色々な感想があるけれど、一言だけ。
最高。
紅の帝都ヘイムダル。西ゼムリア屈指の規模を誇るこの都市は地理的にも経済的にも、文字通り帝国の中心に存在しており、四大名門が治める四都市だけでなくクロスベル州、果てはカルバード共和国にさて繋がる鉄道がある。
それだけでない。飛行船を使えば周辺諸国どこにだって行ける。各国との文化交流を担う場所と言っても過言ではない。
市内は導力トラムや導力車が飽きることなく走っており、家族連れや通勤、観光の人々が賑わう。
ブティック『ル・サージュ』を始め多くの系列店の本店、または商社の本社が軒をつらね、また帝国情報誌の代名詞『帝国時報』があるのもここヘイムダル。
まだまだ説明に飽きるには早い。帝都歌劇場、博物館、霊園、各国大使館、歴史ある七耀教会の大聖堂、各分野における学術院や女学院等々……。
なにより帝国を統べる皇族アルノール家が住まう居城、バルフレイム宮が、帝国中興の祖を敬うドライケルス広場とヴァンクール大通りより眺めることができる。
「来たのは久しぶりだよなぁドライケルス広場……というか帝都ヘイムダル」
クロイツェン州交易町ケルディック出身、現在はSUTAFEに所属するシオン・アクルクスは、帝都について二時間も経ってからそんな言葉を呟いた。
シオンの休日の過ごし方と言えば、オーロックス砦に所属している時は宿舎でだらけるかバリアハートにくり出すことが多かった。SUTAFEに入隊した今日までの二ヶ月は、同じく宿舎でだらけるかリーブスのカフェや宿酒場でケイルスたちと過ごすことが多かったのだ。新生活に慣れない今ではまだリーブスの外に出る余裕がなかった。
総じて学生時代は兎も角領邦軍に入隊してからヘイムダルに行くことは殆どなかった。こうしてゆっくり市内を散策するのは学生の時だけだった。
シオンはここに来るまでに用意した紅茶をすすりながらドライケルス広場の片隅に突っ立っている。広場の中央には、二百五十年前の帝国における内戦『獅子戦役』を調停したドライケルス・ライゼ・アルノールの像。泥沼の内戦の結果を光へと導いた偉大な皇帝は、どんな気持ちで、死してなお今の帝国の姿を見つめているのか。
(中興の祖が今の帝国を見たら、俺と同じ風に嘆いてくれると嬉しいんだけど……)
そんな、叶いもしない幻想に想いを馳せてから、人知れず頭を振る。
(いや、嘆いてから皆をまとめて格好よく解決するんだろうなぁ)
一通りぼーっとしてから懐中時計を取り出した。
「時間だ。行こう」
待ち合わせ時間まで、ヴァンクール大通りで時間を潰してきた。もう一人で行くところはない。
今日の目的地は、帝都における歓楽街、その中でも端にある人気も少ない通りだった。住宅街と遊び場が混ざり合う中心にあって、酒も若者向けの食事も提供できる落ち着いた雰囲気のバー。外観は大きな看板もなく目立たない。店内も一軒家の個人店ほど小さくはないが大手企業のそれと比べてこじんまりとした内装。それにも関わらず行列にならないのは料理が不人気だとか店員が不愛想だとかそんなわけではなく、ここを利用する者たちが「無用に大勢の人間に場を荒らされたくない」という意志があるかららしい。
店内に入ると、心地よいドアベルの音が店内をと耳を打った。休日だが昼間。六月は他の都市に旅行に出る人が多く、店内はそれほど賑わってはいなかった。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
同い年ぐらいの朗らかな娘がぱたぱたと靴を鳴らして駆けてきた。シオンはそれに答えつつ、店内を見回す。
「待ち合わせてるんだけど……あ、いたよ」
