帝国には現在、二つの派閥がある。
一つは貴族派。自分が属する組織母体をあえて悪く言うのなら、四大名門が筆頭となり自分たちの領地と共に財力を執拗に守ろうとする伝統的な保守勢力。
そしてもう一つは革新派だ。鉄血宰相という正規軍出身の政治家を筆頭に、多くの平民が集まり中央集権体制を作ろうとする文字通りの革新的な勢力。
両者は俗称ながらも確固たる対立を続け、それぞれ帝国正規軍と各州領邦軍が軍事力となって水面下での争いを続けている。
そんななか、帝国各地に点在する帝国正規軍を翻弄し各州の領邦軍と連携するための組織として編成されたのが、シオンたちが属することとなったSUTAFEだった。
シオンたち百人の各州領邦軍兵士は、まずグレイ副指令から明かされたSUTAFEの概要に目を見張った。このSUTAFEという各領邦軍の協力は、来る革新派との全面対決の時に一歩近づいたかのようだった。
この日は説明だけで終わった。しかし兵士たちの身分は既にSUTAFEへ移行されており、ここからの一ヶ月はSUTAFEの宿舎となる説明した建物へ物資を移動するための期間だったのだ。
シオンはオーロックス砦へと戻り、部隊長へは反抗心から大した報告をせずに、代わりに同期たちには愚痴の意味合いも含めて盛大な報告会を行った。
ケルディックの両親へ手紙を送ったり、宿舎にある荷物の整理をしたり、配属先が変わるにあたっての事務仕事を行ったり。
必要な手続きを行うことで、一か月の時はあっという間に過ぎていった。
そして四月一日。SUTAFEの実働一日目。シオンたちSUTAFEの兵士は、帝都西郊リーブスの街へ再び訪れていた。
既に荷物は新しい宿舎へ届けている。同時期に百人もの人間の荷物が鉄道網を利用した配送屋に預けられたのだから、彼らはたんまりと貴族様から流れた金に顔をだらしなくしていることだろう。
「よ、シオン」
「おはよう、ケイルス」
時刻は朝の九時。前回とは違い、随分と早い時間帯での集合となった。
場所は例の演習場。ここからならL字型の宿舎の二つの出入口どちらにも近い。説明会を開いた講堂や更衣室や訓練室、そして兵士たちの部屋がある宿舎のどちらにも行けるのだ。
「何だか皆、慣れないって顔してるよなあ」
「そりゃそうだ。今まで来ていた軍服とは違う色なんだから。誰もかれもが困惑してるだろうさ」
シオンとケイルス含め、その場にいる全員が翡翠の軍服を着ている。デザインは各領邦軍のそれと同じだが、鮮やかな色合いは不思議と気分を優雅にさせた。
今日は実働一日目ということで、これからの軍務の説明があるはずだ。だがやはり気持ちを切り替えるためか、最初に集会があるらしかった。
その集会のため、前回とは違い指定された場所へ向かおうとする。
その時、誰かと肩がぶつかった。
「っとと、悪い――」
「フン、また貴様か」
その声を聞き、シオンは少しばかりげんなりとした。ぶつかってしまったのが先日一触即発となったエラルド・ローレンス伯爵家嫡男だったからだ。
「はあ、ぶつかったのが可愛い女の子だったら運命を感じるんだけど……」
シオンはわざとらしく盛大に嘆く。
「それがアンタじゃ、喧嘩に発展しそうな未来しか見えないから困るよ」
「ならその通りになるのが望みか?」
そう言って仁王立つエラルドは、随分と翡翠の軍服が様になっていた。身長も自分より高く、威圧感がある。精悍な顔つきも相まって、優雅な貴族というよりは正規軍の軍人のような印象を受ける。
だからか、取っつきやすいのはとシオンは納得した。貴族に対して畏怖がなく気の抜けた接し方が常とはいえ、こうまで軽いやり取りを続けられるのはそれが原因だからだろう。
