ぼくがかんがえたさいきょうのゼスティリア   作:ほーこ

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オリキャラめっちゃ喋ります。
やや残酷な描写あり。
アイゼンめっちゃ偽物です。作者B未プレイです。


悠久なるは 6

憑魔の足跡を追って遺跡を奔走し、その途中何度か同様のレリーフを見つけた。

崇められるもの、逃げ惑わせるもの、人と相対するもの。構図は全て違っていたが、モチーフがドラゴンであることは共通していて、そのいずれも何らかの形で例のオーブが象嵌されていた。

エドナが触ると発光し、過去が再現されるところも最初と同じ。ただ再生されるシーンだけが違っていた。

いずれもエドナと人間の少女―アリムが共にいる光景。エドナの長い人生の中のほんの十数年間の内の記憶を基にして作られた映像は、触れられる訳でも無ければ声をかけられる訳でもなく、ただただ目の前を過ぎ去っていくだけ。結末がどこに向かうのか、嫌という程知っているだけにその時間はエドナにとっては苦痛でしかなかった。

映像の中のエドナ自身には当然大した変化は見られないが、アリムは明らかに成長していた。

彼女は結局毎日のように山にやってくるようになり、エドナにまとわりついて来るようになった。そんなことをして村の人間に怪しまれないのかと尋ねたことはあったが、彼女は曖昧な笑みで言葉を濁すだけだった。

当時のエドナは長く返ってこない兄を待つだけの生活に飽いていて、だからアリムが付きまとってくるのにもそこまで強く拒否はしなかった。。

後でそれを死ぬほど悔やむことになるとは知らずに、退屈な時間を紛らわす程度の役には立つと、そんなことを考えていた自分が腹立たしくてならなかった。

アリムは元々神職にあった祖父の影響を受けてか、天族に関わる事象、とりわけ遥か昔に人間と天族が共存していたという話に非常に興味を持っているようだった。アイゼンの送ってくるガラクタには目を輝かせ、アイゼンの手紙にある遺跡の話を嬉しそうに聞いていた。彼女は生まれた村から出たことは殆ど無く、レイフォルクは彼女にとって唯一の外の世界だったから、更に外の世界を綴るアイゼンの手紙を、エドナに負けない程心待ちするようになった。

だから必然だったのかもしれない。

それはアリムが十五になった年だった。

五年以上音沙汰なかったアイゼンが、世界の散策に一区切りつけてレイフォルクに帰省したのだ。

 

―――『エドナ、こいつは誰だ』

―――『初めましてアイゼンさん。私はアリム。エドナの友達で貴方のファンです。ねえ、外の話を聞かてくださいな』

 

元々通じるところがあったのだろう、アイゼンとアリムは傍目でもわかる程に惹かれ合い、やがては恋仲になった。その間もアイゼンはちょくちょく遠出を繰り返してはいたが、一年と経たない内にレイフォルクに戻ってきた。以前ならば三年や五年、下手をすれば十年も山に帰らなかった人が、である。

その理由を理解した時、エドナは戦慄した。

―――彼女は、アリムは人間なのだ。

最初は「そういえば髪が伸びたな」と思ったのだ。

子供の頃は二つに分けてお下げにしていた髪を、彼女はいつの間にか頭の上でまとめるようになっていた。三つ編みにした髪をくるくると巻いてリボンで留める。だから気付かなかったが、何かの折にそれを解いたアリムを見て背筋が寒くなったのを覚えている。

エドナの髪の長さは出会った頃と殆ど変わっていない。それなのに彼女の髪は肩甲骨にかかるくらいに伸びて、風にさらわれて揺れていた。

気付いていないだけでもっともっとあったのだ。身長はいつの間にか頭一つ以上抜かれていたし、声は僅かに低く落ち着いたものになった。胸が膨らみ腰が括れた大人の女性に近い体型、スカートもいつの間にか成人女性のそれと同じく長いものに変わっていた。

エドナは変わらない。最初に会った時と比べれば、ほんの僅か髪と身長も伸びたがそれだけだ。明らかに変わったという程の変化では到底ない。それでも、天族にとってはそれは可笑しなことでも何でもなかったから、今まで気にしたことは殆どなかった。

人の時間は天族のそれと比べて遥かに短い。人間と交わることが多かったアイゼンはそれを知っていて、アリムが生きている内にたくさん彼女との時間を作るために、今まで十年や二十年が当たり前だった旅を早く切り上げて帰ってきていたのだ。

それでもアイゼンが旅を辞めなかったのは何故なのか。

エドナはこの頃まだ知らなかった。彼が予期し、避けようとしていた最低最悪の幕引きを予想もせず、ただ山での日々を安穏と過ごしていたのだ。

 

 

目覚めてすぐは状況の把握は出来ない。それは仕方のないことで、仕方のないことではあるがすぐ目の前での流血沙汰は、とても気持ちの良いものではない。

顔のすぐ脇を掠めた憑魔の爪、そしてそれを寸でのところで弾いて軌道を変えたのはアリーシャの槍だった。

エドナに迫った憑魔は二体。アリーシャは一体の爪の軌道を辛うじて変えながら、もう一体の憑魔の牙を槍を返した手の篭手を使って受け止めた。相手の憑魔がそこまで大型の種で無いのが幸いだっただろう。顎の力の強い憑魔なら、腕が折れていても可笑しくはなかったのだから。

