ぼくがかんがえたさいきょうのゼスティリア   作:ほーこ

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悠久なるは 8

目の前で広がった傘は、まるで花のようだった。

 

枯れた過酷な環境の中、気高く強く咲き誇る一輪の花。風雨に晒されても、それでも茎を伸ばし、太陽を見つめる―――

 

「させ、ないわ…」

 

敵の攻撃を防ぐ傘を支えながら、エドナがぐっと前を見据える。

 

「ワタシはもう、迷わない。今のワタシは、無力なままの…子供じゃないっ!」

 

スレイとの神依を解いた今、憑魔の一撃は重い。容易く支えられるはずもないが、それでもエドナは尚も一歩を踏み出す。

 

「ワタシは…ワタシは、今度こそ大事なものを守ってみせる!!」

 

ぐっと膝が撓む。惜し負けたわけではない。勢いをつけるためだ。

 

「っぁああああああ!!!」

 

ぐぐっと傘の柄を押し出しながら、エドナが叫ぶ。全力で踏み込む。

 

その様を見て、アリーシャは悟った。

 

彼女は、諦めることを辞めたのだ。願いを掴むために手を伸ばそうと、必死になって足掻いている。

 

 

―――罰が当たるだろうだろうか。その切っ掛けが、自分であることが嬉しいだなどと思ったら。

 

 

 

悠久なるは 8

 

 

 

たすけて。

 

こわいよ。

 

さみしいよ。

 

どこにいるの?おとうさん、おかあさん

 

 

「っ…!!」

 

鼓膜を打つそれらの声に歯を食い縛って拳を振るう。殴る度に上がる悲鳴に、胸が張り裂けるように痛んだが、それでも手を止める気はなかった。

 

「エドナ…」

 

「大丈夫よ。自分で決めたことだもの。それに…この子達のためにワタシ達が出来ることは、きっとこれしかないわ」

 

気遣わし気なスレイの声に答えながら、一旦床を蹴って間合いを取った。怒りと悲しみに咆哮を上げ、武器を振り上げる憑魔の姿から目を逸らさないよう、きっと睨みつける。

 

かつてこの地の底に捨てられた子供達。その魂が穢れに飲まれた姿。

 

飢えと渇きに苦しみながら、彼等は絶望の底で待ち続けた。迎えに来てくれる大切な誰かの姿を。

 

独りは寂しい。その辛さは誰よりエドナが知っている。

 

「…ここで待っていたって、あの子達を迎えに来る人なんて誰もいない。ずっと辛くて苦しくて…寂しいまま。そんなこと絶対許さないわ」

 

それに、今の自分には守るべきものがある。今度こそ、この手で守ると決めたものが。

 

「浄化するわよ、スレイ」

 

「ああ。もうこの子達は十分に苦しんだ。解放してあげよう」

 

エドナに応えてスレイが頷く。その動きの一つ一つが、そしてスレイの感情の動きが、以前よりも遥かに明瞭にエドナに伝わってくる。

 

ぐっと拳を深く握り、エドナは不器用な動きで起き上がろうとする憑魔の巨体を、深い決心を込めた眼差しでしかと睨みつけた。

 

起き上がる前に勝負を決めたい。ミクリオは殆ど意識を保っていないし、常に意識の無い人間を庇いながら戦わねばならなかった三人はもう既に体力の限界を迎えている。特にエドナとスレイを守るため、自由に動けない後衛に敵を近づけさせないよう前線で踏ん張り続けたアリーシャは、体力も精神力ももうボロボロだろう。

 

人間は脆い。肉体を持たない天族は傷を負っても疲労はし辛い。その代わり術の酷使や極度の緊張による精神的なダメージは色濃く反映してしまうが、ライラやザビーダはそもそもの経験値がアリーシャやミクリオとはまるで違う。百年、千年単位の歳月を生きてきた彼等は、生半可なことでは潰れない。だから間違いなく、今この場で最も危険なのは殆ど意識の無いミクリオ、次いで槍を杖にようやく立っているような有様のアリーシャだ。

 

「長引かせたくない。…エドナ、行くよ」

 

「ええ、良いわ。時間に余裕はないみたいだしね。…新手が集まって来てるわ」

 

