今回、機甲兵を描写するにあたり他作品の『虹の軌跡Ⅱ Prism of 《ARCUS》』より設定をお借りしています。
許可をくださったテッチー様に感謝の意を申し上げます。
14話 鋼鉄の騎士
薄暗闇の空間。少しだけ精彩を欠いた景色の映像と信号と情報の羅列が、シオンの前面に無機質に映る。
前方には、三機の戦車。ラインフォルト社が開発し、現在は帝国正規軍にも領邦軍にも配備されている最新機、アハツェンだ。
場所はジュノー海上要塞の内部演習場。近代の趣が張り付けられた城塞都市は、四方も上下もすべてがコンクリートの壁と地面だ。ゼムリア大陸西端にあるはずのこの場所だが、まったくもって優雅な青空は見えやしない。
三機のアハツェンは、まだ眼前の景色の遠くにいた。しかしゆっくりと前進を進めており、時間もかからずにに至近距離になるのは明らか。実際情報の羅列も、戦車があと一分五秒で十アージュの距離まで近づくことを計算してくれている。
そのアハツェンの主砲が、ゆっくりとこちらに向き始めていた。
『シオン、突撃するぞ。いいか?』
通信機からケイルスの声が聞こえた。
「ああ──」
ケイルスと、そして声を出さないがフェイもそれぞれ左右に分かれて自分の後方に控えている。
そう、自分は司令塔。そして、作戦は目の前で攻撃態勢に入っている三台の戦車を無力化すること。
「ケイルス、フェイ、前進開始!」
『イエス・サー!』
『イエス・サー』
気合満々のケイルスとやる気のないフェイ、二人の声が重なる。
直後、映像の両端から、ケイルスとフェイ──いや、人型を模した鋼鉄の騎士が戦車に向かって滑るように接近した。
全長七アージュはあろうかという人型兵器──機甲兵。
「大破までしなくていい! 攪乱を目的に!」
機甲兵、ケイルス機が大樹と思うほどのブレードを振りかざす。戦車一台が急ストップから後退、外したブレードは訓練用の樹脂製とはいえ轟音を要塞内に響かせる。続けざま主砲をケイルス機に向け発砲。ケイルス機は辛くもそれを避け、訓練用ペイント弾が背後の壁に汚れを四散させた。
反対に、フェイ機は接近しすぎず一定の距離を保って、機甲兵用アサルトライフルで容赦なく戦車を被弾させ、キャタピラにもペイントを塗りつぶしていく。
訓練規定により、戦車は走行不良扱い。そして対側の戦車も、ブレードの攻撃に阻まれその進撃を止めている。
シオンは自分の手元、そして足元に意識を伸ばした。そこには、導力車や戦車よりも複雑な操縦機器の数々。両側二対のフットペダル、目の前のコントロールパネル、そして前に突き出した手に沿うように作られた五つのボタン付きスティックレバー。
滲む汗に気づかず、映像が映る画面の文字『Driven wheel』を確認。フットペダルを踏み倒した。
「シュピーゲル、前進開始する!」
シオンが──シオンが操る機甲兵である隊長機が、足部の車輪を唸らせながら前進。前方中央の戦車に向かう。
戦車もまた負けはしないと、機関銃を掃射。実戦であれば恐怖を伴う弾丸が雨あられとなって振りかぶらせる。
左手のスティックレバーを内側へ倒す。左上肢の大盾を構える。
機関銃が盾へ被弾。オートバランサー起動。失速に加え右足のみ前に出したことで転倒は免れる。
「フェイは後退しつつ掃射で援護」
『はい』
声掛けと同時、シオンは忙しく踏み倒していたフットペダルを足の甲で引き上げた。『Driven wheel』のさらに下、『Vertical movement』が『Lateral movement』へ切り替わる。
「ケイルスはそのまま、横移動しつつ戦車に睨みを利かせろ」
『了解、隊長』
再度フットペダルを踏む。シオン機が、フェイが一秒前までいたその場所に向きを変えないまま横移動を果たした。
前進から向きを変えないまま急激な横移動。戦車にはまず不可能な機動性。