「大丈夫か、エドナ?!」

牙が掠めたのだろう、アリーシャの左腕の衣服に朱色がじわじわと広がっていく。当の本人にそれを気にした様子は無いし、それほど深い傷ではなさそうだったが、それを目の当たりにしたエドナの背筋には冷たいものが駆け抜けていった。

たった今見た光景。その続きは他ならぬエドナ自身の頭の中にある。

―――『ごめんね、エドナ。でも私は…』

忘れたことは無い。忘れられる筈が無い。長い髪を風に揺らして、凛と前を見据える彼女の姿は。

「っ…!!!」

アリーシャは彼女とは違う。そもそも状況がまるで違う。それを頭では理解しているというのに、こんなにも胸がざわついて止まらない。

心配そうなアリーシャの視線を振り払うように立ち上がり、エドナは全力で床を蹴る。アリーシャの槍を避けて後退した獣型の憑魔に突進し、最後の一歩を詰めるその足で全力を以て地面を踏みつけた。

途端に音を立てて隆起する岩の棘。激しい憤りのせいか詠唱も無しに出現したそれは石畳を割り、破片を撒き散らしながら、容赦なく憑魔の身体を四方八方から貫いていく。苦悶の声を上げて憑魔が消えるその様を、その場にいる全員が息を飲んで見つめているのがよくわかった。

「エドナ…?」

恐る恐る、という風で声を上げたのは、スレイに支えられたミクリオである。激しく体力を削る霊霧の衣を連発している彼はもう限界に近く、スレイの肩を借りてようやく立っている有様で、こちらに近づいて来る足元は当然覚束ない。情けない有様を笑ってやりたくともその余裕は今のエドナにはない。

エドナと同じ幻を見ているスレイは、何かを量るようにエドナの方をじっと見ているだけで、直接的な言葉はかけてこない。しかし、幻を見せられて意識を失っている間、ずっと傍でエドナとスレイの身体を守っているミクリオには、何か違った意見があるのだろう。エドナとアリーシャ、双方を見る彼の瞳は何かを酷く案じている風だった。

ライラはいつもと同じ深い瞳でこちらを見つめているだけで、その心の奥底を読み解くことは不可能だ。長く生きる彼女は、決して他者に己の内を晒すような真似はしないし、細かな傷を無数に負った彼女を支えるザビーダもまた、物言いたげな視線を寄越しながらも特に何も言葉は発さない。

明らかに遠巻きにされている空気。そしてそれ程までに余裕を欠いているのだろう自分。試練を用意したのがどんな人物かは知らないが、落ち着きを失えばそいつの思う壺だということはわかっている。わかってはいるが、それでも御しきれない何かが胸の内で沸騰寸前の状態になっているのは確かで、エドナはやり場の無いそれを押し込めるように歯を食い縛って俯いた。

俯いた頬に、金の髪がはらりとかかる。

いつか大人の姿になったら彼女のように結い上げたいと、そんなことを願った日もあったけれど、それも全て泡沫の夢。叶わぬ願いだ。

だって、彼女はもういない。そしてその現実に打ちのめされたアイゼンを止めることが叶わなかったあの日から、エドナの時は止まっているのだ。

唇を噛みしめたその時、チャリンと軽い音がした。

「あ…」

くすんだ灰色の石畳。所々にひび割れが走るその上に落ちたのは、エドナがかつて旅先の兄から受け取ったペンダントだった。

見ればチョーカー代わりにしていたリボンの右側が少し短い。恐らくさっき憑魔の爪が掠めた時に切れてしまったのだろう。端が解れて糸が出てしまっていた。

拾おうと伸ばした手が咄嗟に止まる。

このペンダントをくれたのはアイゼンだが、チョーカーのリボンは一度取り換えている。かつては人間の持ち物だったそれを、通りすがりの年配の天族に頼んで、天族のエドナが身に着けられるように術をかけてもらった。

常に共にあれるよう。

そして愚かな自分への戒めに。

「…エドナ?大丈夫か?どこか痛めたのか?」

ペンダントに手を伸ばしたまま動かないエドナを心配したのだろう、アリーシャが横合いから手を出してエドナのペンダントを拾い上げた。

心配そうに覗き込んでくる彼女の顔には、確かにエドナを酷く案じている風で、それがざわざわとエドナの心の深い部分を撫でていく。

―――このままでは駄目だ。

ペンダントを差し出すアリーシャの姿を見ながら、そんな思いが沸き起こる。訳が分からない焦燥感に、その場を走り去りたい衝動に駆られた。

いつまでも動かないエドナに、アリーシャの顔が更に心配そうな色を深める。彼女の背後で様子を窺っていた仲間達も、怪訝そうにこちらを見つめているから、何かリアクションを起こさなければいけないのはわかっていたが、恐怖で竦んだ手足は容易には動かない。

