閃の軌跡~翡翠の幻影~   作:迷えるウリボー

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15話 黄金の羅刹

 

 

 機甲兵が機甲兵と戦い、正面からの戦いを想定した訓練。その戦いには五分の時間を要した。

 結果はシオンとエラルドの大敗だった。相手の機甲兵を小破程度の損傷しか与えられなかった。

 当の二人のみならず、対戦相手も、観戦していたSUTAFEの面々も、将官たちでさえ呆気に取られていた。この結果は予想できなかったのだ。

 一人はエラルド・ローレンスで、名実ともにSUTAFEの中でトップの実力を持っていた。単純な技術に機甲兵の特性の理解、人型兵器を用いた戦闘における一瞬の判断力。どれもがトップクラスの能力を持つ。

 片や、シオン・アクルクス。操縦技術は並みの兵士と遜色ないものの、やはり現状では機甲兵という兵器の特徴を掴んだ運用ができる数少ない兵士の一人。加えて機甲兵や戦車という状況を組み合わせた戦術展開は光るものがあり、その戦略性を持ってSUTAFEにおける機甲兵操縦者の中でトップクラスの実力を持っている。

 その二人が組んだペアが、もちろん実力の近い成績上位者とはいえ格下の二人に大敗するとはいったい誰が予想できたか。

 いや。八班の面々は、多少なりとも予想はしていた。

「あちゃー……」とサハドが頭を掻く。

「シオンさん……」と心配げなレイナ。

 フェイは無表情を貫くが、それでもいつもと違い眉をひそめる。

 そしてシオンの親友であるケイルスは、「やっぱりか……」とため息をついた。

 全員ではないが、シオンとエラルドの関係性は多くの人間が知っている。六月に二人が繰り広げた兵棋演習、これは今でもSUTAFEの話題の語り草になっている。

 それでも野次馬程度の人間は、シオンの激昂は一時のものだろうと考えているだろう。あの二人が毛嫌い程度でなく、心底互いの存在を嫌がっているということを知るのは、彼らとよく接している数人だけだ。

 文と武の多くの分野で頭角を現す二人は、いざ訓練となればしっかりと己の役目を果たすという可能性もあった。が、結果は御覧の通り散々だ。ケイルスの嫌な予想が当たってしまった形となる。

 重々しく告げられた審判の合図で、機甲兵四機は所定の場所へ戻る。ハッチが開いて四人が降りてくる。地上に降り付いた操縦者は次の操縦者と打ち合わせをする手筈なのだが、シオンとエラルドは兵士に目もくれずお互いへと大股で近づいていく。

 SUTAFEの隊員たちは既視感を覚える。

 まずい、ラマール州の将官がいる前で前の喧嘩騒ぎを繰り広げる気か。

 シオンとエラルドは、互いに互いの軍服の胸倉を掴んだ。今にも戦争勃発の様相だ。

「細かいことをごちゃごちゃと言う気はねえぞ」

「当然だ。答えははっきりしている」

 大方、戦闘をしながら通信機で喧嘩でもしてたのか。それなら勝敗はともかく一応は戦闘の形になっていたので十分に恐ろしい技術だと思うが。

 だが、いずれにせよ喧嘩は良くない。間違いなくラマール州に悪評が広がってしまう。現に、異変に気づいたラマールの兵士たちも集まってきている。

 止めなければ。そう思ってケイルスが八班の面々に合図をしたとき。

「そこの者たち。いったい何をしている」

 凛として力強い。胃の奥が締め付けられるような美しい声が、訓練場に響き渡った。

 突然の声には、多くの者が次にしようとしていた行動を止めざるをえなかった。

 事態を収拾しようと動いていた兵士は止まり、野次馬をしていた者たちは振り返る。

 シオンもまた、エラルドの胸倉から手を離さざるをえなかった。その声に肺腑を震わせられただけでなく、上官相手でも堂々とした(というより偉そうな)立ち振る舞いを崩さないエラルドが、初めて焦ったようにシオンの胸倉から手を離したから。