移動しながら、ブレードで中央の戦車を叩く。さらに、フェイが走行不能にした戦車の正面に来たところで、もう一度右足フットペダル横のペダルを押し込む。『Driven wheel』から『Nomal』へ切り替わり、自動的に『Lateral movement』が消失。
画面越しに見える主砲の予測線が自身へ向けられる前に、シオン機は大きく足を振り上げて戦車を踏みしめる。主砲筒の転回を物理的に止める。
その間、ケイルス機が端の一台を威嚇。フェイ機が中央の機動性を先ほどと同様に奪うが、被弾。今度は大きい。
『ドラッケン右肩に被弾。武装負荷相当、情報漏洩防止のため後退します』
「了解、安全にな」
同時、シオンが操る機甲兵がブレードを戦車の頭部に突き立てた。この戦車も戦闘不能だ。
残るは、ケイルス機が相手取る一台のみ。
「挟撃を行う。行くぞケイルス!」
『おう!』
戦車に向かい、両側から接近する二体の鋼鉄の騎士。
最後の戦車が大破扱いになるのに、十秒もかからなかった。
────
機甲兵から降りたシオン、ケイルス、フェイの三人は、次の訓練を行う兵士と二、三言葉を交わしてから待機用のタープテントへ移動した。
「お疲れさん、三人とも」
「お疲れ様です。いい訓練でした」
待機場所に戻ると、別班のメンバーと先に訓練を経験していたサハドとレイナが労いの言葉をかけてきた。三人は順々にそれに応えて、パイプ椅子に座りつつ休憩を始める。
「ケイルスさん、ようやく操作に慣れてきた感じですね?」
「フェイには負けるさ。クロイツェンの部隊にいた時も戦車とか装甲車の扱いはうまくなかったから……そういえば、扱いもなれたもんだよな?」
「一時期、鉄鉱山でバイトしてたことがあって。知り合いに重機の扱いを叩き込まれたことがあるので」
ケイルスとフェイは、各々感想を言い合っている。普段は態度に癖のあるフェイだが、意外な操縦センスを発揮していて八班のなかでもシオンに次いで高評価を得ていた。
逆に機械音痴なのがケイルス。比較的戦闘速度が遅かった先の訓練では楽しげに操縦しているた、基本的にもたついていることが多い。
別班の訓練が開始された。再び轟く音を感じつつ、シオンは観戦していた二人とも小会議を試みる。
「それにしてもすごいねえ、機甲兵ってのは。未だに操縦の感触が残ってる」
「シオンさんの
サハドは操縦していたであろう己の両の掌を見ながら閉じ、開きを繰り返す。レイナは機甲兵三機のなかの一機を話題に出した。
それほど操縦が得意ではない、というのがレイナとサハド。しかしあくまで従来の戦車との差異に戸惑っているだけで、隊のなかでは中盤程度の実力だ。
シオンはレイナの質問に返した。
「ああ。銃やブレードの類じゃなくて、導力を使用した防御システムだな。こればかりは模擬訓練もできそうにないから、使用は禁止されているけど」
その後も、機甲兵について、操縦技術に関しての話し合いと観戦は続く。
現在は九月も下旬。夏真っ盛りという陽光も鳴りを潜め、落ち着いた秋空になりつつある季節。
八月に初めてその存在を領邦軍内部で公開された機甲兵。そこからSUTAFEは、機甲兵の操縦士としての訓練を続けている。いずれ始まる帝国内戦において、この鋼鉄の騎士で革新派という
機甲兵。恐らく間もなく始まる内戦を皮切りに、時代を変えることになる新兵器。全長七アージュはあろうかという、鋼鉄の騎士。
ゼムリア大陸には七耀暦という暦が用いられている。かつて栄華を誇ったと言われる古代ゼムリア文明が終焉を迎えた大崩壊を一年。そこから現在千二百四年までつづく歴史の中で、人は戦いを続けその力を進化させてきた。肉体から打撃武器へ、剣へ。歩兵としての戦略が進み、やがて銃火器が出現する。