「…ありがとう」

ようやく絞り出した声は細く、情けないことに微かに震えていた。

ペンダントを差し出すアリーシャの手は、記憶の中の彼女とは違う。女性らしさを残しながらも指のしっかりした武人の手は、きっと己自身を守る力を持っている。アリーシャ自身が宣言するまでもなく、そんなことはエドナも先刻承知の事柄だった。

しかし、手だとか髪だとか言葉遣いだとか、そんな事よりももっと根本的なところで彼女たちは似ている。それがエドナの恐怖を煽って仕方ないのだ。

ペンダントを受け取って、心配そうなアリーシャの視線を断ち切るように背を向ける。片端の解れたリボンは結べそうになかったから、ワンピースのポケットに乱暴に突っ込んだ。

 

 

少しの休憩を挟んで再び遺跡の奥に立ち入る。戦闘を重ねた皆の足取りは疲労で重く、いつしか口数も減っていた。閉じた遺跡のこと、時間の感覚は疾うにない。こんな地下に水の湧いている場所は無いから水は貴重品で、飲食を必要としない天族達はともかく人間二人の足取りは疲労に重くなっていく。

エドナはちらりと横目でアリーシャの様子を窺った。

汗の滴る顎を袖で拭う彼女の顔は、誰が見ても疲労の色が濃い。日の光が差さないこの場所で歩き詰めの上に、度重なる戦闘。背後にエドナ達を庇いながらのそれは、さぞかし負担の大きいことだろう。

ミクリオは霊霧の衣の連発でやはりふらついているし、ライラとザビーダもアリーシャ程では無いにしてもどことなく動きがぎこちない。道中の憑魔はなるべくスレイとエドナが相手をするようにしてはいるが、彼等とて参加しないわけにもいかない。結果疲労と細かな負傷が積み重なり、一行の足を鈍らせていた。

この先にはあの巨体の憑魔が待っている。だというのに既に限界が近いことは誰の目にも明らかで、だから開けた空間に柱が立ち並ぶ場所、その林立した一本に新たなレリーフを発見した時、その場の全員が落胆した様子を隠せなかった。

どこかに明かり取りでもあるのだろうか。ほんの微かに差し込んだ日の光が帯のように石畳に落ち、埃がちらちらと光って見える。今までと違って天井もやけに高いから、上の方は地上まで抜けていて、どこかに穴でも開いているのかもしれない。

その日の光の帯が落ちる丁度その場所に、そのレリーフはあった。

やはりドラゴンの瞳に象嵌された金の宝玉。そしてそのドラゴンに手を伸ばしている女性を象ったレリーフだった。

その彫刻はやはり古く、苔むした石にはあちこちにヒビが入っている。経年の劣化によるものか、女性がどんな顔でドラゴンに手を伸べているのかは潰れてしまって殆どわからない。だがきっと絶望の色を浮かべているに違いない、とエドナはそう思う。

あの日、ドラゴンとなって空に飛び立つアイゼンに手を伸ばした自分のように。

「……もう、やめましょう」

すっと一歩前に出たスレイの背中に、エドナは言った。

「もう限界よ。アナタもわかっているでしょう。次の襲撃を凌げるだけの体力はそこのミボにも、そのお姫様にも残ってない。あの間抜けが言ってた試練の内容は、奥に逃げ込んだデカブツを鎮めること。…この悪趣味な仕掛けが必要だとは、一言も言ってないわ」

言いながらも自嘲する。

わかっている。地、水、火、風と四つの試練を用意して導師に与える秘力。わざわざ複数の試練を用意しているのは、導師と契約している天族の属性に合わせるため。即ち、これは導師の試練というよりは導師と契約を結んだ天族への試練なのだ。

そしてエドナがわかっているのだから、当然エドナよりも年長の二人だってそんなことは端から承知の事なのだろう。言い訳がましいエドナの言葉に、ザビーダはあからさまに眉を寄せ、ライラはどこか痛ましいものでも見るような目でエドナを見返す。

「俺は見ちゃいないからどう悪趣味なのかわからんがね。これが必要だと思ってるから、お前さんだって二回も三回も黙って受けてたんだろうが。今更違うと言うには無理があると思うけどな」

「私達天族の力を引き出す導師の性質を考えれば、契約した天族に試練を与える方法は合理的と言えます。これが無関係であると言い切ることは、私には出来ません。勿論、最終的に決めるのは試練を受けるエドナさんではありますが…」

「ま、エドナちゃんが怖いっていうなら仕方ないな」

「…ワタシが逃げてるって言いたいの?」

「おや?違うのか?」

睨みつければ返ってくるのは挑発的な台詞。ライラさえも彼の言葉を否定しない。そしてエドナ自身もそれが事実であるとわかっていたから、それ以上何も言わなかった。

「エドナ…」

アリーシャの気遣わし気な視線が鬱陶しい。ここでエドナが試練を受けるといえば、一番負荷がかかるのはその間憑魔の襲撃を防がなければならないアリーシャ達であるにも関わらず、そういうことはまったく念頭に無いようだった。この上戦闘になれば一番辛いのは、肉体的なダメージを蓄積しやすい人間のアリーシャだというのに。

