閃の軌跡~翡翠の幻影~   作:迷えるウリボー

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6話 共に戦う

 夕暮れとまでは言わないが、太陽がだんだんと地平線に近づいてくる。遠くに見える穀倉地帯のこの輝きから、巷では黄金街道と呼ばれているらしいのだが、今のシオンたちにはその景色を楽しむ余裕はなかった。

「それにしても、このままだと領邦軍に弓引くことになるけど、良いのかみんな!?」

 周囲の魔獣を注意して避けつつ、小走りで戦闘を行くシオン。所々途切れた声に、ケイルスが陽気な表情を浮かべて答えた。

「弓引くっていっても、この程度だったら子供の悪戯みたいなもんだ。悪戯万歳だぜ!」

 飛び跳ねたケイルスの頭に手を置き、豪快にサハドが笑う。それに対して、フェイは幾らか

「はは、いざとなったらSUTAFEでも屈指の年長であるオレが便宜を計ってやるさ」

「どちらにしたって面倒事だよ……ルーレでのんびりと姫様の手伝いしたかった」

「でも、何だかんだ反対しないですよね。フェイさんも」

 ぼやいた最年少兵士に微笑ましい突っ込みが放たれたが、それに対して当の本人はぶつぶつと口を動かすだけだった。

 ともかく、これから自分たちが起こす行動に異を唱える者はいない。それが奇跡的であることを理解して、感謝しつつシオンは再度行先を確認する。

「この調子なら、すぐにでもルナリア自然公園につくな。保険もかけたことだし、早めに向かって学生君たちに追いつこう」

 ケルディックでの話し合いの通り、シオンたち五人は領邦軍の小隊長殿たちと、今回の事件の実行部隊であろう誰かに目に物を見せてやるために行動している。シオンの土地勘が功を奏し、捜索場所は自然公園に限られた。

 街道を出る前に青年は四人を待たせ、オットー元締めの元へ向かった。元々知り合いでもあったので、アポイントなしでも時間をとってもらうのは容易い。オットー元締めから見れば少年の頃から見ていた昔馴染みであるし、シオンからしてみればようやく酒の席を共にできるようになった町長だ。色々話したいこともあるのだが、一先ず最低限のことだけを伝えておいた。

 自分の今の所属、何故この場にいるのか、そして事件の調査結果。自分たちがルナリア自然公園に向かうこと。そして、『保険』と称するもう一つの提言。

 これを手短に伝えた青年は、後々語り合うことを約束して別れた。

 ルナリア自然公園の入り口へとつくと、昨日の様子とは異なっていることに気づく。随分と偉そうな偽(疑惑)管理人がいないし、何より施錠されていた鉄格子の門が開いている。

「ふーん、こんな時に限って誰もいないってのはますます怪しい」

「おい、シオン」

「なんだケイルス?」

「これ、見ろよ」

 風に揺れて軋む門、その下には小指よりも小さい金属片二つと南京錠の欠片。誰かが開場するためにロックしていた金属棒を斬ったのだろう。

「でも、すごい切れ味だよなあシオン。一体誰が……」

「学生の仕業だろう、たぶん」

 学生は四人。そのうちの一人、黒髪の少年は珍しい形の剣を持っていたが、恐らくそれによる技術だろう。対して青髪の少女は主張が激しすぎるくらいの大剣を持っていたが、あれはむしろ粉砕するという言葉の方が正しいだろう。世の中には、自分が知らない武術体系なんて沢山あるはずだ。

「帝国じゃあアルゼイド流とヴァンダール流が有名だけどな。特に共和国なんかじゃ色々な流派があるらしいし」

「確かに……もともとトールズには色んな学生がいたしなあ」

 いずれにしても、学生が危険や一般常識を冒してまで門の内側へ入ったということは、彼ら学生でもそうする必要があると判断した『何か』がある。それだけは確かだ。

 門を慎重に開けた。後ろを振り返り、四人を見る。誰も緊張と、決意を瞳に携えていた。

「SUTAFE八班、これよりルナリア自然公園の捜索を開始する。中には魔獣もいるみたいだ、慎重に進もう」

 各々の掛け声を合図に、一同は自然公園内部へ侵入した。

 元々自然公園はヴェスティア大森林の一部を観光用にしたものだ。内部には道があるだけではなく、所々に像や石碑も見受けられる。四人に聞いてみると、各地の帝国森林や遺跡の内部にも似たようなものがあるらしい。数百年前の精霊信仰の名残らしく、時が時なら帝国の歴史を肌で感じることができただろう。