約五十年前、導力革命が興ると兵器の進化はさらに加速した。七耀石から抽出され半永久的に使用可能というある種無限のエネルギーを秘めた導力器は、銃火器はもとより飛行船をはじめとする様々な技術に用いられ、日常生活へ侵食し、そして多くの強国は導力器を用いた兵器の開発にしのぎを削っていった。
蒸気機関や内燃機関に取って代わった導力機関を用い、並外れた機動性を武器に歩兵を蹂躙した戦車や装甲車。
十二年前、リベール王国軍を発端として帝国の戦車・歩兵部隊を圧倒した飛空艇。
そして帝国における導力技術の権威、G・シュミットが完成させたというこの機甲兵は──また戦場を変える。先の飛空艇が奇襲により帝国軍を圧倒したとはいえ、未だ大陸において最強の名を欲しいままにする帝国の戦車を蹂躙するだろう。
機甲兵は、戦車を狩るためにできている。
全長七アージュという高さは、戦車の中の兵士でさえ畏怖させる。人を模し、人に近い機動性から繰り出される巨木のような斬撃や打撃は地形を破壊する。そして、側部に着いたランドローラーによる機動性は戦車のそれを優に上回る。
現に、模擬戦とはいえ機甲兵は戦車との訓練において高い確率で勝利をたたき出している。実際に内戦が始まり正規軍が対抗戦術を編み出せばまた拮抗もするだろうが、そもそも優位な手札を持っているという絶対性は揺らがない。
今も、また扱いの慣れない機甲兵なのに戦車部隊に対して負けていない。
そんな他班の模擬戦を眺め、シオンは考える。
(俺は……どうすればいい?)
貴族派は、今まで新興勢力の革新派に負け続きだった。それが、機甲兵という存在の出現により状況が変わった。勝てる可能性が見込めるようになったのだ。多くの力と知略に長けた将兵が軒を連ねる正規軍から。
だが、正規軍とて……鉄血宰相とて馬鹿ではない。必ず対抗してくる。仮に負けるとしても、簡単には終わらない。それは、近く始まる内戦が泥沼の様相を呈する可能性を示している。
戦争では数日なんて簡単には終わらない。百日戦役のような期間など珍しくもない。そして、内戦であれば脅かされるのは帝国の大地。外国との国境線ではない。それぞれの都市が戦場となり、さらに城壁もない田舎の町村は、場合によっては戦火に簡単にさらされる。
(
故郷が危険にさらされるかもしれない。自分が属する軍隊の一手によって。
止められるのか? 貴族派を? 無理だ。自分の権益を守るしか能のない四大名門の筆頭たちを、自分一人で止められるわけがない。例え八班を巻き込んでも同じだ、
なら革新派に寝返るか? 内戦の兆候や機甲兵の情報をリークして? それなら貴族派の愚行は多少変わるかもしれない。けれどそれでも、追い詰められた貴族たちが何をやるか判ったものではない。
内戦に至る流れは止められない。そもそも自分が入隊するずっと前から、両者の戦いは激化していたのに。行きつくところまで行きついたこの状況を変えるなんて、相応の立場にいたとしてもできるかどうか怪しすぎる。
「訓練、止めー!」
唐突に声が響いて、シオンははっと訓練場を見渡した。SUTAFEの機甲兵訓練の監督をしているラマール州の将官だ。集合の命令を出している。
最後に機甲兵を操縦していた兵士たちが、慣れてきた感のある操縦技術で機甲兵を隅へ。その間、兵士たちは整列する。
一先ずの心配事を思考の隅へ追いやり、シオンは将官に注目した。
「諸君らの訓練を見させてもらった。個々人に技術の差はあるが、いずれも機甲兵の操縦には慣れてきたようだな。いい具合だ」
SUTAFEは既存の軍隊と比べ後方勤務に回ることが多い。普段の業務をこなす四大領邦軍より蓑に隠れて特異な訓練業務を行いやすい。その甲斐あってか、四大領邦軍ち比べ集中的に実力を伸ばすことができていた。