槍の石突を地面に着く彼女の足元は、常と比べると重心の安定を欠いているように見える。疲れが出ているせいで重心の位置が高いのだ。これでは戦闘にも影響が出る。そうと指摘すれば彼女は改善するだろうが、普段息をするのと同じくしていることが出来なくなっている状態の人間に、この上無理をさせたところで良い結果など出るわけがない。

ただ痛い目を見るだけならばいい。しかし、戦って進むこの旅路においては、一瞬の油断が、疲労による隙が命取りになってしまう。

「…やっぱりワタシは」

「駄目だ、エドナ」

やめておく、そう喉まで出かかった言葉遮ったのは、ここまで殆ど口を挟まなかったスレイだった。

彼はレリーフの傍に歩み寄り、そのドラゴンの彫刻に片手を置いて真っすぐにエドナを見つめる。驚く程深い瞳だった。

「スレイ…」

「ここでやめちゃ駄目だ。多分、オレの思っている通りなら、きっとこの試練が見せる光景はエドナにとって辛いもので…もう、どうしようもないことなんだと思う。でも、ここでやめてしまったら、エドナがあの時から動けない。何となく、そんな気がするんだ」

「動けない、なんて…」

過去に囚われてどうしようもなくて、ただただ静かな終わりだけを望んでいたことは否めない。嘆くことにも飽いた頃にスレイが来て、ほんの気まぐれでその手を取ってはみたけれど、世界に出た所で今の所エドナを取り巻く状況には何の変化も無い。

きっと戻す方法があると言ったスレイの言葉を信じたい反面、もうそんな望みはどこにも無いのだと囁く自分もいる。覚悟しておかなければならないのだ、と言い訳をしながら、希望を望む自分を否定してきた。

だって、希望のある未来を夢見て、それさえ叶わなかったらきっとエドナも穢れてしまう。アイゼンの最期を見届けることなく、自我を穢れに喰われてドラゴンになるのだ。

それでは駄目だ。それだけは。

「…だって、約束したもの」

「エドナ」

重ねて言うスレイに首を振る。振って、そのままアリーシャを見た。

あちこちに擦り傷をつけ砂塵に汚れた彼女は、同じく薄汚れたミクリオと並んで立ちながら、如何にも心配そうに事の顛末を見守っている。少し離れた場所にいるザビーダ、ライラと比べて、彼女とスレイ、ミクリオは普段から何かと近くにいることが多かった。

彼等はエドナやザビーダ、ライラ達と比べて圧倒的に若い。子供特有の真っすぐさと無邪気さ。エドナ達が疾うに捨ててしまったそれらを後生大事に抱えて、寄り添い合ってこの旅路を歩んでいる。

眩しかった。

苦労知らずだなどと言う気はない。エドナ達に比べれば圧倒的に短い人生経験の中でさえ、彼等の行く道は険しい。手を取り合って日々歩んでいる彼等は称賛に値する。

しかし、彼等はまだ知らない。傍らの誰かが欠ける恐怖を、絶望を。特にミクリオと他の二人の間には、絶対に越えられない定めがある。彼もいつかそれを思い知る日が来るだろうが、その日まで彼の傍らにいるどちらかが欠けない保障はどこにも無い。

人は脆い。脆いくせに恐れを知らない。特に、天族と共に生きたいなどと途方もないことを言い出す人間は必ずと言って良いほどそうだ。

彼等は目指した道を決して引き返さない。諦めない。どんなに懇願しても、己がただ命を長らえるためだけに道を戻ってはくれないのだ。

「エドナ」

尚も手を差し伸べるスレイに、エドナは諦観の念を以て見つめる。この手を下ろすことをきっとスレイはしてくれない。否、エドナがここで座り込んで泣き喚きでもしたら話は別なのかもしれないが、涙など疾うの昔に枯れ果ててしまっている。

エドナは緩慢な仕草でスレイの手に己の手を重ねながら、反対の手でポケットの中のペンダントをぎゅっと握り締めた。

 

 

その話がアイゼンの口から出たのは、アリムが成人を間近に控えたある日のことだった。

三か月程の短い旅路から帰った彼は、丁度来ていたアリムに詰め寄って彼には珍しい大声を上げた。

「見つけたぞ!!」

彼は抱えた古い本を無造作に地面に置き、開き癖のついたページを開く。片方のページは挿絵で、神々しい炎を纏って巨大な剣を持った人間の姿が描かれていた。

「アイゼン…これ…」

「神依。伝説の導師の力の秘密だ。これは王家と繋がりのある神官が裏で編纂させた代物らしいから、まず間違いはない。…これなら俺も戦える」

「アイゼン…、何を…?」

戸惑うような視線を向けるアリムを、アイゼンは真剣そのものの表情で見つめる。

「…天族討伐軍が結成される。天候を操り、地の気を乱す邪悪な精霊を退治すると。首都では志願者が山のように訪れて大した賑わいだ」

「どういうこと、お兄ちゃん?!」

アイゼンに報告にエドナは思わず声を荒げる。

人間と天族が大昔のように手を取り合えなくなったことは知っていた。エドナ自身はその頃まだ生まれてはいなかったが、ある程度年のいった天族は、人間と共に暮らしていた時代のことを未だに記憶に残している。彼等が言う通りならば、昔は人間の誰もが天族を見ることが出来たし、天族と力を合わせることで穢れを祓い、災厄を退ける方法だってあったのだそうだ。

