西郊都市リーブスから列車に乗る。帝都で一度列車を降り、必要な物資を手にしてから路線を変える。大陸横断鉄道で懐かしいとある駅を通りすぎると、数十分後には馴染みのある穀倉地帯と田園風景が見えてくる。
「わぁ……すごい綺麗ですね」
車内、窓際に座るレイナは物珍しげに声を洩らした。一方対面するサハドは楽しみで仕方ないと言うように喉を鳴らす。
「ケルディック……ライ麦を使った地ビールが旨いんだよなぁ」
「お、サハドさんもイケる口ですか?」
「そりゃもう、休日前のビールは俺たちの癒しだからな。シオンもそうだろう?」
「ええ、そりゃもう」
男二人のだらしのない顔には、ケイルスも同調した。
最後、どちらかと言えば静かに佇む事の多いフェイが突っ込んでくる。
「それで? そろそろ話をまとめようよ。町の増税に関する揉め事を調べるのは判った。でも、班長とケイルス以外はクロイツェンの事なんてさっぱりなんだから」
「ああ、そうだな」
「なら、俺とシオンで順々に説明していくぞー」
確かに、基本的に自分の守る州の事しか知らない人間たちだ。これからはどこかへ赴く時、班の誰かしらが説明をすることになるのだろう。
気を取り直して、これから調査を行う前の現地講義を行っていく。
交易町ケルディック。広大な穀倉地帯の中心に位置する、各種交易が盛んな町だ。大陸横断鉄道の中継駅もあり、西はラマール州の海都オルディス、東は大国カルバード共和国までの様々な商品が毎週の大市に並ぶ。
地理としては、アルバレア公爵家が治めるクロイツェン州の北方に位置する。北には帝国随一を誇る森――ヴェスティア大森林があり、その一部を人が入れるよう整備されたルナリア自然公園は観光地としても有名だ。
特産は野菜と地ビール。シオンたち親父臭い人間が求めてやまない田舎料理の王道。
と、ここまでは典型的な基礎知識。ケイルスが余談を挟む。
「それと、コイツ――シオンの実家がある」
隣に座る班長の肩を叩くと、他州の三人がわぁっと反応した。
「そうか、久々の里帰りか。是非両親に会ってくるといい」
「楽しみですね、シオンさんの御両親」
「サボらない程度にしてくださいよー」
サハド、レイナ、フェイ、三者三様の反応に目線を宙へ泳がせた。コホンッと息を吐いて、会話の軌道修正を図る。
「程々にしとくさ。大事なのは調査だからな」
シオンの実家はケルディックの農家だった。物心がついた頃から畑で育ち、大市で走り回り、多くの商人を見て見聞を広めた。そして仕官学院を経て、軍人としての道を志した。
今頃両親は自分のするべき仕事をあくせくとこなしているだろう。両親の仕事を手伝うという選択肢もあったので、畑仕事の忙しさを思えば少しばかり申し訳なさも感じる。
そのケルディックでの、増税による揉め事。
しかしシオンがケルディックの調査を決行したのは、別に地元への感傷が働いた訳ではない。
「こんな片田舎の揉め事への介入なんて、相当上手くやらにゃ副司令の雷が落ちちまう」
SUTAFE。その建前は四州の連携。その存在意義は各州領邦軍の補佐。その真意は、革新派が擁する正規軍の牽制。これを成し得なければ、貴族派主義に凝り固まった上司や同僚の集中放火を浴びるに違いない。
「でも、せっかくどこぞのヒーローみたいにある程度自由な行動ができる場所に流れ着いたんだ。できる限りやりたいように動きたい。皆、俺の我儘に付き合ってくれるか?」
少しばかり申し訳なさげな口調。同僚であり、立場上部下でもある四人は、大した間を置かずに答えた。
「初仕事が班長の地元! 景気付けにはうってつけじゃないか、張り切るとしよう」
「シオンさんの姿勢は素晴らしいと思います。是非、ご一緒させて下さい」
「厳しすぎなければ、班長の指示に従うよー」
「俺はお前の親友だろ? こんな程度の我儘慣れっこさ。楽しむとしようぜ」
思った以上にすんなりとした返答に、シオンの口角も自然とつり上がる。
