『アルファ・ダッシュ』の封印が解けた…………

順番としては……ベータは…『三番目』なの……

アルファより………『上』…………よ……


『最初のエンジェロイド』に迫る

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<プロローグ>

身も凍る蒼穹の彼方

雲の切れ間から白亜の大陸が浮かび上がる

蒼に手を伸ばせば無限に虚空が広がっている

凍てつく風に古びた鎖が揺れていた


そらのおとしもの if story ELF

「おはようございます、マスター」

イカロスがいつも通り、マスター……桜井智樹を起こす。

 

「うぅ……こんな時間か……」

渋々布団から出てきた彼に家の外から。

 

「トモちゃぁ~ん、早くしないと遅刻しちゃうよぉ~!!」

幼馴染の見月そはらの声が聞こえてくる。

 

 

「んじゃぁ、行ってくる」

玄関の引き戸を開け、学校に向かう智樹を。

 

「はい、行ってらっしゃいませ、マスター……ケホッ…」

送り出すイカロス。

 

「ゆっくりしとくんだぞ?」

「はい……ケホッ、ケホッ…」

今日のイカロスは少し風邪を引いてしまったようだ。

 

「大丈夫…アルファ……?」

智樹が出かけた直後に二階からニンフが下りてきた。まだ髪を結わえておらず、床に付きそうな位長く伸びた水色のそれを揺らしている。

 

「うん……ズビ…うぅ……」

言葉ではそう言うがとてもしんどそうだ。

「朝ご飯……作ってくる……」

台所に消えていく彼女の後ろ姿を見て、ニンフは何か嫌な感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

「…ファ……アルファッ?!」

ニンフのただならない呼びかけに意識を取り戻したイカロス。

 

「ここは……?」

きょろきょろと辺りを見渡す。目の前にはニンフが目を丸くしている。

 

「気が付いた…?」

後方から別の声が聞こえてくる。この声には聞き覚えがあった。声の方に向き直る。

 

「ダイダロス……博士……?」

イカロスはいつの間にかダイダロスの研究所に運ばれていた。

 

「アルファ、実はね……」

ニンフが自分の記憶の空白の間に起こった出来事の一部始終を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

居間で座っていたニンフは台所の方から何か物音がしたのを聞いた。

 

(何だろう…?)

イカロスのもとに行って見ると。

 

 

「はぁっ……はぁ……っ」

 

 

「ちょっ、アルファ!?」

 

その場に倒れこんでいる彼女を発見した。

 

「熱ぅっ…!凄い熱…!」

額に触れると、異常なまでの熱が出ていた。

 

「しっかりして!!ハッキング開始っ!!……エラーっ?!」

ハッキングを仕掛けるが、イカロスが自己修復プログラムを作動させているため、入り込む隙間が全く存在しない。

 

「どうしよう……」

情報戦が出来ない今の自分ははっきり言って無力。

 

(病院じゃ、手も足も出ない……これはダイダロス博士に頼むしか……)

 

だが……どうやって運ぶ?

自分一人で運ぶことも不可能ではないが、ダイダロスがいるのは『シナプス』。自分達の遥か上空まで、となると負担は大きい。

しかも。

 

(アレをどうやって越える…?)

ニンフの言うアレとは、『シナプス』にある最強の防空システム、『ZEUS』のことである。エンジェロイドの自分達など、それにとっては塵かはたまた埃みたいなものだ。

『ゼウス』を止めるか、上手く回避しないとダイダロスの元にはたどり着けない。

 

「何とかしないと……」

 

 

その時だった。

 

 

「カオスがいるよぉ?」

「カオス…そうかっ」

そうだ、カオスがいた。第二世代の彼女なら何とかなるかもしれない。

 

さらに。

 

「ニンフ先輩、力貸しますよぉ~?」

「私も手伝いますっ!!」

 

「デルタっ、ヒヨリ!」

アストレアと日和も駆けつけた。

「ありがと……皆」

 

 

こうして、イカロスを救うべくニンフ達は『空』に挑んだ……

 

 

 

 

 

 

 

「あ、イカロス先輩っ!大丈夫ですか?!前みたいに記憶、飛んじゃってませんか?!私のこと誰だか分かりますっ?!」

アストレアがイカロスの顔を見るなり、視界一杯に自分の顔を映し出させ、涙ぐみながら大声で話しかける。

 

「アストレア……ちょっと…近い……」

彼女の気迫に顔を仰け反らせるイカロス。

 

「イカロス御姉様ぁ~♪」

小さなカオスがイカロスのもとに走ってきた。

 

「イカロスさんっ」

騒ぎを聞いて日和も息を切らせてやってきた。

 

「そう……ありがとう…皆…」

 

「ううん…」

 

「後輩として当然ですぅ!!」

 

「カオス、一番頑張ったぁ♪」

 

「いぇ……そんな……」

 

四人いれば四種類の返事が返ってくる。全員笑顔だったが、大きな生傷を負っていた。

 

「それでね……」

少女達はイカロスの横に腰掛け、話を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、行くわよ」

 

イカロスはアストレアが担ぐことになった。その隣で日和がダイダロスのもとに到着するまでヒーリングをすることになった。

 

「カオスが戦う~ぅ♪」

 

「そうね、カオスと私が先行、デルタとヒヨリは後から続いてっ!!」

 

「「了解っっ!!」」

 

『シナプス』は決して地上からは見えない。

 

「レーダー展開っ!!」

ニンフの頭の中に『シナプス』の座標高度が現れる。

 

 

「先輩、遅すぎますぅ!!」

アストレアが下から文句を言ってくる。

 

「バカっ!アンタの羽は『超加速型』でしょうが!」

 

そんなことを言っていると。

 

「高度20,000mに到達、皆さん!間もなく『ゼウス』の射程圏内ですッ!」

日和が注意を促す。

 

「分かったわっ!デルタはアルファを死守、カオスは『ゼウス』に攻撃開始!」

 

「アイアイサァ――ッ!!」

「わぁい♪」

 

 

 

雲の切れ間に黒い穴が出現した。穴の中で唸り声に似た駆動音が響き渡る。

「来ますっ!!」

日和の声の直後。

 

 

彼女らは光の檻に閉じ込められた。

 

「その光に当たらないで!吹っ飛ぶわよっ!!」

 

「そんなこと言ったって……!うわっ?!…危なっ??!」

「きゃっ…?!」

 

上下左右、縦横無尽に何の前触れもなく襲い掛かってくる光を避けるのは難しい。

 

「本体はっ?!……うわっ…よっ…っと!」

「ニンフお姉様、あそこだよぉ」

 

カオスが指差す先にそれはあった。

全長数百メートルはある不気味に光る砲身がこちらを睨んでいる。

 

「『パラダイス=ソング』っっ!!」

ニンフの口から衝撃波の束が放たれる。

 

「ちっ……」

しかし、そう簡単にはいかない。目標の手前で障壁に阻まれる。

 

「カオスがやるのぉ」

そう言うとカオスは急上昇を始めた。

 

「カオスっ!!」

「ダメっ!!」

 

アストレア達の引き止めも聞こえない。

ブロンズの髪が猛烈な風で視界を覆う。その風邪を生み出しているのは目の前の『ゼウス』の砲門。中では凄まじいエネルギーの塊が渦巻いている。発射まで時間がない。

 

「お姉様達は……」

時計の針を思わせる三対の翼があっという間に膨れ上がり、巨大な盾に変形した。

 

「私が守るんだからぁあああッ!!!」

 

次の瞬間。

 

 

 

「うわっ?!」

「ううぅっ!!」

 

空間全体を震わす程の威力を秘めた光弾が発射された。

 

「うぅっ…!負けないもんっ!!」

エネルギーの奔流を押し戻すカオスの表情が歪む。

しかし、所詮はエンジェロイド。特殊な金属で造られてはいるが、膨大な熱で翼が真っ赤に融解し始めた。

 

「逃げてっ!カオス!」

「そんなぁ…動けないよぅ…」

 

「ニンフさんっ!退いて下さいっ!!」

日和が前に出る。

 

「『Demeter』起動!!」

日和の持つ杖が振るわれると、急に嵐が吹き荒れる。豪雨がカオスの翼に降りかかると、ジュウゥゥッッ、と言う音ともに大量の水蒸気が辺りに立ち込める。

翼の表面温度が下がり始めた。

 

だが、まだ攻撃の手は収まらない。

 

「ニンフ先輩!!イカロス先輩を!!」

アストレアがニンフにイカロスを任せ、単身突撃した。

 

「えっ?!えぇっ?!」

 

困惑するニンフをよそに、黄金の天使は超振動光子剣『Chrysaor』と最強の盾、

『easis=L』を召喚する。

 

「こんなもんっ!!」

真横からの光の矢を切り裂き、前からの攻撃を盾で防ぎながらどんどん本体に迫る。

『ゼウス』のレーダーは彼女の加速に追い付けない。

 

(まただ……)

ニンフは自責の念に駆られていた。

(やっぱり……私……)

「『役立たず』なのかな……」

ぽつりと呟く。

(アルファを助けることも出来ない…ヒヨリみたいに仲間を守ることも、カオスやデルタみたいに戦えるわけでもない……いつも誰かに守られてばかり……)

 

「先輩っ!!何、ボォ~っと飛んでるんですか!!先輩の、『電子戦専用』の力を見せてくださいよ!!早く!!私もそう長くは持ちませんよっ!!」

悲鳴交じりのアストレアの声で我に返るニンフ。

 

「きゃあっ!!」

ヒヨリの片翼が跡形もなく消し飛んだ。

バランスを崩し、落下していく。

 

「ヒヨリ!!」

「私は大丈夫、あの子を……」

遥か下で何とか残った翼を広げ、墜落を逃れる日和。

 

刹那、一際大きい爆発音。

 

「っ?!」

ニンフの横側を紫色の金属片が掠めた。

「カオスっ?!」

カオスの翼は大破寸前だった。

「お姉様っ!!助けてぇっ!!」

奇跡的に攻撃を受け流している。動けばたちまち光に飲まれてしまう。

動けるのは自分しかない。

(そうよ…役立たずなんかじゃない……私にしか……出来ないことがあるはず!!)