一体何が原因だったのだろう。

いつの頃からか人間は天族の力を恐れるようになり、天族の存在を忌避するようになった。それでも二、三百年前ならば大部分の人間が天族のことを見る事が出来たものだが、ここ最近は見える人間はほんの一握りになってしまった。

見えないことが加速度的に天族への恐怖を高め、やがてそれは憎悪に変わった。ここ最近、人間が天族のことをあることないこと好き放題に言っては、災厄の責任を押し付けていたのは知っている。本当の原因は穢れをまき散らす彼らにこそあるというのに。

「ワタシ達はただ静かに暮らしてるだけじゃない!!」

「落ち着いて、エドナ。大丈夫、こんな辺境の山に軍隊なんか寄越すわけないわ」

宥めるアリムの声が微かに上擦る。いつも落ち着いた通る声が揺れているのを聞けば、彼女の言葉が単なる気休め以上のもので無いことは簡単にわかった。それでもエドナのように彼女が取り乱さない理由は一つ。

「…あなた、知ってたのね?」

エドナの言葉にアリムはまるで叱られた子供のように肩を竦めた。

志願者が殺到しているということは、それだけ広く触れが出ているということ。アリムが暮らすのは山間の小さな村に過ぎないが、首都からさして距離は無い。国の隅々まで触れが回っているのだとしたら、彼女が知らない筈はないのだ。

「どうして黙ってたの?」

「…ごめんなさい。エドナに、怖い思いはさせたくなかったの」

「それでこの山に軍が押し寄せてくるまで、何も知らずにいれば良かったかのかしら?」

「いいえ。だって、この山に軍なんて来ないもの」

冷ややかな言葉に、しかし今度は彼女は俯かなかった。

膝をついて本を覗いていた彼女は立ち上がり、エドナとアイゼンにどこまでも真っすぐな視線を投げる。

「この霊峰レイフォルクは古より天族の住まう山。貴方達のことを何も知らない人間が踏み荒らして良い道理はないわ。だから、絶対にこの山の土は踏ませない。何があっても」

「アリム!!それではお前が!」

「大丈夫よ、アイゼン。私の祖父は神殿に長く務めた神官。お父様たちが亡くなってからは、私はおじい様の教えを受けて育ってきた。…神職者が天族の姿を見るとは最早限らないけれど、それでも他にあてが無いから、軍は神職にある者、神職として教育を受けた者を集めてる。ここに軍を寄越さないように誘導することは十分可能だわ」

笑うアリムの表情が硬い。

彼女の祖父は天族に好意的だった。狭い村のことだ。それくらいのことは皆知っているし、アリムが村を空けて足繁くこの山に通っていたことにも気付いている。王の寄越した軍に対して知らぬ存ぜぬを貫き通せば、必ず疑われることになるだろう。天族を庇っていると判断されれば、待っているのは死だけだ。多くの人間が天族が災いの源であると信じるこの時代、天族に与する者は即ち人間への反逆者だ。どう言い繕っても処刑は免れないだろう。

勿論、そんなアリムの無謀を、彼女の恋人が許すわけがない。

「馬鹿か!!そんなこと許せるわけが無いだろう!!俺が誓約を立てて神依を使えるようになれば…!!」

「そうやって進軍してくる人間達を力で蹴散らすの?天族が人の手には負えない悪魔だと、そう確信した人々が諦めるまで?」

激高するアイゼンを諭す声は、聴いているエドナが不思議になる程冷静だった。

「だめよ。それでは結局誰も幸せになれないもの」

静かに微笑みを湛えたまま彼女は言う。肩を掴んだ恋人の手に己の手を重ねながら、幼子を諭す母親のように穏やかな調子で。

「私の夢を覚えてる?あなたも願うと言ってくれた夢」

「…いつの日か、天族と人間が再び手を取り合う世界を作ること」

「そう。私達人間の寿命は短いし、弱い心は強い者に怯え、簡単に真実を見失う。それでも真実を見ようとする人は必ずいる。今のこの時代に私達の夢が叶わなくても、それを継いでくれる人は必ずいるわ。だから私達は、出来る限りの真実を誤りないように未来に渡さなきゃいけない。…ここで我が身可愛さに人間を殺してしまえば、真実は更に歪んでしまう。今まで人間の仕打ちに耐え、光りある未来を夢見て生きてきた天族達の想いの全てを台無しにしてしまう。それにね、アイゼン。私、見たくないの。貴方が人間達の恨みに飲まれて穢れに堕ちてしまう姿なんて」

「…お前が死ねば一緒だ。俺は正気ではいられない」

「人間はいつか必ず死ぬわ。貴方達から見たらきっと一瞬の間に老いて死んでしまう。今ここで無事でも、死ぬのが少し遅くなるだけ。でもね、ここで貴方の中の何かを縛る誓約を基に契約して人を殺して生き延びれば、私の中のもっと大事なところが死んでしまう。貴方達の心に残る私の姿はきっと死んだように生きる私の姿になる。私はそれが一番怖い」