SUTAFE第二小隊、第八班。初めての調査が幕を上げた。
――――
とにもかくにも、町に到着して最初に赴くのは連携を図るべき領邦軍の詰所でなくてはならない。そして義務ではないだろうが、期を見て町長――ケルディックでは大市の元締めも担っているオットー氏の元へ向かうべきだろう。突然見たこともない軍服を纏った人間に町をうろつかれては、双方たまったものではない。事前に連絡を通したとはいえ、一般的な常識としては当然の配慮だ。
しかしながら領邦軍の問題児、シオン・アルクルス。そんな魂胆で行動を起こそうとはしなかった。
「久しぶりぃ、マゴットおばさん!!」
「おやぁ、シオンじゃないか!」
何はともあれ行かなくてはならない場所がある。そう言って青年が四人を案内したのは、あろうことか居酒屋である。これにはさすがの班員たちも呆れるしかない。
「妙な服だけど、随分様になってるじゃないか。しばらく見ないうちに逞しくなったねぇ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。おばさん、それよりも景気付けに一杯ビールを――」
「なーに言ってるんだこの自堕落班長がぁ!」
軍人以前に大人としての品性が危ぶまれる青年に、親友による鉄拳制裁が下る。脳天を貫いた衝撃に、シオンは真昼の居酒屋に星空を見た。
そのままふらつくシオンを背後からサハドがキャッチ。両手をレイナとフェイが拘束。幸か不幸か、班結成数週間での見事な連携はシオンの腹にケイルスの二撃目を与えることになった。
「ごふぅぉ!」
「ごめんごめん、マゴットさん。俺たち仕事でケルディックに来てさあ」
事を為したケイルスが何ともないようにマゴットに言う。彼女も彼女であっさりと目の前の光景を受け入れた。
「おや、あんたはケイルスじゃないか。そういやシオンと同僚だって言っていたねえ」
「ああ。一日か、二日かな。少しだけ、またお世話になるよ」
シオンはケルディック出身として。そしてケイルスは居酒屋の常連としてマゴットと顔見知りだった。マゴットは良識ある人間なので、シオンが引きずられても自業自得として何も言わずに受け入れている。
「ほら、まず行くところは領邦軍詰め所だ。行くぞ馬鹿班長!」
「うー、俺の地ビール……」
「せめて今日の夜までとっとけ!」
二人を知らないものは少し顔を引きつらせて。知る者は呆れ笑いを浮べながら、五人が外へ出るのを見届けた。
そして数分後、ようやく回復したシオンを先頭に五人は詰め所の前までやってきている。
「まだ腹が痛い……隊長の前で吐いたらどうするんだよ……」
「自業自得だ、とっとと歩け」
確かに自業自得だが、そうとは認めたくないのがシオンの性だった。隙を見計らって飲みに行ってやるなど、そんな野望を人知れず抱く。
もっとも、どのみちマゴットがシオン相手に勤務中に酒を出すことは絶対にないのだが。
気を取り直し、五人は詰め所前の兵士に声をかける。今回は、約一ヶ月前までこの場所に勤めていたケイルスが前に出た。
「お久しぶりです、先輩。SUTAFE第二小隊第八班です」
「ん……? ケイルスじゃないか、びっくりしたぞ」
「へへ。隊長へのアポ、お願いできますか?」
「ああ、ちょっと待ってろよ」
ただの一般人が唐突に入るわけでもなし、加えて一人は元々勤めていた場と来ている。部隊長への面会の時間はものの数分でやって来た。
そろそろ本格的に調子を戻したシオンを先頭にして、一同は執務室へ行く。
「失礼します。シオン・アクルクス、以下五名、参りました」
「入りたまえ」
ケルディックの部隊長は、シオンとケイルスが入隊する前から変わっていない。ケイルスはケルディック部隊に勤め始めてからの上司であるし、そしてカイトは地元の部隊長という関係性上、この部隊長の人となりをよく知っていた。
「ふむ、ラグバレッジではないか。久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。部隊長」