 時折襲ってくる魔獣を蹴散らしながら、一同は奥へ進む。それほど時間をかけずに、五人はその場所へ辿り着くことができた。

「いた……!」

「待て、ケイルス」

 シオンがケイルスの首元を掴んで止める。奥の広場には、数時間前に情報交換を行った学生たちと、公園の用務員たち四人が戦っていた。学生たちはそれぞれの得物を持ち、偽者だったらしい用務員たちは導力銃を持っている。そしてその八人の奥には、大量の木箱。ここから見えるだけでも、中身はマルコとハインツの商品だというのが判る。

「班長殿、こりゃビンゴらしいな」

「ええ。一先ず、様子を見守りましょう」

「えー、何で?」

 フェイが聞いてくる。サハドと違ってシオンの意見に納得がいっていないらしい。

「この事件、首謀者は十中八九領邦軍(俺たち側)だろう。完全な第三者が実行犯を捕まえてくれた方が無駄な横槍が入らなくていいからな。ここは堪えて静観しよう」

 戦闘の様子を慎重に見守る。トールズ仕官学院はここ数十年は名門高等学校という色が強くなっているが、文字通り軍人養成学校だ。さすがに素人が集まったような偽用務員に負けない程度の実力を持っているらしい。

「……むしろ、あの女の子僕より強くない?」

 フェイが戦慄した。女性らしい細身のシルエットだが、その体には想像もできない程鍛えているのが理解できる。身の丈ほどもある大剣を振るいつつも、敵の動くスピードにも負けていない。

「それに、あの黒髪の男子もだ。たぶん南京錠を斬ったのもあれだろう」

 青髪の少女と対となる前衛は黒髪の少年だった。力というよりは身のこなし、鋭利な一閃を敵に浴びせる、また別のタイプの前衛。

「さすがにシオン程……とまではいかないが、それでも学生であれとは末恐ろしいな」

 ケイルスが言った。そこはシオンも同感だが、それ以上に気になることもある。黒髪と青髪、そして橙髪と金髪の学生はそれぞれ互いに一本の光るラインが見えている。いかなる導力器によるものか、そしてその二人は傍目からでも判る連携をしている。

(トールズの、七組っていったよな。一体どんなクラスなんだか……)

 その戦闘は、それほど苦せずに終わったようだった。金髪と橙髪の生徒はそれほど戦闘慣れしているようには見えなかったが、威力の高い魔法や援護をしていた。

 特に助け船はいらなかったようで杞憂に終わる。偽用務員は既に得物を奪われるか、あるいは学生に得物を向けられて追い詰められている状況だ。

 いずれにせよ、彼らが盗難事件の実行犯であったことに間違いはないだろう。シオンたちが彼らから離れているため詳しくは聞こえないが、学生たちが尋問をしているらしい。

「さ、みんな行こう。そろそろ大人の出番だ――」

 その時。笛の音が響いた。

 遠目に見える学生たちのみならず、SUTAFEメンバーも突然の異音に辺りを見回した。

 次に聞こえたのは、獣の咆哮。そして感じたのは、大きな振動。

 現れたのは、四つ脚で大地を駆ける巨大なヒヒ。二つ脚で立つと、全長は三アージュを優に超えた存在が、学生たち四人の前に立ちはだかった。

「自然公園のヌシか……!」

「まずいぞ、あの魔獣かなり興奮してやがる! 学生たちがまずいぞ!」

 サハドとケイルスの狼狽えた声が後ろから聞こえる。突然の手配級魔獣の出現に、この場の誰もが驚き、度肝を抜かれている。

 学生たちの実力が弱くないのは今の戦闘を見て理解できたが、あの魔獣が相手ではどうにも分が悪そうだった。それに、倒れ腰を抜かしている実行犯を見捨てるわけにはいかない。

 それは、自分でも驚くほど唐突に発せられた。

「ケイルス、サハドさん、レイナは実行犯の身柄と安全を確保! フェイは商品を確保してくれ!」

 それだけ言って、自分の剣を構えて走る。

 学生たちと巨大ヒヒ――グルノージャとの距離はわずか数アージュ。それだけの距離では避難をさせることもできない。なら、彼らにはそのままグルノージャを任せるしかない。

「判った! シオンは!?」

 後ろから、声が飛んでくる。シオンは今までになく強い声で叫んだ。

「俺は学生たちの支援に回る! 行くぞ!」

 目の端で同僚たちが動くのを見届けてから、自分も行動する。四人に対峙するグルノージャの死角から、剣を力の限り振りかぶった。

「おらよ! こっちだヒヒ野郎!」

 腹部への一撃は厚い毛皮に挟まれ敵わなかったが、それでも注意を学生たちから逸らすことには成功する。追撃してくる拳を何とか避けて、学生たちと少し離れた場所に躍り出た。