 

「自己進化プログラム『Pandora』解放!!」

ニンフを力強い光が包み込む。

「おっしゃぁあ!!一丁、やっちゃってくださいっ!!」

バカが勢いづく。

 

「素粒子ジャミングシステム『Aphrodite』展開っっ!!」

 

彼女を中心とした強力なフィールドが構築される。

領域に巻き込まれた光が次々と方向を変える。

 

「いけるっ!!」

アストレアが威力の弱まった本体に詰め寄る。

 

「どっせええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええい!」

咆哮。数メートルに巨大化した輝く刃が鋼の砲身に深々と亀裂を刻み込む。

 

「よしっ……!」

内部の動力源から火を噴き、爆発があちこちで起こる。砲門から光が消えた。

『シナプス』はもう目の前だ。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫…?アルファ……?」

イカロスの創造主であるダイダロスが話しかけてくる。

「はい、ありがとうございました」

先程までの不調が嘘みたいに消え去り、頭もすっきりした。

 

「日頃の無茶が祟ったみたい……あまり無理しちゃダメよ…?」

「……?」

イカロスが小首を傾げる。

(マスターに毎日ご奉仕することを……博士は『無茶』というのだろうか…?)

 

「ねぇ、博士」

ニンフが遮るようにダイダロスに話しかける。

「どうしたの、ベータ……ああ…そういうこと……」

日和に抱かれてすやすやと眠っているカオスをニンフが指差す。

翼は長時間、攻撃を防ぎ続け、此処に辿り着く前に重みに耐えられず、根元から瓦解し、大破してしまった。

そんな彼女を母親のように優しく撫でる日和の白い羽も片方しかなく、もう一方も赤く染まっている。

アストレアは全身に絆創膏を貼って余計にバカさが際立っている。

「みんな疲れてるし……」

そう言いながらチラ、チラと視線で何かを訴える。

 

 

「分かったわ……皆、しばらくはここに泊まっていって」

 

ニンフ達は修復を兼ねてダイダロスのラボに泊まっていくことになった。

 

「あの……」

「……?どうしたの、アルファ?」

「私は…帰ります…」

創造主は溜息を一つした後。

「分かったわ……」

イカロスの心情を察し、ダイダロスは彼女が地上に戻ることを許可した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

家の庭に着陸したイカロスは庭のスイカに小さく声を掛け、玄関の引き戸を開けた。

 

時刻は午後三時を回った頃。もうすぐ智樹が帰ってくるだろう。

 

「帰ったぞぉ」

予想は的中した。

 

「お帰りなさいませ、マスター」

「大丈夫か?先輩から聞いたんだけど……」

「はい、大丈夫です」

「そっか、良かった」

そう言うと、彼はイカロスの頭をそっと撫で、二階に消えた。

 

 

その夜。

居間で寛いでいた智樹がふと。

 

「なぁ、イカロス」

「はい」

エプロン姿の彼女は彼の横にちょこんと座る。

 

「思い出すなぁ……」

「……?」

 

「お前が空から落ちてきた時のことだよ………」

 

智樹は視線をテレビの画面に戻し、静かに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは突然のことだった………

 

町の外れの大桜に巨大な石柱と共に、天使が落ちてきた。

彼女の翼は桜色。大きさは数メートルもあり、このことがそれが決して飾りではなく、羽ばたき、空を飛ぶためのものだということを物語っていた。

 

上空からさらに神殿の残骸らしき塊が次々降ってくる。

 

 

「うわあああぁぁ!!」

 

 

次の瞬間、翼を持った少女が瞳を開けた。

突然の浮遊感を少年は感じた。

頬には夜中特有の冷たい風。しかし、その冷たさはどこか彼を優しくなぶっていく。

目の前には見慣れた空美町の夜景が広がっていた。

脚は地面についていない。先程のことで溶けたのだろう、靴ひもが空美町の光をバックに踊り、重力に引かれてか、脚が意味もなく振り子のように揺れていた。

彼を優しく抱き締め、空を飛ぶ天使がこちらを見つめている。

色素の薄い緑色の瞳に自分の驚いている顔が映っている。

 

 

「インプリンティング……開始……」

そう彼女が呟くと。

 

「えっ…」

彼女の首輪の鎖が伸び、少年の右手に巻きついた。

 

 

もう何も落ちてこなくなった草原に降り立ち、改めて自らの右手を見る。

握り締めると金属特有の冷たさと重みが伝わってくる。

 

 

「はじめまして……」

 

 

鈴の鳴るような美しい声。

 

 

―――――私は、愛玩用エンジェロイド、タイプα、IKAROS……

 

 

彼女……イカロスの唇が言葉を紡ぐ。

 

 

―――――あなたが楽しめることを何なりと……マイ・マスター……

 

 

春の風が吹き抜ける夜だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「びっくりしたぜ、あん時は」

苦笑する智樹。

 

「私は……」

イカロスが小さく呟く。

 

 

「マスターの下に落ちてくる為に造られたのかも知れないです……」

 

 

そう言うと頬をぽっ、と紅潮させた。彼女の首に嵌められた首輪の鎖がジャラっと鈍い音を鳴る。

「そうか……嬉しいぜ」

智樹に優しく撫でられ、イカロスは緑色の瞳を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中を過ぎたAM2:00頃

 

「アルファ?!聞こえるっ?!」

突然、イカロスのレーダーにニンフが割り込んできた。

「どうしたのっ…!?」

珍しく彼女が慌てているのでイカロスは少し不安になった。

 

 

 

「逃げてっっ!!トモキを連れてっ、早くっ!!」

 

 

 

何かとんでもないことが起きたのだけは分かった。

「マスターっ!!」

急いで階段を駆け上がり彼の部屋に飛び込んだ。

「どした…?こんな夜中に……」

 

 

「私に掴まってくださいっ!!」

 

イカロスの瞳は既に真紅に染まっていた。

「えっ、えっ?!」

困惑する智樹をぎゅっと抱きしめ、発進体勢を整える。

 

「早くっ!!脱出してっ!!!」

 

もう一刻の猶予もないらしい。ニンフの声に焦りがさらに増える。

 

「タイプアルファ、イカロス……」

 

動力炉の回転数がぐんと上がり、駆動音が耳を劈く。

 

「この空域を最大全速で脱出しますっ……!!」

 

彼女の頭の上に光の輪が現れた瞬間。

 

「ぐっ?!」

 

「我慢して下さい……っ、くぅ…!!」

可変ウィングが唸りを上げ、あっという間に音の壁を突き破るとさらに加速する。

 

「速度上昇、M20……21…22…23…24」

遂に彼女が出せる速度の限界に達した。

 

「そのまま高度23000mまで上昇、コンマ02秒後、『絶対防御圏 Aegis』を最大展開っ!!」

「了解…!!」

空気を切り裂き、上昇を始めるイカロス。

あまりの速さに翼が雲の帯を引いた。

 

「高度21000…22000…22500……」

目標高度が迫る。

 

「23000…!!『イージス』………全開っ!!」

二人は光の壁に覆われた。

次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「空美町が…っ!!」

一瞬にして凄まじい光と熱に飲み込まれ、焦土と化した。

「あ…あぁっ……」

 

眼下でサイレンが鳴り響く。

 

「アルファ、大丈夫?!」

今度はダイダロスが声をかける。

「はい、マスターも無事です」

「良かった…でもそこは危ないわ……」

 

 

刹那だった。

 

 

「えっ?」

イカロスの真横をエネルギーの奔流が駆け抜けた。『イージス』を張っていなければ、今頃灰になっていただろう。

何者かが自分達を狙っている。

 