子供達だけではない。不作のために子を捨てなければならなかった親の悔いや憤り。長年積もったそれらの思念が穢れに変わり、その穢れに当てられて憑魔と化した雑多な生き物たちでこの地下遺跡は溢れている。そういう憑魔達もまたミノタウロスの感情に同調しているのだろう。ミノタウロスの叫びに呼ばれたように集まった猪型の憑魔達は、とりあえず距離を置いてこちらの様子を窺う風だったが、その均衡もいつまで保つだろうか。彼等にとっても天族はまたとないご馳走であり、力を増すための糧となる。疲弊した様子の導師一行が強大な憑魔と戦い、崩れた所に襲い掛かってくるつもりに違いなかった。

 

ミノタウロスが起き上がろうとした瞬間に地面に拳を振り下ろせば、石畳の下から隆起した岩がミノタウロスの脇腹を掠った。身を捩って直撃を避けたミノタウロスは、身の危険を感じたのだろう。俊敏な動きで跳ね起き、一旦距離を置くように後ろに跳んだ。

 

長くはかけられない。ミクリオを守るように陣形を組んだライラ達の位置はやや遠い。ぼろぼろのアリーシャをフォローしようにも、ライラやザビーダはそもそもミクリオほど回復が得手ではない。ミクリオの次に回復が得意なのは外ならぬエドナであるが、スレイと共に最前線を支える今、回復に割く余力はない。

 

早めにけりをつけなくては。その気持ちに逸りそうになる度に、スレイの意識がやんわりとエドナを窘める。一歩間違えば総崩れとなる今、スレイが冷静さを保っていることが何とも頼もしい。

 

すぐに距離を詰めることはせず、次の動きを見極めて確実に封じにかかる。武器に伸びた手を狙って拳を振るって動きを制し、足払いをかけて次の動きを潰す。そうやって崩れた隙を見逃さず、動きの小さな攻撃を繰り出す度に、ミノタウロスは苦悶の表情を浮かべながら咆哮を上げた。

 

―――このまま倒せるか。

 

一撃を叩き込み、術での一撃を入れようとエドナ達が足を振り上げた時だった。

 

 

どうして。

 

どうしていじめるの?

こわいよ。

 

どうして?

どうして?

再び周囲の空気が震え、憤りと怯えとを含んだ声が反響する。その声は重なり合い、重量すら感じさせる圧をもってエドナ達の動きを一瞬止めた。

 

戦いではいつも一瞬が命取りになる。そんなことはわかっていたはずだった。

 

「…アリーシャ!」

 

叫んだのはスレイだった。

 

子供の声と共に雄叫びをあげたミノタウロスは、その巨体で駄々をこねるように腕を振り回し、周囲の柱をなぎ倒す。柱は林立する周囲の柱を巻き込みながら悲鳴のような音をたてて傾いで倒れ、舞い上がった砂塵は著しく視界を遮った。その隙を狙って突進してきたのはミノタウロスではなく、息を潜めて成り行きを見守っていた周囲の憑魔の方だった。標的は一つ。視界が遮られたが故にエドナ達が注意をそらしてしまったアリーシャだ。

 

アリーシャはもう限界だ。傷ついた体に槍を振るう力はもう残っていない。ザビーダもライラも集まった憑魔からミクリオを守るので精一杯で、とても駆け付けては来られない。

 

「ア――…」

 

咄嗟に手を伸ばすも届かない。絶望の気配が背筋を駆け上がろうとしたその時だった。

 

「レリーフ、ヒールっ…!!」

 

絞り出すような声と共に放たれる光。アリーシャを包んだそれは傷を癒し、彼女の槍を握る手に力を注ぎこむ。足に力を取り戻したアリーシャは、憑魔達の攻撃をすんでのところで飛び退いて躱し、槍を振るって地に落とす。勿論、蓄積された疲労までは回復していないから動きに多少の鈍りは出ていたが、集ったのが雑魚だったことも幸いして、何とか凌ぐことは出来ていた。

 

危機は脱した。しかし、その代償は大きい。

 

「ミクリオさん!!なんて無茶を!!」

 

ライラが悲鳴のような声を上げて、傾ぐミクリオの体を支える。レリーフヒールは中級天響術。消費する力はそれなりに大きく、今のミクリオの状態では負荷に耐えられない。そんなことは一番本人がわかっていたはずだ。

 

最早ミクリオは意識を保つ力すら無い。庇って戦うにしても、完全に意識の無い状態では先程までとはライラ達の負担も段違いだ。何しろ、万が一攻撃を後ろに通してしまえば、ミクリオは防御することもままならない。かといってライラがこのままミクリオにはりついてしまえば、ザビーダは一人で集まり続ける憑魔達を捌かなければならないのだ。