「アリム…」

「大丈夫よアイゼン。貴方を世界に繋ぎ留めるものは私だけなんかじゃない」

言ってアリムはエドナを見遣る。いつか見た子供のような煌きが残る眼差しは、しかしあの頃とは違う深みをもってエドナに刺さった。

「エドナ、ごめんね。でも私は…」

身を翻し、膝をついてエドナの肩に顔を埋める。ほんの数年前までは同じ背丈だった少女。今は頭一つ以上エドナを置き去りにして成長した彼女は、そうしながら髪を上げていたリボンを片手で解いた。

「わがままばっかり言ってごめん、エドナ。これが最後のわがままよ。私のこと、覚えていて。貴方達が好きでいてくれた私のままで、私のことを覚えていてね」

しゅる、と耳元で布の擦れる音がする。一房つまみ上げたエドナの金糸に、アリムがリボンを結んだ音だった。

「わがままにも程があるわ。ほんっとうに馬鹿な子。アナタなみたいなわがまま娘、忘れられるわけないじゃない…!」

たかだか数年。天族から見れば瞬きのような時間。それでもアリムと過ごした時間は特別だった。

ただ山の上で兄を待ち、空を眺めながら暇を持て余していたエドナにとって、今まで生きてきた年月全てよりも特別な時間だった。

声を聞くことが、話をすることが、笑い合うことがこんなにも大切のだと、有限の時を生きる彼女の変化がこんなにも尊いものなのだと、それを悟るには十分な時間だった。きっと兄がずっと言ってきたように、そして彼女が望んだように、本来は人間と天族とは共に生きるべき種なのだと、素直に信じられた時間だった。悠久の時を生きる自分達には無いものを人間は持っている。そしてきっと彼女達人間にとっても、変わらずに在り続ける自分達の存在は掛け替えのない何かなのだろう。

その掛け替えのない存在が、今永遠に去ろうとしている。

アリムの肩に手を回し、背中に落ちた長い髪に手を触れながら、エドナは声を張り上げた。

「馬鹿…バカ、バカ!!大嫌いよ!!アナタなんて、人間なんて大嫌いよ…!!」

「エドナ、ごめん。でも大好きよ、エドナ」

「何が大好きよ。止めたって聞かないクセに。…お兄ちゃんのことは、ワタシがずっと見てるわ。何が起きても傍にいる。この身の果てまで。だから、安心しなさい」

「…ありがとう」

涙に滲む細い声。彼女の声に、喉元から突き上がる物がある。

「っ、バカ…!」

快く送り出す気などない。行って欲しいわけがない。それでもエドナにはわかってしまった。

このまま彼女をここに引き留め、エドナ達の力で人間を蹴散らしても何の解決にもならない。生まれ育った山を捨ててどこかに逃げるとしても、王命に逆らったアリムが生き延びる道は無い。アリムが生き残る道はたった二つ。

アイゼンと契約してその強大な力で人間が諦めるまで殺し続けるか、エドナ達を売ってエドナ達の命と引き換えに生きるか。

そのどちらの道も、アリムの心を殺すだろうことは間違いない。彼女は他人を踏みつけにして生きていける人間では到底無かった。

「俺は…諦めねえぞ」

「アイゼン」

抱き合って別れを惜しむエドナ達二人共をその広い胸に抱えて、アイゼンが絞り出すような声を出す。

その声を聞いてエドナは悟る。

―――嗚呼。彼も本当はわかっているのだ。

「お兄ちゃん…」

「何か、何かある筈だ。何か。…その時まで俺は諦めねえ。必ず方法を探して見せる。…エドナ、留守の間アリムを頼む」

低い声でそう言ったアイゼンは身を翻し、一目散に山を下っていく。その背を見送るエドナは、湧き上がってくる暗い予感に喉を引き攣らせた。

天族は本来諦めることに長けた種族だ。そうでなければ、飽きる程に長い生の中、穢れることなく生きていくことなど不可能だから。

―――彼は人間と関わりすぎたのかもしれない。諦められない夢に焦がれて、身を削ってでもひた走る。そんな生き方に触れすぎたのかもしれない。

「アイゼン…」

隣で佇むアリムもまた、エドナと同様の不安に苛まれているのだろう。恋人の名を呼ぶ彼女の声はどうしようもなく不安げで。

きっとアリムには余り時間は残されていない。首都からそう遠くないこの場所のこと。兵が辿り着くのはそう遠いことでは無いだろう。

そう感じたエドナの予想は正しかった。否、現実はもっと非情だった。

アリムはいつも通り山を下り、村に帰ったその時に、行軍の知らせを受けた村人から拘束され、十日間の監禁の後にやってきた兵の前に引き出された。

兵士の問いに、アリムは一言も答えなかった。幼い頃から共に暮らした村人から罵倒と投石を受け、兵士達から拷問めいた暴力に晒されながらも、エドナ達の場所へ兵士を案内することは決してなかった。

そしてアリムが最後にレイフォルクを訪れた日から二週間後。

人類を裏切った魔女として、彼女は村の中央広場に引き出され、柱に括り付けられた後に火刑に処されたのだった。

 

 

『貴方達が天族の本当の姿から目を背ける限り、真実は貴方達に背を向ける。この世界は歪んだ憎しみに食い潰され、やがて人は滅びるでしょう。その日が来る前に、貴方達が真実にもう一度目を向ける日が来ることを私は願います』