 自然、野次馬になっていた兵士たちが二つに分かれ道を作る。その中心にいたシオンとエラルドは、一応は対峙を止めて自分の身なりを整えて、開いた視界に立つ者を見る。

 その人物を見てシオンは絶句し、エラルドは気まずげに直立を続ける。

「勝負の行く末は見届けた。ローレンス、そして……アクルクスか。貴様らの敗北ということはな」

 女性。シルバーブロンドの長髪は女性的な艶やかさを思わせるが、纏う覇気は男女問わず戦くような力強いもの。

 薄紫の美しく鋭い眼光と、そして同じ紫が生える白地の兵服。しかし、豪奢な装飾は一兵士などではない。明らかに統括者と言えるもの。

 ラマール領邦軍総司令、オーレリア・ルグィン。

 オーレリア将軍は続けた。

「それで……いったい何をしようとしている?」

 その一歩一歩が、ただの人間では諍えないような空気を作り出す。

 近づいてきた将軍に、もはやSUTAFEの兵士たちは整列をするしかできなくなる。

 静寂を破ったのはエラルドだった。

「お久しぶりでございます、ルグィン伯爵閣下」

 そういえば、ルグィンは伯爵家。そしてローレンスも伯爵家だったはずだ。同じラマール州、面識があったのか。

「フフ、其方も壮健そうで何よりだな。しかし、ここはあくまで領邦軍。それ相応の姿勢を取らせてもらおうか?」

「……はっ」

 比較的大人しくエラルドは一歩下がった。

 オーレリア将軍は一瞬の笑みを浮かべ、しかしそれを冷徹なものに変えるどころか、一層面白いものを見るような眼でシオンを見た。

「悪いが、貴様のことは今しがた名を知ったばかりでな」

「はっ。シオン・アクルクス。クロイツェン領邦軍より出向。SUTAFEでは第二小隊、八班の班長を任されています」

 直立し、かつてクロイツェン州で隊長たち相手にそうしたように。身分を明かす。

「……」

 対するオーレリア将軍は、何も言ってこない。ただ、シオンとそしてシオンを見る兵士たちを見続ける。

(これは……きついな)

 クロイツェン州の隊長や将軍などとは別次元だ。もちろん実力のある将軍もいたが、あくまで立場ある者としての作られた威圧感が強かっただけ。シオンにとってはたいして恐怖感を煽られるような存在ではなかった。

 けど、目の前の女性将校は違う。立場なんてものを抜きにして、純粋にその武術だけで世界を蹂躙できそうな力を感じる。本気では向かってはいけないと、己の中の本能が呼び掛けている。

「先の訓練は見させてもらった。ラマール領邦軍の統括者として、それなりにSUTAFEのことは把握しているつもりだ。と言っても、個人の名までは知らぬが」

 オーレリア将軍は、悠然と構え続ける。

「結果は結果だ。お前たち二人に勝利したあの二人を褒めて然るべきだろう。しかしお前たちには納得する、しない以前の問題があるらしいな。言ってみるがいい」

「それは……」

 どもるシオンだが、一秒も待たずにエラルドが言い放った。

「自分とアクルクスの連携に欠陥があります」

 旧知の仲らしいオーレリア将軍とエラルドだが、ここにいる以上兵士としての態度は貫くということか。嫌いな奴だが、公私混同はしない態度に余計腹が立つ。

「ほう?」

「SUTAFE設立以来、自分とアクルクスは度々衝突を起こしてきました。今回、彼ら二人に負けたのは連携に欠陥があるからです。別の編成であれば、支障なく任務をこなせるかと」