今日帝都へ来る原因となった人物を見つけた。その彼女は、二ヶ月と少し前に再会した時とはまた違う出で立ちをしている。しかし特徴的なアイスブルーの長髪は変わらず周囲と意識を隔絶させるので、見つけやすいことこの上なかった。
給仕の娘に一言声をかけ、シオンは彼女の元へと歩いた。彼女の視界に入るまでの五秒、どんな言葉をかけるか迷ったのだが、結局は無難に落ち着く。初心な少女ならともかく、目の前の人物を
「よ。お疲れさん、リーヴェルト」
「シオンさん」
帝国正規軍所属、鉄道憲兵隊大尉。
「悪いな、待たせたか?」
「いえ。呼び出したのも、早く着きすぎたのも私ですから」
テーブルは二人用、木製だが僅かに漆が塗られている。座るなり帳簿風のメニュー表をちらりと眺めて、シオンはクレアに向き直った。
「俺はがっつりアルコールのつもりだけど。どうする」
「私はレッド・シャリネをロックで。たまの休日ですからね」
「了解」
クレアは静かに微笑んだ。シオンは短く返した。続けて先ほどの給侍の娘を呼び、まずは飲み物だけでも注文する。
「レッド・シャリネをグラス、ロックで二つ」
「かしこまりましたー」
給仕の様子をぼんやりと見つつ、出された水のコップを煽る。
なんとなく、シオンは言った。
「にしても、鉄道憲兵隊の大尉殿がよく休暇なんてとれたな? 結構都合よく」
「ここは法治国家ですよ、シオンさん」
「へいへい」
娘が離れてから、今度はメニューをじっくりと品定め。昼時なので腹も空かせているのだが、一人で馬鹿みたいに食べるわけにもいかない。
そのため視界の端にクレアを留めると彼女は、やんわりとした笑みを浮かべていた。
「ん? なんだよ」
落ち着いた状況で面と向かい合うのも久々で、その上理由も判らず笑われると少し調子を狂わされる。
「いえ。トールズの頃は『ケルディックの地ビールが美味い』とばかり言ってましたよね?」
「ああ。ケルディック産まれだしな」
「ですから、てっきりビールを頼むのかと」
「こんな場所で男女二人だ。空気を読んでワインにするだろう」
「ふふっ」
あの頃は教室で地ビールの美味さを熱弁し、感想を述べては教官に追いかけられたものだ。その騒動はクラスでも有名だったはずで、クレアが思い出すのもおかしくはない。
「ケイルスと二人で教官から逃げ切ったなぁ。懐かし」
「ええ、本当に。お二人とも変わらないようで、安心しました」
お互い学生時代を思い出せば、自然と笑みが浮かんでくる。自分も青春を謳歌していたし、クレアもまた級友との時間を楽しんでいた。
「そういや、ルーナとは今でも連絡とってるのか? アイツも帝都だっただろう」
「はい。お互い会う暇もないですから、今は手紙のみになりますが」
「確か……実家の喫茶店を継いだんだったか」
「いえ、そのために修行中だそうで。今はオルディスにいるとか」
「はー、貴族様様の海都でか」
「シオンさんは、ケイルスさん以外とは?」
「全員とは会えてない。一部の奴とは会ったけど、他はお前と似たようなもんだよ。俺もクロイツェン勤務だったし。会ったりしてるのは……例えばレオとか」
「レオさん……彼の進路は希望通りに?」
「ああ、ラインフォルト社の開発部。入職一ヶ月で連絡が来たよ。『機械じゃなくて女性と触れあいたい』ってな」
シオンの言葉に、今度は手を当ててクレアは笑う。少しばかり恥ずかしくなったところで、注文したワインがやってきた。
一度言葉を飲み込んで、両者はグラスを控えめに掲げた。
「それじゃ、何でもないただの休日だが──」
「記念日でも祭日でもないですが──」
『乾杯』
カコン、と心地よい音が響く。二人は緋の帝都で、紅い酒を口に運んだ。
カイトは酒のみらしくやや大口で、クレアは軍人とは無縁の整えられた所作で。
一口飲んだところですぐに酔いが回るものではないが、酒というのは雰囲気も変える。自然、二人の言葉は少し軽くなっていくものだ。