「『シナプス』がある高さまで上昇して、そこまではまだ追ってこられないから……」

「でもっ……あそこには……」

「『ゼウス』の事ね…大丈夫……」

それを聞いて思い出した。

昨日の事で『ゼウス』は大きな損傷を受け、使用不可になっていたのだ。

 

「分かりました」

赤き瞳の天使は満天の星空に吸い込まれていった。

 

「はぁ……死ぬかと思った……」

智樹がダイダロスのラボの床で倒れこみながら呟く。

 

「空美町の住人は……?」

「大丈夫、直前に皆、異空間に移送させたわ……もちろん気付いていないわ」

それを聞いてほっと安堵の溜息を吐く。

 

 

そしてここにはもう一人……普段はまずいない人物がいた。

それは……

 

「頼む、この通りだダイダロス……!!」

「貴方に言われなくても分かっているわよっ!!」

この『シナプス』の王、ミーノースがいた。

「はっ……!!」

智樹を自分の後ろに隠し、桜色の翼を大きく開き、赤い瞳で彼を睨みつける。

 

「や、止めてくれっ……!!『ウラヌス・クイーン』……!!」

彼の表情は恐怖に満ちていた。

 

「っ……?」

どうやら敵意はないので通常モードに切り替え、事の始終を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ……退屈ねぇ……」

「ニンフ先輩、いつまでこうしていないといけないんですかぁ~?」

「うっ……痛ぃ、です…」

「まだ治らないかなぁ……」

イカロスが帰宅した後、治療と修復をしていたニンフ達。

「うぅぅうううっ……!!!」

特に日和の傷が酷かった。バッサリと切られた片翼の傷口を消毒し、包帯を巻く。

「よくあの『ゼウス』を突破したわね…ベータ」

感心するダイダロス。

「エヘヘ…」

耳のレーダーにたくさんのコードを付けたニンフが照れる。

 

その時だった。

 

「ダイダロスっ、いるかっ?!」

突然、通信が入った。

「アンタは……ミーノース……!!」

ニンフ達に緊張が走る。

「今度は…何をするつもり……!!」

ニンフが目尻を吊り上げ、憎悪を露わにする。

 

「待てっ、ベータ!!違うんだっ!!」

「うるさいっ!!アンタなんかこの状態でも木端微塵にできるわっ!!」

「待って下さいっ、ニンフ先輩っ」

「ニンフお姉様っ!!」

アストレアとカオスに説得され、ニンフは何とか怒りを収めた。

 

 

「で、何なのよ……」

いらいらしながら尋ねる。

 

 

 

「『アルファ・ダッシュ』の封印が解けた…………」

彼の額から大粒の冷や汗が流れ落ちた。

 

 

「は?」

 

 

ニンフには前のマスターが何を言っているのか解らなかった。

「デルタ、アンタ分かる?」

「バカの私に聞きますか?」

「カオスは?」

「分からないよぉ……」

エンジェロイド達の記憶域にそれに関するデータは存在しなかった。

 

 

「何ですって……!?そんな……」

たった一人、ダイダロスだけは小刻みに震えていた。

 

 

 

「『アルファ・ダッシュ』が……」

 

 

初めてのエンジェロイド、即ち、戦術戦略用エンジェロイド、タイプα『Ikaros』が建造されたのは人類がまだ存在しなかった頃。そのあと、彼女の姉妹機として、電子戦専用エンジェロイド、タイプβ『Nymph』が建造され、『シナプス』で本格的にエンジェロイドが使用、運用されていった。という話はよく知られたことである。が……

 

「順番としては……ベータは…『三番目』なの……そして……」

 

 

「実は……アルファには……『姉』がいるのよ……」

 

 

「「「…………!!!」」」

 

 

そう。イカロスの直系の後継機は確かにニンフだ。しかし、彼女の“姉”はイカロスだけではなかった。

それだけではなく、その“姉”にあたるイカロスにも“姉”…つまり『始まりのエンジェロイド』が存在しているというのだ。

「ど…どういうこと…?!」

「アルファ…ちょっと…」

ダイダロスはイカロスに肩の防具を外させるとそれを受け取り、あるものを示した。

「ほら…これが証拠よ…」

「…!これは……」

 

「『タイプ・アルファ・ダッシュ』……」

「そう…本当ならば、今のアルファが、アルファ・ダッシュだった…けど」

そこで、彼女は黙り込んでしまった。

しかし、冷静に考えてみれば、辻褄が合う。

『エンジェロイド』という存在が生み出された当初の『シナプス』の技術力は計り知れないとはいえ、まだ完全なものではなかった。

それでも、当時の『シナプス』にはイカロスに搭載されている『可変ウィングの核』に匹敵する出力を誇る動力機関はいくらでも存在した。だがそれらにはある共通した弱点があった。それは『規格』であった。

どれだけ高出力を叩き出しても、エンジェロイドに搭載できる大きさでないと意味がない。

そのためにダイダロスは果てしない時間を費やし、ようやく小型化に成功した。

だが、それはたったの一つ。

『エンジェロイド』という未知の可能性を秘めた技術の発展のためにはあまりにも少なすぎる。ここで、『イカロスが最初のエンジェロイド』とすると、少し話が強引に捻じ曲げられた痕跡が見え隠れする。

 

―――イカロスの感情制御機能が鈍化されているのは何故か…?

 

その答えが『アルファ・ダッシュ』だ。

動力源となるものは一つしかない。それ故に生み出されるエンジェロイドは、『感情』『電算制御』『戦闘能力』全てにおいて完璧でないと割に合わなかったのだ。

 

後になって分かったことだがイカロスのショルダーアーマーに『アルファ・ダッシュ』と刻まれていたのは当時、今の『アルファ・ダッシュ』が『アルファ』として活動していたからだ。

「……ということは…」

 

 

ダイダロスが残酷な言葉を漏らす。

 

 

 

「アルファより………『上』…………よ……」

 

 

絶句した。あの『空の女王』と恐れられたイカロスを上回るエンジェロイドが存在し、その封印が解けてしまった………

「彼女はアルファ達のベースとなったエンジェロイド……貴方達、第一世代の能力が一つずつ鈍化されているのはそれが理由……彼女は完璧すぎた……加速性能はデルタより、ハッキングやジャミングといった電子戦はベータより上…動力機関はアルファと同じ可変ウィング、戦闘力はカオスを遥かに超えているわ………」

 

「まさか……」

「頼む……!ヤツを止めてくれ……!!」

その場にいた全員の頭の中に“絶望”の二文字が浮かんだ。

勝てるわけがない。無理。詳細もはっきりわからない敵をどうやって倒す?

 

「はぁ~…………」

ニンフが長い溜息を吐いた。

「分かったわ……だけど……一つだけ条件があるわ……」

青い瞳が睨む。

 

 

「『ゼウス』は完全に破壊させてもらうわ、アンタの所には誰も寄り付かないから、あんな物騒なものいらないでしょ?」

 

 

翼を持った男は渋々首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうなの?目標は、アルファ?」

ニンフがイカロスに尋ねる。

「……分からない…あの時は真夜中だったから…」

申し訳なさそうに答える。

「今は大きな変化は無いみたい…ほら、ここ」

ダイダロスが映し出された座標平面を指差した。

赤い点が点滅しながらゆっくりと旋回している。

イカロス達を探しているのか、はたまた現れるのを待ち伏せしているのか、動きが一定しない。

「姿は……?」

「最大望遠で出すわ……」

画面が切り替わる。

「酷い……空美町が……」

茶色く焼き払われた町は日が昇ると一層生々しく見えた。

「これか……」

一瞬、景色がブレた。

空間の歪みは人の形のように見える。

「P=ステルスシステム!」

 

ステルスが解けていく。

 

 

 

「あ…………」

 

 

 

新雪を思わせる真っ白な長い髪、まだあどけない顔に金色と水色、左右で異なる色の瞳、豊かに膨らんだ胸、背中には四枚の大きな翼、更に首には無骨な首輪が嵌められていた。

 

 

「あれが……アルファ・ダッシュ……」

皆、恐怖の色を隠し切れない。何故なら…

 

「『超振動素粒子大鎌 Athena』……」

彼女の手には数メートルは優に超える長さの刃が備わった光り輝く鎌が納めていたからだ。

 

「……!これって…」

アストレアが呟く。

「そう……『クリュサオル』の前身になった兵装……これもデータを引き継いでいるの…」

つまり、イカロスの『イージス』では太刀打ちできない。

アストレアの『クリュサオル』は『イージス』を易々と貫く。

それと同様、もしくはそれ以上の威力を持つ『アテネ』にとって『イージス』は何の防御策にもならない。

 

 

「あ…消えてく……」

 

自分達の気配を感じたのか、未知なる天使は再び風景に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタはアイツとインプリンティングしているわけ?」

ニンフがミーノースに尋ねる。

「ああ、だが今は契約は破棄されている、今、私の奴との契約が生きていればこのようなことにはならないはず……恐ろしい奴だった……」

 

「……」

ニンフは何も返せなかった。

 