 遠まわしかと思いきや、比較的直球でシオンが嫌いであることをオーレリア将軍に告げたエラルド。

「貴様も同様の意見か? アクルクス」

「……はい」

「なんだ、気が合うではないか」

 シオンとエラルドが、二人して顔をしかめる。断じて気が合うなんて思いたくない。

「正直で結構なことだが、作戦には常に不確実な要素が入り込む。戦況が変わった結果、別班の貴様ら二人が共に戦わなければならない可能性も零ではあるまい?」

 まったくもって将軍の言う通りだった。

「それは理解しつつも、あくまで納得はできないと?」

 変わらず畏怖の感情はこみ上げてくるが、もうこの武人を前に中途半端な嘘などできそうになかった。シオンは正直に頷く。エラルドも同様だ。

 恐らく、領邦軍兵士としては貴族でもある上官に半ば逆らうような態度をとる人間はこれが初めてだろう。

 そんな二人を前に、オーレリア将軍は今日一番の笑みを浮かべる。

 そして告げた。

「面白い。ローレンス、アクルクス。少々付き合うがいい」

 

 

────

 

 

『おい、アクルクス』

 本日三度目の機甲兵の中。先ほどと同じように、起動シークエンスを踏む。そんな中、聞きたくもない声が通信機から聞こえる。

「何だ、ローレンス」

『もはやかける言葉はない。勝手にやらせてもらうぞ』

「ちっ、どうぞご勝手に」

 再び組まされたエラルドとの編成。納得できないのはどちらも同じだった。

 先ほどの戦い、何度も言うように原因は連携不足だった。お互い嫌い成りに協力し合う気はあったのだ。だが見事なまでに打つ手打つ手が噛み合わず、いつの間にか意思疎通は喧嘩へと成り下がり、最後には終始無言で戦うことになった。連携をとる相手に対し勝てるわけがない。

 互いが互いを嫌っていることは判っている。シオンは典型的な貴族派……とも言えないエラルドをどこか気に入らず、エラルドは『貴族派にいながら平民の利を考える半端者』だからシオンを好きになれない。

 ある意味正直者同士の二人なので、少しの衝突を除けば互いに避けることでいい結果が期待できるとは思っていたが、その少しの衝突が原因でこんな大騒ぎになるとは。

 これから行われるのは模擬戦の再開で、引き続きシオンとエラルドが班を組む。その提案をしたオーレリア将軍は、『事情は判っている。貴様ら二人は連携を取らなくてもよい。相手は一人だからな』と変わらず笑みを浮かべていたが。

 その真意は読めないが、堅苦しい上官より優しい采配と堅苦しいより恐ろしい気迫なので断ることはできなかった。

 なんにせよ、別に負けるからと言って咎められるわけでもない。嫌な連携を強要されるわけでもない。要はたまたま敵の敵がいるようなものだ。利用すればいい。

「とは言ってもな……」

 一応は体裁を保つために通信を繋げたままぼやいた。

 エラルドとは違う原因で、今シオンは嘆いている。

「なんで天下のオーレリア将軍と戦わなきゃならないんだよ……!?」

 シオンとエラルドの正面に構えるのはシュピーゲルだが、色が通常の者と違う、黄金色。

 《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンの愛容機、金色のシュピーゲル。手に持つのはやはり通常のブレードとは違う、彼女自身の得物を模した深紅の両手剣。

「それを肩口に片手で構えるとか……どうなってんだ」

 覇気を用いて戦う生身とは違う。あくまで機械の体でどうやって構えているのだ。

「なんにせよ……やるしかない、か」

 あの将軍、領邦軍における倫理は平気で破るくせに自分の命令には絶対従わせるという恐怖政治を敷いている。そもそも上官の命令は絶対なので倫理にかなっていると言えばそうなのだが。

 戦うしかない。この模擬戦のくせに命の危険を感じる将軍を相手に。

 導力エンジンが駆動をはじめ、ドラッケンの全身に導力が伝わる。演習場の中心に構える三機の機甲兵が、重々しく得物を構える。ちなみに今回はシオンもエラルドと同じくブレード使用だ。