 

癇癪を起こしたように暴れ続けるミノタウロスから一旦距離を取りながら、エドナは今にも意識を閉ざそうとしているミクリオを見やる。

 

自分の取った行動で事態がどう動くか、そんなことが推し量れない男ではない。逼迫した状況においての冷静さはミクリオの長所だ。

 

「…っ!?」

 

今にも落ちそうなミクリオの瞼。その瞼が完全に閉じるまでのほんの一瞬、最早意識は殆ど止めていないだろうに、しかし彼は自分を見遣ったエドナを――正しくはスレイの瞳の中に存在するのであろうエドナの意識を―――認めて、仄かに笑ってみせたのだ。

 

アリムが最期にエドナに向けた儚げで優しい笑みとはまるで違う、朦朧としているにも関わらず瞳の奥に宿った光は酷く挑発的だった。

 

彼が本格的に潰れてしまえば、エドナに取れる行動は二つ。

 

一つはスレイと神依したまま迅速にミノタウロスを倒して浄化し、他の雑魚憑魔も全て浄化する選択肢。一斉攻撃を仕掛けられればそういくらもザビーダが持ち堪えられない現状において、この選択の先に希望は無い。

 

そしてもう一つ。

 

―――出来るだろう?君達なら。

 

挑戦的なミクリオの笑みは、そう語っている気がした。

 

エドナはちらりと背後のアリーシャを振り返る。その視線に気付いて目線で応える彼女を、そしてその真っ直ぐな瞳を受けても揺らがない自分を確認する。

 

――大丈夫だ。腹は括った。

 

「スレイ。今すぐミボを回収に行きなさい」

 

「え、でも…」

 

「良いから、早くしなさい。ここであの子を失ったら、アナタ一生後悔するわ」

 

「…エドナ。――わかった」

 

エドナの声から何かを感じ取ったのだろう。意識をエドナと分離したスレイは、そのまま砂塵の舞い踊る中を、猪型の憑魔の間をすり抜けながら脇目も振らずに駆けていく。背中越しに一言だけ残して。

 

「ここは頼むよ!二人とも!!」

 

不意に駆け出したスレイの動きに釣られるように、周囲の憑魔達も動きだす。本能的に動くものを追おうとしたミノタウロスの前に回り込み、地表を隆起させてその行く手を遮る。その隙を狙って猪型の憑魔が牙を振りたてながら突進してくるのが横目に見えたが、エドナは動かなかった。

 

エドナの頬から僅か数センチの距離で鋼の煌めきが軌跡を描く。今にもエドナの頭に牙を突き通そうとした猪は、四肢をばたつかせ、悶絶するように消えていったが、エドナの方は髪が剣圧の風に僅かに揺れただけだ。

 

「聞いたわね?」

 

「ああ」

 

カツン、と硬い軍用ブーツが石畳を踏む音がして、慣れた気配が隣に並ぶ。

 

「食い止めるわよ。アナタと、ワタシで」

 

「心強い相棒だ」

 

チャキ、とアリーシャの籠手と槍とが擦り合う微かな音がする。

 

変異憑魔、ミノタウロス。長きにわたる孤独の中で募らせた痛みや苦しみ。そうやって力を蓄えたかの憑魔は酷く手強い。本来ならば導師しか浄化の叶わない強敵ではあるが、エドナの心に迷いはない。

 

今や完全にエドナ達を標的に定めた様子のミノタウロスは、憤怒の表情で武器を振り上げる。応えるように槍を構える少女の姿は、どうしようもなくかつて手折られた親友の姿を思い起こさせたが、今やそれはエドナの心を奮わせる要素にしかなり得なかった。

 

今度こそ。

 

その思いを噛みしめてエドナは石畳を蹴る。傘を振り上げて、今にもアリーシャに殴りかかろうとしているミノタウロスの懐に飛び込んだ。

 

 

 

ミノタウロスの巨躯から繰り出される一撃は重い。既に相当なダメージを与えているはずだが、武器を振りあげるその丸太のような腕が巻き起こす風圧には未だ揺らぎは見られない。

 

人の身ではまともに受けられまい。ミノタウロスも本能的にそれを察知しているのだろう。知能の足りない筈の憑魔の矛先は、明らかにアリーシャを狙っていた。

 

その間に飛び込んだエドナは、武器でもある傘を開いて重い一撃を受け止める。まるで鉄の塊でもぶつけられたような衝撃は、歯を食い縛って堪えた。

 