「貴方は……!?」

「今朝の軍人さんっ?」

 少年二人がシオンの登場に驚きつつ、眼を向けてくる。

「よう、よく実行犯を捕まえてくれた。最後の一仕事だ、気張るぞ」

 少しばかりすまして見せた声に男子二人が迎えてくれる一方、そうでない者もいる。女子二人は自分が領邦軍ということで警戒しているらしい。

「それより、この実行犯たちは貴方たちの差し金ですか!?」

「発言によっては、あまり歓迎したくはないものだが」

 その発言は、同じく領邦軍を疑っている人間として理解はできる。だが、気に入らないものもあった。

「今は領邦軍だの学生だの言っている場合か! とにかくこいつを撃退するぞ!」

 腹の底からの怒鳴り声は、少なからず少女たちに活を入れることができたらしい。

 大人げないようにも感じたが、彼女たちも軍人の卵だ。差別は出来ない。

「立場と上司は利用しろ。先輩からのアドバイスだ」

 四人は少しばかり戸惑いを隠せずにいたが、それでも覚悟は決めたらしい。若者が持つ輝いた瞳を携えて、目の前の強大な魔獣と向かい合う。

「――判りました! トールズ仕官学院、特科クラス七組! シオン准尉と協力し魔獣を撃退する!」

 橙髪の男子が後ろに下がる。穏やかそうな性格もそうだが、彼が手にしているのは汎用型魔導杖だ。最近武器商人業界で開発が進められているものだが、基本的に支援を行う人間が扱いやすいようにできている。

 金髪女子は、導力機構を兼ね備えた弓を使用している。こちらも後衛向きだ。随分とバランスが良いパーティーとなっているらしい。

 グルノージャの拳の一振りを避けつつ、再び袈裟掛けに振るう。空いたところを黒髪――リィンの剣が閃いた。領邦軍兵士に支給されるそれより質がいいらしい細身の剣は、確かな傷をグルノージャに負わせた。

 さらに懐へ。その動作のためにリィンに声をかけようとしたところで、逆に慌てた少年の声に遮られる。

「准尉、止まってください!」

「なに――うぉ!?」

 自分の後ろから、火を纏った弓が飛んできた。ほんの少しだけ熱気を感じ、驚いた頃にはグルノージャの額に弓が突き刺さる。

 驚きつつ、後ろを振り向く。案の定、少し戸惑ったような金髪少女から放たれたものだ。

 さすがに申し訳ないと思ったらしく、頭をぺこりと下げてくる。これがケイルスなら拳をお見舞いするが、可愛い女子なので許すことにする。

 それよりも気になったのが、やはりリィンと彼女の間には金色のラインが見て取れたことだ。

「そのライン……意思疎通ができるのか?」

「ええ。ARCUS(アークス)による戦術リンクです」

 ARCUS。聞いたことがある。帝国屈指の技術メーカー、ラインフォルト社が開発したといわれる最新型戦術オーブメントだ。それが一般に出回ったということは聞いていないので、恐らく試作品に違いない。

 なぜ学生がそれを所持しているのかが気になったが、一先ずは後回しだ。シオンは言った。

「なら……俺はフォローに回る。できる限り君たちの漏れを防ぐから、前衛二人は遠慮なく戦ってくれ」

 学生に似合わない高度な連携をしている理由が理解できた。その輪に自分が入れない以上、余計な行動はむしろ逆効果だ。

「了解です。でしたら」

「彼女のフォローか?」

 目線を向けたのは青髪の少女。

「ええ。彼女……ラウラの突破力は俺たちの中でも群を抜いています。正面から攻撃を当てられれば……」

「あるいは楽勝、か。了解、頼むぜ後輩君たち」

「え?」

 最後のことに対する疑問符だった。それに対する返答を待たずして声を張り上げる。

「えーと……ラウラ! 俺たちが全力で留めるから、その隙に全力の一撃を叩き込め!」

「承知!」

 一旦青髪――ラウラが後ろへ下がった。代わりに後衛の二人が前に来る。

「では准尉、俺たちは時間稼ぎを」

「ああ」

 グルノージャが、戦くような叫びを響かせた。年若い少年少女にはきつい振動だ。事実、後衛二人は思わず身をかがめてしまっている。

 そこに迫るグルノージャ。シオンとリィンが割って入った。それぞれ横と縦に閃く。

 太刀筋を見てシオンは感嘆した。どんな流派なのかは知らないが、リィンは確かな強さを持っている。

「こりゃ……負けられないな!!」

 再びシオンの一撃。離れざまに予備装備の導力銃での追撃。軍属四年目として学生たちに後れを取るわけにはいかない。

 背後から直径一アージュ程の水塊が、遅れて石槍が飛んできた。後衛二人の魔法だろう、今回は配慮してくれたらしく、グルノージャの足元にシオンとリィンから離れた軌道を経て衝突する。

