタイミングで?

 シオンは既に八班の面々に夏至祭での真相を伝えていた。その八班を筆頭に不信を感じる者、未だ違和感で止まっているもの、そして何かに気づき笑みを浮かべる者。

 SUTAFE隊員たちはウォレス将軍とラマール州兵に導かれ、要塞の中を進む。目指す場所は吹き抜けの第一階層演習場だと伝えられた。

 進みながら、シオンは数アージュ先斜め前を歩く兵士を見た。

(エラルド……笑っている?)

 後ろを歩くシオンに表情は見えず、僅かに動く口角のみ。それは笑みにも見えるかもしれないが、貴族といえど正規軍人並みに厳格な彼のイメージとはかけ離れすぎて想像がつかない。

 戦闘を歩くウォレス将軍が不意に口を開いた。

「はじめに言っておくが……今日は皆にとって驚愕の一日になるだろう。軍人としての……覚悟を見させてほしい。どこの州の兵士であろうとな」

 ウォレス将軍は勇壮な槍術の使い手としても名高く、帝国でも十本指に届きうる実力の持ち主だ。言葉のひとつにも、重みがのしかかる。

 楽しそうな、緊張しているような、それでいて諭すような声。ますます持って、この演習の意図が読めない。

 やがて、長い長い要塞内の移動は終えた。リーブスの詰め所よりもなお広い要塞内の演習場。SUTAFE隊員は班別、五人十列の形をもって整列する。

 ラマール州兵たち招待した側は演習場の一辺、大扉の向こうへと消える。ただ一人、ウォレス将軍を除いて。

「さて……改めて、歓迎させていただこう。SUTAFEの諸君。中にはサザーラント州兵、俺の元部下もいるだろうが、久闊を叙するのはまたの機会とさせていただこう」

 ウォレス将軍は正面へと躍り出る。

「どうやら夏至祭で勇猛を貫いた者もいるらしいが……それはまあ、不問としておく」

「んぇ」

 妙な声が出た。何で知ってるんだ。

 シオンは班長として列の先頭にいる。たまたまウォレス将軍と目があった気がして、瞬間的に顔ごと下を向けてしまった。

 ウォレス将軍の表情はシオンには見えない。説明はそのまま続く。

「まだ自分たちが何故この場へ招待されたのか、判らない者もいるだろう。だが俺がこの場にいること、それが一つの答えでもあるだろうな」

 ウォレス将軍は歩き続ける。早々にシオンには興味を失くしたようで、説明を再開した。

「最近、我々が敵対する革新派の影響力が高まっているのは周知の事実だろう。貴族派上層部……つまり四大名門のお歴々は当然我々を指揮しその台頭を抑えてきた」

 建前もきれいごともなく、真正面から革新派と敵対していると言った。歯に衣着せぬ堂々とした物言いだ。貴族派に属する領邦軍、穏やかな気質のサザーラント兵とはいうが、将軍だけあって肝が据わっている。

「単刀直入に言おう。貴族派は近々、機を見計らったうえで革新派に武力制圧を仕掛けるつもりでいる」

 ざわめきが浸透した。五十人という、集会の規模としては小さいそれだが、今の一言はただの驚きではない。

 驚愕でもない。震えだ。貴族派を肯定する者も否定する者も、ついにこの時が来てしまったことに対する感情だ。それは口渇感と心臓の拍動となってSUTAFE隊員に襲い掛かる。

「その意図は、使われる身である我々の感知するところではない。その真相に頭を使うのは各々の好きにするといいが……ここで覚悟してほしいのは、その武力衝突における諸君らの役割だ」

 来るべき時の、自分たちの役割。そんなものは判り切っている。

 仕える存在が国でなく貴族なだけで、結局自分たちもまた軍人なのだ。正義か悪かは関係ない。自分たちが後世に正義として伝えられるために、どちらの悪となるかを選択するしかないのだ。

 それは、多かれ少なかれこの場のどの兵も判っている。否定などできない。それはウォレス将軍も理解しているだろう。

「今の貴族派と革新派の戦力は、見解にもよるが概ね五分と五分。天地がひっくり返っても、正面衝突ではどちらかの圧勝はあり得ない」

 その事実も、よほど考えのない者でない限りは判っている。だからこそ、勝つために貴族派は数々の謀略を尽くしてきたのだ。クロイツェン州では内地にも関わらず新型戦車の発注が増加し増税が行われ、SUTAFEが設立されたのだ。四州連合機動部隊が。

 そして、何よりも夏至祭の動乱が起きたかもしれないのだ。

 だが、それでも革新派は、ギリアス・オズボーンは鋼のように強い。貴族派のどんな謀略も、まるで遊戯盤の駒をとるかのように当然のように斬り返してきたのだ。

 並大抵の一手では革新派には勝てない。だからこそ、貴族派も並大抵でない一手を打ち出さなければならなくなったのだ。

 では、その一手とは何なのか。そう、SUTAFE隊員たちは、シオンは考え始める。

 数秒の沈黙。その後、力強い声をウォレス将軍は発した。

「その戦力を……遊戯盤の駒を強めるため、お歴々は一つの答えを用意した」

 音が聞こえた。SUTAFE隊員全員の鼓膜と、全身の骨に響く音。

「紹介しよう。ラインフォルト社の第五開発部が開発した、戦場と軍人を変える革新的な兵器」

 それは、足音。地響きのような足音。

「鋼鉄で造られた、大いなる巨人」

 それが、一歩一歩を踏みしめて、ウォレス将軍の背後に、SUTAFE隊員の正面に移動する。

「我々貴族派を再び帝国の土台に立たせる、現代の騎士」

 鉄血宰相の鋼の意志に負けない鋼の体躯。無骨な関節の数々に、手にはブレードと銃という装備。仮面のような無機質な頭部。

 シオンは息を飲み込んだ。その嚥下の瞬間の喉と喉の接触でさえ、一歩踏みしめるための轟音が不快感を生んだ。

機甲兵(パンツァーゾルダ)。それが、君たちが乗り込む兵器の名だ」

 シオンは悟る。後戻りができないことを。

 そして、進み始めた道が自分の理想からかけ離れていることも。

 吹き抜けの回廊。十時という時刻だから、まだ太陽は要塞の中に多くの影を作る。

 たまたまか、それとも動揺しているシオンを操縦者が注目したからなのか。

 薄闇の要塞の中。光を浴びる機甲兵が、瞳のない相貌をシオンに向けていた。

 

 

 







機甲兵登場

次回、第14話「鋼鉄の騎士」

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