「それに……」

ミーノースが続ける。

 

 

 

「アイツは……アルファを……ウラヌス・クイーンを…“破壊”しようとしたからな……」

 

 

 

「「「えっ…?!」」」

 

ダイダロスを除くそこにいた全員が驚愕した。

 

「そんな……私を…壊そうと……?」

名の上がったイカロス本人も例外ではなかった。

でもイカロスの記憶域にはそのような記憶は保存されていない。

 

「あれはだな……」

 

 

 

 

 

――――――時は遡る。

 

 

 

 

 

 

あれはまだニンフの建造が計画され始めていたころであった。

 

「イカロス……地上を掃除して来い、命令だ」

「はい」

イカロスがまだシナプスにいた時代、アルファ・ダッシュは“二番機”として『空の女王』である彼女と隊列を組んでいた。

 

 

「タイプアルファ……」

「タイプアルファ・ダッシュ……」

 

 

「「出撃します……」」

 

当時の彼女達の性能は圧倒的過ぎた。

二人の襲来した場所は生命という生命が全て奪われ、文明そのものが放たれた業火によって消滅した。

時が過ぎ、ある時には西洋の大帝国を一晩で跡形もなく滅ぼし、海に浮かぶ大陸自体を沈め、地上の人々は彼女らを畏れた。

 

 

 

だが……

 

 

 

「マスターっ…!!」

「何っ…?!」

 

ある任務の途中だった。

突然、彼女はシステムトラブルを起こし、誤作動を始めた。

 

「敵(エネミー)、ロック」

 

 

 

イカロスの頭の中でロックオンを知らせる警報が鳴る。

 

「『アテネ』……」

その瞬間。

 

 

 

 

「か……っ、うっっ……ぐぅぅっ……!!」

 

無敵のイカロスが生まれて初めて傷を負った。

左肩の装甲は消し飛び、可変ウィングも大きく切り裂かれた。

 

「う、ううぅ……!!!」

動力が伝わらない。肩の関節を損傷したらしい。腕がダランとしたまま動かない。

 

「『モードウラヌス・クイーン』……オン」

瞳が紅くなり、光の輪が出現する。

 

「『アルテミス』、発っ、……っ!!」

自分の加速性能を超えたスピードで脇腹を思い切り殴られ、意識が遠のいた。

 

「『超々遠距離空対空弾 Hades』…発射」

無数の弾丸が四枚の翼から放たれる。

 

イカロスは『イージス』を張る力を失い、その全弾を浴びた。全身から鮮血が飛び散る。

 

「はっ…はぁっ……はぁ…」

視界にノイズとヒビが入り、満身創痍な中で彼女は残酷な言葉を聞く。

 

「『超振動音波増幅双槍 Longinos』……」

それを合図に中空に二本の双叉の槍が召喚される。

 

「投擲(ファイア)……!!」

超音速で吸い込まれるようにうち一本が“空の女王”の肩を貫いた。

 

 

「……………っ!!」

イカロスは声にならない絶叫を上げた。体がグラッと傾き、重力に引かれ、地上に墜落した。

 

地面にできたクレーターの真ん中でもがき苦しむ。体を起こそうにも、自らを貫いている槍の矛先が地面深くまでめり込んでおり、それを抜こうにも片腕が動かず、そもそももうそんな力が残っていなかった。

 

二本目の切っ先が自分に向けられる。

 

「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「投……」

 

しかし、最悪の結末は回避された。

 

「動……力炉、オーバーヒート……、メインシステム、85%損傷……電子回…路、多数箇所で拒……絶反応を、確認……」

胸を苦しそうに押さえ、異常を羅列していく。

 

「あぁっ…っ、ううっ…!!」

こめかみの排気口から真っ黒な煙が吐き出される。

 

そして遂に。

 

 

安全用のヒューズが飛び、ドサッとイカロスの隣に力なく転がり落ちる。

彼女の手に握られていた槍はバラバラとパズルが崩れるように消えていった。

 

機能を停止した天使の白い頬は何故か涙で濡れていたが……

 

「た…ザザッ…プ、ザザザッ、ルファ、ザザザッ……イカ、ザザッ……帰還しま…した……」

何とか『シナプス』まで戻ったイカロスは槍が刺さったまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「…私はその後、ダッシュを封印し、アルファのメモリからそれに関する記憶を消去した、というわけだ」

 

「えらい長話ですね」

「まったくですっ」

 

ニンフとアストレアが不満を吐き捨てる。

 

 

「貴様ら、元マスターである私に何てことをっ?!」

「所詮『元』でしょっ?!」

「ニンフ先輩の言う通りよっ!!」

 

今日の二人は恐れない。募りに募った不満をぶつけ、ガンガン攻めまくる。

 

「でも……何で私達を……」

イカロスが独り言で問いかける。

 

ニンフとアストレアがハッとする。

 

「まさか…アンタ…」

「また何か……」

二人の少女が激昂する。

 

「「企んでるのおおおおぉぉぉっっ!!」」

 

「「アンタしかいないじゃないっ!!!よく考えたらおかしな話よ!!ありえない、封印された状態のエンジェロイドがどうやってそこから抜け出すのよっ!!アンタが何かしない限り、起きないことじゃないっ!!」」

「これは本当だっ!!信じろっ、ベータ、デルタっ!!」

 

「「信じられるかっ!!」」

 

「もう良いっ!!こんなやつ灰にしてやるっ!!」

ニンフが口を大きく開けた。

「えっ、ちょっ、ニンフ先輩っ、さすがにそれはやりすぎじゃ……?!」

正気に戻ったアストレアが制止するが、もう遅い。

 

「『パラダイス=ソング』っっっ!!!!!」

 

衝撃波の束はミーノースのすぐ横を掠め、壁を突き破り、果てしない青空へと吸い込まれていった。

 

「はぁぁぁっ……分かった…?これぐらいアンタに怒ってるのよ、今も……ずっと我慢してきた……トモキがいなかったら確実に直撃させていたわ……」

 

彼に背を向け、床に膝を抱いてニンフは座ってそのまま何も言わず黙りこくってしまった。

 

静寂が辺りを支配する。

 

その沈黙を破ったのは日和だった。

 

「シナプス第一から第一〇八番の武器管理ユニットが何者かによってハッキングを受けていますっ!!」

 

全員の表情が一気にこわばる。

 

「間違いないわっ…アルファ・ダッシュよ…!!」

「でも何の為に…?」

「恐らく、彼女同様、彼女の武器もそのまま封印・保管されているはず…通常ではアクセスすらできない状態に設定されているからそれを強引に取り戻すつもりよ!!」

 

「ヒヨリっ!!」

「はいっ!!」

 

情報戦に長けた二人がハッキングの下を逆探知する。

「やはり…」

予想は当たっていた。鎌使いの天使が強大なフィールドを展開し、『シナプス』全体を支配下に置き始めていた。武器庫のロックが次々とこじ開けられていく。

 

「ダッシュの武器が格納されているのはっ?!」

「八十二番だっ、他は良い、そこさえ守ればっ…!!」

 

敵は他の格納庫には目もくれず、鍵を壊すだけで中を探索はしない。

どうやら『八十二番』に眠るものだけが狙いのようだ。

 

渡してはいけない、渡す訳にはいかない。

しかし、その気持ちが裏目に出た。

 

「ニンフさんっ、だめ……っ!!」

「しまっ……!!」

なんと、防壁を張っていたニンフのシステムに侵入し、彼女のハッキングシステムを乗っ取り、ロックを解除した。

 

「ダッシュが来るわっ!!」

ダイダロスが叫ぶ。

 

 

「マスターはここにいてくださいっ!!」

イカロスの瞳が紅く変わる。

「ニンフ先輩がだめなら……モグモグ…わふぁひがやっふけまふぅ~!!」

バカがおにぎりを頬張りながらビシッと両手を挙げる。

「カオスもぉ~♪」

翼が治ったカオスがその場で踊りだす。

 

 

 

「タイプアルファ、イカロス」

「ベータ、ニンフ」

「カオスも行くよぉ~!!」

「バカ、いきまぁ~すっ!!」

「出撃します…!」

 

大空に天使達が繰り出していく。

 

その直後。

「マスターっ!私たちも協力させてくださいっ!!」

「お前達…!!」

ラボにハーピーがやってきた。

「……分かった…頼んだぞ…」

 

「「はいっ!!」」

 

双子の天使は大きく頷いた。

 

 

運命の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「目標、第一世代戦術技術開発試験用エンジェロイド、『α´』『ELF』、制圧作戦開始、なお、本作戦に要撃用エンジェロイド、タイプγ、ハーピーが援護に入るわ」

「ハーピーがっ!?」

 

「そうよっ!!」

頭上から独特の声が飛んでくる。

 

「マスターに頼まれたからなっ!精一杯頑張るぜ!」

 

「姉さん、あそこ!!」

彼女らのはるか前方、殆ど点に近い大きさだが確かにいる。

 