 グルノージャにとっても意識外の攻撃だったらしく膝が折れる。その期を見て懐に潜りこんだリィンだが、後ろから巨大な腕が迫る。

「まだまだだな、リィン後輩!」

 それをシオンが剣と体を使って止めた。強い衝撃が脳を揺らすが、歯を食いしばって耐える。

「っ、すみません!」

「いいて……ことよっ」

「みんな、ラウラが行くよ!」

 大人しめな少年の声。目の端が、ラウラの大剣に波状の光が収束しているのを捉えた。

「我が渾身の一撃……喰らうがよい」

 左右の腕を、少年と青年が引き付ける。その間、無防備な腹部に向かってラウラが跳躍した。

 防御も反撃も躊躇しない、大振りな一撃。それがこの場での、シオンが考える()()の突破口の一つだった。

「――光刃乱舞!!」

 魔獣が浮いた。巨体故吹き飛ぶことはないが、それでも大きなダメージであることには変わりなかった。

「よし!」

「やった――」

「いや、まだだ!」

 前衛二人、学生剣士の安堵をシオンが遮った。

「高揚してる……! まだ気を抜くな!」

 見ただけでわかる。後ろにのけ反った後、グルノージャは身も凍りつくような雄叫びを繰り返している。地団太は地を揺らし、傷だらけでも生命力の衰えは見えない。ラウラの一撃は強力だった、けれどまだだ。魔獣は死んでいない。

 まずい。暴れる魔獣の前には、一撃を放ち疲労が目に見えるラウラ。

 瞬間的にシオンは魔法を駆動させる。リィンが叫び、少女の元へ駆ける。

「ラウラー!」

 アーツ駆動。リィンに薄い黒の光が纏われる。時間操作の魔法が彼の時間を隔絶させ、ラウラの避難を助ける。

 魔法発動の後、ラウラに代わりシオンが正面に立つ。

 陣形が崩れた。前衛は自分一人。後衛二人は自分と高度な連携はできないだろう。

 それでも、逆転の手があるとすれば……。

「リィン! お前がやれ!」

 黒の髪、その奥に隠れる紫の瞳が驚きに揺れる。それはシオンが一人でグルノージャに立ち向かったからではない。勝つための襷を、最後に軍人が自分に渡したことだった。

 何度目かの拳がシオンが剣に衝突、大きく弾かれたが後退はしない。

「何を言っているんですか!?」

「俺は達人ほど強くないが、悪知恵は働く。その勘が、まだ奥の手を残していると言ってる!」

 シオンがグルノージャの拳に打ち据えられた。それでも、まだ軍人は引かない。

 軍人はあくまで一歩兵としての戦闘能力しか養わない。大隊の中でもシオンは上位の実力を持っていたが、所詮は井の中の蛙だ。

 それよりも、学生ながら何かしらの流派を修めている少年の方が白兵戦としての大きな力を兼ね備えているだろう。

「トールズの……有角の獅子紋の魂を見せてみろ!」

「っ!」

 立場も役職も関係ない。ただ目の前の困難を乗り越える。そのために体を張り、そして未来ある若者を叱咤する。

「……焔よ――我が剣に集え」

 意を決したリィンの剣に独りでに生まれる大きな焔。舞い散る熱気が大気を焦がし、紅い閃きが虚空を切り裂く。

 シオンは打ち合わせをしたかのような完璧なタイミングで後退した。その前を疾風のごとく、少年はグルノージャの前へ。

 横に一閃。返す剣を翻して袈裟掛けに二閃。

 脇を締めつつ、両手に持つ炎の大剣を掲げる。

「ハァァアア――!」

 最後に突進。脳天を貫く劫火の三閃がグルノージャを切り裂いた。

 その身を燃やすグルノージャは、雄叫びを残して制止する。

 静まり返る森の中、自然公園のヌシが倒れた。

 

 

 

 

 






次回、序章最終話です。

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