目の前で流れる光景に、エドナはただ唇を噛んで俯いていた。あの運命の日、やはり自分がそうしていたように。

あちこちに暴行の跡を残したアリムの顔は酷く腫れ上がり、少女らしい溌剌とした美しさは鳴りを潜めていたが、それでも彼女が持つ凛とした誇り高さは少しも失われてはいなかった。

村の中央に引き出され、根本に薪を積み上げられた柱の前に引きずり出されても、彼女はまるで抵抗しなかった。複数の男の手で柱に括り付けられ、その間もひっきりなしに罵声が飛ぶその様を、あの日のエドナはただ見ていた。

何て滑稽な連中だろうか。探している天族は、エドナは目の前にいるというのに、自分の信じたいものしか信じない曇った瞳のせいでそれを認識することも叶わない。人類の敵だ、村の恥さらしだと喚く連中こそが、世界を蝕む穢れを撒き散らしているというのに、そんなことにも気付かないで。

こんな連中の命などどうでも良い。アリムを攫って逃げてしまおう。大丈夫、一人二人死んだところで、この穢れだ。結果としてはそう変わらないだろう。

思わず片足を上げかけたエドナだったが、それに気付いた者がいた。

アリムだった。

―――だめよ、エドナ。

ほんの僅か微笑んだ彼女の目はそう語っていて、その証拠に彼女は本当に微かに首を振った。視線の先に誰かがいることを気付かせないように、風に揺らいだかのような動きで。

足元の薪に油が注がれ、松明を手にした男達によって火がつけられる。アリムは足先から火に舐められる苦痛に顔を歪ませながらも、悲鳴の一つも上げることは無かった。息耐えるまで、アリムはアリムのままだった。

「…アリムは同族の人間の手によって殺された。お兄ちゃんが帰ったのは、丁度その後のことだったわ」

背後に感じた気配に向かって、エドナは聞かれてもいない顛末を口にする。

「お兄ちゃんは神器を持ち帰ってきた。アリムはお兄ちゃんが何かを引き換えに誓約を立てるのを嫌がってたけど、お兄ちゃんは誓約を立てずに神依する方法はきっとある筈だって言ってた。遺跡がそれを教えてくれるって。結局その答えをお兄ちゃんが見つけたかどうかはわからないけど。でも、ワタシの神器はその時お兄ちゃんが持って帰ってきたものよ。…お兄ちゃんは物みたいに放り出されたアリムの死体を目にして、そのまま…ドラゴン化してしまった」

ぎゅっと拳を握り締める。

アリムを頼む、とアイゼンに言われた。アイゼンを繋ぎ留めて欲しいとアリムは願った。しかし、エドナはどちらも成し遂げることが出来なかった。

アリムの死体を抱えて慟哭するアイゼンが穢れに飲まれていく様を見ていることしか出来なかった。どんなに呼んでも、アイゼンにはエドナの声は届かなかったのだ。ただ一声、村人に襲い掛かろうとしたアイゼンを制止した一言だけを除いて。

「ドラゴンの領域になった村はそのまま滅びたわ。でも、お兄ちゃんはアリムの最期の願いを忘れてはいなかった。お兄ちゃん自身の手では誰一人殺さなかった。殆どの村人や兵士は、枯れて疫病の蔓延する村を逃れて去って行ったわ。お兄ちゃんとワタシはアリムを連れてレイフォルクに戻った。ワタシはお兄ちゃんと一生そこで過ごすつもりで誓約を立てて結界を張ったの」

「じゃあ、あの祠は…」

「ワタシが作った、アリムのお墓よ」

映像が終わったその空間は、果てもなく白い。上も下も右も左もわからない中、スレイがエドナの背後に立っていることだけは確かだった。

「人間なんて嫌いよ。関わらなければ良かった。あの時関わらずにいればお兄ちゃんはドラゴンになることはなかったし、あの子だって…死なずに済んだ」

悔恨は果てることは無い。でもそれに身を任せることはエドナには出来ない。

災厄の時代。穢れに完全に理性を飲まれたアイゼンは、エドナの結界が亡くなれば無作為に人を殺すだろう。

それは、それだけは。

「エドナ…」

スレイが歩み寄ってくる気配がする。今はどんな顔で彼の顔を見れば良いのかわからない。長い時の中、もう二度と人間と関わるまいとそう思っていたのに、数百年、数千年の孤独の時間はその決意を揺らがせた。希望を示すスレイの言葉に、差し出された手に、思わず縋りついてしまった。

それが過ちだったのではないか。エドナは今この瞬間、その迷いを振り切れずにいる。

すぐ傍で、スレイが膝をつく気配がした。エドナの身長が、あの時から一ミリたりとも伸びていないからだ。

「…オレは、多分みんなを置いて行っちゃう側だから、彼女の気持ちがちょっとだけわかる気がする。あの人は、本当にエドナとエドナのお兄さんのことが好きだったんだ」

「何を…」

「好きだから、自分のために人なんか殺してほしくなかったし、自分が死んだ後もずっと生きていくってことを知ってたから、二人の前では自分が一番好きでいられる自分で居たかったんだと思う。何十年、何百年経った後も、誇らしく思ってもらえるように」