 

「いきなり接近するのは危険よ、しばらく様子を見て、私が先行する、ハッキング・フィールド、全開!!」

ニンフを中心に力場が展開される。

「援護しますっ」

更にそれが日和を経由することで領域が広域化、強大化する。

 

「アルファ!!」

ニンフがイカロスに指令を飛ばす。

イカロスも素早く反応し、戦闘態勢に入る。

「可変ウィング、セーフティ解除、自己進化プログラム『パンドラ』解放、『アルテミスⅡ』フル・ファイア…!!」

外装が大きく変化したイカロスの四枚のデュアル可変ウィングから無数の光弾が縦横無尽に乱れ飛ぶ。

 

「姉さん!」「ああ!!」

 

それに続いてハーピー姉妹の主砲、『超高熱体圧縮発射砲 Prometheus』が火を噴く。

 

「「喰らえっ!!」」

 

双子ならではの息の合った攻撃はまっすぐ目標に吸い込まれていく……

 

かに思われた。

 

 

“エルフ”が目を開けた。

迫りくる二つの火球と無数の光の弾を静かに見つめる。

 

そして……

 

 

「なっ…?!」「そんな…っ」

 

たった一撃でその全てが撃ち落された。

 

「あれが……『アテネ』…!」

ニンフが怯える。

爆煙の中から現れた鎌を持つ少女は『天使』というよりも『死神』の名が相応しいオーラを纏っていた。

 

「………………」

エルフの唇が小さく動く。

それにいち早く気付いたのは日和だった。

「皆さんっ下がって!」

珍しく声を荒げた。

 

(間に合わないっ!)

「『デメテル』緊急起動っ!!」

刹那、彼女達を凄まじい風と雲の壁が覆う。

 

「ぐっ…!!」

「ヒヨリ、何なのっ?!」

ニンフの質問を無視し、日和は続ける。

 

「イカロスさん、全員を『イージス』の中へ!!フィールドの効果で全開で張れば一瞬だけは何とか耐えられますっ!!」

 

「『イージス』全開っ!!」

 

 

 

直後だった。

空気がガラスのようにひび割れたような甲高い音が耳を貫く。

エルフがまた刃を振るった。

斬撃は嵐を掻き消し、有り余ったエネルギーの塊は僅か数センチ横を掠め飛んだ。

 

「皆、散開っ!!このままじゃ的になるだけよっ!!」

ニンフの合図で一斉にエンジェロイド達が散っていく。

 

 

「…………………」

また『忘れられた』天使の唇が何かを紡いだ。

 

 

 

 

「チッ!!狙われたっ…!!」

アストレアが急降下し始める。エルフの第一の標的になってしまったようだ。

 

「来るなら来いっ!!イカロス先輩より強いからって…!!」

金色の天使は光の弾丸となり地面に向け突っ込んでいく。

しかし……

「っ、回り込まれたっ?!」

左右で異なる光を放つ瞳を持つ天使がいつの間にか真下で自分を睨んでいる。

 

「ク、『クリュサオル』っ!!」

こうなっては仕方がない。アストレアは剣を召喚し、減速することなく未知なる敵に立ち向かった。

 

「デルっ……!」

ニンフの目の前でアストレアが撃墜された。

今すぐにでもエルフを倒したいところだが、自分が相手をしてどうこうなる問題じゃない。

むしろ、直接的な攻撃手段を持たない自分は相手にとって何の障害にもならない。

いい的になるだけなのは火を見るより明らかであった。

「ニンフは後退して……ここは危険よ、私に任せて…」

 

イカロスがそっと彼女の背中を押す。

冷酷な悪魔のような真紅の瞳を持つ『ウラヌス・クイーン』にはまだ恐怖の気持ちが残っているが、今日のイカロスはいつも以上に優しかった。

 

「ありがと…アルファ…援護は任せて……」

「うん…」

気持ちは嬉しかった。今言った言葉にも偽りはない。

ただ……

自分の『電子戦専用』という立場がたまらなく憎くて、悔しくて、情けなかった……

 

「ニンフ……大丈夫……?」

イカロスも何かを感じ取ったらしく、心配そうに彼女の心情を案じる。

 

「ううん…良いの……」

 

青い瞳に力が宿る。

「私には私にしか出来ないことがある……負けるわけにはいかないわ……!!!」

強く拳を握りしめた。

 

 

「どうしようかな~?」

カオスは遥か上空を飛行し、攻撃の機会を伺っていた。

第二世代の彼女のボディはレーダーに映りにくく、更に体が一番小さいこともあって、エルフにはまだ気付かれていなかった。

(このまま何もしないでおこうかなぁ…?)

気まぐれな性格のカオスがそう思いながら下を見た瞬間。

 

「きゃっ…?!何…?」

いきなり衝撃波に錐揉みになった彼女はバランスを取り直し、改めて様子を確かめる。

「あっ、アストレアお姉様っ…!」

真下ではエルフとアストレアが鍔迫り合いをしているところだった。

 

 

 

『クリュサオル』と『アテネ』、二つの近接武器が思い切りぶつけられる。

「くっ、くぅぅぅうっ!!」

「……………」

闘志剥き出しで唸るアストレアをエルフは何も言わず受け止める。

 

(何…コイツ…びくともしない…っ?!)

動力炉の出力をさらに上げても結果は同じ。まるで地球全体を押しているかのように微動だにしない。

 

「……………」

恐ろしい鎌の刃の向こうでエルフが何かを発した。

「っ?!」

 

一瞬の出来事だった。

 

 

圧倒的な力で弾き飛ばされ、『アテネ』の鋭い刃がアストレアを切り裂いた。

左のショルダーアーマーが砕け散る。

 

 

さらに何百発もの『ハーデス』が至近距離で撃ち出され、彼女の体を爆発に包み込む。

片翼を失い、傷ついた天使は重力に引かれるままに落ちていく。

 

「うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

カオスの中で何かがぷつんと音を立て切れた。

眼にも止まらぬ速さでエルフの直上まで降下し、咆哮とともに三対の翼を繰り出す。

が、数ミリの所で躱されてしまい失敗。逆に位置を知られてしまった。

 

「悪い人だ……お姉様をいじめる悪い人だぁ!!」

もう一度鋭い翼の先端が純白の天使に襲い掛かる。

 

「っ?」

攻撃は空を切った。敵の姿はどこにもない。

 

後ろを向いたその時。

「……っ!!」

ドンっと突き上げられるような衝撃と何かが断ち切られる音。

エルフが背後から拳を叩き込み、翼を切り落としたのだ。。

 

「ぐぅうううっ……っ……う、動かない……っ…」

全身に力を込めるが軋む音がするだけで残った翼は動いてくれない。制御機関がダウンしたようだ。

見る見るうちに恐怖の色がカオスを支配していく。

 

「助けて…っ、いやっ…もう痛いのは…もういや…っ!!」

僅かな隙を突き、全力で逃げ出した。

紫の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 

 

「カオス、中破、戦線離脱」「アストレア、シグナル、レーダーからロスト……撃墜されました…」

ぎりっとニンフの奥歯が鳴る。

(デルタは大丈夫……)

「…よね?ヒヨリ」

「はい…ですが、もう戦闘は不可能です…」

 

戦闘を少しでも優位に運ぶために広範囲にフィールドを展開することに専念するニンフと日和。

今はシステムを共有しているので、互いの考えていることは言葉を使わなくても分かる。

 

 

 

 

「あっ…!!!」

「カオスっ!!」

カオスが飛び去った方向で爆発音と閃光が走った。

 

「シグナル……ロスト…」

反応が小さくなり、消える。

「何てことを……」

 

(これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない……一気にケリをつけるわよ…)

ニンフが日和を見る。

(でも…どうやって、攻撃を仕掛けるタイミングは……)

不安気に見つめ返す日和。

「私に考えがあるわ……」

 

 

 

 

「うぅっ…痛……いっ……」

固い地面の上に形成された大きなクレーターの底でアストレアが身を起こした。

『クリュサオル』は何とか無事で、綺麗に大地に突き刺さっている。

肩の装甲は吹き飛び、切り裂かれた傷口から滴る鮮血が地面を赤く染めていく。

「危うく……腕ごと持っていか…れるとこだった……痛ぅっ…」

 

体量出血のせいか、視界がぶれ、彼女は地に手を付いた。

(でも……)

その場に座り込み、電算システムのない頭で必死に考える。

 

「“あの人”……『敵』じゃない……えっ…?」

自分で言ったことに自分で驚くアストレア。

彼女は敵だ。

墜落していく間にカオスが銃撃を受け、爆散したのを見てしまった。

彼女は敵。カオスを倒し、空美町を焼き払い、サクライ=トモキの命を脅かし、今、自分も傷を負った。イカロスやニンフ、ハーピーや日和は今も彼女の力に抗い、戦い続けている。

 

でも……何故か…敵とは思えなかった。いや、思いたくなかった。

(どうして…?)