「いや、それは止めておくよ。腕っぷしには多少自信はある。けどローレンスが相手じゃ立場的にも部が悪そうだ」
エラルドの取り巻きから「様を付けろ様を!」などと音が聞こえてくるが、 そこは無視だ。
尚もエラルドは仏頂面を崩さなかった。
「貴様は、クロイツェン領邦軍の平民だったか。その腑抜けた言動がアルバレア公爵の名を汚しているという事を、学ばせてやろう」
「そちらはカイエン公爵家のラマール領邦軍だったね。
見渡せば、いつの間にかの人だかり。また不要な注目を浴びてしまったらしい。エラルドは悠然と自分の指定位置に向かった。ついでに取り巻きはやたらとこちらを睨んでいた。
やれやれと恐縮してから、遅れて自分の指定位置へと足を運ばせた。
今度は前回の無秩序な説明会と違い、各人指定された配置できれいに整列している。横十列の各列十人。きれいな正方形の配置を取った人間たちは、みな一様に背筋を伸ばして一つの方向へ目を向ける。(見るものから見れば)色々と問題行動のあるシオンだが、この場では大人しく不動を貫いた。
グレイ副司令はよくある設立の挨拶を手短に済ませた。士気を上げるための演説もそこそこに、次は長い時間をかけてこの場にいる百人全員の名前を読み上げた。そして、各々がどのような班編成となるかを告げる。
SUTAFE の規模は、百人の中隊だ。それを二十五人の四小隊、さらに五人の二十班へと分ける。班の編成は各州で統一するのではなく、四つの州の兵士を混成させるのだとか。
指揮系統は、グレイ副司令からの伝達が各小隊長へと伝えれ、さらに各班長へと伝達される。極めて単純なものだ。
そうして、順々に名が呼ばれて言った。各々の所属する小隊と、そして班が明かされる。小隊長と班長も、同時にこの場で発表された。
「ケイルス・ラグバレッジ。第二小隊、第八班への配属とする」
知っている名の中では、最初にケイルスが呼ばれた。しかし現状、特別喜びようもない。この集団は互いに七割以上が実質初の顔合わせだし、残る三割弱の同郷も分断される班編成になるのだから。
「エラルド・ローレンス。第二小隊、第六班への所属、並びに班長の任を命ずる」
やたらと衝突の多いエラルドはケイルスと同じ小隊だ。しかも班長。シオンの隣でグレイ副司令の声を聞いていたケイルスは、随分げんなりとした顔になった。
そういえば説明会の際に言っていたが、班長となった者はいずれ出向元の領邦軍に戻った時には一階級昇進することが決定しているらしい。それで組織全体の指揮を上げるつもりなのか、はたまたそれだけの苦労を背負い込む活動を行うのか。どちらも気にせずのんびりしたいと、シオンは嘆息した。
同時に考える。知らない人たちの班編成なんぞ知ったことかと、ぼんやり思考を宙へ飛ばした。
そんな折、タイミングも悪くシオンの名前が呼ばれる。
「シオン・アクルクス。第二小隊、第八班への所属、並びに班長の任を命ずる」
「うへぇ」
思わず吐いた息を周りに聞かれないようにするのは苦労した。
ケイルスと同じ班。同郷は分かれやすいことを考えれば幸運だが、班長となったことと第二小隊となってしまったのは不運だ。
エラルドとは同じ小隊の班長同士。顔を合わせる機会も多いだろう。
(前途多難だな……)
四月始め、暑くも寒くもない。それでも何とも言えない疲労感をシオンは感じてしまうのだった。
全員の名が呼ばれた。次は先日の講堂で各々顔を合わせ、昼よりSUTAFEとしての業務開始だ。
隣のケイルスに声をかけ、シオンはため息を吐きながら移動した。
顔を合わせたSUTAFEの同期たちは、意外にも尊大な態度をとる人間はいなかった。自己紹介をしながら、シオンは班単位での行動ならのんびりやれると安心した。