「そんなの…自分勝手よ…」

「そうだね。でもオレも…多分アリーシャもそう思ってる。恥ずかしくない自分で居たいって。だからこそ、大変な時でも力が出る。こんな途方もない旅をしてるのに、何とかやっていこうって気持ちになれるんだ。大事に人に誇れる自分であることが、ただ生きるために生きる時間よりずっと大事だって」

スレイの言葉に脳裏に浮かんだのは、最期にアリムが見せた微笑み。エドナの意思を断ち切って、ただ一人で逝ってしまった彼女の顔だ。

何かが胸の内で弾けたような気がした。

「誰が…そんなこと頼んだのよ…。人間はだから嫌いなのよ!ただでさえ百年足らずの時間しか生きられないクセに、何で簡単に投げ出すの?!本当にワタシ達が好きなら、もっと必死に足掻きなさいよ!!精一杯、生きようとしなさいよ!!」

格好悪くても良い。汚くても良い。ただ共に生きるために足掻いてくれればそれで良かった。どんな苦労をしようが手が汚れようが、そんなことは構わなかったのに。多少恨みの念がまとわりつこうが、そんなものはいつかは消える。それだけの時間がエドナ達にはあるのだ。心が引き裂かれて、己の内から出た穢れに飲み込まれるよりも余程マシな筈だったのに。

エドナは勢いよく顔を上げ、間近にあるスレイの目を睨みつける。その光が妙に穏やかなところまで腹立たしくて、引っ叩いてやりたい気分になった。

「アナタ達も、許さないから!!ワタシの前で簡単に命を投げ出すような真似、絶対に許さないわ!」

「うん」

叩きつけるようなエドナの怒声に、頷くスレイの目はやはり穏やかで、しかしアリムとは圧倒的に違う強い輝きを放っている。

毒気を抜かれて思わず言葉に詰まったエドナに、彼は深く頷いてみせる。

「許さなくていいよ。みんなの前で誇れる自分でありたいっていうのはオレ達の気持ちだから。エドナはエドナの気持ちを大事にしてもいいんだ」

「ワタシの…気持ち…?」

「うん。オレは導師で、オレの夢を叶えるために天族のみんなやアリーシャの力を借りてるけど、それだけじゃない。みんなの夢のために、オレの力を使ったって良いと思うんだ。…見てるだけが辛いなら、オレに言って欲しい。オレは出来る限り力になるから」

「ワタシの…夢…」

その時だった。

白い部屋に再び光と影が像を結び、聞き慣れた声が反響するように響き渡る。

―――『ごめん、もう…っ!!!』

―――『ミクリオ!!今援護に…きゃっ?!』

―――『アリーシャちゃん無茶するな!オレが行く!!ライラ!!』

―――『ここは任せてください!!』

憑魔で溢れかえる空間に、ミクリオとエドナとスレイ、三人を庇いながら立ち回る三人の姿。誰一人として無傷ではいないが、まだ誰も膝をついてもいない。ミクリオとて、荒い息をつきながらも、回復の術で仲間を支援し続けていた。

しかし、今のままでは長くは保たないことは明白。憑魔は倒しても倒しても湧いて来る。今は力の均衡が辛うじて保たれてはいるものの、誰か一人が崩れれば、一気に相手の優勢に傾くであろうことは明らかだった。

そして今一番危ういのは―――。

映像を見てエドナは殆ど悲鳴のような声で叫んだ。

「アリーシャ!!!」

ついた足の膝が一瞬折れる。辛うじて踏みとどまったものの、彼女の振るう槍に最早力は無くなってきていた。迫りくる爪を捌ききれず、瞬く間に頬や腕に浅い傷が増えていく。ライラと縁を結んだ状態である彼女ではあるが、前線で槍を振るう彼女に距離を取って詠唱をする暇はない。ライラの援護を受けながら、必死で背後に敵を行かせぬように槍を振るって耐え続ける。ミクリオの霊霧の衣が解けた今となっては、中距離で敵を捌けるザビーダはそちらから動けない。満足に切先も上がらないような状況にありながら、それでもアリーシャは下がらなかった。

―――『こいつらを連れて一旦下がる!!アリーシャちゃんも下がれ!!』

―――『駄目だ!今隙を見せれば抜かれる!!食い止めている間に二人を!!』

切羽詰まった声の応酬。蝙蝠に似た憑魔の一体を切り捨てながら、アリーシャが叫ぶ。

彼女は退かない。背後に守るものがある限り、その槍が折れるまで戦い続けるのだろう。

それが彼女の選んだ、己の姿。

それならば―――。

「スレイ」

スレイに向かって手を差し出す。この手を取れと無言で告げる。

「手伝って」

「喜んで」

不思議と心は凪いでいる。凪いではいるが、今までのように諦めて心を閉ざしたわけでは決してない。寧ろ今までになく、視界が開けた気分がした。

スレイの体温を掌に感じる。呼吸を一つ、そうして己の真名を唱える声が、スレイのエドナを呼ぶ声と、寸分の違いなくぴたりと重なった。

 

 

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