そう思い、空を見上げる。

真っ青な大空にオレンジの火球が現れては消え、また現れては消え、を繰り返す。

 

アストレアの瞳が閉ざされる。首がカクッと力なく落ちる。

「冷却モードに移行、自己修復プログラム起動……」

 

回復に徹し始めたアストレアはそのまま石像のように動きを止めた。

 

 

 

「んなろおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」

「くたばれえええええええええぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

ハーピーが『プロメテウス』の引き金を立て続けに引く。

カオスを倒し終え、身を翻したかと思うと、すぐに、次の獲物に狙いを絞る。

『アテネ』を戻し、身軽になった彼女は翼を巧みに操り、弾丸を見事に躱し、ハーピー達に迫りくる。

 

「くっ…!姉さん…っ!!」

「ちっ……くしょう……!!」

 

弾切れだ。その瞬間にエルフの両手が二人の喉元を狙い、鋭く伸びる。

 

「くそおぉ………っ!!ただでやられるかぁああっ!!」

「はやくしろぉおおおっ!!『ウラヌス・クイーン』っっっ!!!」

 

首を絞められながらも、二人がかりでハーピー姉妹はエルフの動きを何とかねじ伏せた。

早くしないと、このままでは彼女らの首が持たない。

 

 

無数の『アルテミス』が動きを封じられたエルフに飛び込んでいく。

 

「もう誰も……傷つけない……!!!」

 

「かっ…かはっ……姉さん、大丈夫…?」

「ぜぇ……ぜぇ……ゲホッ…ああ、何とかな…」

イカロスに助けられたハーピーは戦線を離脱し、『シナプス』に戻っていった。

 

「『アルテミスⅡ』発射」

光弾がさらに時間差で襲い掛かる。反応の遅れたエルフはそれらを甘んじて受ける。

 

「『イージスⅡ』全開っ!!!」

直後、『アテネ』の斬撃が飛んだ。イカロスはそれを予測し、防壁を展開していた。

 

 

「『超高熱圧縮対艦砲 HephaestusⅡ』……」

 

異空間から巨大な大砲が召喚される。

砲身の中で光が増幅されていく。

 

しかし、イカロスはすぐさまその場を離れる。

エルフは自分に向いている『へパイストスⅡ』の破壊に急ぐ。

 

しかし、それは囮だった。

 

「『最終兵器 Apollon』……」

囮の破壊に気を取られている間に、イカロスは禍々しい弓に矢を番える。

 

「発射……!!!」

 

十分にエネルギーを蓄えた矢が業火を纏い、放たれる。

 

 

矢は空に大輪の炎の花を咲かせ、凄まじい破壊力で大爆発を引き起こした。

 

 

「やった……!!」

「すごいですっ!!ニンフさんっ!」

日和が久しぶりに笑顔を見せた。

イカロスの一連の行動はニンフの作戦の下、完全に遂行された。

 

だが……

 

「これでも無理なのか……」

相手は予想の斜め上を行く強さであった。

 

エルフは『アテネ』を盾にし、攻撃のダメージを受け流した。

とはいえ、全て防ぎ切ったわけでもない。

彼女は全身に傷を負っている。額から血を流し、一枚の翼も、不自然に歪んでいる。

それに……

「『アテネ』はもう使えないわね……」

両手に握られていたあの恐ろしい鎌は見事に刃が砕け、使い物にならない。

最大の脅威を排除したことで、少し勝機が見えてきた。

 

「残るは……」

ニンフが悔しそうに睨む先には。

「『ロンギヌス』……」

傷付いたエルフは先が双叉に割れた槍を構え、様子を伺っている。

表面的なダメージ以外の部分が大きいらしい。肩で息をするだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

しかし、あの槍はかつて、イカロスを一撃で串刺しにしたという。あれを何とかして破壊しなくてはどうすることもできない。

 

「奴が攻撃をしてこない以上、こちらの攻撃が確実に通るということ…でも、近接攻撃は無理…かといってさっきの攻撃方法も、もう囮がない…相手が動き出した瞬間に距離を取りながら攻撃をしていくわ…」

 

睨み合いが続く。

 

「アルファ、そろそろ来るわ…私が言った距離は必ず守って、合図ともに攻撃再開、良いわね?」

遠くでイカロスが小さく頷く。

 

「ニンフさんっ、来ます!!」

イカロス、ニンフ、日和の索敵レーダーがロックオンされたことを警告する。

「気を引き締めていくわよ!!」

 

エルフが二本の槍の切っ先を向け、動力炉の回転数を極限なく速めていく。

 

太陽は西の地平線に揺らめき、空を真っ赤に燃やしている。

その時、槍使いの天使が、それらを高々と掲げ、クロスしたのだった……

 

 

 

 

 

「ここは……どこだろう……」

何とかカオスは大破を免れた。第二世代の強靭な装甲はあの爆発でさえも耐え凌いだのだ。

気が付くと自分はどこか分からない地面に伏していた。

頭の中に残っている記憶の最後のページはエルフに襲われ、『ハーデス』の弾幕を避けきれず、直撃し、空中で意識を失ったところまで。

落下時にレーダーも損傷したらしい。現在の位置を知る手立てはない。

羽ももう根元から折れてしまい、まだ辛うじて名残があるのが奇跡なほどであった。体もあちこちが動かすたびに悲鳴を上げ、言うことを聞かない。

満身創痍だった。

 

(おねえさま……おにいちゃん……)

心の中で呼びかけてみる。

勿論、返事はない。

「おねえさま……」

もう一度、今度は声に出して呼んでみる。

 

 

「カオス……」

 

「え……?」

振り向くと。

金色の髪、蒼い鎧、赤い瞳………………

「アストレア………おねえさま……?」

「探したんだから……」

驚くカオスを優しく撫で、アストレアはそっと笑った。

 

斬られた翼はまだ回復していない。

しかし、彼女の瞳にはいつもの強い光が漲っていた。

 

 

「おいで、お姉ちゃんが守ってあげる……」

傷付いた“妹”を優しく胸に抱き寄せる。

近接戦闘用独特の大きな動力炉の唸りが暖かく全てを包み込む。

 

 

「……あ…動く…お姉様、治った、治ったよぅ!!全部治ったぁ!!」

カオスの背中の翼が回復し、喜びの声を上げながらくるくるとその場を飛び回る。

 

 

「行くわよ、カオスっ」

「うんっ♪」

 

頼もしい二人が大空に舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

(何…?何をするつもり……?)

 

ニンフ達は攻撃に踏み込めずにいた。

何故なら……

 

「どう…?エルフは…まだ動かない…?」

ダイダロスが尋ねる。

「ええ、動かないわ…あれから……」

動かないのだ。

自分達のレーダーは相変わらずロックオンを警告しているにも拘らず、槍をクロスしたまま、微動だにせず一切攻撃を仕掛けてこない。

だが、気は抜けない。依然、敵の動力炉はイカロスの『ウラヌス・クイーン』モードを超える凄まじい出力を保っている。

 

「どうするべきだと思う?ヒヨリ?アルファ?」

「攻撃はしません、嫌な予感がします……」

「同感、攻撃不可」

三者の意見が一致した。

この均衡はいつまでも続く………かに思われた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ…?バっ…?!」

ニンフは上を見ながら声を荒げた。

「メラン……」

空を埋め尽くすほどの漆黒の天使が動かないエルフめがけ、弾丸の如く突っ込んでいく。

 

 

「アルファ、ベータ、ゼータ!!早く逃げて!!!」

ダイダロスが必死に退避を呼びかける。

 

「アルファっ、ヒヨリっ、退くわよ!!!」

 

言い終わる前にニンフは水色の光の帯を引き、全速力で飛び去った。

「「了解っ!!」」

イカロス、日和もその場から離れていく。

 

(バカっ……!!あれじゃまるで……)

(飢えた獣に……)

(餌を与えるようなもの……)

またしても三者の考えることが一致した。

 

「デルタよりバカね……アイツは……」

自分達の遥か後方で、メラン達が群がり、黒い塊を作っていた。

(ミーノース……!!)