『フフフ……準備は整ったようだな』

 集音マイクからオーレリア将軍の声が聞こえてきた。恐らくは発声用マイクから喋っているのだろう。ずいぶんと楽しそうだ。

 ええい、もうどうにでもなれ。

「シオン・アクルクス、発進する!」

『エラルド・ローレンス……発進!』

『オーレリア・ルグィン……参る!』

 三者の声が重なり、轟音が戦場を揺らし始めた。

 初めにエラルド機が即座に剣を突きの形に構えて突進、ランドローラーを駆使しての速攻だ。

『いきやよし!』

 同じくランドローラーを使用し、横移動で避けるオーレリア機。避けながらエラルド機に斬撃を放つ。

 巧みな操縦で回旋、今度はシオン機に向き直ったオーレリア機が速攻。しかし突きではなく。

「飛んだ──!?」

 突然、身をかがめると膝関節を伸展させて跳躍した。規格外すぎる動きに度肝を抜かしつつ、シオンは忙しく操縦桿とペダルを動かす。

 直観が告げた。

(回避は間に合わない! 防御も蹂躙される! なら──)

 移動をランドローラーに切り替え。ブレーキペダルとアクセルペダルを同時に踏み込む。導力エンジンがバーストを起こす。

 上空から迫る黄金の機体。迫力は列車砲の砲弾を迎え撃つに等しい恐怖感。

「突っ切るしかねえだろぉ!」

 ブレーキペダル解放。足元から火花が散り、塞き止められていた回転力が機甲兵の踵部で爆発した。

『面白い!』

 シオン機の頭上でオーレリアの笑い声が響く。撃音を響かせて直進するシオン機は、オートバランサーで身をかがめたことも幸いし、辛うじて跳躍するオーレリア機の真下を通り抜け、大上段からの振り下ろしを回避。

 しかし、あの黄金の羅刹が簡単に回避を許すわけがない。だからこそ、シオンはスティックレバーを操って剣士の納刀のように腰に携えた。

 背後から地割れのごとき振動。マップモニターを見るとオーレリア機がいるのが判るが、それだけではどんな挙動をしているのか判らない。

 一秒の間もなく、続けざまに衝撃がシオン機に襲い掛かる。ディスプレイを確認、背後からの斬撃だ。狙い通り腰より後ろに突き出たブレードの切っ先で体幹への直撃は防げたが、そもそもどうしてあれだけの着地の後に即座に百八十度真逆の位置にいる自分に斬撃を浴びせる機動力が生み出せるのだ。

「見れない……どんな動きしてんだっ!」

 そのまま演習場の端まで逃げる。初めて左右の回転数を変えて回旋、向き直る。

 そこでは、初撃を外したエラルド機が再びオーレリア機に近づいていた。

『はぁああ!』

 通信機と集音マイク、双方から重なるエラルドの咆哮。ローラー駆動から一転、力強く踏み出した一歩と共に袈裟懸けの一閃。

 負けじとオーレリア機の振り上げ。両者の剣が激突し、演習場に突風が生まれる。

『やるな、ローレンス!』

『ぐぅう……!』

 機甲兵のまま鍔迫り合いを続ける両者。

 機甲兵同士での戦闘は、対戦車戦よりも一層格闘戦の様相に近づく。しかし、基本的に生身と比べて全身の関節の可動域は狭く、格闘戦といっても一定の想像を超えることはまずない。

 だがその迫力は生身とは段違いだ。同じ目線で見つめる自分でさえ、畏怖の感情を抑えきれない。

 とは言え、オーレリア機がローレンスの奮闘に集中しているこの状況。利用しない手はない。

 恐れを捨てろ。勝てるかどうかなんて知らない。

「行くしかない……!」

 フットペダルを全力で踏み込む。火花の轍を地面に引きながら一直線にオーレリア機へ。

 が、次の操作をする直前になって誤算が生じた。

『甘い! 甘すぎる!』

 シオンが絶好の距離まで近づこうとしたまさにその時、オーレリアの勇ましい声と共に弾かれたローレンス機の大剣。手放すことはなかった、それでも大剣に引っ張られローレンスは大きく大勢を後ろへ傾げさせた。オートバランサーが働き、大きく脚を踏み込む。