「なんだか、感慨深いですね」
「うん?」
「学生時代は、こんな風にお酒を飲むなんて予想もしていなかったですから」
シオンは溜息をついた。
「お前なぁ……俺は別に飲むことになるだろうって思ってたけどな」
クレアが静かに目を瞑る。
「……」
「それがまぁ、こうして卒業後四年目、だ。ずいぶん長い道のりだったじゃないか」
今度は、目を開く。続けてグラスへ再び口をつける。
「色々ありましたから」
「色々ねぇ」
カイトもまた、グラスを煽った。すでにワインは半分ほどなくなっている。
色々あった、それは学生時代にも卒業後にも言えることだ。
名門トールズ仕官学院。そこでのシオンは軍人の卵というには遠いような態度であったし、そのために色々な騒ぎを起こしたりもした。そしてクレアとも知り合った。
そして、二人は正規軍と領邦軍にそれぞれ入隊した。軍隊というものは得てして激務なものだし、クレアに至っては大尉にまで昇進している。
だがシオンはケイルスとは何度か話してもいたし、他の同窓とも会えた。彼女自身が言うように軍人にも当然非番はある。会おうと思えば会えないわけでは決してない。
むしろ、会わなかった理由は別にあるのだろうが。
おもむろにクレアは給仕を呼んだ。メニューを眺めつつ、給仕が来るまでにぼそりと一言。
「さあ、お腹も空きましたし料理を頼みましょう」
(おい逃げたな)
ぼんやり目の前の青髪を眺めつつ、シオンは頬杖をついた。
「食事はどうしますか?」
「いいよ、適当につまめるものを頼もうぜ」
「はい」
クレアは目についたものをいくつか頼む。ついでに他の酒類も注文した。
給仕の娘が再び離れる。パタンとメニューを閉じ、クレアは先ほどまで生じていた微妙な空気を振り払うかのように話題を変えた。
「それにしても、学生の頃から変わらないですね、シオンさん」
「なにが?」
「服装とかですよ。懐かしいです」
今日は非番。翡翠の軍服ではなく私服だ。薄茶チノパンに薄青のシャツ、シンプル極まりない恰好。シオンを知るクレアが言う通り、学生の頃からその傾向は変わっていなかった。
「そういうお前は、大人びたと思うよ」
今のクレアの恰好は、彼女を軍属程度の認識でしか知らない人間からすれば珍しいことこの上ない恰好だ。ライディングブーツにショートジャケット、そしてタイトスカート。今の時期からすれば少し厚手の服装だが、それでも動きやすそうでスタイリッシュなイメージも与える。
「ふふ、ありがとうございます」
「ところで」
急に、シオンが話を遮る。
「そろそろ話を聞かせてもらおうか? どうして急に呼び出したのかを」
料理を待つ傍ら、シオンはようやく本題に映る。
自分がここに来たのは、つい先日クレアから直接の手紙によるものだ。彼女からこんな風に呼び出されたのは初めてで、トールズの同窓である以上懐かしさや嬉しさ、その他複雑な感情が出るのも無理はない。
だが、もう二人は軍属だ。それも表面上はともかく、水面下では敵対する組織の。
そして自分と違い既に多くの部下を持つ彼女は、上層部も知りえる情報を持っているはずだ。
それだけでない、世間が《氷の乙女》と称する彼女の評判は。
だから、問いたださなければならない。クレア・リーヴェルトが自分を呼び出した意味を。
強い言葉で聞き返したシオンに、クレアは意味ありげな微笑を湛える。
「そうやって、情勢を見極める眼も昔から変わらない。さすがです、シオンさん」
「茶化すなよ、導力演算器並みの頭脳を持つ女が」
「……シオンさんは、今の帝国のことを、どう考えていますか?」
流すことなく、薄紅の瞳がシオンに突き付けられる。それは紛れもなく、本心の問いかけ。
「……またずいぶんな問いかけだな、リーヴェルト大尉」