「私としてはお前を含め、落ちこぼれの顔を見ることがなくなってほっとしているがな」
「ぐ」
そう、実に貴族寄りな考えを持ち、下の者を見下しやすいという性格だ。
「部隊長殿。今回はこちら側の提案に許可を下さり、ありがとうございます」
シオンが、表面上は礼儀を正して言う。
上司というものは少なからず高圧的な存在だが、領邦軍に至ってはそれが顕著に表れている。自らが組織ながら、シオンはこういった人物があまり好きではなかった。
「ああ、そちらのことは聞いている。増税による町人の不満を諌めること、それに協力したいとのことだったな」
「はい」
シオンは班員たちには増税による町民の様子の調査と伝えていたが、先方であるケルディック部隊にはあくまで領邦軍の援助である、ということを伝えてある。その方がSUTAFEにも部隊長にもいい心象を与えられると考えたからだ。
「だが、他にやるべきことはないのか? 増税に文句を垂れる町民の処理など、我ら領邦軍が行う問題でもあるまい。暇を持て余しているのかね?」
シオンは後ろに控える三人が、息を漏らすのを感じ取った。ケイルスは音こそ出さなかったがやれやれと呆れた表情を浮かべているのだろうなと、付き合いの長さ故に自然と予想している。
苦笑が含まれた、ぶっきらぼうな物言いだ。
「私はケルディックの出身でして。同じ地元の者から説明した方が町民が納得するのも早いと考え、部隊の援助を願い出た次第です」
「なるほど、それならば感心するが……アクルクスといったな、君もクロイツェン領邦軍の出か」
「はい」
「業務と称しての里帰りか。こちらが職務に励んでいる中、随分と羽振りがよさそうなものだ」
「……」
親に顔を見せる気がないと言えば嘘になるが、こう正面切って馬鹿にされるのはいい気がしなかった。
そんなSUTAFE五人の様子に気付いているのかいないのか、部隊長は筆を滑らせながら小言を続けてくる。
しかし他州出身の三人の印象は、ケイルスに向かって放たれた言葉によって最悪になる。
「まったく、上層部もどうして急によくも判らん組織を作ったのか。まあ、お前のような厄介者をまとめて引き取ってくれたことにはどこの部隊も感謝しているがな」
「……ハハハ、全くその通りですネ」
もはや反論することさえ無駄、というようなケイルスの返事だった。
シオンは、あくまで冷静さを装って訪ねる。
「では、我々はこれより業務を開始するので失礼します」
「ああ、判った。とにかく面倒事は起こしてくれるなよ。ただでさえ忙しいのに、余所者が多いときている」
「余所者?」
「無駄骨を折らせるほどそちらのような暇はないのでな」
雑に手を払われるような動作で、部隊長との会話は終わった。
――――
ケルディックは大市が有名だ。シオンとケイルスが三人に説明したように、大市には野菜、穀物、香辛料に調味料といった豊富な種類の食料、革や糸といった服の材料、さらには種々の調度品など沢山の品が並んでいる。
SUTAFEの五人は手頃な軽食を各々手にしていた。早めの昼食である。
「にしても……クロイツェンの隊長殿っていうのは、あんな風にいけ好かない奴らばかりなのか?」
年長者であるサハドが、聞いてきた。ケイルスがため息をつきながら返す。
「……残念ながら。そりゃ、全員が全員って訳じゃないですけど」
「サザーラント領邦軍は気質も穏やかだって知り合いから聞いてますよ。そこと比べると、まあ質も落ちますよね」
シオンが苦笑する。言うまでもなく、五人は部隊長の物言いに不満を覚えていた。確かにほぼ全員が余所者ではあるのだが、正式な許可を得てきている他の組織の人間に対する物言いではない。ましてやケイルスを指して厄介者と言ったのだ。
当のケイルスは自分が部隊長からどう思われているのかを知っているので苦笑するだけだが、他州から来た三人は違う受け取り方をする。自分の同僚をコケにされたも等しい。憤慨もするだろう。