 その一応の仲間の危機を気にする間もない、目の前で体勢をこちらに向けたのはは帝国トップクラスの武人だ。

「それが、どうした!」

 気合いの咆哮と共に、ローラー駆動から歩行モードへ。同時に前足となっていた左下肢を振り上げる。ギギ、と右足が過剰な負荷に悲鳴を上げるのも気にしない。

 誰が機甲兵の武器が兵装だけだと言った。蹴りだって立派な攻撃だ。

『ほう……!』

 漏れ出るオーレリア将軍の声。蹴りの姿勢のままシオン機はオーレリア機に衝突し、大量の鉄骨が崩れるような大音響を響かせる。

 衝撃が強すぎて、シオンはコックピット内でシートベルトに内臓を締め付けられた。頭も座席の後ろの機械にあたって痛みを訴える。

 が、捨て身覚悟の攻撃でも、オーレリア機は倒れない。

「まじかよ……!?」

『フフ……久々に面白い人材を見るけられたものだ』

 先ほどのオーレリア機の姿勢は直立に近かった。とてもこちらの蹴りと体当たりに耐えられるような状況ではなかったはずだ。

 機体の細かな導力伝達を調整して、一部に大きなエネルギーを生み出すことで一見してあり得ない挙動を可能にしているのか。そういえば先ほどのローレンスの剣を弾くときの挙動も、どう考えても普通の操縦ではできない。

 だが、そんなことよりも。

「重い……!」

 操縦桿を必死で前へ倒しているのに、万力のような力で押し返してくる。それはそのまま、取っ組み合いをしているオーレリア機との出力の差が出ているのだ。完全に力負けしている。

 全体重を預けて左手で押し込み、辛うじて右手の操作で大剣を手から離した。機甲兵も両手を使わなければ立ち向かえない。

 マッピングシステムに点灯されている一つの点が、すなわちローレンス機が再び攻撃体勢を取り、オーレリア機へ突っ込む。これはまるで、シオン機ごと葬り去るような挙動。

 この瞬間だけは、怒りよりも称賛が勝った。オーレリア将軍に犠牲を払わずに勝つなど、少なくとも今の二人では不可能だ。

 だが、それすらも遅かった。

『なかなか楽しめたぞ。ローレンス、アクルクス』

 押し合いながらも半身となるオーレリア機。空いた右手で大剣を振るい、再び迫るローレンスの大剣の柄を切り裂いた。大剣が大きく宙を舞う。

 左手でシオン機の腕を掴む。まずいと思う暇もなく。

『余興も終わりだ』

 オーレリア機のランドローラーが唸りを上げた。しかも横に。姿勢を崩されているローレンス機にむしろ近づき。

『はああ!!』

 掛け声とともに、オーレリアはあらゆる導力を駆使してシオン機を引きずる。シオンは必至で抵抗するが、ほとんど意味をなさない。

 そのままシオン機は、ローレンス機に向かって無造作に投げられた。もはや完全に転倒し、何とか防御に徹しようとしていたローレンス機になだれ込む。

「くそ!」

 一応は転倒姿勢からの復帰を指導されたが、そもそも戦闘中に転倒した機甲兵は瀕死と同義だ。この時点で、シオンの敗北が決定する。思ったより悔しいと感じる自分に驚きつつ、その憤りを隠さずにコックピットのシートを叩く。

 静寂に包まれた訓練場。ローレンス機も胸に深紅の大剣を突き付けられていた。これは実戦であれば重要機関を破壊される──言うまでもなく死と同義。

『機甲兵は、四肢を破壊するより転倒刺せるほうが容易だ。皆も覚えておくがいい』

 静かに告げるオーレリア将軍。

 シオンたちは、二度目の黒星を噛み締めることとなった。

 

 

────

 

 