ニンフの奥歯が怒りでギリッと音を立てた。

 

 

 

 

「チャンスではないかっっ!!ダイダロス、分からぬか!!」

「分かってないのは貴方の方よっ!!ダメっ!皆戻って!!メラン!!」

ダイダロスとミーノース、天空で最も優れた二人の科学者が互いを掴み合いながら言い争っていた。

「ええぃ…!!メラン、出撃しろっ!!」

彼はさっと身を翻し、姿を消した。

「アルファ、ベータ、ゼータ、早く逃げて!!!」

もう時間がない。

“娘”達を守るのが創造主としての務め。

彼女の迅速な対処により、イカロス達は素早く撤退することに成功した。

 

 

 

 

 

 

「あ、あそこだぁ~行こ?」

カオスが暗くなり始めた空を指差した。

「待って、カオス」

「?」

珍しくアストレアが真剣な口調でカオスを制止する。

(行っちゃいけない、何かとてつもない…いや、そんなものじゃない…)

その時だった。

 

「アストレア、私の後に…!!!」

イカロスとすれ違った。

「イカロスせんぱ……!」

更に。

「デルタっ!!」「アストレアさんっ!!」

残り二人とも合流。アストレアとカオスは三人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「バ……バカな……」

惨劇だった。

あれほど沢山いたメランが一人残らず、撃墜された。

エルフに近づいた者からまるで魂が抜け落ちるかのように落下していった。

 

「エルフのジャミングシステム……『Themis』……短時間だけ、半径40000m以内の敵を無力化する……あの至近距離では動力炉が持たないわ……」

黒き天使達は彼女に触れることも出来ず、次々に動力炉がオーバーヒート。

まさに神話の、掟を司る女神『テミス』を彷彿させる有様であった。

 

 

「ニンフさん……大丈夫ですか…?」

日和がニンフの顔を覗き込む。

「何とか、エルフの……フィールド圏外に……ハァ…ハァ、出られたようね……」

唾を飲み込み、荒い呼吸を整える。

彼女は電子戦に長けている。しかし、それは同時に弱点でもある。

こういう全方位無差別型のジャミングシステムの影響をまず受けるのは、ニンフだ。

 

「メランが……全機沈黙…撃墜されたらしいわ…」

イカロスの言葉に全員が黙り込む。辺りに重い空気が立ち込める。

 

無理ではないか、やはり勝ち目は存在しないのではないか……

 

そんな気持ちが皆を支配する。

 

 

「…朗報よ……『テミス』が停止したわ…」

警報がピタリと止んだ。

 

静寂の空に月明かりが優しく輝き、天使達を照らしている。

 

「……行きましょ、ここにいてもどうしようもない…僅かな希望に賭けるしかないわ」

 

傍にいる全員が頷いた。

 

「終わったら、トモキに皆で褒めてもらいましょっ!」

 

傍にいる全員が笑顔を見せた。

 

想いを寄せる一人の少年の為、少女達は最後の戦いに向かった。

 

 

 

 

 

「バカ、突撃しまぁぁあ―――すっ!!!」

鬨の声を上げながらアストレアが突貫する。

全てを吹っ切ったバカ以上に強い者はいない。

上手くエルフの隙を突き、奇襲に成功。更にそこに『アルテミスⅡ』が間髪入れずに着弾する。

暫くして、立ち込めていた爆煙が晴れていく。

 

 

 

 

「アルファ……」

 

 

 

 

ニンフとは違う声が聞こえてくる。

イカロスは素早く身構える。何故ならこの場に自分をタイプで呼ぶ者はニンフ以外にいないからだ。

 

間違いない。エルフが呼び掛けたのだ。

 

 

「久しぶりね……素敵なマスターに出逢えた?」

深き眠りを醒ます滴のような透き通った声。

 

 

「『パラダイス=ソ』……ムギュッッ?!」

ニンフの口をイカロスは塞いだ。

桜色の天使は金と水色の瞳の少女を険しく睨みつける。

 

 

 

「もう終わりにしましょう……」

エルフは少し悲しそうな表情を見せた。

「はぁ…?アンタが仕掛けてきたんでしょうが…先輩達には指一本触れさせないわよ」

アストレアは剣の切っ先を向け、今にも斬りかからんばかりの勢いだ。

 

「覚えているかしら、アルファ……?」

 

 

 

 

 

――――――私は争いが本当は嫌いだということ………――――――

 

 

 

 

 

 

その言葉に全員が驚愕した。それはダイダロスやミーノースも例外ではなかった。

 

「その様子では忘れている……いえ、記憶から消されているようね……でも…微かに感じる……思い出させてあげる……」

中空に浮かんだ槍が動き出す。

 

 

「こ……これは……?」

 

 

 

 

それは古びた記憶だった。

 

 

 

 

ザザザザザッ……

 

「うぅっ……うわぁぁぁぁっ……」

 

(何…これ…泣いているのは…私……?どうして泣いているの…?)

記憶の中の自分は誰もいない建物のさらに裏側で膝を抱え、小さく丸くなり涙を流していた。

「アルファ……」

「エルフ……私……」

 

エルフが自分の隣に座る。

 

「もう……私…戦いたくない…わたし…もう……あんな命令……」

「しっ……聞こえるわよ……」

エルフが辺りを警戒する。

(これが……私…)

 

「私だって……マスターの言う事は聞きたくない…でも……エンジェロイドにとって…」

「マスターの……命令は…絶対……」

それが現実だ。

 

「あ………………」

イカロスは急に抱き締められた。

心の闇を拭い去るような温もりが伝わってくる。

涙はもう…止まっていた。

 

「大丈夫……私があなたを助ける…どんな手段を使っても……」

この言葉は自分を励ますために言ったのかも知れない。でも……嬉しかった。

 

「私に出来ることは本当に小さいこと……」

「え………?」

俯いていたイカロスはエルフの顔を見上げる。

「マスターが呼んでいるわ……行きましょ、『ウラヌス・クイーン』」

彼女の表情は既に冷たい鉄の仮面を被っていた。

 

…だが、彼女の唇は。

 

“いつか、また……どこかで……きっと会える……”

 

と紡いでいた。

まだその時、イカロスは彼女が何を言っているのか解らなかったが……

 

 

……

「「出撃します」」

 

……

「アルファ……」

 

任務中は決して口を開かないエルフがイカロスに声を掛ける。

 

 

「幸せになってね……私に出来ることは……」

 

 

「敵、ロック……!!」

 

こうしてエルフはイカロスを苦しみから救うため、彼女に刃を向けた。

 

 

「投擲…」

二本目の槍を構えた時、またエルフの唇が言葉にならない言葉を発する。

 

 

 

“素敵なマスターを……見つけて……さよなら…アルファ……”

 

 

 

まるでこれから起こる出来事を全て知っているかのような言葉を残し、瞳を閉じた。

地に伏した彼女の頬はうっすらと涙で濡れていた。

 

 

 

 

 

 

「……………」

顔を覆ったイカロスはただ肩を震わし、とめどなく溢れる涙を抑えることしか出来なかった。

「ぜんぶ……っ、おもいだ……した…っ」

イカロスがエルフの胸に飛び込む。

アルファとアルファ・ダッシュ、二人の少女が互いの記憶のパズルを埋め合うかのように抱き締め合う。

言葉はない。でもそれだけで十分だった。

「ニンフさん……」

日和が声を掛ける。

ニンフが振り返ると日和はもう武器をしまっていた。アストレアもカオスからも、戦う気は消え失せていた。

 

「ふぅ…そうね……」

いつの間にか入っていた肩の力を抜き、つり上がっていた目尻を下げた。

 

(何か…疲れちゃったわ…色々損した気分……)

 

 

こうして、戦いに終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

 

「どうしてこんなことを…?」

「見たかったのよ……あなたと後に続く“妹達”を……やっぱりわたしのデータを引き継いでいるだけのことはあるわね……クスッ…」

 

途切れ途切れの会話が続く。

 

「見たところ、新しいマスターがいるみたい…」

「うん…マスターはとてもいい人…」

「そう…よかった…」

 

 

「これからどうするの…?」

「シナプスに戻るわ……」

 

「えっ……?」

イカロスは目を丸くした。

シナプスに帰るということは、再び封印されにいくということと同義である。

 

「分かってる……でも良いの、実験機の役目はもうとうに終わっているの、ただもう一度貴方に会いたくて……そう思ったら勝手に体が動いていた……良かった…幸せそうで本当に……」

エルフは悲しみが混ざった笑顔を作って見せた。涙が頬を伝う。

「帰りましょう……」

そういうとエルフは四枚の翼を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

「お久しぶりです……お母様……」

ダイダロスは『母』と呼ばれたことに少し驚いた様子を見せたがすぐに彼女を抱きしめ、背中をさする。

 

「………」

ミーノースはただ遠巻きにその様子を見つめるだけで何も言えなかった。

 

「お母様……私…」

エルフが自らの首輪の鎖を持ち上げ、ダイダロスの目の前に跪く。

創造主はその鎖を掴むのをしばし躊躇ったが、覚悟を決め、それに手を伸ばす。

 

 

「なぁ……」

 

 

「俺んち、住むか?」

 

 

「「「「「えっ?!」」」」」

 

 

そこにいた全員が全く予想していなかった智樹の突然の引き取り宣言にイカロス達はもちろん、ダイダロスやミーノースまで驚きを隠せなかった。

 

「イカロスの一番近い姉妹なんだろ?良いよ、その方が良いだろ?な、お前達?」

「は、はいっっ!!」

「べ、別に…私は構わないけど…」

「別に良いですよ…モグモグ」「カオスもぉ」

「……ということだ、ダイダロス博士、こいつらと一緒ならきっと……」

「トモ君……ありがとう………“娘”をよろしくね……幸せに…してあげて……」

「ああ、任せとけ」

 