シオンが言うように、別の州であれば風潮も変わってくる。今言ったようにサザーラントは穏やか、ノルティアは豪傑、ラマールは聡明な傾向があると聞いている。それと比べるとロイツェンの印象は笑えるぐらい低い。
「明らかに歓迎されてないよね、僕たち。面倒だなあ」
フェイがぶっきらぼうに呟いた。声こそ出さないがレイナも同じ気持ちらしい。
自分たちは歓迎されていない。同じ領邦軍という括りなのに邪魔者扱い。
「ま、あれこれ言っても仕方ない。さっそく調査を始めるかい、班長殿?」
「ええ。始めましょう。元々俺の我儘だし、やることだけやって、一日二日ぐらいでちゃっちゃとリーブスに戻りましょう」
領邦軍への言い訳は、あくまでもめ事を諌めること。そして本音は、揉め事の真相を調べること。どちらにしても、体よく動くには人への聞き込みが不可欠だった。
詰め所で書類を見ることもできるが、部隊長や性格の悪い兵士の噂の的にもなりたくないので、一先ずは外へ出ることにする
五人はまず、町の外で農業に営む人々への聴取を始めた。街道には魔獣もいるうえ、他州の三人は道に迷って調査が滞ってしまうとの判断だ。
班長でありケルディック出身のシオンを先頭に魔獣を蹴散らしながら進む。領邦軍の兵士は主にアサルトライフル、剣、銃剣から武器を選択し、そして全員に単発式拳銃と旧式の戦術オーブメントが支給される。ケイルスは銃剣を、サハドは剣を、フェイとレイナはアサルトライフルを得物としていた。そして今回、シオンは剣を見繕ってきている。
出会ってまだ一ヶ月もたっていない五人は、仲間としての連携はまだぎこちない。しかし数年から十年近くの領邦軍勤めの経験を活かした兵士としての連携を試みた。
そもそも兵士は白兵戦を得意としない。この中でそれが得意なのはシオンだけだった。シオンに次ぐのはサハド、その次点がケイルスだが、あくまで平均的な兵士としての力に過ぎない。あくまで軍属であることを忘れず、五人は慎重に街道を探索する。
町の外で気になったのはルナリア自然公園の管理人が変わったということぐらいで、大した成果は得られず。次は町へ戻り、各々町民への聞き込みを開始する。
元々ケルディックに勤めていたケイルスがフェイと組み、社交性も高いサハドがレイナと組んだ。そして知り合いも多いシオンは単独で行動することになり、この三チーム編成別れ、夕方ごろに落ち合うことを決めた。
シオンはまず実家へ顔を出した。数ヶ月も会っていない両親との再会は自然と笑みをこぼれさせ、半ば無理やりに休憩させられる。ケイルス達には悪いが、少しの間ハーブティーを楽しむこととなる。
その後も各所へ顔をだし、時折すれ違う班員とは簡単な意見交換、クロイツェンの同僚には微妙な目線を送る。一通りの調査を終えるころには夕方になってしまっていた。
「……ああ、つっかれたなー」
階段の上から夕焼けに染まる大市を眺めつつ、一人ごちる。
元から揉め事がある、ということは把握しているが、実際に聞いてみることでさらに具体性が増してきた。
曰く、アルバレア公爵家は通達により、二カ月ほど前より大市の売上税の増税を宣布した。
曰く、それはここ最近の増税傾向から飛びぬけて高いものになっているため、オットー元締めはアルバレア公爵家へ陳情に何度も言っている。しかし陳情は全く相手にされず門前払い。
曰く、最近は領邦軍兵士からも圧力を受けている。大市でのトラブル、それに対しての不干渉を貫いている。
(部隊長の余計な真似をするなってのはそういうことか)
商人にとって売り上げ税が上がるというのは収入に直結する問題だ。商人同士の緊迫感も生まれるし、軋轢も増える。そうなれば影響は商人だけでなく農家にも、客にも及ぶことになる。町民の不満は尤もだ。
もちろんケルディックがクロイツェン州に属している以上税に関するいざこざは免れない。領地を管理する者に利を納めるのは当然のこと。……とはいえ、幾らなんでもこの情況は人道的ではない。