 ジュノー海上要塞の司令室は、地上階から天守へと至る途中に存在している。

「アクルクス、其方はクロイツェンからの出向だったな。どうだ、このオーロックス砦の司令室とは違うか?」

「……趣は同じですが、広さは段違いかと。将軍はオーロックス砦に寄ったことはないのですか?」

 オーレリア将軍に招待された、というより連行された司令室に入る。

 言葉を交わしながら、将軍は迷うことなく調度品が備えられている場所へ歩く。

「領邦軍上層部の会合でならな。ふふ、他愛のない会話だ。流すがよい」

「はい」

「軍人の上下関係など、今は忘れるがよい。茶を入れてやろう。座れ」

「はぁ」

 むしろ命令に逆らったほうが死にそうな気がしてならないが。

 機甲兵の操縦訓練は今も続いている。だが最初に二連戦を繰り広げたシオンとエラルドは休憩することになり、しかもシオン一人は天下のオーレリア将軍に直々にこの部屋に連れてこられた。

 天衣無縫とも言える将軍は、なおも自然体で自ら紅茶の用意をしている。これ以上従わないのも怖いので、シオンは大人しく来客用のソファーに腰かけた。

「まあ其方としては、酒の類のほうが喜ぶかもしれんがな」

「な、なぜそれを?」

「顔を見ればわかる」

 なぜだ。

「とは言え、私と酒の席を共にできる者などそうはいないが」

「ラマール領邦軍司令にして伯爵家当主でもある貴女に、釣り合う男などそうはいないでしょうから」

「いや、そうではない。大抵の者は途中で意識を失うからな」

 だからなぜだ。なんで物騒な話題しかない。

 用意された紅茶入りのカップを、シオンは心なしか震える手で持つ。それを一口飲むころ、オーレリア将軍も対面の席へ座る。

「先ほども言ったが、中々に楽しませてもらったぞ。機甲兵は多くの者にとって新兵器。私とまともにやり合えるのも、まだウォレスぐらいしかいないからな」

「恐縮です。……と言っても、五分も経たずに完全敗北となりましたが」

「仕方あるまい。せいぜい精進するがよかろう」

「ええ、こちらも学習させていただきます」

 オーレリア将軍との一戦は、シオンにとって学べるものが多かった。機甲兵の操作方法には、まだまだ工夫を凝らすことができる。オーレリア機の起動には教えられた操作以外に、導力の出力の誘導や集中による膂力、それを駆使した生身の体術の模倣。戦闘の最後に転倒させられたのは、あくまで単純な殴る蹴るしかできない今のシオンではまずできない挙動だった。

 自分の可能性を黙考していると、オーレリア将軍は言った。

「さて、本題に移ろう」

 その声には、面白いものを見ると同時に、試すような凄みも感じる。

 オーレリア将軍は核心をついた。わざわざ一兵卒であるシオンを呼び出した理由だ。

「連携不足に本来、どちらが悪いなどと子供の問答はしない。だが其方には、少々心当たりがあるようだな」

「……判りますか」

「判るとも。私を誰だと思っている」

「……」

「ここは二人だ。語りたいことを正直に話すがよい」

 それは言うまでもなく、エラルドとの連携の不備を言っている。

 わざわざ一兵卒のシオンに連携の大切さを説くために読んだのか。型にはまらない将軍だ。

(どうする……?)

 相手は貴族派が要する領邦軍のトップ。性格には合わなそうだが、シオンの素行を上層部に話して拘束することもできる人物だ。

 だが、この場でやり過ごすこともできなさそうだ。それだけ、有無を言わせない迫力がこの将軍にはある。

「ではお聞きします……」

 覚悟を決めた。圧は怖いが、それでも決して殺されるわけではないだろうと落ち着いた。

 その空気を感じ取ったのか、オーレリア将軍は笑う。意外な才能のある者がいるものだなと。

 シオンは発した。決意と、少しの震えと共に。

「貴女は……疑問に思わないのですか、この状況に」

 

 







次回、怖いお方との対談

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