 

「これからよろしくな」

智樹がエルフに手を差し出す。

「あのっ……私……」

純白の天使はその手と彼の顔を交互に見返し、どうしていいか分からずおろおろするばかり。

 

「あっ……」

エルフの白い手が優しく包まれる。暖かい、心の底から安心を感じる手だった。

 

 

「宜しく……っ、お願いします……っ」

頬を伝う熱いものを拭いながらエルフは強くその手を握りしめた。

 

 

 

 

 

夜が明け、太陽が東の地平線で揺らめき始めた。

 

 

「…………」

エルフが静かに翼を広げる。

 

 

 

 

 

 

「エルフ……」

「あっ……アルファ……」

イカロスが彼女の歌声に気付き、部屋から姿を現した。

エルフはイカロスを振り向くと、さっと俯いてしまった。

「これで……良かったのかしら……」

「え……?」

イカロスに背を向けて遠くをぼんやりと見ているエルフ。

「私は……貴女を始め、ベータ達が生まれるきっかけとなった存在……言ってしまえば…『全ての元凶』の元となったエンジェロイド……なのに……なのにっ……っ」

自分の首に嵌っている首輪の鎖を握りしめ、言葉を詰まらせるエルフをイカロスがそっと抱き締める。

「……そんなこと…ない…貴女がいなかったら、マスターに出逢うこともなかった…幸せを感じることも……『愛』を知ることも………」

「……」

静かにエルフの頬を涙の筋が伝う。

「ありがとう……アルファ…貴女に救われたのはこれで何回目かしら…」

「ううん……」

 

イカロスは彼女をそっと離すと思い出したようにあるお願いをした。

「エルフ…また…あの時みたいに……」

「え……」

左右で異なる光を放つ瞳が大きくなる。

「でも……これは……」

「大丈夫……」

「…………分かった…」

イカロスの強い頷きに後押しされ、エルフも大きく頷き返した。

 

 

 

「『ロンギヌス』……」

 

両手を中空に伸ばすとあの双叉に分かれた槍が次々と召喚される。

それらは一つとして同じ長さのものはなく、短いものから長いものまで順に並び、その数は八十八に達した。

 

「何、どうしたのっ?!」

ニンフがレーダーに映ったそれらを警戒し慌てて飛び出してきた。それに続き全員がエルフの下に集う。

 

 

「エルフの『ロンギヌス』…本当は……“武器”としての機能はなかったらしいです……」

 

 

 

 

透き通った声が大気全体を震わす。

槍が一斉に神々しい光を放ちながらその歌声を音叉のように増幅する。

「すごい………」

 

 

 

エルフの紡ぐ歌は太古に滅んだ文字で記されていた。

意味は分からない。しかし、何をも抱擁し、心の奥底から暖かい何かが湧き上がってくる力強さを感じる。

 

 

「見て……空美町が……」

眼下ではゆっくりとだが焼き払われた空美町が元の姿に戻っていく。

さらに……

「オーロラ……?」

『シナプス』の上空にゆらゆらと揺らめく光のカーテンが現れた。

 

 

 

「エルフの『鎮魂歌』……」

ダイダロスが呟く。

「彼女の歌声は何度も地上の災いを救ってきた……地上の人々は彼女を“歌姫”として崇め、そして彼女に…『シナプス』に近づくべく『バベルの塔』を建設した……」

「だから……アルファに……破壊された…」

 

 

 

心の深い闇を一気に吹き飛ばすように最後に大きく咆哮するとエルフはふぅっと一つ深呼吸をした後、翼を閉じ、少し微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのっ……」

「ん…?」

去ろうとする智樹を呼び止めるエルフ。

 

「貴方様を…どのようにお呼びすれば……?」

「何でもいいよ」

「では……智樹さん…これから……」

「ああ…よろしくな……」

 

朝日が彼女の新たな門出を祝福するように陽光を煌めかしていた。

 

 

「もう行くの…?」

「ああ…」

「じゃ…“娘”を……よろしくね…」

ダイダロスの顔には安堵の表情が浮かんでいた。

「ト~モ~キ~!帰ろぉ~!」

ニンフが智樹の袖を引っ張る。

「でも、お前ら『ダイブゲーム』は出来ないだろ?……まさか…」

「うんっ♪空から帰ろっ!」

「やっぱりかぁ…しゃぁねぇな…イカロス、頼んだ」

「はい、マスター」

 

 

(これなら大丈夫……きっと……)

「おぉ~い、置いてくぞぉ~」

「えっ?」

エルフは彼らの後を追う。

その前に。

 

「…お母様」

「何も心配することはないわ……行ってらっしゃい」

「……はい」

こうして天使は新たな拾い主の元へと落ちていった………

 

 

 

 

 

一連の出来事から数日が経った。

「いいねぇ…この感じ…」

「智ちゃん、また授業中寝てっ!成績下がっても知らないわよっ」

智樹はまた平凡な生活に戻っていた。

 

 

 

「『何にも変わらない』、それが一番」

 

 

 

流れていく雲を眺めながら少年はまた微睡みに身を任せつつあった。

 

 

 

 






<エピローグ>


「……帰ってきたのね」
「はい」

「本当によかったの?」
「良いのです。お母様。私はもう、満足です」
「……そう」

「でも」
「?」
「『もし立場が逆ならば』……そんな考えが沸いてきてしまうのです。いけませんね……これが『妬み』というものなのでしょうか」
「そうね……でも、それは貴女が『創られた』存在以上ということよ」
「それは、どういう……?」
「他者が置かれている状況を羨み、妬む。私が精巧に創った存在はそんなものを抱くようにはプログラムしていないの」
「……それなら」
「『創られた存在『以下』ではないか』、ううん。そうじゃないの」
「……」
「創造主が宿した意識を『超越』した、それがたとえ劣位な感情であったとしても。貴女は私の想像以上の『娘』よ。エルフ」
「……」

「……技術的には封印は簡単よ。貴女の意志もあるから……でもね、眠りについてしまえばそれまでよ」
「……っ」
「記憶も、意識も、感情も、何もかも凍結される。貴女が今、抱いた淡い劣情も」

「……」
「一つ別の方法があるわ。今回のことで負い目を感じているなら―――」


「『動力炉を廉価版に、可変ウィング二対を非可変一対に換装、武装は封印ではなく破棄処分』……」
「戦闘用エンジェロイドである貴女が『愛玩用』に成り下がる。貴女の矜持がそれでも良しというなら……私のもとでこれから暮らす、そういう手もあるわ。時々、トモ君もここに来るからまた会えるけど?」

「……いえ。結構です」
「そう……。貴女はどうしたい?」
「アルファ達の記憶域の改竄と、ボディとコアの物理的分離をお願いします。二度と私が目覚めないように……」
「……そこまでして」
「良いんです。私はもう満足です」
「……不器用な娘」



「本当に良いのね?」
「はい。お願いします」
「今後の資料とするために貴女の全データを吸い出して保管したいのだけれど……」
「はい。お母様がそうしたいのであれば」

「ボディとコアはそれぞれシナプスの最下層、『タルタロス』の次元保管庫で完全隔離した後に封印します。この保管庫の解除コードは私と……アルファに渡しておくわ」
「……そうですか」
「拒否しないのね?」
「……渡してもあの子は私のことを、もう」
「そう……じゃあ……そろそろ」
「はい」


動力炉制御棒挿入―――
回転数低下を確認。回転停止まで後300―――
記憶域回線、外部バンクとの接続を確認―――
可変ウィング、対空レーダー機能停止―――
『ハーデス』弾倉をシナプスに返還、発射システムのコードの削除完了―――
脚部及び腕部への動力供給を停止、同、感覚系統の信号停止、正常―――
全記憶の抽出及び複製完了、データバンクへのアップロード完了―――
可変ウィングへの動力供給を停止、諸機能の停止、正常―――

「お母様、ケーブルを個人メモリに繋いでもらえませんか」
「え、良いけれど。もうデータは……」
「私の活動信号の途絶を解除コードとしたデータを……残したいので」

「……確かに受け取ったわ。でも、情報量があまりにも小さ―――」

冷却液循環ポンプ停止、排熱量0.2―――

聴覚機能停止―――
視覚機能停止―――
通信機能、完全停止―――

中枢回路停止まで後30―――

「インプリンティング制御システム……停止」



「活動信号の停止を確認……エルフ……」


―――セキュリティコードを受信。データを開封します


≪--・-- --・ ・--- ・・ ・・-・・ ・・-≫
≪--・-- ・- --・-・ ・-・-- -・--・≫

<α´>


「『愛』……この子はとうに理解していたのね。私は……」




戦術技術開発試験用エンジェロイド『ELF』
導入された全ての運用課題を完了

最終課題

『愛』の概念への回答―――回答済み

「……」

「共通データバンクへアップロード……」



≪アップロードを中止しました≫


「あの子達には自力で辿りついてもらいましょう」






ダイダロスは部屋を後にした。









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