「困ったなあ。ちょっくら町のトラブルが増えたから、それを解明してオットー元締めにトラブルの予防策を提案しようとでも思ってたんだけど」
揉め事の実情は、一兵士が介入するにはあまりに大事だった。なんせ、町長と領主が話し合う、という段階まで来ていたのだから。その話し合いが全く行われていないとはいえ、今更自分たちがどうこうできるような問題ではない。
(かといって俺たちが小さな揉め事に対処できるのは滞在中だけ。仮にSUTAFEを常駐させようとしても、グレイ副司令とクロイツェンの上層部がそれを突っぱねるだろうしな)
自分が小言をつついてささやかな復讐をすることもできるが、それでは付き合ってくれた同僚に申し訳が立たない。同僚たちが集めた情報次第ではあるが、早晩シオンは途方に暮れることとなった。
「……はぁ」
自分が属する組織の馬鹿さ加減が身に染みる。確かに、定義上自分たちが仕えるのはあくまで領主に過ぎない。とはいえ町民・領民をないがしろにしていいはずがない。いいのなら、何のためにケルディック部隊などというものがあるのだ。
「ぼやいても仕方がないな。もう夕方だし、なけなしの可能性に賭けて改善案を募るか」
それを元締めと、無駄だろうが部隊長にも進言して帰る。意気消沈したものだから、帰るのは明日でもいいだろう。
まだ同僚たちは帰ってこない。ケイルスとフェイはともかく、サハドとレイナは慣れない場所での調査に手間取っているだろう。そちらの手伝いをするべきか。
「取り敢えず、せっかくだし何か食ってからでもいいかもな」
大市には馴染み深い知り合いもいる。その一人に、愚痴がてら会いに行こう。
その知り合いの場所は知っている。ケルディックに馴染んだ商人だから、場所も決まって固定されているのだ。
「やっす、ライモンさん。久しぶりに冷やかしに来ましたよ……てあれ?」
馴染み顔なのはライモンという名の商人だ。彼には娘もいて、適度な年の差もあって子供の頃は可愛がっていたものだ。最もその少女は父親に似てどんどん強かな性格に変っていったので、今では可愛げなど微塵もない商人娘へと変貌しているが。
ともあれ、店先に立っていたのは商人の親父ではなかった。立っていたのは青年――というより自立前の多感そうな少年。黒髪に整えられた顔立ち、優しそうな風貌。
(いや、どちらかというと覇気の無さそうな風貌?)
「いらっしゃいませ! 今は夕方のセールをやっていますよ」
「あ、ああごめんよ。ここって、ライモンさんの?」
「はい。ここはライモンさんのお店です。少し事情があって、彼は席を外していますが」
「そうか……」
もしやライモンの連れ子か隠し子かと考えたが、どうもそういうわけではないらしい。ただの少年でないと感じさせたのは、彼が身に纏っている紅い服。
その服に、シオンは既視感を覚えた。
「もしかして……君はトールズ仕官学院の生徒なのか?」
制服と呼ぶべき整えられた模様と布地は、色こそ違うが自分が学生だった頃のトールズのそれとよく似ている。何より肩口には校章である有角の獅子紋。間違えるはずがない。
「はい。実習で少しの間、ケルディックに滞在しているんです」
「へぇー……珍しいことをするもんだ」
「え?」
「いやいや、なんでもない。実習、頑張りな」
彼の表情は、どことなく自分を観察しているように見える。自分が彼の服装から身分を予想したように、彼もまた自分の翡翠の軍服を珍しがっているのだろう。ケルディックではクロイツェンの青服の兵士を見かけるだろうから、珍しさもなおさらだ。
だがまあ、SUTAFEのことはあまり口にしない方が良い。シオンは早めに買い物を済ませることにした。
「とにかく、リンゴでももらおうかな。何かを腹に入れておきたい気分なんだ」
「判りました。リンゴは一つ――」
一先ずシオンは、後輩との出会いを楽しむ。
早春のケルディック。日の入りの時間は近かった。