現在の帝国をどう思うか。シオンにとっては、そんな問いかけへの答えは数年前から当に決まっている。
「使い古されたボロボロの飛行船だ。それも、爆発寸前の」
黄金の軍馬を掲げ、強大な軍事力を持って周辺諸国に常に緊張を強いてきたエレボニア帝国。皇帝を仰ぎ、しかし現代では珍しく貴族制度が残っており、四大名門を中心とした貴族が国政の片翼を担う巨大帝国。それがエレボニア帝国だ。
だが、その評価は十年ほど前から変わってきている。片翼を担う貴族派に対抗する新興勢力、革新派によって。
当たり前ながら、両者はともに異なる思想を持つ。既得権益を守ろうとする貴族派に、中央集権化を進めようとする革新派。両者はともに互いの利益や権力を奪い取ろうとする敵勢力であり、その上領邦軍に正規軍という軍隊を控えさせている。
今この時も、貴族派と革新派はいがみ合っているのだ。
シオンは言った。
「俺が領邦軍に入った理由、卒業前にも話しただろう」
「『貴族派という存在の実情を確かめるため』。そう言っていましたね」
「ああ」
ケルディックの農家に生まれたシオンは、多感な子供時代を農地や大市と共に過ごしてきた。そこには常に、領邦軍兵士や税を徴収する貴族、アルバレア家の影があった。
帝都に住む市民の多くは革新派に好意的で、反面貴族派を目の敵にする人間が多い。対して貴族の領地に住む領民たちは貴族派の息のかかった人間などと、帝都市民は考えていることが多いのだろう。
だが、実態は違う。特にシオンは、その風潮に真っ向から立ち向かう人間だった。
『自分たちが守ってやっている領地だから』という免罪符を掲げて、好き勝手に、粗暴に振舞う輩を多く見てきた。親の農地を継ぐことを視野に入れて、ケルディックの実情や貴族のことを知れば知るほど、その腐敗した様子が浮き彫りになった。
もちろん領邦軍や貴族派のすべてが悪辣なわけではない。当時子供であったシオンでさえ、中には心根の穏やかな兵士や高貴な貴族がいることも一応は判っていた。
けれどそれでも、鼻についてしまうのだ。多くの腐った部分に。
だからシオンは、ケルディックの平和に不安を覚えて商人以外の教養を身に着けることを決意した。そのためにトールズ仕官学院の門戸を叩いた。卒業後の進路は少し迷ったが、それでも実情を知るために領邦軍に入隊したのだ。
だから、先ほどのクレアの問に答えるのは簡単だった。
「貴族派という腐った派閥によって錆びついた、一歩間違えれば爆発しちまう飛行船。それが今の帝国だよ」
そして、そんな問いをかけてくるクレアは革新派に属する正規軍の、さらにエリート中のエリート。鉄道憲兵隊の大尉だ。自然、その心境も判っては来る。
「なるほど、SUTAFEを知るために俺を呼び出したのか」
敵対する組織が最近新たに発足させ、既に帝国各地で活動が確認できるSUTAFE。その動向はどう考えても貴族派と革新派の抗争を激化させる着火剤のようなものだ。鉄道憲兵隊と同じく。
貴族派の動向を抑えなければならない。シオンとケイルスはトールズ時代の自らの理解者。あまり旧友を山車に使いたくはないが、それでもSUTAFEなんていう組織を作った以上、それを外から内から知らなければならない。だからクレアは、今日この機会を設けたのだ。
「……すみません、利用するようなことをしてしまって」
「……いや、別にそれを気にしちゃいない。お前のことだ、別に利用することだけが理由でここに来たわけじゃないだろう」
貴族派から《氷の乙女》と揶揄される女性だが、別に目的のために他のすべてを捨てられるというような冷血な女、というわけではない。学生時代の彼女を知るシオンからすればなおさら、彼女の性格が氷とは無縁のものだというのも知っている。