「させ、ないわ…」

 

切れ切れになる言葉は、エドナの決意だ。

 

そう、もう黙って見ている気などない。炎に舐められる友人をただ見送ったあの時とは違うのだから。

 

「ワタシはもう、迷わない。今のワタシは、無力なままの…子供じゃないっ!」

 

あれから随分と時が経った。墓を荒そうとする憑魔を退けた長い歳月の間に戦いの腕は随分と上がった。それだけではなく、今は穢れに怯える必要すらない。主神と契約したエドナは導師の契約で守られ、エドナの振るう力は浄化の力でもって打ち倒した敵の魂を穢れに変えることなく安らげてくれる。

 

――そう。だから今度こそ。

 

「ワタシは…ワタシは、今度こそ大事なものを守ってみせる!!」

 

自分の力で、自分の意思で。

 

願いを追いかけて駆け抜けるか弱い命。その命の眩いばかりの輝きを、今度こそこの手で守ってみせよう。

 

彼等はただ生き延びるためだけに生きてはくれない。己の望む世界のために、全力を尽くして現実に抗い続ける。例えそれが己の命を縮めることになろうとも。

 

ならば。

 

ならばエドナは彼等の往くその道ごと、彼等の命を守って見せよう。限りある命を燃やして走る彼等が、その道の終わりまで走り続けられるように。

 

種が根を出し、芽吹き、花を咲かせ、やがて次の世代へ種を託して枯れるその日まで命を慈しむ大地のように、彼等が夢を叶えて一生を終えるその日まで命を守り、生き様を記憶に刻み付けるのだ。

 

その選択こそが、エドナの生きる道なのだ。

 

「っぁああああああ!!!」

 

受けた勢いを膝で殺し、沈んだ膝にぐっと力を込めて一歩を踏み出す。

 

ぐぐっと傘を押し出すと、怖じけたようにミノタウロスが半歩下がった。重心が僅かに後ろに傾いた所を狙って全身でぶつかると耐えかねたように後ろに倒れる。

 

怖いくらいに感覚が研ぎ澄まされていた。ミノタウロスの動きは勿論、背後で槍を構えて次の動きに備えているアリーシャの動きまで一挙手一投足が手に取るようにわかる。

 

次に何をすべきなのかも。

 

「アリーシャ!!!」

 

「っ!!!!」

 

エドナの叫びに息を呑む気配がする。当然だろう。今までエドナが直接彼女に向かって名前を呼んだことなど、一度としてなかったのだから。

 

「ワタシの真名を!!」

 

「…!…ああ!!」

 

ミノタウロスが起き上がるまでに決めなくてはならない。これ以上雑魚を呼び集められては、処理しきれなくなってしまう。

 

「マオクス=アメッカ!!!」

 

「ハクディム=ユーバ!!!」

 

二つの真名が重なる。次の瞬間、エドナの中の力の流れがはっきりと変わっていった。

 

枝が分かれ、二方向に伸びるように。エドナの力の流れは力強さを増しながら、ライラとの縁とは別の縁を形作る。エドナの体から満ち溢れた光の流れは、アリーシャが持つ神器の輝きに吸い込まれるように消えていき、次の瞬間アリーシャを取り巻くように枝葉を伸ばし、彼女の槍や手足を守るように巻き付いて、葉の緑で瑞々しい彩を添えた。同時にエドナの力に呼応するように周囲の壁や地面から舞い上がった砂礫や石が、槍の穂先の周囲に集まる。槍の刃を中心に左右にぐっと盛り上がり、柄の先に円柱を形作るその姿は戦槌のそれだった。

 

普段は突く動作を主体とする槍を扱うアリーシャには不慣れな武器だろう。しかし馴染ませるように柄に手を滑らせ、縦に斜めに軸を回転させるアリーシャの手つきは、まるで熟練した手練のようだった。

 

「凄い…。これなら…――エドナ!!」

 

アリーシャに呼び声にエドナは頷く。エドナもまた、アリーシャが初めて手にした武器を持て余すどころか、自分の手足のように軽々と扱えていることが感覚で感じ取っていた。

 

これが縁を繋ぐということか。感心しながらエドナは足元の地面を音高く踏みしめる。

 

「…反撃の時間よ。起きなさい」

 

石畳の下の土へそう語り掛ける。目の前ではミノタウロスが今にも起き上がろうとしていたが、焦る気持ちは湧かなかった。

 