「ここにいる全員が機甲兵を操縦することになるとは限らない。諸君らSUTAFEの性質が領邦軍の補佐である以上、操縦士にも歩兵にもなり得るからな。いずれにせよ、このまま精進を続けてほしい。誇りある我ら同胞のために」
同胞のために。シオンには空虚に聞こえてくる。
その後、将官は次の訓練の説明に移る。今までは所謂基礎編というか、機甲兵を操る基本行動と、内戦で多く遭遇するであろう対戦車を想定しての訓練が多かった。班分けも凡そが気心の知れたメンバーとの共闘だ。
だが今日は、別の内容の訓練を行うらしい。
「あまり考えたくはないが……内戦の終盤となれば機甲兵が奪われる可能性もあるだろう。機甲兵はパスコードによるシステムロック機能を有しているので、革新派が使えるということはまずないだろうが……万一に備え機甲兵同士の戦闘を想定した訓練を行ってもらう」
それは、機甲兵を操って機甲兵と戦うということ。
「あくまで緊急時の訓練だ。かける時間もあまりない、よって今日は成績優秀者を代表として集団戦を行ってもらう」
将官が選んだ成績上位者を対象とし、二人一組で戦うエキストラマッチ。順当に選ばれる
そして選ばれた人選に、シオンは絶句する。
「エラルド・ローレンス、シオン・アクルクス。お前たちがチームを組め」
「……げぇ」
「……フン」
嫌な予感しかしなかった。最早一周回って運がいいのかもしれない。
八班のメンバーが気まずげにシオンを見守る中、シオンとエラルド、そして二人の対戦相手となった計四名の代表者が機甲兵に乗り込む。今回は全員が通常機であるドラッケンだ。
操縦席の中の赤いランプを押し込み、緑色になってハッチが閉じる。導力エンジンを起動させるレバーを順に押し上げていく。操縦席に光がつき、モニターも起動。ディスプレイに機体情報が移ると同時、この段階では早すぎる導力通信のアラームが鳴る。
シオンは、起動シークエンスの前に、嫌そうに通話スイッチを切り替える。通信機から聞きたくもない声が聞こえてきた。
『聞こえるか、アクルクス』
「なんだ、ローレンス嫡男」
『フン、いつもの態度は崩れていないようだな』
訓練場の地形データ、天候、気質を設定する。次に友軍指定と敵機指定。姿勢制御はオートに。
「だからなんだ?」
『最低限の会話をとる度量だけはあるらしいと、安心したところだ』
「へ、それはこっちの台詞だ」
視界モードの切り替え。今は暗視もサーモグラフィーも必要ない。
「はっきり言ってやる、俺はお前が嫌いだ。お前もだろう。だから、こんな訓練とっとと終わらせるぞ」
『まさか貴様と意見が合うとはな』
兵装選択。現状のドラッケンはブレードとアサルトライフルが主武装だ。エラルドがブレードを選択したのを見て、シオンはアサルトライフルを選択する。
『腑抜けた連携をとったら、直ちにその根性を叩きなおしてやる』
「それもこっちの台詞だ」
アイドリングモードを解除。自身の操縦に合わせ、ドラッケンが動き出す。
『貴様は機動力を持って威嚇しろ。俺が剣で仕留める』
「仕事は平民に任せないでちゃんとやれよ、お坊ちゃん」
敵対する機甲兵を見据える。彼ら二人もSUTAFEの中では上位の機甲兵操縦者だ。班は違うが、四月からの生活で話もするようになった。今回の訓練においても、ある意味同程度の実力者として八班とは別に相談を持ち掛け合ったりしている。
それでも、勝てない相手ではない。シオンはもとより、エラルドは隊の中でトップの実力を持つのだ。気に入らないことに。自分の器用貧乏の性質が合わされば、着実に勝つことは不可能でないはずだ。
気に入らないことは沢山ある。貴族派は賛成できない。エラルドは嫌いだ。それでも、何とか自分はこの道でできることを探らなければ。
「シオン・アクルクス。戦闘を開始する!」
シオン機が、そしてエラルド機が。それぞれ動き始める。
SUTAFEの中で、初めての対機甲兵戦。その火蓋が切って落とされた。