「はい。ただ聞くだけで終わるつもりはありませんでした」
クレアもまた、領邦軍に属するシオンが典型的な貴族派ではないことは知っている。それは先の理由の通りだ。むしろ心根としては、貴族派を否定する人間ともいえるのかもしれない。
「貴方が貴族派の人間でないことは知っている。だからこそ、私は『協力』とまではいかなくとも『共同』をと。……そう、思ったんです」
「ふむ……」
「この間のケルディックの一件。そこでの貴方の行動を見ても、悪い話ではないと考えました」
ケルディックでのシオンの行動は、無知な者から見ればただ貴族派の立場を危うくさせかねない愚行だった。そして博のある者から見れば、貴族派と革新派の間を取り持つ英断をしたともいえる。
クレアは、右手を差し出した。敬礼をするための右手であり、軍用拳銃を握るための右手だ。
「貴方が現状の帝国を憂いているのなら、是非この手を握り返してください」
貴族派に属しながら、貴族派に疑問を持つ旧知の人間。それはクレアにとって、利用価値があるというより共に隣に立ってほしい考えるような心境でもあった。それ故の今日の行動だった。
得体の知れないSUTAFEという組織。その中で班長として動いていたシオンには、多くとはいかなくともある程度の行動の自由が利く。SUTAFEの動きを抑制することも不可能ではない。
だが、シオンはその誘いに乗りはしなかった。
「その手を握り返す前に、俺は聞かなきゃならないことがある」
シオンは考える。確かに自分は貴族派に属しながら貴族派に疑問を持つ。だからと言って革新派に諸手を挙げてついていくとは、一言も言っていない。
「お前、あの鉄血宰相に本当についていくのか?」
「……」
鉄血宰相。現エレボニア帝国政府代表であり、「国の発展は血と鉄によってなされるべし」と公言して憚らない宰相だ。軍部出身でもあり、盟友カール・レーグニッツ鄭都知事や多くの正規軍将校を味方につけ、中央集権化を推し進める革新派のトップ。
それだけならただ単に革新派のトップともいえるのだが、シオンはそれだけでない危ういものを鉄血宰相に見ている。
鉄血宰相が現在の地位、初の平民出身の宰相という肩書を持つに至ったのは十二年前。千百九十二年の百日戦役。
百日戦役とは、当時勃発した南の小国リベール王国との戦争だ。帝国軍が宣戦布告の報を王国政府に送ったほぼ直後に国境沿いのハーケン門に攻撃を加えるという、当時出来得る最もグレーな諜報戦の末に戦端を開き、瞬く間にリベールの王都と主要塞を除くすべての地方を制圧した約百日間の戦争。
しかし帝国軍は、当時実用化されていなかった飛空艇を用いた反抗作戦によってリベール王国に趨勢を巻き返された。この二種の近代戦法や帝国に灸をすえた当時のリベール王国大佐カシウス・ブライトは、授業でも出たのでよく覚えている。
結果として、戦役はいくつかの中立組織を交え、両国の講和によって幕を閉じたのだが。
シオンが気にかけているのは、その百日戦役の直後にギリアス・オズボーンが宰相に就任したこと。そしてもともと燻っていた革新派の前組織が鉄血宰相就任によってその火を一気に燃え上がらせたこと。
「別に貴族様方の肩をもつって訳じゃねえ。でも、宰相は異常だ。はっきり言って」
シオンは気持ちの上では反貴族派とすらいえる。だがそのシオンですら、鉄血宰相を支持しようとは思えない。
百日戦役と鉄血宰相。その関係を明言されたことはない。それでも想像はしてしまう。何か、恐ろしい陰謀が巡っているのではないかと。
「さっきお前は聞いたよな。今の帝国をどう考えるかって」
「はい」
「そして俺はこう答えた。爆発寸前の飛行船だって」
「……はい」
「部品を錆びつかせたのが貴族派なら、そこに無理に油を注して無茶な運転をしてるのは鉄血宰相だ」
