本編の順番は前後しますが、枢機卿戦後の話です。
オリキャラのローランス皇帝(九才くらい)が回想の台詞のみで登場します。
以下の前提でお読みください
*石化した人間は穢れの元、つまり枢機卿を何とかすれば戻せる
*ただし石化している間徐々に弱っていくので、放っておけば死ぬ
*アリーシャが戦闘開始前にスレイを庇って石化
*その後苦戦するスレイ達の前にロゼ達が登場
*アリーシャはロゼによる枢機卿殺害のシーンは目撃しない
黄昏の先にあるものは
「眠りよ、康寧たれ」
酷く静かな声で紡がれた言葉、その余韻が消え去ると共に枢機卿の体がぐらりと傾ぐ。人が倒れる鈍い音を聞きながら、スレイは呆然と自分の前に立ち塞がる赤い頭を見遣った。
「ロゼ…」
「ぼけっとしない。あんたの仕事は生かすことでしょ。あたしと違ってね。…姫様は?」
「そうだ、アリーシャ…!」
「無事よ。石化は解除されてるわ、息もしてる」
背後から聞こえた声に、スレイは後ろを振り返る。座った膝にアリーシャの上半身を抱えるエドナに駆け寄り、まだ幾分血の気の下がった彼女の頬に手を触れた。
滑らかな肌、確かな温もり。
それらは確かにアリーシャの命がまだここにあることを告げている。
「良かった、アリーシャ…」
「だから生きてるって言ってるでしょ」
「こっちもだ!!スレイ、手伝ってくれ!!」
ほっとしたのも束の間、ミクリオの悲鳴じみた声が響いる。
ミクリオとライラは倒れ臥した十数人の男達を前に悪戦苦闘していた。
セルゲイと同じ白い鎧は、白凰騎士団の証。教皇と皇帝の行方を探すため、枢機卿の懐に潜り込んだ彼等は、石にされて既に半月程が経っている。枢機卿自身が言っていたように、相当衰弱していることは間違いなかった。
「何人かは、もう…」
ぐったりしたままぴくりとも動かない男の首筋に手を当てて、ライラが悲しげに首を振る。ライラの傍には手を組んだ体勢に整えられた者の姿が数人分。彼らの心臓はもう脈打ってはいないのだろうと思うと背筋が冷えた。
しかし呆けている暇などない。時間は流れ続けている。何の処置もしなければ、越えてはいけない線を越えてしまう人が増えるだけだ。
やるべきことをやろうとスレイが踵を浮かせた時だった。
「しっかりしろ!!」
「ミクリオ、その人…!!」
突然ミクリオが一人の男に飛び付いて大声をあげる。その男の顔を見たスレイは思わず息を飲んだ。
他の者より凝った装飾の鎧に、意思の強そうな眉。いかにも実直そうなその面立ちは、セルゲイのものに良く似ている。
―――仲の良い兄弟だったと、騎士団の誰もが口を揃えた。顔は似ていても性格はかなり違ったようだが、それでも常に切磋琢磨し合い、技も心も磨いていたと。
肉親のいないスレイにはそれがどういうことなのか本当の意味でわかってはいなかったのだろうが、それでも彼の無事を願うセルゲイの顔を見れば、胸の内が軋むような気分になったものだった。
蝋人形のような顔色をした彼こそが、白凰騎士団副団長であり、セルゲイの弟、ボリスであることは間違いない。
ミクリオはボリスの胸当てを剥ぎ取り、膝立ちになって胸の辺りを押している。それが何を意味しているのか、そんなことはすぐわかる。
「ボリスさん…まさか…!!」
「今まで動いてた!まだ間に合う!!スレイ、君は他の人を!」
叫ぶミクリオの額から動きに合わせて汗が散る。ぶつぶつと口を動かしているのを見れば、彼が天響術を施しながら処置をするつもりであることは容易に知れる。
「わかった、まかせる。ライラ、アリーシャをお願い。エドナ!!」
「いつでも良いわ」
ライラの腕にアリーシャを預けて駆け寄ってきたエドナと視線を合わせて息を吸う。
「ハクディム=ユーバ!!」
「スレイ殿!!」
青年の柔らかい声と、少女の幼く高い声。
二つが重なった余韻が消えるよりも早く、堂の扉が開け放たれる。
駆け込んできたセルゲイ率いる白鴎騎士団の面々は、折り重なるように倒れる男達と、中央で事切れている枢機卿、異常としか言い様のないそれらの光景に、つんのめるように足を止めた。
彼らの気配を察してか、いつの間にかロゼ達の姿は消えていた。
一瞬の沈黙の後に爆発する喧騒。誰もが状況を判じかねているようだったが、説明してる余裕はスレイにはない。
「セルゲイさん!!」
枢機卿のすぐ傍に刻まれたメッセージを見つけて騒ぐ者、仲間の窮地を察して手当てしようと駆け寄る者、或いはもう二度と動かぬ友の傍らで項垂れる者。混乱を極める状況の中にあって、唯一ある程度の冷静さを保っていたセルゲイはスレイの声に気付いて振り返る。
「スレイ殿、これは…」
「説明は後!!今は生きてる人をオレの周りに集めて!!」
「う、うむ。わかった!」
わからないままに、部下に指示を飛ばして生死を確認させ、息のある者をスレイの傍に寝かせる。助からなかった者達は仲間の手で瞼を閉じられ、剣を胸に抱かされて、入り口近くに寝かされた。
視線を転じれば、堂の中央近くに倒れた枢機卿の遺体に布がかけられようとしている。床に広がった血糊に端を赤く染める布を見ながら、スレイはぐっと唇を噛んだ。
―――もう、たくさんだ。
「エドナ!!」
声の限りに叫んで、身の内に感じるエドナの気配に集中する。
アリーシャのサポートは受けられない。従士の縁が無い以上、十分な威力は出ないだろうが、それなら効果が出るまでやるだけだ。
「地精浄撃、フェアリーサークル!!」
光が渦を巻き、倒れた騎士達の体に吸い込まれるように消えていく。
「もう一回!!」
何度でも、何度でも。
もう十分失った。何よりも、ここで彼等の命を諦めたら、スレイは何のために枢機卿を手にかけたのか。実際に手を汚したのはロゼだが、選択したのはスレイ自身。彼女の死はスレイが選んだことなのだ。
「もう一回!!」
光の名残が消えるのも待たず、スレイは吠えるように叫ぶ。
騎士達とアリーシャの命、枢機卿の命。
選んだものと切り捨てたもの。
その押し潰されそうな重みに抗うように、スレイは騎士達が目を覚ますまで叫び続けた。