シオン・アクルクス。クロイツェン領邦軍の出、軍属は今年で四年目。第八班のリーダーとなる。
ケイルス・ラグバレッジ。クロイツェン領邦軍の出身、軍属四年目。シオンとは同期で親友。
フェイ・ロレンド。ノルティア領邦軍の出身、軍属三年目。眼鏡つり目の知的な印象だが、ノルティア州を治めるログナー侯爵家の令嬢と親しいと抜かす独特な雰囲気の男。
サハド・ツェイズ。サザーラント領邦軍の出身、軍属九年目。先輩後輩問わず同僚の殆どがのみ仲間だと自慢する、豪快な男性。
レイナ・ローアン。ラマール領邦軍出身、軍属四年目。先日エラルドについて教えてくれた、軍人とは縁遠そうなポニーテールの女性。
この五人のが第八班だ。簡単な自己紹介の後、さっそくSUTAFEとしての班業務が各小隊に課せられた。
――――
そこからの数週間は、新たな環境になれるために精神力を浪費した日々となった。軍人としての訓練、各州領邦軍との連携、組織内での規律の意識。新たな環境である以上、今までと同じ業務でもそれを行う理由は大きく異なってくる。
SUTAFEの業務、そして規定を大まかに言ってしまうと、以下のようなものになる。
①、SUTAFEは各々が所属していた州にとどまらず、飛空艇を持ちいて各州に自由に赴いて独自の調査や領邦軍の補佐を行える。
②、その職務は特別な時を除き、訓練や各州の補佐など各々の裁量・指示に任される。
③、各小隊はそれぞれ四州を担当。担当された州の領邦軍と連絡をとり時事の収集を図る。各々がその州の益となるよう領邦軍と連携する。
④、各小隊が担当する州は定期的に入れ替わる。
⑤、SUTAFE の基本的な戦力は百人の歩兵と四機の飛空艇である。
⑥、組織分類としては領邦軍に属さず、あくまで領邦軍と協力関係にある組織である。しかしその権力行使は領邦軍と同等である。
これが最初に暗記しろと命じられた、最低限行動していくために必要な知識だった。まるで五つ目の領邦軍できたようなものだが、こうも露骨だといっそ笑えてくる。
領邦軍との連携などほざいてはいるが、四大名門の上層部が狙っているのは帝国正規軍への牽制だろう。典型的な上司に翻弄される部下の図だ。余り目立たず事務作業をひっそりこなしたいと思った。
その野望の通り、数週間の間は大人しく生活することができた。先のエラルドとの邂逅で色々とやらかしてしまったが、誰も彼も目の前の環境慣れに苦戦している状況だ。少しずつ、記憶もぼやけてくるだろう。
そうして時間は過ぎていく。日々の業務に追われるなか、自分のなかに拭いきれない違和感が産まれたことに気づいた。
(この組織を作った理由は理解した。けど、それを提唱したのは誰なんだ? そもそも説明役がグレイ副司令だけで司令がいないのも引っ掛かる……)
規定と主旨だけでは説明しきれない
日々の業務から自分の琴線に触れる出来事が起きたのは、四月二十三日になってのことだった。
「大市の揉め事に対する調査?」
「そう。昼間、ミーティングで俺の同期が挙げてただろう?」
朝食時である。八班の班員が集まるのを待てず、忙しくパンを咀嚼していたところ、相席していたケイルスが一つの話題を投じたのだ。
ことが起こったのは、日に二度は必ず、そして非常時に応じて適宜行われる各州領邦軍からの情報開示の時だ。
どこかしらの州で領邦軍を補佐すべき任務があるのか、あるいはそれを要請されたか、はたまた独自で動くべき何かしらが生じたか。いずれにせよ、そういった不特定の時事を報告すべき時間に、クロイツェン州の担当となったケイルスの同僚が言っていた。
交易町ケルディックにて、アルバレア公爵家から下された増税により町民との軋轢が生じている、とのことだ。