「それは」
「貴族派とか、革新派とか、そんなことはどうでもいいい。とにかくどっちも、今の帝国を訳の分からない場所に連れて行こうとしてるんだよ」
革新派が過激な法令を打ち出せば、貴族派は反発する。その結果、国境沿いでもない内地のクロイツェン領邦軍に大量の
その果てにあるのは、互いの権益を守るための内戦という二文字。
「結局、在学中にはお前がトールズを志望した理由も教えてもらえなかったよな」
シオンは言った。
「TMPに入ったのも、大尉にまで昇進するのもお前の能力を考えれば不思議でも何でもないよ。でも『鉄血の狗』と、そう揶揄されるほど鉄血宰相の駒として働くのはなんでか判らないんだ、俺には」
「……」
クレア・リーヴェルトはギリアス・オズボーンが目をかける
シオンは返答を待つ。
「……」
先のケルディックでも、今日この場でも穏やかの表情を保っていたクレアの顔が、少しの焦りに歪んでいるようにも見えた。
「宰相閣下は……とても、優しい方です」
その絞り出すような声を聞いて、シオンは驚く。
そんな彼女の声は、ほとんど聞いたことがなかった。
「私には、閣下への恩義がある。様々なものを……いや、私の力を捧げなければいけないんです」
様々なものを、捨ててでも。その言葉を飲み込んだのは、迷いなのか彼女の優しさなのか。
「同時に、私は正規軍に属している。帝国政府の意向に従うのが、軍属たる私の務めです」
「軍属としても、個人としても、付いていくと?」
「はい……っ」
様々な迷いや葛藤があっても、固い決意は変わらない。彼女のことをよく知るシオンはそれを悟る。
軍人としての判断力があり、人を思いやることのできる彼女の決意を変えることはできないのだ。
シオンは溜息をついて、それでも微妙な笑顔を作った。
「判ったよ。お前にも、お前なりの考えがあるってことは」
「シオンさん」
「学生時代のよしみだ。悪いようにはしないでやる」
少なくとも、シオンが危険視する鉄血宰相のことをクレア自身が理解している。鉄血についていくのかという問い、その答えも理由も受け取ることができた。
別に自分は人を支配できるわけではないと、シオンは考える。そんな自分ができることはせいぜい自分の目的のために、帝国が極端な選択をしないために奔走するだけだ。
「久しぶりに、リーヴェルトと話すことができたわけだしな」
「ふふ……」
ほんの少しぶりに、クレアが笑った。不意に出たそれに、思わずシオンは言葉に詰まる。そのせいか、すかさず飛んできた彼女の問いかけに、シオンは思わず頷いてしまった。
「それでしたら、今度の夏至祭……是非協力をいただけませんか?」
「……ああ」
自分は貴族派、目の前の将校は革新派。信念を掲げて、完全な信奉でない疑問や葛藤を持ちながらそれぞれの組織に属している。
それでも有角の獅子紋を継ぐ者として、ただ時代に流されるだけではない。二大派閥の典型的な行動でない、そのどちらも融和できるような道を探りたい。
だからこそ。世の礎たるために、自分は革新派であるクレアの依頼を受け取るのだ。
「ったく、せっかくオルディスに行くために取っておいた有休を使うんだ。少しは感謝しろよ?」
緊迫した空気も、不意打ちに対する忘我も通り越して、青年はやっとシオン・アクルクスらしい不敵な笑みを思い出す。
氷の乙女もまた、クレア・リーヴェルトらしい、柔らかな微笑を浮かべるのだった。
「ええ。ありがとうございます」
前書きにあるように、閃の軌跡Ⅳクリアしたので帰ってきました。
またぼちぼち、亀更新で当作品や別作品を投稿していこうと思いますので、よろしくお願いします。
気が向いたら(閃Ⅲの時は放心して書かなかったけど)閃Ⅳの感想を活動報告に上げようかなあ……