今までに無い力が体中に満ちている。それこそが、願う者の力なのだと今ならはっきりそうわかる。

 

エドナの言葉に応えて、地中の精霊達が俄かに騒ぎ出す。踏んだ足元の地面が石畳を割って大きく隆起し、すぐに巨大な岩石へと成長した。

 

時を同じくして、ミノタウロスもまた体勢を整えようとしていた。その体躯の巨大さ故に動きは遅いが、地面を踏む足はまだまだ力強い。危険を察知したのか、大地と交信するエドナ目掛けて武器を振り下ろそうとするも、その動きはエドナの横をすり抜けてきたアリーシャによって止められる。

 

戦槌の先端に覗く槍の穂先で鋭く突きを繰り出し、アリーシャが素早く飛び退く。一歩後ろに跳んだ彼女の真上に、エドナは子供の身長ほども直系があるその岩石を思いっきり蹴り上げた。

 

「アリーシャ!!思い切り!!」

 

「任せてくれ!!」

 

言葉を介さなくても伝わる意思は、繋がった縁のおかげだろうか。

 

エドナの意を受けたアリーシャは高く飛び上がり、振りかぶった戦槌でその巨石を思い切り打ち降ろす。

 

「食らいなさい!!」

 

「これが私達の――!!」

 

自然と声が重なった。

 

「秘奥義!!迅雷天翔撃!!」

 

戦槌に宿った土の力、そして導師との契約で得た浄化の力を纏った巨石は、凄まじい勢いでミノタウロスに向かって落下する。着地したアリーシャですら余波でよろめくほどで、エドナは咄嗟に張った傘で彼女を庇う姿勢を取った。

 

「ありがとう」

 

「…そっちもね」

 

何に対する言葉なのか、それを承知しているのだろう。素直とは程遠い態度にも関わらず、アリーシャはエドナの言葉に嬉しそうに微笑んでみせた。

 

アリーシャとエドナの秘奥義の前にミノタウロスは完全に沈黙し、ミノタウロスが招集した憑魔はスレイとザビーダ、ライラ達が片をつけた。ミクリオは無事にスレイに回収され、一先ず危機は去ったとみて良いだろう。

 

「二人とも!無事で良かった」

 

急ぎ足でこちらに駆けてきたスレイは、アリーシャと縁を結んだ状態のエドナを見て破顔する。彼だけは試練でエドナが突き付けられたエドナの過去を共有している。エドナがアリーシャを避けていた理由も承知していて、だからこそ壁を乗り越えたことを理解したのだろう。スレイが浮かべた笑みは、安堵したような色を帯びていた。

 

「とりあえず…最後の仕上げだね」

 

スレイの言葉にエドナは頷く。

 

ミノタウロスは戦闘する意思を失った状態ではあったが、流石は変異憑魔というべきか、姿を保ったまま床に転がっていた。死ねば憑魔の形を保てなくなり、辺りに穢れが拡散されるはずだから殺してはいない。気を失っているだけなのだろう。

 

スレイの目的を悟ったライラが一歩進み出たが、スレイが首を振ってその動きを制した。彼はそのままエドナの傍に歩み寄り、手袋をしたその手を伸ばす。

 

「ここはエドナにお願いしようかな」

 

「ワタシでは変異憑魔の浄化は…」

 

浄化の炎はライラの力である。勿論契約を通じてエドナ達が振るう技にも浄化の力は分け与えられているが、主神のそれと比べると圧倒的に弱い。だからこれまで強力な憑魔は全て、ライラとの火の神依で行ってきたのだ。

 

「憑魔を大人しくさせたのはエドナ達なんだし。ここは試しでやってみようよ」

 

ね?と促されれば強く断るだけの理由は無い。駄目だったらライラに変わってもらえばそれで済む話だ。

 

アリーシャとの縁を解き、スレイと神依する。以前よりもクリアになった視界の中に横たわるミノタウロスを見下ろして、小さく呟いた。

 

「…寂しいのも、もう終わるわ」

 

浄化されて魂が輪廻に還り、新しい生命として生まれ変われば。そうなればきっと彼等も手を取ってくれる誰かと、そして並んで立って歩いてくれる誰かと出会うことが出来る。こんな遺跡の奥底で蹲っているよりもずっと良い。

 

「おやすみ」

 

振り上げた拳を地面に振り下ろす。途端に溢れた眩い光は、穢れが浄化されていることの証拠だった。

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