「ふーん……」
「シオン、お前もそうだろうけどクロイツェンの人間は皆この話で持ちきりさ」
他の州からもちらほらと情報開示がなされているが、これと言って気になるものはなかった。サザーラントの紡績町で不可解な事故が生じたとか、ラマール軍からの訓練要請が来たとかなら聞いたが、所詮は他州の話だ。二人としては、やはりケルディックの話が気になる。
「よう、おはようさん二人とも!」
「何の話をしているんですか?」
やってきたのはサハドとレイナの二人だった。フェイはまだ来ないらしい。後で遅刻だと煽ってやろうとほくそ笑みつつ、ケルディックの件を伝える。二人はその立場に違わず、公平な意見と年長者としての意見を出してくれた。
「確かに、気になる話ではありますね。それにお二人はクロイツェンの出身ですし……」
「気になるっていやあパルム紡績町の事故も気になるが、あちらはもう第一小隊が動いているからな」
そう、紡績町は既にサザーラント領邦軍の要請があり、自分たち以外の兵士たちが移動し始めているのだ。たしか、今朝出発したとかなんとか言っていたか。
だが紡績町が『事故』である一方、ケルディックでの出来事はたかが『揉め事』だ。クロイツェン出身の者でなければ気にすることもない、小さな事象だった。
SUTAFEの規則では、それこそ要請が来なければ無理に行く必要はない。そもそも揉め事程度なら、ケルディックに詰めている領邦軍だけで解決できるだろう。本来、自分たちの出る幕はない。
けれど、やはり地元民の性かそれとも偶然か、シオンは妙な不安を覚えた。
大人しく日々を過ごしたいとは考えているが、やはり気になるのはSUTAFEなんていう組織ができてしまった帝国の状勢だ。この組織を利用するくらいでなければ、自分はそれこそ上層部の思惑に振り回されるだけに日々を費やしてしまいそうな気がする。
もう一度考える。自分たちの出る幕はない。そもそも、領邦軍の兵士たちはこと程度のことに関係しようなどと正義の味方は気取らない。そもそも要請を受けていないのだから、発足数週間の組織内では突飛な行動として目に映るに違いない。
だが、逆に要請がなくとも赴くことは、報告さえ行えば決して許可されない訳ではない。
「ケイルス……たしかこのSUTAFEって、班単位での独自調査もある程度一任されてるよな」
「あ、ああ。確かにグレイ副司令もそんなことを言っていたけど」
食事を終え、シオンは口に手を当て視線を落とす。質問に肯定したケイルスの声に、さらに考え込んでいるようだった。
その様子に、サハドは楽しそうに顔を歪める。
「おっと……漸く我らが班長殿も班長らしく指揮を執る気になったらしい」
「よして下さいよ、サハドさん。こっちは貴方に役を譲って隠居したいんですから」
「ふふっ。でもシオンさん、何だかんだで私たちをフォローしてくれますよね」
「レイナも何言ってんのさ。俺は楽をしたいだけだ」
何やら盛り上がってくる。そんな折、第八班最後の一人がやって来た。
「おはよーございます……って皆さん、なんかあったの?」
眠気を噛み締めながら席に座るフェイ。彼の目には、自分たちは朝から妙に張り切っている集団に見えたらしい。
フェイの質問には、真っ先にケイルスが返した。
「んにゃ、シオン班長がやる気になったって話をしただけさ」
「やる気?」
未だ気だるげに、フェイは聞いてくる。シオンは頷きながら、それでも否定するところは否定した。
「ああ。ま、やる気になったんじゃなくて。気になっただけだけど」
そして、班員全員に告げた。このメンバーでの、初めての任務となる行動を。
「行くぞ。ケルディックへ」